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弯曲していく日常

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2005-04-06 公に対する献身(君が代13)

公、天皇、国家に献身する精神

4/6の朝日新聞では「つくる会」教科書を特集している。

扶桑社の歴史・公民の教科書)両分野を貫く形で強調されたのは、公、天皇、国家に献身する精神である。

歴史では武士道の忠義の観念に光を当て、「公のために働くという理念」としてコラムを新設した。武士を「究極的には天皇に仕える立場」と位置づけ、源頼朝や足利尊氏、徳川家康らが天皇や朝廷から将軍に任命されたと強調している。

ふーむ。「つくる会」教科書というのは、水戸学派のイデオロギーによって歴史を語るものなのだ。でも待てよ、尊氏は「廃主の命を奉じて、叛臣の名を免れ、光明院を擁立して以て正閏の分を乱す」*1人物ではないですか。尊氏について天皇や朝廷から将軍に任命されたと強調しているのだとすると、大義名分論には反しますね。(水戸学とは何か分かっているわけではないのでまあちょっと書いただけですが。)

 中国では歴史の任務は「善を彰(あら)わし悪を貶(おと)す」ことと考えられていた。したがって歴史を学ぶことにより、いかなる権威や権力にも屈しない勧善懲悪倫理的立場を理解することができるわけです。尊氏であれ誰であり彼がどの点において善でありどの点において悪であるかが書かれる。事実を直書するという方法により。それを鑑(かがみ)とすることで為政者は治世に資することができる。

 現代日本の右翼はまさにプチウヨであり、倫理とかいう言葉が大好きなようですが倫理という物の根本が分かっていない。天皇、国家なんてものは普遍的なものではない。倫理という限りは普遍的な善とか悪が語れなければ話しにならない。

 もちろん天皇は普遍的なものだ、と主張する神懸かり的な立場も有りうる。というよりも神道は、仏教、儒教という普遍思想との絡み合いのなかで自己を形成してきたので自己を普遍として語ることしかできない。「まことの道は、何れの国までも、同じくただ一すじなり。id:noharra:20050326#p2

 ところが明治になって採用した国民国家は、諸国家のあいだの一員でしかないのであり、多少大きくなって帝国を名のろうが、中国のように自己が世界の中心であると信じることはできない。ここにおいて国家神道を軸にした国家統合は最初から根本的矛盾を孕んでいた、ということが指摘できる。

 でもって現在のプチウヨは、「天皇、国家に献身する精神」などというアプリオリに普遍性を欠いた物を「公」という名前であたかも普遍であるかのように売りつけようとしてくる。

 倫理を欠いた献身などただの奴隷道徳であり、わたしたちはつい60年前に実際に国民全体で実践したではないか。これが分からない奴は馬鹿だ。

「考えが甘い」のはあなただ。

考えが甘いと思うけど。

ネットワークにおける言論は、newsgroupやパソコン通信SIGフォーラムの時代から淘汰圧が非常に高く、かつ玉石混淆なのが特徴で、少数意見を唱えるのであれば多数派を説得しうる高い論理的整合性を主張しなければ袋叩きにあうのは、私の過去15年来の経験に照らしても、(ネットワーク界においては)自然なことです。

azamikoさんの行動は突飛である(段階を踏まずにいきなり最終手段を取っているような感じ)と私には思えます。極端な行動は心理的な反発を受け易いものですし、たとえ目的が正当でも手段に問題があればやはりそれは問題です。

目的の正当性を信じるのであれば、より手段の妥当性にも拘るべきで、それらを失すれば非難を受けるのは致し方ないと思います。

そして前述したとおりネットワークにおける言論の淘汰圧は非常に高いので、小倉弁護士の命名する所の「コメントスクラム」なる状態に陥るのは当然だと思います。

これらのことを弁えずにblogを書いているのであるとしたら、覚悟不足としか言いようがないかと。

小熊善之

http://terutell.at.webry.info/200504/article_2.html

多数の一般人が少数の一般人をたたくブログ界隈 てるてる日記/ウェブリブログ

2005/04/07 17:51)のコメント欄より

ネットで「少数意見を言いたければ」死ぬ気でやれ、とでもいいたいのでしょうか?あまりにも不愉快なのでコピペ

「手段の妥当性にも拘るべき」ってどういうことだ。

「手段に妥当性がない」という貴方の主張を「コメントスクラム即ち、言論の力ではない暴力」以外の方法で立証できるのか。

「自己=多数派」という前提だけに依拠した自己!!

# 小熊善之 『そうやって感情的になって反応するから、余計に反感を惹起するのではないでしょうか。日本語として意味が通じてない部分がありますよ。

それと、この「コピペ」は著作権法第32条1項に認められる「引用」の要件を満たしているようには見えませんが、その辺はどうお考えですか? あなたは自分の意見を主張するためには法を犯しても良いとお考えですか?

(なお、引用の条件については最高裁昭和51年(オ)第923号を参照ください)』

(野原)

余裕をかますテクニックだけはおもちのようで。

あなたが「日本語として意味が通じてない部分」と思われたのはどの部分でしょう?

著作権についてはその次に解答します。

(今回の行為が、著作権法に保証されたあなたの権利を侵しているとは理解していません。)

小熊善之氏批判

(1)「azamikoさんの行動は突飛である(段階を踏まずにいきなり最終手段を取っているような感じ)と私には思えます。」という評価自体が甚だ偏向している。

(2)ネットにおいて、少数意見を唱える者が袋叩きにあうのは自然なこと、という事実認定。

 この「事実」というのは、小熊氏によって捏造されたものではないか。全く異質な二つの「文化」を混同している。

α:15〜10年前くらいのアメリカ(及び日本)において見られた、“フレーム”文化。インターネットが一般化する前のメーリングリストの頃の“華”とも言われた。これは発言者の強い個性を前提とするもので、「少数/多数」という布置が予めないからこそ成立する。β:それと去年日本の“イラク三馬鹿”騒動以降顕著になった、ナルシスティクな愛国言説による少数派叩き。「自己=多数派」という前提だけに依拠していると評価できるほど、発言者の自立した思想性は低い。

「言論の淘汰圧」という聞き慣れない言葉を使うことで、捏造が行われる。

(3)1,2からの結論として少数派は「より手段の妥当性にも拘るべきで、それらを失すれば非難を受けるのは致し方ない。」と結論する。

野原から見ると、(1)も(2)も誤りなので、全く納得できない。最初からazamikoさんを否定したいとするプチウヨ的イデオロギーそのものであるのだろうに、自己がそうであることを認めず、一見中立的な論理構成で目的を達成しようとしている悪辣な奴、ということになります。

うし 『小熊さん、はじめまして。

他人の行動が違法だと言い張るなら、どの部分がどのように法に触れるのか指摘すべきでしょう。あなたがどうして「見えない」のか野原さんには伝わりません。』(2005/04/08 23:07)

N・B 『 どうも、また書き込みです。とりあえずひとつ誤解していたことに気づいたので。小熊さんの書きこみは文字どおりに解釈すべきのものだったんですね。調べてみると、自分の意見を主張するためにブログのような突っ込みの入りやすい形態をとらない日記を実践なされているのを発見しました。野原さんは批判の内容からみて日記を読んでいるようですね。

 それにしても、小熊さんが主張する人間の本性が自らの行動がぴたりと一致なされるのはすばらしいですね。たいへん(特に人間に対して)純粋な方と認識しました。しかし日本国家への帰属意識がひときわ強いと思われるだけに昨今の情勢には内心忸怩たるものがあるのではないでしょうか。

>小熊さんへ

 ひとつだけ質問をすれば、現状をそのまま受け入れれば結果的に多数派になるはずですね?しかもazamikoさんの行動を突飛なだと感じて、同様に受け取ることが多数意見だからazamikoさんが袋叩きにされると書かれたのですからこの件に関しても多数派ですよね?2重の意味で多数派の立場にいるにもかかわらず、小熊さんが最初に中立として意見し、後では自分は多数派ではないという根拠はなんなのでしょうか(4月8日)?根拠がないと私はまだ反感を抱いたままになるのでたいへん知りたく思います、ぜひお答えをお願いします。

http://www.sumire.sakura.ne.jp/~oguma/tron/bottom.html

 なおもし書きこんだ方が別人でしたら深くお詫びします。』(2005/04/09 09:48)

風見敬吾 『というか自分の疑問「なぜ日の丸君が代が嫌いなのか」には誰も答えてもらえなかった…。

まぁいいや。

ただ、本当に相手の意見が気に入らなければ削除してしまえばいいのに、と思うことしきりです。

コメントスクラムされていると思ったら、適当な批判を残して削除してしまえばいいのに、と。

自分のブログにコメントが殺到したらコメント欄は閉じると思います。

>評価自体が甚だ偏向している。

ってのはどうかと。

小熊さんはそう思われたのですから、仕方ないかと。

小熊さんからみれば「偏向している」が偏向していると感じられるというわけで。

個人的にはこの行為についてアンケートでもとってみたいのですが…

忙しい。

追記:法律に触れるのは必要ないかな、と思った。』(2005/04/10 02:11)

風見敬吾 『ああ、削除してしまえばいいのに、といいましたが、

消すことによって状況が不利になることも考慮してくださいね。

理由は必要ないでしょう。』(2005/04/10 02:16)

Apeman 『はじめまして。

明治政府は水戸学の「南朝正統」論を採りましたから作る会の教科書もその流れを汲んでいるということだと思うのですが、今の天皇は(もちろん明治も)北朝の子孫なんですよね。このあたり、彼らが天皇を内心どう考えているのかをあらわしているような気がします。』

(野原)

Apemanさん はじめまして

水戸学の「南朝正統」論においては、尊氏は(建武の中興への貢献は大きいとしながらも)(光明院を擁立して以て正閏の分を乱した)逆賊ですね。尊氏と天皇の関係をどう書いているのか、(どうでもいいことだけど)ちょっと興味深い。

 「彼らが天皇を内心どう考えているのか」というのは、心から崇敬しているわけではないだろうみたいな意味ですか?

Apeman 『言葉がたらずすみません。ご賢察の通りです。』(2005/04/09 23:03)

こちらこそ。どうもありがとうございました。

聞きなれない→捏造

ym 『はじめまして。

>「言論の淘汰圧」という聞き慣れない言葉を使うことで、捏造が行われる。

言論の淘汰圧というのは、ミームの話ではありませんか?参考までに、スーザン・ブラックモアがミーム(文化の遺伝子)に関して“ミーム・マシーンとしての私”という本を出版しています(小熊さんの解釈が妥当かどうかは私には判断できませんのでひとまず置きます)。

「ミーム」も聞き慣れない言葉でしょうが、聞きなれない→捏造というのは淋しいですね。耳慣れない内容に関して日々研究をしている人間もいますので、できれば穏当な表現に押さえていただければと思います。』(2005/04/14 04:30)

(野原)

ymさん はじめまして。

ミームという言葉は聞いたことがありますがよく分かりません。(あやしいなという印象しか持っていません?)

「聞きなれない→捏造という」ふうには、書いていない筈ですが。

ネット上の論争といっても二つの全く違った現象を、ある(キーワードになる)「言葉を使う」ことで同一化していると指摘しているのです。

「言論の淘汰圧」であれなんであれ「聞き慣れない言葉を使う」事自体に、反対していません。わたしの表現も聞き慣れない言葉や記号に満ちているでしょうし。

*1:安積澹泊「大日本史贊藪 」p177『日本思想体系・近世史論集』

小熊善之小熊善之 2005/04/08 09:08 そうやって感情的になって反応するから、余計に反感を惹起するのではないでしょうか。日本語として意味が通じてない部分がありますよ。

それと、この「コピペ」は著作権法第32条1項に認められる「引用」の要件を満たしているようには見えませんが、その辺はどうお考えですか? あなたは自分の意見を主張するためには法を犯しても良いとお考えですか?
(なお、引用の条件については最高裁昭和51年(オ)第923号を参照ください)

ApemanApeman 2005/04/08 13:12 はじめまして。
明治政府は水戸学の「南朝正統」論を採りましたから作る会の教科書もその流れを汲んでいるということだと思うのですが、今の天皇は(もちろん明治も)北朝の子孫なんですよね。このあたり、彼らが天皇を内心どう考えているのかをあらわしているような気がします。

うしうし 2005/04/08 23:07 小熊さん、はじめまして。
他人の行動が違法だと言い張るなら、どの部分がどのように法に触れるのか指摘すべきでしょう。あなたがどうして「見えない」のか野原さんには伝わりません。

N・BN・B 2005/04/09 09:48  どうも、また書き込みです。とりあえずひとつ誤解していたことに気づいたので。小熊さんの書きこみは文字どおりに解釈すべきのものだったんですね。調べてみると、自分の意見を主張するためにブログのような突っ込みの入りやすい形態をとらない日記を実践なされているのを発見しました。野原さんは批判の内容からみて日記を読んでいるようですね。

 それにしても、小熊さんが主張する人間の本性が自らの行動がぴたりと一致なされるのはすばらしいですね。たいへん(特に人間に対して)純粋な方と認識しました。しかし日本国家への帰属意識がひときわ強いと思われるだけに昨今の情勢には内心忸怩たるものがあるのではないでしょうか。

>小熊さんへ
 ひとつだけ質問をすれば、現状をそのまま受け入れれば結果的に多数派になるはずですね?しかもazamikoさんの行動を突飛なだと感じて、同様に受け取ることが多数意見だからazamikoさんが袋叩きにされると書かれたのですからこの件に関しても多数派ですよね?2重の意味で多数派の立場にいるにもかかわらず、小熊さんが最初に中立として意見し、後では自分は多数派ではないという根拠はなんなのでしょうか(4月8日)?根拠がないと私はまだ反感を抱いたままになるのでたいへん知りたく思います、ぜひお答えをお願いします。

http://www.sumire.sakura.ne.jp/~oguma/tron/bottom.html
 なおもし書きこんだ方が別人でしたら深くお詫びします。

ApemanApeman 2005/04/09 23:03 言葉がたらずすみません。ご賢察の通りです。

風見敬吾風見敬吾 2005/04/10 02:11 というか自分の疑問「なぜ日の丸君が代が嫌いなのか」には誰も答えてもらえなかった…。

まぁいいや。

ただ、本当に相手の意見が気に入らなければ削除してしまえばいいのに、と思うことしきりです。
コメントスクラムされていると思ったら、適当な批判を残して削除してしまえばいいのに、と。
自分のブログにコメントが殺到したらコメント欄は閉じると思います。

>評価自体が甚だ偏向している。
ってのはどうかと。
小熊さんはそう思われたのですから、仕方ないかと。
小熊さんからみれば「偏向している」が偏向していると感じられるというわけで。
個人的にはこの行為についてアンケートでもとってみたいのですが…
忙しい。

追記:法律に触れるのは必要ないかな、と思った。

風見敬吾風見敬吾 2005/04/10 02:16 ああ、削除してしまえばいいのに、といいましたが、
消すことによって状況が不利になることも考慮してくださいね。
理由は必要ないでしょう。

ymym 2005/04/14 04:30 はじめまして。

>「言論の淘汰圧」という聞き慣れない言葉を使うことで、捏造が行われる。

言論の淘汰圧というのは、ミームの話ではありませんか?参考までに、スーザン・ブラックモアがミーム(文化の遺伝子)に関して“ミーム・マシーンとしての私”という本を出版しています(小熊さんの解釈が妥当かどうかは私には判断できませんのでひとまず置きます)。
「ミーム」も聞き慣れない言葉でしょうが、聞きなれない→捏造というのは淋しいですね。耳慣れない内容に関して日々研究をしている人間もいますので、できれば穏当な表現に押さえていただければと思います。

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 (2006.1.02設置)
 敵でも味方でもない、ある圧倒的な力によって問題提起の正しさが弯曲していくのではないかという一瞬おとずれる感覚のむこうに、はじめて、ほんとうの闘争がはじまっている。(松下昇)
(仮称)仮装被告団〜刊行委員会