Hatena::ブログ(Diary)

2ヶ月周期。

2010-10-13

書くよ。

22:41 |

2007年、僕が中学生の時からこのブログは存在してるわけです。

つまり3年くらい。

今日記事を読み返したところ、窓からパソコンを投げ捨てたくなった。

ソォィ!!って言いながら投げたい。

室伏浩二もびっくりの飛距離を出して。

いや、稚拙で恥ずかしいとかももちろんあるんですが

なんでしょうね、昔の文体とかが懐かしくもあり

恥ずかしくもある感じです。

短文できりりきりりと綴る文体が好きで

無意識にそうやって書いてたっけなぁと思い出したりしてました。

今は、どうなんだろう。

自分ではよくわからないんですが・・・

作文って大きくなると課題に出ないから

なかなか表彰とかされる機会ないんだね。

そうやって書かなかったから、文章を評価される機会が無くて。

大学入試小論文とか書くことになって

それを添削してもらうことになれば先生に文章を見せることになるのかな。

そう、もう大学入試ですよ。

光陰矢のごとしなんて言いますけど、

矢が飛ぶ速度なんかじゃすまないよこれ。

ふと気づけば、あのころからもう3年。

僕は何を手に入れたんだろう。

バンドには入りました。

ハコでライブもやりました。

部活はそこそこ行きました。

大会は一回しか出なかったけどね。

勉強もそこそこしました。

特進落ちは一応なかったね。

まあ、入学当初は「常にトップにいろ」って先生にいわれたけどね。

もうちょっと勉強しておけばよかったな中学で。

まあ、大学入ればこうやってまたいうのかな。

彼女はできませんでした。

気になる人はいました。

いろいろやってみました。

ところがどっこい、初恋の人に振られて以来

なんというか、女性恐怖じゃないんだけど、

自身が微塵もなくなってしまった。

普通に女の人と接しられたらいいのにね。

なんだろう。肝っ玉が小さいんだろうね。

友達はできました。

でも、やっぱり親友って難しい。

きっと、ものすごく仲のいい友達はできるけど

根っこから心を開かない限り親友はできないんだろうね。

俺は意識の根底で人を小ばかにしている所があって、

(自分でもそういうところが嫌いなんだけど)

言葉なんかじゃ気持ちは伝わらないって思ってるんだ。

せいぜい、30%くらいかなぁ。

どんなに想いを綴っても、本心は伝わらないんだよね。

っていうか、本心そのものもまたあやふやで曖昧で

これだ!と定義されるような明確なものじゃないんだよね。

だから、結局は伝えたいことも伝える手段も蒙昧なのに

果たして裸の自分を誰かに曝す意味があるの?ってこと。

自分の中では、それは必要ないなって感じてる。

だから、困っても、つらくても、誰にも言わない。

きっと優しい人に相談すれば、綺麗な言葉で慰めてくれるだろう。

賢い人に相談すれば、厳しくも正しい言葉で諌めてくれるだろう。

でもね、そうじゃないんだ。

分かってほしいだけなんだよ。

そして、完全に分かってもらうことは、不可能なんだよね。

そういう持論は中学から変わらなかった。

これを覆す出会いはまだ無いみたい。

ほんとは渇望してるのにね。


という感じで、とにかく高校三年間は空虚だったのかな。

すごく過ごしやすくて、似たような連中が多いから毎日が楽だった。

ある程度は脳みそ詰まってる人ばっかりだから、

死ぬほど馬鹿にも会わないで済むし。

まあ、個人的にはちょっと自分のレベルより低い学校に来てしまったので

周りに刺激的な人が少なくてがっかり。

大学には大いに期待してます。

恋愛と友達と趣味と部活と勉強。

これだけあれば、学生の世界なんて十分すぎるじゃないの。

と思ったが、恋愛無し、友達普通、趣味そこそこ、勉強(´・ω・`)

ということは、かなり空しいんじゃないか・・・


まあでも、バンドのメンバーはすばらしいです。

仲良くしたい。ずっと。




・・・しっかし、おかしいなぁ。

俺の爺さんはモテてモテて仕様が無かったらしいんだが

俺はその爺さんにそっくりらしいんだが

・・・なんでだろうなぁ・・・。

幼少期にモテ期使い果たしたのが原因かなぁ・・・。

あ、もしかして見栄っ張りだったのかなぁ。

なんて話もまあ、たまにはいいよね。

亡くなってからもう3年経ちましたね、爺さん。

あのころからこのブログはある訳です。

そう思うと、このブログもなんとなく価値があるように思えてくるなぁ。


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さて、一区切りしましてですね。

この一つ前の記事を書いたのが、2010年2月。

すると、かれこれ8ヶ月ほど書かなかったみたい。

受験生なので当然っちゃー、当然なんだけどね。

しかし、どうして書かなかったか。

いや、どうして”書けなかった”か。

ちょろりとそれを書いて終わりにしたいと思います。

昔はですね、僕の脳内もまだまだ狭くて

中学生時代に読み漁った日本の文学で事足りたんですよ。

いろんな表現をするのに。頭の中を記述するのに。

ところがですね、世の中は広くて

俺の脳みそもやや広まったものの、世界にはついていけなかった。

絶大な自信を国語に対して持っていたのでさほど勉強しなかったんだが

これが一番悪かった。読書を怠った。

そう、最近は記述しきれないんだ。考えることのすべてを。

そして他人の記述した事は昔触れたものよりも高等になっていて

俺のレベルを引っ張り上げないと着いていけなくなってきた。

昔みたいに上から見下してられないんだ。

それに焦りを感じまして、最近は読書を再開してます。はい。

ヘミングウェー「武器よさらば」

ゲーテファウスト

ヘッセメルヒェン

太宰治斜陽

くらいか。

がーっと読んだ。

やっぱ読書は面白いね。

バスチアン・バルタザール・ブックスが

倉庫で毛布に包まってでも読みたくなる気持ちが分かるよ。

まあ、つまりは海外の古典と呼ばれるものに一応

手を出しておこうかと思って。

あとはシェークスピアとかドストエフスキーとか

あと、ニーチェとかカントとかデカルトとかも面白いかなぁ。

本屋さんで文庫本買いまくってる。

何でかって言うと、中学の時にやってた

「日本文学全集読破!破ァ!やっぱり寺生まれはすげーや!」という

個人的な遊びの結果、図書館で借りてきたんで読後に

残った物的なものが無くてね。寂しかったんだ。

あと、読み返したくなるときってあるのに手を出せないのはつらい。

という感じです。はい。

ヘミングウェイなのに老人と海じゃないのとか

太宰なら人間失格じゃねーのとか

ヘッセなら車輪の下じゃねーのとか

ゲーテなら若きウェルテルの悩みじゃねーのとか

そういう突っ込みは一切なしです。

2010-02-07

書けない。

18:41 |

純粋に、ただ、純粋に書けない。

言いたいこと、それが何なのか、僕の脳はちっとも認識してくれないのだ。

以前の僕には何か言いたいことが頭の中から理路整然と浮かび上がってきて

僕の手はそれをただ単に書き落とすだけであったのに。

今の僕は書けない。


そもそも文章を書くとはどういうことなのか

それが言いたい訳ではない。

ただ、書けなくなったことに対する危機感が頭をぐるぐる回って

「かかなきゃ」

と思ったから今筆を進めている。

ただ、その焦燥感に支配されて。


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僕は文章を書く。

それがどうしてなのかは皆目見当がつかない。

頭の中に素敵な物語が浮かんできて、

それをどうしても誰かと共有したいだとか、

自分の考えた物語で人を感動させたいだとか、

そんな他人に媚びへつらうような衝動はどうしても浮かんでこない。

僕はそれだって立派なことだと思っている。

むしろそれは自然なことで正しいのではないかとさえ思う。

だが、僕にはどうしてもそうはできないのである。

脳の中から物語の方が勝手にやって来て

俺を形にしやがれ と迫ってくるので

しかたなく書く。

書き終えると、もう一度自分で読み直す。

そして身もだえするほど恥ずかしく、鬱陶しい自分の文章を読み

自分の限界、無力、センスの無さ、その他諸々を見て絶望する。

これほどくだらない行為が果たしてほかにあるだろうか。

何にも生まないのだ。僕は。



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果たしてあれほどの全能感に支配される期間がいつもう一度来るだろうか。

恐らくはもう来ない。

中学生や小学生といった見識の狭いうちにしか

世界の狭いうちにしか書けない文章が確かにそこにはあった。

僕等は大きくなるにつれてどうしても競争の中に身を置く。

それは自己の優位性を確かめる行為ばかりになるのだが

小さい頃にはそんな行為をしなくとも、自分が一番だ。

世界でもっとも優れた人間は自分なのだ。

僕はその根拠の無い感覚に脳を食いつぶされていた。

今僕が全身全霊を持って書くこの文章は、果して過去の自分の書くものと比べて

劣っているだろうか。勝っているだろうか。

僕は語彙が増えたし何度も失敗をしたし、

あの頃に比べて何倍もの文章を書き、そして読み、人と話し、そして聞いた。

数多くの人にも出会ったし、いろんな人の考え方に触れた。

世界の仕組みについても多少は理解を深めたし、

人がどういう物なのか本質的に試されるケースについても思考を重ねてみたりした。

それでも僕にはあの頃書いた文章に勝てる気がしない。

逆に言えば、上に連ねた経験なぞ、どうでもよかった気がしている。

僕等に求められるのは、「世界を見ないこと」でしかないのではないか。

あの時の暴走がしたい。



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僕等は全員、この世界を「見ない」のを目的に生きている。

そういったら変だろうか。

人生を長い目で、本当に長い目で見つめてみよう。

僕等は生まれる。

順当に育てば、学校を出て、働いて。

そして最後には何が待っているだろうか?

死ぬのだ。僕等は全員。

何をしても、しなくても。

この「死」という未来の一点に向けて僕等は生きている。

砂時計の最後の一粒はそのとき落ちるのだ。


では何をしても無駄なのだろうか。

誰もが一度は考えることだろう。

死ぬなら、すべてが無駄である。

本当にそうなのだ。

自分のやったことは、自分の生きているうちにしか享受し得ない。

他人に残すことは可能だが、結局のところ死ねばすべては終わりなのだ。

僕たちは、その事実を「見ない」ために様々の娯楽を生み出した。

いわば、死に向かう末期患者に打つ麻酔が、この世界なのだ。

僕には友情も恋愛もすべて哀しい麻酔薬にしか見えない。

冷静にこの世界を分析する目玉を腐らせるだけだ。

だけど、それでいいのだ。

一体、冷めた目でこの世を憎らしげに見て

「やつらは薬物中毒の狂った人間なんだ」

と判断していてなんの得がある?

僕等は確実に死ぬ。

その中でどうやって楽しむか。

どうやって苦しむか。

それを考えればいいのだ。

僕は自ら麻酔を打つ。



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・・・こんな悲観的な文章もまあ、自分で驚いてるんだが・・・





一言で要約すれば「楽しけりゃいいじゃん」ってことなんですけど・・・




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人間は自我と言う物をもつものでありまして

僕の場合はそれは何からできているのかというと

歪んだ性欲と虚栄心からできているのでありまして

どうしようもなく自分がきらいなので

一周回って好きになってきたのでございます

ぼくは狂っているのでしょうか

ぼくはみんなとはちがう精神をもっているのでしょうか

ぼくには起こる物事すべてが馬鹿馬鹿しくて

あまりにも感受性の高い文豪達はとっとと自殺していったので

ぼくはこの世界の喜劇というものについていけないのではないかと

心配になっているのでありまして

仮面をかぶってうまく生きていけるかどうか

心配になっているのでございます。

僕は世界の核心に近づいた様な心持ちがしていますが

恐らくそれは近づく必要も無いものなのでしょうし

そもそも僕は1cmも動いていないのでしょう

ああ。どうしてこう悲観的にしか物事を考えられなくなったのでしょうか

自分でも僻見だと思うのですが

どうにもこのふざけきった空気がきらいなのです


僕はステージの上で奇妙な踊りをして人を笑わせる気など到底おこらないのです

かといってステージ上の彼らが踊りをやめるのもまた、気に入らないのです

どうしていいのでしょうか。

どうしていいのでしょうか。



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くそー。久しぶりに書いてるけど

全然整理されてない

気持ち悪い

馬鹿じゃないのか俺。

普段はおっぱいとか言ってますけど僕の中はこんなモンです。

すくすく伸びた竹のような心の持ち主を見るとどうしても妬ましい。

なんだろうか。どうしてこうひねくれてねじれて鬱屈した心を持ってるのか。

素直に言えば、僕も愛とか恋とか友情とかそういう物に溺れて流れて

世界なんて忘れっちまいたいんですよ。


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ううん。小さなころから夢も希望も無いなと周りに言われておりましたが

成る程。納得。持ってないもの。

僕は時々気づいたら小さな紙切れとかに詩を書くようなつもりで

クソくだらない文章を書いているのですが

どれも非常に残念な出来ようであり

どれも横たわる深淵の闇の様なドス黒い暗さを持っており

到底明るい心持ちの人には読ませてはいけないような文章なので

やはり、無意識の下まで僕の心はくすんでいるようです。



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はたと、今気づいたのですが

昔の僕はどうしても短い文章を連ねることしか出来なかったのに

どうして今の僕はこうも長ったらしい一文を書くようになったのでしょうか。

陰惨な心の内の汚物を吐き出す とかもうなんか小難しいつもりで

本人もよくわかってないそんな偉そうでクソくだらない文章をかくのでしょうか。

あー。うー。リハビリテーションです。はい。



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きたないものもぶちまけたことですので

終わりたいと思います。

別に死ぬ気はありません。

むしろこれでも僕は生きる気力には満ちあふれているつもりです。

今日中に世界を肯定的に捉えられなければ死ぬとしたら

この世の人間の何割が明日死ぬでしょうか。

良いのです。僕は鏡に映った世界を楽しみます。

僕は次の世代へ何かを残してあげたいと強く思っているのです。

僕が今日を生きられる理由は、今までの人類が生きてきたからなのです。

僕の大好きなヨースタイン・ゴルデルの本の一説で

「世界は子供のためにプレゼントされる」といったようなものがありまして

非常に納得したのです。

この世界というお話は、僕の親父と母親からもらったのです。

僕はまだ見ぬ世代へ、世界をプレゼントしてあげたい。

唯一の希望といったら、それなのかもしれません。


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世界史やろうー(冬休みの課題)

2009-12-29

復活の兆し

20:04 |

ついったーに呼ばれてもないのに俺が復活です


pixelmegを名乗ってます。


ぼちぼちやります

2009-12-27

もう気持ちいいほど2ヶ月周期。

23:10 |

さあさあ久しぶりにブログでもかこっかなーとか思ったら

まさに二ヶ月。


僕の脳みそは2ヶ月でリフレッシュされるようです。



何してたかって

・ギターしてた

人狼BBSにはまった

・やっべ世界史覚えてねぇけど人狼面白れぇ

・やっべ英脅蠅弔韻討佑Г韻人狼面白れぇ

・やっべ英wオワタなんだけど人狼面白れぇ

・テスト終了した・・・

・赤はなかった!奇跡!奇跡!

・ギター始まる

・飽きてきた←イマココ!



もうねー。堕落ですよ。堕胎。違うか。

corruption。


あ、あとジャズにもはまってきました。

あ、あとメタルにもはまってきました。


幅広く。自分を決めつけないことが大事だとおもふ。



「こうであれ」っていう自分の意識に縛られるなッ!

でも「こうでありたい」っていう意識を持てッ!

一見矛盾しているようでありながら、これは別の物なのだッ!



あ、あとワイルドアームズ無印全クリした。


神ゲーですよ。ほんと。

とくに髪切ったあとのセシリアのグラが(ry




内容は、見てるこっちが恥ずかしくなってくるくらいにド直球。


でも、それがイイよね。うん。



ああ、いろいろ書き散らしたいけど、今日はここまで。

2009-10-13

18:31 |

テキストプレイとはなんなのであろうか?なんの意味があるのであろうか?どうして惹かれたのであろうか?とりあえず僕の脳はそのことに集中して今日一日を怠惰に過ごしてしまった。一体この行為はどうしてここまで気持ちイイもので、かつ後悔が残るのか考え続けた。結局本当は何が正しいのか、僕にはわからなかったが分かったこと、というか、分かったつもりになったことだけでもネットに書いておけばそれはそれで面白いと思った次第。まず、昨日は「壁に向かって話しかけた30分間」と称したけれども、よくよく考え直してみると、壁に向かってヨダレをたらしながら話しつづけた30分の方が適しているような気がしてきた。この書き終わった後の後悔は、なんともいえない「ああ、こんな駄文、ここも間違っている。ああ、校正したい校正したい」という可能がこみ上げてきてたまらないのである。ああ、今の文書も文頭と文末がなんとなくかみ合っていない。でもそれを直すことは出来ない。一度垂らしたヨダレはもう口には戻ってこない。覆水盆に帰らず。栄枯盛衰ではない。ああ。もう。こういう間違いすら残ってしまうのである。これは実に恥ずかしい事だと思うけれど、いつもしゃんとしてヨダレも垂らさずにきりりとした面持ちできびきびと難しい話をしていたのでは面白くない。時々口から何もかもを垂れ流しながらくだくだとくだらない話をするのも十分。おもしろいじゃあないか。と、僕は思っている。と、いうより、これが書きたくて書きたくてしょうがなかったのだが、かと言って、次の日に明らかにテキストプレイに関する記事なのに僕がテキストプレイをもってこの記事に取りかかっていないとすると、それはテキストプレイに飽きたと言ってるようなもので、なんとなく失礼な気がしてきてしまう。この記事に関してはテキストプレイをもって書かなければならいない。そう、アンサイクロペディアの記事がテキストプレイをもってテキストプレイを紹介していたのと同じように。こういう風に僕はテキストプレイについて考えたのでした。さて、もう一つこの「ヨダレ論」とは違った話をしたい。これは、文章が思考の塊であるならばテキストプレイは思考の流れである、という考え。ああ。何を言っているか実をいうとさっぱりわからない。だが、なんとなく察してほしい。普通の文章というのは、ある種職人が一つの作品にたいして磨きをかけ、集中して一つの玉を作る、といった風に形容するのがもっともだと僕は感じる。それは、なんども推敲を重ね、これで良いのだろうか、という完成を目指す孤独な道のように感じる。ああ、さっきから感じる感じる言い過ぎだ。ええと。つまり、それは一つの作品を作る、という作業なのである。それに対してテキストプレイは流れである。ある種、スポーツや音楽などの再現不可能なものと同等に扱っていいと思う。ある日の試合がもう二度と再現されないように、ある日の公演をもう一度完全に同じように演ずる事が出来ないように、テキストプレイもまたその日の体調やその他の要因に関わって二度と同じ文章を作ることは出来ないだろう。それは、普通の文章でも同じことかも知れないが、普通の文章には校正という手順が入ることにより、何度でも修正ができる。それは、「その時の思考」をもう一度未来の自分が見直して整理できる、と言うことだ。テニスの試合でいうなら、あの時作戦を変えていればよかった、と思った所を実際に作戦を変えてみたりするようなものである。現実にはありえないことだが、作文やら小説やら、そういう文章が校正できるということはそういうことなのじゃないかと僕は思う。それを考えると、文章の後々変更が効くという素晴らしい面をあえて抑える事により、一層人間のその時の思考を純粋に抽出する事が出来る、という面においてテキストプレイは素晴らしい。面白い。ううん。言いたいことはほとんど言ってしまったが、つまりは、そういう、ことなんです。はい。さて、ここまで書いて僕は結構納得してしまったが、こういう思考ですらかかねばならないのだから恐ろしい。もしこの文章を修正できるならばここは全部カットです。カット。うん。さて、えーーーーーーーーーーー。そういうわけでテキストプレイは面白いですよ。今回はなんと無謀にも40分(いや、さほど無謀でもないか)もトライしてます。しかもタイマーが残り時間を表示してくれないやつなので残りがどのくらいあるのかがさっぱり分からない。これは恐ろしい。あとどれくらいこのハイペースで文字を綴り続けなければならないのか・・・。いや、別に義務でも何でも無いのだが。ああ、今日はどうしてまたテキストプレイにトライしたかというと、どこかの説明でかいてあったのだが、「一つのお題に決めたところで結局持ちませんから、お題は無くてもいいです」とかいてあったのをみて、俺の中の敵対心?というか、対抗心というか、そういったものが燃えた。いいじゃんやってやろうじゃん、と意気込んだし、一日かけてテキストプレイで何を書くか考えたけれど結局無駄であった。現に、こういう文章に流れ込んでいる。ああ、もう。っていうか、さっきから自分が「ああ、」を多用しすぎているのにも自分で若干腹が立つ。修正できればいいのになぁ。ちくしょぉ。さて・・・・・・・・・・テキストプレイ。プレイ。プレイプレイ。ああ。危ない危ない。えーと、つまり、キッチンタイマー探しに手間取って何を書くか忘れてしまったのだ。しかも見つけたタイマーは残り時間を表示してくれない。いや、実際には表示しているのだけど、firefoxタブブラウザだからタブになっちゃっててわからん。昨日使ったページではタイトルバーに残り時間を表示してくれて実に素晴らしかったんだけど、今日のはちょっとその辺に問題があるのに気づかずにテキストプレイに挑んでしまった。ああ、テキストプレイをするときにタイマーは相当重要ですよ。覚えておきましょう。テキストプレイに、タイマーは必需品です。とりあえず、やる気、根性、俺は書いてやるぜという意気込み(被ってるわコレ)、そしてキッチンタイマー。これはね、もう、必需。絶対居る。だって、もう、今耐えられない気持ちになってる。いつからはじめたのか時計すら見てないから概算の仕様もない。これは由々しき事態ですよーとやってみればわかります。ここまで読み進めてる猛者のあなた。ぜひぜひやってみましょう。ヨダレ、垂れ流しましょう。うん。ああ、思い出した。えっっと・・・・・テキストプレイをやる意義なんかはまあ、かいたかと思うんだけれど、テキストプレイが終わった後にすごく後悔する、この気持ちはなんだろうという話を・・俺はかいたっけ・・?こういう時にすらどうすることも出来ません。俺は文章を打ちながら前の文章を読み返すほどマルチタスクは出来ない。あああああ。本当に頭が悪い。記憶力が無い。これだけは本当に腹がたつというか情けないというか。一日中テキストプレイについて考えていたのに、文章にすればたったこれだけのものですよ。お粗末さまです。さああ、いつオチにもっていけばいいのかさっぱりわからないが、今が18時12分。うーん、いつからはじめたんだろうなぁ・・・、というか終わりの合図をちゃんと出してくれるのだろうか。昨日は何となく終わりの時間がタイトルに出てたので、一応最後も「学生は金が無いのだ」見たいなことを言い切って終わることが出来たけれど、今回はまったくもってわからない。いつ「時間になりました」というポップアップが飛び出してきて終わるかも分からない。とりあえず、変換の途中で終わったりとかしたら、ほんとすみません。さあ、一応全体をとおしてテキストプレイの話を続けられたかなぁと思うのですが、そろそろ限界です。もう次の話題に入ってしまいます。えーと、アトック、じゃなくて、エイトック。ATOK。これがね。本当に欲しくなった。Linuxなんで無料のAnthyを使ってるんだけど、さすがに無料の限界が垣間見える。普通に使う分にはまったく問題ない。むしろ、素晴らしい出来だと僕は思う。これが無料で手に入る野田から恐ろしい。というか素晴らしい。ところが、やっぱり←、というか↑のように誤変換がいささか多い。どうしても無料の限界を感じざるを得ない。だから、そういう、ん、えー、こういう長文を化九歳にはATOKを導入してある環境でやったほうがいいなぁというのが率直な感想。やっぱり、払うべき所には払うべきかなぁ。まあ、こういう風にテキストプレイをはじめるまでAnthyにイラついたことはまあ、そんなには無いので、普通にWindows環境からLinuxに移ってAnthyなんて欲知らないけど心配だわぁって人はそんなには困らないです。えーと、あと、お気づきのとおりこのAnthyの話題に入ってから誤変換を直してません。まあ、テキストプレイとして誤変換直さない方がいいのかどうかよくわからんのですが。それはさておきAnthyの変換制度というものを見てほしいなぁという四台です。ああ、もう。言ってるそばから次第とかやめてほしい。ああ、しかも打ち直したら出るし。次第。次第四台です。四台ですだとこうなるのね。何が次第あるのか。ああ。もう読んでたらこの辺ぐちゃぐちゃで意味不明になってると思いますけど、その辺は簡便してください。簡便。ああもう、出ないし。ええと、でATOKを導入したいなーと思ってます。でも、公式とかにかいてあるのを見る分にはすごく糒んだけど、生のユーザーさんがどんな風に思ってるのかがちょっと気になる。もしG91とかそういう人とか、あるいは俺のまったく知らない人でも、ATOKを導入してる場合は、「実際の所相当イイぜ」とか「正直言うほどでも・・・」とか、教えてくれるとありがたいです。ああああ。欲しいけど実は金が無い。金が無いとしょうがない。うん。まあ、年末とかの入りもの?ん?何て言えば飯井んだっけか。まあ、金が入ってくる直があるので、それに合わせて買うかな。うん。さー。こまった・・・・・・・・・・・・・・かけない。かけない。うーん、動しようかなぁ。ATOKの話まで追求しちゃえば、40分とか余裕だろ!!!!とか思ってた過去の自分をぶん殴りたい。あと、文章の量が増えてきて、打ち込みにパソコンが追いつかなくなってきていて非常に欝戸惜しい。欝戸惜しい。鬱陶しい。ああ、俺がまちがっている。うっとおしいでなく、うっとうしい。もうね。こういうささいな間違い?ですら残っちゃうのだから恥ずかしい。うーん、ちくしょー、日本語ムズカシイヨー。さーて、もう18時23分。さっきから考えると何分立ったのだろうか。確か、12分だかそこいらだったような気がする。違ったような気もする。んー、でも、10分くらいは立ってるといいなぁ。龍。龍。えー、だれがたつで龍を変換してほしいよ・・・。さすがにAnthyちょっと厳しいなぁ。テキストプレイをこれからはじめようって人は、自分の今使ってる変換ソフトに意ラットきちゃうかもしれないです。思わぬ出費がかさむかもしれないのでご注意ください。あーーー。終われ!終われ!意気揚々とはじめておいてなんだけれども、毎回最後の変になって各個研がなくなってくると、脳内をこの一つの単語が占めてしまう。終われ・・・・できるだけ早く終わってくれ・・・・。んー、これは、マラソン見たいな感覚に近いかも。もうねー、つかれるのです。脳が。次に何をかかなくちゃいけないか、普通の文章ならじっくり考えながらかけるのに、テキストプレイ中はそれが出来ない。今、脳が考えているその言葉その物を指からキーボードを通じてPCに伝えなければならない。そういうゲームなのだからしょうがない。ああ、キーボードと書いてさらにキーボードも新しいのが欲しくなってきた。ううん、物欲は絶え間ない。絶え間ない?んー。適した表現じゃない気がしてきた。まあ、とにかく、マウスは場所をとるし効率悪いし欝戸惜しい、じゃなくて鬱陶しいので、トラックボールを買ったんですよ。Logicool?の親指トラックボール。すごくこいつは使いやすいです。しかも動かす場所が必要じゃないので、背負うスペース。でも、実際に操作する玉を私事するためについてる、3つの球(肢自給という)に手垢がたまってすぐ操作性が悪くなる。うーん、汗っかきだから、結構これは困る。普通のマウスをひっ繰り替えしたようなモンなので、(と、いうかまさにそのもの)手垢は意外と問題かもしれないです。で、まあ、結構名パソコンヲタクを自負しているので、キーボード二巻しても若干こだわってみたい。パームレストとか使ってみたい。エルゴノミクス?と