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2013-01-22

スリングショット猟の意義と法律解釈

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 新年早々、こんな動画を公開した。
 現在の日本で、誰でも無免許・無許可で野鳥や野生動物を狩ることが許されている――と言ったら、まさかと思うかもしれない。案の定、動画の冒頭では「違法行為です!」という自信満々なコメントが相次いだ。遵法精神が横溢しているのなら結構なことだが、肝心の法律をよく知りもせずに人を非難する態度を見る限り、「他人が勝手なことをしているのが気にくわない」「合法なら我慢するが違法なら叩くぞ」という単純なメンタリティのような気もする。
 動画の進行とともにコメントは変化してゆく。法律解釈が説明されると違法の指摘は鳴りをひそめ、狩りの場面になると「かわいそう」「残酷」という感情論が現れる。そして捕獲された鴨が解体されて肉になると、「おいしそう」が支配的になるのだった。「かわいそう」も「おいしそう」も素直な気持ちであろう。私だってそう感じた。良くも悪くも、感じたことがストレートにコメントされるのがニコニコ動画の面白いところだ。

 実世界は複合的で、快楽ばかりを提供するゲームのようにはできていない。野生生物は美しく、気高く、賢い。しかし愚かで、臆病で、不潔で、醜くもある。希少種があれば増えすぎた種もいる。仕留めれば痛快だし、かわいそうだ。食べれば美味しいし、不味いこともある。こうしたことを全部ひっくるめて抱えていくのが人のいとなみである。
 スリングショット猟はこれらすべてを体験させてくれる。そしてヒトという生き物自身が、狩猟採集で生存するためによくチューニングされており、現代生活ではその才能の多くを眠らせていることに気付かせてくれる。これは、ちょっと較べるものが思いつかないほど素晴らしい学習機会である。昔の子供にとって日常の一部であったことを思えば、もっと広く行われてもいいのではないだろうか。

f:id:nojiri_h:20130123003641j:image:w360:left動脈を射貫かれ、血の筋をひいて漂うヒドリガモ

f:id:nojiri_h:20130123003642j:image:w360:left タモ網で回収したところ。

f:id:nojiri_h:20130123003643j:image:w360:left 肛門からバードフックを差し込み、腸を抜き取る。肉の味を落とさないための処置。

f:id:nojiri_h:20130123003644j:image:w360:left カルガモの調理例。

f:id:nojiri_h:20130123013331j:image:w360:left ハシボソガラス(左)とキンクロハジロ(右)の頭骨。ガラといっしょに頭部を煮て肉や脳を除き、ポリデントで漂白した。鴨のくちばしの先端に感覚細胞が集まっているのがわかる。もちろん肉もおいしくいただいた。

 スリングショット猟にまつわる法律解釈について、動画の説明では不十分なので、以下に補足しよう。

(1) スリングショットは銃刀法の適用を受けない。たとえ金属弾を使っていても、エネルギーをゴムに蓄える点で銃と異なるからだ。したがって無免許・無許可で使える。それでいいかどうかは議論を要するが、ともかく現状ではそうなっている。

 この後の話は鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律(鳥獣法) 同施行令同施行規則 がソースになる。これだけでは不完全で、環境省告示、通達等、および都道府県条例告示等が関わる。私は県庁に問い合わせて県条例を含む適法性を確認した。地域によってはスリングショットが禁止されているかもしれないから要注意である。

(2) スリングショット猟は法定猟法(網、わな、装薬銃、空気銃)に含まれないので、鳥獣法の記述においては狩猟ではない。したがって狩猟免許や狩猟税は不要である(鳥獣法第2条4項)。

(3) スリングショット猟は禁止猟法ではない。(施行規則第10条3項)。よってスリングショット猟は鷹狩りや素手による捕獲と同じ、「法定猟法以外の猟法」(自由猟法)に当たる。

(4) 鳥獣法の定める大原則は「野生鳥獣の捕獲は禁止」である。ただし許可を得れば可能になる場合がある。さらに無許可で狩猟鳥獣に限って捕獲できる場合があり、それは「狩猟」と「法定猟法以外の猟法」であると明記されている(鳥獣法第11条)。
 ここがよく誤解されていて、狩猟者でも「無許可で狩猟鳥獣の捕獲ができるのは狩猟のみ」と思い込んでいる人がいる。鳥獣法に「法定猟法以外の猟法」が明記されたのは平成14年なので、周知が不十分なようだ。

(5) 自由猟法だからといって、なんでも自由にできるわけではない。可猟区域において狩猟期間内のみ、狩猟に準ずる規則を守ったうえで許されるのである。狩猟期間は地域や対象によっても異なるが、大半は11月15日〜翌2月15日までである。期間外は素手でスズメを獲ることだって禁止だ。

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 その他にも細かい規則があるので、「狩猟読本」と「鳥獣保護区等位置図」を精読しなくてはならない。これらは書店では買えないが、地元猟友会に問い合わせると入手方法を教えてくれる。私の場合は県民局森林保全課でもらった。無料である。狩猟読本は大日本猟友会から通販で買えるが、位置図は地域ごとに異なるので、地元で入手しなければならない。
 狩猟読本はA4で274ページもある大きな本で、法規、狩猟鳥獣の知識、鳥獣の保護管理、実猟の心構えや手続き、銃器やわなの仕組み、感染症、猟区、鳥獣の解体方法など、狩猟に必要な知識が網羅されていて、読むだけでも非常にためになる。スリングショット猟を始める気があるなら、まずこの本を読むべきだろう。というか、これ以外に同等の知識を得られる本は商業出版されていない。あわせて読むなら岡本健太郎山賊ダイアリー』や千松信也『ぼくは猟師になった』がおすすめだ。

 狩猟の制度を知ると、完全とはいえないにしても、狩猟鳥獣がよくコントロールされていることがわかる。猟期の終わりには捕獲した種と頭数、場所を報告する義務があり、これが来期の捕獲対象種や捕獲制限にフィードバックされる。狩猟とは鳥獣保護と対立する行為ではなく、むしろその一部である。狩猟鳥獣に含まれてしまったほうが、その種は安泰ではないか、とさえ思う。
 しかし、自由猟法の場合は報告義務がないので、もし大勢がスリングショット猟をやるようになると、コントロールが効かなくなる懸念がある。法定猟具に較べると圧倒的に効率が悪いのだが、多人数でかかれば無視できない捕獲数になるだろう。

 「子供が真似したらどうするんだ」という声もあった。確かに、スリングショットは危険な武器になりうる。私の作ったスリングショットはパチンコ玉に13Jのエネルギーを乗せられる。より強力なバージョンなら20Jに達する。弓矢の1/3程度、18禁トイガンの10〜20倍だ。鳩の胴体なら貫通するし、急所に当てれば大型の鴨を一発で殺せる。
 ただしこれは大人の私が自分用に最適化したゴムを使った場合であって、子供にはまず引けない。弓矢と同じで威力は使用者の腕力に依存するから、子供が使うぶんには危険なことになりにくい。また、射撃精度もトイガンより格段に悪い。悪さをするにも充分な訓練が必要で、使い始めてすぐに正確な射撃ができるトイガンとは扱いを変えるべきだろう。

 諸々考え合わせると、スリングショット猟は、いずれ規制されるのもやむなしと思う。私見では、所持や標的射撃は簡単な手続きで行え、法定猟法に含め、狩猟に使うなら免許を必要とする――ぐらいが着地点だと思う。どうせ同等の知識が必要なのだから、手間は変わらない。
 この議論に参入するなら、実際に体験してからにしてもらいたいと思う。さもなければ、事故や悪用のマイナス面につりあう価値を持つことが理解されないだろう。

山賊ダイアリー(1) (イブニングKC)

山賊ダイアリー(1) (イブニングKC)

山賊ダイアリー(2) (イブニングKC)

山賊ダイアリー(2) (イブニングKC)

ぼくは猟師になった (新潮文庫)

ぼくは猟師になった (新潮文庫)

骨の学校―ぼくらの骨格標本のつくり方

骨の学校―ぼくらの骨格標本のつくり方

2012-04-12

『南極点のピアピア動画』著者解説

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)

 5年ぶりに私の本が出た。なぜ5年間も出なかったといえば、5年前、2007年は初音ミク元年であり、またMake日本語版が刊行された年であって、両者から大きな刺激をうけ、その実践にいそしんでいたからである。
 だがこの5年間、小説を書いていなかったわけではない。表題作『南極点のピアピア動画』は初音ミク元年のうちに書かれた。執筆開始は2007年12月で、「みくみくJASRAC事件」「メルトショック」「鏡音リンレン発売」の頃だ。入稿してゲラ直しが終わったのが2008年の2月中旬で、MikuMikuDanceが発表される直前になる。

 そんな時期に書いた作品だから、当時CGM/UGCに抱いていた少々過剰な期待感が反映されている。当時の感覚ではクリプトンドワンゴもどちらかといえば邪魔物で、ボカロ界の自由な盛り上がりに水を差さないでほしいと思っていた。「ピアピア動画」というネーミングはピアプロニコニコ動画を合成したもので、P2Pおよびピア・プロダクションの含意もある。
 その後、私もいくらか蒙を啓き、UGC万能論はひっこめた。4編めの書き下ろし『星間文明とピアピア動画』ではUGCがユーザーだけでは進まないことに言及したが、最初の2編はちがう。企業や大学研究機関に手助けされながらも、学生や一般人が手作りで宇宙開発を進める話だ。UGCに大きな可能性があることは今でも認めているので、あえて書き直すことはしなかった。

 今年初め、書き下ろしの初稿が完成に近づいた頃、編集者から「文庫解説はドワンゴ会長の川上量生さんにお願いします」と聞かされて驚いた。書き下ろしには川上さんをモデルにした山上会長という人物が登場するが、編集者はまだそのことを知らなかった。私も解説が川上さんになることを知らなかった。最高の人選だと直ちに認めたが、心穏やかでなかった。収録作品にはニコニコ動画運営への生意気な批判や提案が残っているからだ。
 書き下ろしに登場する山上会長はおいしい役どころだと思うのだが、果たして川上さんはそこに触れず、私がスルーしてほしかった部分だけを狙いすましたように指摘された。これには舌を巻いたものである。
 読者の中には、この解説を読んで違和感を持った人もいたようだ。だが楽観的すぎたり無知だったりした部分にインサイダーからの批判が加わったことで、文庫全体としてはITビジネス書としての価値を持ったと思う。ネットによくある川上さんのインタビュー記事ではなかなか話題にならない話が多くて、貴重な内容である。
 なお、書き下ろしでは「ピアンゴ」という名前でドワンゴ本社が舞台の中心になるが、ピアプロを運営し、初音ミク発売元であるクリプトン社の活躍する場面がなかったのは申し訳なく思っている。小説世界のボカロは空気のように浸透していて、発売元がコントロールする局面を描く機会がなかった。現在のボカロ界の盛り上がりは間違いなくこの二社の貢献が大きく寄与している。

 本書は2月上旬にAmazonで予約可能になり、2月23日に発売となった。私は例によってTwitterでセールスをした。「この商品を買った人はこんな商品も買っています」というリコメンド欄を見ると、初音ミクのCDや書籍がずらずら並んでいる。
 ここに伊藤計劃神林長平の本が現れるようになったのは3月上旬のことだ。SFマガジン初音ミク特集の時と同様、まずボカロ界が反応し、活字SF界はゆっくりと腰を上げたことが読み取れる。
 読者の反応はといえば、予想外に好評だった。自分ではそれほど意識していなかったのだが、読者は本書を非常に強い楽観主義に基づいていると感じており、そこを好評していた。私は5年間ボカロ界に浸かっていて、予想が常にいい方向に裏切られることに慣れすぎたようだ。5年前、初音ミクがUSトヨタやGoogleのCMに登場したり、ロサンゼルスノキアホールを熱狂させるなど、冗談でしかなかった。初音ミクブームは半年で終わると訳知り顔で言う人も多かった。

 3話めの『歌う潜水艦とピアピア動画』とそれ以降を書いたのは311東日本大震災の後で、世相は暗かった。しかしSFではこの規模の災厄は普通に起きており、いまさら震災をテーマにする必要は感じなかった。私の信念は揺るがず、初音ミクの人気拡大も、被災地の救済と復興も、まず科学とテクノロジーなくしてはあり得ない。人の心や思想・哲学などはその後からついてくるものだ。

 本書の科学考証について述べておこう。以下はややネタバレになる。

 『南極点とピアピア動画』に登場する双極ジェットは、たぶん発生しない。これについては降着円盤に詳しい福江純先生に相談して、問題点をいくつか指摘していただいた。たとえば電荷を持ったダストは地球磁場に遮られてしまうらしい。本文では電気的に中性なダストが磁気圏を通過して地球に届いたことになっている。
 このように、指摘された問題点はすべて回避した形になっているが、やはり双極ジェットは難しい気がする。ダストがもっと高密度にならなければ、運動量のやりとりが進まないと思うからだ。
 あっというまに宇宙機を作ってしまうピアピア工場は、オープンソースハードウェアや、国内にもできはじめたFabLabムーブメントを反映している。私はこれに大きな期待を抱いており、いずれ必ずこの方向に進むと信じている。しかし現時点では制約も多く、本書の記述はきわめて楽観的だと思ってほしい。ベアリング工場を見学してみればわかるが、あのありふれた部品が汎用工作機械で作れるようになるまでには長い道程が必要だ。

 『コンビニエンスなピアピア動画』に登場する蜘蛛の進化は、これも都合よすぎると思うので、登場人物にそう語らせた。それでもアイデアとして採用したのは、コンビニ・チェーンが人工的な生態系を全国規模で構築するところが気に入っているからだ。新しい独自の生態系があれば、短命で繁殖力の大きい昆虫は必ずそこに適応するだろう。そしてフランチャイズ店舗は本部の号令で一斉に動くから、その生態系をコントロールできる。企業がお膳立てをして進化と自己組織化をうながす手法はUGC/CGMの醸成に通じるところがあって興味深いと思う。
 モデルになった、三重県津市のファミリーマート白山二本木店は青山高原の麓にあって、夏の夜に行くとおびただしい昆虫が窓に貼り付いている。店の人にカブトムシをもらったこともある。昆虫採集の手法として「灯火採集」というのがあるが、「コンビニ採集」という言葉もあるようだ。

 『歌う潜水艦とピアピア動画』は現代海戦シミュレーションゲームHarpoon4で培った知識と、近年脚光を浴びている歌声情報処理研究を組み合わせたものだ。登場人物の後藤・中野は産総研Pとして知られる後藤真孝氏・中野倫靖氏を本人に無断でモデルにさせていただいた。幸い、御本人には喜んでいただけたようである。
 刊行後に知ったのだが、『世界の艦船 No.760』東郷行紀氏の記事によれば、現代のデジタルソナーは探信音にIDを織り込み、エコーが返ってくる前に次の探信音を出したり、数万の目標の相関を取る処理をすでに実現しているらしい。

 書き下ろし『星間文明とピアピア動画』は『歌う潜水艦――』の直後につながっていて、ドレクスラー型の分子アセンブラが登場する。これはかなりファンタジーに近いガジェットで、SFでは乱用しないほうがよい。
 分子アセンブラがしていることは基本的に生物と同じなので、大きな物理的逸脱はないが、実現の目処は立っていない。技術的難関の主なところを挙げると、まず原子をハンドリングするのに原子より小さな部品がないことがある。鹿野司さんが野球のボールに喩えていたと思う。ボールを扱うのに、道具もボールしかない状況だ。
 原子絶対零度にない限り、常に振動していていることも扱いを困難にしている。もちろん、化学結合の条件が揃わないと、二つの原子を近づけてもバラバラになってしまう。
 マクロな物体を組み立てようとすると、設計図やプログラムがきわめて書きにくいのも問題だ。生物は進化によって構築されているから事前の設計はなく、「たまたまこんな形になったら子孫繁栄に有利になった」ことで自然選択されてきた。腕をつくるのに「肩から32cmの骨を作り、そこに肘関節を置く」というような計画的な設計手法には向いていない。
 とはいえ人工的な細胞なら不可能とは言えず、シミュレーションと遺伝アルゴリズムで設計し、分子アセンブラ間で高度な情報通信ができればなんとかなるかもしれない。
 ちなみに、第1回ニコニコ学会βでunitmakerという作品(もしくは作者名)が発表されて、審査員をつとめた私はこれを選ばせていただいた。これは分子アセンブラ、もしくはマイクロマシンの「拡大」模型である。これをできるだけ小さく、無数に作って組み合わせれば変幻自在の万能ロボットが作れるだろう。SFでは『ロシュワールド』や『シンギュラリティ・スカイ』に登場するブッシュ・ロボットがそれに当たる。
 ファンタジーに近い分子アセンブラだが、核反応を起こしているわけではないので、質量の保存則だけは貫いた。消費エネルギーはやや小さすぎるような気もするが、これも一定の縛りをかけた。まとまった電源ソースなしで自己増殖するときは植物と同レベルになる、というのはリアリズムだと思う。

 『星間文明』のラストシーンでは、「選曲があざとい」以外にも大きなツッコミどころがあるのだが、お気づきだろうか?
 あーやが宇宙空間に発進する場所は低軌道エレベーターの重心地点なのだが、なぜもっと外側(=軌道高度の高いところ)に行かなかったのか、ということだ。低軌道エレベーターは潮汐効果で鉛直方向にピンと張り、時計の針のように地球を周回している。重心より外側は全体の軌道速度より速く動いているから、そこで物体を放せばカタパルトのように打ち出される。いっぽう重心地点はゼロGになること以外、出発地としてのメリットはない。
 じゃあなぜ重心地点から出発したかといえば、あーやの出発シーンをロマンチックにしたかったからだ。これ以外の場所から発進すると、あーやは崖から自由落下するような形で離脱してしまう。ここはやはり、『ハジメテノオト』をしんみり聴きながらお別れしたいではないか。

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 なお『ハジメテノオト』の作者、maloさんの連絡先がわからなかったので、クリプトン社を通して許諾を取っていただいた。また、「もどき」とはいえ、初音ミクそっくりのキャラクターを使う点についてもクリプトン社に打診し、快諾をいたただいている。
 選曲について言うと、曲の引用なしで小説を終わりまで書いてから、車を運転していて不意に脳裏に響いてきたのがこの曲だった。この歌で描かれる初音ミクは人間とのコミュニケーションに壁があり、それでもできるだけのことをしようとしている。それは現実にはないことだが、多くの人間は初音ミクに対してそんな考えを投射し、あたかも心があるように取り扱っている。
 人間の思考にはストーリーが必要で、初音ミクを扱うには、そこに心があるとみなすストーリーがあると円滑にいく。セガのゲーム「Project DIVA」でせっせとボーカロイドに尽くすのも、ライブで投影された映像に熱狂するのも、このストーリーに沿っている。逆にミクを単なる楽器とみなすのは大きなストレスを感じる。初音ミクに心があるとすれば、それは人が育てたものであり、ミクは人間を映す鏡になっている。
 脳科学に関心のある人なら、鏡という字を見てミラー・ニューロンを連想した人もいるだろう。鏡を使うように自己を客観視できることが、自意識の成因だとする説がある。

 初音ミクと人の心の関係は、ミク実体化の究極の姿として登場したあーやきゅあ移動体の状況とよく共鳴している。
 我々が「本物の心」と信じている人間の自意識も、現象としては神経細胞イオンのやりとりと内分泌ホルモンの複合だから、何が本物で何が偽物とは決めがたい。人の心もあーやきゅあ移動体の心も、対話し、交流することによってその存在を確かめていくしかないだろう。あーやはTCP/IPの仕様を瞬時に理解するが、人の心に仕様書はないから簡単ではない。そのため、時間制限を設けず、人の社会に溶け込もうとする。
 してみると、高度文明がこのような形で人類とのコミュニケーションをはかることは、まんざらありえない話ではないと思う。仮に星間文明が存在しなくても、我々自身が機械知性になって恒星間空間に乗り出し、そのような探査を行うことは、ありそうなことだ。

 本書はTwitterを使い始めて最初の本なので、フォロワーにうざがられながらも、そこで宣伝し、さらに初版の間違い修正、いわゆる「ソーシャル校正」を行った。まとめはこちらにある>「南極点のピアピア動画」のソーシャル校正 - Togetterまとめ
 自分としては、本を間違い探しモードで読んでほしくなかったし、かっこ悪いことだから敗戦処理だと思っているのだが、これに参加することを楽しんだ人も多かったようだ。
 刊行前に著者、編集者、校正者のトリプルチェックを通しているのだが、いざ世に出してみると思いもよらないミスが見つかるものである。これは私としても大きな発見だった。敗戦処理にはちがいないが、結果的には2刷以降が「みんなで作る本」になってよかったと思う。
 現在出回っている3刷ではネットで集まった修正意見がほぼすべて反映されている。なかにはこちらの判断で、指摘を無視したものもある。小説は国語の教科書ではないから、ブロークンな表現は許している。

 さて、ボカロ界には二次創作連鎖が良い形で横溢しているから、本書の二次創作も大いに望むところだ。
 本書は表紙のKeiさん、挿絵の撫荒武吉さんと私が著作権を持ち、早川書房著作隣接権を持っている(と思う)。
 私が持つ権利に関しては行使するつもりはなく、二次創作したものなら無断で有償販売してもらってもかまわない。テキストやイラストを、引用の範囲を超えて使った作品の有償販売については、早川書房に相談する必要があると思う。

 撫荒さんの挿絵については、参考資料としてネット公開してある>「南極点のピアピア動画」の挿絵画像集 - Togetterまとめ
 あーやの背中がどうなっているかは、いまのところ不明だが、それこそは二次創作で補完していただければと思う。より早く、よりよいものを創り出せば、それがデファクトスタンダード化しうることは、初音ミクが振り回すネギを見れば明らかだ。

 これまでに寄せられた二次創作作品を挙げておこう。

「南極点のピアピア動画」の画像投稿作品の検索 [pixiv]

キーワードでイラスト検索 ピアピア動画 - ニコニコ静画

人気の南極点のピアピア動画動画 29本 - ニコニコ動画

「南極点のピアピア動画」より、ボーカロイド小隅レイ、R・小隅レイ、あーやさんのフィギュアを作ってみました。大きさが分かりや... on Twitpic

童友社の1/700おやしおを使用して作った「かざしお」っぽいモノ

@gouhondouさん制作中のフィギュア

・(2012/04/15追記) 飛翔体とピアピア超会議 - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記 なんと、川上会長自ら二次創作SFを書いてくださった!

 感想、書評など。

南極点のピアピア動画 感想 野尻 抱介 - 読書メーター

『南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)』(野尻抱介)の感想(167レビュー) - ブクログ

404 Blog Not Found:[違和感仕事しろ][野生のSF] - 書評 - 南極点のピアピア動画

4Gamer.net ― みんなの力で宇宙を目指す。「放課後ライトノベル」第84回は『南極点のピアピア動画』で明るく前向きな未来に思いを馳せてみませんか?

沈黙のフライバイ (ハヤカワ文庫JA)

沈黙のフライバイ (ハヤカワ文庫JA)

太陽の簒奪者 (ハヤカワJA)

太陽の簒奪者 (ハヤカワJA)

ヴェイスの盲点―クレギオン〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

ヴェイスの盲点―クレギオン〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

昆虫にとってコンビニとは何か? (朝日選書)

昆虫にとってコンビニとは何か? (朝日選書)

2011-10-08

人でなしの福島紀行(後編)

人でなしの福島紀行(前編) - 野尻blogのつづき。

 郡山で福島牛を堪能したあと、磐越道をひた走って田村市滝根町の星の村天文台に移動した。カーナビで細い裏道に誘導され、その道が土砂崩れでふさがっていたので大汗かいてUターンするなどのハプニングがあったが、どうにか夜半前にたどり着いた。台長の大野裕明さんが寝泊まりしているスタッフルームに泊めていただく。
 四月の旅で大野さんにロシア製ガイガーカウンター DP-5V(1号機)を寄付した。私はその後、2号機、3号機を入手し、簡易な較正をほどこして今回の旅に携えてきた。2号機は自分用、3号機は寄付用である。福島を旅すればきっとまた、測定器を必要とする人に出会うだろうと思ってのことだ。
 大野さんは四月以来DP-5Vをとても重宝していて、近隣の除染放射線防護の検討に役立っているという。絶対値が当てにならなくても、よく使い込んで値を比較しながら使えば、充分役に立つわけだった。大野さんはDP-5Vをもう一台購入したいと言われたので、3号機を寄付することにした。DP-5Vは軍事用の一癖ある器械だから、誰にでもおすすめというわけではない。大型天体望遠鏡を使いこなす大野さんや天文台スタッフなら任せて安心だ。
 大野さんは天文普及を通して地域に根付いた活動をしている。311以後は放射能に関する質問が非常に多くなり、「町の学者先生」的なポジションで頼られている。放射線防護の専門家ではないから最終的な結論を述べることは固辞するが、測定器を使って参考意見を述べるだけでもずいぶん感謝されるという。測定器としては、ベクレル値を測れるものが欲しいとのことだ。空間線量はかなり詳細にわかってきたから、食品などの線量に注目が移ってきたのだろう。

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 星の村天文台は、65cm望遠鏡のドームを除いて復旧しており、5月頃から観望会やプラネタリウム投影を行っている。敷地内や途中の道路には土嚢が積まれていたりして、震災の爪痕が残っている。
 玄関を入ると展示ロビーがあるが、手作り感があって楽しい。地震被害そのものも展示物になっている。はやぶさカプセルのパラシュートを作った藤倉航装天文台と同じ田村市内にあって、同じ材料で展示用のパラシュート模型を作ってもらったりしている。
 311以後は各地の天文ファンから機材を寄付された。大物寄付としては150mmのED屈折望遠鏡がある。これは公共天文台レベルのものだ。
 プラネタリウム投影を見せてもらったが、投影機はミノルタの小型ツアイス型で、機械式なのが嬉しい。番組は手作りで、ちょうどはやぶさ帰還の頃に大野さんが訪ねたオーストラリアの風景を使っていた。連休初日のこともあり、観客は20人ほどいた。

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 大野さんに、倒壊した65cm望遠鏡を特別に見せてもらった。三鷹光器の製品で、直径10cm以上ありそうな赤道儀の極軸がぽっきり折れて、そこから先が落下し、床にめり込んだ格好だ。当時大野さんは太陽観測していて、たまたま数分前に席を立ったところだった。それまで座っていたパイプ椅子が望遠鏡の下敷きになっているのが写真でもわかる。
 65cm主鏡は破損を免れたように見える。倒壊以来、ずっと状況保存されているが、このほど、修復費用が出ることになった。それも震災後、いち早く活動を再開した意欲が評価されたのだと思う。


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f:id:nojiri_h:20111008191242j:image:medium:left(平伏沼)


 23日午前、天文台に別れを告げて大滝根山の東側、川内村に向かった。県道36号線が途中で通行止めになっていて、20kmぐらい迂回することになった。
 モリアオガエルの生息地、平伏沼に寄ってみる。山の中の小さな神秘的な池だった。モリアオガエルは見つからなかった。
 山道に転がっていたクリの実は鹿か猪だと思うが、偶蹄類のひづめで潰した跡があった。この近くに、釣場として狙っていた千翁川があった。陸っぱりで釣れそうな場所が随所にあって、天然の親水公園のようだ。だが昨日までの大雨で水量が多すぎて釣りは難しそうだった。

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f:id:nojiri_h:20111008201430j:image:medium:left(川内村)


 16時すぎ、川内村役場前に到着した。川内村は東側1/3ぐらいが原発20km圏にかかっていて、残りは緊急避難準備区域に指定されている。基本的に全村避難で、役場も移転し、避難先の郡山から一部の村民が仕事に通っている状態だ。だが川内村の線量は低く、避難先の郡山のほうが高いぐらいだ。
 役場前の駐車場で数人が何か相談していた。そこで「釣り券売ってるとこないですか?」と聞いたら「釣り? 釣りに来たの?!」と驚かれた。
川内村原発に近くて人が少ないから釣りの穴場だと思いまして」
「そりゃ穴場だけんど……魚はセシウムあるべ、セシウム
「阿武隈水系で600Bq/kgぐらいのイワナが出てましたが、毎日何kgも食べなきゃ大丈夫ですよね」
「あんた、勇気あるわー」
 と、最後には笑われた。
 渓流魚の放流はしており、その川での釣りは有料だが、漁協員はたぶん巡回していない。もし巡回が来たら当日券を買えばいいさ、と言われた。
 後で知ったところでは、川内村で採れたイワナのデータもあって、30Bq/kg程度だった。これなら毎日食べても平気なレベルだ。ただし渓流魚は生物濃縮が大きいそうだから、注意は必要だ。しばらくは「旬を味わう」程度にするのがいいかもしれない。
 もう日没が近いので釣りはやめて、村内を見て回ることにした。
 役場の駐車場にもモニタリングポストがあったので、横で測らせてもらう。空間線量は公表値と同じ、0.3μSv/hだった。
 周囲の田畑はヨモギ類がすっかり成長して野原のようになっている。米をいま植えるべきかどうかは判断できないが、なにか救荒植物でも植えて維持したほうがいいかもしれない。

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 20kmラインに向かってみると、警察の検問があった。話を聞いてみると長野県警が応援に来ていたのだった。20km圏には「抜け道から入れますけどね」とのこと。入れても、他県ナンバーの車がいたら物盗りと見なされても仕方がないだろう。私は福島に遊びに来たのであって突撃取材する気はないから、おとなしくUターンした。
 引き返し、看板があちこちに出ている「ひとの駅かわうち」に行ってみるが、営業はしていなかった。近くの雑貨屋で話を聞くと、村民は郡山などに避難していて、そこから村の仕事場に通う人が少しいる、とのこと。中には住み続けている人もいる。この週末はお彼岸なので村に帰っている人が多い。その雑貨屋も、居間のほうからにぎやかな宴の声が聞こえていた。

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 役場近くのガソリンスタンドと、「かわうちの湯」という温泉保養施設は営業していた。かわうちの湯はビジター500円だがいまは一律会員料金100円で風呂に入れた。休憩室などは閉鎖されている。震災後は村で作業する人のために燃料と風呂だけは確保しよう、ということらしい。役場の駐車場に車を止め、MREで夕食を取り、就寝した。外は満天の星空だった。


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 9月24日、4時半起床。外気温4度C。東の空に鎌のような月が出ていた。MREの残りとカロリーメイトで朝食を取った。
 5時半頃、外が明るくなってきたので千翁川の支流との出会い付近に移動した。水量はやや減っていた。川虫を餌にしようと思って水中の石をひっくり返しては網ですくったが、ちょうどいいサイズのものが採れなかった。地上の石をひっくり返したらミミズがたくさんいたので、これを餌とした。仕掛けは子供が使うような「ヤマメ釣りセット」で、鉤、オモリ、マーカーがついた簡単なものだ。竿は4.5mのハエ竿で、野遊び用に車に入れっぱなしにしてある。渓流の餌釣りはあまり経験がないので、装備は素朴である。コツがつかめず、最初はなかなか釣れなかった。

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 水中でマーカーがすーっと動くのが見えたので合わせてみると、小さなヤマメが釣れた。それからイワナが2匹釣れた。サイズは20cm弱で、食べるほどではないのでリリースした。
 コツがつかめると釣れそうなポイントはいくらでもあった。流芯から少しそれたところに投げ込むと高い頻度でアタリがある。私の腕でこれだから、入れ食い状態と言っていいだろう。
 もっと型のいいものも釣れそうだったが、ミミズが尽きたので9時頃納竿した。

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399号線を南下する。空は澄みきった青、地上はグリーンサラダのような眺めで、野あそびには素晴らしいところだ。線量は0.3(μSv/h)前後だったが、屹兎屋山 の峠の北側で1.0ぐらいになった。
 道沿いにあった内倉湿原を眺めたりしながら、11時頃いわき市街に入った。勿来インターの近くで前回お世話になった水月氏と待ち合わせ、小名浜に向かう。

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 小名浜港周辺の瓦礫はかなり片付いていたが、漁港入口の信号は止まったまま。駐車場に車を止め、歩いて見て回る。岸壁や防波堤に転がっていた漁船は撤去されたが、まだまだ放置された破損箇所も多い。沿岸で漁ができないので、市場はひっそりしている。産業用の港では最近まで、福島第1原発の建屋を覆う巨大なプレハブ鉄骨を組み立てていたそうだ。この日も巨大なクレーンを載せた台船がいた。小名浜原発事故処理の拠点のひとつになっており、作業員が多く流入して街の雰囲気も少し変わってきているという。

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 営業再開しているアクアマリンふくしまに入ってみる。水族館というより科学館で、化石等の展示もある。目玉は黒潮親潮の潮目を再現した巨大水槽で、イワシの群れが巨大な渦を作っていて壮観だった。
「海老だ!」「蟹だ!」と、食えるものがあると客のテンションが上がるのが面白い。
 水月氏はここのボランティアスタッフをしていたこともあり、詳しく案内してくれる。バックヤードツアーに参加した。30分ほど、水槽の裏側にある配管類を見て回る。標本やフェイクの岩なども触ってみる。餌を調合する部屋、10トン水槽のついたトラックも見られた。
 今回の旅はこれで終了となる。前半の日程を台風15号に祟られたが、雨に煙る野山もまた美しいものだった。川内村の緊急時避難準備区域はこの旅の後、10月から解除されたので、また訪れて変化を見てみたい。阿武隈山地の渓流は素晴らしかったので、次はフライフィッシングで攻めてみようと思う。そして景勝地として知られる猪苗代湖会津周辺も巡ってみたいものだ。

2011-10-07

人でなしの福島紀行(前編)

 9月下旬、また福島を旅してきた。前回の旅は4月中旬で、まだ311災害の跡が生々しかった。当時の記録はここにある。

東北紀行(1) ガイガーカウンターを持って福島へ - 野尻blog

東北紀行(2) 桜の山と瓦礫の海 - 野尻blog

 あれから半年経って、私の認識では、福島における原発災害の危機は終息しつつある。もちろん、すべきことはまだ山ほどあるが、緊急を要する段階はすぎ、いかに日常を取り戻すかにウエイトが移りつつあると思う。
 まだまだ怖がる人も少なくないが、怖がる人がいるいまこそ、福島の自然を貸切で満喫するチャンスだと考えたわけだった。つまり今回私は、福島へ遊びに行ったのである。
「被災地で遊ぶなんて、福島の人の気持ちを考えろ!」と罵倒されそうだが、私は人でなしだから、と開き直っておこう。無駄に怖がることが差別につながるなら、私は少なくとも怖くないので、そのことをアピールしたいと思う。
 「人でなし」という表現はバストアップサプリとマッサージの併用が重要菊池誠氏が使ったのだが、今回の原発災害と向き合うとき、この言葉はひとつのポイントになるかもしれない。「人でなし」のセンスは科学リテラシーと親和的だからだ。
 「人でなし」たちは興味本位で動き、不謹慎で思いやりに欠ける傾向にあるが、「人情や常識にとらわれない」「自然科学に忠実」「先入観がなく合理的に判断する」長所もあると思う。義憤に燃えたような扇動者がもたらした迷惑を思えば、「人でなし」を支持する人も少しはいるのではないだろうか。
 原発災害を乗り切るのにまず必要なのは科学リテラシーであって、感情に振り回されるのはよくない。たとえば、「500Bqの米や牛乳も他のと混ぜて50Bqにしてしまえば問題ないじゃん」と割り切るのが人でなしのセンスである。放射性物質は自己増殖する病原菌と違って、量の大小で害が決まる。根拠のないケガレ意識で無害なものを有害扱いすると、それに携わる人を困窮させ、復興の妨げになるだろう。
原発20km圏周辺は人が少ないから釣りの穴場じゃね?」と考えるのも人でなしである。だがそれで釣り客が増えるなら、現地を活性化するかもしれない。
 そんなわけで私は自覚的に人でなしでありたいと思う。現地の人の気持ちはとりあえず考慮せず、好奇心のおもむくまま、福島を楽しむことにしたのである。

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f:id:nojiri_h:20111008033634j:image:medium:left(太平洋フェリー)
 9月19日、名古屋港太平洋フェリー「新いしかり」に乗船した。太平洋フェリーは福島沖を通る。原発から大気中への放射性物質の放出が続いていた頃なら、有用な線量測定ができたかもしれない。もちろんその頃、フェリーの運航は休止していて、再開したのは6月のことだ。コースに注目してみると、2001年に乗ったときは沿岸から10kmぐらいのところを通ったが、今回は20kmほど離れていた。
 新日本海フェリーさんふらわあに較べて、太平洋フェリーは格段に快適で、車一台とドライバー一名で15500円とリーズナブルだ。ハワイアンバンドのラウンジショーを無料で楽しみ、展望大浴場に入り、AC100Vコンセントのあるプロムナードノートパソコンを使ったり、ぼんやり海を眺めたりした。LANWi-Fiはないが、むしろネット断ちになって充実した時間をすごせる。ただ、ブリッジ見学がなくなったのは残念だ。
 今回は台風15号が接近していて海も空も荒れ模様で、オープンデッキにあまり出られなかった。双眼鏡を向けてみると、無数の海鳥がダイナミック・ソアリングを繰り返す様子が観察できた。

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f:id:nojiri_h:20111008015426j:image:medium:left(仙台港)
 20日の16時頃、仙台港に入港した。仙台港はかなり復旧しているように見えたが、ところどころ火災の跡が残っていたり、大きな貨物船が打ち上げられたままになっていた。
 風雨の中、R45を通って仙台駅前まで走った。気温15度Cという三重県人には非常識な寒さで、マクドナルドでネット接続してユニクロの場所を聞き出し、長袖シャツを買った。それからTwitterで募集した7名と楽しく飲み会した。なぜか行政側の人が多かったが、過労が著しい状況はいまも変わっていないという。
 アルコール抜きの飲み会の後、仙台南ICから高速に乗ったが、バケツをひっくり返したような雨と強風でとても走っていられず、菅生PAに逃げ込んだ。
 車内で寝ているとパトカーの拡声器の声で目が覚めた。
「5時27分、東北自動車道は通行止めになりました。このパーキングエリアも閉鎖されます。駐車中の車はただちに退去してください」と呼び掛けている。

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f:id:nojiri_h:20111008020210j:image:medium:left(飯舘村役場)
 6時頃、白石ICを降りて伊達市を通り、R399で飯舘村へ移動する。台風の影響で大雨〜暴風雨なので、外をほっつき歩くのは厳しい。あきらめてドライブだけすることにした。助手席のテーブルにDP-5Vガイガーカウンターを置き、車内から空間線量をモニターする。伊達市街で0.5(以下、単位はすべてμSv/hに換算)、雨乞山周辺で0.7、飯舘村の臼石、草野、役場前で1〜2というところ。強調しておくが、DP-5Vの最小レンジでの測定で、自己ノイズだけで0.1ぐらいある。611GCMの簡易較正ではアロカのシンチ計とぴったり一致したが、経験的に±0.3ぐらいの誤差を想定している。車内・車外の差ははっきりしない。
 R399を南下して浪江町方面に行こうかと思ったが、悪天候で危険を感じたので福島市方面に向かった。川俣町の市街地に乗り入れてみると、昭和レトロな商店街がみっしりあった。昔は絹織物で栄えたらしい。天気がよければゆっくり探訪して金物屋でデッドストックを発掘したりしてみたいと思った。空間線量は0.4前後で、個人的判断では無害ゾーンだ。川俣町産の花火が日進市花火大会で使用中止になったのは残念というほかない。

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f:id:nojiri_h:20111008020701j:image:medium:left(UFOふれあい館)
 飯野町に入ると、千貫森というきれいな円錐形の山があり、「UFOふれあい館」という看板があったので寄ってみる。千貫森の形状や一部で唱えられている説からUFOゆかりの地らしい。宇宙人グレイのモデルが睨んでいる展示はロズウェルUFOミュージアムと同じだ。立体映像の上映や、入場券で入れる二階の展望沸かし湯が特徴である。

f:id:nojiri_h:20111008020704j:image:medium:left(福島県立美術館)
 福島市街が近づき、渡利トンネルの周辺で線量計をチラ見していたが、確かにやや高めだった。0.7ぐらい。しかし車を止めて時間を掛けて測ったわけではない。
 Twitterでアドバイスをもらって信夫山の麓の福島県立美術館に行ってみる。「がんばろう福島 生きる力・美の力」という企画展があって、県内の美術館の所蔵品が集められていた。ややまとまりに欠ける印象だが、高名な作品が一堂に集まっていてお買い得感はあった。
 いよいよ風雨が厳しくなってきたので、車内泊はやめて福島市内のホテルに泊まった。屋根や壁があるのはいいものだ、としみじみ思ったことだった。


f:id:nojiri_h:20111008021601j:image:medium:left(二本松の朝食)

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f:id:nojiri_h:20111008021602j:image:medium:left(智恵子記念館・生家)
 22日は郡山に向かった。が、東北道が通行止めなせいで一般道も渋滞している。R4の手前でUターンして県道を南下した。途中、二本松市の農協で梨と種なし巨峰と菓子パンを買って朝食とした。
 その先にお探しのページを見つけることができませんでした。- 二本松市ウェブサイトがあった。『智恵子抄』の高村智恵子の生家がそっくり保存されているのだが、立派な造り酒屋で圧巻だった。記念館には智恵子の紙絵が多数展示されており、これも清楚で引き込まれた。芸術というよりは手芸だと感じたが、それがむしろ大正期の商業デザインのようで面白い。
 智恵子おすすめの安達太良山の上に浮かぶ青空を見たかったが、雨とガスで見えなかった。
 生家のそばに土産物を扱っている戸田屋商店があった。和紙が特産だそうで、模型飛行機に張るのによさそうな紙があったので数枚買い込んだ。
 二本松より南ではR4の渋滞が解消したので、郡山まではすぐだった。バケツをひっくり返したような豪雨になったが、どうにか乗り切った。

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f:id:nojiri_h:20111008022146j:image:medium:left 郡山市役所に寄り、モニタリングポストの位置を聞くと、駐車場にあるという。フェンスに囲まれた、しっかりした装置だ。そのフェンスにDP-5Vのプローブをひっかけて測ってみると0.8〜1.3で、中央値は1.0ぐらい。後でネットから同時刻のMPの値を見てみると0.86だった。まあこんなものだろう。

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 少し離れた郡山合同庁舎でも空間線量の定時測定をしているはずなので、そちらにも寄ってみる。受付の女性に聞いてみると「毎正時、五分前ぐらいに玄関前のガムテープの印のところに人が来て測ります。ご自分の装置と較べるんですよね? でしたらいっしょに測らせてもらったらいいですよ」と、こちらが何も言わないのにアドバイスしてくれた。慣れているのだろう。
 玄関の車寄せで警備員の人と話しながら待っていると、郡山市の乗用車が入ってきて、警備員が「ああ、来ましたわ」と言った。男女二人が降りて、男性がアロカのサーベイメーターを持ち、ポールで地面から1mの高さに固定してプローブを構えた。女性は記録簿と時計を持って横に立った。わけを話して隣で測定させてもらった。
 正時が近づくと女性がカウントダウンしはじめ、10秒間隔で10回ほど目盛りを読んだ。アナログメーターを小数点以下2桁まで読み、公表値はその平均で小数点以下1桁にしていた。個々の測定値はすべて0.8台、公表値も0.8だった。私のDP-5Vは0.5で±0.1ぐらいの振幅だった。DP-5Vのほうがカウント数が小さく、示度の振幅が大きいのは統計学の予想するとおりだ。
 測定中の写真は、顔が写ってなければネット公開OKとのことだった。

f:id:nojiri_h:20111008024321j:image:medium:left 福島の食べ物を外に出すな、と強硬に訴える御仁がいるが、こっちから行って食べるぶんには文句あるまい。そう思ってまた農協の産直売り場に行った。納豆がうまそうなので、これと醤油、油揚げ、乾燥シイタケ、豆御飯を買って駐車場の車内で食べた。二本松の渡辺納豆製造所「小浜納豆」が風味豊かで逸品だった。
 夕方、雨が小止みになったので、開成山公園の南東の草地で放射線を測って歩いた。地上1mだと1前後、草地の地面で2ぐらいのところが多いが、急に5になるスポットもあった。5と2の境界線を探ってみると、ほんの50cm移動するだけで急変する。立木からは5mほど離れた、開けた草地である。局所的ではあるが、用心しなくていいレベルでもない。中通り地方は今しばらく、きめ細かい測定と対策を続ける必要がありそうだ。

f:id:nojiri_h:20111008024322j:image:medium:left 20時から、農協と同じ場所にある焼肉店『牛豊 朝日店』で、Twitterで知り合った地元勢三人と食事会をした。ぜひとも福島牛を食べたかったのである。メニューを見て、店の人に「これ福島産ですか?」と確認すると「はい、この店で出すのはすべて検査に合格した福島牛です!」と胸を張って答えた。「福島牛だと言ったら断られるんじゃないか」などと気を回す様子が微塵もないのが頼もしい。まあ外の者がわあわあ言っているうちは無理せず、県内で消費すればいいと思う。(撮影:@takuma_1977さん)
 おすすめの盛り合わせ肉は三種類のタレで味わえるようになっていた。私も松阪牛産地の育ちだから和牛には一家言あるが、福島牛も実に美味だった。「ナイフをくれ」「箸で切れます」「なにっ」の世界だ。

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(追記) この会食メンバー、@asakasaku さんに教わったのだが、酪王カフェオレクリームボックスという菓子パン郡山市民のソウルフードだそうである。後者は買いそびれたが、酪王カフェオレはいわきのセブンイレブンで購入し、その場で飲んで気に入ってしまった。湯上がりに飲むのに最高の飲み物だと保証できる。東京では秋葉原駅5番ホームのミルクスタンドで瓶入りと紙パックの両方が購入できる。


人でなしの福島紀行(後編)につづく。


福島花紀行 (阿武隈編)

福島花紀行 (阿武隈編)

2011-06-29

SFマガジン8月号 初音ミク特集『歌う潜水艦とピアピア動画』について

 早川書房にはいろいろと不義理をしている。Twitterで担当編集者のS澤さんからフォローされたときはただちにブロックしたものだが、にもかわらず「初音ミク特集をやるので短編を書きませんか」とオファーしていただいた。自称ミク廃SF作家として、これは受けるしかなかった。

S-Fマガジン 2011年 08月号 [雑誌]

S-Fマガジン 2011年 08月号 [雑誌]

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)

 私がぽつぽつとSFマガジンに書いてきた短編に「ピアピア動画」シリーズがある。『南極点のピアピア動画』前後編と『コンビニエンスなピアピア動画』だ。編集者の意見もあり、今回もこのフォーマットでいくことにした。このシリーズはかなり露骨に初音ミク現象を扱っているからだ。
 ピアピア動画というのは作品世界におけるニコニコ動画のことだ。そこでは初音ミクのかわりに小隅レイ(こずみ・れい)というVOCALOIDヴァーチャルアイドルがいる。(名前は日本SF界の恩人、小隅黎をもじったもの) このVOCALOID小隅レイの人気にあやかって不可能を可能にしてゆくという、お気楽なシリーズである。
 『南極点の』は星雲賞をいただいたが、『コンビニエンスな』はやや不評だった。大体において、自分が楽しんで書いたものは不評なことが多い。今回の『歌う潜水艦とピアピア動画』も楽しんで書いてしまったから、評価は期待していない。あくまでフィクションではあるが、本作に登場するJAMSTEC産総研経産省海上自衛隊の方々には「すまんかった」と詫びるほかない。
 楽しんで書いたといっても、手を抜いたのではない。むしろその逆だ。特集が特集だから、私は使命感を持って初音ミク現象のなんたるかを解説することに専心した。豊富な具体例を挙げ、噛んで含めるがごとく懇切丁寧に解説してあるので、初音ミクの利用方法がわからない人はぜひ御一読いただきたい。
 そう――初音ミクとは、その人気を誰でも利用できる、人類初の実用バーチャルアイドルなのである。

 原稿は締切を二日ほど過ぎて入稿した。そして6月10日、リライト指示をもらった。後半で小隅レイの存在感が薄いという指摘だった。そこで劇中歌を挿入することにした。
 その日はちょうど秋葉原のホテルにいて、Twitterで飲み会メンバーを募っていた。タイムラインボカロPのサ骨さん(レッドカードP)がいたので、食事とひきかえにコラボを持ちかけた。次にAmazonの商品券3000円で、と申し出たのだが、商業利用するならそんな安請け合いはできないと断られた。「じゃあいっそボランティアで。友情協力みたいな形のほうがかっこいいかも?」と言ったら引き受けてくれた。この知恵は『予想どおりに不合理』というミクロ経済学の本で得たものだ。
 私は小説のプロットを伝え、「作中でプロジェクトの応援ソングが募集されるので、その応募曲のひとつと思って作詞して」とお願いした。
 サ骨さんは仕事の早い人である。1時間後、詞があがってきた。イメージにぴったりだったので即採用を決めた。さらに三日後、サ骨さんは初音ミクに歌わせてmp3ファイルまで作ってしまった。これはますます素晴らしかった。これは動画になり、ニコニコ動画SFマガジンの発売日にあわせて公開された。

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 サ骨さんのスタイルは渋いロックで、ミクを使っても可愛い感じにならない。伴奏が途切れなくジャンジャン鳴っていて、男っぽいというか、中年ロッカーぽい曲になるのだが、それは小説中で中野が気に入る曲にぴったりだった。萌え属性のない人が「へえ、初音ミクってこれもありなのか」と思うような曲なのだ。
 私は音楽を文字で表現するのが苦手なので、VOCALOID聞き専ラジオねずもずさんに曲を聴いてもらい、「これを140字で表現して」とお願いした。ねずもずさんはTV局で音楽番組を担当していた人で、SFや宇宙にも愛がある。彼女も大絶賛で、すぐに(皮肉ではなく)素晴らしい文章が届いた。だが文体があまりに情緒纏綿としているので自己流に改悪して使わせてもらった。ひとつ安心したのは、語彙は違っても楽曲の感じ方はほぼ同じだったことだ。この曲は小説の中程に現れるが、解釈のしようによってはもう一箇所、再登場する場面がある。

 「ピアピア動画」シリーズとボカロPとのコラボは過去にもおこなった。小説内に書いた私の作詞は悲惨な出来だが、当時はこれに曲がつくなど想像もしなかったこともある。(その反省もあって今回はサ骨さんに依頼したのだった) しかし動画と曲はとても美しいのでここに紹介しておこう。著作権ビビリPオーケストラもこなすDTMの達人だ。

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 挿絵はいつもどおり撫荒武吉さんに描いていただいた。メカも人物も安心のクオリティなうえ、小説から画題をしっかり読み取ってもらえるのが大変うれしい。イラストレイターは小説原稿の最初の読者だから、腕の立つ人と組めるのは作家として幸福である。
 サ骨さんが動画に使いたいというので、撫荒さんに挿絵のpsdファイルを提供していただいた。誌上ではモノクロページで使われているが、現物はネイビーブルーのモノトーンで描かれている。(動画を参照のこと)
 挿絵は二枚あって、一枚目はタイトル部分に使われている。念のために言うが、鯨と共に泳いでいるのは初音ミクではない。「ピアピア動画」の世界に初音ミクはいない。かといって小隅レイでもない。レイは二枚目の挿絵でおやしお型潜水艦のセイル部分に描かれている。

S-Fマガジン 2011年 08月号 [雑誌]

S-Fマガジン 2011年 08月号 [雑誌]

 6月16日、SFマガジン8月号の表紙画像がネットで公開された。初音ミクのビジュアル産みの親、KEI氏によるもので、「メルトのポーズ」をきめたカメラ目線のミクが堂々と描かれている。この開き直り感はGT300に出場した初音ミクZ4以来かもしれない。

f:id:nojiri_h:20110617130227j:image:small:leftネットで反響がひろまる様子は『歌う潜水艦――』に描写した通りである。TwitterSFボカロクラスタで話題になり、すぐさま初音みくみく初音ミクニュースが記事にした。早川書房のTwitter公式アカウントも呼応してサムネを「ネギ」バージョンに変えた。
 もちろん、私もTwitterを通して懸命に宣伝した。私はSFファンの生き方として、吾妻ひでおの漫画にある台詞「SFを読むのではない、SFするのだ!」を信奉している。今回のSFマガジンは、初音ミクの利用を実体験してもらう絶好のチャンスであった。
 ブームの最初期、AmazonにおけるSFマガジン8月号の「この本を買った人はこんな本も買っています」欄は「大人の科学マガジン 羽ばたき飛行機」だった。私はこちらにも関わっているので、つまり当初は私のTwitterフォロワーからの反応が優勢だったらしい。
 だが二、三日経つと、初音ミクのCDやフィギュアが同欄を席巻した。これはSFマガジンの件がボカロクラスタで自走し始めたことを示している。さらに発売日が近づくと、SF書籍が現れるようになった。これはSFクラスタへの浸透を示唆しているようだ。
 6月21日、早川書房は「SFマガジン8月号《特集・初音ミク》、発売前の増刷を決定。これは1959年の同誌創刊以来初めての快挙」というプレスリリースを出した。それを受けてITmediaが記事に取り上げた。これも小説に書いた通りだが、絶妙のタイミングでプレスリリースを出した早川書房のノリの良さは予想外だった。
 Amazonでのランキングのピークは「雑誌」全体で2位、6月18日のことである。「雑誌・文芸総合」ランキングでは6月29日現在も1位だ。2007年以来、私は「みくみく三倍の法則」というものを提唱してきた。初音ミクを大きく扱った製品は売り上げが3倍になるという経験則だ。初期には3倍どころじゃなかったものもあったが、最近では落ち着いてきている。SFマガジンの場合は通常の1.5倍としたようだ。Amazonでの売れ行きはリアルとかけ離れていることがよくあるので、不良在庫にならないといいのだが。

 巷では「老舗のSFマガジンもとうとうみくみくか」という声も出ていたが、SFマガジンは外野の人が言うほど保守的でも軽薄でもない。ノンフィクション、ゲーム、アニメの評論も長年続いており、サブカル全般をカバーしてきたと言っていいだろう。いわゆる「テレビ漫画」を退ける気風があったのは何十年も前のことだ。
 私が作家業に入った1990年代には、ライトノベルのレビューがあるのはSFマガジンくらいだったから、毎月熱心に読んだものだ。1998年には踏み込んだ内容のエヴァンゲリオン特集が話題になった。本年においても、7月号では真っ白な表紙の伊藤計劃特集、その前は新海誠・バチガルピ特集と、鮮度の高い題材をとりあげている。個人的には5月号のコリイ・ドクトロウ特集が有用だった。8月号をきっかけにSFマガジンを読んだ方は、引き続きチェックされたらいいだろう。

 もちろんこの8月号も充実の内容で、文句なしにおすすめだ。
 山本弘さんの『喪われた惑星の遺産』は人類が滅亡した後に異星文明が金星探査機あかつきに搭載された初音ミクのプレートを調べるというもので、これは現実に起こりうる話だ。ニコニコ動画にも多数の関連動画がある。
 地球文明の消滅後も、その文化がすでに宇宙空間に保存されていることは、初音ミクの不死性とあいまって、とても喚起的だ。

 泉和良さんの『DIVAの揺らすカーテン』はネット空間に存在する意識と実空間が相互作用したら、という仮構を持つもので、その相互作用のありさまがとてもやさしく、はかなげで胸を打つ。ボカロファンなら一度はこんなことを考えるのではないだろうか。
 泉さんはボカロ界ではジェバンニPとして知られている。6月23日に投稿されたこの曲は、小説と共鳴しているように思える。連日投稿されているので、動画説明文を開いて前後の動画をたどるといいだろう。

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 また、ボカロ文化やニコニコ動画の文化に不慣れなSFファンには、ジェバンニPの代表作、通称『すすすす』を紹介しよう。このblogからでも再生できるが、ぜひニコニコ動画アカウントを取得して、コメントでロールプレイする楽しさを体験していただきたい。

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 小倉秀夫氏のエッセイ『初音ミクを縛るのは誰?――ヴォーカロイドを巡る法律問題』はアシモフの架空論文のような味わいがあって、SFファンを驚かせたようだ。だがこれは初音ミクが発売されて以来4年間、毎日のように繰り返されてきた現実問題である。
 特集の枠外でも神林長平やピーター・ワッツの読み切り短編は、VOCALOIDの周辺問題に共鳴していて面白い。ただし少々難解で、予備知識を要するかもしれない。私は二、三度読み返すことになった。SF作家の私がそうなのだから、活字SFを読み慣れない方は理解できなかったからといってへこむことはない。
 また、金子隆一氏の連載エッセイでは進化論のセンスで初音ミク現象を語っている。こちらは抜群にわかりやすく、わくわくさせる内容だ。


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