Hatena::ブログ(Diary)

野尻blog RSSフィード

2009-10-19

空飛ぶパンツのようなもの

そらのおとしもの』という、中2願望が結晶化したようなアニメが始まった。ひどい言いようだが、公式サイトでも「人は誰もみな、中2という翼を持っている」「落ちモノ妄想コメディ」と掲げているのだからしかたがない。
 ラノベ業界に片足を置いている(と思う)私は、こういう視聴者に迎合しまくった作品に辟易する。脳を甘やかした青少年がバカになっていくのを憂えてもいる。だが、この動画を観て居ずまいを正した。

D

 CGで精緻に造形されたパンツが羽ばたき、群れをなして空を渡っている。その動きは鳥そのものだ。個体としての鳥だけでなく、編隊を組む様子が実に見事である。おそらくboidプログラムのようなものを使っているのだろう。V字編隊を組む様子は雁のようだが、飛び立って乱舞するさまは鳩や椋鳥のようでもある。そして最後には固定翼モードになり、マッハ3で巡航するSR-71を追い抜いてゆく。この速度域では羽ばたき飛行などありえないから、これは理にかなっている。
 このパンツの群れには、ただ生きよう、生きようとする盲目的な生の衝動が宿っている。猛禽に襲われて間引かれてゆくさまはあっけなく、それがかえって閃光のような命の輝きを放つ。かように鳥の渡りというものは喚起的で、人の心を打つことを、このEDは再認させてくれた。

 私はこの空飛ぶパンツを実体化してみることにした。パンツが空を飛べば、世界が平和になると思うからだ。私は結構まじめにそう思っている。「裸になる」という修辞は率直さや気取りのなさを示すが、パンツの露出にも同様の意味合いがある。たとえ官憲の介入を招こうと、それは虚栄心を洗い落とす作用があるのだ。そのパンツに「命」を示唆する鳥の動作を重ねれば、見る人にいわく言いがたい感銘を与えるだろう。世界は平和に向けて一歩踏み出すことになる。そう思って作ったのがこの動画だ。

D

 ゴム動力オーニソプターはキットで作ったことが何度かあるが、一から作るのは初めてだ。そこでまずMake:03に掲載された、ガーステルの製作記事からストレートに作ってみた。
 左右の翼の振幅が不揃いだったりして若干の調整を要したが、やがて普通に飛ぶようになった。

f:id:nojiri_h:20091019094904j:image:left

Make: Technology On Your Time Volume 03

Make: Technology On Your Time Volume 03

D

 次に翼長、全長をそのままにしてパンツ状の翼を持つ機体を作った。ただし今回は立体的な再現、つまり複葉化は見送った。複葉タイプのオーニソプターは珍しくないが、上下2枚の翼が開閉するように動く。パンツの場合、上下の翼が揃って動くから、下側の翼上面と上側の翼下面が揚力を相殺するのではないだろうか。これは固定翼の複葉機にもいえることで、翼間隔が充分ならいいが、パンツの場合はかなり効率が落ちるかもしれない。

f:id:nojiri_h:20091019094906j:image

f:id:nojiri_h:20091019094905j:image

 パンツはその形状ゆえ、無尾翼機になる。尾羽部分は固定翼になるので、羽ばたきが阻害される。これはゴムの条数を増やすことで対抗した。
 「股間」の幅はもっと狭いほうがらしく見えるが、尾羽部分の効きを確保したかったので後縁で16cmとした。これは調整次第でもっと絞れるだろう。
 クランク部分のピアノ線はオリジナルでは0.8mm径だが、やや強度不足なので1.0mmにした。ゴムは競技用のTan Super Sportで、オリジナルの4条を6条にした。機体重量は8.2g、ゴム重量2.0gである。
 翼紙は雁皮紙を使った。絹を使ってもいいが、目止めにドープ塗料を塗らなければならないので硬い感じになって、パンツらしさには貢献しないと思う。
 無塗装の状態で飛行を確認してからスプレーで縞模様をつけた。この塗装作業を公園のベンチでやったと勘違いする人が続出したのには驚いた。そう思った皆さんは作品の塗装を公園でしているのだろうか?
 ネガコメといえば、動画で私の太い指を見てはピザだのデブだのとコメントする人がいる。そういう人はほぼ100%、自分の容姿にコンプレックスを持っている。ネガコメに生産性は皆無で、自分を映す鏡でしかないから、みっともないことはしないほうがいい。

 機体を近所の公園に運んで飛ばしてみると、まずまずよく飛んだ。垂直尾翼がないせいかヨー安定はよくない。突然くるりと向きを変えるのが動画でもわかると思う。ピッチ安定、ロール安定は問題なし。
 滞空時間は20秒くらいだ。この機体規模で固定翼なら60秒は楽勝だし、到達高度も50mを超すものだが、外観重視のオーニソプターならこんなものかもしれない。「そんなに飛ぶのか?」と思った人は競技会に出て達人の飛行を見てみるといいだろう。ライトプレーンがF-22のように垂直に駈け上り、プロペラが停止するとともに水平姿勢になって旋回滑空するのに驚くはずだ。
 本機の飛行性能は高くないが、あのED映像さながら、生き物のような躍動感があった。小走りする程度の低速で飛ぶのもいい。人が見たらさぞ滑稽に映ったと思うが、カメラを構えて子供のように追い回したのは、嬉しさのあまり、というのが正直なところだ。

 動画にマスランチ(一斉飛行)のオフ会を望むコメントがちらほらあった。やってもいいと思う。一生の思い出になるだろうし、世界平和にも貢献するだろう。
 だが、本機のような軽量で繊細なフリーフライト機、しかもオーニソプターとなると、並のラジコン機よりも難しい。強度がぎりぎりなので、接着ひとつとっても確実にできていないと壊れてしまう。ゴムを巻きすぎると胴体が折れる。持ち方が悪いだけでも折れる。強風を受け流すのにしくじっても折れる。
 ゴムも並のものではろくに飛ばない。アメリカFAI社から競技用のゴムを取り寄せてシリコンオイルで潤滑をほどこし、正しい方法で結ぶ必要がある。
 軽量のフリーフライト機は天候にも敏感だ。無風に近い状態でないときれいに飛ばないし、広い場所が必要になる。日時を決めれば必ず実施できる性質のものではない。
 そんなわけだから、まずは各自必要なスキルを身につけることが先決だろう。大丈夫、できる、という人が10人くらい挙手するなら、オフ会を開いてもいいだろう。東京なら代々木公園名古屋なら白川公園あたりに集まって、色とりどりのパンツで空を染めようではないか。

2009-10-02

Usurper of the Sun ――進水直後、MESSENGER探査機によって撃沈

Usurper of the Sun (Novel)

Usurper of the Sun (Novel)

 掲題の本、『太陽の簒奪者』の北米版がViz Media、Haikasoruレーベルから発売されたのを今朝方知った。そのウェブサイトにはFriends in high placesというblogエントリがあって、MESSENGER探査機による水星のクローズアップ写真が貼られていた。
 『太陽の簒奪者』の読者ならご存知のとおり、水星はマリナー10号以来、30年あまりにわたって接近探査が行われてこなかった。それが去年、NASAのMESSENGER探査機がフライバイ(側方通過)し、詳細な観測に成功した。もちろん水星でナノマシンによる工事が行われている様子など写っていなかった。この探査機は軌道変更能力の限界から、水星を周回してはいない。水星に近い軌道で太陽を公転しながら、何度が水星のそばをフライバイするだけだ。(10/3 修正)この探査機は何度か水星のそばをフライバイしたのち、水星周回軌道に入る。その最終フライバイが、見事 Usurper of the Sun の発売に重なったのだった。

 そのblogはさらにナショナル・ジオグラフィックblogエントリno titleにリンクしている。一部引用してみよう。

 私にとってMESSENGER探査機の成果は、科学と小説の軍拡競争の一例となった。私は日本のSF小説『太陽の簒奪者』の翻訳を途中まで読んだところだ。この本は女子高生が、太陽面通過中の水星に塔ができているのを観測するところから始まり――(中略)――この話は水星の向こう側にとんでもないものができていることなど誰も知らないことにかかっている。刊行されたのはMESSENGER探査機打ち上げの2年前だ。その時点ではエイリアンのナノマシンが我々の鼻先で工事しているという設定はもっともらしいものだった。

 blogはそのあと『火星年代記』とマリナー探査機、異形の生物が跳梁していた金星観の変移などに触れる。そして『月は無慈悲な夜の女王』がこのたびの水資源発見でもっともらしさを増したことを指摘して締めくくっている。これはSFにとって幸運な例だが、私の本ではない。

 北米版はいわゆる「超訳」だと聞いている。あの愛敬のないヒロインはいくらか魅力を増しているだろうか? 寺田克也氏による表紙イラストは二次元Codecの異なる北米の読者にも魅力的に映ると思うのだが。
 私は翻訳に何も口出ししなかったが、一度だけ問い合わせに答えた。物語は2006年の水星太陽面通過で始まっているが、これを未来に移動させるべきか、ということだった。私の回答は以下の通り。

 『太陽の簒奪者』の年代については、(1)変更する、でいいと思います。本筋は異星人との出会いであって、これはいつ起きてもいい性質のものですから、暦にはこだわりません。
 冒頭の水星の太陽面通過は現実の予報にあわせていますが、時刻までは同じでなく、物語に都合のいい時間帯に変えています。
 参考までに、次に水星の太陽面通過が起きるのは2016年5月9日、11月に起きるものだと2019年11月11日です。ただしどちらも、その時日本は夜なので観測できません。日付をいじるなら「月」「日」「時」はそのままにして、「年」を変えるのがいいと思います。他の部分においても、「年」以外は変えないほうが無難です。年が変わっても月日が同じなら太陽・地球恒星の位置関係は同じですから。

 翻訳者は結局、2016年の現象が日本から観測できないことを重く見て、日付を変更しないことに決めたのだった。いずれにせよMESSENGER探査機に撃墜されるのは避けられなかったのだから、その判断でよかったと思う。
 そして私はこの探査機を恨むどころか感謝している。水星は一見地味だが、重金属に富み、金星と共鳴したトリッキーな軌道を持つなど、とても魅力的な惑星だ。その知識が増えるのは嬉しい。
 ただ、宇宙探査には遅延がつきものなのに、どうしてお前はあと二年ばかり遅れなかったのか、と思わないわけではない。

太陽の簒奪者 (ハヤカワJA)

太陽の簒奪者 (ハヤカワJA)