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2010-03-29

京都で等身大初音ミクに会ってきた

 3月27日、NT京都(ニコニコ技術部京都勉強会2010)に行ってきた。「勉強会」というのは当初、IT勉強会のスタイルを取ったためだが、オフ会と展示会と発表会と即売会を合わせたようなお祭り、ショーである。
 今回の新機軸として、主催者のakira_you氏が打ち出した「招待展示」がある。
 これまでは出展者による自発的な意志と持ち出しで展示を成立させていたのだが、すべて当人の負担ではいつか息切れする。だから展示物にカンパする慣行を作り、さらにみんなが見たがるような作品を費用全額負担で招待しようというものだ。
 そして招待されたのが、みさいる氏の2年がかりの労作『等身大初音ミク』である。

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f:id:nojiri_h:20100329201727j:image:left:medium なにしろ等身大で、しかも脆弱な構造なので輸送が難しい。分解して宅配便で送るのでは展示時の動作が保証できないということで、千葉から京都までマイカーに座らせて運ぶことになった。
 輸送にはNKHニコ生放送局が全面協力し、その様子を逐一ネット中継した。[NKH] ニコ生企画放送局 » ページが見つかりませんでしたである。展示は土曜だが、輸送は木曜夜から始まった。直前にNHKの番組『MAG・ネット』の取材があり、出発は金曜早朝にずれ込んだ。金曜の15時頃、茨木のホテルにチェックインし、夜になってから会場の京都西院、春日神社に搬入された。

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 NT京都当日、等身大ミクはまず神社境内の撮影会でお披露目された。ミクは早坂氏提供のスポーツカーの助手席に座らされている。じゃんけんで勝った順に一人3分間、ミクとツーショットの撮影機会が与えられ、境内は自分の番を待つ人々で賑わった。
 なお、撮影会が終わってから、早坂氏が気になることを言っていた。
「助手席を見たら、ビスが一本落ちてたんですよ……」

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 16時から、本イベントのトリとしてステージでライブが開かれた。ステージ上での準備作業に長い時間がかかったが、無理は承知なので観客は辛抱強く待ち、歌に合わせて両手を動かすミクに喝采を送った。アンコールがかかってミクは再登場したが、稼働させるまでにまた長い時間がかかった。アンコールは想定外だったので、立ち上げ作業を一からやりなおすことになったらしい。

f:id:nojiri_h:20100329163326j:image:left:medium ライブのあとで楽屋に行ってみると写真のようなありさまで、シャッターを押す直前までみさいる氏は居眠りしていた。顔に使われているゲル素材の断片を見せてもらったが、羽二重餅のようで、ものすごくよく伸びる。あの巨眼を皺ひとつなく開閉させるのだから大変である。この素材の取り扱いは非常に難しいとのことだった。

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 翌日VOCALOID PARADISE 3での展示のため、ミクは解体されず、慎重にお姫様だっこされて会場を離れた。

 等身大ミクを目の当たりにして、私はすぐに、これがみさいる氏の部屋から引っ張り出す価値のあるものだと悟った。だが白状すると、それまでは揶揄する気持ちが皆無ではなかった。同じように思っている人は少なくないだろうから、以下に説明を試みよう。わかりきった話かもしれないが、念のためだ。
 等身大ミクはHRP-4Cのようなリアリズムを指向せず、あえてアニメ顔・フィギュア体型のままで作られている。それでいて等身大だから、人が存在するどんな場面とも置換できる。椅子に置けば座っているように見えるし、床に横たえれば寝ているように見える。等身大ミクが置かれた場所は、そこだけ現実が切り取られ、架空世界に置き換わる。これは二つの世界を橋渡しするインターフェース装置なのである。
 このインターフェースが意味を持つためには、あらかじめ架空世界に充分な構築がなければならない。万単位の人間が日夜構築を続けている初音ミクほどふさわしいキャラクターはいない。皆が等身大ミクを見たがったのは、「俺のミク」がそこに現れるのを確かめたかったからだ。「俺のミク」は人それぞれ異なるが、それを一体のモデルに重ねられるところが初音ミクの面白いところである。
 そして製作途上ながらも声と可動部を持つこと、製作者がそこにいることが、ただのマネキン人形とは異質な緊張感を与えている。このミクはいろんな意味で動的である。動的な存在は、見る者に緊張を与える。緊張は退屈の反対であるから、アートにおいては良い意味になる。

 等身大ミクは決して「代用品」ではない。この世にないから作られたのである。だが、この作品のセクシャルな面をとらえて「そんなものに熱中してないで、はやく嫁さんもらえよ」という声もあるだろう。
 ハインライン御大の言葉「結婚して子供を育ててこそ一人前の男だ」を思い出す。その通りだと思うが、大きなお世話だ。
 私に言わせれば、一人前じゃない者がのうのうと生きられてこそ、真の文明社会である。さらに言えば、子孫を残すばかりで文明の発展に寄与しない者が一人前に含まれ、その反対が半人前と呼ばれることは、この評価軸そのものが取るに足らないことを示している。世の理工系オタク達はこうした「半人前コンプレックス」にとらわれず、誇りを持って我が道を進んでいただきたい。
 とはいえ、人どうしの恋愛も素晴らしいものであるから、私はみさいる氏にもいい出会いがあることを願っている。彼は(手入れさえすれば)爽やかな好青年だし、ボカロ界は男女比の偏りが少ない。技術部イベントは男性が目立つが、ボカロ系即売会ではほぼ半々になる。そんな場所でたとえば、こうしたものに理解のあるコスプレイヤーがみさいる氏とミクの間に割って入るような事態になれば、『電車男』より数段面白いストーリーになるだろう。ノベライズの話が出たときには、ぜひ私に書かせていただきたい。

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VOCALOIDをたのしもう Vol.4 (ヤマハムックシリーズ 48)

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