時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

ただよう香

12月になって、突然、本当に突然暑くなりました。
本来なら10月にはタイツを脱ぎ、ストーブも焚かなくなる日が多くなるのですが、今年は11月でも殆ど一日中薪ストーブを焚き、スボンの下にはタイツも履いていました。
私は朝4時から豆腐作りを始めるのですが、ギリギリまで寒くて布団から出られない日がずっと続いていました。
12月に入って、早朝は流石に肌寒い日もありますが、以前のような覚悟は無しに起きられるようになり、日中は25度を超える日もあります。
湿気がないので、直射日光の下では、キリキリ肌が焼けて行くような熱さを感じます。
アンデスの山の雪が、太陽に反射してテラテラ光って眩しいです。農場の草達も一気に成長し、緑のジャングルになり、中々趣きがあります。犬達がいないと思ったら、その草のジャングルからむっくり起き上がってきたりします。

林の中では流石に草はあまり生えていませんが、野生の欄があちこちで咲いています。
この花は、とても甘い香りがするのです。それは少し離れた所でも風に乗って漂ってきます。
晩春の香りです。
ここへ来てからずっとずっと、この花の香りに夏の訪れを感じて来ました。
この時期は薪の準備に忙しく、林から枯れた木を切り出して運び、のこぎりで短くして、太いものは斧で割っていきます。そんな仕事を私はとても好きですが、やはり重労働です。でもこの欄の可愛い姿と、甘い香りに出会うと、「ああしんどい。疲れた。」と思うよりも、「ああいい香り。幸せ。」と思うことができます。

「年齢的に、そろそろ便利で安全な日本へ帰ることも考えたら?」と親切に言ってくださる日本人の方もいます。
それも一つの選択です。
でも私はこの農場で暮らす選択をしました。
此処には私が積み上げて来たものがあります。木や果樹や花や、一緒に生きてきた命に囲まれています。私について回る犬達がいます。膝に乗って喉をゴロゴロ鳴らしてくれる猫がいます。
そして何よりもアルゼンチンは、がさつでいい加減で無神経な私に合っています。
外から見たら、それはとるに足らないものかもしれませんが、私にとっては何ものにも代えられない価値あるものなのです。

今を大切にしよう。起こってもいない先のことをあれこれ心配するのはやめよう。全てのことに全力を尽くそう。楽しもう。感謝しよう。
そうしたら、ずっと先、私がこの世界を卒業する時が来ても、「面白かった。ありがとう。」と心残りなく言える状況が整っていると思うのです。
そして此処を愛してくれる人達が、私の後もずっと続いていく姿を想像しています。