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2010-07-14

nonaka122010-07-14

[] 発見した「時の鐘」は本物だった

7月4日日曜日の事、私の親しい友人の法事で「長禅寺」を訪れた時のことだった。

同級生との雑談で、この裏山は長禅寺山と言うんだ、そしてその中腹には「御砲所」と言うのがあって、正午の合図に大砲を打っていたという話に続き、「時の鐘」の話をしたときであった。「その鐘はここにあるよ、よかったら後で見せてあげる」と住職さんが言ってくれた。(全文は小生ホームページへ)


275年前に作られた鐘は、1872年(明治5年)まで137年間にわたり打ち続けられたまぎれもなく「時の鐘」であったはずだ。

ここで後に解った事を加えておきます。

どうやらこの鐘自身は江戸末期から明治初期に代用品として使われた時の鐘ではないかと言う疑問が持ち上がってきています。と言うのはその時代は町民が総掛りで鐘を突く費用を負担したり、鐘を鋳なおす費用を負担していたはずです、勿論予備など無かったでしょうから壊れた時は市民は非常に困ったに違いありません。そんな時に長禅寺にあった鐘を一時的に借用し、そのまま明治5年11月までつき続けてしまったのでしょうか。甲府市教育委員会の専門家はこの様に文字から分析しています。

でも実際についたという事実は残っています。

ですからやはり「時の鐘」の本物です。

138年間はひたすら沈黙していたその音色は、試し打ちでちょっと高音だが実に余韻が素晴らしい音色であり、遠く江戸末期から明治の時代の波を彷彿させるような音色であった。

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今後はレプリカを作成し、「甲州夢小路」入り口に鐘楼と共に設置する事で事業者の丹沢社長とも合意し、次の段階へと進んでいる。


「キクちゃん忘れないように鐘鳴らすよ」

と、心に響く時の鐘であった。


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