2012年私的マンガベスト

長篇部門

01. こうの史代ぼおるぺん古事記 (平凡社・web平凡連載終了) asin:4582287484
02. ふみふみこぼくらのへんたい (徳間書店・月刊comicリュウ連載中) asin:419950320X
03. 永井豪高遠るいデビルマンG (秋田書店月刊チャンピオンRED連載中) asin:4253231772
04. ヤマザキマリ:ジャコモ・フォスカリ (講談社・月刊office YOU連載中) asin:4420152583
05. 瀬口忍:囚人リク (秋田書店週刊少年チャンピオン連載中) asin:4253206999
06. ろびことなりの怪物くん (講談社・月刊デザート連載中) asin:4063657175
07. 小沢としお:ガキ教室 (秋田書店週刊少年チャンピオン連載終了) asin:425321729X
08. 岩岡ヒサエ:星が原あおまんじゅうの森 (朝日新聞出版・隔月刊ネムキ連載中) asin:4022131829
09. よしながふみ:大奥 (白泉社・隔月刊メロディ連載中) asin:4592143094
10. 東山翔:prism (芳文社・隔月刊つぼみ連載休止中) asin:4832241400
11. 雨隠ギドまぼろしにふれてよ (新書館・月刊ウィングス連載終了) asin:4403621538
12. 阿部洋一:血潜り林檎と金魚鉢男 (アスキー・web月刊電撃ジャパン連載休止中 [掲載誌休刊]) asin:4048911813
13. 押切蓮介ハイスコアガール (スクウェア・エニックス月刊ビッグガンガン連載中) asin:4757538413
14. 片山ユキヲ:花もて語れ (小学館・週刊ビッグコミックスピリッツ連載中) asin:4091850898
15. huke鈴木小波ブラック★ロックシューター イノセントソウル (角川書店・月刊ヤングA連載終了) asin:4041202841
16. 小川麻衣子:ひとりぼっちの地球侵略 (小学館・月刊サンデー連載中) asin:4091238785
17. 天堂きりん:きみが心に棲みついた (講談社・隔月刊Kiss+連載中) asin:4063767108
18. 近藤るるる:アリョーシャ! (少年画報社月刊ヤングキングアワーズ連載中) asin:4785939729
19. やまむらはじめ:天にひびき (少年画報社月刊ヤングキングアワーズ連載中) asin:4785939303
20. 南Q太:ひらけ駒! (講談社週刊モーニング連載中) asin:4063871703
. 草間さかえ:魔法のつかいかた (新書館・月刊ウィングス連載中 [自作同人誌リメイク]) asin:4403621481

中短篇部門

01. 阿部共実空が灰色だから (秋田書店週刊少年チャンピオン連載中) asin:4253217184
02. サトーユキエ:愛しの可愛い子ちゃん (集英社・隔月刊Cookie連載中) asin:4088672542
03. 水谷フーカ:満ちても欠けても (講談社・月刊Kiss連載中) asin:4063767493
04. イシデ電:ラブフロムボーイ (朝日新聞出版・不定期刊シンカン連載中) asin:4022140909
05. 道満晴明:ニッケルオデオン (小学館・月刊IKKI連載中) asin:4091886167
06. 卯月妙子人間仮免中 (イースト・プレス・描きおろし) asin:4781607411
07. ふみふみこ:そらいろのカニ (幻冬舎・月刊comicスピカ連載終了) asin:4344826868
08. 有間しのぶ:リバーサイド・ネイキッドブレッド (祥伝社・月刊フィールヤング連載終了) asin:4396765657
09. 坂井音太/玉置勉強:ちゃりこちんぷい (集英社月刊グランドジャンプPREMIUM連載中) asin:4088794494
10. 大石まさる:カラメルキッチュ遊撃隊 (少年画報社月刊ヤングキングアワーズ連載中) asin:478594028X
11. 重本ハジメ:鬼さんコチラ (秋田書店週刊少年チャンピオン連載終了 [単行本化未定])
12. サメマチオ:春はあけぼの 花もなう 空もなお (宙出版・web週刊Next comic ファースト連載終了) asin:4776796082
13. 穂積:式の前日 (小学館月刊フラワーズ) asin:4091345859
14. 九井諒子:竜のかわいい7つの子 (徳間書店・月刊comicリュウ) asin:4047284084
15. 馬瀬あずさ:片想いの逆襲 (講談社・月刊デザート+隔月刊Theデザート) asin:4063657086
16. 琴葉とこ:メンヘラちゃん (イースト・プレス・描きおろし [自作webマンガリメイク]) asin:4781608248
17. 高畠エナガ:100-HANDRED (集英社・月刊スーパーダッシュ&ゴー!) asin:4087824780
18. 小池田マヤ:誰そ彼の家政婦さん (祥伝社・月刊フィールヤング不定期連載中) asin:4396765649
19. 桐木憲一:東京シャッターガール (日本文芸社週刊漫画ゴラク連載中) asin:4537129816
20. 久嘉めいら:優等生の遊び方 (小学館・隔月刊Cheese!増刊+ケータイ月刊モバフラ) asin:4091346251
21. 紙魚丸:JUNK LAND (ワニマガジン社・月刊comic快楽天) asin:4864361762
22. ハトポポコ:平成生まれ (芳文社・月刊まんがタイムきららキャラット連載終了) asin:4832242261
23. kashmir百合星人ナオコサン (アスキー・月刊comic電撃大王連載中) asin:404886498X
24. 武嶌波:LOVE DOLLS (祥伝社・月刊フィールヤング連載終了) [asin:]
25. 安堂維子里:Silent Blue (祥伝社・月刊フィールヤング連載終了) asin:4396765533
. コナリミサト:魔法主婦マジカルミュー (集英社月刊ジャンプ改連載中) asin:4088794281

コメント

例年同様、続き物で単行本3巻以上(になりそうなもの)を長篇、2巻以内の続き物を中篇、連作でも読み切り形式のものは短篇としています。「積極的にランキングに入れたい作品を挙げてゆき、5作程度残して線を引く」のがちょうど良い印象で、2012年は長篇20作、中短篇25作となりました。マンガは本来、中短篇の充実の上に長篇があるべきで、「とりあえず連載させて人気が出たら引き延ばして長篇化、人気が出なければ即打ち切り」という近年(とは言っても20年以上)の風潮には馴染めなかったので、ようやく正常化されてきた模様です。そして中短篇部門の新人作家率の高さ! もはや雑誌は売れないことが前提になり、良い単行本を作るためには自ずとそうなるのでしょう。「コメントは後ほど」では結局書かないことが明らかになったので、今回は各1行で:


(長01) 古事記1300周年でマンガ化企画も幾つかあったが、絵の力でテキストは原文通りというフォーマットは圧倒的だった。
(長02) ブームでは不問にされてきた「男の娘として生まれるのではない、男の娘になるのだ」を正面から描いたら凄いことに。
(長03) デビルマンリメイクは星の数ほどあったが、原作ストーリーをアニメ版設定でという発想がもたらした化学変化に驚嘆。
(長04) 『テルマエ・ロマエ』は、この連載の場を得るための手段だったのか。60年代の文壇と風俗を泥臭く描く大河ドラマ
(長05) 少年誌で脱獄ものという物珍しさを超えて、権力のエグさ汚さをこれでもかと描いて娯楽として成立させる本物の力技。
(長06) 少女マンガ冬の時代の終わりに現れた希望の星は、どうやら救世主になれたようだ。11巻のクライマックスには震えた。
(長07) ナンバシリーズでヤンキーマンガの新機軸を打ち出した作者の教師マンガ。「適当さ」がリアルで面白かったのだが…
(長08) 『土星マンション』はメディア芸術祭大賞に輝いたが、作者はむしろこちらに魂を注ぎ込んでいた。圧倒的な視覚表現。
(長09) 家光篇のクライマックスも今は昔、その後は低空飛行が続いたが、田沼意次と平賀源内の登場で物語が再び輝き始めた。
(長10) LO誌では突出していた作者が、女性作家に劣らぬ真摯な表現で百合ジャンルに新たな光を当てたのだが…再開を望む!
(長11) BLにもファンタジーにも「外部」であり続ける姿勢が佳作を生み続ける秘訣。まとめに入りやや甘くなったが無事着地。
(長12) ノンストップで読者を驚かせ続けた作品が小休止し、次の展開に入ったところで掲載誌休刊。運のない作者に幸あれ!
(長13) アーケードゲーム×ラブコメで話題沸騰だが、豊作続きの中で冷静に眺めればこんなもの。それにしても女子が可愛い。
(長14) 朗読の世界をややゆったり描き過ぎていたが、週刊連載に移行してちょうど良いスピード感になった。これからが本番。
(長15) あの1枚絵からよくぞここまで。もはや風前の灯のボカロ文化において、ヒッキーPと並ぶ達成が本作と言って良かろう。
(長16) あだち充直系絵柄で意外とハードな宇宙戦争もの。『最終兵器彼女』とは違い、日常でも力関係は変わらないのが良い。
(長17) 被害者タイプのOLがDV男に虐待されるが、それでも依存してしまう地獄を淡々と描く。1巻の衝撃が薄れた今後が勝負。
(長18) ロリコンブームの残り香漂う時代にデビューした作家が、風雪を経て美少女暗殺者ものでピークを迎えるとは感慨深い。
(長19) 昔も今も、クラシックマンガは勘違いのオンパレードだが、ここまで芸術の本質に迫った作品が読める日が来ようとは。
(長20) 『3月のライオン』とは対照的な角度から、将棋の真実を描き続ける稀少な作品。女流棋士編に突入してヒートアップ!
(長/次) 一般誌でも才能を見せながらBL表現に拘り続ける作者が、デビュー直前に描いた大作の一般誌用リメイク。嵐の予感!


(短01) 2012年のみならず、10年代を代表する作品なのは疑いない。5巻分に入っても枯渇どころか、新しい扉が開かれている。
(短02) 少女マンガに求めていたものすべてがここにある。ストーリー巧者がユーモアと豊かな表情を得たら死角はなくなった。
(短03) 彼女が描く少年少女の物語に感じ続けていた違和感が氷解。ラジオ局を舞台に描かれる、大人の純情と仕事の喜びに涙。
(短04) 少年少女の物語こそ、重く面倒臭くあるべきだ。「志村貴子のアシスタント」臭が絵柄から抜けたら、物語も師匠超え。
(短05) 他の誰も描けない奇妙な味の連作短篇を3本並行で連載し、数年に一度出る単行本は常にランキングに絡む。半端ない…
(短06) 『実録企画モノ』『新家族計画』の頃の絵でこの内容なら年間ベストを争うが、凄絶な実体験だけなら文字で良いので…
(短07) 幾度も生まれ変わりながら、愛し合い憎しみ合うことを運命付けられたふたりの物語。やや小振りだがズシリと腹に響く。
(短08) 静かな時間の中で紡がれる儚い純愛物語。エピローグの年代の飛び方に作者の深い思いが見える。なぜ打ち切ったのか…
(短09) かしまし三人娘と草食少年のブルーズ物語は、掲載誌変更で人物再紹介の機会に闇が深く掘り下げられ、一層趣を増した。
(短10) 日常ファンタジーを装った壮大なSFを得意とする作者の『水惑星年代記』以来の成功作。連載はいよいよ佳境に入った。
(短11) ややラフで軽い絵柄を圧倒的なコマ割りと大胆な構図で補い、鬼をめぐる因縁話を見事にまとめきった。是非単行本化を。
(短12) 現代の日常ドラマに枕草子二重写しにする手法の連作。踏み込み過ぎない短篇が持ち味の作風にぴったり。企画の勝利。
(短13) 絵もストーリーも、新人離れした上手さ。それだけに滋味深い短篇に留まるべきではなく、『さよならソルシエ』に期待。
(短14) デビュー作同様、竜がモチーフの短篇集だが、話の幅が広がった分面白くなった。次も長篇ではなく、さらなる奇想を!
(短15) バカ女が完璧王子への片想いをこじらせ実らせる連作。「この初恋のれきし」のスケールと緻密さにろびこ二世の面影が。
(短16) 中学生時代の自伝的webマンガのセルフリメイク。鬱病不登校の女子が友人たちの献身で回復する真っ直ぐな成長譚。
(短17) 集英社少年マンガ期待の星は、ラノベ中心の雑誌で自由に羽を伸ばしている。この才能は確かにジャンプには向かない。
(短18) いまや作者の代表作になった家政婦里シリーズでも、特に情念が重くまとわりついた連作。大幅加筆できれいにまとめた。
(短19) 北条司に連なる端正な絵柄で、街歩きとカメラ蘊蓄を無理なく両立させてきたが、青春ストーリーも加わってさらに充実。
(短20) 従来の少女マンガの性表現は行き過ぎではなくまだ不十分だったと気付かせる。ドロドロの愛憎劇の果ての浄化は感動的。
(短21) 00年代前半のエロマンガの充実は今日望むべくもないが、森山塔を思わせる軽みも近年絶えて久しかったので懐かしい!
(短22) 日常系萌え4コマの定型からどんどん外れた1巻、新たな4コマのリズムを予感させた2巻。次作への期待を込めて挙げる。
(短23) 萌えマンガを内側から壊し続ける作者の真価は『てるみな』を待ちたいが、巻を重ねるほど壊れて面白くなる本作も凄い。
(短24) 『電氣ぶらんこ』の穏やかな日常描写から、人形にまつわるより不穏な連作へ。青年誌風の慌ただしい幕引きが惜しい…
(短25) 前2作が宇宙に広がるイメージだったので、水底に降りてゆくイメージの対比が興味深かったが、これもあっさり終了…
(短/次) 魔法少女が主婦になっても戦い続けないといけないとしたら…という魔設定だが、敵は常に卑小なので辛うじて笑える。


なお、あらためて説明するまでもないかもしれませんが、色分けについて:
デビュー同然:読み切りや短期連載を経て(あるいは一切経ずに)、この作品で初めて広く読者に認知された作家。
作家歴約5年:短篇集や長篇連載の経験を経て、この作品で新境地を開いたり、過去の仕事をまとめたりした作家。
作家歴約10年:順調か不遇かはさまざまなれど。約10年にわたって自らの信じる道をひとすじに歩んできた作家。
作家歴約20年:自らの信じる道を行くだけでは済まされない幾多の修羅場を経験し、約20年生き残ってきた作家。
作家歴30年超:もはや編集者の一存ごときでは動かせない存在感を持ちながら、依然自己模倣を免れている作家。

2011年私的マンガベスト

長篇部門

01. タイム涼介アベックパンチ (エンターブレイン・月刊コミックビーム連載終了) asin:4047272442
02. ろびことなりの怪物くん (講談社・月刊デザート連載中) asin:4063656683
03. 佐藤タカヒロバチバチ (秋田書店週刊少年チャンピオン連載中) asin:4253210880
04. 阿部洋一:血潜り林檎と金魚鉢男 (アスキー・web月刊電撃コミックジャパン連載中) asin:4048860496
05. 白井弓子:WOMBS (小学館・月刊IKKI連載中) asin:409188539X
06. 瀬口忍:囚人リク (秋田書店週刊少年チャンピオン連載中) asin:4253205909
07. 松本次郎:女子攻兵 (新潮社・月刊@バンチ連載中) asin:4107716384
08. 押切蓮介:ツバキ (講談社・季刊ネメシス連載中) asin:4063762572
09. 村上かつら:淀川ベルトコンベア・ガール (小学館月刊スピリッツ連載終了) asin:4091841031
10. 青山景:よいこの黙示録 (講談社・隔週刊イブニング連載終了[作者逝去のため未完]) asin:4063523969
11. 南Q太:ひらけ駒! (講談社週刊モーニング連載中) asin:4063870677
12. 石田敦子球場ラヴァーズ (少年画報社月刊ヤングキングアワーズ連載中) asin:4785937432
13. 岩岡ヒサエ:星が原あおまんじゅうの森 (朝日新聞出版・隔月刊ネムキ連載中) asin:4022131659
14. 本田真吾ハカイジュウ (秋田書店月刊少年チャンピオン連載中) asin:4253204287
15. 鳥飼茜:おはようおかえり (講談社・月刊モーニング・ツー連載中) asin:4063870367
16. 打海文三七竈アンノ:裸者と裸者 (少年画報社月刊ヤングキングアワーズ連載中) asin:4785937114
17. 大武政夫ヒナまつり (エンターブレイン・季刊Fellows!連載中) asin:4047276294
18. タイム涼介:I.C.U. (エンターブレイン・月刊コミックビーム連載中) asin:404727531X
19. 松本次郎:地獄のアリス (集英社月刊グランドジャンプPREMIUM連載中) asin:4087823903
20. huke鈴木小波ブラック★ロックシューター イノセントソウル (角川書店・月刊ヤングA連載中) asin:4041200466
次. 結月さくら:影踏み (アスキー・web月刊電撃コミックジャパン連載中) asin:404886050X

中短篇部門

01. ふみふみこ:女の穴 (徳間書店・月刊comicリュウ) asin:4199502653
02. やまがたさとみ:12 (祥伝社・月刊フィールヤング) asin:439676524X
03. 石黒正数:外天楼 (講談社・月刊メフィスト連載終了) asin:4063761592
04. 朔ユキ蔵:黒髪のヘルガ (太田書店・隔月刊エロティクス・エフ連載終了) asin:4778321464
05. 鮪オーケストラ:少々生臭い話 (エンターブレイン・月刊コミックビーム) asin:4047276529
06. 道満晴明:ぱらいぞ (ワニマガジン社・月刊comic快楽天連載中) asin:4862691587
07. 押切蓮介:サユリ (幻冬舎・月刊コミックバーズ連載終了) asin:4344822242
08. シギサワカヤ:さよならさよなら、またあした (新書館・月刊ウィングス連載終了) asin:4403621295
09. 黒咲練導:C- (白泉社・季刊楽園+楽園web増刊) asin:4592710312
10. 紺野キタ:カナシカナシカ (新書館・月刊ウィングス連載終了) asin:4403621260
11. ねむようこ:少年少女 (小学館月刊フラワーズ) asin:4091670474
12. 田中相地上はポケットの中の庭 (講談社・季刊ITAN) asin:4063805166
13. 市川春子:25時のバカンス (講談社月刊アフタヌーン) asin:4063107809
14. 安堂維子里:妖精消失 (徳間書店・月刊comicリュウ連載終了) asin:4199502319
15. 中村明日美子鉄道少女漫画 (白泉社・季刊楽園+楽園web増刊) asin:4592710282
次. さと:りびんぐでっど! (秋田書店週刊少年チャンピオン連載中) asin:4253211976

コメント

311以降、blogを更新する元気は出なかったものの、マンガは例年通り読み続けていたので、まずは結果をアップします(コメントは後日加筆)。昨年同様、続き物で単行本3巻以上(になりそうなもの)を長篇、2巻以内の続き物を中篇、連作でも読み切り形式のものは短篇としています。最初は各15作で選びましたが、2011年の長篇はこの数では「これでは少し足りない」どころではなかったので20作に増やしました(2011年の場合、15作で切ってしまうとある程度キャリアのある作家しか残らないので面白くないということもありますが)。単行本ベースのランキングなので、2011年中に単行本が出なかった作品は、阿部共実空が灰色だから』のような超弩級でもランクインしていません。

2011年の特徴としては、中短篇の充実が挙げられます。2010年の場合、総合ランキングを作ると上位はほぼ長篇になりましたが、2011年の場合はほぼ交互にランクインします。また長篇は、単純集計すると前年上位の作品が残ってしまうことが多いため、「過去にランクインした作品は大きなプラスアルファがない限り除外」というルールで選んでいます(blog開始以前から年間ベストは作り続けています)。地下沢中也『預言者ピッピ』2巻がランクインしていないのはそのためです(このルールを無視すれば1位でもおかしくはないのですが)。その意味で、連載開始以来上位をキープし続けている『となりの怪物くん』『バチバチ』は驚異的です。

なお、あらためて説明するまでもないかもしれませんが、色分けについて:
デビュー同然:読み切りや短期連載を経て(あるいは一切経ずに)、この作品で初めて広く読者に認知された作家。
作家歴約5年:短篇集や長篇連載の経験を経て、この作品で新境地を開いたり、過去の仕事をまとめたりした作家。
作家歴約10年:順調か不遇かはさまざまなれど。約10年にわたって自らの信じる道をひとすじに歩んできた作家。
作家歴約20年:自らの信じる道を行くだけでは済まされない幾多の修羅場を経験し、約20年生き残ってきた作家。
作家歴30年超:もはや編集者の一存ごときでは動かせない存在感を持ちながら、依然自己模倣を免れている作家。

道満晴明『ぱら☆いぞ1』

ぱら☆いぞ1 (WANI MAGAZINE COMICS SPECIAL)

ぱら☆いぞ1 (WANI MAGAZINE COMICS SPECIAL)

フクイタクミケルベロス』の紹介を書いていたら、あまりに好きなものについて書く困難で身動きが取れなくなったので、気楽に書ける対象(もちろん十分好きだが)についてサラッと書いて気分転換することに。
性本能と水爆戦 征服 (WANI MAGAZINE COMICS SPECIAL)

性本能と水爆戦 征服 (WANI MAGAZINE COMICS SPECIAL)

最後の性本能と水爆戦 (WANI MAGAZINE COMICS SPECIAL)

最後の性本能と水爆戦 (WANI MAGAZINE COMICS SPECIAL)

道満晴明といえば、まずは『性本能と水爆戦』シリーズ。掲載誌がエロマンガ誌とは思えないライトで無機的な性表現(ただし『快楽天』誌はかのSABEのホームグラウンドでもあり、元々エロのみを求めない懐の深い雑誌である)を特徴とし、SF/ファンタジー色の濃い不条理な設定と、そこに時折差し込まれる抒情的な描写の絶妙なバランスが、癖はあるが可愛らしい絵柄と相まって忘れ難い印象を残す。そう、彼は周回遅れの吾妻ひでおチルドレンなのだ。もちろん世代が違えば作風も違い、取り返しのつかないカタストロフを経た後の底知れない諦観は、阪神・淡路大震災オウム真理教事件以降の世代に特有のものだろう。2010年ベストの1冊に挙げた『ヴォイニッチホテル』は、『性本能と水爆戦』シリーズが20頁前後の通常の短篇から4頁のショートショートへと切り詰められる過程で獲得することになった表現の密度を、連作短篇形式に拡張して多層的に積み重ねた集大成的な傑作である(と、1巻時点で確信できる)。
阿佐谷腐れ酢学園 (WANI MAGAZINE COMICS SPECIAL)

阿佐谷腐れ酢学園 (WANI MAGAZINE COMICS SPECIAL)

さべちん (WANI MAGAZINE COMICS SPECIAL)

さべちん (WANI MAGAZINE COMICS SPECIAL)

ネオ・アズマニア (1) (ハヤカワコミック文庫 (JA867))

ネオ・アズマニア (1) (ハヤカワコミック文庫 (JA867))

ときめきアリス―定本 (LEGEND ARCHIVES―COMICS)

ときめきアリス―定本 (LEGEND ARCHIVES―COMICS)

ヴォイニッチホテル 1 (ヤングチャンピオン烈コミックス)

ヴォイニッチホテル 1 (ヤングチャンピオン烈コミックス)

他方本作は、独特な絵柄は半分程度に抑え、残り半分は萌えマンガ風の癖のない絵柄で埋められている。そもそもタイトルからして『らき☆すた』のパロディであり、萌え4コマブームを意識しているのは明らかだ。しかし『性本能と水爆戦』シリーズの後継連載であり、掲載誌の要請でこうなったはずはない。内容はひたすら下ネタ、1コマ目から淫語を連呼し、最後のコマで妙な方向に外して笑いを取るようなパターンが典型的。下ネタは萌え4コマの悪意あるパロディの素材として用いられているだけで、いやらしさは微塵もない。そもそも萌え4コマとは思えないくらいきちんと落ちる(あるいは初期いがらしみきお並みに不条理に徹する)ことが多く、この点でもアンチ萌え4コマを貫いている。遅れてきた吾妻チルドレンによる、ドライなアンチ萌えマンガ。作中の時間はリアルタイムで進行し、2007年冬の連載開始時に高校1年生だったキャラクターは、この巻を締めくくる2010年春の回できちんと高校を卒業するが、これは同時期に連載された『けいおん!』のリアルタイム進行を意識していたのかもしれない。
らき☆すた (1) (単行本コミックス)

らき☆すた (1) (単行本コミックス)

けいおん! (1) (まんがタイムKRコミックス)

けいおん! (1) (まんがタイムKRコミックス)

ただし2009年に入り、アンパンマンの最低のパロディ「菓子パン子さんとバタ夫くん」シリーズが始まり、病床でひたすら淫語を喋り続ける「弱田さん」シリーズが主人公の死で幕を閉じた頃から、道満作品本来の持ち味である抒情性が漂い始めた。『けいおん!』のアニメ化に伴う萌え4コマブームのピークに、ブームの頂点で突如はじけるバブルの終わりを嗅ぎ取り、アンチに徹することを止めて次のフェーズに移行したのだろう。連載は現在も続いており、今後の展開が楽しみだ。
ぱら☆いぞ1 (WANI MAGAZINE COMICS SPECIAL)

ぱら☆いぞ1 (WANI MAGAZINE COMICS SPECIAL)

中村明日美子『鉄道少女漫画』

鉄道少女漫画

鉄道少女漫画

2010年7月から無期休業を宣言し、公式サイトも閉鎖していた中村がようやく帰ってきた。『メロディ』誌〜『楽園』誌で連載していた小田急線シリーズの単行本化にあたり、全話の登場人物が少しずつ顔を出す描きおろしエピローグが復帰作になった。このところ長いエントリーが続いていることもあり、彼女の来し方を『マンガ・エロティクス・エフ』誌での耽美的な初期作品、さらには楠本まきひさうちみちおの作品にまで遡ってネチネチ書くつもりはない。
Jの総て (1) (F×COMICS)

Jの総て (1) (F×COMICS)

コペルニクスの呼吸 (1) (F×COMICS)

コペルニクスの呼吸 (1) (F×COMICS)

致死量ドーリス (フィールコミックスGOLD)

致死量ドーリス (フィールコミックスGOLD)

パースペクティブキッド オンデマンド版 [コミック]

パースペクティブキッド オンデマンド版 [コミック]

マンガ・エロティクス・エフ』誌での仕事はコンスタントに単行本化され、コアなファンを増やしていったが、これだけではマンガ家として長期的に生計を立てることは難しい。そこで彼女は少女マンガ誌への投稿を続け、『メロディ』誌に読み切り短篇発表の場を得た。『片恋の日記少女』『曲がり角のボクら』は、2008年前半までの短篇集だが、雑誌掲載には至らなかった投稿作は単行本で読む分には面白いが編集部の心配も理解できるトリッキーな設定と展開、それ以外の作品もシリアスに展開すると思わせて最後で急にハンドルを切っていい話に落とすような展開が多い。『エフ』誌掲載作とは対照的にギャグが多く肩の力を抜いて読め、描線もポップだ。並行するBL誌での連載は、『ダブルミンツ』が『エフ』誌、『あなたのためならどこまでも』が『メロディ』誌での作風に相当する。
片恋の日記少女 (花とゆめCOMICS)

片恋の日記少女 (花とゆめCOMICS)

曲がり角のボクら (花とゆめCOMICSスペシャル)

曲がり角のボクら (花とゆめCOMICSスペシャル)

ダブルミンツ (EDGE COMIX)

ダブルミンツ (EDGE COMIX)

あなたのためならどこまでも (花音コミックス)

あなたのためならどこまでも (花音コミックス)

このように振り返ってみると、彼女の作風の転換を牽引したのは『OPERA』誌での連載『同級生』だった。この「少女マンガよりも純粋な恋愛を描いたBL」への圧倒的な支持を受けて、続篇として『卒業生』を描き進める傍ら、少女マンガの作風も『鉄道少女漫画』収録作品のようなストレートで純度の高いものに変化した。特に、休業宣言直前の「夜を重ねる」は、彼女の創作歴の中でもひとつの頂点にあたり、これを描いたことで休業への踏ん切りがついたのではないかとすら思わせる。
同級生 (EDGE COMIX)

同級生 (EDGE COMIX)

卒業生-冬- (EDGE COMIX)

卒業生-冬- (EDGE COMIX)

卒業生-春- (EDGE COMIX)

卒業生-春- (EDGE COMIX)

この変化に対応して『エフ』誌での連載も、表層的なスタイリッシュさや華やかさを含む「耽美」路線から、人間の暗部や業を純粋に煮詰めた『ウツボラ』の路線に転換したのだろうし、この過程で行き場を失った表層的な装飾性の落ち着き先が『ノケモノと花嫁』、同様に少女マンガの作風の変化で行き場を失ったギャグやポップ感覚の落ち着き先が『呼出し一』だったのだろう。このように考えると、調子に乗って連載を増やしすぎたかに見えた仕事も含めて、彼女の中では必然性を持っていたことがわかる。ただし、アシスタント導入を好まない彼女にはこの仕事量は多すぎ、休業という形でのリセットが必要になった。今後は、彼女にとって中核的な仕事から徐々に復帰という形になってゆくものと思われる。
ウツボラ(1) (F×COMICS)

ウツボラ(1) (F×COMICS)

呼出し一(1) (モーニング KC)

呼出し一(1) (モーニング KC)

その過程で、なぜ少女マンガから復帰することになったのか? それはおそらく、彼女にとっては新しい百合というテーマが、このジャンルに含まれていたからだろう。『曲がり角のボクら』では「さくらふぶきに咲く背中」、『鉄道少女漫画』では「立体交差の駅」「青と白のリーム」の連作がそれにあたるが、「夜を重ねる」でも、本来なら恋敵のはずのふたりの女性(ひとりは既に幽霊だが)に芽生えた精神的一体感がストーリーの肝になっている。『同級生』『卒業生』のシリーズですら、BL作品ではまだ残っていた性的役割分担やミソジニーが、百合という形を取るときれいに消えている。それを百合専門誌ではなく少女マンガ誌に発表することも、彼女の百合表現は極めてプラトニックなものであるだけに、本質的なのだろう。
鉄道少女漫画

鉄道少女漫画

やまむらはじめ『天にひびき3』

天にひびき 3 (ヤングキングコミックス)

天にひびき 3 (ヤングキングコミックス)

クラシック音楽を扱ったマンガは多いが、いくつかの強く印象に残る作品を振り返ってみたい。増山法恵竹宮惠子『変奏曲』は、少年愛設定は措いても楽器演奏等の視覚的細部をきちんと描いた画期的な作品として記憶されるだろう。くらもちふさこ『いつもポケットにショパン』は、ヨーロッパを舞台にした夢物語として描かれてきたクラシック音楽描写を日本の日常に引き戻した作品として、作者自身や熱心なファン以外には依然「代表作」であり続けている。手塚治虫の未完に終わった遺作のひとつがベートーヴェン伝『ルードウィヒ・B』だったことは、旧制高校教養主義に育った手塚にとってのクラシック音楽の重要性を象徴している。福山庸治『マドモアゼル・モーツァルト』は、モーツァルトは実は女性だったという仮説のもと、映画『アマデウス』等では面白おかしく描かれてきた「彼」の数々の奇行を、性別を偽らないと才能が正当に評価されない世界での「彼女」の哀しい自己主張として捉え直したもので、よしながふみ『大奥』が内外で高く評価されている今日にこそ再評価されるべき傑作である。
変奏曲 vol.1 (1)

変奏曲 vol.1 (1)

ルードウィヒ・B (手塚治虫文庫全集)

ルードウィヒ・B (手塚治虫文庫全集)

大奥 (第1巻) (JETS COMICS (4301))

大奥 (第1巻) (JETS COMICS (4301))

だが、これらの作品は、21世紀に入ってからのクラシック音楽マンガブームには直接つながらない。この意味で歴史の転換点と言える作品は、さそうあきら『神童』だろう。音楽をいかに紙の上で表現するかは、マンガにおける普遍的な課題のひとつだが、この作品は少なくともクラシック音楽において非常に有効な手法を提示した。一般的なポピュラー音楽のライヴ演奏では、音楽家たちは自作曲を陶酔的に演奏し、聴衆=音楽家たちのファンはよほどのことがない限りは演奏を好意的に受けとめようとする。だが、一般的なクラシック音楽の演奏会でプログラムに並ぶのは、作曲作品としての評価は既に定まった曲目であり、演奏家たちは指揮者やソリストの解釈に従うのが仕事だが、そこには自ずと批評的な距離がある。多くの聴衆も曲目自体は数々の名録音や内外の有名演奏家を迎えた演奏会で聴き慣れており、慇懃に耳を傾けても心から賞賛することはそう多くない。このような厳しい状況がクラシック音楽の演奏会では当たり前だからこそ、演奏家たちや聴衆の反応を克明に描いてゆけば、音楽の成り行きはおのずと浮き彫りになる。さらに擬音や決めポーズでアクセントを付け、楽章等の大きな区切りは文章で説明すれば、音楽の疑似体験としては十分。実際の曲の進行に沿った描写ならば、曲を思い出しながら頁を追える読者の感興はますます高まる。
神童 (1) (双葉文庫―名作シリーズ)

神童 (1) (双葉文庫―名作シリーズ)

『神童』はストーリーとしては多分にお伽話的であり(成功物語がいったん暗転した後に芸術的高みを見出すことが肝なので、これはこれで良いのだが)、青年誌にふさわしいリアリティを持たせ、尺もそれにふさわしい長さにした『ピアノの森』、音大生の生活実態調査という講談社らしいデータ収集路線で空前のヒット作になった『のだめカンタービレ』、乙女ゲームのマンガ化だけに、キャラクターのイメージに合った若手奏者を集めてアンサンブルを結成するという興味深いマルチメディア展開を続けている『金色のコルダ』あたりが、『神童』の手法プラスアルファでブームの中核になった作品群である。さそう自身も作画にCGを導入して演奏シーンにさらに迫力を持たせた『マエストロ』を発表している。だが、さそうの最新作『ミュジコフィリア』(双葉社漫画アクション連載中)では、自らの手法を適用するには最も都合の悪い現代音楽を、それも実験音楽サウンドインスタレーションといった伝統的な「音楽」からは遠い存在を積極的に描き、自らの手法から抜け出そうとしている。
ピアノの森 1 (モーニングKC (1429))

ピアノの森 1 (モーニングKC (1429))

のだめカンタービレ(1) (講談社コミックスキス (368巻))

のだめカンタービレ(1) (講談社コミックスキス (368巻))

金色のコルダ (1) (花とゆめCOMICS (2598))

金色のコルダ (1) (花とゆめCOMICS (2598))

マエストロ (1) (ACTION COMICS)

マエストロ (1) (ACTION COMICS)

随分と回り道になったが、さそうのこの変化の契機になったのが、今回取り上げるやまむらはじめ『天にひびき』なのではないか? さそうは2008年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞時点で、ピアニスト、指揮者と取り上げてきたので次回作では作曲家を描きたいと示唆しており、現代音楽を取り上げる構想自体は、このやまむら作品の連載開始以前から固めていたようだ。だが、『天にひびき』でやまむらが用いた音楽描写の手法は、『神童』のものとは大きく異なっていた。もちろん、やまむらがさそう作品を知らなかったはずはない。オーケストラとリハーサルで衝突し、不貞寝を決め込んだ指揮者の代役として現れた小学生の少女が、父が伝えられなかった作品解釈を完璧に表現して天才の片鱗を見せる、という導入部からして『神童』+『マエストロ』である(ちなみに、この曲はベートーヴェン交響曲第4番であり、『のだめ』のテーマ曲とも言える7番とカップリングされることが多い渋い曲をあえて選ぶあたりに、『のだめ』への意識も窺える)。この現場にたまたま居合わせた主人公の秋央は、この少女ひびきの才能のあまりの眩さに進むべき道を見失うが、音大でひびきと再開し、彼女に導かれて徐々に成長してゆく、という展開も『神童』を踏襲している(これは物語の普遍的類型にすぎないとも言えるが)。
天にひびき 1巻 (ヤングキングコミックス)

天にひびき 1巻 (ヤングキングコミックス)

天にひびき 2巻 (ヤングキングコミックス)

天にひびき 2巻 (ヤングキングコミックス)

だが、『神童』の手法では主役だった演奏家たちや聴衆は、やまむらの場合には文章による説明の仮の主体という以上の役割は果たしていない。擬音も全くと言ってよいほど用いられず、音楽の進行を導き/音楽の進行から導かれる身体運動と、その身体から漂うオーラのみで音楽を表現している。擬音を排したスタイリッシュな音楽描写ならば上條淳士TO-Y』、音楽家の身体から漂うオーラならば『いつもポケットにショパン』に先例は見出せるが、それが雰囲気の描写に留まらず、音楽を生々しく現出させる描写になり得ているのは、音楽の進行に沿った身体運動の描写の正確さに多くを負っている。
TO-Y (1) 小学館文庫

TO-Y (1) 小学館文庫

いつもポケットにショパン 4 (クイーンズコミックス)

いつもポケットにショパン 4 (クイーンズコミックス)

これはやまむらの作家としてのレーゾンデートルに関わる部分なので、再びマンガ史を辿ってみよう。大友克洋の登場以降、マンガに求められる描き込みの密度は飛躍的に上がったが、大友のように人物造形や背景等、あらゆる部分でリアリズムを追求した作家は決して多くはない。メカ等のこだわる部分は徹底的に描き込む一方、マンガ的なデフォルメの良さも残し、しかしデッサンや遠近法のような部分では隙を見せないバランスを保った作家が「画力が高い」とされ、士郎正宗を筆頭に、皆川亮二鶴田謙二幸村誠らがこの路線で地歩を築いてゆく。やまむらのキャリアもこの路線上で築かれており、彼にも「画力」への自負はあるはずだ。それはこの路線の本流にあたるSF物や伝奇物では十分に開花しなかったかもしれないが、彼の趣味でもあるクラシック音楽の描写で見事に実を結んだ。J.S.バッハメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲におけるオーケストラの役割の違いを、ともに一枚絵で鮮やかに描き分けているのを見せられては、クラシック音楽好きとしてはもはや感嘆する他ない。
童夢 (アクションコミックス)

童夢 (アクションコミックス)

アップルシード (1) (Comic borne)

アップルシード (1) (Comic borne)

Arms 1 (少年サンデーコミックスワイド版)

Arms 1 (少年サンデーコミックスワイド版)

おもいでエマノン (リュウコミックススペシャル)

おもいでエマノン (リュウコミックススペシャル)

プラネテス(1) (モーニング KC)

プラネテス(1) (モーニング KC)

この作品の紹介としてはこれで十分だと思うが、実は3巻の内容にはまだ一切触れていない。終盤でひびきが名言を呟き、その余韻の中で巻が閉じられる構成はこの巻でも変わらないが、それ以外は主要サブキャラの人物紹介がメインの巻で、秋央とひびきの内面描写に費やされた前2巻の密度と比べると中休みの感がある。ただしこの巻に至って、音大生の群像劇でありながら、まるで性の匂いがしない(男女が雑魚寝しても何も起こらない!)のがこの作品の特徴だとは言えそうだ。普通の大学生(ただし音大生も含まれる)の群像劇の『夢のアトサキ』はそこまで極端ではなかったので、日本における「芸術」にまつわる「清廉さ」の要請の帰結なのだろうか。その意味で、芸術志向の美大生の群像劇だった『ハチミツとクローバー』が連想されてしまう。さそう作品はもう少し性には大らかで、結ばれるべきカップルは早々に結ばれ、それが音楽にもプラスになるように描かれていたが、それは彼らがサブキャラだからかもしれない。『神童』の主人公はまだ性を意識していない少女、『マエストロ』の主人公は妻への純愛に生きる老人(ただしリハーサルで下ネタが多すぎるとオーケストラの団員たちに辟易されているが)で、あらかじめ性とは切り離されていた。このような下世話な部分も含め、『天にひびき』には今後も注目してゆきたい。
夢のアトサキ (ヤングキングコミックス)

夢のアトサキ (ヤングキングコミックス)

ハチミツとクローバー 1 (クイーンズコミックス)

ハチミツとクローバー 1 (クイーンズコミックス)

天にひびき 3 (ヤングキングコミックス)

天にひびき 3 (ヤングキングコミックス)

村上かつら『淀川ベルトコンベア・ガール2』

淀川ベルトコンベア・ガール 2 (ビッグコミックス)

淀川ベルトコンベア・ガール 2 (ビッグコミックス)

村上かつらという作家との出会いは微妙なものだった。彼女はビッグコミックスピリッツ誌を中心に10年以上のキャリアを持っているので、何らかの形で読んだことはあるはずなのだが、全く記憶に残っていない。彼女と似た名前の有名作家が、犬が主人公のお涙頂戴マンガを描いてベストセラーになり、うっかり読んでしまって胸糞が悪くなり(その作家の旧作はその種のマンガではなかったので、色々な大人の事情があったのだろう)、似た名前の作家がやはり犬(正確には犬型ロボット)が主人公のお涙頂戴マンガを描いていることを知り、毒をもって毒を制そうと手に取ったのが『ラッキー』だった。
ラッキー―Are you LUCKY? (ビッグコミックス)

ラッキー―Are you LUCKY? (ビッグコミックス)

この作品が「お涙頂戴」たり得ているのは、人死にが出るからでも犬型ロボットが機能停止するからでもない。犬型ロボットのコミュニケーション機能にある制約があり、その制約のもとで迎える最期が涙腺をたまらなく刺激する。あざといと言えばあざといが、巧いなあ…と浄化された。ただしアイディア一発なので、この時点では旧作まで読み返そうという気にはなっていない。
淀川ベルトコンベア・ガール 1 (ビッグコミックス)

淀川ベルトコンベア・ガール 1 (ビッグコミックス)

この出会いから数ヶ月後に、『淀川ベルトコンベア・ガール1』が発売された。普段なら、この程度の出会いで作家のウラを返そうとはしないのだが、「淀川」は将棋や相撲と並ぶ、筆者にとってのマジックワードのひとつなのだ。blogで取り上げるマンガの舞台としては相対的に大阪が多いが、生まれも育ちも縁があるわけではない。親の出身地まで遡れば縁がなくもないが、家で大阪文化を叩き込まれたわけでもない。幼少の頃のマンガ体験の中で、いしいひさいち『バイトくん』(下記シリーズではなく、70年代後半にプレイガイドジャーナル社から刊行されたオリジナルシリーズ)が決定的に大きな役割を果たしたおかげだ。関西大学での学生生活を、「東淀川大学」「安下宿共斗会議」をキーワードにギャグにしたノリは、体の奥底まで染み付いている。ちなみに、筆者のヴァーチャル大阪体験のもうひとつのバイブルは、初期青木光恵作品(『青木通信』『小梅ちゃんが行く!!』等)である。
青木通信 1 (SPコミックス)

青木通信 1 (SPコミックス)

小梅ちゃんが行く!! 1 (バンブー・コミックス)

小梅ちゃんが行く!! 1 (バンブー・コミックス)

思い出話はこのくらいにして、村上かつら『淀川…』に戻ろう。この作品の主人公・かよは、福井から単身上京して淀川べりの油揚げ工場に住み込みで働く16歳の少女。工場の同僚に同世代はおらず、中学校時代の友人たちともすっかり疎遠になり、河川敷の高架の下で「ともだちがほしい!」と叫ぶ日々。そんな彼女の工場に、17歳の少女・那子がアルバイトで入ってきた。彼女と「ともだち」になろうと空回りするかよ。もちろん、那子がアルバイトを始めたのには事情がある。彼女は本命の公立高校の受験に失敗し、滑り止めのお坊ちゃん/お嬢様学校に首席で入学した。友達グループがお揃いの携帯ストラップやアクセサリーを付けるのはよくあることだが、それが1個数万円のオリジナル製品になってしまうお嬢様たち。中流家庭で暮らす那子は、このギャップをアルバイトで埋めようとした。「国立大の医学部を受験する資金を貯めるため」とバイト先には嘘をついて。

那子の友達グループは彼女とかよが知り合いだと気付き、かよをホームパーティに呼び出して見世物として辱める。この様子を見た那子は偽りの友人関係を清算しようと決意するが、そこにバイト先の社長の息子(幼馴染みの那子に恋心を抱いている)の的外れな助太刀も加わり、彼女は医学部受験という嘘を本当にせざるを得なくなる。学校で孤立した寂しさを紛らわすため、かよとの距離を縮めてゆく那子。それを「ともだちになれた!」と無邪気に喜ぶかよ。だが、那子は生活のリズムを崩し、成績も急降下する。彼女の異変に気付いたバイト先の同僚は「友だちなら、嬉しいコト楽しいコトだけやのうて、心の叫びを聞いたらな」とかよに諭す。かよが那子の力になろうと動き始めた時、福井の実家に事件が……次巻を待て!

Cue 3 (ビッグコミックス)

Cue 3 (ビッグコミックス)

いかにもな引きに、相変わらず巧いなあと呟くわけだが、この作品に期待したくなるのは、1巻のあとがきも大きい。この作品には2003年の短篇「純粋あげ工場」という原型があり、その後日譚として始まる。2003年当時に問題になったのは、女の子が高校にも行かず、町工場に住み込みで働くという設定は「悲惨すぎて」リアリティがないことだったが、現在問題になっているのは、中卒女子が正社員として雇用され、個室の社宅まで与えられるという設定は「待遇が良すぎて」リアリティがないことだという。新自由主義の導入後わずか数年で底が抜けてしまった日本社会の現在を描きたい、という決意に期待せずにいられようか。かつては青年誌のニーズに応えた青年群像劇――まさに那子の友達グループの日常のような――を描いていた村上が、本作のような設定で長篇を描いていること自体が、時代の変化を象徴している。主人公たちとは世代の違う工場の同僚たちの描写が、回を重ねるごとに血の通ったものになっているのも、この連載を通じて村上が変わりつつあることを示しており、期待はますます膨らむ。
淀川ベルトコンベア・ガール 2 (ビッグコミックス)

淀川ベルトコンベア・ガール 2 (ビッグコミックス)

吉田秋生『海街diary』

海街diary: 陽のあたる坂道 (3) (フラワーコミックス)

海街diary: 陽のあたる坂道 (3) (フラワーコミックス)

現在、マンガランキングでこの作品を挙げると、「今さら?」という反応になってしまうかもしれない。この作品は第1巻が発売された2007年時点で既に、各種ランキングで高く評価されていた。『このマンガがすごい!』オンナ編では『君に届け』に続く僅差の2位、同年の『このマンガを読め!』では、『すごい!』オトコ編1位の『ハチワンダイバー』をも寄せ付けないぶっちぎりの1位。ただし拙速とも言える評価には、「マンガ読みならそうせずにはいられなかった」事情がある。

Banana fish (1) (小学館文庫)

Banana fish (1) (小学館文庫)

Banana fish (11) (小学館文庫)

Banana fish (11) (小学館文庫)

Banana fish another story (小学館文庫)

Banana fish another story (小学館文庫)

30年を超える吉田のキャリアの中で、好き嫌いは措いて『BANANA FISH』が「特別な作品」であることは誰しもが認めるところだろう。1994年の連載終了はクオリティペーパーが横並びで社会面で取り上げる「事件」になったが、これは空前絶後の出来事だった。この作品の前にも後にも、社会現象として記憶されるブームになった作品や、この作品をはるかに超える売り上げを記録した作品は少なくないが、このような扱いを受けた創作物はマンガに限らずとも存在しない。ましてや当時は、マンガの新作が定期的に文化欄で取り上げられることも、文化庁メディア芸術祭手塚治虫文化賞という形で公的に顕彰されることもなかった時代である。

YASHA〔文庫版〕  6・完 (小学館文庫)

YASHA〔文庫版〕 6・完 (小学館文庫)

愛蔵版 デビルマン (KCデラックス)

愛蔵版 デビルマン (KCデラックス)

唯一のヒット作の続篇や焼き直しを延々と描き続けて喰い繋ぐマンガ家は少なくない。吉田はその括りには属さないことは言うまでもないが、『YASHA』『イヴの眠り』と続く長篇連載を読んでいるうちに、不安がこみ上げてくる。吉田ほどの作家にとっても、『BANANA FISH』は身の丈を超えた作品で、その魔力に取り込まれてしまったのではないかと。永井豪という先例があるだけになおさら。デビュー以来の永井の勢いがそのまま続いていれば、日本のマンガの歴史は彼を中心とするものに書き換えられていたに違いない。だが彼は、『デビルマン』を描いてしまった。この作品は「永井が描かなくてもいずれ誰かが…」というような取り替え可能なものではないことは明らかだが、それ以降の彼は、この作品に使役されて外伝や注釈を描き続けるデーモンと化してしまった。

ラヴァーズ・キス (小学館文庫)

ラヴァーズ・キス (小学館文庫)

天然コケッコー (9) (集英社文庫―コミック版)

天然コケッコー (9) (集英社文庫―コミック版)

α アルファ(上) (α アルファ) (YOUNG YOUコミックス)

α アルファ(上) (α アルファ) (YOUNG YOUコミックス)

α 下   YOUNG YOUコミックス

α 下 YOUNG YOUコミックス

だが吉田は『BANANA FISH』執筆の傍ら、彼女の創作歴の中でも特に凝縮された傑作『ラヴァーズ・キス』の構想を練っていた。かつて経験のない長篇を描いていると、正反対の練り込まれた中篇を描きたくなるのは、創造者の性なのだろう。くらもちふさこもその後、『天然コケッコー』完結の直後に『α』を描いている。鎌倉を舞台に、青春の一瞬の煌めきを3つの視点から繰り返し切り取った『ラヴァーズ・キス』。物語依存症の日本マンガ界(そこでは、くらもちふさこ構造主義が正当に評価されることは決してないだろう)へのアンチテーゼともみなせる、「文体こそ本質」のこの作品の2次創作という形で、『海街diary』は始まった。吉田がついに『BANANA FISH』の呪いから解放された! という想いがこの作品への拙速な評価の正体だろう。だが、この評価は果たして『ラヴァーズ・キス』の達成を受けとめた上でのものなのだろうか?

海街diary 1 蝉時雨のやむ頃

海街diary 1 蝉時雨のやむ頃

海街diary(うみまちダイアリー)2 真昼の月(フラワーコミックス)

海街diary(うみまちダイアリー)2 真昼の月(フラワーコミックス)

カリフォルニア物語 (4) (小学館文庫)

カリフォルニア物語 (4) (小学館文庫)

ご祝儀抜きで読み返すと、1巻《蝉時雨のやむ頃》は、鎌倉を舞台としない表題作以外は、『ラヴァーズ・キス』の庇を借りすぎているのではないか。2巻《真昼の月》になると独自の色が出始めるが、この巻はあまりに「すずちゃんとゆかいな仲間たち」に終始し、四姉妹設定が活かされていないのではないか。結局、オールドスクール少女マンガへのノスタルジーと切り離し、今日のマンガとして積極的に評価できるのは3巻《陽のあたる坂道》から、ということになる。実際、この巻に至って作中でも1年間が過ぎ、吉田作品としても新しい次元に入った。まず、これだけの時間が作中で経過したのは、出世作『カリフォルニア物語』以来である。あれだけの出来事が起こった『BANANA FISH』ですら、実時間では数ヶ月にすぎない。また、いかなるカタストロフィを迎えようとも、感情の決着はその場でつけるのが吉田作品の基本原理だったが、ここに至って初めて、「歳月が解決してくれることもある」と登場人物が受け入れるようになった。時が過ぎれば人の心は移り、驚くほど状況も変わる。これは決して無責任な「問題の先送り」ではない。作劇としての「登場人物の成長」ではなく、作家としての成熟が作品に投影された結果である。
海街diary: 陽のあたる坂道 (3) (フラワーコミックス)

海街diary: 陽のあたる坂道 (3) (フラワーコミックス)