nono_yのマンガ日記

2011-02-08

中村明日美子『鉄道少女漫画』

鉄道少女漫画

鉄道少女漫画

2010年7月から無期休業を宣言し、公式サイトも閉鎖していた中村がようやく帰ってきた。『メロディ』誌〜『楽園』誌で連載していた小田急線シリーズの単行本化にあたり、全話の登場人物が少しずつ顔を出す描きおろしエピローグが復帰作になった。このところ長いエントリーが続いていることもあり、彼女の来し方を『マンガ・エロティクス・エフ』誌での耽美的な初期作品、さらには楠本まきひさうちみちおの作品にまで遡ってネチネチ書くつもりはない。

Jの総て (1) (F×COMICS)

Jの総て (1) (F×COMICS)

コペルニクスの呼吸 (1) (F×COMICS)

コペルニクスの呼吸 (1) (F×COMICS)

致死量ドーリス (フィールコミックスGOLD)

致死量ドーリス (フィールコミックスGOLD)

パースペクティブキッド オンデマンド版 [コミック]

パースペクティブキッド オンデマンド版 [コミック]

マンガ・エロティクス・エフ』誌での仕事はコンスタントに単行本化され、コアなファンを増やしていったが、これだけではマンガ家として長期的に生計を立てることは難しい。そこで彼女は少女マンガ誌への投稿を続け、『メロディ』誌に読み切り短篇発表の場を得た。『片恋の日記少女』『曲がり角のボクら』は、2008年前半までの短篇集だが、雑誌掲載には至らなかった投稿作は単行本で読む分には面白いが編集部の心配も理解できるトリッキーな設定と展開、それ以外の作品もシリアスに展開すると思わせて最後で急にハンドルを切っていい話に落とすような展開が多い。『エフ』誌掲載作とは対照的にギャグが多く肩の力を抜いて読め、描線もポップだ。並行するBL誌での連載は、『ダブルミンツ』が『エフ』誌、『あなたのためならどこまでも』が『メロディ』誌での作風に相当する。

片恋の日記少女 (花とゆめCOMICS)

片恋の日記少女 (花とゆめCOMICS)

曲がり角のボクら (花とゆめCOMICSスペシャル)

曲がり角のボクら (花とゆめCOMICSスペシャル)

ダブルミンツ (EDGE COMIX)

ダブルミンツ (EDGE COMIX)

あなたのためならどこまでも (花音コミックス)

あなたのためならどこまでも (花音コミックス)

このように振り返ってみると、彼女の作風の転換を牽引したのは『OPERA』誌での連載『同級生』だった。この「少女マンガよりも純粋な恋愛を描いたBL」への圧倒的な支持を受けて、続篇として『卒業生』を描き進める傍ら、少女マンガの作風も『鉄道少女漫画』収録作品のようなストレートで純度の高いものに変化した。特に、休業宣言直前の「夜を重ねる」は、彼女の創作歴の中でもひとつの頂点にあたり、これを描いたことで休業への踏ん切りがついたのではないかとすら思わせる。

同級生 (EDGE COMIX)

同級生 (EDGE COMIX)

卒業生-冬- (EDGE COMIX)

卒業生-冬- (EDGE COMIX)

卒業生-春- (EDGE COMIX)

卒業生-春- (EDGE COMIX)

この変化に対応して『エフ』誌での連載も、表層的なスタイリッシュさや華やかさを含む「耽美」路線から、人間の暗部や業を純粋に煮詰めた『ウツボラ』の路線に転換したのだろうし、この過程で行き場を失った表層的な装飾性の落ち着き先が『ノケモノと花嫁』、同様に少女マンガの作風の変化で行き場を失ったギャグやポップ感覚の落ち着き先が『呼出し一』だったのだろう。このように考えると、調子に乗って連載を増やしすぎたかに見えた仕事も含めて、彼女の中では必然性を持っていたことがわかる。ただし、アシスタント導入を好まない彼女にはこの仕事量は多すぎ、休業という形でのリセットが必要になった。今後は、彼女にとって中核的な仕事から徐々に復帰という形になってゆくものと思われる。

ウツボラ(1) (F×COMICS)

ウツボラ(1) (F×COMICS)

ノケモノと花嫁 THE MANGA ~第一巻~

ノケモノと花嫁 THE MANGA ~第一巻~

呼出し一(1) (モーニング KC)

呼出し一(1) (モーニング KC)

その過程で、なぜ少女マンガから復帰することになったのか? それはおそらく、彼女にとっては新しい百合というテーマが、このジャンルに含まれていたからだろう。『曲がり角のボクら』では「さくらふぶきに咲く背中」、『鉄道少女漫画』では「立体交差の駅」「青と白のリーム」の連作がそれにあたるが、「夜を重ねる」でも、本来なら恋敵のはずのふたりの女性(ひとりは既に幽霊だが)に芽生えた精神的一体感がストーリーの肝になっている。『同級生』『卒業生』のシリーズですら、BL作品ではまだ残っていた性的役割分担やミソジニーが、百合という形を取るときれいに消えている。それを百合専門誌ではなく少女マンガ誌に発表することも、彼女の百合表現は極めてプラトニックなものであるだけに、本質的なのだろう。

鉄道少女漫画

鉄道少女漫画