Hatena::ブログ(Diary)

笑ってる?

【神々】

2016-09-27 モーターデストラクション(5)

 

第一話 第二話 第三話 第四話

 

 

制動棹(ブレーキレバー)を引く。

カリカリと、制動練石(ブレーキパッド)の削れる感覚。

それと同時に、前輪懸架(フロントフォーク)が沈みこむ。

 

身体と車体をあわせた重さが、滑らかに前方へ移動。

 

そのタイミングで、車体を斜めに大きく倒してゆく。

車輪の護謨(ゴム)が前後とも、路面をとらえて変形する。

走行抵抗も利用して、曲がりながら一気に減速。

 

激しい減速に車体から、ふるふるとした挙動が伝わってくる。

 

瞬間、出力筒(アクセル)を捻(ひね)る。

前後の懸架を沈ませたまま、車体がぐいぐいと曲がりだす。

曲がってゆくその手ごたえで、無意識に「よし」と声が出る。

 

路面に押し付けられた両輪の軌道は、頭に描いた放物線を忠実になぞり。

 

身体が遠心力によって、座鞍へ沈んでゆく。

まるで、かみそりの刃が路面を切り裂くように。

鉄馬(うま)の軌跡が美しい弧を描く。

 

暴力的な馬力をあやつる喜びに、笑顔を浮かべながら、視線を前へ。

 

目の前にひらける暗灰色の道路、木々に反射するきらきらした陽光。

美しい風景が、車体の傾斜(バンク)にあわせて斜めに飛んでゆく。

その流れの終わりぎわ、出力筒を大胆にあける。

 

うなり声を上げる液動(液燃発動)に、ちょうど力感(トルク)が乗り。

 

クオォォォォォォン!

 

高周波の排気音が、陽光とともに木々の間を反射してゆく。

 

「まだまだ」

 

さらに大きく出力筒をあけるとともに前架(前輪懸架)がぐんと伸び。

浮いた前輪から接地の感覚が薄れてゆく。

車体が立ち上がってゆくと同時に、ゾクゾクと戦慄が背中を疾(はし)る。

 

空気を切り裂くように駆け抜けて。

 

長い直線でひと息つくと、ちらりと後鏡(バックミラー)へ視線をやり。

鏡の中に、ぴたりと後ろへ張り付く、イズモの姿を確認すると。

にやりと唇をゆがめたシュウスイは、左手をあげながら速度を落とした。

 

「ここらで、ちょっと休憩しよう」

 

道端の少しひらけた場所へ停車し、緩衝帽(ヘルメット)をとりつつ。

同じく鉄馬を停めたイズモヘ向かって、屈託なく笑いかけた。

うなずいたイズモの方も、嬉しそうにニコニコと笑っている。

 

「イズモくん、速いね」

「よく言いますよ、ついていくのがやっとでした」

「いっや、それにしても楽しいな」

「ですね、最高です」

 

同じ速度域に棲んでいる、という事実は単純にうれしい。

好きこのんで鉄馬に乗っているような男たちは、たいていそうだ。速い遅いではなく(もちろんそれも、重要な要素ではあるのだが)、鉄馬を思うようにあやつるよろこびと、そこに誰かが並走するよろこび。

それは理解者を得るよろこびでもある。

 

このままずっと、曲がった道が続けばいいのに。

期せずして二人は、同じことを思いながら走っていたのだった。そしてそれは、こういった場合の鉄馬乗り、いや、動輪(どうりん=四輪車)も含めて、走ることを愛する乗り手の、ほとんど誰もが思うことでもある。

もっとも場所に関しては、曲がった道と限ったわけでもないが。

 

イズモは鉄馬からひらりと降りた。

 

ずっと仕舞っておいた一張羅(いっちょうら)。

家を出るときに着てきた、その合成皮革ではない本物の革で作られた上衣に、こちらも本革製の筒袴をはいている。鉄馬、いや、モータサイクル同様、彼が親の金でなく「自分で手に入れた」数少ない宝物だ。

彼にとって「自主独立の象徴」でもある。

足元を固める長靴と、両手をおおう手袋は、出発のとき厩番頭(うまやばんがしら)のベニマルがくれた、こちらも皇都では貴重な本革である。後鏡にひっかけた緩衝帽を含め、そのすべてが「街カラス」のように真っ黒だ。

皇都の夜を駆けていた時から、彼は黒を好んでいた。

 

一方、イズモほど上背はないが、やはり細くしなやかな体躯のシュウスイ。

鉄馬を降りると、道端にどっかりと腰かけた。

短く刈り込む、と言うよりほとんど剃りあげた頭をするりとなで、こちらは合成繊維の上衣の隠しから紙巻きを取りだすと、燧(ひうち)で点火(つ)けて旨そうに煙をはきだす。

それからニカっと笑って、紙巻きをはさんだ指で近くを指差した。

うなずいてそこへ腰かけると、イズモは斜め掛けした背鞄(せかばん)から水筒を取り出し、砦(とりで)の料理番に詰めてもらった、甘柑(あまかん)をしぼった冷たい果汁をごくり。

ふわりと風が吹き、新緑の薫りを運んできた。

 

「それにしても、シュウスイさんのモータサイクルのモータは、ライデンのとずいぶん違いますね。排気音(おと)もライデンのよりカン高いし、振動も少ないように見えます」

「ん? ああ、そうか。皇都には液動がないんだっけ」

「ええ、モータの動力は電気だけですね」

「液動には、色んな種類があってさ」

 

シュウスイは座りなおすと、イズモへ向かって熱心に話す。

 

「気筒の並びだけでも、俺のは横列4気筒でライデンのは……聞いた話じゃレ(れ)型2気筒だから、だいぶん力の出方が違うね。横列4気筒はとにかくぶん回る。レ型2気筒だと回転より一発の力を重視って感じかな」

 

シュウスイの説明はおおざっぱで、イズモには半分も理解できない。

それでも今まで聞いたこともない話に、思わず眼を輝かせる。

 

「レ型はわりと振動が多いけど、似たような形の直角二気筒だと、上手く振動が相殺されて、きれいに回るんだ。その辺は気筒の数でも変わってきてさ。気筒が多いほど滑らかに回るけど、そのぶん力感が少し足りなくなる」

「力感……ああ、トルクの事でしたっけ」

「馬力そのものは変わらないのに、乗ってみるとずいぶん印象が違うんだ」

 

興味深い話に、イズモは思わず身を乗り出す。

 

「電磁モータの違いと言えば、直径の差と銅線の巻き数くらいです」

「電動で言う直径は、液動だと行程長(ストローク)だね。長いほど力感が出て、短いと高回転まで回せる。電動は回りはじめが最大力感だけど、液動は力感の出る回転数が構造で変わってくるんだ。面白いだろ?」

「はい、めちゃめちゃ面白いです!」

 

動力とは電磁モータであり、スムーズに回るのが当たり前だと思っていたイズモにとって、発動機の形からくる特性や、気筒の並びによる振動の相殺と言うような話は、とても新鮮で、興味深く、楽しかった。

 

「イズモくんがこっちの鉄馬に乗るなら、やっぱり俺のと同じ横列4気筒がいいだろうね。もちろん電動みたいにスムーズじゃないけど、それでもレ型だの単気筒なんかよりは、ずっとなじみやすいと思うよ」

「俺はその前に……変速機でしたっけ? あれの操作を覚えないと乗れませんけれどね」

「ははは、そうか。そっちの問題もあったか。俺らは慣れてるから何とも思わないけど、確かに、はじめて扱うなら発動機の特性うんぬんより、そっちを覚えるのが先だな。ま、イズモくんならすぐに覚えるよ」

「楽しみです」

 

本当にうれしそうに、イズモはうなずいた。

 

 

 

道端に腰かけて休憩しつつ、ふたりは話を続ける。

 

「で、たしか白鳳霊山でいいんだよね?」

「そう聞いてます。ただ道順は…… ボクはこっちへ来たばかりなので……」

「ははは、そりゃそうか。イズモくんに聞くのはお門違いか」

「いやぁ、すみませ…… あ、いや、ちょっと待ってください」

 

ふと気づいたイズモは立ち上がって、自分のモータサイクルに近づいた。

休んでいたM.A.I(電脳)が目を覚まし、同時に起動フェーズ開始。

液晶画面に各種メータが表示されてから、イズモはM.A.Iに声をかけた。

 

「起動フェーズが完了しました。実際の交通法規に従って……」

「省電力モード、ルートマップ表示」

「NRW(ナビゲート・ラジオ・ウェブ)ロスト。ローカルマップを選……」

「ローカルファイル検索、ファイル名は確か……アウターゾーン?」

 

外郭世界には、ナビ用の電波どころか、電波技術そのものがない。

なのでイズモは、M.A.Iに保存されているはずの地図情報を検索する。

出発まえに家令の西茨城が、他のデータと一緒に持たせてくれたものだ。

 

もちろん外郭世界の地図は、皇都では一般公開されていない。

外郭世界そのものの情報を、ほとんどすべて遮断しているのだから。

イズモのモータサイクルに記録されている地図は、西茨城がかつて若い頃に家を出奔したとき、自力でこの世界を走り回って手に入れた、貴重な情報の数々であった。いわば、西茨城の「青春と冒険の思い出」である。

そしてもちろん、違法ファイルでもある。

 

西茨城を思い出して微笑を浮かべたイズモは、検索を続ける。

 

一方、いきなり「鉄馬に向かってしゃべり始めた」イズモの姿に、驚いて目を見張ったシュウスイは、その問いかけに対して「鉄馬が人の言葉で答える」のを聞くと、いよいよ口をあんぐり開けたまま言葉を失ってしまう。

わかってはいたことだが、それでも実際に目の前で見た光景に。

ようやく、「イズモは皇都の人間なんだ」という実感がわいてくる。

なるほど、皇都とこちらでは鉄馬ひとつとっても、これほど違うのか。

 

シュウスイが感心している合間にも、イズモとM.A.Iの会話は続いていた。

 

「現在地……は無線がないから無理か。いや、計算できないかな」

「最終ログポイントから、現在地を算出します。ただし理論値で……」

「実際と食い違う可能性があるんだろ。いいよ、計算して」

「……予想現在地をマップ上に表示します。目的地を設定してください」

 

現在地が出たところで、イズモはシュウスイを手招きで呼んだ。

あわてて立ち上がり、イズモのモータサイクルに近づいたシュウスイは、初めて文明を見る未開人のようにおそるおそる、しかし、それ以上に興味をもって、表示された液晶画面をのぞき込む。

そして画面を見るなり、思わず声を上げた。

 

「うわ! すげぇ! ちゃんと地図だ! これ、速度計のはずだよな?」

「いろいろな情報を表示してくれるんで、便利ですよ」

「ううむ、かもしれないが、俺にはきっと使いこなせないだろうなぁ」

「最初だけですよ。慣れれば簡単です。目的地、白鳳霊山」

 

後半はM.A.Iへ向かって命令する。

 

「範囲が広すぎます。縮小表示しますか?」

「どうしよう……あ、そうか。最後にゲストモードを使った場所を」

「げすとも……なんだそれ? 何の場所?」

「ライデンと初めて会った場所です」

「へぇ、そんなのも覚えてるのか。頭のいい鉄馬だなぁ」

 

表示された目的地へ、ほとんどまっすぐ向かえていることを確認する。

と同時に、シュウスイの腹の虫が「ぐう」と抗議の声を上げた。

そういえば、今朝からほとんど何も食べていない。

 

食事にしようと決まり、ふたりは弁当を取り出す。

甘柑の果汁と同じく、砦の料理番に詰めてもらったものだ。

弁当を広げながら、イズモがぼそりとつぶやいた。

 

「ライデン、戻ってますかねぇ」

「昨日ひと晩ずっと待ってても来なかったんだから、普通だったら家に帰ってるだろう? あ、いや、山賊の連中が言うには『ライデンには家がない』って話だけど、少なくとも白鳳霊山の近くには戻ってくるんじゃないか?」

「だといいんですが。住処がないと聞いたときは驚きましたよ」

「ひとつっ処に住んでないってんじゃ、お手上げだよな。面白い男だ」

「面白いってことだけは間違いないですよ。ボクも会ったばかりですけど」

 

ライデンのことを思い出し、イズモは空を見上げる。

澄み渡った青空を、種類はわからない小さな鳥が飛んでゆく。

それから視線を下げ、弁当にかぶりつくシュウスイを見てほほ笑むと。

 

こちらも弁当箱を開けて、並んだおかずへ箸をのばした。

 

 

 

「砦には残りません。まだ、あちこち見て回りたいんで」

 

昨夜、西の砦で行われた宴(うたげ)の席で、今後のことを聞かれたとき。

イズモは迷わずにそう答えた。

そのためにこそ官憲の許しもなく皇都をはなれ、犯罪者となってまで、外郭世界へ飛び出してきたのだから。少なくとも、家令の西茨城が若いころに冒険したよりは、もっと広い世界を見て回ってみたいではないか。

心の父とさえ思っている、彼へのみやげ話のためにも。

そんな風に思うイズモへ、砦の長、シナノが声をかける。

 

「それで、ここを離れてどこへ?」

「わかりませんが、とりあえずはライデンに会いに行きます。まだまだ色んなことを話し足りないんです」

「なるほど、彼ですか。では、のちほど弁当を作らせましょう」

 

イズモの言葉を予想していたのだろう。

 

シナノは驚く様子もなく、いつもどおり穏やかに微笑んでうなずいた。

部下に「人材収集病」などとからかわれている彼ではあるが。

今まで、当人の意思を無視して誘ったことはない。

 

イズモを欲しいとは思ったが、彼の意思は尊重する。

それに、イズモ以外の連中は、彼の部下になるかどうかはともかくとして、あらかた、「とりあえずこの砦へ残る」ことで話はついていたのだから、彼としては充分に満足できる結果だ。

しかし、そのシナノにして、あとにつづく部下の言葉は予想外だった。

 

「カシラ、俺も行かせてください。イズモくん、ダメかな?」

「ボ、ボクは構いませんが……」

 

みなで砦に来たとき、最初に出会った、見張り番の男。

そのシュウスイが、驚くほど真剣な表情で口にした言葉へ、あっけにとられたイズモが反応できずにモゴモゴ言っていると、シュウスイの上司であるシナノが、イズモの代わりに静かな声で返事をした。

 

「それはまた、どういった理由で?」

「俺もその、ライデンと言う男に会ってみたいんです」

「ほう?」

「ライデンって、あの男ですよね? カシラが唯一、欲しがらなかったって言う」

 

シュウスイの気持ちを理解して、シナノはなるほどと愁眉を開いた。かつて砦で宴会をしたとき、酔いに任せてそういえば、ライデンについてちょっと語ったことがある。シュウスイはそれを覚えていたのだ。

そこへ、ライデンと言う言葉に反応したフガクが、のそりと近寄ってくる。

熊のような巨体でシナノのとなりに座ると、浮かんだ問いを口にした。

 

「欲しがらなかった? どういうことです?」

「言葉の通りですよ。彼とは会った事がありますが、欲しいとは思わなかった」

 

シナノはフガクを見ながら、肩をすくめて苦笑いを浮かべた。

その微妙な表情を見て、何かを察したのだろう、フガクはうんうんとうなずく。

彼の顔には、無理もないといった表情が浮かんでいた。

 

「まあ、確かにライデンは、人の下について言うことを聞くようなタマじゃ……」

「それもありますが……いや、やめておきましょう」

 

言いかけた言葉を飲み込んで、シナノは静かに微笑する。

彼のその様子に、恐らくライデンの過去に触れる話なのだろうと見当をつけたフガクは、こちらもそれ以上は追求せず、ただ黙ってうなずいた。彼の態度に黙礼を返したシナノは、そのまま部下へ視線を移すと。

 

「どうしてもと言うなら、三つ条件があります」

「は、はいカシラ」

「ひとつは、私がかばいきれないような問題を起こさないこと。大袈裟だと思わないで下さい。君が会いたがっている男は、『やっかい事を起こす才能』に関してだけは、天才と言っていいトラブルメーカーなんですから」

 

これには、横で聞いていた山賊たちも、苦笑しながらうなずくしかない。

八の字先生とレップウは、ぶんぶん音がしそうなほど首を縦に振っている。

ショウキは苦笑いしながら下を向き、フガクは肩を震わせてくっくと笑う。

 

大将はもちろん泥酔して寝ている。

 

シナノは彼らに軽く笑いかけ、シュウスイへ向き直った。

 

「ふたつには、君がこれから見てきたものを、後ですべて報告すること。誰に会った、何を話した、とにかくどんな細かいこともすべてを。ああ、もちろん、君の得意な報告文書でね」

「は、はぁ」

 

様式が細かい報告文書が苦手なシュウスイは、情けない顔でうなずいた。

満足したように顔をほころばせたシナノは、一転、表情を引き締める。

シュウスイも緊張して、自分のカシラの目をじっと見据えた。

 

「そして最後に、これがもっとも大切な話ですが」

 

周りで聞いていた山賊たちも、思わず息をのむ。

 

「出かけている間の給料は、もちろん出しませんからね?」

 

そう言ってから表情をくずし、いたずらっぽく笑った。

シュウスイは眼を見開き、それから先ほどよりさらに萎(しお)れる。

その悲しげな顔に、もちろん山賊連中は遠慮なく、ゲラゲラと大笑いした。

 

しかし、シナノのからかいは終わらない。

彼はこのバンカラで気のいい部下を、とても気に入っているのだ。

みなが大笑いする中、すました顔でシュウスイをのぞきこむと。

 

「せっかくですから、君の給料が浮いた分で宴会しましょう」

 

シュウスイは今度こそ、「そんなぁ」と最高に情けない顔で固まり。

それから小さく溜息を吐いて、仕方ないとばかりにゆっくりとうなずいた。

周りの連中はもう、手をたたいて大騒ぎしつつ、ゲラゲラと爆笑する。

 

しばらくそうして笑いあったあと。

真面目な顔になって、シナノが話し出した。

いわく、ただライデンに会いに行くだけではなく、西夷がやたら出没するようになった現在の状況と、少しでも関連のありそうな情報を、できるだけ集めてこいと言ったような話であった。

とにかくこのようにして、シュウスイとイズモは砦を離れたのであった。

 

 

 

弁当をたいらげたふたりは、鉄馬に乗って走り出した。

今度は地図を持つイズモが先行し、シュウスイがその後ろを続く。

陽光きらめく山間のつづら折り、風を切り裂きながら、踊るように、楽しそうに駆けてゆくその様は、彼らの内心、ワクワクとした気持ちやふくらむ期待をあらわしているかのようだ。

 

いくつかの峠を越え、もうひと山で白鳳霊山というあたり。

この付近でもっとも総距離が長く、かつ、ぐねぐねと曲がり込んだり長い長い直線があったりと、変化に富んだ面白い峠道の入り口あたりまで来たところで、イズモはモータサイクルを停めた。

続くシュウスイも停まって、緩衝帽を脱ぐと、不思議そうな声を上げる。

 

「なんだぁ?」

「ええ、なんでしょうね」

 

ふたりの眼前には、思いがけない光景が広がっていた。

 

人、人、人。そして、鉄馬、鉄馬、鉄馬。

 

たくさんの人々が鉄馬にまたがり、あるいはその傍(かたわ)らに立ち。

峠の入り口に群れていたのだ。

道の両側に別れてそれぞれ陣取り、大声でののしりあっている。

 

片側それぞれ30ほど、あわせて60人はいるだろうか。

 

「ああ、はぐれか」

「はぐれ? なんですそれ?」

「文字通り、街や村からはぐれた、ごくつぶし連中だよ」

「そんな集団が存在できるんですか?」

 

そんな集団は、皇家とは言わずとも警邏(けいら)に睨まれるのでは?

言外にそういった思いを込めて、素直な問いを発したイズモに。

シュウスイは半笑いを浮かべながら、肩をすくめて答える。

 

「皇家に逆らうわけじゃないからね。睨まれるほどのことはないよ」

「へえ、そういうものですか」

「まあ、家業を継いだり、まじめに働くのがイヤで、家を飛び出してきた連中だからね。官憲が本気にならない程度に、非合法ぎりぎりくらいの悪事をして小銭を稼いじゃ、残りの時間を遊んで暮らしてるんだ」

「あまり建設的な連中ではないようですね」

 

苦笑するイズモにうなずいて、シュウスイは続ける。

 

「警邏に逆らって捕まったりするのも、たまには居るみたいだけど、基本的には大したことできないよ。ちょっとモメるくらいならともかく、大掛かりにやれば本格的に追われるからね。それはヤツラも避けたいのさ」

「ああ、最初に出会ったとき、シュウスイさんが山賊の人たちに対して構えていたのは、あの手の連中だと思ったからなんですね?」

「だって、見た目があれだからな」

 

そういってシュウスイは豪快に笑った。

 

外郭世界には、帝国人の大部分が住んでいる。

皇都に住めるのはごくわずか限られた者だけだ。

神である皇家、その直臣で政治をつかさどる華家、超絶の科学力を持つ皇家には及ばぬものの、それ以外では最強の武力集団である士家。そんな支配階級の他には、名誉貴族とでもいうような一部の衆民だけである。

帝国全体の人口から見れば、せいぜい10%ほどだ。

 

残りの90%は外郭世界に住み、その生産力で皇都を支える。

 

それは神様が決めたこと、つまり自然の摂理であると、彼らは考える。

神を奉(たてまつ)ることで、神々は彼らを守り、恩恵を与え、豊穣を約束してくれる。自分たちの今の暮らしと、外郭世界より外に住む「蛮夷」と呼ばれる人々の生活とを比較すれば、それは一目瞭然だろう。

だから帝国の人々は、誰も神に逆らわない。

 

しかし、それが華家や士家、さらに下の官憲ともなれば話は違ってくる。

彼らは神ではなく「同じ人間」だ。

支配階級だとしても、相手が人間なら、逆らうことを恐れない者も出てくる。

 

それが信念によってなのか、先のことを想像できない愚さなのかはともかく。

 

そういった連中の中には、この集団のような者たちもいる。

家を継ぐことを嫌い、まじめに働くことを厭(いと)い、すべてを世の中や他人のせいにして、面白おかしく暮らせればいいとする輩(やから)だ。彼らは「はぐれ」と呼ばれ、まっとうな人間からは、バカにされ嫌われている。

要するに、小悪党の集団だ。

 

「大人数でもめてるなぁ。喧嘩ですかね?」

「この人数でやりあうんじゃ、喧嘩じゃなく『戦争』とみなされて、すぐに警邏が飛んでくるよ。いや、この場合は皇機(皇都外郭機動隊)かな? とにかくこの人数で喧嘩はできないだろうね」

「ああ、そうか。律令(りつりょう)違反になりますね」

 

個人での喧嘩はいいが、集団のそれは許されない。

法令の上位にある「律令」に属する、この世界の決まりごとである。

違反すると言うことは、皇家への、つまり神への反逆とみなされる。

 

もちろん、その報いは法令の範囲ではないので、裁判は省略され。

事件が起こった現場にいる、警邏など官憲の判断で即時に裁かれる。

ほとんどの場合、その判決は死刑だ。

 

外郭世界において、「戦争」は絶対に許されない。

 

「にしても、ずいぶんと剣呑(けんのん)な雰囲気だな」

「何でまた、こんなところで集まってるんでしょう」

「さあな。ちと聞いてくるか」

 

言うが早いか、シュウスイはひょいひょいと歩き出した。

そのまま件(くだん)の連中へ近づくと、やいやいと罵りあっている中から。

比較的やる気の無さそうな、のんびりした感じの男に目をつける。

 

なるべく警戒されないよう気楽な調子で声をかけた。

 

「これはいったい何の騒ぎだい?」

 

声をかけられた男は、シュウスイに興味の無さそうな視線を向ける。

そして、「話し合いだよ」と肩をすくめながら答えた。

シュウスイは、「ああ、なるほど」と納得した表情でうなずく。

 

男に礼をしてその場を去ると、イズモのところへ戻って苦笑いしながら。

 

「ウチの方じゃ少ないから忘れてた。『話し合い』だってさ」

「これが? 一触即発の喧嘩にしか見えませんが?」

「いや、話し合いって言葉の意味が違うんだ。こっちじゃさ、もめ事が起きて関わる人数が多いとき、皇都に大人数での争い、つまり『戦争』とみなされないよう、あくまで話し合いって名目で集まるんだよ」

「はあ」

「そして実際には、何かしらの競技をしたり、代表を出して殴りあったりして、もめ事の決着をつけるんだ。砦の周りはカシラがニラミ効かせてるから、『話し合い』なんてめったにないんで、すっかり忘れてたよ」

「そ、そんな喧嘩の方法があるんですか」

「かったるい話だけど、仕方ないンだよね」

 

初めて聞く外郭世界の流儀に、イズモが驚いて目を丸くしていると。

 

どうやらその「話し合い」が始まるようだ。

騒いでた連中が、だんだんと静かになり。

ふたりの男が、道の真ん中に立つ。

 

ひとりは道の左側に陣取った連中の代表だろう、若そうな男だ。

 

少なくともイズモの目には、20代なかばに見える。

もっとも30代に見えたライデンが40過ぎだというのだ。

外郭世界の住人の年齢は、ぱっと見だけではわかりづらいのだが。

 

などと、イズモがぼんやり思っていると。

 

その若そうな男は、ボサボサの長い蓬髪に手を突っ込んで。

ごりごりと掻きながら、じろりと鋭い目つきで自分の戦う相手をにらんだ。

引き締めた口元がわずかに震えて見えるのは、軽い緊張のあらわれか。

 

敵の代表を、視線で射殺すような険しい顔だ。

 

一方、右側の代表だろう、蓬髪の男よりだいぶ年かさに見える男。

彼の方は、そんな視線などまったく気にしていないかのようだった。

ぼんやりした表情を浮かべたまま、唇の端だけをゆがませる。

 

その表情は、嘲笑しているようにも、自嘲しているようにも見えた。

 

「あ、あいつ……」

 

年かさの男の顔を見た瞬間、思わずシュウスイが声を上げる。

それは彼がさっき声をかけた、やる気のなさそうな男の顔だった。

 

男の方は、もちろんそんなシュウスイの驚愕など知りもせず。

合成繊維で織(お)られた、黒地に赤いラインの上衣の隠しに手を入れ。

小さなカタマリを取り出し、口へ放り込んでコロコロやりだした。

 

どうやら飴玉をなめているようだ。

 

「へえ、あいつが代表なんだ。それじゃあ、あっちを応援しようかな」

「じゃあ俺は、若い方を応援しますよ。歳が近そうだし」

 

おどけて答えるイズモに、シュウスイはニヤッと笑って紙巻をくわえる。

イズモは気付いているのかいないのか、彼の一人称は最初「ボク」だった。

それがここへきて、「俺」へ変わっている。

 

それはおそらく、自分に心を開いた証拠だろう。

勘違いかもしれないが、そう思っていた方が楽しい。

シュウスイはそんな風に考えて笑ったのだった。

 

実際、山賊の連中と比べてさえ、イズモはシュウスイになついていた。

 

一緒に鉄馬を並べて走ったことが、関係しているだろう。

たった半日のことだが、シュウスイ自身もイズモに温かいものを感じている。

すくなくとも、心を開くひとつの材料になったことは疑いない。

 

(それじゃ、これからはイズモと呼び捨てにするか)

 

勝手にそう決めて、シュウスイはまたひとり、くすりと笑う。

それから集団の方を見まわし、「そろそろかな?」とつぶやいた。

聞き取れなかったイズモが、「え?」と聞き返した、ちょうどその時。

 

三人目の男が道の真ん中に立ち、胸を張って大声で叫んだ。

 

「話し合いの方法は、『全抜き』だ。どっちもいいな?」

 

蓬髪の若者と、ニヤけた飴玉の男は、同時にうなずく。

すると鉄馬から降りていた連中が、一斉にまたがり、液動を起動した。

静かだった山間に、数十台ぶんの排気音が、おんおんと響いてゆく。

 

地鳴りのような、あるいは雷のような轟音に顔をしかめつつ。

 

「全抜きってなんですか?」

 

イズモはシュウスイの耳元へ顔を寄せて、大声で尋ねた。

するとシュウスイは、イズモの無知に一瞬おどろいたあと。

彼が、「この世界の初心者」だったことを思い出したのだろう。

 

ひとり勝手にうなずいて、こちらも大声で返事を返す。

 

「ここにいる全員が、同時に走りだすんだ。そんで代表の二人が最後尾から出発して、山を越えて向こうのふもとにつくまで、代表が相手を『何人抜いたか』で勝敗を決めるのさ。もちろん、どうやって抜いてもいい」

「もしかして、敵の代表の邪魔をしてもいいとか?」

「当然だろう? これは競争じゃなくて喧嘩の代わりなんだから」

 

当たり前のように答えたシュウスイへ、イズモは肩をすくめる。

 

集団でそんなことをすれば、死者が出たっておかしくない。

皇都とは命の値段や重さが、ずいぶんと違うんだな。

こっちと比べると、皇都はずいぶんと穏やかで優しい世界なんだ。

 

そんな風に考えて、イズモは改めて気を引き締める。

自分が冒険にやってきたのは、そういう世界なのだ。

 

と、二人の元へ、先ほど道の真ん中に立った男がやってくる。

 

近くで見ると嫌な男だなと、シュウスイは顔を軽くしかめた。

髪も髭も伸ばし放題で脂がフケが浮かんでいる、不潔そうな男だ。

乾いたしわだらけの顔を、ニヤニヤとだらしなく緩ませている。

 

「悪いな。これから『話し合い』なんで、もう少し待っててくれ」

「ああ、いいとも」

「急いでるなら、先に出てもらってもいいぜ? もっとも、そんなには待ってやれないから、自信がないなら後から出た方がいいと思うがな。この峠道は、俺たちの庭みたいなものだからよ」

「かまわんよ、急いでるわけじゃない」

 

シュウスイが答えたところへ、イズモがかぶせるように声を出す。

 

「前を走ってもいいんですか?」

「自信があるなら、な」

 

男が嫌らしい笑いを浮かべて、ニヤ付きながらうなずいた。

 

「おいおい、イズモ。本気か?」

 

驚いたシュウスイへ、イズモがキラキラした目を向ける。

 

「いやあ、あっちでは絶対にない話なんで、見たいなぁと思ってたところだったんですよ。やっぱりマズいですかね? 俺じゃ無理だとシュウスイさんが言うなら、あきらめますけど……」

「そら皇……げふん、あっちには、こんな話ないだろうけど……ふむ、でもまあ確かに、俺もずいぶんと『話し合い』なんて見てもやってもないし、面白そうではある……かな」

「へぇ、兄さんたち、腕に自信ありってところかい?」

 

眺めていた男が、にやりと唇の端を曲げる。

それはどう控えめに見ても、好意のある表情ではなかった。

通りがかりの物好きな連中を、完全にバカにしている。

 

「構わねぇけど、死んでも文句言うなよ?」

「死んだら言えねぇだろ。まあそれじゃ先に通してもらおう」

 

シュウスイのナメた口調に、男の顔色が変わる。

自分が人を馬鹿にすることは良くても、同じことをされると、瞬時に頭が沸騰してしまうタイプの人間なのだろう。先へ行けと顎をしゃくった目に、明らかな怒りが見えた。

そのままフンと鼻を鳴らし、くるりと踵(きびす)を返す。

 

男が去ってゆく背中を眺めながら、イズモがクスリと笑った。

 

「あの人、かなり怒ってましたね」

「間違いなく、俺たちをつぶしに来るだろうな。話し合いなんか、すっかり忘れてる顔だ。まあ、もし俺たちより速かったら、とっとと横道へそれて逃げ出せばいいさ。なにも命がけで付き合うことはない」

 

なんでもないようにシュウスイは笑うと、鉄馬を起動する。

イズモもアクセルに触れて軽く力を入れた。すると、停まって1分たったためスリープモードに入っていたM.A.Iが瞬時に起動し、すぐに走れるようになる。なお、5分経つか3メトル離れるかすると、電源は自動でオフになる。

その場合は起動フェイズからやり直しだ。

 

二台はゆっくりと動き出した。

 

総勢60人ほどが道の両脇にならび、物騒な表情でこちらを見守る中。

ふたりは並んで走ってくると、「話し合い」の代表である二人の男の横を通り過ぎる。若い蓬髪の男は、自分の戦う相手をにらんでいたが、年かさの男は飴玉を口の中でもてあそびながら、ふたりへ視線を向けた。

視線がシュウスイの顔で止まり、一瞬、二人の視線がぶつかる。

 

「へぇ」

 

口から感嘆とも嘲笑ともとれる声を出し、目がきらりと光る。

それからニヤッと笑って「気ぃ付けてな」と声をかけてきた。

シュウスイはそれにこたえて左手を上げ、イズモは黙って頭を下げる。

 

そのまま、集団の先頭まで出たところで。

お互いの顔を見合わせて、ゆっくりうなずき合う。

シュウスイの液動が排気音を高め、がちゃりと変速機(ギア)が入る。

 

ふたりは並んで走り出した。

 

 

 

イズモとシュウスイ、「通りすがり」のふたりが走り出して数分後。

従来ならもっと待ったであろう時刻より、かなり早い出発の合図が出た。

例の男が、より早く「通りすがり」に追いつこうとしたからだ。

 

もちろん追いつきたいのは、ふたりが好きだからではない。

 

「こりゃ、あの通りすがり、死んじまうんじゃねぇか?」

 

先に出発する連中を眺めながら、飴玉男がそうつぶやいた。

それには返事をせず、蓬髪の若者は相手をにらむ。

周りの連中も、「へっ」と吐き捨てるように嘲笑し、彼を無視した。

 

「話し合い」の前を走ろうというのだから、死んでも当たり前。

大抵の「話し合い」は、「殺し合い」の代わりにやるのだ。

言葉本来のもつ意味とは、完全に真逆なのである。

 

無関係のくせに、そんな場所へやってきて首を突っ込むのだ。

巻き込まれて死んでも文句は言わせない。

「はぐれ」たちがもつ、彼らなりの理屈である。

 

「全抜きの前を走ることの意味を、知らんとは思えねんだが」

 

周りに無視された飴玉男は、気にもしないように独り言ちた。

 

「全抜き」は、敵と味方の全員が前を走り、最後尾から代表がそれを追う。

抜く方も抜かれる方も、武器の使用以外は「なにをしても」いい。

代表の抜いた敵の数が得点になるという、シンプルな競技だ。

 

大人数での武器の使用は、「戦争」とみなされるため、むろん禁止である。

  

そしてこの競技の場合、前をゆく集団がとる行動は二種類ある。

抜かれないように全力で逃げるか、追いつかせて代表をつぶすかだ。

速度に自信がある場合は前者、喧嘩に自信がある場合は後者を選ぶ。

 

だが、今回の場合はどちらの組も、その例に当てはまらなかった。

 

彼らのとった作戦は、いわばバランス型の配置と言えるだろう。

各組およそ30台の集団を、「逃げ」と「攻撃」の、前後二組に分ける。

そして前半が逃げ切りを狙い、後半が代表をつぶす作戦をとったのだ。

 

「攻撃組」が敵の代表をつぶせれば、その場で勝敗が決まるのでよし。

失敗しても「逃げ組」は逃げ切って、敵に点数を与えないという作戦だ。

もちろん、攻撃力が半減するため、どっちつかずの半端な作戦ともいえる。

  

普通「全抜き」では、攻撃か逃げに全振りするのが一般的だ。

 

しかし、蓬髪の若者と飴玉男が、それぞれの組の代表に選ばれたとき。

どちらの組でも、バランス型を「代表が強く主張」した。

実際に走る代表にそう言われては、否応ない。

 

バランス型は、つまり、道の全域に各組の全員がばらける配置だ。

本来なら集団で固まる連中を、ばらして各個に孤立させた形になる。

もちろん、そんな視点で事態を俯瞰(ふかん)できるものはいないが。

 

代表ふたりの思惑通りに、事態は進んでいた。

 

やがて、両組あわせておよそ60台もの鉄馬が、次々と出発してゆく。

もちろん先行組は全速力で、攻撃組はゆっくりと、という差はあるのだが。

2,3台ごとの組になって走り出し、ついに20組以上のすべてが姿を消すと。

 

残ったのは、代表の二人だけになった。

 

「さて、それじゃあ行こうか」

 

飴玉をなめながら、年かさの男がそう言うと、不思議なことが起こった。

 

先ほどまで敵意むき出しだった若者が、ニカっと笑ってうなずいたのだ。

周りに人がいた時とはまるで別人の、素直であけっぴろげな表情である。

そんな風に笑うと、若者はとても魅力的だった。

 

屈託ない笑顔を見て、飴玉男が思わず苦笑する。

 

「こら、油断するんじゃねえ。誰が見てるかわかんねぇべ」

 

二人はまるで友人のように、並んで走り出した。

 

若者の鉄馬は、鮮やかな橙(だいだい)の実の色に塗られている。

腹にかかえた横列4気筒の液動が、うなりをあげて力強く後輪を回す。

その姿は排気音の咆哮とあいまって、まるで飛びかかる獣のようだ。

 

発動機の種類や車体の色は違うが、ライデンの鉄馬に似ていた。

 

一方、飴玉男があやつる鉄馬は、形がだいぶん異なっている。

それは期せずしてシュウスイの鉄馬と同じ種類であった。

先ほど男がシュウスイに興味を持った、これもその理由の一つである。

 

同じく横列4気筒を、樹脂製の外殻(カウル)に包み。

その外殻で大気を切り裂き、稲妻のように走ってゆく。

若者の鉄馬に比べ、操棹(そうかん=ハンドル)の位置が低く短い。

 

二台はあっという間に、前走する集団の最後尾へ追いついた。

 

 

 

最初に仕掛けたのは、若者の方だった。

 

右カーブへ差し掛かる鉄馬3台の内側へするりと入り込むと。

そのまま制動(ブレーキ)をほとんどかけずに突っ込んでゆく。

曲がってる最中に、目の前へ飛び込まれた3台は、おどろいて混乱。

 

若者をよけたため、曲がり切れずに、外側へふくらんでゆく。

 

ふくらんで飛び出すカーブの外、道の左側は、切り立った崖だ。 

もちろん防護柵(ガードレール)は設置されてはいる。

が、鉄管を組んだだけの貧弱なそれでは、現在の状況の役には立たない。

 

鉄管の太さは、少し手の大きな者なら片手で掴めてしまう程度だ。

 

3台の鉄馬と3人の乗り手の重量を支えることは、確実にできない。

そのまま突っ込んでゆけば、柵ごと崖下に転落はまぬがれないだろう。

しかし、3台の鉄馬乗りは幸運に恵まれていた。

 

先頭が転び、からまりあってガシャンと激しく転倒したのだ。

 

どうにか崖下への落下をまぬがれた3台は、その場に転がった。

とはいえ、相当な速度からの多重事故ではある。

車体も、そして乗り手も、大きな損傷は避けられなかったのだが。

 

そのあいだに若者の方は、激しい減速をして一気に向きを変えていた。

 

もつれあって潰れた3台を尻目に、次の目標へ向かって加速する。

 

びっくりしたのは、後鏡で様子を見ていた前走の連中である。

転倒した3台のうちの1台は若者の仲間だったのだから。

これは本来ならありえないやり方だ。

 

2台抜いても同行する敵の代表に1台抜かれるということは。

得点としては1台分にしかならない、効率の悪い攻撃である。

敵を転ばせるのはわかる。

 

だが、味方を巻き込んだ、若者の意図がわからない。

 

後鏡を見つめていた前走の2台に、加速した若者が追い付く。

先ほどの行動の意味が分からず、混乱したまま前をゆく2台。

「どういう作戦だ?」と逡巡(しゅんじゅん)してるうちに。

 

次のカーブが迫ってきた。

 

今度の左カーブは、外側が山肌になる。

内側は危険な崖だから、先ほどのような攻撃はできない。

そう考えて多少なりとも安心していたのだろう。

 

若者の敵組である2台は後鏡から目を離し。

カーブを曲がることに専念する。

飛び込むなり、激しい制動をかけて減速。

 

続けて車体を傾けた瞬間、ガツンと、うしろから衝撃が襲った。

あっという間に姿勢を乱して、あえなく転倒した2台は。

減速してたとはいえ、時速100粁(キロメトル)からの速度で滑ってゆき。

 

ドカッ!

 

山肌に突き刺さった。

ところどころ岩のむき出しになった山の斜面に突っ込んだため、時速100粁と言う強大な運動エネルギーは余すところなく、岩と土で出来た壁に叩き付けられた。むろん鉄馬も乗ってる人間も、ぐしゃりとつぶれた。

息はあるようだが、かなりの重傷である。

そのうしろを若者と飴玉男が、二台並んで加速してゆく。

 

何が起こったのかは、明白だ。

カーブ手前で追いついた彼らは、傾きながら曲がってゆく前走車の後輪に、自分たちの前輪をぶつけたのだ。ひとつ間違えば転倒に巻き込まれかねない暴挙である。

が、2台はまるで踊り子のように、息をあわせて切り抜ける。

そろって走る姿には、美しささえ感じられた。

 

もっとも、それを見る者はどこにもいなかったのだが。

 

長めの直線で、さらに前をゆく集団に追いついた。

 

「ここで武器でも使えりゃ、一気に数を減らせんだがなぁ」

 

集団の後ろ姿を見ながら、飴玉男がつぶやく。

 

武器を使った瞬間、それは「集団での争い」と判断される。

あとで事故現場の検証となり、それが警邏に露見した瞬間。

ここに居る全員が、その場で死刑とされてしまう。

 

かといって、それに逆らったり、ごまかすことも難しい。

 

数を頼んで警邏を殺したり、逃げたりすれば、それこそ終わりだ。

一族郎党、皇家(の命令)によって皆殺しにされてしまう。

集団での殺し合いは、それほど厳しく禁じられていた。

 

「あくまで事故に見せかけなきゃならねぇってのも難儀だな」

 

唇の端をゆがめてつぶやくと、飴玉男はさらに加速した。

その後ろにぴたりと付けて、若者の乗った橙色の鉄馬が続く。

二台は轟音を響かせながら加速すると、集団の後ろに張り付いた。

 

飴玉男が若者を見ると、彼は他にわからないよう、小さくうなずく。

前をゆく連中が、後鏡でこちらを見ている可能性を考えたのだろう。

そして次の瞬間、二台は縦に並んですり抜けにかかった。

 

直線とは言え、2車線ほどのせまい峠道を。

2台、あるいは3台が横に並んで、道をふさぎながら走っているのだ。

追い抜くスペースなど、ほとんどないように見える。

 

そのあるかないかわからない隙間へ、躊躇なく飛び込む。

 

横に2台ならんだ内外いずれかの隙間や、場合によってはその間。

あるいは3台並んださらに内側の、舗装されてない路肩や山肌。

張り出した枝の下、身をかががめてやっと通れるスペースさえ使って。

 

飴玉男と若者は、どんどん前へ出てゆく。

 

抜く鉄馬にぶつかり、あるいは山肌で後輪を盛大に滑らせながら。

ふたりは狂気さえはらんだすり抜けで、黙々と順位を上げてゆく。

荒っぽい走りになれた男たちにさえ、それは狂って見えた。

 

「さすがヒエン! キチガイじみてやがる」

「あんなのに付いてくたぁ、ゲッコウのヤツいかれてるな」

「あらあどっちも、アタマのネジが飛んでるわ」

 

そんな風に、それぞれの代表の狂いっぷりを褒める。

 

もともと速いことは知っていたが、ここまで狂った走りをするとは。

どちらの仲間も、代表の鬼気迫る走りに息を呑み、魅了されていた。

とは言え、こうなるとウカツには動けない。

 

前にいる連中は、飴玉男―ヒエンを転ばせれば、後ろの若者が危ない。

後ろにいる連中は、若者―ゲッコウを攻撃しようにも追いつけない。

集団は、黙ってふたりに抜かれるだけの、動く障害物だった。

 

やがてふたりは、後部集団の先頭あたりへ出た。

飴玉男ヒエンと蓬髪の若者ゲッコウは、集団の先頭2台の後ろへ付け。

縦に並んで鉄馬の間へ飛び込む。

 

断続器(クラッチ)を切って液動をギリギリの高回転まで空回りさせ。

次の瞬間、乱暴につないだ。

ヒエンは左、ゲッコウは右へ、意図的に後輪を滑らせ。

 

それは横を走る2台の前輪を、過(あやま)たず弾き飛ばす。

 

追い抜かれざまに、滑らせた後輪で前輪を蹴飛ばされ。

先頭だった2台はほぼ同時に、猛烈な勢いで転倒した。

悲鳴を上げながら、車体や身体を黒熱石(アスファルト)に削られてゆく。

 

ついて来ていた後ろの集団は、その転倒に巻き込まれる形になった。

 

半数以上が時速150粁からの高速で、転んだ連中に次々乗り上げる。

乗り上げた勢いで激しく転倒し、あるいは宙を飛んで前車に激突し。

起き上がろうとしたところを、後から来た鉄馬に首を折られ。

 

そんな阿鼻叫喚の地獄絵図に、後輪で砂をかけながら。

 

ヒエンとゲッコウは、前をゆく逃げ切り組を追い始めた。

 

 

 

「さて、どうやら追いついてきたみたいだな」

 

のんきに後鏡をながめつつ、シュウスイがつぶやく。

彼らの走りを見たくて、途中から意図的に速度を落としていたシュウスイとイズモに、逃げ組の集団は思ったよりも早く追いついてきた。それが予想より早かったのは、彼らが速いからか、それとも早めに出発したからか。

その実力を見てやろうと、二台同時に加速した。

 

ぐねぐねと節操なく曲がる道を、右に左に駆け抜ける。

 

すると集団は、「みるみる」とまでは言わないものの、じりじりと離れてゆく。

拍子抜けだが、これなら追いつかれたり、巻き込まれることもないだろう。

と、落胆しつつも安心していると、1台の鉄馬が集団を抜けてきた。

 

先頭の鉄馬は、例のシュウスイが怒らせた不潔男である。

 

ときどき後鏡をチェックしつつ、7割ほどの速度で走っていると。

不潔男が少しづつ追いついてくるのが見て取れた。

ならばと、もう少し速度を上げてみると、それでも少しづつ車間が詰まる。

 

「へぇ、さすがに速いな。あいつ組頭なのかな?」

 

少し驚いて、シュウスイはつぶやいた。

 

「まあ、速いからって組頭とは限らないけど」

 

と言いながらも、おそらくそうだろうとシュウスイは踏んでいた。

出発前に仕切っていたことも、その予想の根拠である。

それに「はぐれ」の組頭は、たいてい、あの手の男が多いのだ。

 

怒りっぽくて押しの強い、自分が強くて危ない男だと見せたがる奴。

「警邏に逆らう俺、カッコいい!」などと自分に酔うような奴。

小賢(こざか)しさを、賢(かしこ)さと勘違いしているような奴。

 

要するに他者からの評価でしか自己を確立できない、精神的な子供だ。

 

「なんにせよ、関わらない方が良さそうだな」

 

シュウスイは身もふたもない感想をつぶやいた。

自分たちより速くもないし、見るべきものもなさそうだ。

であれば、「はぐれ」などに構っていても時間の無駄でしかない。

 

見切りをつけたシュウスイは、イズモに左手で前方を指差して見せ。

出力筒を大きくひねると、さらに加速した。

遅れて、イズモのモータサイクルも静かに加速する。

 

「ちょうど長い直線だし、力任せに引きはなそう」

 

と、シュウスイが思ったその矢先。

イズモがいきなりアクセルを抜いて減速する。

さらにパッシングライトを、チカチカとこちらに浴びせかけた。

 

それから、後ろがよく見えるようにという配慮だろう。

道の左側ギリギリまで車体を寄せ、ほとんど停まるまで減速。

イズモの不可解な行動に、何だろう? と後鏡をのぞき込み。

 

なるほどと納得したシュウスイは、自分も速度を緩めた。

 

そんな彼の、そしてイズモの後鏡には。

今、まさに追い抜かれようとしている、組頭であろう例の男。

そして、それを強引に抜いてゆく、鉄馬の姿が写っていた。

 

自分と同じ種類の鉄馬を鏡の中に見て、シュウスイは振り返る。

 

そこで彼は、驚くべき光景を目にした。

 

峠道の山側から、ほとんど斜面に乗り上げるようにして抜いた鉄馬が。

山肌を駆け降りながら、強引に組頭の前へ割り込む。

反応した組頭は、それを避けて谷側へ車体を寝かせる。

 

と、続けざまに飛び込んだ、橙(だいだい)色の鉄馬を駆る若者が。

進路変更のそんな一瞬をとらえて、組頭の横に並びながら足を出し。

彼の尻を片足で押すように蹴った。

 

車体を傾けた瞬間に、外側から尻を蹴られて。

 

乗り手の身体は、内側へ落ちかける。

重心が内側へ移動し、鉄馬がぎゅうっと急激に曲がり込む。

おどろいた組頭は、反射的に操棹へしがみついた。

 

それでますます、進路を変えるのが困難になる。

 

まっすぐ走っていたはずだった彼の進路は。

強制的に曲げられ、谷側へ向かってすっ飛んでゆく。

停まれない速度で突っ込む先には、防護柵の向こうに広がる青空。

 

組頭の全身がカッと熱くなり、時間が急速に速度を失う。

 

目の前の景色から現実感が失われ、妙に冷静な精神状態の中で。

自分が防護柵へ向かって走ってゆく様子を、他人事のように眺めていた。

ああ、このままだと柵を越えて、崖の下へ墜ちるじゃねえか。

 

なのに身体が凍りつき、目は防護柵から離れない。

あ、ダメだ。間に合わん。

防護柵の姿がどんどん近くなり、視線もそこだけに集中する。

 

鉄馬の修理代、いくらになるだろう。

あー、来た。

くそ、痛てえだろうなぁ……

 

 

 

「どういう事なんだ?」

 

目の前に立つふたりの男へ、厳しい表情でシュウスイが問う。

その後ろでイズモが、これも緊張した表情で答えを待っている。

二人の視線の先には、ヒエンとゲッコウが鉄馬とともに立っていた。

 

「なにがだい?」

 

飄々(ひょうひょう)とそう言って小首をかしげたのは、ヒエンの方だ。

黒地に細い赤線の入った上衣の隠しから、飴玉を取り出して口に入れる。

その様子をイズモは黙ったままで観察した。

 

身長はシュウスイよりいくらか、イズモより頭一つは低い。

が、横幅があってガッチリとしているため、貧弱な感じはない。

穏やかな表情はむしろのんびりとして見えるが、視線は鋭かった。

 

「なんで、あの男を殺したんだ? 仲間じゃないのか?」

「殺したわけじゃねぇさ。勝手に事故って死んだんだべな。いや、崖からほんの20陸里(20メトル)ばっか落っこちただけだし、もしかしたら、まだ生きてっか知んねぇけどな。気になんなら助け行きゃいんじゃね?」

 

シュウスイを往(い)なしつつ、ヒエンは肩をすくめる。

なぜ責められているのか理解しがたいといった、とぼけた表情だ。

すると彼の横にいたゲッコウが、同じようにとぼけた顔で続ける。

 

「ボクもぶつかりそうになって、思わず足が出ただけです」

「あれは明らかに、狙いすましてたように見えたけど?」

 

ゲッコウの、あまりに見えすいた答えを聞いて、イズモが口をはさんだ。

 

あの男の乗った鉄馬が防護柵に激突し、それでも勢いが止まらず。

前転しながら崖の下へ落ちてゆく、その一部始終を目の前で見せられ。

イズモの精神は今まで感じたことのない、強い衝撃を受けていた。

 

尾を引いて谷へ吸い込まれる男の悲鳴が、まだ耳に残っている。

 

事故は何度か見たことはあるが、「殺人」を見るのは初めてだった。

もしかしたら、こちらでは普通にある事なのか?

そう思って振り返ると、シュウスイの顔が驚愕に歪んでいて。

 

奇妙な安堵を感じたことを、今さらながら思い出す。

 

いくら外郭世界でも、殺人が日常というわけではないようだ。

あるいは、シュウスイさんも人死に慣れてるわけじゃないようだ。

イズモの感じた安堵の中身を言葉にすれば、そんなところだろうか。

 

冷静に突っ込まれて、ゲッコウが口を尖らせる。

 

「いやいや、ホントにホント! あれは思わずなんですって」

「あのモータ……鉄馬が君に向かっていたなら、その言葉を信じてもよかったんだけどね。曲がってゆく相手に外側から蹴りを入れたんじゃ、さすがにそれは通らないよ。あれは明らかに意図的だった」

 

ゲッコウがきょとんとした表情で、小首をかしげた。

 

「意図的ってどういう意味ですか? ボクがわざと蹴ったってこと?」

「そうとしか見えなかったけどね。ちがうかな?」

「ボク、ヒエンさんくらいバカなんで、難しい言葉わかんないっす」

「今、理解してたよね? 思いっきり正確に!」

 

ゲッコウのおどけた雰囲気に、イズモも思わずツッコミを入れる。

今、人を殺したとは思えないほど、穏やかな空気を纏(まと)うヒエンとゲッコウは、ちょっとまて、俺がお前と同じだと? あれ、ボクのが上ですか? と、ふたりでじゃれあっている。イズモは完全にペースを乱されていた。

そんな空気を完全に無視して、シュウスイが声を荒げる。

 

「ごまかすんじゃねぇよ、何で殺したんだ?」

「おめぇに言う必要あるんけ? ってか、俺がウソ言ってもわかんねぇだろ? 例えば、親の仇を見つけて、そいつの組に入り込み、今、ようやく念願の仇を討ったなんて言われてよ、おめ、それを確かめられるんけ?」

「…………」

 

返されて言葉を失ったシュウスイの代わりに、ゲッコウが突っ込む。

 

「うわぁ、さすがヒエンさん。テキトーな言い訳させたら天才ですね」

「うるせえぞゲッコウ。だいたいおめーは……」

 

ふたりがじゃれあい、シュウスイとイズモが呆れていると。

彼らが走ってきた方から、爆音が聞こえてきた。

視線を向けると、3台の鉄馬が、こちらへ向かってくるのが見える。

 

ヒエンが表情を引き締めてつぶやいた。

 

「3対2か。ギリギリ『戦争』認定されねぇな?」

「ですね。それじゃ、最後の仕上げと行きますか」

 

ヒエンとゲッコウは鉄馬にまたがると、起動電動の釦(ボタン)を押す。

電動のきゅるきゅるという音に続いて、液動の爆音がはじけた。

出力筒の動きに、ウォンウォン! と横列4発らしい排気音が応える。

 

(どうやらあの3台とやりあうつもりらしい)

 

彼らの雰囲気が一変したことで、そう気づいたシュウスイは。

あわててふたりに駆け寄ると、爆音に逆らって何か言おうとした。

するとヒエンが片目をつむって見せ、ニヤっと笑いながら。

 

「話はあとだ。いいか、邪魔はするなよ?」

 

笑顔の裏に潜むケモノのような迫力に、シュウスイは言葉を呑んだ。

 

黙ったシュウスイを置いて、ヒエンが走り出そうとした、その矢先。

ゲッコウが「あっ!」っと、小さく声を上げる。

注目したほかの三人が、彼の見ている先を追って視線を移す。

 

その視線の先には、1台の鉄馬の姿があった。

 

後ろからやってきたその鉄馬は、2眼の前照灯をチカチカ点滅させる。

3台が横に並んでいるため、抜くことができないのだ。

だが前をゆく連中は、まったく譲る気がないと言うか気づいた気配がない。

 

ヒエンたちに仲間を転ばされ、怒りに後鏡を見る余裕がないのだろう。

 

イズモたちが見守る中、あとから来た一台は山側へ鉄馬を寄せた。

と、躊躇なく山肌へ乗り上げ、後輪からもうもうと土ぼこりを上げる。

3台をあっさり抜いたその鉄馬は、ふたつの前照灯を光らせて加速。

 

そのままイズモたちの前まで来ると、急制動をかけて停まった。

 

左足で停脚を蹴り出し、車体を寄りかからせると、液動を止める。

 

「あれ? 何してんだ?」

 

男が言うのと、後ろから来た3台が追いつくのは同時だった。

 

3台の『はぐれ』たちは、飛び込むようにしてヒエンの前に停まると。

緩衝帽を脱ぐのももどかしく鉄馬から降り、彼を囲むように群がった。

口々に怒声を上げながら、仲間を事故らせた男へ詰め寄る。

 

「てめえヒエン! どういうつもりだ! 死人が出たかも知れねぇぞ」

「ふざけんなこの野郎、敵のゲッコウとつるみやがって。殺すぞ!」

「おい、組頭はどうした! なんで居ねぇんだっ!」

 

ヒエンがふてぶてしい嘲笑を浮かべた瞬間、横手から邪魔が入った。

 

「うるせえぞ、このクソども! 俺が話してんだよ!」

 

緩衝帽をかぶったままの姿で、横から怒鳴ったのは、先に来た男だった。

一瞬、何が何だかわからず、驚いて声の方を見た3人の「はぐれ」は。

放たれた言葉の意味を理解するなり、沸騰し、血管を浮かび上がらせる。

 

「なんだてめぇは! 引っ込んでろ!」

「こっちは仲間やられてキレてんだ。てめえも殺すぞ」

「おい、そんなことより組頭はどうしたんだよ!」

 

男はその罵詈雑言を、黙って聞いてはいなかった。

 

ぱん!

 

3人のうち、吠えかけながら歩み寄ってきた男を、いきなり平手打ちする。

一瞬、あっけにとられたあと、火が付いたように怒り、つかみ掛かってきた。

しかしその手は男を捕らえることができず、むなしく中空をつかむ。

 

目の前の男が消えたと思った瞬間、彼の身体は大きく宙を舞った。

 

何が起きたのかわからぬまま、頭から道路に叩きつけられ失神。

背負うようにして相手を投げた男は、次を警戒してくるり振り返った。

その目に、「はぐれ」がふたり、同時に襲い掛かってくるのが映る。

 

と、男の目が一瞬、ふたりから外れて横へ走った、と見えた矢先。

 

片方のふところに飛び込み、同じく背負うように頭から投げ落とす。

もうひとりの「はぐれ」は完全に無視した行動だが、それも当然だった。

そちらは、横から飛んできた人間に、すっかり任せてしまったのである。

 

その人間、ヒエンは風を巻いて飛び、相手の脚を抱えるようにぶつかった。

 

下半身を極められたままぶつかられ、後ろへもんどりうって倒れる。

後頭部が弧を描きながら道路へ激突して、相手は意識を失った。

倒したヒエンは、何事もなかったかのように、すんなりと立ち上がる。

 

あたりが静けさを取り戻し、風が木々の葉を揺らす音だけが響く。

 

緩衝帽をかぶったまま、ふたりの「はぐれ」を投げた倒した男は。

そこでようやく帽を脱ぐと、自分の鉄馬の後鏡に引っ掛ける。

それから振り返って、やけに不安そうな、心配そうな顔で訊(き)いた。

 

「こいつら、やっちまって良かったんだよな?」

 

いきなり自分から突っかけておいて、この男は何を言ってるんだ?

シュウスイは毒気を抜かれたまま、ぽかんと男を見つめる。

ヒエンは「バカ」とつぶやいて顔をしかめたが、目は笑ってる。

 

そしてイズモとゲッコウの若者ふたりは、完璧なタイミングで同時に叫んだ。

 

「ライデン!」

 

呼ばれた男はキョトンとしたあと。

「なんだよ? おまえら何してんの?」

と、イズモが膝から崩れ落ちそうになるほど、のんきなセリフを吐いて。

 

うれしそうに、ニカっと笑った。

 

 

 

第6話へ続く

 

 

 

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