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ヤサぐれ者の魔窟vs発掘亭日乗越

2008-04-10

nori542008-04-10

ダンス】評論家とは、研究者とジャーナリストのハイブリッドである

 この表題は、現在発売中のDDDの連載の小見出しだが、リニューアル第一弾のシアターガイドの連載でも関連したものが載る予定だ。マスターベーションに過ぎない評論はホントに迷惑、という話。もちろん自戒も含めてのことだがね。

 連載はちゃっちゃと仕上げ、溜まっていることをやる。またいろいろな話をいただき、ありがたいのだが、まずは目の前のことをすませなければならない。

 

 スキャナの具合が悪いので表紙を載せられないのだが、少し前に舞踊評論家の児玉初穂さんから『ダンスワーク」(ダンスワーク舎刊)が送られてきた。2006年の舞踊状況を児玉さんと宮田徹也・竹田真理の両名が振り返った物。残念なことに、こうしてまとめるのはこれが最後になるのだという。労作だ。

 編集長の長谷川六氏とオレは個人的な面識は皆無に等しいのだが、後書きで面白いことを書いていた。かつて大御所の江口隆哉氏が新人公演を見て「モダンダンスは腕を衣装で隠すべきではない」と怒っていたというのだ。

 これは新鮮だった。いまのコンテンポラリー・ダンスの評において「○○をしてはダメだ」ということはまず書かれないだろう。だがそういう時代はたしかにあったのだ。日本のコンテンポラリー・ダンスが特殊なのは、ダンサーや評論が、そういう「モダンダンス時代」とはほぼ無縁に発達してきたことだが、そうでなかったら、相当にめんどくせえことになっていただろうなあ。

 写真はなにかというと……

 近所のレストラン&バーのscoutが3周年記念週間をやっている。実はここ、酒に関しては珍しくテキーララムに特化した品ぞろいをしているのだ。そこで、我が家で飲む機会を失ったまま20年くらい経っているネパールの『CORONATION RUM』をプレゼントする。密林で使うナタをイメージしたボトルである。

 

 明日は野外パフォーマンスのmokk「ましろ」&赤城神社。夜からは雨がやむらしいので、うまくいってほしいものだ。