もぐらの応援団

かなちゃんの小学校からの帰り道です。いつものようにバスから降りて、おうちに向かって歩いていると、道のそばにある畑の中から、小さな沢山の声が聞こえてきました。一斉にリズムを取って、同じ言葉を声を揃えてしゃべっているようです。何の声かしら、とかなちゃんは背伸びして、黄色い花をつけ始めた菜の花の向こう側を覗き込んでみました。そしたらば・・・

さんさんななびょーし!と、体を精一杯ふくらませて、小さなお腹の底から叫んでいるのは・・・

一匹のもぐらでした!

そのもぐらさんの前に2列に並んでいるのは、ちょっと小柄なもぐらたちです。全部で10匹くらいでしょうか。手に持っているのは小さな白い花を一杯つけたぺんぺん草の先っぽです。一生懸命ぺんぺん草を振って、そろって三々七拍子のリズムに乗って、ほっほっと気合を入れながら、ポーズを決めていきます。その前で、さっきのちょっと大きなもぐらさんが、小さな手を振って拍子をとっています。これは・・・

「もぐらの応援団だ」とかなちゃんは思いました。かなちゃんも、夏の高校野球のテレビ中継で見たことがあります。ブラスバンドの演奏する曲に合わせて、黒い服を着た男の人たちや、ミニスカートの女の人たちが、「フレーフレー」って声を張り上げている、あれです。でも・・・

「ねぇ、何を応援しているの?」かなちゃんは思わず声をかけていました。もぐらたちはびっくりしたように動きをとめて、何匹かは驚いてそのまま近くの穴に飛び込もうとしました。でも、応援団長と思われるちょっと大きなもぐらさんが、

「おや、これはかなちゃんじゃないですか」

と言い出したので、みんなその場にとどまりました。

「私のことを知ってるの?」かなちゃんは団長もぐらに聞きました。

「知ってますよ。毎朝パパと手をつないで、この道を通るでしょう?毎日夕方になると、ひとりでこの道を通るでしょう?このご近所に住んでる子供だなって、ここらのもぐらはみんな知ってますよ」と、団長もぐらさんは言いました。

「で、何を応援しているの?」とかなちゃんが聞きます。

「応援の練習をしているんですが」と団長さんが言います。

「練習?」かなちゃんは聞き返します。

「春の運動会が近いんだよ」と、小柄な団員もぐらさんのうちの一匹が、飛び跳ねながら言いました。「冬の間になまった体を、運動会でほぐすんだ。もうすぐ運動会があるんだよ」

「多摩中のもぐらがみんな集まるんだ」と別の団員もぐらさん。

「誰が一番早く穴を掘るか」別の団員もぐらさん。

「誰が一番大きな穴を掘るか」また別の団員もぐらさん。

「誰が一番長い穴を掘るか」またまた別の団員もぐらさん。

「誰が一番深い穴を掘るか」またまたまた別の団員もぐらさん。

「探し物競争もあるんです」と、団長さん。「穴の中に隠したものを、穴を掘って最初に見つけたもぐらの勝ちです。」

色んな競技があるようです。これは楽しそう。でも、かなちゃんは別のことが気になりました。さっきから、団長さんの表情が冴えないようなのです。「練習がうまくいってないの?」と聞いてみました。

「そうなんです」団長さんはうなだれました。「応援にはリズムが大切です。いい打楽器がないかしら、と思って、みんなにぺんぺん草を持ってもらいました。これはなかなかいいアイデアだったんですが、団長である私が、拍子をとるための打楽器がありません。」

「団長のリズムが分からなくて、みんなバラバラになっちゃうんだよ」と、団員もぐらさんが言いました。

「木の枝を打ち合わせたらいいんじゃないの?」とかなちゃん。

「それも考えたんですが」と団長さん。「それだと他の応援団と変わりません。去年、ある応援団が、どこかで拾ったビールの栓を使って大喝采を浴びたんです。我々も何か目玉が欲しい。華やかで、かっこいい、他の応援団が目を丸くするような、素敵な打楽器はないでしょうか?」

かなちゃんはちょっと考えました。カスタネットは学校においてきちゃったしなぁ。

「我々の手に持てるくらいのサイズのものがいいんですが・・・」団長さんは考え込んでいます。かなちゃんはふと、ひらめきました。

「私のえんぴつを貸してあげましょうか?」

「えんぴつ?」団長の顔が輝きました。「おお、それはいい考えです。鉛筆を打ち鳴らせば、素晴らしい拍子木になる。私たちの手でも持てるし、綺麗な模様が付いていれば華やかだし。」

「水色のえんぴつと、赤えんぴつがありますよ」かなちゃんは言って、ランドセルから筆箱を出しました。もぐらたちが覗き込みます。赤い筆箱をあけると、みんな歓声をあげました。かなちゃんの手のひらに収まるくらい、かなり使い込んだ短いえんぴつが、ちょうどもぐらの団長の手に合うサイズです。

「これはいい。これはいい」団長は叫びました。「みんな、やってみるぞ。さんさんななびょーし!」

団長が両手に、水色のえんぴつと、赤えんぴつを構えます。拍子木の要領で、えんぴつ同士をカンカン打ち鳴らすと、それにあわせて、団員もぐらたちが、一糸乱れずポーズを決めます。ぺんぺん草がぺんぺんと鳴り、最後のポーズがぴたり、と決まると、みんな大喜びでボールのようにぴょんぴょんと菜の花の間を飛び跳ねました。

「ありがとう、運動会が終わったら、必ず返しますからね。」団長さんがぺこり、とお辞儀をしました。

「お役に立ててよかったです。」かなちゃんも、ぺこり、とお辞儀を返しました。団長さんが、「てっしゅう!」と叫ぶと、もぐらたちはあっという間に散り散りバラバラになり、あとには、菜の花がゆらゆらと揺れているばかりでした。

 

・・・2日ほどたったある日のこと、かなちゃんが夜、翌日の学校のお支度をしていた時です。えんぴつを削っていると、かなちゃんの部屋にパパがやってきました。

「かなちゃん、最近、赤えんぴつをなくしたかい?」パパが聞きます。

「どうして?」とかなちゃんが聞くと、パパは、手を差し出しました。そこには、パパの手のひらに乗るととても小さく見える赤えんぴつと、水色のえんぴつが、ちょこん、と乗っていました。

「今日、会社から帰ってきたら、玄関先に落ちてたんだよ」パパが言いました。

「えんぴつの側には、ぺんぺん草のさきっぽをちぎったのが、10本ほど揃えておいてあったよ。誰かのいたずらかなぁ。」

かなちゃんは、そうだね、と微笑んで、パパの手のひらからえんぴつを受け取りました。そして、えんぴつ削りでていねいに削って、筆箱の中に大事にしまいこみました。パパは首をひねりながら、リビングへと降りていきました。

満月の下で、菜の花がくすくす笑っているような夜でした。