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NORLITE DESIGNS From Factry

2017-11-15

闇を切り裂いて

なんとなくバタバタと日々を送るうちに立冬も過ぎさり、山肌はすっかり冬枯れの無彩色になりました。
先月までの叩きつけるような氷雨やみぞれは今月になって硬いあられになり、11月も半ばの今日、窓の外には小さくちぎった白いわたのような雪がゆっくり舞い降りています。
近づいて来る気配を感じていた冬の足音は、いつのまにかこの空と土地に座り込んでしまったようです。

どんどん日の入りの時刻が早まり、夕方の5時を待たずに工房の周囲が暗闇に包まれる頃、その深く黒い空気を切り裂くようにエゾシカの鳴き声が響き渡ります。

逃れようのない心細さや、耐えるしかない淋しさと哀しさを音にして、若い牡鹿が虚空を見上げ、ピイーーーーーユーーーッ!と振り絞る叫び声ほど哀切な鳴き声を知りません。

この数年、生息数を増やして来たこのあたりのエゾシカですが、厳しい冬を乗り越える為でもオスどうしが群れを作ることはありません。磁石のN極どうしがくっつくことがないように、お互いに付かず離れず、鳴き声と目視で生きていることを確認しながら、雪の中に立ち込んで長い冬を耐え抜きます。

2017-10-16

無意根山初冠雪

気持ちよく晴れ渡った秋空の下、今朝の無意根山は雪で白くなった姿でいつもの場所に座しています。数日前からなんとなく白くは見えていたのですが、うっすらと雲がかかったり霧のようにもやっていたりで、はっきり確認はできませんでした。
あと2週間もしないうちに札幌の街も初雪を迎えます。

3台のクルマのタイヤやワイパーを冬用に交換したり、除雪機のチェック、庭木の冬囲いと、秒読みのように近づく冬をまえにして気ぜわしい季節を迎えました。

ただ、今年はなぜか、その脅迫的な気ぜわしさをあまり感じられません。
すでにキャンパーのタイヤ交換を済ませたからかなとも思いましたが、いやいや、もう1ヶ月も前に何度か雪の洗礼を受けたからだと想い至りました。

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この画像はカナダアルバータ州・キャンモアのキャンプ場ですが、これに先立って9月の中旬からバンフ、エドモントンと何度か雪に降られました。道路が圧雪状態になるようなことはこの時期にはありませんし、キャンパーもオールシーズンタイヤを履いているのでとくに困った訳ではなかったのですが、寒さや雪にそれほど抵抗感が無いのは、融けかかってシャーベット状の地面や降りかかる雪の冷たさにすっかり慣らされて帰って来たからでしょう。

2017-10-14

雪虫の舞うころには

色づいた木の葉はわずかな風で落ち始め、柔らかい斜光に雪虫舞う季節になりました。

毎年のことですが、この時期にはありとあらゆる虫たちが越冬の準備に入ります。
木々の根元に潜るもの、樹皮の隙間に潜むもの、卵に次代を託して死に果てるものと、それぞれにさまざまな越冬のかたちがありますが、里山に近い家々で話題になるのがカメムシでしょう。

f:id:norlite_designs:20171009153330j:image:w360:left大量に発生すればするほど、その匂いで厄介者にされるカメムシですが、カメムシカメムシでも、関心を持ってよく見ると不思議なことに毎年その種類が変わります。
今年の主役カメ君は写真のチャイロクチブトカメムシで、これといって特徴のない地味なやつばかりが越冬客の大半です。
小ぶりで黒っぽいスコットカメムシだったり、緑色のエゾアオカメムシだったりと、その年によって違うのはなぜなのか。それはその夏の昆虫社会を振り返ってみれば、なるほど結果論として納得がいくのです。
カメムシ目の仲間は非常に多く、セミやヨコバイ、アメンボやミズカマキリなどもその仲間に入りますが、その強烈な匂いで身を守る(これは決して攻撃ではなく、鳥についばまれて自身が死ぬことになっても、二度と仲間に繰り返されないようにとの自己犠牲的な種の防衛と云われます)カメムシ科のカメムシアブラムシなど他の昆虫や幼虫を食べることで知られています。

振り返ってみるとこの夏は、クジャクチョウ、タテハチョウ、シジミチョウ、セセリチョウなどの蝶類が極端に少ない年でした。工房の周辺に群生するイラクサやクマザサを食草とするこれらの蝶は、それら鱗翅目の幼虫を食用にするこのチャイロクチブトカメムシをして大発生させることになったようです。もちろん他にも気温や雨量などの天候も重要なファクターでしょうし、もっといえばその前年の条件なども無関係ではありません。
また、大量に越冬したとしても、次の年の主役がまた張れるかというと、何故かまずそれはないのです。

さまざまな自然界の要素は、人間などの知識の及ばぬバランスをもって生物の営みを続けていくのでしょう。

2017-10-08

共に生きるもの

今朝がた工房に来る道端で、輪禍死したと思われるタヌキの死骸にカラス達が群がり、興奮状態で毛皮や肉を引きちぎっているところに出くわしました。
ときどき見かけていた、3頭の子ダヌキのうちの1頭かもしれません。
このところこの近辺では、タヌキにとって勝ち目のない天敵だったアライグマが駆逐され、一時は全く見かけなかったエゾタヌキの棲息が復活し、数年前から毎年のように3〜5頭の子を連れたタヌキを認めていたところです。

かわいそうですが、人間社会の近くで生きる野生動物にとって、とくに動きのあまり俊敏ではないタヌキには、道路上でのアクシデントは避けられない受難のようです。
天敵も狩猟圧もないタヌキにとって、最大の敵はクルマと犬になりました。何度か危ない目怖い目に遭いながら、それをすり抜け身を交わして命を繋いでいきます。

先月はヒグマの親子に遭いましたし、3日前の帰りがけにもオスのエゾシカと危うく接触するところでした。そのほかにもキタキツネの親子やエゾリスなど、放置された里山の自然が回復するにつれ、それに比例して身近なところで野生が復活していきます。

復活といえば、北米バイソンに出会えました。

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写真はカナダアルバータ州国立公園での一コマですが、8頭ほどの群れが道路脇で草を食むシーンに遭遇しました。見た目のビースト感とは裏腹におっとりとして警戒感の薄いこのバイソンアメリカバッファローは、西部開拓史と共に肉と毛皮を提供しながらその数を減らし、40年前には絶滅状態で厳重な保護政策のもとにおかれていて、滅多に見ることができるものではありませんでした。
1度だけイエローストン国立公園内の草原で出会えましたが、満足な望遠レンズもないカメラで撮った写真は、それと説明しても信じてもらえないような1個の黒い点にしか見えなかったことを想い出します。

人間の保護下であっても、こうした野生がそこにあることが、間違いなく地球を豊かにしていると思いませんか。

2017-09-28

ほんとはチョッと・・

2週間ほどのカナダアメリカの旅を終えて帰ってきました。時差のせいで、頭の奥に倦怠感がボーっと残っています。
カナディアンロッキーでは3日ほど雪の日もありましたが、40年の時間を全く無視してくれる美しい森や湖や岩肌の氷河、気が遠くなるような大平原、大切にされている旧い街並みやパワフルに発展する都市のダイナミズムに触れて、ひとつひとつがまた良い想い出になりそうです。

それはそれとして、前回のこの欄を見てくれた何人かのひとから、ありがたいことに「あれはどうなった?逢えたの?」と訊かれます。40年前にわれわれ若い夫婦がたいへんお世話になった、当時カルガリー在住のJoeファミリーの消息は判ったのかと・・。

結論から云うとNOでした。
ここ数十年で劇的に発達した情報社会に、もしかしたらと期待を込めて、いちおう毎日メールをチェックできる環境を確保してはいました。反応がまったく無かった訳ではありません。1件はバンクーバー到着時に受信した、何かの宗教への勧誘を示唆するようなメール、もう1件はバンフ滞在中に受けたメールで、<必ず探し出してみせます>という商売人からのものでした。もちろん両方とも丁重にお断りしましたが、その後に届くメールはありませんでした。

当初より、何が何でも見つけ出すというつもりはなく、このネット社会が何かの拍子にちょっとした奇跡を生むかもしれないという可能性に賭けてみただけでした。あまりに永い時間を経て、その生死をも含めてお互いの人生は埋めようもない距離になったのかもしれません。

日常に戻ってきた今、時差ぼけの頭とは対照的に、気掛かりだった小さなことにけじめがついて、いっそさわやかにアルバータをより好きになりました。

まあ、でも、ほんとはチョッとだけ・・・・たのですが。