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NORLITE DESIGNS From Factry

2018-10-19

1kmのサファリ

宅配便のおばちゃんが、いつもよりちょっとだけ高揚したトーンで話しかけてきました。
「すぐそこにおっきなシカがいるよ!近づいても逃げないのさア。こ〜んな角でおっかないよね。」
今週あたまの呑み会に暗くなってから到着したM氏も、「タヌキがいましたよ。」・・と。

毎日ではありませんが、工房から国道沿いの団地までの1kmちょっとの山道では、いろんな野生動物によく出くわします。

数日前に暗くなってから家路に付いたときにも、道路に出てすぐにいつものエゾタヌキのファミリーに出会いました。今年は3頭の子連れで、母ダヌキとあわせて4頭がときどき人間様の作った道を利用します。ただでさえシャープさに欠ける動きの4頭のエゾタヌキが、クルマの行く手で右往左往。ゆっくりゆっくりクルマを進めながら、ハンドルにあごをのせるようにしてモコモコ走りまわる様を見せてもらいます。

やがて右側の笹薮に4つのモコモコが吸い込まれるように消えると、同じ右手の30メートルほど先にオスのエゾシカの立ち姿が・・。ヘッドライトに照らされた周囲の中で、ひときわ目立つ薄緑色の二つの眼光。
こちらを確かめるようにジッと見つめ、2〜3秒後、迷惑そうな緩慢な動きでヤブの中へきびすを返しました。

それから2百メートルほど進むと今度は前を行くキタキツネの姿。軽快なトロットのリズムをちょっと落として後ろを振り向くと、こんどは道なりに猛ダッシュです。イジワルする気はないのですが、ついついアクセルを踏んでついて行ってしまいます。後ろから追い立てるようなかたちになってすまない思いもチョットだけ。

ほかにもこの時期のこの道路上は、昼間ならエゾリスがあわてて横切り、夜遅くなれば道際の低い位置でアライグマの目が光ります。
極めつけは春先に見かけるヒグマでしょう。今年も三度ほど見かけましたが、こいつに逢うとそのあと何日かはほっこりしたおもいで過ごせます。

たった1kmほどの山道ですが、見方によっては無料でサファリを楽しんでいるようなものかも知れません。

これを書いている今も、道路の向こうの沢あたりから、ピ〜〜〜〜ユ〜ウ!と、牡鹿の声が聞こえて来ます。

2018-10-06

秋の陽は

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「秋の陽は釣瓶落とし」とはよく言ったものです。

仕事を終えて家路についたとき、車窓から水平に差し込む光線が左側の頬を突いたのです。
今まさに山の向こうに沈もうとしている紅い太陽を写真に撮ろうとブレーキを踏み、10メートルほどバックしてリアシートのカメラに手を伸ばし、キャップをはずしてレンズを向けたときには紅い火の玉の姿はすでに無し。
悔し紛れに押したシャッターは、インパクトの無いただの平坦な夕焼け画像でした。

秋のお彼岸を過ぎ、このところ日照時間も相当の勢いで短くなっています。
雪虫がフワフワと漂い、エゾリスも忙しく走り回って、近づく冬を知らせてくれています。

2018-09-22

季節の中で

月初めには台風地震が続いて、バタバタとしているうちに2週間ほどがスポイルされたような感じですが、このところいつもの秋が少しずつ深まってきました。
大雪山では思いがけず一ヶ月も早く8月の末に初雪を見ましたが、昨日は旭岳の初冠雪が観測されました。紅葉の盛りは標高を下げて、銀泉台行きのシャトルバスは運行を終え、高原温泉行きに行き先を変えました。

そんな各地の便りを聞きながら、今年はなぜか季節の中に浮かびながら一緒に流されているような感じがしています。季節に追いまくられる訳でもなく、かといって置き去りにされている訳でもなく、だんだん涼やかになる空気の中で浮遊している、そんな感じです。

ちょっとだけ時間を作って、普段あまり縁の無い、札幌の北の郊外に出かけてみました。
30年以上前に訪れたきりで記憶もおぼろな<百合が原公園>は、当たり前ですが、昔と同じ場所にありました。

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名前にあるようにこの公園を代表する百合の花はすべて花弁を落とし、菊には早いこの時期に咲いている花はバラとダリアくらいのものでしょうか。

カヤックなど、製品を作るときによく使うグラデーション技法ですが、もの言わぬ花たちの静かな主張には、ちょっと嫉妬を覚えてしまいます。

2018-09-09

ブラックアウト

庭から見上げる夜空は、これまで見たことがないほど不気味に美しかった。家々の明かりも街灯も、遠くの高層ビルで瞬く赤い点滅灯さえも消えて、190万都市札幌が夜の闇の底に沈んでしまった。全ての人工の光りが失せた北海道の上空からは、無数の星が眩しいくらいに地上を照らしつけ、ふだんは薄黒くしか感じられない雲が、星空に白く浮かびながらゆっくり流れて行った。

9月6日、夜中の3時8分にその地震は起きた。
砕石工場の巨大なフルイに突然投げ込まれたような衝撃に、跳ね起きると同時に暗闇のなか枕元のタンスを押さえる。タンス自体は金具で壁に固定してあるが、上方3〜4段の引き出しが意思でも持っているかのように飛び出そうとする。揺れが納まるとまず電灯をつけて妻と母の無事を確認。
割れた花瓶のガラスを集め、足許に落ちて散らばる何やかやを拾い集めているときにその暗闇が来た。
懐中電灯とラジオを見つけ出し、停電がウチだけなのか、地域全体のことなのか、周囲の状況を確かめようと庭に出たときに冒頭の星空を見ることになる。

その時点でのラジオの速報は、震源苫小牧東方であること、津波の心配は無いこと、今後しばらくは激しい揺れに注意することと繰り返すばかりで、停電の詳しい状況は判らなかった。
あれだけの激しい揺れならどこかで電線が切れても当然だ。そのうちパッと戻るだろうと思っていたのだが・・。

だんだんと各地からの情報が伝えられ、500万人が暮らし、東西にも南北にも500キロになるこの島の全部が暗闇に包まれていることが明らかになる。
いわゆる丑三つ時で草木も眠っていたとき、飛び起きた全道の家庭でいっせいに電気を点けたせいで発電所のタービンに負荷が掛かり、全ての発電設備が自動停止してしまったのが原因だという。

電池で動くラジオ携帯電話だけは機能するが、テレビやPCをはじめ通信・交通・生産・流通・販売の全てがダウン。明かりの消えたスーパーやコンビニには人の長い列。わずかにあいているガソリンスタンドにもクルマの長い列。頼みのケータイ基地局バッテリーが消耗したということで通信がきれぎれになってくる。

広範囲のインフラに壊滅的被害が出た訳ではないので、水道もガスも問題なく使えたのだが、昨今流行りのオール電化住宅や高層ビルでは大変なインパクトがあったようだ。
<電気がないと現代社会はこうなる>という見本を見せてでもくれるように、ブラックアウトは社会が徹底的に麻痺して沈み込んだ様相を示してくれた。

幸い2日程度でほぼ通電が再開され、元の穏やかな空気が戻ってきたが、こうしたアクシデントが起こる度に「想定を超えた・・」という言い訳が当事者から臆面もなく語られる。
今回、ダウンのきっかけになったのが火力発電所だったから長くても数週間程度で復活できるというが、これがもし原子力発電所だったらどんなことになっていたか。

暗い宇宙のあらゆる方角から、無数の星たちが瞬きをもって教えてくれているようだ。

2018-09-03

吊り橋二題

札幌市を南から北へ貫く、石狩川支流の豊平川。上流域が幾分緩やかになって中流域が始まるあたりに<十五島公園>という河川敷の公園があります。その名にあるように、流れの中から幾つもの岩が島のように顔を出し、渓流の趣を楽しめる古くからの名所として知られています。
初めて立ち寄ったのは今から40数年も前になるでしょうか。
その頃ここは市内の中学校や高校の炊事遠足のお決まりの場所で、札幌の子供達はこの河原で火を熾し、カレーライスジンギスカンを楽しんだものでした。
ゆとり教育の時代が終わり、そんな賑わいもあまり聞かなくなったようですが、今でも公園の駐車場の一画には売店があり、お休みの日やお天気の良い日には炭とか肉を売っています。

そんな公園の脇を、この四半世紀毎日のように通りながらも、立ち寄った覚えがありません。何年か前にこの公園の中の吊り橋がリニューアルのために工事中だったのを思い出し、気まぐれ半分にのぞいてみました。
人と自転車用の細い吊り橋を渡った流れの向こうには人家が少なく、車社会になった今では生活の為にここを渡る人はありません。まあ河川敷公園のアクセントといったところでしょうか。

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こんな橋を見かけると、つい渡ってみたくなるのは何故でしょう。
短い橋ですし、蔦と丸太で作ったような危なっかしいものではありませんが、誰も渡る人がいない橋をゆっくり歩きながら、足裏にフワフワとした懐かしいような優しい感触を覚えました。
体重が掛かった分だけゆっくりと沈み込み、重さが消えるとまた静かに復元する、まるで高層湿原のミズゴケの上を歩いているようです。

想い出しました。ちょうど1年前。バンクーバー郊外のエル・キャピラノ・ハンギングブリッジを渡ったときにもこんな感触でした。

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1日に数千人が訪れる観光名所なので、強度充分のしっかりした吊り橋ですが、長いだけあって上下動の振幅が大きく、まるでひと昔前のアクティティのようでした。
40年前にここを渡った時にも団体旅行大阪のオバちゃんたちが、同じ日本人の我々に気付くことなく、「ぎゃ〜〜っ!あかんあかん、ゆらさんといてエ!」と大絶叫。今回もやっぱりいかにもアメリカ中西部の田舎から来たような母さんたちが絶叫また絶叫!(何て言ってるかなんて判るわけない、でもこんなときの言葉の中身はおんなじなんでしょうね)