Hatena::ブログ(Diary)

都市の風景

2013-06-06

旅行について

こちらに来れば、時間とお金が許す限り旅行をしたいと思うだろう。そこで、今回は主に僕が使っているサイトについて紹介。基本的にこちらにいて、現地の友達と情報交換をすればわかるとは思うのだが、僕自身もっと早く知っていればもう少し有効に時間を使えていたような気がしていて、後から来る後輩が限られた1年という時間の中で少しでも有意義に時間を使って楽しんでくれればと思う。もちろん、コミュニケーションを取りながら色々な情報を集めていくことは基本で、まだまだ僕も知らない情報や、時間が経つにつれて変ってくものは多いので、常に自分から情報にアクセスするのが大事。

飛行機
RYANAIR
Skyscanner
German Wings

鉄道
NMBS/SNCB
DB
THALYS
Raildude

バス
Megabus

ホテル・ホステル
booking.com
hostel world

主に使ったサイトはこれら。他にも色々と方法はあると思う。また、チケットの内容も学生だけなら使えるパスなど細々とあるので、そこは是非自分で調べて、楽しんでほしい。

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Ghent

授業について

帰る日が近づき、試験も近づいているのだが、2semにとった授業に関して少しだけ書いておきたい。
後期に履修した授業は

|F0VK6a| Historic Developments and Current Issues in European Institutions and Policy Issues (PECS)
|H02P6a| The Political Economy of Urban Development
|N0A09a| European Identities and Visual Histories
|S0B91a| Development Cooperation
CLT(KUL付属の語学学校で英語を)

これと他にILT(KUL付属のオランダ語学校)に顔を出していたが、他の授業との兼ね合いもあって後半はあまり出なかった。

それぞれ授業の詳しい内容に関してはシラバス*1に書いてあるので割愛するが、PECSと語学学校以外は修士の授業なので全て英語で行われており4人の少人数クラスもあれば、30人ほどのクラスもあった。試験に関しては、基本的にそれもシラバスから確認できる。2semにとった授業は全て試験前にレポート提出と口頭試験で成績が決まる。

日本には口頭試験がないが、これは先生によってやり方が違うのでそれぞれ確認が必要。僕が1semに受けた口頭試験は、初めに問題を与えられて、それに関して考える時間が30分ほど与えられた。それからその考えを先生の前で発表してそれに関する教授からの質問に答えながら進んでいく。その後に、授業に関する知識の質問をいくつかされた。全体で30〜40分ほどだったと思う。後期の口頭試問の形式は、自分の書いたレポートに関する質問をされる場合もあるが、大枠はこのような感じだと思う。

こう書くとKULは口頭試験しかないようだが、1semには筆記のテストもあった。なので、履修登録をする際は、試験形式の確認は必須。シラバスは年々変ると思うので、その都度確認してほしい。

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Stuttgart

2013-06-01

西洋と東洋について(2)

本題の前に今日で全部のレポートを提出した。2semは4つのレポートを書いたわけだが、良かったのはグループレポート。ただ1sem同様、ほとんど自分の意見が言えなかったた。自分には足を引っ張らないようにするのが精一杯で、情報処理能力は修士/博士課程の彼らよりも低いと感じたし、彼らはバンバン意見を交わしているのに自分は会話を理解するのに精いっぱいでそこから発展させて専門的な内容について英語で言うのは厳しかった。日常的な輪に入っていくのと、しっかりと自分の意見を言えて、いろんなことを議論できる人だとこっちの人達に認めてもらうレベルは別だ。僕の場合、後者に関して、もう少し英語のスキルと専門的な内容の知識(話す内容は特に西洋の話題中心になので、西洋の歴史や政治はもちろん取った授業の背景知識。僕の寮はアメリカ人も多いのでアメリカ史について)が足りていないと感じた。そして、日本についてはどうなのかしっかりと把握して、自分から意見を言えるようにすることが必要。はじめのうちはおそらく、だまっていて、話を聞いているのかもわからない奇妙な存在と思われていただろう。

本題の自分がここにいた意味については、現時点で決めるのは難しい。こうして色んな国籍の人にあって、普通にしていれば接することのなかったであろう国の状況やフランス語オランダ語ドイツ語(たまにイタリア語)等の文献を要約して発表しあうグループワークによって得ることが出来た情報や知識。彼らに比べて自分に欠けていること。また、彼らから日本はどのように見えているのか。

こっちで出来た友達の国へ休暇に遊びに行ったり、単純計算で1橋梁/weekで見ると決めて必死こいて駆け巡った欧州橋梁の数々。これは予定の50本以上を意識的に見に行くことが出来た。大切なのは留学をして得た結果ではなく、この留学の経験を将来にどう繋げていくかで、これから繋げていく過程で、あの経験は役に立ったと気付くのだと思う。実際自分の専門科目以外にも授業を取ってみた。結果的に想像以上に科目選択の自由度は高かったと思う。これは本当にKULで良かった点だと思っていて、修士以上の授業は全て英語で開講されているし、学生も世界中からきているので、留学生に対するイベントやフォローアップが非常に充実している。周りの人を見ていると留学の仕方は様々で、とにかくヨーロッパのほとんどの国へ旅行する人、黙々と勉強を頑張る人、色んな所パーティーやイベントに出向いては友達を作る人、自分の専門と関係のある国へ行く人。ひとりひとりが自分のスタイルに合わせて学生生活を送っていた。大学は出席なんかとらないし、誰に対しても膨大な授業に関する資料を配布して、勉強する人はして下さい、したくない人はどうぞ(もちろん単位はきません)という感じで非常にドライで、学生と教授の距離も非常に遠い。授業では全くポイントを言わない上に膨大な資料の配布で教え方に対するスタンスがかなり日本と違うと思った。アメリカハンガリーチェコ友達も同じようなことを言っていてKULで単位を取るのは自分の大学と比べると厳しいと。自分のやりたいことがハッキリしていれば辛いが、取り組む過程で何か吸収できるのではないか。なければ、日本で日本語で勉強していた方がよっぽど知識を得られると思う。

彼らからすれば日本は極東のはずれにある小さな島国。
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world map

東京が一方的な成長を続ける陰で、地方はどんどん縮小していて成長一片だった今までとは違う多様な国土のあり方が必要なのではないか。よく外人にも、これからの日本は衰退していくと思うかと質問された。彼らの質問に答える過程で、おそらく今後の日本はその地域にあった場の関係性から昇華してうまれてくる、より成熟した在り方が必要で、それは単純に歴史を繰り返すわけではなく歴史を尊敬したうえでかつ、現代の解釈を加えて空間生成をしていく。調べていて感じたのは、おそらく戦後のポストモダンから都市の根本課題というのはいまだに解決策を模索していて、最近は様々な思想的試みが行われているし、もちろん僕たちの世代3.11も忘れることが出来ない出来事で、これらの思想と実際に物を創っていく過程で大前提としての抽象論と、どう数値との距離感を縮めながらの生活空間、これは住宅だけでなくこれからは人びとが接続したくなるような都市空間も含めてどうしていくか。もちろん欧州アメリカからこれらについて学べることもあると思うし、単純にそれを輸入するだけでは失敗するのは目に見えていて。

まだ、どうなっていくのかは具体的には描けないが、そのあたりをこれからどうしていくべきか、もっと話す必要があるような気がする。

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Budapest

2013-05-26

西洋と東洋について(1)

 「ヨーロッパはどうだった?」この時期になると頻繁にされるこの質問。様々気付きはあったと思うのだが、こうして話しながら考えてみると、文献をよんで知識として得る過程や、主観的な立場から欧州を日本と相対化する過程で気付きがあったように思う。そして、西洋・東洋という二項対立もラジカルな部分では共通しているところがある、言い換えるならば、二項対立のどちらともつかないことがあった。確かに個々のふるまいには多少なりとも違いがあるかもしれない、以前文化についてで「菊の刀」、日本の「恥の文化」と欧米の「罪の文化」について記述したのを改めて考えてみると、外的批判の意識や集団主義に対する価値というのは、これを破ったこと対する反動が自己の将来に不都合を与えることを無意識に感じてしまっている。また欧米の内的良心に従う心も、抵抗しがたい自己精神の絶対的な安定を志向することの反動と受けとめる事が出来る。つまりこれら二つの文化は、不変性の希求という点で共通しているのではないだろうか。個々、日常の中で情緒をもっているし、文化の違いはあれコミュニケーションの必要性は欠くことが出来ない。
 一方で、日本にいても海外にいても根本的な部分で共通ならば、果たして自分自身がのこの場にいた意味はなんだったのか、そのことについては、また時間のある時に書きたいと思う。
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Prague

2013-05-03 雑感5・3

今日の買い物帰り、KULで出会った日本人留学生の先輩とバーの前で偶然すれ違い3時間ほど色々な話題について話をした。


「きがるな土木

公共的投資をいかにして市民に還元していくか。長野県で参加させていただいたことのある、古地図を片手に地元の町歩きをするというフェアについて話す機会があった。おそらく昔とはコミュニティの意味が変ってきているのではないかという話であったが「今までローカルで閉じてきた祭りというものがもう少し広い範囲で考えることが出来る、そしてそれが必要な時期になっているのかもしれない」とのこと。これまではローカルで完結していたものが、外部からの刺激を与えていくことで常にその動きが活性化され、これを通じて地元のアイデンティティーを徐々に回復し、連帯が生まるように機能する。「大きく広がる水面の上から少し浮き出た所かで何かできないか。」なにか、大きな力ではなく、もっと小さな力で市民と寄り添うような形で連帯していけないだろうか。


「日本人の性格」

日本人は生産性が高いと言っていた。こっちの人は、コラボレーションで何かを創っていくのが得意で、日本人はあまり人に頼らずにひとつの物事に取り組むのが得意といってた。色んな人の話を聞くのは大切だが、自分ひとりで物事に取り組む姿勢は大切だと言われる。内向的な性格で、閉じていると言われる日本。ただこうして自分と向き合う時間を持つことで、考えて付き合う。それは身をもって交わるということ、対象と自分とが親密な関係に入れ組む。何かが生まれる時は思想が必要になる。日本にはこれから開いた社会が必要になると思う。ただその時に大切なのは、自分自身を担保してくれる存在に頼りすぎることではなく、物事に真摯に取り組んでいく姿勢を忘れないということだろう。


「手を止めるな」


先輩は1週間後に帰国する。

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Leuven

2013-03-23

雑感3・23

 近頃、帰国の日がちらつくようになってきました。もう一度、飛行機10時間以上乗るのが嫌なので帰りたくないです。そして日々何かに追われています。

人というのは良く出来ていてその場の環境に長くいると、個人差はあれそこに自然と慣れていくものだと思います。始めは何もかもが新鮮で、様々なものに興味を持ち、日々新たな発見が続きます。しかしながら、時がたつにつれ、それが当たり前になり余裕がでてきて、それが原因でチャンスを逃すことがある。きまって、後から気がつくんです。

 外に出て気付くこと。自分が思っている当たり前って本当に当たり前か。日常を疑ってみること。それだけでも、今までの自分の価値観の異様さに少しでも気がつくかもしれない。自分自身が考えている想っていることは、世の中の情報のひとつでしかなくて、世界中に散らばるその果てしない数の情報を少しずつ獲得することでより以前よりも客観的な視点から考えを整理することが出来る。自分の持っている情報が正しい保証はどこにもなくて、それをより確かなものにしようとするために、知ろうとするんだけど、学べば学ぶほど、自分には知らないことが多いということに気がつく。情報を集める時に遠くに行けば遠くに行くほど振れ幅の大きい情報に巡り合えるかもしれない。一方で、考えることは何処でも出来る。

 わかるとは何か。日常的に「うん、これは、わかった、理解した。」と思う。大学、高校、中学等で出される問題に対して、正解を出せればそれはわかっているのだろうか。仮にこれを「わかった」とする。では「わかっている」と「わかっていない」の境はいったいどこにあるのか。正解を出せたなら、一定のラインまでの理解はしているのだろう。ただ、最近わかるということは、わかったと感じていたことをさらに幅を広げてわかったと再理解することだと思う。この、再理解とは再び同じことを反復的に理解することではなく、その幅が拡張されていて、実感としてわかったと感得することだと思う。つまり、学校で教科書で理解するというのは一定の段階の「わかる」であって、以前よりは知識としての情報は増えているがまだ「わかる」に達していない。わかろうとしてもわかりきれない。社会に出るとそのような問いに巡りあうかもしれない。大学というのは、初めてそのような問いに巡り合って、そうした問いに対して、将来、自分自身が持てる知識で最高の解を捻り出すための、準備期間かも知れない。

 どこに行っても、魅力的な人はいる。自分が感じる魅力的な人とそうでない人と何が違うのか。そうした、魅力的な人はきっと場所を選ばない。日本にいてもベルギーにいても、どこか、遠く、知らない場所に行っても魅力的であり続けると思う。常に謙虚で自分自身の考えを持っていて、ただ人の話を聞いて、いろいろなことを受け入れる素直さがあると思う。自分自身の軸を持っていて。なんとなく将来のビジョンを持って。そこを目指してふらふらと遠回りしながらもコツコツと一歩づつ積み重ねていく。

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[Bouillon]

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