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2010-01-30

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小矢部市出身で伊藤忠商事元会長、瀬島龍三をモデルにしたテレビドラマ『不毛地帯』(フジ系、毎週木曜日)のロケ地となった富山市の「富山電気ビルデイング」が脚光を浴びている。

 これまで少なかった若者の来館者が増え、結婚披露宴会場としても注目されている。電気ビルは「これほどのPRになるとは」と思わぬ波及効果に驚いている。

 電気ビル本館はコンクリート製5階建て。1936年、日本海電気(現北陸電力)本社移転に際し、レストランやホテル、大ホールを備えた総合ビルとして建設された。45年の富山空襲で一部を焼失したが、修復され、富山県庁、旧大和富山店、富山大橋とともに、同市街地に残る数少ない戦前建築物の一つ。マストに見立てたライト塔や円窓など「船」をモチーフにしたデザインで、タイル張りの壁や細かい装飾が施されたしっくいの天井などが特徴だ。周辺に多数のホテルが開業した影響で74年にホテル営業は終了したが、現在も宴会部屋やレストラン、約375平方メートルの大ホールを備えている。

 ドラマは山崎豊子の同名の長編小説が原作で昨年10月にスタートした。主人公のモデルとされる瀬島は元陸軍参謀で、シベリア抑留から帰還して伊藤忠商事会長を務めた。昨年8、11月のロケをきっかけに一日約400〜500件だったホームページ閲覧数は、現在約2万件に急増。観光目的の来館者も増え、「撮影に使われたのはどの部屋か?」などの問い合わせも寄せられている。

 ドラマを見た若年層の関心が高まったことで、2003年まで約20年間ゼロだった電気ビルでの披露宴が09年度には25件に。09年度の婚礼関連の売り上げは1月半ば時点で、既に前年度から35%も伸びている。

 電気ビルは、レトロな内外装や、そばを市電が走る立地条件が「時代設定にふさわしい」と評価され、全国200か所からロケ地に選ばれた。野上勝彦支配人は「ロケ地に選ばれたのは偶然で、縁を感じる。不況でビル全体の収入が減る中で、思わぬ救世主となってくれた。今後も大切に整備しながら、欧州の建造物のように200年、300年と残していきたい」と話した。

富山市は、同市西町の旧大和富山店跡地に建設される再開発ビルに市立図書館を移転する方針を固めた。29日に発表する。富山第一銀行もビル入居を検討しており、中心市街地空洞化の象徴となってきた同跡地の再開発が、大和移転の2007年以来3年ぶりに始動し、2014年度の完成を目指す。市は集客力のある施設を中心部に集めることで、コンパクトなまちづくりを加速させたい考えだ。

 再開発ビルは、地権者でつくる「西町南地区市街地再開発準備組合」(河上弥一郎理事長)が約4400平方メートルの敷地に建設を計画。当初、08年度の都市計画決定を目指し、市も08年度予算に再開発ビルの基本設計や測量など事業計画作成の補助金1億3200万円を盛り込み、市立ガラス美術館をビル内に新設する方針も打ち出した。しかし、入居の有力候補と目された富山第一銀行との話し合いが進まず、市は年度途中で事業費を全額削った。

 市は仕切り直す中で、城址公園にある市立図書館が老朽化し、耐震基準を満たしていない点に着目。北陸新幹線が開通する2014年度までに城址公園を整備するのに合わせ、1日1000人以上の集客力を誇る施設として再開発ビルへ移転させ、中心部のにぎわい創出を図ることにした。新年度予算に1億円程度の関連事業費を計上する方向で調整している。現在の図書館は1970年建設。7階建て複合公共ビルの1階と4〜6階の計5200平方メートルに85万冊の蔵書を持つ。移転先は当初、車を利用する市民の便を考慮して郊外を想定していたが、中心部への移転により、車がなくても快適に暮らせる市の「コンパクトシティー」構想の促進にもつなげることにした。総曲輪小学校跡地も候補に上ったが、「路面電車環状線セントラム』の開通で注目度がいっそう高まった旧大和跡地が好ましい」と判断した。一方、富山第一銀行は同市総曲輪にある現在の本店が手狭になり、改築や移転の必要性が高まっている。再開発ビルへの入居については「前向きに検討中」(広報担当)で、どの程度まで機能を移すか、29日に市に報告することにしている。

 旧大和は1932年から同市中心部の繁華街で営業していたが、建物が老朽化したことなどから、07年9月、西町から近くの総曲輪に移転。市内の一等地に巨大な廃ビルが残った。総曲輪には06年に撤退した富山西武の廃ビルもあり、周辺商店街や市民から早期の再開発を求める声が強まっていた。

両記事記事では,富山市内に設置されている2つのビルディングに関して紹介.第1記事では,1936年建築された「富山電気ビルデイング」.第2記事では,より古く,1934年建築された「旧大和富山店」.いずれも「歴史の星霜を経てきている」*1,「愛すべき建築*2

富山電気ビルデイング」は,第1記事でも紹介されているように,テレビドラマを媒介として「来館者が増」化.2009年12月13日付の本備忘録の4枚目の画像にも記録した「旧大和富山店」は,新店舗への移転に伴い「再開発ビル」化.富山軌道線*3では2つの駅を挟む距離にある,この2つのビルディング.方や,まだまだ現役,方や,引退後の余生を街角で佇み,遺産相続に耳を傾ける.

「都市の中枢をどんどん新しくしていくというのは社会の強い動向」*4があるものの,ただ同様に,「本当に新しい都市環境をつくるためには,新しい中に古いものが置かれていることが絶対に必要」であり,「都市というものはもともとそういうものなのだ」*5とも考えられる.「「歴史を消しさる歴史」の上には,流れ去る記憶しか残らない」*6のだろうか.

*1鈴木博之『都市へ』(中央公論新社,1999年)397頁

*2五十嵐太郎建築はいかに社会と回路をつなぐのか』(彩流社,2010年)226頁

建築はいかに社会と回路をつなぐのか

建築はいかに社会と回路をつなぐのか

*3富山地方鉄道株式会社HP市内電車

*4藤森照信建築保存の意義」鈴木博之東京大学建築学科編『近代建築論講義』(東京大学出版会,2009年)34頁

近代建築論講義

近代建築論講義

*5:前掲注4・藤森照信2009年:34頁

*6:前掲注1・鈴木博之1999年:401頁

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