ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

歩く

 12月に入って街は「クリスマス」なんである。うちの地元の通りですら、街灯の何本かに一個ついているスピーカーから「ジャクソン・ファイブ」の「I Saw Mammy Kissing St. Clause」が流れてくるくらいだ。築地に久しぶりにいった。2週間後のイブ礼拝の準備があって、そのあとで東日本震災での活動について編集した映像を見せて戴いた。除染にも触れられていたけれど、毎日除染している幼稚園の話だった。もうそんなことをしていても間に合わない。それよりも先に彼らを放射線での汚染がまだ少ないところへの避難をさせてあげるべきだ。この国は子どもたちに影響が及ぶことを放置している。
 思わぬほどに移動が遅くなったものだから、日比谷公園に到着したのは午後1時を既に過ぎていた。デモ隊の殆どが集合していて、参加者が代わる代わるアピールしている。何となく、その中に入らずに周りを見回していると、私服警官が大変な人数がいることが判る。その多くは白いマスクをしていたり、耳にイヤフォンを突っ込んでいたり、メモをしていたり、写真を撮っていたり、ビデオをまわしている。おおよそ見当をつけると6-70人はいそうだ。むしろ制服の警官の方が少ないのではないかと思うほどだ。肝心のデモ隊の方は5-600人ほどだ。最初の頃のデモの規模に戻ってきたけれど、その分デモ自体があっちにもこっちにも分散してきたのだろうか。家に帰ってきたら、こっちでもデモが通ったといわれたのには驚いた。
 しかし、警官の数だけでなくて、デモ隊の先導者の前には機動隊の指揮車が動いているのだけれど、その上に立っている警官がしきりにデモ隊に対して挑発をする。動き出して直ぐの交差点に差し掛かると「あなたたちの通過を周囲の交通者、ドライバーが待っています、早く動きなさい!」といった指導を繰り返す。しかもその口調はすべて命令調である。しばらくいった先で、遂にデモアピールをリードしていた人が切れる。「このデモは届け出に違反なんてしていない、このデモを指揮するのはお前じゃない、黙れ!」と叫ぶ。本当にその通りだ。
 デモがいつものように東京電力本社前に差し掛かると反対側の歩道には某右翼団体がいつものように数人の警官に守られて、大容量のスピーカーで醜く叫んでいるのだけれど、その言葉をなんといっているのかを初めて聞いて驚いた。(いつもはちゃんと聴いてなんていない)。なんと「き××いは出ていけ!」といっているのである。私はてっきり、彼らが正対している東京電力本社に向かって叫んでいるのかと思った。
 彼らはこの事態をなんと捉えているのだろうか。彼らが持っていたプラカードには「電気は必要だ」と書いてあるのだけれど、電気が不要だといっている奴はひとりもいない。
 今日のデモは長丁場だということだったので、途中で離脱した。体力が衰えている。

記憶

 このくらい寒い時期になってくると、昔の実家では炬燵を出した。置きごたつではなくて、掘り炬燵だったから足を突っ込んで座っている格好になるわけだけれど、そのうちにゴロッと横になりたくなる。しかし、足を突っ込んだままごろんと離れないから、足を横に渡していることになる。そうするとそこの蒲団を上げて誰かが足を突っ込んでくるとぶつかって、今度は反対側に足を渡す。
 朝のぬくもりの中でそうしてゴロゴロしていると、オフクロが朝の掃除を始める。すると垂れた蒲団を全部跳ね上げる。ゴロッと寝っ転がっているのが暴露される。寒いから両手を又に挟んで「サムいぃぃ」というと「起きなさい」と箒で叩かれる。
 そんなことを思い出すのだけれど、いっこうに私の部屋は暖かくならないからなのだ。今年はどうしようもなくなるまでエアコンをかける気にならない。

忘年会

 それほどそんな会を持つような付き合いはないから、今年は忘年会なんてないかと思ったけれど、昨日は昔お手伝いをしていたボーイ・スカウトの、今は関係していない人たちと役員さん達との忘年会があって、ようやく参加。月蝕を気にしながら肝胆相照らす。当時のスカウト連中の様子を聞くとあの子もこの子も結婚して子どもができて、という話なんかを聞くと、実に過ぎた日の重さを感じる。暗く影になった満月を見上げながら、帰ってくると近所の少女が天体望遠鏡をセットして観察をしていた。