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nubaotoro このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2011/12/21

冬月

 珍しく一時間残業をしたあとで会社を出た。いつもと少し異なる道を歩く。月は大きく、明るく夜空を照らしている。街灯の少なく、暗い夜道。冬枯れの桜木並木、寒々としたアスファルトの照りかえしのうえ、そういう路面を枯れ葉が弱々しく舞い、音を立てて風が吹き抜けてゆく。
 冬の寒さを思った。冬の冷たさを思った。ただ暗く、ただ静かな冬の夜に、ひとり歩いた。寒さはそのまま寂しさで、冷たさはそのまま後悔のように感じられた。そういう精神の負いを、冬はすべて背負っているようであった。そういう夜を歩いた。
 川のほうで軽鴨の鳴く音がする。手袋をしていないことに気づいた余は鞄から取り出そうとした手袋を不意に地べたに落としてしまい、ああ、と屈んで取り戻した。両の手はいつしか冷たくかじかんでいた。冷たい冷たいと息を吐きかけながら小坂の街路を行くと、駅はもうすぐそこであった。
 ちかごろ改装工事の済んだ駅前のちょっとした建築の真新しさの迎える明るさであった。それらは相変わらずひと気のないバスロータリータクシー乗り場の侘びしさを一層引き立てているようにも思え、余はその不安定の風景をあまり好まなかった。足早に駆け抜けると、改札の電光掲示が列車の到着が間近であることを知らせているので、余はそのまま駆け足で改札を通った。

 或いは前を走る女性につられるようにして、余は駆けたのかもしれない。急ぐ心持ちは薄く、ただ彼女の尻を追いかけたかっただけなのかもしれない。とにかくじきに入構するであろう列車のあることは確かだった。登りのエスカレーターへと走り込む彼女と余。彼女はダウンジャケットデニムパンツ、高めのハイヒール、髪は手入れの行き届かないブラウン、鈍重なほどに大きな尻がエスカレータを一段、また一段と登ってゆく。小さく、少しづつ列車の音が聞こえる。余もまたエスカレータを登る。彼女が一段登るたび、彼女の尻が露わになってゆく。肉の丸みが少しずつ、デニムパンツを気圧すように顔を出す。尻の肉は圧倒的な弾力を表層のうえに醸してゆく。肉の厚みと若さがそのまま褐色の皮膚のうえに表象される。
 夕刻、日の沈んだあとの駅はすでに人影まばらで、ホームには限られた人影と、余と、ほとんど全貌の露わになった尻だけがあり、間もなくアナウンスが空しく谺した。ホームのうえにはよく晴れた夜空があった。その澄んだ空のこちらで、尻は冬月のように思われた。ぼうっと薄明るく、温かみをもった月だった。エスカレータを登り切った余のまえをなおも小さく震える、そういう尻の肉があり、冬の寒さに凍えるように赤みが刺してゆく。尻は表情豊かに踊る。肉の踊るさまをみていた。

 彼女はTバックを穿いている。細い生地から毛が覗いているのが見える。肉の厚みをかいくぐるほどの長さで縮れた毛が息を吹き返している、風にそよぐ。しばらくそれらの官能に打たれていると、いよいよ列車がホームへと入構してきた。おもむろに彼女が振り返り、僕は素知らぬ振りで別のほうへと歩き去った。