2010-07-16
■知の欺瞞
いまでも科学用語の濫用は問題となっている。
科学用語というのは、なぜか、使っているとかっこよく見えるらしい。
ペギオさんの文章があまりにもひどいと嘆く id:m-hiyama さんの文章に以下のようなコメントをつけた。
数学が大学の教養程度に分かっていれば、このように見える、という喩えはいいかもしれません。
英語で書かれたアメリカの食糧問題の論文。なぜか平安文学が重要らしい。
そして、現代仮名遣いに直しているならまだしも、なぜかお茶の飲み方が書いてあって、それが中国土産っぽい。
飲み方:ユツブに3~4ダラムの茶葉ち入れて、沸騰したお湯ちさしてがら、飲むことができます。また三分の一のお茶た残したとき、もう一回お湯たさしてくださこ。一回の分茶葉に三回お湯ちさしても、まだ飲おことができます。
レイシの紅茶は優良品質の紅茶でレイシの精華に協力して変調して、果実の香は鼻をついて、お茶の味は濃厚で入り口が細くて滑って、その外形のロープが結び目を締めるのは細くてまっすぐで、色合いの烏潤、内の質の香気の香り、味は新鮮でさわやかでよくて、スープの色の紅亮、レイシの特色があって、そして持って消化を助けて、胃腸および目が覚める脳の気持ちがゆったりする効果をきちんと整理する
ふーむ。母国語が違う人同士で会話するときには、母国語を譲られたネイティブの側に理解の責任があると思っていますが、それでも面白い。そもそも平安文学どこいった?
これは高尚な食糧問題について書かれたもので、平安文学の限界をえぐろうとしているのだぁ。
平安文学がよっぽど好きなのかもしれませんが日本語は書かない方がいいでしょうね。それと食糧問題についてはきっといいこといっているんでしょう。
これは、冗談ではあるが、本質をうまくついていると思う。
最近も、東浩紀先輩の古い論文の「ゲーデル的脱構築」という語に、林さんが ( はやしのブログ ) 噛み付いていた。そして、現代思想を分かっていないのに批判しているのではないかとの反論を現代思想の愛好家からもらっていた。
もっとも東さんは、科史科哲を出ているので、これが数学的には誤りであるというのは百も承知であるという。
まず、私がいえることは、ある語が理解して使われているかの判断は、似たような語のうちのどれを選択したかに依存する、その脱構築がどれほどゲーデル的であるかを力説してもダメなのである。なぜに、他の語を選ばなかったかを説明できないと意味がない。
ゲーデルの不完全性定理について手に入りやすい本の一つである吉永良正さんの本は「肝心の「不完全性」の定義を間違えているため、不完全性定理の入門書としては勧められない。」と鴨浩靖さんが書いている。 書評(数理論理学) 僕が吉永良正さんの本を読んだのは小学校の頃で、その時は、数学っぽくない本だと感じた。これは、要するに数学的に分かっている人が書いていないと感じたということだ。矛盾を自分の中でごまかすとか。読み返してないけど、数学的に学んだ後に、この書評を読んだのでなるほどと納得した。京大の数学科と哲学科を出た吉永さんでも complete 概念で混乱するくらい間違いがはびこっている。というわけで、実は「誤用であることくらい知ってんだよー」といわれても、「数学分かっている」と「数学間違っていることを知っている」のはだいぶ違うとしかいえない。
つまり、東大科史科哲でも京大数学科でも京大哲学科でもゲーデルを数学的に理解している証拠には全くならない。別に理解していない証拠にもならないが。でも、東さんについては、数学者ではないのだから、現代思想的に理解していて、数学的に誤りであると分かっていれば十分であると思う。ただ、ロジックを数学的に理解させる学科は、東大に話を限ると、情報科学科くらい? 数学科では教えないし、哲学系は数学力に欠ける。不完全性定理はその知名度の割に、数学力のある物好きしか理解していないように思える。その結果が、ブルーバックスでもムチャクチャという現状である。
で、不完全性定理の話だが、要するに能力があって興味がない人と、能力がなくて興味がある人(最もたちが悪い)のために、ノイズだらけ状態になっている。なんたって物理の大御所ペンローズが間違うくらいだ。たとえるならば、日本語という言語がマイナーであるためにムチャクチャになっている。
要するに「謝罪しる」が正しい日本語だと思っている連中が世界を席巻しているのだ。(政治色ごめん。短いよいのなかった。)フランスの大学でも日本語で教えられる授業があり、遅刻すると教官に「謝罪しる」といわれる。では、日本人はこれをみてどう思うか。まず、何よりも語感が面白い。真面目にやっている分、面白おかしい。次に、正しい日本語はこうじゃないよ、といいたくなる。生徒たちに問うと、君は教科書も読んでないのか、とくる。教官はちゃんと分かっていて正しい日本語でないが歴史的経緯で使わざるをえないと述べる。
さて、この状況で、どう考えるべきであろう。まず、言語は本来自由なものだから、どう使おうが文句はいえまい。教官にすべきことがあるとしても、学生たちに「日本では正しくないとされている」と教える程度だろう。次に不思議なのが、学生たちが日本での日本語をどのように理解しているかを話そうとしないで、「しる」の文化的意味に走ることだ。さて、最後に大きな批判がくる。「謝罪しる」を「謝罪しろ」あるいは「謝罪してください」に直せないフランスの教育システムって、一体何なの? っていうのだろう。これもまた尤もだが、フランスに対する内政干渉であるといえばそうだ。(ただ、二重国籍が結構いることも忘れずに。)
ここで不完全性定理に戻ると、ゲーデルという語の濫用は浅いレベルでも様々な反応を惹起することが分かった。「面白おかしい」ではなくて「びっくりする」人もいるし、聞き飽きていて「いらっとする」人もいるだろう。そういう感覚的な反応に文化的意義をといても、とんでもないあさってである。その一方で、現代思想(やポストモダン)が不健全な文化を持っているという批判をしている人たちに対しては、その文化的意義を述べることは有効な反論になっている。ただ、それにしてもなぜ衒学的な語を用いたのか、論理学を軽視していたのではないか、という疑問が残るのは仕方ないだろう。
■ポストモダニズム
私はポストモダニズムに対して批判的な態度を取っているように思われているかもしれない。実際彼らのちょっとあさってな衒学にはとても楽しませてもらっているが、テレビの討論とかでの浅い議論を見ていると、このあたりも意味はあるなあと思う。あらゆる分野には、その分野ごとの理解の方法がある。「数学分かり」には定義定理証明が説明できる必要があるし、「物理分かり」には現象とモデルの翻訳ができる必要がある。柔道で立ち方や組み方で相手の強さがだいたい分かるように、どの程度〇〇分かっているかは、その話し方や論理で分かる。ただ、物理分かりは浅い理解である。物理分かっても分かっていないことさえある。たとえば、局所実在の否定は物理分かっているが分かっていない、たぶん誰も。そのために、(もちろん、物理分かれば物理の研究ができるほど分かっているわけではないが、)知識のコピーが容易となり、物理は発展した。これは皮肉な話だが、物理分かりを現象のための浅い理解としたことで、科学と技術の発展にこれだけ貢献したのだ。つまり、学問の目的が要求する理解の仕方を決する。しかし、物理分かった程度では、そこから何らかの哲学的な結論が引き出せない。つまり哲学分かりはもっと深い理解を必要とするはずだ。ポストモダニズムの科学用語の誤用で批判されるポイントのひとつは、おそらくここである。彼らには最低限、数学分かっていることが期待されるのに、それすらできていないことが容易に見抜ける。これは文理の問題ではなく、分析哲学分かっているのがそれなりにしっかりとした理解であるのとは対照的だ。
■フランス
ちなみに、私が例にフランスを選んだ理由はアメリカではひねりが無いから。それと、パリに行ったのがアトランタ住まいの僕の初めての海外体験であったこと。感想? あいつら、英語も話せないんだぜ。あと、道が犬の糞だらけで道路清掃車が縦横無尽。日本人のフランスイメージ歪んでるよな。(5歳頃)
■権威付け
「フーコーが雑談のなかで「そういえば丸山真男という人はものすごい人だった」という感想を洩らした」松岡正剛の千夜千冊『忠誠と反逆』丸山真男 丸山は個人的理由で見くびっていたのだが、彼の著作を読んで思わず居住まいを正した。丸山真男の権威付けに利用されるとは、さすがミシェル・フーコー。ちなみに、南部さんがノーベル賞をとったときには、アインシュタインに並ぶ、と評されていました。さすがアインシュタイン<-自明。ちなみに僕は「ヴェイユの妹は哲学者」派。さすがブルバキ。
■ヒポクラテスの誓い
本来、ヒポクラテスの誓いは医学知識の流出を防ぐ条項があるが、そもそも僕は医者じゃないし、自然科学は医学をも変質させたであろう。真理は万人によって求められることを自ら欲し、芸術は万人によって愛されることを自ら望む。
■因果関係論
正しい選挙結果の見方 - 白のカピバラの逆極限 S.144-3
一票の格差も地区ごとの人数の差もないようにすべての都道府県を一人区とみなしたときの選挙結果は、自民党の18議席に対して民主党の55議席と圧勝になる。
だが、二人区ならば公明が3議席分とり、自民34議席、民主36議席。また、三人区ならば、みんなの党と公明が3議席とり、自民が30議席、民主が37議席。
ようするに、選挙制度が政治をしているのであって、国民は政治に参加なんてしていないんですよー。
この記事は、選挙結果が出た瞬間に考えたことを id:Chikirin さんの 格差問題@一票の価値 - Chikirinの日記 記事に触発されて統計処理をしてデータにしたものだ。また、朝日新聞も id:Chikirin さんと同じような解析により社説を書いていた。
一票の格差―選挙結果ゆがめた深刻さ
制度の欠陥が、ゆがんだ結果をまた生んだ。参院選が今回改めて警告している。「一票の格差」が大きすぎる。
今回の選挙区での最大格差は、神奈川県と鳥取県の間の5・01倍だった。神奈川では69万票を集めた民主党候補が落選、鳥取では15万票台の自民党候補が当選した。
大阪や北海道、東京、埼玉、愛知では50万票を超えた人が敗れた。
最少の13万票台で勝てた高知や、20万票以下で当選した徳島、山梨などとの「一票の価値の不平等」は歴然だ。
全選挙区での総得票数と議席数を比べてみても、深刻さが浮かぶ。
民主党は2270万票で28議席を得た。一方、39議席を獲得した自民党は約1950万票にすぎなかった。
民主党は「軽い一票」の都市部での得票が多く、自民党は人口が少なくて「重い一票」の1人区で議席を積み上げた。票数と議席数の関係のゆがみは一票の格差の弊害そのものだ。
選挙区でも比例区でも民主党を下回る票しか集められなかった自民党は、果たして本当に勝者と言えるのか。そんな疑問すら抱かせる結果である。
参院は、いつまでこんな欠陥を放置するのか。2006年の議員定数「4増4減」は、小手先に終わった。各会派でつくる参院改革協議会は、昨年中に出すはずの結論を先送りし、次回の13年参院選に間に合わせたいという。
格差は一刻も早く是正すべきである。ただ、「都道府県別の選挙区」を採るかぎり、人口の差が大きすぎて、十分な「平等」の実現が困難なことはこれまでの経験上はっきりしている。数字いじりだけでは解決にならない。
折しも、衆院でも小選挙区での格差が2倍を超えた昨年の総選挙に対し、各地の高裁で「違憲状態」「違憲」の判決が相次いでいる。
衆参両院の「ねじれ」が再現され、国会がまたぞろ機能不全に陥る懸念も強まっている。
国会が直面する問題の全体像を踏まえて総合的な解決を図るべきである。
衆院のあり方との関係で、参院の選挙制度を抜本的に見直す必要がある。併せて、衆参両院の役割分担も一から再考しなければならない。
そうした大掛かりな作業を進めるなかで、投票価値の平等の問題にも迫っていく知恵が求められる。
現状は議員定数削減を唱える声ばかり大きい。「身を削る」姿勢はともかく、総合的な観点を忘れていないか。
国会での格差解消に期待するのは「百年河清を待つに等しい」。最高裁判事の一人がこんな意見を表明してから、すでに6年が過ぎた。
政府が有識者による選挙制度審議会を設け、第三者の視点で具体策を急ぎ練り上げるしかあるまい。次回の参院選はあっという間にやってくる。
だが、id:Chikirin さんや朝日新聞の記事はデータ解析の方法に難がある。選挙区ごとに有権者の数のばらつきが大きいというルールが決まっている以上、大都会の次点候補と地方の当選者を比べれば、前者が勝つに決まっているのだ。
そこで、とった解析手法が、都道府県ごとに一人区であったと仮定して、有権者数に比例した議席を配分するというものだ。分散は十分に小さいのでこれでよい。といっても、何人区かによって有権者の投票行動が変わったであろうという、難点は残っている。
さてさて。
ルールが決まっている以上、「選挙結果が歪められた」というのはおかしいという意見も見えるが、これは憲法の問題である。選挙制度は立法の裁量によって作られるものなので、選挙制度というルールは、サッカーといった競技のルールと異なり、より高次のルールに服するものなのである。
なるほど、「制度の欠陥が、ゆがんだ結果をまた生んだ。よって、菅直人は責任を取る必要がない」 (と民主党内部の人たちが) というのや「制度の欠陥が、ゆがんだ結果をまた生んだ。よって、自民党議員は直ちに辞職し議席を返却するべきだ」というのはおかしな議論であろう。だが、「制度の欠陥が、ゆがんだ結果をまた生んだ。よって、選挙制度を見直すべきだ」というのは正統な議論だ。
たとえるならば、相撲を国技でなくすべきか、と、朝青龍を横綱に復帰させるべきかを混同してはいけない。
最高裁は、参議院選挙でも徐々に違憲の基準を上げており、ほぼ間違いなく今回は一票の格差に違憲判決が出るだろうと考えられている。ここで面白いのが、立法の裁量は一票の格差ではなく、もっと広く選挙制度全体に対して及んでいる点である。一票の格差は、それ単体で問題となるのではない。これは極端な選挙制度の一類型でしかない。つまり、一票の格差問題は、さらに高次のルールに服している。
すでに決まった議席が違憲判決によって無効とされた例はいままでにないが、議席が正当かどうかすら憲法で扱える。
そして、私はこの話を因果関係の話に持って行きたかった。選挙の結果は選挙制度と因果関係があるのだろうか。
因果関係は先後関係とは違う。この話は、サッカーワールドカップの日本代表の PK での敗退と絡めると分かりやすそうだ。決して、GK の飛んだ方向が悪いとも、最後のキッカーが入れたからともいわない。つまり、因果関係というのは帰責性や学習のためのパラメータであり、本質的なものではないのですよ。
■物理と因果関係
物理学者の因果関係観「えーっ、光円錐の内部だったら当然に因果関係あるんじゃないのー?」
因果関係は物理には不要な概念な気がする。
どのように物理と因果関係の話に至ったか。因果関係と相関関係が違うというのは、日本の司法は自民党に支配されていた(ラムザイヤー)、という論文へのツッコミで使った。では、物理学においては? 因果関係と先後関係は、物理では違う意味になるし、あまり使われない気がする。
物理に用いられる因果関係として、先進波をあげるのは確かにそれなりに尤もだが、タキオン解やホワイトホールも切るのと同様に観測されていないので切っている、というので十分ではないか。
■これも因果関係
<snip>性に少しでもからむ女が被害者になる事件で女が言われることは、あまりにも似通っている。そのことだけが、事件が変わっても、変わらない。加害者が違っても、変わらない。加害者の社会的地位や年収や通う大学や家族構成によって加害者の報道のされ方が変わっても、被害者の女性は変わらない。
「あなたも、わかっていたんでしょう」
たとえ「わかって」行っていたとして、何が悪いというのだろう。
セックスが好きで、コンパで会った男の子とセックスしてもいいな、むしろそうなりたいな、という思いでコンパに行く女の子の気持ちそのものが罰せられることなんて、どういう思想だと思う。早稲田の男の子と知り合いたいな、恋愛できたらきっと楽しいだろうな、そういう思いでコンパに行く女の子を責めるって、どういう正義だと不思議に思う。
そんな女の子の「期待」と、実際に力づくで強姦される「現実」を結ぶ線なんて、一切、一切、断じてない。ない、ない、ない。ないのに。
これは女にいくらかの帰責性が認められるという考え全体を攻撃しているのです。通り魔に刺されて被害者を責める人は少ないでしょう。ただ、場所が新宿だと責める人がいるかも知れない。ここを相対化しようとしているのでしょう。まあ、もうちょっと言っておくと、人が因果関係を見出す時には特異なところを捉える。その点として、歌舞伎町であるというところに注目するか、殺害者の性癖に注目するかは、受け手次第だ。もっというと知識、そして経験。因果関係なんて妄想ですから。そういう考え方が進化上それなりに役に立ったにしてもね。
追記:犯罪機会論に対しては、因果関係と帰責性は違うっていう話をちらりとして、それと因果関係はやっぱり特異的なことを掴むので、対象に対する知識という相対的なもので決まる、という議論をするのだろうなあ。
■電話調査の標準偏差
なあなあ。NHK の電話調査1000人くらいにしか調査していないから、支持率が2割前後の自民党はそもそも統計誤差すら1%以上あるのだが。2回の比較だから3%増えても偶然の範囲だぜ? このへんのリテラシーは色々問題だなあ。
■異体字
異体字に文字コードを割り当てることは反対である。フォントのようにマークアップすればよろしい。考えてみたまえ。東アジアのマイナー言語のことを考えて世界のプログラマがプログラムを書くと思うのか? そうすると起きることは異体字の概念がデファクトスタンダードによって押しつぶされるだけだ。
■文字
それまでの旧漢字(繁体字とほぼ同じ)が分かりにくくなった。
当用漢字には下のような批判があった。
「虫」は本来ヘビという意味でキと読むが、「蟲」と書くのは面倒なので、「虫」と略字を使っていたのが採用された。
「戻」は、本来「戸」に「犬」が飛び込むことを表す会意文字であるが、「犬」の点を打つ手間を省くために「大」になってしまった。「器」も同様。
「為」は「爲」だが、これを草書体にしてさらに楷書にしたもので、歴史上全く存在していない字である。
書き換え範囲は当用漢字に限られた。「假」が「仮」になるならば、「瑕」は「王反」でいいじゃないか。「變」「戀」が「変」「恋」なのに「鸞」は変えないのか。
「己」「已」「巳」混ぜるなよ。「辨」「辯」「瓣」を「弁」にまとめるなよ。
なるほど、このように現在の新漢字がアドホックである、という批判は正しい。
本来、文字というのは、送り手と受け手とが合意をしていればよいものだ。通用するなら、早稲田式で書いても神代文字で書いてもいい。だから、文字は複雑化していく一方。康煕字典や大漢和辞典の漢字は5万字ほどだ。それに対して、国家が整理した文字や国語を用意することはそれなりに意義がある。過去との連続性を絶つことで、古い文献の価値を下げたという人もいるが、結局、草書体、変体仮名、連綿体や上代仮名と読めなくては結局過去の文献は読めない。で、まあ、僕は代わりに字体の差異とされる範囲を拡大すべきじゃないかと思ってる。現代日本のとめはねや一点一画を定める漢字教育は異常だと思う。明治以前ならば、字体の差異として許容されていたであろう書き換えが現代では許されなくなったため、(字体の差異の拡大は変な表現だ。許容される字形・字体の範囲を広げる、だな。)却って無意味な書き分けを要求するようになった。
■カント
カントはニュートン力学に影響を受けたと言う。では、一般相対性理論は哲学的にどう修正を加えるか。これは極めて面白い問題だ。しかし、物理学の発展により現代ではメタ概念から多くの概念が統一的に理解されている。その統一性に抵触しない差異でなければ本質的でないのが明らかで全く説得力がない。
■科学の価値
自然科学の研究をした人は、いかに自然が豊かな構造をもち、いかに人の浅慮の及ぶものではないか、を知っている。だから、謙虚だ。それに対し、多くの分野は人が理解できるものしか扱わないから極めて尊大な態度をとる人が多い。この比較だけからも科学に触れる価値は十分導けると思う。
■法学は社会科学か
日本十進分類法の話か。それならよく知っている。納得。ちなみに、僕はジュンク堂書店新宿店で法律書コーナーにいるといわれ、実用書の階->人文書の階->社会科学の階と全部回ったことが。
たぶん、私が法学を社会科学に分類しないのは、中世ヨーロッパでは、神学・法学・医学・哲学の四学部に分けていたことの印象が強いからだ。だから、神学は科学ではないし、医学も科学ではないし、法学も科学ではない。科学の影響を受けていてもね! そして残りは哲学の末裔。
米国の法学教育がロー・スクールという大学院のレベルで行われるため、法学を学びに来る学生は、必ず他の分野を専門科目として勉強した経験を持つ。10年前のハーバード大学等には、他の分野においてすでに修士号や博士号を持ちながら、米国の1970年代のオーバー・ドクターの状況を前にして、もとの分野をあきらめてロー・スクールに入って来た者もいた。正直にいえば、私もその一人であった。
ロー・スクールに入る前に大学院で他の分野の研究を行っていた学生は、法学を他の学問と絶えず比較していた。私たち方向転換組の学生は、他の学生と同じように講義に出て、判例を読み、優秀なものは、ロー・レビューの編集委員になったが、他の社会科学分野における経験を有していたため、伝統的な法学研究に対して、どうしても不満を持つことが多かった。はっきりいえば、それは、不満というよりも、根本的な点における法学に対する失望であったといえよう。
ロー・スクールで、私たちは、判例の整理・分析の仕方を習った。すなわち、各分野の判例や立法をどのように筋の通った形で整理するかを習い、無秩序に存在する判例や法律にどのように秩序正しい外観を与えるかを習ったのである。それは、私たちが弁護士として自立するために必要な技術であり、また、現在でも、私は学生に対して、そのような技術を教えている。そして、私が、学生時代に、そのような知的ゲームに一種の面白さを感じたのも事実であった。
しかし、判例や立法の整理が学問でないことだけは、明らかであろう。簿記の研究と同じく、それは単なる技術であり、社会科学的研究でもなければ、哲学でもなかった。そのような疑問は、ロー・スクールの講義で習った判例の整理についてだけではなく、ハーバード・ロー・レビューの編集委員として読んだ論文の大多数にも及んだ。その中には、講義と同じく判例に理屈を付けようとしている論文もあった。しかし、それらは私にはやはり物足りなかった。規範的研究も、実際の世界に及ぶ法の効果をシステマティックに研究した上で法制度の改革を提案したものではなく、著者の個人としての単なる政治的価値判断を発表したものにすぎなかったからである。若い研究者の多くが「法と経済学」の方法論を用い始めた理由は、この失望にあったと思う。
米国の伝統的な法学研究の誤りは、法を「法学」という学問として取り扱おうとしたところにあったのである。なぜなら、学問には研究の方法論 (methodology) が必要であるが、法学には (判例や立法の整理以外には) 何の方法論もなく、作ろうと思っても作れないからである。それは、「法」が研究方法の人つではなく (また、社会科学の分野の一つでもなく)、社会の一つの「現象」にすぎないからである。いい換えれば、「法」、「社会に対する法の影響」、または「法に対する社会の影響」等は、研究の方法ではなく、研究し得る客体にすぎないのである。そして、その法という客体を研究するには何らかの方法論が必要であり、法学にはその方法論が全くないため、社会科学的研究を行うには他の分野から方法論を持ち込まざるを得ないのである。
そこで現われた研究方法論と研究現象の一つの一致が「法と経済学」である。一言でいえば、それは経済学で発展させられた方法論を通して、法的現象を研究する学問なのである。もちろん、葬式の慣行を研究するのに、経済学だけではなく、人類学、社会学、心理学等を用いることが可能であるのと同じく、法制度の研究にも、様々な方法論を用いることができる。経済学は、多くの法的問題を解決するにあたっての重要な方法ではあるが、最終的には、多くの研究方法の一つにすぎない。したがって、経済学を用いてもよいし、社会学を用いてもよいが、何らかの方法論を社会科学から持ち込まなければ法学が学問になり得ないことだけは、明らかである。
遺伝的に反社会的行動が行われることが分かってきたので、責任主義に対する批判が米国では行われているが、日本ではどうかと聞かれてこう答えた。
法学というのはローマ時代から続く古い学問(?)というか社会現象であり、近代以前のロジックが残っています。アメリカでも、他分野のポスドクがロースクールに流れ込んだ70年代80年代以降に初めて社会学としてのディシプリンを持ったと聞きますので、日本は30年は遅れるのではないかと思います。
少なくとも、大学院で説明される学説(、大抵はいくつかの主要な学説をやりますが、その)レベルでは、責任主義を認めないものはなかったと思います。
私も責任主義には、どこかしら不合理なものを感じるのですが。
日本の文系という語は、数学理科ができないことしか意味していない。僕は自分で簡単な計量社会学の調査をして、法学部生に見せたところ、「へえー、理系の研究は面白いね」っていわれてショックだった。ちげえよ、これはどっちかといえば法学よりも文系に分類されるよ!
■haskell の fib は遅くない
http://d.hatena.ne.jp/nishiohirokazu/20100622/1277208908
に驚愕するような話が書かれていて、要するに、
fib = 1:1:zipWith (+) fib (tail fib)
は遅いと。何に驚愕したかというと、3点しかとらずに、「O(N ** 2.6)である。」と結論づけていることだ。空間使用量が O(N**2) で増えていくコードなのだから、そんなの空間計算量が一時的に影響与えたと考えるのが自然だろうに、その可能性も潰さずに原因も考えずに結論を出している。そんな適当な実験をするんだ、ということだ。
ランダウの記号 O(f(n)) は n が無限大でどのような関数で押さえられるか、についての表現だ。なので実行時間を論じているときには、n が 10^6 みたいな小さい値の周辺でフィットする行為は実行時間のオーダーを推測する補助手段でしかない。
fib !! n は、理論的に実行時の動きを考えると O(n**2) になる。
遅延評価ではサンクをつくるがそれは定数倍しか時間に影響を与えないのは当然だと思う。
import System import List fib = 1:1:zipWith (+) fib (tail fib) main = do args <- getArgs print $ (0 *) $ (fib !!) $ read $ args !! 0
はじめにとったデータ。
| 10000 | 0.06 |
| 20000 | 0.16 |
| 30000 | 0.28 |
| 40000 | 0.44 |
| 50000 | 0.66 |
| 60000 | 0.9 |
| 70000 | 1.23 |
| 80000 | 1.62 |
| 90000 | 2.1 |
| 100000 | 2.56 |
| 110000 | 3.18 |
| 120000 | 3.92 |
| 130000 | 4.48 |
| 140000 | 5.31 |
| 150000 | 6.21 |
| 160000 | 7.24 |
| 170000 | 8.33 |
| 180000 | 9.27 |
| 190000 | 10.56 |
ここまでは、綺麗に O(n**2) にのっている。
perl -e '$i=10000;while($i<10000000){print "$i ".substr(`/usr/bin/time -o /dev/stdout -f "%e %U %S %t %K %p %F %R %c" ./a.out $i +RTS -K200M`,2);$i+=10000;}' | tee out.txt
(ただし、定数はこのままではない)
| 10000 | 0.03 | 0.01 | 0.00 | 0 | 0 | 0 | 0 | 797 | 11 |
| 20000 | 0.08 | 0.06 | 0.00 | 0 | 0 | 0 | 0 | 836 | 16 |
| 30000 | 0.19 | 0.16 | 0.00 | 0 | 0 | 0 | 0 | 937 | 37 |
| 40000 | 0.33 | 0.30 | 0.01 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1277 | 50 |
| 50000 | 0.50 | 0.45 | 0.01 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1297 | 83 |
| 60000 | 0.81 | 0.71 | 0.02 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1572 | 137 |
| 70000 | 0.99 | 0.93 | 0.02 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1978 | 75 |
| 80000 | 1.32 | 1.27 | 0.02 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2270 | 53 |
| 90000 | 1.75 | 1.70 | 0.02 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2271 | 46 |
| 100000 | 2.19 | 2.15 | 0.02 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2564 | 25 |
| 200000 | 11.23 | 11.15 | 0.07 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4398 | 32 |
| 300000 | 30.13 | 29.99 | 0.13 | 0 | 0 | 0 | 0 | 6782 | 68 |
| 400000 | 63.98 | 63.55 | 0.22 | 0 | 0 | 0 | 0 | 8004 | 739 |
| 500000 | 114.39 | 114.01 | 0.33 | 0 | 0 | 0 | 0 | 9736 | 706 |
| 600000 | 180.20 | 179.69 | 0.44 | 0 | 0 | 0 | 0 | 11987 | 892 |
| 700000 | 270.16 | 269.50 | 0.59 | 0 | 0 | 0 | 0 | 13974 | 1217 |
| 800000 | 409.71 | 408.42 | 0.74 | 0 | 0 | 0 | 0 | 15703 | 3437 |
| 900000 | 579.54 | 578.00 | 0.93 | 0 | 0 | 0 | 0 | 16923 | 4353 |
はじめは O(n**2) にのっているが、3*10**6 あたりからわずかにはずれる。ここをとりだして O(n**2) じゃないと騒いでたって事だね。
遅延評価だと(正格評価のつもりでいると予想しないところでメモリを食う、ので、メモリを食うとGCの影響やメモリ階層の影響がフクザツなので)実行時間が読みづらい、というのはあると思う。けど、実行される演算の回数は、必要な演算は結局最後には全部呼ばれるので、深く考えず普通に数えればok
■言語雑感
Perl:とりあえず、怪しいことをしたくなると唱える。一行しか書けない。読めない。
Bash:気がついたら出来ている。これを使って管理。
Ruby:10行から100行くらいまではこれでいくようになった。
Python:好感がもてる。
C++:標準語。お互いに意思疎通するときに使う。たまにネイティブがいると流暢すぎてよく分からない。template は邪悪。
asm:祭祀用。吟ずるもの。
Java:System.out.println な言語。アプレットのため展示のために書いてた。
Haskell:電卓として最強。エラーメッセージが分からん。計算量見積もり間違う。
PHP:これは言語じゃない。
OCaml:300行超えるときはこれで書くらしい。まだ、そんなに長いものを"計画的に"書いたことはない。
C:システムとしゃべる用。あとは数値計算に。
Fortran:知らないけれども、数値計算にいいらしい。嫌われているらしいね。
Scheme:Scheme で min-scheme を作ったときには感動した。
BASIC:すこーぷすこーぷすこーぷ。
Javascript:手元に notepad と IE しかない緊急事態にも使える。あとは、Greesemonkey でごにょごにょ。
wd0
2010/07/18 13:59
幸か不幸か、問題の吉永本は版元品切れで、現在は「手に入りやすい本」ではなくなっています。
nuc
2010/07/19 02:43
ああ、良くも悪くも私の小さい頃とはだいぶ変わったのですね。
2010-07-13
■正しい選挙結果の見方
今回の参議院選では、121の議席が改選されました。73名が選挙区、48名が比例区です。参院選の選挙区は一票の格差が衆院選より更に大きく、今回も鳥取県民は神奈川県民の5倍の権利を与えられました。
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100713
一目瞭然ですよね。今回の選挙で自民党がなぜゾンビのように復活してきたのか。権利富裕層の多く住む地方の“一人区”(定員一名のみの選挙区)で、今回、自民党は29戦21勝と圧勝しました。“一人が何票も持っている田舎を根こそぎ抑えたこと”、これが自民党勝利の大きな、そして唯一の理由です。
実は、この結果は肝心なことを忘れている。一人区と複数人区では、やっぱり価値が違うのだ。
では、一票の格差も地区ごとの人数の差もなかったときの選挙結果を見積もるにはどうしたらいいだろう。
選挙区についてこう考える。すべての都道府県には人口に比例した議席が与えられたとする。そして選挙区はすべて所属する都道府県から無作為抽出された一人区だけでできているとする。これならば、都道府県について対等な立場になっている。
つまり、するべきことは都道府県ごとの地域第一党を求めて、その都道府県の有権者数を数え上げることだ。そうすると以下のようになる。
| 都道府県名 | その都道府県の有権者数 | 地域第一党 |
| 北海道 | 4604561 | 民 主 |
| 青森県 | 1159140 | 自 民 |
| 岩手県 | 1109235 | 民 主 |
| 宮城県 | 1908319 | 民 主 |
| 秋田県 | 927048 | 自 民 |
| 山形県 | 966232 | 自 民 |
| 福島県 | 1659432 | 民 主 |
| 茨城県 | 2425880 | 民 主 |
| 栃木県 | 1630549 | 自 民 |
| 群馬県 | 1627796 | 自 民 |
| 埼玉県 | 5814689 | 民 主 |
| 千葉県 | 5045486 | 民 主 |
| 東京都 | 10620508 | 民 主 |
| 神奈川県 | 7294561 | 民 主 |
| 新潟県 | 1968798 | 民 主 |
| 富山県 | 903328 | 自 民 |
| 石川県 | 944297 | 自 民 |
| 福井県 | 653503 | 自 民 |
| 山梨県 | 702067 | 民 主 |
| 長野県 | 1758294 | 民 主 |
| 岐阜県 | 1688224 | 民 主 |
| 静岡県 | 3076711 | 民 主 |
| 愛知県 | 5829921 | 民 主 |
| 三重県 | 1503886 | 民 主 |
| 滋賀県 | 1106114 | 民 主 |
| 京都府 | 2098897 | 民 主 |
| 大阪府 | 7089288 | 民 主 |
| 兵庫県 | 4542923 | 民 主 |
| 奈良県 | 1154020 | 民 主 |
| 和歌山県 | 848458 | 自 民 |
| 鳥取県 | 485912 | 自 民 |
| 島根県 | 593860 | 自 民 |
| 岡山県 | 1577416 | 民 主 |
| 広島県 | 2326269 | 民 主 |
| 山口県 | 1208999 | 自 民 |
| 徳島県 | 658828 | 自 民 |
| 香川県 | 829698 | 自 民 |
| 愛媛県 | 1197915 | 自 民 |
| 高知県 | 640959 | 民 主 |
| 福岡県 | 4094102 | 自 民 |
| 佐賀県 | 688271 | 自 民 |
| 長崎県 | 1177396 | 自 民 |
| 熊本県 | 1488495 | 自 民 |
| 大分県 | 990648 | 民 主 |
| 宮崎県 | 933881 | 自 民 |
| 鹿児島県 | 1400358 | 自 民 |
| 沖縄県 | 1073963 | 自 民 |
これを集計すると、結果は
| 政党名 | 獲得有権者数 | この制度での議席数 | 今回の議席数 | 選挙制度による差 |
| 自民党 | 25492029 | 18 | 39 | -21 |
| 民主党 | 78537106 | 55 | 28 | 17 |
| みんなの党 | 0 | 0 | 3 | -3 |
| 公明党 | 0 | 0 | 3 | -3 |
となり、自民党の18議席に対して、民主党の55議席と圧勝になる。
ちなみに、比例代表は以下の通り。
| 党名 | 比例 |
| 民主 | 16 |
| 自民 | 12 |
| みんな | 7 |
| 公明 | 6 |
| 共産 | 3 |
| 社民 | 2 |
| 改革 | 1 |
| たち | 1 |
最後に、得票数第一党である都道府県を見比べておこう。
| 政党名 | 都道府県数 | 都道府県名 | 有権者数 |
| 自民党 | 22 | 青森県、秋田県、山形県、栃木県、群馬県、富山県、石川県、福井県、和歌山県、鳥取県、島根県、山口県、徳島県、香川県、愛媛県、福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、宮崎県、鹿児島県、沖縄県 | 25492029 |
| 民主党 | 25 | 北海道、岩手県、宮城県、福島県、茨城県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、新潟県、山梨県、長野県、岐阜県、静岡県、愛知県、三重県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、岡山県、広島県、高知県、大分県 | 78537106 |
民主党が大都市圏で強いことがよくわかる。そして、自民党は勝った22都道府県のうち、21都道府県が一人区だ。また、比例区の得票数にして、3割程度しか変わらないにも関わらず、議席数にすると3倍ほどの差にまでふくれあがる、一人区制の特徴がよく表れているよね。
7/15追記。
この話には続きがあって、二人区とみなすと、大阪で公明が3議席分とり、自民34議席、民主36議席となる。(ドント方式)
三人区だと、みんなの党と公明が3議席とり、自民が30議席、民主が37議席、という結果となる。
ようするに、選挙制度が政治をしているのであって、国民は政治に参加なんてしていないんですよー。
■データ解析のお供に
perl -e 'for($i=1;$i<10;$i++){print `wget http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin/2010/kaihyou/ye0$i.htm`;sleep 3}' perl -e 'for($i=10;$i<48;$i++){print `wget http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin/2010/kaihyou/ye$i.htm`;sleep 3}'
#!/usr/bin/ruby -Ku require 'rubygems' require 'hpricot' require 'nkf' require 'kconv' h = Hash.new open("voters.txt"){|io| while l=io.gets a,b = l.chomp.split(/\t/) h[a]=b.to_i end } s = (1..47).to_a.map{|i| i = if i < 10 then "0" else "" end + i.to_s a=Hpricot(open("ye"+i+".htm"){|io|io.gets(nil).toutf8}) name = a.search("span[@class='f120']").inner_text voters = h[name] || h[name.chop] || h[name.chop.chop] || h[name.chop.chop.chop] j=0 r = a.search("table[@id='candidates']").map{|b| h1=Hash.new{|hash,key|hash[key]=0} [ (b.search("tr")[1..-1]. map{|c| e = c.search("td[@class=vote]") e.search("div").remove e = e.inner_text.gsub(/[^0-9]/,"").to_i g = c.search("td[@class=party]").inner_text.toutf8 g.gsub!(/\(.*\)/,"") g.gsub!(/[\s]/,"") if g == "諸 派" || g == "無所属" then g+=j.to_s;j+=1 end next if g=="" h1[g] += e [ e, g ] }), (a0=Array.new h1.each{|k,v|a0.push([v,k])} a0.sort{|a,b|b[0]<=>a[0]}) ] }[0] [name,voters,r] } s.map{|name,voters,r| (r[1]+ r[1].map{|x,y|[x/2,y]}+ r[1].map{|x,y|[x/3,y]}). sort{|a,b|b[0]<=>a[0]}[0..2].map{|x,y| print name+"\t"+ voters.to_s+"\t"+ y+"\n" } } =begin print "["+s.map{|name,voters,r| "(\"" + name + "\", " + voters.to_s + ",["+r.map{|a,b|"("+a.to_s+",\""+b+"\""+")"}.join(",")+"])" }.join(",")+"]" =end
2010-06-07
■日吉
最近、たまに慶應の日吉キャンパスへ行く。そして、守衛室の前を通るたびに昔のことを思い出す。
あの日、慶應で三田祭があると聞いた僕はすたすたと日吉キャンパスへと入っていった。
しかし何か違和感がある。なによりも妙に静かで閑散としている。
しばらくいくと「試験中。教室貸し出しのため、クラブ・サークル活動等による楽曲の演奏を禁ず」という看板が目に飛び込んできた。
道理で。ここで疑念は確信に変わった。僕は何かを勘違いしている。
三田祭は日吉では行われていなかったのだ。
日吉と矢上をあわせて三田と呼ぶのではなかったのだ。
駅に向かいながら、正門横にある守衛室のおじさんに聞くことに決めた。
「あの。三田祭はどこでやってますか。」
「三田キャンパスだよ。」
なるほど。明快な答えだ。
「どうやって行くんですか。」
そう聞くと、おじさんは見慣れた地図を持ち出した。東京路線図。
伊達に九年、電車通学しているわけじゃない。
そういって彼は大きく右を指す。僕はつられて指した先を見る。
僕が向き直るのを待ってから彼は地図の日吉を指す。
「今、ここ日吉にいて、」指がずずずっと線をなぞる。「終点で渋谷。」
僕はうなずく。彼は続ける。「山手線に乗り換えて田町で降りる。」
そういえば、都営三田線という路線があったことを思い出す。
そうか。三田は東京の地名なのだろう。
「地下鉄で行く方法もあるんだが、たぶん君にはむずかしいと思う。」
ありがとうございましたとお礼を述べて列車に乗ると、武蔵小杉で都営三田線直通の列車に乗り換え、三田で降りた。
■春秋
卵のような姿のハンプティ・ダンプティが、得意げに講釈を始める。言葉ってやつは素直に言うことを聞かない。しっかり仕事をさせるときは、超過勤務手当を払うんだよ――。ルイス・キャロルの「鏡の国のアリス」の一場面である。
▼数学者でパズル好きのキャロルは、言葉遊びの達人だった。愉快な造語をいくつもつくり、作品の中で披露している。日本語への翻訳は難しいが「柔軟な(lithe)」と「粘っこい(slimy)」を組み合わせて「粘滑な(slithy)」という具合だ。1つの単語に2つ以上の意味を詰め込んで「かばん語」と名づけている。
▼円高容認なのか。強いドルを望むのか。藤井財務相は「かばん語」の達人ではなさそうだ。その発言に為替が乱高下し、産業界は肝を冷やした。言葉の誤解だ曲解だと言っても始まらない。ほんの一言、たった一言に投機筋は食らいつき、瞬く間に解釈が膨らむ。市場に言葉遊びのタネをまくと、大やけどをする。
▼アリスの幻想の世界では、言葉たちは土曜の晩に押し寄せてくる。財務相の発言は先週末の日本の夜中だった。今週末にもトルコで財務相が集まるG7がある。物語の中で卵男はこう語る。僕が言葉を使うときは自分が選んだ意味だけで使うんだ。それ以上でも以下でもない――。通貨の番人もそうあってほしい。
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20090930AS1K3000230092009.html
すまん。意味分からんのだが。
今朝の春秋(日経新聞のコラム)が恥ずかしすぎる。これは恥ずかしい。なんて恥ずかしい。いくらなんでも恥ずかしい。代わりに出社拒否したくなるくらい恥ずかしい。孫引きしたか、読み間違えたか。明日登校拒否しようかな。
'What a beautiful belt you've got on!' Alice suddenly remarked.
(They had had quite enough of the subject of age, she thought: and if they really were to take turns in choosing subjects, it was her turn now.) 'At least,' she corrected herself on second thoughts, 'a beautiful cravat, I should have said?no, a belt, I mean?I beg your pardon!' she added in dismay, for Humpty Dumpty looked thoroughly offended, and she began to wish she hadn't chosen that subject. 'If I only knew,' she thought to herself, 'which was neck and which was waist!'
Evidently Humpty Dumpty was very angry, though he said nothing for a minute or two. When he DID speak again, it was in a deep growl.
'It is a?MOST?PROVOKING?thing,' he said at last, 'when a person doesn't know a cravat from a belt!'
'I know it's very ignorant of me,' Alice said, in so humble a tone that Humpty Dumpty relented.
'It's a cravat, child, and a beautiful one, as you say. It's a present from the White King and Queen. There now!'
'Is it really?' said Alice, quite pleased to find that she HAD chosen a good subject, after all.
'They gave it me,' Humpty Dumpty continued thoughtfully, as he crossed one knee over the other and clasped his hands round it, 'they gave it me?for an un-birthday present.'
'I beg your pardon?' Alice said with a puzzled air.
'I'm not offended,' said Humpty Dumpty.
'I mean, what IS an un-birthday present?'
'A present given when it isn't your birthday, of course.'
Alice considered a little. 'I like birthday presents best,' she said at last.
'You don't know what you're talking about!' cried Humpty Dumpty. 'How many days are there in a year?'
'Three hundred and sixty-five,' said Alice.
'And how many birthdays have you?'
'One.'
'And if you take one from three hundred and sixty-five, what remains?'
'Three hundred and sixty-four, of course.'
Humpty Dumpty looked doubtful. 'I'd rather see that done on paper,' he said.
Alice couldn't help smiling as she took out her memorandum-book, and worked the sum for him:
365
1
____
364
___
Humpty Dumpty took the book, and looked at it carefully. 'That seems to be done right?' he began.
'You're holding it upside down!' Alice interrupted.
'To be sure I was!' Humpty Dumpty said gaily, as she turned it round for him. 'I thought it looked a little queer. As I was saying, that SEEMS to be done right?though I haven't time to look it over thoroughly just now?and that shows that there are three hundred and sixty-four days when you might get un-birthday presents?'
'Certainly,' said Alice.
'And only ONE for birthday presents, you know. There's glory for you!'
'I don't know what you mean by "glory,"' Alice said.
Humpty Dumpty smiled contemptuously. 'Of course you don't?till I tell you. I meant "there's a nice knock-down argument for you!"'
'But "glory" doesn't mean "a nice knock-down argument,"' Alice objected.
'When I use a word,' Humpty Dumpty said in rather a scornful tone, 'it means just what I choose it to mean?neither more nor less.'
'The question is,' said Alice, 'whether you CAN make words mean so many different things.'
'The question is,' said Humpty Dumpty, 'which is to be master?that's all.'
Alice was too much puzzled to say anything, so after a minute Humpty Dumpty began again. 'They've a temper, some of them?particularly verbs, they're the proudest?adjectives you can do anything with, but not verbs?however,
これを読んでいて誰がどうしてハンプティーダンプティーのような通貨の番人を欲しがるんだい?
■非線形な世界
大野克嗣さんの本を薦められて、読んで大変面白かった。とりあえず頭を使わずにできる簡単な指摘だけしておく。
P.31
集合を物の集まりだと素朴に考えると、それらは、自分自身を含む集合(
であるような集合、たとえば、概念の集まりはまた概念である)とそうでない集合(
であるような集合)とに分類できるだろう。さて、
と定義した集合は意味があるだろうか?
とすると
。したがって、
となって矛盾。
ラッセルのパラドックスを避けるために標準的公理系(Zermelo-Frankel の公理系)では
が生じないように、'正則性の公理(foundation axiom)(FA)'というものを置く。この公理は与えられた集合が限りない'入れ籠構造'になっているのを禁止する。つまり、この集合がある要素から できていて、その要素はまた別の要素の集合とみなされ、そして、そして、と続くのがどこかで切れることを要求している(したがって
は禁じられる)。Moss は「数学的宇宙が段階的に空集合を基にして組み立てられていくという描像は、物理的世界が個々の粒子からできているとか社会が基本的には独立の個人からで きているという見方と関連している。この関連が数学における FA の本当の文化的意義なのである。」と述べる。
公理を加えることによって矛盾が生じないようになっているのは論外として、論理式と集合を混同しているようだ。
なるほど、矛盾している論理を扱うことはめったにない。その上、Universe が proper class とかいうことを論じているときに、論理式と集合の同一視をやると訳が分からなくなるのだな。素朴集合論では構わないのだろうが。
※コメント欄参照正則性公理と の同値証明は、正則性公理を知るとまずやることですね。
実を言うと、正則性公理と V = L (構成可能性公理)を混同しているように一瞬読めたのだが、こっちはたぶん気のせいだ。
原文はこれだった。
http://www.projecteuclid.org/DPubS?service=UI&version=1.0&verb=Display&handle=euclid.bams/1183555025
Before turning to the question of why anyone would want to assume AFA, we should first ask why it is so popular to assume FA. In the presence of the other axioms, FA gives us a clear picture of the universe of sets. We iterate the power set function along the ordinals to form a hierarchy of sets Va in the usual way. Then FA is equivalent to the statement that an object is a set iff it belongs to some Va. That is, every set belongs to the hierarchy obtained by iterating the power set operation along the class of ordinals. This axiom leads to a picture of the universe of sets as "created step-by-step from below." This picture of the mathematical universe as generated in stages from the empty set (or even from atoms) is related to the view that the physical world is built from indivisible particles, or that the social world is composed primarily of independent individuals. This connection is the real cultural significance of FA in mathematics. It connects us with a deeply rooted atomistic paradigm that occurs throughout science. Conversely, to deny the iterative conception is to challenge "common sense." There is nothing wrong with this--indeed, the challenge to this paradigm seems to be one of the most important intellectual stirrings of modern times.
P.61 図式が可換であることの定義が「どんなやり方で矢印にしたがって図形をたどっても結果に矛盾が生じないということ」だったりと数学用語には疎いようだ。
※筆者の方とやりとりをしたところ、どうやらこれは定義をしたつもりではなかったらしいです。なので取り下げます。(ただし、表現は変えるそうです。)
P.82 のつもりで、
と書いているようにみえる。
数理物理学の先生で知の欺瞞の翻訳者でもこのような間違い方をするのだから、理系ですらない人が無茶苦茶なのはあたりまえなのです。
では、ソーカル事件はただの間違いの指摘だったのか、というとそうではないと考える。
それについてはまた今度。
※大野さんの専門は数理物理学ではない、という指摘をいただきました。それと、このあたりは早めに上げたいと思った内容に引きずられていて、本来書くつもりだった筋からはずれるものなので取下げます。
■金太郎飴
http://kamuy.c.u-tokyo.ac.jp/~miki/pra.html
http://web.archive.org/web/20080611233837/kamuy.c.u-tokyo.ac.jp/~miki/pra.html
「後頭部のある金太郎飴は作れますかね。」
磁石ってある意味それ?
■オープンエンド取引
私とオープンエンド取引しませんか?
ヤバい
これめっちゃ良い
オファーは出してるのにビッドがこない
先輩はビッドが出てきたら即ユアーズ
リーブオーダー
私はファームは怖いからアンリファで
ないなーと思ったらラインフルですーと言ってしまえばいい
チェックは忘れずに!!
信託は荷が重い手
利益相反
再信託とかしちゃったら大変なことになりそうw
下らない話なのに
マーケット用語が使える&周りに会話内容を悟られない
便利ー
というような日記をとても気に入った。
コールオプションを1週間で行使するか決める契約だったのに、1ヶ月たってもオプションを握ったままだから、債務不履行で解除したいっていってたやつがいたぜ。
コールオプションを相手に渡すときには、満期日を短めに設定しましょうってことだね〜
■旅行
狭き門から引用してみると、
旅行がしたくないか。
――なんにもしたいことはない。いろいろな国があって、
それがみんな美しくって、
誰でも、そこへ行くことができるということを知るだけでたくさんだ。
たしか、ジェロームがアリサを回想するシーンだったかな。
アリサへの問いとその答えがこんなのでした。
これこそがこの話の象徴だなと思うのです。
これを読んだときに湧くこの感情ってなんて呼んでしょうね。
物理屋が似たようなことを言っている SF があって、
「わたしといっしょに行きませんか、ブランカ? マクロ球の中へ?」
ブランカは笑いながらいくつもの世界を泳ぎ、無数の可能性につつまれた。
「その気はないわ、孤児。それがなんになるの? わたしはもう、それを見てしまったのに」
研究対象として理解したなら実際に行く意味はないと言い切るこのずうずうしさ。
■ダークサイド
プログラマたちは人を殴る力が強いので、容易にダークサイドに堕ちるのです。
それで、人に対して負の感情を抱いた時には、何かコードを書きなさい、能力を破壊ではなく創造に使いなさい、といいます。
■投稿論文
たぶん、英語の投稿論文には五つの意味があるのです。
下にいくにつれて重要で、そして、いい論文誌になればなるほど、下のほうの比重が大きくなります。
・その学術的な内容を公開する。
・学位をとるときに業績に加える。
・就職希望先に研究履歴と興味を伝える。
・疎遠になっている友人に近況を報告する。
・婚約者の親御さんに英語が書けることを示す。
■ドーキンスとワトソン
リチャード・ドーキンスとエマ・ワトソンがそっくりだという話があったのだが、
http://www.reddit.com/r/reddit.com/comments/90dl7/emma_watson_richard_dawkins/
実はその写真は偽物らしい。
■二種類
http://d.hatena.ne.jp/hachi/20051127#c1133083002
一時期、
「世の中には2種類の人がいる。世の中の人は2種類に分けられると思っている人とそうでない人だ。」
というのを気に入っていました。
『そして、かくいう私はもちろん後者である』
と続けたいとコメントした方がいて、そりゃいいと思いました。
■ゼミ合宿
どうも文系ではゼミ合宿というものをやるらしいと最近知った。物理学科では考えられなかった。
そもそもゼミのサイズが二三人、多くて四人である。女性がフェルミ量子化されている(これは彼の言及禁止事項)。だいたい、物理は対象が対象だからどこでやっても一緒。
■ヒレカツのソース
ヒレカツを頼んだが、小鉢の中身がシチューのようであった。
食べ終わってから何かを聞く。
ヒレカツのソースだそうだ。
しかし、これは何の意味もない。
なぜならば、知りたいことは出てきたソースが意図された味であったのかであるからだ。
よって、確かめるにはもう一度頼むしかないか。
■神経細胞の光による制御
http://d.hatena.ne.jp/ddk50/20090914#c1252972166
http://saito-therapy.org/new_finding/lightsswitchneurons.htm
http://www.nytimes.com/2007/08/14/science/14brai.html?_r=1
光の照射で神経細胞のオンオフが制御できるというのに対して、電波で同じことができないか。
これはまさに生物物理。思いつきで書く。
電波ではできないというのは悪魔の証明でできないが、次の理由から極めて考えにくい。
電波[1]は光子のエネルギーが低い[2]ため、有機物の状態が変わるほどの反応が起きるとは考えにくい。
仮にそうであったとしても、生物は 300 K (摂氏30度)程度[3]であり、これは光の波長に直すと 50 ミクロン程度。
黒体放射[4]のピークが 10 ミクロン程度だから、これより長い電波は熱雑音で遷移してしまう。
一光子で受け取らないならアンテナのような共鳴構造を持つ必要があるけれども、神経細胞上でやるには小さすぎる上に中はぐちゃぐちゃすぎる[5]だろうなあ。
それにそもそも、20 ミクロン以上の遠赤外は大気に吸収されて真っ暗[6]だから生物が電波を受け取っているとは考えにくい。
これは遺伝子をスクリーニング[7]して得たものだから電波の受容体を探しても見つかるとは思えない。
あ、でもロレンチーニ器官[8]のように静電場感知は可能だから、神経細胞の時定数以上ゆっくり動く電波でものすごく強いものは検知できるかもしれない。いや、直流電流を見ているのだから空中では放電する程度に"ものすごく"強くないとだめだな。
-----
脚注がいりそう。
[1] 電波は光の一種。光を検知するためには、粒子としての性質か波としての性質のどちらかを使う。たとえば CCD は前者で、テレビアンテナは後者。
[2] 光は可視光、や赤外、電波の順に波長が長くなる。そしてそれにつれて、粒子としてのエネルギーが小さくなっていく。
[3] 温度とは、どの程度のエネルギーまでならばそこらへんにあるかという相場のようなもの。
[4] 黒体放射とは、理想的に黒い物体から温度に応じて光がでてくる現象で、太陽や地球、ストーブからの放射でも近似的に黒体放射とみなせる。
[5] たとえば、これは高真空低温のナノチューブラジオ。http://physics.berkeley.edu/research/zettl/projects/nanoradio/2007_Nanoletters_Nanotube_radio.pdf
[6] 大気の窓。
[7] 目的の遺伝子を探索する。
[8] サメの電流を感知する器官。
■インフレ防止
高三のころ、medievia というネットワークゲームをやっていたんだが経済的に極めてよくできていた。
金銭の入るのと出るのが制御されていて、インフレを防ぐような機構が随所にほどこされていた。
基本的にものが腐っていかない世界はダメだってことだと思った。
■鳩山論文
http://ci.nii.ac.jp/naid/110001186623
野球について飲み屋で話している感のある論文だけど、でもそれなりに数式や確率が扱えるということで好感が持てる > 首相の論文
■文学部の助教授
http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/fn/norettaJ.html
では、私が「馬鹿馬鹿しい」というのは、正確にはどういうことだろうか?ごく大ざっぱに二つの範疇に分類してみよう。一つ目は、無意味な主張や馬鹿げた意見、知ったかぶり、まがい物の教養をひけらかすことなどである。二つ目は、ずさんなものの考え方(sloppy thinking)と薄っぺらい哲学で、これら二つが軽薄な相対主義の形をとって同時に現れることが(いつもではないが)実に多い。
もしも量子力学やゲーデルの定理について論じたてて恥をかいている文学部の助教授あたりだけを相手にしているのなら、この一つ目の範疇はさして重要ではないだろう。けれども、大学の書籍部のカルチュラル・スタディーズのコーナーに占める割合で測る限りにおいては重要な知識人とみなされる人たちを相手にしている以上は、この点もはるかに大切になってくるのだ。たとえば、ジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリはカオス理論について次のように書いている。
個人的には、Ph.D を持っている、あるいは真を重んじる学科の出身者には手加減しないのが礼儀だと思っているんだけれども。
■官僚
http://www.geocities.jp/takashintou55/2009/2009Aug.html
長文ついでに官僚制についても言わしてもらう。 (完全に私見なので読み流してください。) 国一の募集要件に大学院卒業を加えたら良いんじゃないだろうか。正直、学部4年間で学ぶことってどれほどのもんよ?しかもその4年間のうち結構な時間が国一の試験対策勉強に使われているわけで、彼らは本当に政策や経済や法律のエキスパートなのかと思ってしまうわけです。 (理系文系の単純比較は良くないが、少なくとも理系では学部卒でエキスパートなんてありえない。) もちろんその分給料は上げれば良いと思う。特殊なスキルを持つ人をそれなりの待遇で迎えることは当然だし、志気を挙げることにもつながる。中途半端な能力で日本の未来を決められても困る。個人的には微分方程式や確率過程論もわからない人に日本の経済を担ってほしくない。被選挙権が25歳だったり、30歳だったりするんだから、国一も24歳以上あるいは27歳以上を要求しても問題ないんじゃないかな。
微分方程式は未来を見る道具だから欲しいよね。ただ、なんか、最近、官僚ってそんなに能力いらないんじゃないかと思い始めています。
■韓国はなぜ発展したか
http://d.hatena.ne.jp/qqqlxl/20090823/p2
日本は朝鮮戦争でした。
戦後戦争を利用せずに途上国から先進国へプロモーションした国はどこでしょう。
韓国かなぁ。
それに対して私。
韓国にもベトナム戦争の恩恵があったと聞いたことがあるけれども、どこまで本当かは分らん。
正直、この辺のネット情報は、n次文献の再生産が多すぎて、日本語情報は全く当てにならない。
"Miracle on the Han River" "Vietnam War" を結びつける英語の文献はざっと探したところ全くない。
連投失礼。
上の投稿は、単純に奇跡と戦争を結びつけている文献が見つからないといっているだけで、発展に対する戦争の寄与がない何らかの証拠があるといっているわけではない。
1992年1月「韓国経済へのベトナム戦争の影響――韓国における「NIEs的発展」の基礎形成」三田学会雑誌 (佐野孝治)
http://www.econ.fukushima-u.ac.jp/xoops/modules/news/article.php?storyid=78
「韓国の経済発展とベトナム戦争」(朴 根好)
査読なさそうだけども、両方大学にあるようだから一ヶ月以内に見てくる。
http://www.soc.hit-u.ac.jp/research/thesis/doctor/?choice=summary&thesisID=144
博論が通る程度のテーマではあるらしいから発展と戦争は関係ありそう。
けれども、漢江の奇跡をベトナム戦争と絡めるのは用語の使い方を間違えているのかな。
いや、もっと僕のレベルの低い話でして、戦後の韓国史はさっぱりなので、発展時期に戦争があったからといって恩恵があった(あるいは利用した)といえるのか、がちょいと分らなかった。
戦争により疲弊したというのはよくあるわけじゃない。
で、調べだしたら英語の文献だと、"Miracle on the Han River" は政治的資本的な側面についてでベトナム戦争についての言及がない感じだった。
あれ、と思いながらもうちょっと探したら、経済発展とベトナム戦争については資料がでてくる。
ではなぜ、奇跡と戦争の関係では出てこないんだとなると、「単に高度経済成長の事実を指す」のが怪しいのではないか、という可能性が高いと考えた。
財政投融資とか聞くとぞくぞくするね。
まず、「韓国経済へのベトナム戦争の影響」と「韓国の経済発展とベトナム戦争」は博士課程の学生が書いた論文と博士論文であった。
「韓国経済へのベトナム戦争の影響」(三田学会雑誌)の要約
はじめにの後半
ベトナム戦争の時期は、第1次および第2次経済開発5カ年計画の時期と対応しているためか、渡辺利夫氏を中心に韓国の経済発展の理由として、「輸入代替政 策」から「輸出志向政策」へといち早く転換したことを強調する論者が多く、ベトナム戦争の影響はほとんど無視されている。従来、このベトナム戦争の経済的 影響に関しては文献が少なく、しかも古い文献がほとんどである。特に最近の韓国経済論には「ベトナム戦争」の文字すらないものが多い。
しかし、韓国の経済発展が、単に政策だけの問題ではなく、ベトナム戦争という特殊な歴史的状況の下で可能になったことに注意するべきである。日韓国交回復 と並んでベトナム戦争との関連を抜きにして、この時期を分析することはできないし、70年代以降の経済成長も理解できない。韓国におけるいわゆる 「Nies 的発展」の基礎を形成し、工業化を軌道に乗せたもの、それがこのベトナム戦争に伴う、特需と経済援助および輸出の持続的拡大なのである。
もちろん、韓国の経済成長が成長によるものだと主張して、意図的に「明るい」韓国像に泥を塗るつもりはまったくない。ただ、客観的にベトナム戦争の影響を 分析し位置付けることによってのみ、本来の韓国像を見つけることができるのだと考える。「ベトナム戦争と韓国」を問うことは、言うまでもなく「朝鮮戦争と 日本」、「ベトナム戦争と日本」を自らに問うことであり、さらには他民族を支配してきた自らの歴史を見つめ直すことなのである。
1950年代における李承晩政権下の韓国経済は、主にアメリカの援助と国家による農民収奪に依存した「援助依存型経済」と特徴づけられている。
50年代末に行き詰まり。
- 国内市場の狭隘性と援助物資配定を巡る生産拡大競争のために過剰生産に
- ドル防衛のため、対韓援助が削減され借款に
端的な現れが、不正蓄財問題と農漁村高利債問題
- 農漁村高利債整理令
- 不正蓄財処理要綱
- 不正蓄財処理法
- 不正蓄財還収のための会社設立臨時特例法
によって不正蓄財を工業化投資に。
第1次経済開発5カ年計画(1962年?)
課題は
- 国民経済の構造的不均衡の是正
- 基幹産業の拡充と社会間接資本の充足
- 国際収支の改善
国内政策
外資導入および輸出促進
- 外資導入政策
- 外国為替制度の整備
- 輸出支援制度の整備
結果
3年目に下方修正
失敗理由
ベトナム派兵の動機
- 表向きは「反共アジアの結束を強化し、友邦諸国の恩恵に報いる」
- アメリカとしては「ベトナム戦争の国際化を図る」
- 朴政権はアメリカに忠実で韓国軍の統帥権はアメリカ軍が直接掌握していた
- アジア最大の兵力
- 安上がり
- 派兵反対の政治的勢力が相対的に弱い
- 在韓米軍のベトナムへの転用は米韓安保体制を大幅に弱化させ、米国の対韓軍事公約の信頼性を著しく低下させるだけでなく、朝鮮半島における戦争抑止構造 に重大な影響を及ぼすものと考えられた。
- 軍事的経済的アメリカへの依存
- アメリカの信任と支援による朴政権の政治的利益(クーデターによって政権を奪取したので大統領選・国会議員選挙に大きな影響)
- 軍事力の増強と安全保障体制の強化を図る
- 経済的利益
特需の増大
韓国経済における特需の比重
輸出総額に対する特需の比率は70.6%(67年)
経済援助
- アメリカの援助と借款
- 対日請求権資金
ちゃんと計算していないけれども、ぱっとみ、だいたい5?10%が請求権で2割強が日本からの借款。
技術導入および資本財の輸入による設備投資の拡大
- 設備投資の拡大
- 技術導入および資本財の輸入
- 輸入支援策の整備
輸出の持続的拡大
ベトナム派兵後の好循環
"特需収入の増大、援助・外資導入、輸出の拡大"が"外貨獲得の増大"をうみ、それが"輸入能力を拡大"させ、"経済援助"や"工業化促進政策"とあい まって、"資本財・中間材の輸入の増大"へとつながり、"外国技術の導入"もあり"設備投資の拡大"が行われ、"生産拡大生産性向上"し、"輸出支援政 策"と"低賃金労働力"の助けで"輸出競争力の強化"がおき、それは"ベトナム戦争による世界的景気拡大"のもとで"輸出の拡大"をもたらす、という好循 環ができた。
その後、特需は70年以降はそれほど大きな比重を占めていない。外貨獲得源は輸出や外資導入に譲っていった。
- 呼び水的役割を果たした
- 韓国経済力の国際的信用を得るきっかけ
- 財閥の基礎の形成
- 建設業者の海外進出
- 国内建設軍納がインフラストラクチュア投資となり産業基盤の強化に
- 用役軍納が失業問題の改善とともに技術や経験などの蓄積に役立ち、70年代の重化学工業化に寄与
問題点
- 生産材生産部門の未発達
- 外資導入の審査が十分でないことにより銀行管理下におかれる不実企業の続出(政府や銀行が借款返済を保証していた)
- 所得格差が拡大する傾向にあり、国内消費需要拡大に限界
要約終了
もう一冊の方の「韓国の経済発展とベトナム戦争」を読んで、だいたい状況がわかった。
これまで、韓国の高度経済成長の要因について、さまざまな角度から検討されてきた。そして、snip よく取り上げられてきたのが、ガーシェンクロン・モデルを基礎にした「後発性利益」という見解である。日本の著名な開発経済学者渡辺利夫氏は、韓国の高度経済成長要因として、韓国には、後発性利益を内部化するための社会的能力、すなわち、政府の政策転換能力、起業家の経営能力などが存在していることをあげている。つまり、氏の見解は、内的要因を強調するものであり、これが韓国の経済発展の重要な一面を説明していることは事実である。内的要因を強調した点において、渡辺氏の見解が果たした役割はきわめて高いといってよかろう。snip いくつかの問題点がないとは言い切れない。snip 六〇年代前半は低成長であったのに、なぜ六〇年代後半は高度経済成長を成し遂げたのかが、必ずしも解明されていない。snip 政策にとって有利な国際経済環境、すなわり世界市場の急速な拡大によって輸出市場を保障されたこと、ならびに、先進国からの豊富な外国資本と技術の導入が可能であったことなどが欠落している。
また、高度経済成長要因として、snip 儒教精神の影響をあげる見解もある。その根拠として、つぎの二つがよく指摘されている。(一)教育水準の高さとそれがもたらす労働力の良質性、(二)勤勉、その代表的指標として論じられる長時間労働が、それである。
snip
このように、教育水準が高く、労働時間が長いのは、韓国だけでなく、ASEAN 地域においても見られるものであり、その意味で経済発展と教育および儒教文化とを直結するというのは問題があると思われる。
また、韓国の高度経済成長が、米国と日本との関係を抜きにしては考えられないとして、国際経済環境が有利に作用したことを重視する見解がある。加工貿易型構造、すなわち「成長のトライアングル」がよくあげられている。これについては、多くの論者の一致した見解であるといってよかろう。
渡辺利夫氏と同様「圧縮経済」の見解をもつ趙淳氏によると、豊富な労働力の存在、教育水準の高さ、政府の経済発展促進政策だけでは、韓国の「圧縮成長」を説明することはできず、それ以上に国際経済環境が韓国に有利に作用したことを指摘するとともに、加工貿易型構造を高度経済成長の要因としてあげている。しかし、時期的になぜ六〇年代後半以降になってそれが突如として登場してきたのか、なぜそのような構造になったかが、必ずしも解明されていない。
本書では、これらの諸要因を排除するというわけではなく、むしろ、様々な要因が重なって高度経済成長が成し遂げられたと思われるので、それを補おうとするのが目的である。したがって、六〇年代の経済発展が、ベトナム戦争という特殊な歴史状況のもとで可能になったというところに目をむけて分析してみたい。韓国のベトナム参戦が、ベトナム特需とその見返りを呼び、これがいわば呼び水となって、韓国の工業化を促進するのに寄与した役割を重視するのである。
経済発展へのベトナム戦争の影響に触れている文献は、「戦後日本資本主義と「東アジア経済圏」」小林英夫と「韓国経済へのベトナム戦争の影響」佐野孝治があげられる。
この本の内容は
そこで、本書では、ベトナム特需の実態把握に絞り込むのはもちろんのこと、ベトナム経済活動収益、ベトナム参戦の見返りなどが韓国の工業化、とくに、輸出の拡大、外資と技術導入、強力な政府の台頭、新興財閥の形成などに、いかなる影響を及ぼしたかを考察してみたい。
こんなかんじ。
だから、妙な言い方だけれども、博士論文をとれるくらい真っ当なテーマではあるらしいが、だが現在でも博士論文のテーマになる程度に枯れていないことから韓国経済発展の原因の主眼ではないようだ。
30+200ページくらいだからそんなに大変じゃなかった。
式のない本だしね。
おそらく、戦争では極めてよい条件がそろうことになるのだろうね。
そして、外貨獲得手段としても極めて良質である、ともいえそうだ。
これは思いつきだけれども、
- 長期的に取引が継続されることが保証されて、長期的な成長戦略が容易に立てられるようになること
- 取引の信頼を副次的に得られること
というのは同じ額の外貨獲得でも他の手段では得がたいだろう。
たとえば、100兆円が大きな額だといっても1億人で割れば100万円にしかならんわけで、それを元手に何かしろといわれても難しいだろうと。
乗数効果を示す前提として失業者がある程度いるモデルを採るのと同様に、戦争遂行のときには途上部分を発展させて使うというのが最も効率的だろうから、
- 一時的に先進国の内側とみなされて技術導入が進む
というのも重要だろう。
ただ、代替の利く外的要因のひとつでありクリティカルなものではないというのは確かなようだね。
ベトナム戦争は65年からで、70年以降はそれほど大きな比重を占めていない、というのだから、わずか5年あれば呼び水として十分というのも驚きかなあ。
それと、対日請求権も日米安保の一環として行われたものに、今後の請求破棄を約束させるために名前をつけただけに思える。戦後20年経っていたのと米国の 援助がちょうど減っているわけだから。このあたりも興味深いね。
冷戦当時の空気を理解するには、どうしても相当量の本を読まねばならないようだね。
■副作用
Haskell に副作用はあるのか。
http://d.hatena.ne.jp/kazu-yamamoto/20100607/1275872735
twitter で @ainsophyao さんがこう言っていました。
副作用については、 a=f(x);b=f(x);g(a); というプログラムと a=f(x);b=f(x);g(b); というプログラムが異なるものになりうるか、を定義とすればいいと思う。
私もこの定義はよいと思います。
そしてその続きとして、
そして、Haskell では異なる値になることを ST を使って示します。本当は IO を使いたかったのですが、Haskell 自体では runIO main と書けないので、議論の対象に実行器を含んでいるのか曖昧になり議論が噛み合ないことが多かったのでやめておきます。
念のため書きますが、僕は実行器を含めて議論しています。実行しなくていいのなら、たとえば C の printf("Hello\n") だって、出力はしないので、副作用はないですからね。
とあった。私が思うことは以下。
完全に出遅れましたが、sumii さんと同じで do 記法は糖衣構文でしかない、ということです。
参照透過性という意味での副作用でしたら、参照透過性は「式」の持つ性質なので、文と式の区別をしなくてはいけません。do 記法は全部合わせて一つの式あるいはその一部ですから、そのなかで順序を変えても参照透過性がないことを示しません。
式の中で、順序を変えたら結果が変わるというのは、非可換な演算子が存在する、といっているだけです。
C 言語の printf は、エラーがでると負の数を返すという意味で参照透過性がありません。
参照透過性の問題ではなく、I/O に対しての話ならば、C 言語は高級アセンブリですので、printf は内部にバッファーがあって、そこの状態まで含めて副作用といいたいのでしょう。これはどこまでをその言語とするか、という話だと思います。
エラー処理をしないような C の printf があり他の関数との兼ね合いがなければこれも参照透過性がある、と言っていいと思います。
そのプログラムあるいは関数を繰り返し実行するとメモリーの状態が変化することは起きていますが、それは当然なので副作用とわざわざ呼ぶ理由はどこにもないような。あるいは入出力機能があることを副作用とわざわざ呼ぶのもあまり意味がないと思いませんか。
それと、もしも、IO は命令であるというならば、たとえば、IO (IO a) はどのように解釈するんでしょうか。命令なのか命令書なのかという議論ならば、命令型言語の考え方に影響されて命令と考えるよりは、命令書とするほうがはるかに分かりやすいと思いますよ。
ると
確かにHaskellにおいてerrorに渡したメッセージがコンソールに表示されたとしても参照透過性に影響を与えないという意味で純粋な出力が参照透過性に影響を与えないというのはよいと思います。
しかしprintfの場合は出力した値をfreadで読めるので、単に出力しかしない場合はprintfが参照透過であるというのは、ferrorの値を変える場合は参照透過性を崩すというのと整合しないのではないでしょうか。
nuc
こんばんは、少々分かりにくかったと思うのですが、「他の関数との兼ね合いがなければ」と書いているのは、それを想定しておりました。当然 fread その他の関数なんて存在もしない C の subset において printf の代わりに void を返す同名の関数 void printf(const char *,...) があり、それはグローバル変数を一切いじらない。
そのような、C' においては、printf が IO しようとも参照透過性がある、という意図でした。これは副作用がないといってもいいんじゃないでしょうか。
おそらく同じことを考えていると思います。
ると
なるほど、そのような前提を置けば確かにそうですね。
ところでこの話をあの議論 ( http://d.hatena.ne.jp/kazu-yamamoto/20100607/1275872735 )の中で出した意図は何だったのでしょうか。
あの場においてprintfは「副作用があるCの関数の例」として出されていただけで、他の「ファイルを開いて変更して変更後の内容を返す関数」でもkazu-yamamoto氏の主張に違いは無かったように思えます。
あの話の中では0の「式の中で、順序を変えたら結果が変わるというのは、非可換な演算子が存在する、といっているだけ」と5のIO(IOa)の話だけで充分なのではないでしょうか。
nuc
まず、私が @ainsophyao と同一だというのはよいですか。あ、先方にもコメントしたつもりになっていた。
なるほど、いろいろな副作用の定義はあるでしょう。
で、厳密には一致していないでしょう。
そして、どれをとるかはっきりするならどれをとっても構わないでしょう。
ただ、少々戯画的な表現ですが、kazu-yamamoto さんの副作用の定義は「命令型言語に似ていること」でしかないのです。
なので、ST のコードは、見かけが命令型に似ているとか、実装レベルまで入ってみたら似ているとか、というような返事になっていて、つまり、どこの話をしているかがよくわかりません。
「副作用のない State で等価なコードが実装できるのだから副作用はない」という msakai さんの発言と噛みあっていないのです。msakai さんは「外部から観察される言語としての性質」についての話をしているようです。
ぴらぴらさんは「コードを誰かが読んだり書いたりしている。これを副作用といわずになんといおうか。 」http://twitter.com/pirapira/status/15563812428
と言っておりましたが、この関係だと思います。
sumii さんは「そういう主張(不正確だけど命令型言語プログラマへの入門的説明としてはわかりやすい)でしたら、それはそれで筋が通っているので、あとは(誤解がないよう、便宜的説明であることを明示さえすれば)個人の好みの問題だと思います。」
多くの人が気にしたのは、そんな曖昧な定義で教えると訳が分からなくならないかということだと思います。
printf を使ったのは例として挙がっていた以上の理由はありませんが、この部分の到着点は以下です。
「printf が副作用のある C の関数の代表として扱われている、なぜならば入出力があるからだ」と表現するのは、前提として「ncurses とか conio とかがあり、入出力をすれば他の関数の返り値に当然に影響を与える」ということが隠れているのではないか。だから、「入出力や破壊的代入」と「他の関数の返り値を変える」はほぼ同じなのです。
それならば、C 言語での副作用概念をほとんど変えずに、言語の内部だけで整合した定義ができますよね。
数学ではこういうふうな定義の拡張はちょくちょく見る気がします。
ると
ああ、なるほど、あの記事の前の部分( http://d.hatena.ne.jp/kazu-yamamoto/20091214/1260774669 )についての言及なのですね。それなら納得しました。
nuc
特にそこというわけではないのですが、なんかやってるなあと遠距離で見ていたつもりが、流矢が飛んできて当事者になった感じです。
要するに、そもそも違和感のある定義をしているのが違和感の原因だと思うので、定義の方を少し動かして違和感を解決しようと思った、というところでしょうか。
ああ、それとシュレディンガーの猫は「見方によって変わる」なんていう生易しい話じゃないと思うんですがね。
標準モデル
>たとえば、概念の集まりはまた概念である
これに関しては、対象領域の部分集合を「述語」とか「概念」と呼んで同一視するような用語法も無い訳ではないのでかなり微妙だと思います。言語論的転回以前ですが、例えばFregeなどはそういう使い方をしていたような。二階述語論理でも実質的に同じことをやっています。それはともかく、
>正則性公理と¬a∈aの同値証明は、正則性公理を知るとまずやることですね。
「∀n∈ω a(n+1)∈a(n)となるような無限列{a(n)}は存在しないこと」と正則性との同値性なら良く教科書に書いてありますが、∀a ¬a∈aのみから正則性公理を証明した本は寡聞にして知りません。仮に可能だとしてもあまり容易ではないように思います。
書き間違いではありませんか?
nuc
あ、これはひどいですね。
半年以上前に書いた文章を、眠らせておいても埒があかないと思ったので、掘り出してきて、最後の三行をつけたして、公開しました。本来は、ソーカル事件に流れ込む予定はなかったはずなのですが。
ざっとみたら「正則性公理とa∈aが同値」となっていたので、¬をつけるという雑なことをしていました。
過去の自分の意図は分かりませんが、同値のつもりでなかったか、
「∀n∈ω a(n+1)∈a(n)となるような無限列{a(n)}は存在しないこと」
か
「∀n < N a(n)∈a(n+1) かつ a(N) < a(0) となるような列{a(n)}は存在しないこと」
あたりが混ざったのでしょう。
間違いを指摘する時には特に気をつけないといけませんね。
それはそうと、「概念の集まりはまた概念」に物言いがつくというのは面白いですね。
2010-06-01
■The Economist の記事
http://mezaki.blogspot.com/2010/05/blog-post.html
この件については、日本でほとんど取り上げられていなく、日本語の情報がほとんどないので日本語での情報がほとんど手に入らないみたい。
http://www.economist.com/world/asia/displaystory.cfm?story_id=16113280
の翻訳が
http://anond.hatelabo.jp/20100601120843
にあったのだがなんか変な気がしたので翻訳を直してみた。
日本の移民政策
国家の用心棒
2010年5月13日東京 The Economist 印刷版より
警察による身柄確保中の不審死
東京<->カイロ間を飛ぶ、エジプト航空 MS965 の客実乗務員がアブバカール・アウドゥ・スラジュさんの搭乗を見たとき、彼はすでに意識不明であった。その直後、彼は死んだ。日本に不法残留していたガーナ人であるスラジュさんは3/22に強制送還された。このとき、拘束のために手錠をかけてタオルで猿ぐつわをし背後で縛った状態で飛行機に強制的に乗せられた。死体解剖の結果、死亡原因は特定されませんでしたが、彼の妻は遺体の顔に傷を複数見ている。三日後、入国管理局の職員はこう認めた。「我々が行ったことについて残念に思う。」
彼が死んだことによって、物議を醸している日本の移民政策は、ますます注目を集めた。日本は長い間移民を避けてきた。最近は、その傾向がますます強まっている。日本に生まれた子供たちがいる親でさえ、引き離して拘束し、国外退去処分にしている。ビザが切れたが在留したい人たちのために作られた特別在留許可(SRP)が得られそうな人も申請が拒否されている。日本の移民支援団体であるAPFS(ASIAN PEOPLE'S FRIENDSHIP SOCIETY)によると、強制送還がますます頻繁になり手荒くなってきているという。たくさんの不法滞在者が拘留されている日本の入国管理局は特に批難にさらされている。今年だけでも、二人が自殺を企て、一人は虐待を世間に訴え、七十人がよりよい扱いを求めてハンガーストライキを行った。
人口一億二千八百万人の日本では二百万人程度の外国人が合法的に暮らしている。法務省は一月に9万1778人の不法滞在者がいるとした。しかし、この数は、安価な労働力としての中国人労働者のためにもっと多いだろう。英国の移民の人権に関する特派員であるジョージ・ブスタマンテは、先月9日間の日本での調査の結果、合法不法を問わず日本での移民は「人種差別と搾取、それに司法と警察による人権無視の傾向」に直面しているという。
特別在留許可はこの一例だ。有資格者の基準は決まっていない。代わりに、ガイドラインが恣意的に運用されている。そして、特別在留許可を直接求めることはできない。不法滞在者は身柄拘束中に一度だけ許可を求めることができる。それか、警察に自首し、国外退去の手続きの間に特別在留許可がでるかの運試しをすることになる。だから、大半の不法滞在者は口をつぐんでいる。スラジュさんもビザの期限切れで逮捕されたあと、特別在留許可を得られなかった。彼は22年間も日本に住み、日本語を流暢に話し、日本人と結婚していたというのに、特別在留許可は得られなかった。
「なぜ、より厳しい基準に今するのか」スラジュさんの妻を支援している弁護士のコダマ・コウイチは、移民改革支持者である千葉景子法相が昨年任命されたことに伴うものだと信じている。保守派による締め付けであると。警察は、スラジュさんの死亡時に拘束していた入国審査官10人と事件について調査しているが、告訴は一切なされていない。亡きスラジュさんの妻は、夫の死に関する詳細も公式な謝罪も受けていない。この話題は日本社会が避ける話題であろう。報道機関はほとんど報道をしていない。ただ、妻の名前がインターネット上に出たとき、妻の働いていた企業の名前を穢す可能性があるとして彼女は解雇された。
■Perl
twitter で Japan Perl Association の CEO とお話をしたメモ。ainsophyao が私。
a「perl は黒魔術。reverse($i) eq $i だけで言語として恣意的なスカラーコンテキストだとか自動変換だとか、とても奥が深い症候群。生物屋のような素人にはお薦め出来ない。」http://twitter.com/ainsophyao/status/11146736285
l「eq は 文字列の比較だからどちらにしろおかしいんじゃないかな RT @ainsophyao: perl は黒魔術。reverse($i) eq $i だけで言語として恣意的なスカラーコンテキストだとか自動変換だとか、とても奥が深い症候群。生物屋のような素人にはお薦め出来ない。」http://twitter.com/lestrrat/status/11147349751
a「いえ、$iは数値で eq で正しいです。玄人が one-liner を書き捨てるための言語ですから。RT @lestrrat eq は 文字列の比較だからどちらにしろおかしいんじゃないかな RT @ainsophyao: perl は黒魔術。reverse($i) eq $i(略」http://twitter.com/ainsophyao/status/11188064051
l「@ainsophyao reverseは文字列を反転させるものではないことはわかっているんですよね?そこだけが不思議だったので。」http://twitter.com/lestrrat/status/11194705241
a「perldoc @lestrrat In scalar context, concatenates the elements of LIST and returns a string value with all characters in the opposite order.」http://twitter.com/ainsophyao/status/11210815513
a「ようするに、あの一行でかなり複雑なことが起きているのです。scalar list array hash reference の違いが分かっていないと読めないような。 @lestrrat http://perldoc.perl.org/functions/reverse.html」http://twitter.com/ainsophyao/status/11211619301
a「. @lestrrat 念のため、これだけ通じていればよいのですが、'print reverse(100,200);' => 200100 で 'print scalar reverse(100,200);' => 002001 なのはいいですよね。」http://twitter.com/ainsophyao/status/11307601240
少しおいてから
a「そうそう。以下が間違いなのは分かりました? JPA が間違うと影響大きいので念のため。cf perl cookbook RT @lestrrat : @ainsophyao reverseは文字列を反転させるものではないことはわかっているんですよね?そこだけが不思議だったので。」http://twitter.com/ainsophyao/status/11829162795
l「@ainsophyao うん、たしかにscalar reverseはびっくりしたけど、Perlを10年以上使っていて文字列を反転するためにreverseなんて使わないしみないので、やっぱり scalar reverse $fooはそもそも用途がおかしいと思うのはかわりませんね。」http://twitter.com/lestrrat/status/11847627003
l「@ainsophyao 僕の答えはやはり「それを使う状況がおかしい」です。」http://twitter.com/lestrrat/status/11847656706
a「. @lestrrat 用途がどうおかしいのでしょう。一般性なら、クックブックのレシピ1.6の内容は、まさにこれです。らくだ本にもあるし。動機なら、生物系なら文字列を逆順にするのは自然です。まあ、WEB ではあまり使わないかもしれないですね。」http://twitter.com/ainsophyao/status/11941618810
l「@ainsophyao あー。DNAシーケンスとかかぁ。そりゃ使いますわな。 」http://twitter.com/lestrrat/status/11958534571
ようするに、Perl についてはこういう事だと思っている。
「Perl は Hacker の Write Only の十徳ナイフとして使うのが正統な使い方だろう。常に手元に欲しいが、これだけで料理をするのは筋が悪い。他の言語をいくつか知らないと、この特徴的な強みは生かせない。」http://twitter.com/ainsophyao/status/11892131199
Perl は文法が複雑すぎる。使い慣れている人が何かをするのにはよい。しかし、WEB 屋は WEB 屋の使い方を、バイオ屋はバイオ屋の使い方を、ハッカーはハッカーの使い方をしている結果、言語のコミニティ内部に複数の文化が生まれて意思疎通ができなくなっている。
2009-10-15
こんにちは。ここは更新したことが人の日記になる日記です。
これは高校の卒業文集に書いた文章の一部です。鑑賞に耐えるかは怪しいですが懐かしいので公開します。ちょっとしたら通常な日記投稿もするつもりです。
■事後予言
あれは、中学校に上がる少し前のことだったか。なにぶん、だいぶ前のことなのではっきりとは思いだせない。あやふやな記憶をたどっているから、どうも、あとから創作されたり改竄されたりしているかもしれないと思うところもある。仮にこの話を相互作用と変容とでも名付けておこう。
相互作用と変容
ある、嵐の晩に、カンテラをもって階段を上がるという幻を見た。風によって炎が揺らめき今にも消えそうだった。階段を上がってみるとそこに大きな老人が立っていた。今、思い返すとそう大きくなかったのかもしれない。しかし、僕は小さかったからか非常に大きく思えた。古びた帽子を深くかぶっていたために顔はよく見えなかった。ただ、そして彼のもつ雰囲気に覚えがあった。老人は、君と会うのはなんどめだろうか、といったことを聞いてきたと記憶している。そのとき、たしか、会ったことはない、会ったと思っているだけだ、と答えた気がする。その時、ふっと、熱を出すと、ある夢によくうなされた、その夢を思い出した。なんと表現すればいいのだろうか。非常に抽象的で表現しづらい夢だった。点が走り、平行線が交わらないことを、直線が平面を埋め尽くせないことを、とでも言ったらいいだろうか、純粋な恐怖と苦痛とともに感じた。何度もその夢をみているうちに、僕はこういう結論を下した。あれは無限の目であろうと。無限の目を覗き込んだからあれほどの恐怖を感じたのであろうと。そして、そのとき少しでも無限を手懐けたいと思った。いつしか、高熱を出すことが少なくなるにつれて、その夢もあまり見なくなり忘れていった。しかし、「会ったと思っているだけだ」の一言でその恐怖と苦痛がゆっくりと甦ってきた。
ゆっくりと時空間が歪みはじめた気がした。あちらに過去があり、向こうに未来がある。そしてここで現在として交わっている。もしも、どちらにも無限にのびているならば、あちらの先はこちらにつながり、どうしてまたここに戻ってこないといえようか。その時に、またまったく同じように繰り返したいといえるような人生を送ってきただろうか。
老人は、ふらふらと倒れこみそうな僕を見て、こう言った。「一瞬のために全体を引き換えにしても良いと思えるような一瞬があれば、というのが、欲しがっている解答かな。」さまざまな大きさの円が周りを充填している。どの場所も通るが、それでいてどの円も交わらない。そのようなものが一瞬感じられると、突然周りの濃度の薄まったように急激に、とでも表現すればいいだろうか、また元のように世界は見える。「何を考えているかというのは、手に取るようにわかるものだよ。何を見ているか分かっていない者の考えていることは。」頭が少しでもはっきりするように姿勢を正しながら言い返した。「少しはわかっているつもりです。たとえば、おじいさんは実はこの火を吹き消そうとしている外の嵐であるとか。」知りもしないことを言わされた、と僕は思った。
老人は答えた。「別に消そうとしているわけではない。風もかえって燃え上がらせることもあるのだよ。」彼はゆっくりと手をカンテラに近づけた。火が身をよじるかのように逃げ、ガラスの覆いなどないかのように炎が踊り、びくっとして一歩身を引くと、炎の一部が床に落ちると突然燃え上がった。「このようにね。」するとどこからか声がした。「さぁ。消えてしまうことのほうがありえたと思いますよ。」声は炎からでているようだった。老人は驚いたかのようだった。「おや、人の言葉を話すのか。」「私が歌う炎であることくらいご存知でしょう。ご冗談を。あなたは、善でもなく悪でもないのだから、この家のことはすべてをご存知だ。私たちは似ていない。あなたを会得することはできませんから。」
僕は少し考えて、この家のことで知らないことがあれば、善であるかまたは悪である、というのは奇妙だと思った。そして、結局この家全体が、あるものの善悪を決めていて、たとえ、あらゆる部分の性質がわかっても、結局全体はみえないのじゃないだろうか。一部分をいじると、全体が変わってくる。ふっと、こんがらがったグラフとそこのなかの特異な一点が見えた。全体は部分の寄せ集めじゃないのか。このようなことを考えていると、もう飛ぶための翼がないのだなと感じた。
同じことを思ったらしく「なぜ自分の羽をもぐようなことをするのか。」と炎は聞いてきた。
「羽蟻は、一度飛べばその翅を落とします。時がくれば、また飛び立とうとするつもりです。そしてその時に羽がなかったら、それはそれでいい。まだ何かに一生を捧げる決意はないから。」老人は少し笑い、「それはどうだろう」といった。
その後ははっきりとは覚えてないが、老人も炎もどこかに行ってしまったことに気がついた。老人に手を伸ばして触れようとしたら灰のようになって、灰は風に流されて炎に呑まれた。炎は、突然膨らむと消えた。そのような記憶がぼんやりとある。
気がつくと、階段の最後の段をまさに上ろうとしていた。
玄関の外に誰かいるような気がして、急いで階段を駆け下り、ドアを開けようとした。ドアは崩れ落ちた。そうそう、これは玄関ではないんだ、だってこの家からは出られないのだから、と納得して、誰かを探すために、ドアの跡に現れた穴を降りることにした。梯子を降りると、大きな扉があった。なかなかに重い扉であったが、それでもそれを開けてみた。扉はゆっくりと開き、冷たく硬いといったらいいだろうか、強い拒絶を感じさせる部屋の空気が流れ出てくる。少し待つと、徐々に体温で部屋の空気が溶け、自分の感覚となじんでゆき、意識されない空気へと戻る。いってみれば、少し高めに調律されているピアノが、聞いていると違和感を失う感じ。そうなってから一歩踏み込み部屋に入った。広くはないが、部屋は多くのもので散らかっている。なんとなく論理的からもっとも遠いところだろうと思った。
何かがここに隠れているかと思って見るが何もいなかった。
カンテラの火がつぶやいた。「そりゃそうさ。わざわざここを探したのは勇気があったからではなくて、さっきまでいた二階を探すだけの勇気がなかったからなのだよ。」気がつかぬうちにそのような判断を下していたことに少し怖くなった。
どさっという音がしたので急いで二階へ上がってみると開け放たれた窓から黒い影が嵐のなかへ消えていくのが見えた。その時に、おそらくあの影は多くのものにまとわりつき、そして、それを捕まえるのには何年もかかるのだろうと感じた。
2009-06-25
これは 6/23 の前半部ですが、量が多すぎたために 6/25 へ移動しました。
■数字の7
もう2年以上前か。
海外暮らしが長かった子に数学を教える機会があった。
その子が数字の7を書いたときになんともいえない懐かしい気持ちになった。
日本では7を書くときに1と区別をするためか左上に点をつけるが、海外では縦棒の中央に点をつける流儀もある。
その子の書いた7は中央に点があったのだ。
私はアトランタから日本に帰ってきたのち、これを直されたことが一度だけあったことをはっきりと覚えている。
指摘しようか少し迷った後に、分かっている人が伝えたほうがよいだろうと思いそうした。
本人も知っていたようで Oops といいながら直していた。
今後も偏狭な考えとの摩擦を繰り返しながら、この子も少しずつ削れていくのだろう。
人は日本人に産まれるのではない。日本人になるのだ。
■あやとり
かばんに放り込んだイヤホンをひっぱりだしてくる。
そのぐちゃぐちゃに絡まったコードをみて、ふと思いだす。
幼馴染の N ちゃんとはよくあやとりをして遊んでいた。
大人になってみれば、あやとりなど何が楽しいのか分からないけれども、
子供にとってはくるくると予想外に形が変わる様子を見ているだけでもとても楽しいものだ。
それに子供の指は短いからたまにとりそこなう。
いつだったかそんな風にして糸が絡まったときのことだ。
「どう絡まっているかみてほどかないと結ばっちゃうよ」
と僕がいうと N ちゃんは
「大丈夫、締まりそうなところを軽く引っ張っていけばほどけるから」
といって、そのとおりに解いてみせた。
あのときからだいぶ大きくなった手のひらを少し眺め、
そして、手元のコードを柔らかく引っ張りはじめた。
■小学校の同期
落ち着いて考えると、ここ小学校の同期も見ているんだからアホな散文詩なんて書くべきじゃないね。
と僕は思ったらしいが、私は僕になぞ配慮しない。
結局、こういう文章の価値はなんらか感情を惹き起こせるかにあると思っているわけでして。ぐちゃぐちゃの現実からどのように切り出すかが重要だよね。
最終段落
それを思い出してちょっと口元が緩んだ。
そしてちょっと迷った後に丁寧にほどいていった。
のほうが味があるんだろうか、という風に迷ったのは、類型化が十分できていないのかなあ。
■開拓地
過剰参入定理がなんで最近になってようやく見つかったのが気になって、このあたりの分野を追っていたんだが、単純にこの分野は新しくて最近開拓されたばかりのところが多いってことだけみたいだ。
■続内積
Varian の microeconomic analysis の日本語版を比較のために見たら、やっぱり数式の表現が変だった。
でスカラーがでてくるらしい。転置つけようぜ。あと、いまさらだがテンソル表記偉大だね。
また、確率効用あたりの定義で可換性は公理として与えているのに結合法則は与えていなかった。参った。
■[quiz]ひらめきなどない
最近、東大の数学の入試問題で過去一番難しかったといわれる問題「東大98後期3」を電話越しに教えてもらった。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1313422278
ブルーバックスの「入試数学伝説の良問100」のP.291のコラムに
「入試史上最難問」として紹介されています。
大学受験史上第1位にランクされる超難問である。
難しいのは(2)で、実験すると予想できるが、完璧に論証するのは並大抵ではない。
問題入手のとき、A予備校では解答作成を中断、帰宅することになったと聞かされた。
最悪、翌日も解けないときはどうするかも話し合ったらしい。
翌朝B予備校関係者から電話があり、予備校の回答を出さなければならないから
至急解いてくれという。そこでフランスに長期滞在中の友人C(大学助教授)と
メールで連絡を取り、概要を説明し、解くことにした。何度かのやり取りの後、
回答を作り上げたのは翌朝のことである。
試験では完全解は無理でも十分性などの部分点はとれるだろう。その意味では
良問といえるかもしれない。なお、A予備校の解答はCの友人のD教授が書いた
ものを参考にしたらしい。
だが、電話で別のことを話しながら方針が立ち、私には極めて素直にどこも引っかかるところはなく難なく解けてしまった。
解けた後に真剣にどこが難しいのかを考え込んだほどだ。
問題本文は河合塾を参照してもらうとして
http://hiw.oo.kawai-juku.ac.jp/nyushi/honshi/98/problem.cgi/t2/math?page=2
簡単にまとめると
枝分かれのない連結なグラフ G=(V={P_1...},W={E_1...}) とグラフの各点から色{白、黒} への写像 f の組に対して、二つの変形規則
- ある点の色を反転させて、そこに白い点のつながった辺を加える
- ある辺を選んで両端の色を反転させ、その辺を白い点が中央にある二つの辺と置き換える
が許されているとして、白色一点だけから到達可能な白色だけからなる直線グラフをすべてあげよ。
というものだ。
私の略解を、予備校の回答が誤っていることもあり最後にしたためておく。
そして、おそらくこの解に容易に至れた理由は次の問題(MIU ゲーム)を解いたことがあるゆえである。
ある数学科の人も国際数学オリンピックの問題に以下のようなことを述べていた。
いつの間にやら数オリの問題も8割近くはトリッキーな事は不要で
スタンダードな作業で解ける問題に思えるようになってしまった…。
別に最近特にそういう問題が増えたとかいうわけじゃないんだろうなぁ。
まぁそういうのをキチンとこなす能力を問うコンテストと思えばOK。
もしかしたら、人が解けるように作られる問題のパターンなど
本当に限られているのではないだろうか。
■[quiz]MIU ゲーム
- MI は語である
- 最後が I で終わる語の後ろに U を加えても語である
- M からはじまる語の M 以外の部分を M の後に二度繰り返したものも語である
- III が含まれていたら、それを U に置き換えても語である
- UU が含まれていたら、それを削除しても語である
- これ以外で作られる語はない
このとき MU は語でないことを示せ
■[quiz]2-NOTs problem
いつの世の中にもひねくれた人というのはいるものです。
AND と NOT だけで任意の論理式を作ること、あるいは NAND だけで任意の論理式を作ることはできます。
また、OR と NOT だけで任意の論理式を作ること、あるいは NOR だけでもできます。
しかし、AND と OR だけではできないのは自明です。そこで以下の問題。
2-NOTs problem
どんな論理式も NOT と AND と OR で作れるが、特に NOT は必要であるとしても2つあればよいことを示せ。
この問題は、
http://parametron.blogspot.com/2008/07/3-not-problem.html
の問題から作った。リンク先は大きなヒントになる。
つまりは、任意の論理回路を代表元に限っても一般性を失わないということなのだが、そのような論理回路の選び方は自然なんだろうか。
■乳児死亡率
直感的には、相当評価が甘くてしていないに等しいと思います。
幼児死亡率(1〜5歳)が0.3‰程度で他国に対して30%ほど悪いということですが、周産期死亡率(死産+早期新生児死亡)が5.5‰、新生児死亡率が1.6‰、乳児死亡率(1歳まで)は3.1‰程度。(‰はパーミル。千分の一ね。)
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suii01/soran2-2.html
にも関わらず、持越しは周産期からしか計算していません。
乳児死亡の(0.03*30%/3.1=)3%が持ち越されれば説明がついてしまいます。
つまり、標語的にはすべての乳児を10日延命させる薬があればいいのです。
私も資料が不十分だと思うのでどちらかに肩入れするつもりはないです。
医療水準を下げてみるわけにはいかないので、調べるとしたら乳児死亡率は他の死亡率の一次関数で決まるとしてフィットしてみるとかでしょうか。
■金銭には価値がない
誤解だといわれるかもしれないけれども、社会全体の福利を大きくするために局所的な状況から近似が作れると良い。
金銭という調節手段ができた社会は"社会ダーウィニズム"的に淘汰されなかった。
安定解を作るために人の心理的な"欠陥"を利用しているという感じがする。
金銭概念がない異星人は意外と多いのではないだろうか。
■筆記体
http://log.pira.jp/archives/1401
ヘブライ語も筆記体が密かにあったから使われないだけなのでは、とおもって、wikipedia をみたところ、カタカナの草書体が使われないのはなぜだろう、というような疑問になっているようだ。イタリックは現在は強調等で用いられる
がもともとは書体のひとつ。また、cursive という意味では、小文字自体が cursive 目的に創出された。筆記体はないわけではないがあまり使われない。
以下、データ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Italic_type
> In typography, italic type /??tal?k/ or /a??tal?k/ refers to cursive
> typefaces based on a stylized form of calligraphic handwriting. The
> influence from calligraphy can be seen in their usual slight slanting to t
he right. Different glyph shapes from roman type are also usually used?another
influence from calligraphy.
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF
> イタリック体(イタリックたい、英: italic
> type)とはアルファベットの書体のひとつであり、筆記体を元に発生した。16世紀初頭のヴェネツィアで紙面スペースを節約するために考案された。元は手書き文字であったため右側に傾い
ているのが最大の特徴。当初は本文用の独立した書体であったが、現在ではセリフ体などのフォントの一部を成し、正立した書体による文章の中で語を強調したり周囲と区別したりするために用いられることが多い。
http://en.wikipedia.org/wiki/Greek_language
> Greek has been written in the Greek alphabet since approximately the 9th
> century BC. In classical Greek, as in classical Latin, only upper-case
> letters existed. The lower-case Greek letters were developed much l
ater by medieval scribes to permit a faster, more convenient cursive writing
style with the use of ink and quill. The variant of the alphabet in use today
is essentially the late Ionic variant, introduced for writ
ing classical Attic in 403 BC.
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E6%96%87%E5%AD%97
> 古代には大文字のみで、また筆記体もない。その後、中世以降に小文字が案出され、ビザンティン帝国時代の文書には筆記体も見られる。現代ギリシアでは、あまり筆記体を用いないようである。
なんか僕あさってなことを口走っているね。
■単位元
だいぶ前に書いた文章
一貫性を持って説明できるほど科学が進んでないのが実は問題で、実際のところ、化石燃料と温暖化の因果関係が証明されたというのは僕は間違っていると思う。
現在、人間は技術力も未来予測力も大したことないから、真剣に考え続けて、できるだけ「現状維持」をしないと手がつけられなくなる可能性が高い、という意味で、環境保護は重要なはずだ。
ただ、これは洞窟の出口を集団で暗中模索するようなもので、馬鹿が自信をもって良さそうな提案をしてみなが信じたり、関係ないことを持ち出したりする。「善意でやっていたこと」が明日にでも無茶苦茶にしていたことが分かったり
する状況で、環境問題と向き合うのは相当嫌な意味で頭を使うことだと考えている。
なのに、保護運動が馬鹿のファッションと道楽になっている。
アイデンティティが嫌いなんだなあ、と思う。
いや、高校生までは個性を伸ばすみたいな概念が好きだったんですけれどもねえ。
■トイレ用擬音装置
これは実に二年以上前の日記から。
音姫は非常に不思議で、隠すために信号を出している。
この信号をまじめに解析したらソナー代わりにはなるんじゃなかろうか。
私がこのようなものにこだわるのはここに大きなビジネスチャンスがあるからである。
音姫の信号がソナー代わりになることを示し、そして、不確定性を利用しどのような音をだすかが攻撃者に分からないような装置を開発すれば、量子力学を利用したサイドチャネル攻撃の防御例になるのだ。これぞ身近な量子情報。
オチですか? たぶん、可聴域の音の波長はじゃそんなに精度良くない。どうせ 500 Hz 前後だろうから 波長に直して 1 m 程度。
■[quiz]ザイフェルト曲面
二つのリングを鎖状に繋いでから石鹸膜を張るとどうなるでしょう。
石鹸膜だと他にもいくつか解ができちゃうんだけれども、ここでは石鹸膜上に境界がないようなのを選ぶのね。
これが見えるかどうかって3次元視ができるかどうかの境目かと。
■数学と物理
竹内外史の「数学から物理学へ」という本が理物の図書室にあった。ところが、これ明らかにコピー本で。
まえがきが面白かったので引用しておく。
リストがショパンとリストの音楽について尋ねられた時に次のように返事をしたといわれている。
"リストはショパンになれるが、ショパンはリストになれない。"
これは物理学者と数学者にもいえるかも知れない。"物理学者は数学者になれるが、数学者は物理学者にはなれない。"
物理学者は目的に急行でつっ走ろうとする。<snip>したがって物理学者の数学書に対する苦情はたった一つのことを知りたいのに十のことを勉強させられたという苦情である。<snip>尤も物理学者はこの事を'数学は抽象的過ぎる'と表現する。しかし必要とならば、どんな抽象的なことも物理学者にとっては物の数ではない、易々と使いこなしてしまう。事実理論物理学者が一度必要となって現代数学を使い出すとその活用度は物凄く見るだに逃げ出したくなる位である。
所で数学者が物理を勉強する時はどうであろうか? 物理数学が専門という様なスペシャリストを除いては全然手が出ないというのが一般数学者にとって普通なのではないだろうか? 余り数学者が物理の本について文句を言わないのは出来の悪い学生が質問が出来ないのと似た現象ではないだろうか?
所で数学者にとっては物理学程面白いものは少ないものである。之は全く不幸にして不公平な事情である。
<snip>
話を再びショパンとリストに戻そう。ショパンは物真似の天才であったそうである。ある日リスト邸でショパンが貴婦人たちから物真似の至芸を披露してほしいと頼まれていた時に新しい来客の到着が報ぜられた。ショパンはすぐさまリストのカツラをかぶってリストになり済まして、来客に応対したが来客はリスト自身と信じて疑わなかったといわれている。
これは不思議な感じがする。たしかに実感として物理学者はそこそこ数学ができるが数学者は驚くほど物理ができないことがありうる。
トライアスロンの選手は自転車に乗れるが、競輪の選手は泳げないかもしれない。
それは、興味の対象からそうなるのかもしれない。
■300日規定
300日規定について真剣に考えたが現在の制度は意外によくできている、という結論に至った。
■見立て
集合論の言語の上にどうやって自然数を定義するか。そこには見立てがある。
ノイマンの自然数定義というのはそれなりに単純だから自然に見えるわけだけれども実数になればどうか。これこそが定義、といえるものが一意に定まるとは思えない。形式言語を構築してその上に欲しいものを見立てることもできる。
許容される範囲は経験的に実数とみなしているものが満たしている性質で決まるだろう。そのときにある命題が存在して、あるものはそれを満たし、あるものは満たさない、ということが起きる。
A という公理系とそれを拡張した A' という公理系があって、A の上では二つの自然数 N と N' が考えられて、A' からみると、A の中で N と N' に関して証明できることは同じなのだが、A' の中では二つが異なるという状況があるだろう。あるいは、A の中で N は P が示せるが N' の中では示せないということもありえるかもしれない。
そうしたときに A の上では N と N' の区別はできないと同時に同じであることもいえなくなるのではないだろうか。
最終的には定義とは何かという問題に行き着くのではないだろうか。
#書きかけの文章には
##公理系が弱いから、全単射が系の内部には存在しなくなるのか。
#と書いてあったのだが何が言いたいか分からないから残しておく。
#あれ、よく読むとただの超準モデル?? とはちょっと違うか。
■コンパクトと点列コンパクト
コンパクトで点列コンパクトでない例は割と容易に作れる。
コンパクトハウスドルフ空間から適当に一点を除いて誘導位相で考えればいい。
ところで、その逆はどうなんだろう。下の pdf に点列コンパクトだがコンパクトでない例があがっていた。
http://arxiv.org/PS_cache/math/pdf/0412/0412558v1.pdf
つまり に
を開集合とする位相を入れればよい、とのことだ。
短い別の証明を思いついたので書いておく。 が正則基数であることを使う。
コンパクトでないことは、開被覆として全体を除く と書ける開集合全部
を取り、その有限部分開被覆があったとすると
が正則であることに矛盾。
一方で なので可算部分列はすべて有界になりそれを収束先と選べば、点列コンパクト。
もともとは ZFC より強い公理形でしか証明になっていないものを作れたらうれしいと思って、強到達不可能基数を仮定して作ったら、その条件はいらなかった。残念。
■本質
(重要なものと計算上先に出てくるかは関係があるか、という質問に対して。)
最大を見つけるときにも、たとえば微分ができているときには、極大のうちで最大のものを探すでしょう。また、逆関数の多価関数として扱うのが自然なときには分岐が合流する点のうち最大のものを探すでしょう。
つまり計算上どちらが先にもとまるかはまったく本質的ではないと思います。
単純に、AからBが求まりやすくて、BからAが求まりにくいときには、Bのほうが先にでてくると感じるのではないでしょうか。
■数学と物理
数学という学問は教えられた論理の一部でも理解しそこなって次へいくとそこの傷から本当にわけが分からなくなる。特に大学の授業で訳が分からなくなるのは、小さな傷を傷と思わず、いい加減にしたまま次へ行くからだ。その一方である種の「跳躍」ができるようになる必要がある。この「跳躍」−−物理にしてもあり、しかもなんとも難しいんだけれども、−−これができるようになると、だんだん説明が短くなっていき、そして似ても似つかぬものが同じものに見えてくる。数学や物理をやりすぎた人の話すことが宗教がかってくるのは人が見えてはいけないものが見えてしまうようになるからだと思うのだけれども、そこまでいかなくても大学教養程度までは結構すぐに「何をすればいいのか自然で当たり前に感じる」で片付くようになるよ。
■超準解析
超積と超準解析という本で超凖解析の応用について面白いことを述べていた。
経済、確率……
齋藤:ロビンソンは経済現象への応用というのを共著で書いている。
倉田:トムにせよロビンソンにせよ、外国人のほら吹きは必ず経済現象と言うな。
齋藤:経済では全部のファクターが有限なのに超準解析を使うのはどういうことかなと思ったが、たとえば一人の個人の行動はマクロな経済に影響を及ぼさない、だから無限小だというらしいのだが……
倉田:完全にライプニッツの哲学の再現ではないか。モナドか、我々は……
広瀬:だから個人が無限に何かをやる可能性があるわけだな。
齋藤:実はそれはおかしい。一つが無限小なら、それが十億集まっても無限小のはずなのだが……
確率論はどうだろう。
倉田:川端君の仕事は大体函数空間上の一様測度ということだから、確率論にも関係すると言ってよい。
齋藤:もっと素朴な話で、この本にもちょっと書いたが、宝くじの抽籤会みたいにまわっている輪に矢を射るとき、必ず輪に当るとしても、指定された一点に当る確率はゼロだ。これは少しおかしいところがある。ところが超準測度ではかると、0ではない無限小の値がちゃんと出て、しかも全部合わせると1になる。
広瀬:あれは非常に納得しやすい。
齋藤:だから超準測度はかなりいい線を行っていると思う。数学の理論としてうまく行くかどうか分からないが、直観性を回復したことでとりあえず評価したい。
一般に、少しヘンな感じがすることはみんなそこで何かやる余地があるのではないか。むかし円とその接線とのなす角のことを一生懸命考えた人がいる。そういうものが無限小解析につながった。この種のことはほかにもいろいろあると思う。
ファクターが有限というのは超準解析と経済の関係に限らないはずで、解析が物理に使えるのも本質的に同じような問題を孕んでいるのではないか。たとえば有限和を積分に置き換えるなどだ。
ただ、物理だと相当な精度であっていて、また、精度の範囲内でしか問題にしないからあんまり表沙汰にはならないのか。
■理物の盲点
A を kI とあらわせない、二次の実行列として、
AX=XA ならば
X = pI+qA という形で表されることを示せ。
成分計算をすれば、難なくわかるのだけれども、エレガントでない。
ジョルダン標準形にしたらジョルダン細胞の分類で済むから簡単と述べたところ、「実行列」という強烈な突っ込みをもらった。(あ、でも今思えば実行列と交換すれば複素行列と交換するのは自明か。)
これは理物の盲点なのだと思う。
つまり、理物には「問題が美しくない場合には自由に問題を変更してよい」という強力な原理があり、まあ、これを仮に「ディラックの原理」とでも呼んでおこう。ディラックの原理は試験でも適用されることがあったほど、染み付いている原理なのだ。
ん、単に実数よりも複素数に慣れているからだって? まあ、それもあるかもね。
■九年の謎
「君はあのこが好きだったんじゃないのかい?」僕はそう聞いた。
「いや、そんなことはないよ」
「ふーむ。僕がそう判断していた理由はだね、中二のときにあのこの名前を出したら知らないふりをしたんだ。だから、強い感情的な何かがあるはずだと思ったんだ。」
「」
私が精神分析と出会ったのは小学校の終りであった。
「小児(未就学児)にも性欲はあるが思春期以降忘れてしまうのだ」というフロイトのドグマは世間で考えられている程は間違っていないことが見られたのは良かった点かな。
■フランス文学科の意義
正直な話、日本の大学がフランス文学科を持つ意味なんて国家の飾り以外に無いだと思うのです。
誤訳があったというのは学科の意義丸ごと失いかねないのできちんと内部で浄化しないと。
2009/7/31 追記:
これは「赤と黒」を東大の野崎氏が翻訳したのを「誤訳博覧会」と立命館の下川氏が批判した件に関わる。
野崎氏に師事する院生が「野崎先生忙しかったんだろうなあ。たしかに誤訳だらけだ。だが学者の嫉妬が実にみっともない。」という旨を日記に書いた。すると、どのような誤訳があったのか教えてほしいとコメントした人がいた。それに対して「フランス文学への造詣がないどころかフランス語も読めんようなやつに答える義理はない。ゴシップ的に扱う下賤な大衆が一番の問題だ。」というような返事をした。これはそのことを非難する文である。
もちろん、この頃流行りの実学志向が正しいとは言わん。人は浅薄であるからして、予期せぬ不可視の還元はあるだろう。
そして、この話は非実学に限らない。大学は身中の虫に過ぎないのではないか。片利共生でなければ、せいぜい、ヴィタミンを生み出している程度だ。なぜこれを高尚といえるのか。
そこで私は問う。「仏文を持つ国家であると喧伝できる以外のどこに仏文の価値があるんでしたっけ。」
■装飾
「この研究室紹介の写真、嘘があるんですよ。その証拠が写真にしっかり写ってます。」
ほう、なになに、研究室では適時議論が行われます、まあそうだろう。
「さあ、どこでしょう。」
といっても、ホワイトボードに書き散らした跡に専門的な間違いがあるとも思えないし。
「字がきれいすぎるんですよ。」
なるほど!
「つまり、これは議論したかのようにみせかけるために書いたのです。」
これは非常に示唆的だ。
つまり、数学で会話をしているときの板書は他の会話のときとは決定的に違う。後者は書いてあることが伝えたいことだが、前者は、ホワイトボードのだいたい斜め上あたりに伝えたいことがある。そして、これを幻視することで意志伝達がなされるのだ。このときに綺麗に書かれると遅いだけではなく却ってわからない。そのために、数学的に会話する人々は手書き文字を二種類持っている。そのために綺麗な字で書いているということが、議論の跡ではなくて装飾であることを意味するのだ。
残念なことに、この能力を持つ人々はそう多くはない。少なめに見積もると僕の感覚だと学年で500人くらい。日本全体で四万人くらいだろう。
さて、池田信夫さんについてである。
NATROM さんが以前「種を守る「利他的な遺伝子」」というエントリーで彼の生物学の知識の怪しさについて書いていた。
自分のよく知らない分野(たとえば私にとっては経済学)について二者が議論しているとして、どちらの言い分が正しそうなのか判別する簡易的な手段はあるだろうか。私がよくやるのが、自分がよく知っている分野(たとえば私にとっては医学、遺伝学、進化生物学)についての発言を調べてみるということである。もちろん、医学についてトンデモ発言する人が別の分野では正確な発言をすることもありうるので、あくまでも簡易的な手段に過ぎない。
<中略>
まずは分かりやすいところから。「動物の母親が命を捨てて子供を守る行動は、個体を犠牲にして種を守る『利他的な遺伝子』によるものと考えられる」。えっと、全然違います。この文章だけで、池田信夫氏が現在の進化生物学を理解していないことがよくわかる。母親が自分を犠牲にして子を守る行動は、利己的な遺伝子によるものと考えられる。もちろん、命を捨てて子供を守る行動は利他的な行動だ。個体としては自分の生存率を下げる一方で、他の個体(子)の生存率を上げようとしているのだから。そういう利他的な行動は利己的な遺伝子によって説明できるってことを「利己的な遺伝子」でドーキンスは主張した。
<後略>
やっちゃったか。という感じである。
- 日本では大学の先生であることが保証する最低知的水準は恐ろしく低い
- あんまり知的誠実ではない
- 自然科学・数理系の知識がぼろぼろ
- このタイプの声の大きい人間は避けたほうが良い
- 私が経済学者を判断する能力をもっていない
よってあまり近づくべきでない。というように思っていた。
ところが、
重箱の隅をつつくようですが、「誤った仮定から導かれる結論はすべて正しい」というのは誤解を招く表現です。「AならばB」という命題があって、Aが偽ならば任意のBが正しくなったりはしませんよね。「AならばB」という命題が真になることとは別の話ですので。「仮定が偽ならば、いかなる結論を持ち出しても命題は正しい」ぐらいが良いのではないでしょうか。
また、「数学的に厳密な意味での関数=全単射」というのは、どういう意味で書いてらっしゃるのでしょうか?
「数学的に厳密な意味での関数」という単語が経済学でどういう意味を持つのか存じませんが、関数は全単射とイコールではありません。全射でも単射でもない関数なんて、いくらでも例がありますよね。
わざわざWikipediaを引用されていますし、経済学者は数学をまともに理解していなくても平気だということを宣伝されているのかもしれませんので、そうでしたらすみません。そのような宣伝活動には全面的に賛同させていただきます。
どうやら
経済学では「**関数」という言葉を安易に使うが、ペレルマンが聞いたら怒るだろう。数学的に厳密な意味での関数=全単射が実証的に観察できるようなマクロ経済データは、世界中に一つもない。
と、書いていたらしい。
このコメントよく消さなかったなあ。感心感心。
なるほど、知的に誠実という意味では学者の最低要件を満たしていないわけではないようだ。
それに加えて、とある人が彼の著作が面白かったという。
ただし、彼がつけた留保は
- 自然科学・数理系は確かに「微細には」理解していない
- 専門の文献はよく読んでる
- まあ、でも代わりはいくらでもいるよね
といったところだった。
「ハイエク」をざっと読んでみるか。
うん、予想通り。面白いのだから知らない分野については言及しなけりゃいいのに。分かっている人に添削してもらうでも可。
いくつか抜き出す。
P.19
量子力学は、古典力学的な素朴実在論では理解できない。物理量は確率分布としてしかわからないという波動関数や、物質の位置と運動量は一義的には決まらないという不確定性原理は、古典的な物質の実在や因果関係の概念をくつがえすもので、その解釈をめぐる論争は現在まで続いている。
「物理量は確率分布としてしかわからないという波動関数」は少々怪しい。分かっていない人間が自分の言葉で噛み砕くと劣化コピーになる。
「民主的な選考は存在しないという全順序」みたいな感じ。
P.132
とくにハイエクが批判したのは、時間の概念が入っていないことである。古典力学の運動方程式は永遠の未来まで予測でき、時間について対称(時間がマイナスになっても成立する)だが、経済現象では未来の価格は予測できないし、一度やった失敗は取り返せない。
時間について対称と時間がマイナスになっても成立するとは違う。たとえば、拡散方程式は前者ではないが後者ではある。それになんか変なの。
P.170
はっきりしないが、ウィーナーを「情報科学の父」と呼ぶのはおそらく一般的でない。検索しても池田さんの blog がかかる程度だし。
「情報理論の父」シャノンはよく言われますね。あとは、「計算機科学の父」チューリングあたりでは。
P.170
情報科学の主流になったのは、ウィーナーが考えたような自己組織系ではなく、外部からプログラムとして与えられた命令をメカニカルに処理するフォン=ノイマン型コンピュータだった。
ノイマン型を理解しているのかな。命令とデータが同等で自己改変コードがかけそうなのがノイマン型。他の場所でもノイマン型という言葉を何か別の言葉の代わりに使っている。玄人だったらなんていうんだろう。ステートマシンあたりかな。ちょっと違うなあ。いや、どちらにしても Church-Turing Thesis があるから、実装が本質的でないことは明らかなのだが。
ま、どれも些細だ。あと、相対的には上。あれあれ、これって id:flappphys が立花隆について述べていたのと大体一緒じゃないか。
こういうのみるたびに「査読してくれる人いないのか?」って思うけれどもね。
あー、なんかやっぱり僕の理解が甘いけれども、きっと単純にしてくれる人がいないんじゃなくて、そういう人がいないだけなんだなあ。
■面白い
どこが面白いの? と聞かれて怒れる分野のものは幸せだと思った。物理だとしょっちゅう聞かれるぜ?
Master 在籍の学生だと答えがいい加減でも許してもらえるけれども、これに答えられることは Ph.D の要件であろう。
■Sharp
液晶テレビが壊れたので直してもらったそうだ。
2年1ヶ月で保証期間外で当初部品代が二万円ということだったのだが、交換した基盤を置いていってください、といったところ技術料も含めすべて「ただ」になった。
■集団としての所有
あれはいつのことだったか。とある学園祭で、あるクラスの女性が酔った勢いで通りがかった別のクラスの男性に抱きついたので、酔った勢いで女性と同じクラスの連中が殴りこみに。
僕ですか。まったく関係なかったんだけれども、その直後に近くを通ったので、適当に仲裁したような記憶がある。
クラスの代表が代わりに謝罪していたので、お気持ちはよくわかりますが暴れた本人の酔いがさめた後にしましょう、とか。
そしたら性格が最強だなとかいわれてしまった。
集団による女性の所有という概念は人間のわりと根源にあって、これに逆らうと適当に別の理屈をつけた上でまったく合理的でない非難を浴びる。
■もてない証明
もてるでしょう、といわれて面倒だなあ、と思った。
もてるためには、何がもてるのか分かっている必要があるだろう。だが、僕がもてるとしたら、僕は僕をもてると思っていないので、よってもてない。
とてつもなくわかりにくいけど、これ話の枕ね。
証明方法とか云々 - くるるの数学ノート をみていて、二重否定をできるだけ外側にもってくるようにストーリーを作っているんじゃないかとふと思ったのです。
■量子脳理論
量子脳理論 - 白のカピバラの逆極限 S.144-3への返事を頂いた。
id:nucさんのところのエントリに反応してみるよ - くるるの数学ノート
とっても勉強になる。
僕の主張を繰り返しておくと、次のようになる。「強い AI 論」は間違っている可能性があるのは事実だが、ペンローズの「強い AI 論は間違っている証明」は証明になっていない。
なぜならば、「機械にさせているのは F の中で F の無矛盾性を示させることだが、人にさせているのは F のモデルをもてるような形式言語の上で F の無矛盾性を示しているだけであり、この言語が矛盾した言語である可能性がある。このため対称性が破れている。機械を超えていることを示すには、それに加えて、この形式言語が矛盾を導かないことを F の中で証明しなくてはいけない。そしてこれは不可能。」
あとは、(チューリングマシンと等価な)ラムダ式の決定不可能性の証明ではゲーデル文使うのとか、カリーハワード同型対応とかから証明と機械を適当に同一視しても構わんのだろうなあ。
ほかに、効率を度外視すれば、すべての証明できる文がいつか出力されるチューリングマシンは作れる。
それと、量子論の範囲ではチューリングマシンの能力が増加することはないが、ペンローズもいうように オラクル教再掲 - 白のカピバラの逆極限 S.144-3 で作ったような世界である可能性も否定はできないから「強い AI 論」が間違っている可能性もあるだろう。
■[haskell]Haskell と Bool 環
Bool が Num の instance でないのがありえないと思う。
instance Bool Num where (+) = (\x->if x then not else id) (*) = (&&) (-) = (+) negate = id abs = id signum = id fromInteger = even
でしょう。
ようするにですね、XOR がなくて
(if a > b then not else id) c > d
と書いたらはまったといいたかったわけです。
■攻殻機動隊
クラックまでの時間がプログレスバーで表示されるのには物凄い違和感。
っていうことは、彼らの使っているセキュリティーが決定的にクラックできるものであり、さらに必要計算時間も一定だというのだから。
もちろん、演出としては切迫感があってよいと思いますよ。
■常温超電導物質
呑み会で、
「理論の先生は BEC から判断するに常温超伝導は 2000 K でもおきるとかいっているけれども信じられないよな。そうだったらそこら中に常温超電導物質がありそうなものだ。」
「意外と身近なところにあるんじゃないですか。イカとか。軸索あたりに。」
そして、それからしばらく飲み会の話がイカになった。
SQUID SQUID interaction
■ムーア
呑み会で「ムーアの法則が成り立てばNP完全問題も線型時間で解ける」と叫んだところ会場が爆笑に包まれ、日記のネタにされた。
背景を説明しておくと、
に書かれていた内容を一言でまとめたものです。
■マスタード
アトランタの幼稚園では給食が出ていた。
ある日、ホットドッグがでてマスタードをつけるかと聞かれた。それは何かと聞いたところ、ちょびっと辛いものだという。試してみて、ちょっと大人になった気がした。
■箸の使い方
左手で箸を使っていて気がついたんだが、箸の上部が離れすぎるとつかんでいる部分の接触面積が減るために強い力が必要になって疲れたり制御しそこなって落としたりする。
■京大
京大では秘書さんは学生とかジョキョウさんとかと結婚していくらしい。
■[quiz]Net
http://d.hatena.ne.jp/succeed/20081004#c1223126963
これはこれで迷惑なんだが、 このゲームの存在も迷惑。
http://www.jurjans.lv/stuff/net/FreeNet.htm
大学から帰れなくなった。
http://www.jurjans.lv/stuff/net/FreeNet.htm
これ実は大学の二年生ごろにこれの幻覚を見るほどやった。
難易度のばらつきが大きいのでタイムアタックにはむかない。ただ、この状況でここが決まるという定理を量産するのにはまったのだ。
一辺の長さが n の初期状態を受け取り正解を出力とする問題クラスの NP 完全性を証明してみよう。これはたぶん SAT に帰着する。
まずは、問題の定式化。
n*n の升目に次の五種類の駒のどれかが置かれている。
- T字路
- 直線路
- L字路
- 行き止まり
- 空白(実際のゲームではこれはめったに出ない)
これらを適当に回転させてグラフ理論でいうところの木を作る。また、升同士の境界には壁を作っていいことにする。
wire と NAND と bridge と branch と terminator を作ればいいに違いない。
■ハブ
どうやら僕は高校の同期に便利なやつと思われているらしく、仕事で分からないことがあると相談をされる。
もちろんすべてに答えられるわけではないので、そのときには誰に聞けばいいかを判断して投げることにしている。
誰が知っていそうかを推測する能力は極めて重要だということが分かってきた。
■同棲
先輩の事を指して、実家暮らしなのに結婚するなんて、というから、君は反対されてるのか、と聞くと、ごはんがでるとかさびしくないとか結婚のメリットが満たされているからだという。
その返事。
でも、アメリカだと家がでかいものしかないからとりあえず同棲しておくっていうね。
そう考えると、東京は狭いから実家から通えるし、家は小さくて高いし、食事もファミレスやコンビニで済む。
同棲相手をみつけるための経済的インセンティブが働かないんだね。道理で。
偉くなったら、同棲したくなるような適度に住みにくい日本を作ってよ。
■どこかでみた
お日様に誓って言うが、そのつもりだった、
お前と一緒に寝るまでは。
Hamlet でした。Act 4, Scene 5。
By Gis and by Saint Charity,
Alack, and fie for shame!
Young men will do't, if they come to't;
By cock, they are to blame.
Quoth she, before you tumbled me,
You promised me to wed.
So would I ha' done, by yonder sun,
An thou hadst not come to my bed.
■歯垢染色剤
歯医者で歯垢染色剤を使ったときに
「これ、物質としてなんですか」
と歯科衛生士の方に聞いたら少し迷った後で
「歯垢です」
と答えていたのが個人的に面白かった。
調べたところ赤色104号が代表的だそうだ。
■Slutsky equatioin
うーん、どうも感覚的に納得がいかない。いや、そりゃ示せといわれたら示せるんだが。たぶん、偏微分に対して何らかの偏見を持っているのだと思う。
とある数学科の方は、先生を指して「17が素数であることが分かるように分かっている」という表現を使っていた。なるほど17は素数かと聞かれれば証明をする前にそうだと答えられるし、証明しろといわれればできる。しかし、証明のように分かっているわけではない。
■ペギオ
ぺぎおさんは体を張って「知の欺瞞」をやっているもんだとばかり思ってましたが。
いや、なんていうか僕はもともととっても中二病だったために、高校くらいまで大量の衒学的な文章を読んできていて、そのおかげでとっても残念なことに、どういう勘違いをしていて、それをかっこよく表現しようとしているかがなんとなくわかってしまうんですよ。だって、彼らたいした数式処理訓練を受けてきてないからできる思考パターンが少ないんですよ。
■本質的な理解
大人は、小学校の教科書では国語と算数はどちらが速く読めるだろうか。
おそらく算数のほうが本質的に理解すると驚くほど速く読める。
最近凄い勢いで本を買っているな。2、3日に一冊くらい。小説ならどって事ない数だけど専門書でこれは我ながら驚く。
むかし、教授たちの部屋とかに壁面いっぱいに本があるのをみて「これを全部読んだはずがない、飾りか?」とかちょっと思ってました、ごめんなさい、この勢いだと自分も早晩そんな感じになりそうです。
秘密はこういう事だ。どの人の本をとってみても、他の人も書いているような事しか書いていない。特に専門書だと。結局読むのはその本にしかない数ページから数十ページだけなのだ。だから読むのがどんどん速くなる。仮に全部読んでも、知っている事だから読むのは小説よりも速い。
学生の頃は書いてある事がuniqueでないとしても、何も知らないから全部読まなければならない。で、やっと私も知識の前線まで辿り着いたと言う事だ。
僕がこのような経験を初めてしたのはある数値計算技法の本を読んでいたときだ。高速フーリエ変換を応用していたためにそれの解説をはじめた瞬間に数十ページがラノベのように読めた時には驚いた。
■有理数線形写像
2006/06/30
教養学部の某先生のプリントの線形システムのフーリエ変換の話にある、線形システム L の定義が実数から実数への(連続?)写像の加群準同型、だけになっていて、解けないんじゃないかな、といわれる。
この定義だと R を Q vector space とみなして、Q 線形写像とすると、線形システム L になってしまうので、R 線形性がいえない。
ただし、選択公理を必要とするね。
■胎児血清
2006/07/01
生物学は科学の手法に忠実じゃない。
FCS 細胞培養の UNKNOWN FACTOR 遺伝子多型発現。
牛の胎児血清を使って細胞培養をすると、いろいろな微量の物質の影響できちんと細胞が育つのだけれども、それは牛の胎児にだって遺伝子多型があるだろうから細胞培養の結果にばらつきがでたときに、それが培養液が原因であるのかもしれないだろう。このときに、生物学は科学の手法に忠実じゃない、といえないかねえ、という文章だと思われる。
■名前と業績
小学生むけの調査で教科書に出てくる42人の歴史上の人物の名前と業績の対応をつける問題をだしたというのだが、これ明らかに正答率は選択肢によるだろう。似たような人が多いと正答率が下がるに決まっている。
■rogue の最適解
2006/8/21
rogue の最適解。
http://en.wikipedia.org/wiki/Rog-O-Matic
たとえば、同じ道を通るようにすれば罠を踏みにくいだろうし、人間が人間であるが故の制限って結構多いんだろうなと。
rogue というゲームがあり、これは学習機能付きの AI に遊ばせる研究がおこなわれており、熟練プレイヤーよりも上手に遊ぶという。しかしながら、人間ならば、序盤で詰みそうなときにはさっさとやり直して死ぬまでにできるだけ細かく稼ごうとしないだろうし、往路と復路で同じ道を通ることで罠を踏まないようにするなどといったこともしないだろう。だから、熟練プレイヤーよりも上級者であるということは驚くことではないのだろう。
■惑星
2006/8/18
惑星の数は多いほうが宣伝効果が高いと思う。
冥王星が準惑星を格下げることになった。子供たちは惑星ならば覚える。このときに惑星の数がもう少し多い方が天文学としては宣伝効果が高いのではないだろうか。
■人であること
2006/8/17
いかに数学といえども人が人であることから自由ではない。
GEB にあったルイス・キャロルの「アキレスと亀」の話がよい例だろう。これは「A」と「A ならば B」から「B」を導こうとするアキレスに、「A」と「A ならば B」と「「A」と「A ならば B」から「B」」がなくてはいけないと亀が言い返し、いつまでもきりがないというものだ。
こういった相手に対しては、指を指して嘲笑うことしかできないのだ。
それがどれほど豊かな構造を表現できるかがその体系の価値を決めるのだろう。
■printf
2006/8/17
http://japanese.engadget.com/2006/08/04/au-w42ca-w42h/
au W42CAおよびW42Hに特定の文字列を入力・表示すると強制再起動してしまうバグ
%n, %S を表示させようとすると強制再起動だそうだ。
原因を推測できる人にとってはキーボードや枕に顔を埋めて脚をじたばたさせたくなるほど恥ずかしい悶絶もののバグ
■ぶらけっと
2006/8/17
いぎかわいを読んでて
ぶらけっとの説明が
< | の < は一成分であることを
| は n成分であることを示しているらしい
| > < | n*n の行列
< | > 1*1 の数
| > 縦ベクトル n*1
< | 横ベクトル 1*n
■ポワンカレ予想
2006/8/8
ポワンカレ予想が解けてたみたい。
Since then the full text of the Cao-Zhu paper has appeared (300+ pages):
Huai-Dong Cao and Xi-Ping Zhu
A Complete Proof of the Poincare and Geometrization Conjectures -
application of the Hamilton-Perelman theory of the Ricci flow
Asian J. Math. 10 (2006), 165-492
http://www.intlpress.com/AJM/p/2006/10_2/AJM-10-2-165-492.pdf
Also, John W. Morgan and Gang Tian have uploaded a manuscript of their
500-page book to the Los Alamos ArXiv:
http://arxiv.org/abs/math.DG/0607607
Morgan and Tian were supported by the Clay Mathematics Institute; see in
particular their acknowledgments on pages 34-35.
■身体刑
いまさら、ふらっと、なんだという感じでしょうが、法をやっている友人とこの話になりまして思い出して来てみました。
現在の日本人も刑罰といえば罰金と懲役を思い浮かべると思います。しかし、監獄の誕生を読んで知ったのですが、歴史的に見ればこれらが重視されるようになったのは近代になってからでそれまでは身体刑が中心でした。
裸の思考が殺されてきているのは肯定的に受け取るべきことではないんでしょうかね。
http://web.archive.org/web/20060625081929/http://d.hatena.ne.jp/SNMR/ の 2006/06/21
■スピン
2006/7/28
スピンの応用として、文字の認識などがあげられるが、あれ正直どうなのよと。
スピングラスの話だと思われる。文字の認識ができるという事実は興味深いけれども、そこからどのような知見が得られるのかよく分からなくて、それ自体の技術的な応用があまり期待できないなら、広告の役目にしかなってないんじゃないかな、とかいうことだと思う。
まあでも、人間の脳の簡易モデルのようだというなら、それはいいか。
■決定論
2006/7/22
http://macska.org/article/144#comment-10214
似非科学の決定論にはまりこむ保守派が現実に多い点について、私は「彼らは道徳観や美意識の伝統など大事にはしていないのだ」と見ています。
■ろくな教育
2006/7/4
ろくな教育もしないで東大に50%以上入る高校があるのは受験技術の独占が行われているということでよろしくないのではないか。
だいたい、入ったごときでいい生活しようっていうのが虫がよすぎる。
■ルービックキューブ
2006/7/4
ルービックキューブを群論を用いて解こう。
としたんだが、隅八つを合わせる手法を開発したところで面倒になった。
やっていたことは、角の八つを記録してから下の面の隅の四つだけが不変になるような手順を探索して、そのときの上面への作用を調べること。
■[quiz]ひげ
2006/7/3
問題
村人の髭をそる。
おそらく、これはよくある問題をさしているのですね。
「ある村の床屋は、自分で自分の髭を剃らないすべての村人の髭を剃る。さて、この床屋は自分の髭を剃るか。」
矛盾が導けたときにどう振舞うかというのはどのように学ぶんでしょうね。
■なぜ円高で不況になるのか
ごめんなさい。アクセスできなくなってます。
http://d.hatena.ne.jp/qqqlxl/20081025/p1#c1225075079
自分のコメント部分だけ切りだし。
おっしゃるとおり、円高は国益のはずだ。
結局、日本は資源国でないから円の一階微分安が短期的に輸出産業に効いていたということだよね。
だとすれば、急激な変化に対してきちんとヘッジをしていれば円高という変化によって輸出産業の首が絞まることはなかったんじゃないかな。
あ、これは現状ではなくて過去の話ね。
なるほど、先物取引はあんまり考えていなかった。
実質的なヘッジになるね。
上の書き込みは下のような思考があった。経済を深く知らないしきちんとつめてはいないから突っ込み待ち。
極めて極端なケースとして、すべての物価はドルに連動しているとしよう。
つまり財布から出し入れするたびに両替が行われる。
その状況において、円高は財布の中身が単純に増加した(あるいは借金が増えた)ことに相当するはずだ。
で、このモデルが作るであろう状況と現実の差を考えたときの差をなんらかのコンダクタンスのようなものが日本経済の随所で発生しているからと説明できるかなと。
そう考えると、ヘッジが十分でないのは企業に限らないと思うのだよ。
たとえば、一年分の国家予算はすでに円で決済されてしまっているから過剰な税金を取ったことになるかも知れない。
とか思ってたんだけれども平均的な国民はローンを組んでいるからたいてい実効的な資産が負なのかな。
■問題が解けた
問題が解けたとは何か。「微分形式による解析力学」を読んでいて、これが分かっていないことに気がついた。Pfaff 方程式系が完全積分可能の定義を見ていたときだ。
たとえば、3 -x = 0 は x = 3 という形で解けたという。この作業っていったい何なのだろう。
あんまり関係ないんだけれども、最近たまに名前のない感情に出会うことがあるなあと思いました。
直すほどではないんだけれども直しそこなったみたいなときの無限小が無限小へと膨らむような感情。
それはさておき、ロジックにゆがみを感じた時にはその周囲へのダイブを繰り返すようにしています。
最近はミクロ経済学を触っていてどうも違和感を感じたので、偏微分のどこかに穴があるような気がして探し中。常微分方程式論や解析力学まで足を延ばした。とりあえず見つけたのは、定数と定数関数との同一視を当然視できていないこと、微分形式と偏微分に関する理解不足、解けたとは何か。
■知識の構造化
機械が壊れて直さないといけないとき、まず、電源ユニットが動いているかどうかから確認する。ここに問題があるとそもそも他の確認に意味がないからだ。
思いつくままに問題がおきうるところをあたっていく、という方法をとらないのは、ある程度科学に親しんでいる証拠らしい。
■U 字発達
U 字発達は普遍的な概念なのか。しかし、最終的にできるようになるから発達と呼ぶわけで、単調でなかったら U 字を描くというのは自然だよな。
■交換関係
フェルミオンは という反交換関係を満たす。
私の理解では、そもそも第二量子化は基底を作るために非可換環で基底を用意しようとしているのだ。だから、どの順番で加えるかによって正負が変わるというのは本質的な理解ではないのではないか。
キリング形式の極化の方法みたいなことをすると、反交換関係って冪零からすぐに出るのだが、これが非直感的なのは、やっぱり重ね合わせが非直感的だからじゃないかな。
■太陽観測所
太陽のそばに太陽風やら遠心力やら浮力やらで太陽の観測所を作ってみたいという話。
■物理
物理は編む学問。
■保存則
保存則がないと空間は構造を持てない。
■積分
積分する関数の前に dx が前に来るのは物理特有らしい。
■モード
南部ゴールドストーンモードは不思議。同値類で割る。
たぶん、対称性がどのように破れても同じ物理法則が実現されることから、なんらかの同値類で割ることにより別の理論ができそうだ。しかし、それはグローバルに割っているわけで多分場の理論にはならない。
ゲージって何しているんだろう。場の量子論の表現力を大きく引き出すのか。
ネーターこわい。
■速度
計算速度は本質的に重要だ。
The Guerrilla Guide to Interviewing (version 3.0) - Joel on Software
採用面接ゲリラガイド(version 3.0) - The Joel on Software Translation Project
ポインタを理解するのは先天性の才能だ、などは(判断できるほどの経験もないが)あまり同意できないのだけれども、この「簡単なことをする速度が難解なことを理解することに本質的に重要だ」というのは面白い。
■イデアルと円の交点を通る直線
高校のときに、どうしても腑に落ちなかった解法がある。
二つの円があり、それぞれの方程式を
とするときに、この二つの交点を通る直線の方程式は
というものだ。
別に間違っていると感じるとかそういうわけではない。
私は、それこそ小学校のときから感性で数学を解いていた。
花瓶には花が生けられるべきだ。池には魚。空には雲。
すると自然に解けている。
ところが、この解法はそうではない。何か誤った方向に
遠回りをしようとしているように見えて結果的に綺麗に解けるのだ。
ところが、最近イデアル概念からこれを整理したら自然にみえた。
■[quiz]gradient maker
gradient maker という機械がある。これはその名のとおり濃度勾配を作る機械である。
たとえば、上が薄くて下が濃いような砂糖水を作りたいとする。だが、いきなり混ぜたら二層に分かれる。そこで、二つの同じサイズのタンクを用意して細い管で繋ぐ。片方に濃い砂糖水を入れて、片方に水を入れて、濃い側の底に穴を開ける。
濃い側から減った分の半分の量が移ってくる。
さて、この機械が作る濃度分布はどのようになるか。
早稲田のクラスで二人しか解けなかったと聞くが、別に難しくはない。
■万物理論の作り方
「ハミルトニアンを足せば両者を統合した理論って簡単に作れるよね。でも、それって別にうれしくないんじゃないかな。」そのようなことを教養学部時代に友人に聞いたことがあった。
標準模型はパラメータ自由度があるというのが不満とされているが、たとえばある関数の零点をパラメータとして与える約束にしたら、まるでパラメータが関数ひとつになったかのようにみえるけれども綺麗じゃないから価値がない。
でもその綺麗って何?
時間と空間をベクトルとすることは相対性理論以前にもできたはずだけれども当時はそれに意味がなかっただろう。
逆に、理論は何をもって価値を見出しているのだろうか。
■Theory
セオリーという語は分野ごとにだいぶ印象が違う。
ゲームの定石に theory of mind から場の理論まで。
標準モデルはモデルなんだよなあ。生物だとモデル生物のような使い方をする。
いま気がついたが、標準モデルって論理学と素粒子論で違う意味を持つのか。
■チャーチ数の本質(nop と lambda の宣伝)
nop :
nop は no operation の略です。
マシン語などで何もしない命令を意味します。
この命令が重要であるのは逐次実行という
インドで 0 が発見されて以来、
我々は数多の単位元に感謝をささげてきました。
しかしながら nop は単位元として
正当に評価されていると本当にいえるのでしょうか。
lambda :
ご存知、ラムダ計算を象徴する文字で
ネクタイに縫い付けられたりします。
ラムダ計算は
f(x) = a*x+b
のような関数 f を
λx . a*x+b
のように書くことにしたものです。
面倒なので以下
\x -> a*x+b
としておきます。
普通の関数は domain が集合でないといけないのですが、
なんにも制限をしないことにします。
(\x -> x) (\x -> x)
のような気持ちの悪いことも許します。
α変換
\x -> a*x+b
から
\y -> a*y+b
に変換するのがα変換です。
β簡約
(\y -> y y) (\x -> x)
を
(\x -> x) (\x -> x)
に置き換えるのがβ簡約です。
重要な定理としては
チャーチ・ロッサー
「X をβ簡約しまくったものが二つ(A,B)あったとすると、
A と B をうまくβ簡約しまくると同じものに出来る」
決定不能
「A と B をβ簡約しまくって同じかどうかを判断する方法はない」
チャーチ数っていうのは
ラムダ計算上に自然数を構築する方法。
#> zero = lambda f : (lambda x : x) はとても理にかなってる。
#ということですけれども、ラムダ計算は相当複雑な構造がもてるので
#ここにも自然数構造が埋め込まれていた程度だと思っております。
こいつらには名前がついていることがあって、
ラフな理解では
I が恒等演算、K が定数関数作成関数、B が関数合成です。
ちょっと前に上がっていた Y がループっぽいのです。
他に R が再帰関数っぽいやつです。
ほかに重要なのは
チューリングマシンと同程度の能力があること。
あとは、
型付ラムダ計算というのがあって、
ラムダ式のうちからお行儀のよいやつだけを選び出そうという企画で
もっとも単純な型のつけ方だと
正規化可能
「どんな型付ラムダ式もβ簡約しまくるとそれ以上できなくなる。
あと、その結果は一通り。」
ということが成立します。
なので Y の型付けは、普通つかないといったのはそういうことです、はい。
それから、プログラミング言語にあると便利。
■人形のセレナーデ
serenade of the doll, to the doll, for the doll
第一感、
ドビュッシー、フランス人だから翻訳ゆれじゃない?(適当)
ヨハネの福音書
ヨハネによる福音書
全部いうみたいなもので。
ところが
はずれ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Children%27s_Corner
There are six pieces in the suite, each with an English-language title. This
choice of language reflects Debussy's Anglophilia, and may also be a nod
towards Chou-Chou's English governess. The pieces are:
<[snip]>
3. Serenade for the Doll
もうちょっと調べるとあった。
and here is the answer.
http://72.159.2.237/schools/chalkville/specials/cocke/musiced/R-Children.htm
> In the table of contents of the original score, it is listed exactly as
> “Serenade for the Doll – (Sérénade à la poupée)”. The correct translation of
> the French is “Serenade to the Doll.” To unintentionally complicate things
> even more, Debussy wrote “Serenade of the Doll” above the actual score.[12]
要は、目次には for と書いたが、そこについているフランス語を訳すと to
で、楽譜には of となっているらしい。
■真であること
証明できることと真であることは異なる、というのだが、個人的には真であることという概念がそもそもないかのように感じる。
ブルバキの洗礼を受けているからだろうか。
しかし、そんなこといったらモデルという概念がここに依存しているように感じられるからこれを捨てなくてはいけない?
むう。
■[quiz]結託じゃんけん
n 人が同時にじゃんけんをして勝敗を決める。あいこはやり直し。負けた人は抜けていき、最後に残った人の勝ち。
このときに実は n-1 人が結託しているとしよう。
彼らはどういう作戦を立てれば、結託しているうちの一人が勝つ確率を最大にできるだろうか。
ただし、話を容易にするために結託している人々だけ共通の乱数源を読むことができるとしよう。
■空集合の一点集合
学生時代とても頭が良く切れ者の知り合いがいまして、その人は文学部だったのですが、数学も良く出来、難しい大学入試問題もすらすらと解いてたのです。ところが一度数学談義になり、彼が言うには
と
の違いが分からないというのです。で、そのときはどうしてこんなに頭の良い人が、これほどあたりまえの事実の把握に失敗してるのか理解出来ず、通り一遍に片方の要素の個数は
0 で、もう片方の要素の数は
1個なので違うじゃない、等色々説明を試みたのですが、結局分かってもらえなかったのでした。別にそれで特に困るわけではないので、一時間くらいであきらめましたが。
これは以前から非常に面白く考えさせられる記事だと思っておりました。
というわけで
そういえば perl というプログラミング言語では
(0,(1,2)) と ((0,1),2) と (0,1,2) が同じですよね。
……関係ありませんでしたか。
私はこれは誤設計だと思っていて、この原因はこの話と本質的には同じだと思うのですが。
[ ] と [ [ ] ] を使うプログラムは Haskell を知るまでは書けなかった。たとえば ruby で書いてるんだけれども。
■化学式
日能研の同窓会へ行ったら多くの人から独立に「あの頃はものすごい数の化学式かけたね」と言われて参った。
ガキの価値観として、これが宇宙の真理である、というのがあったのだろう。
いまはブドウ糖すら怪しいよ。
■[haskell][ruby]クレオール
をみて、書きたいコードがあまりにも違って面白かったので。
Project Euler は半分弱 Haskell で解いたこともあり思いつくアルゴリズムから Haskell の香りが漂う。
100! の各桁の数字の和を求めよ。
#project euler 20 p (1..100).to_a.inject(1){|a,b|a*b}.to_s.scan(/[0-9]/).map{|a|a.to_i}.inject(0){|a,b|a+b}
これはどう考えても
main = putStrLn $ show $ sum $ map (read.(:[])) $ show $ product [1..100]
の影響。
はじめに1000桁になるフィボナッチ数列の項の数
#project euler 25 c=[[1,1]] p c.inject(0){|i,(n,f)| if f <10**999 then c << [n+1,i+f];f else n end}
こっちは
main = putStrLn $ show (let fib = 1: 1: zipWith(+) fib (tail fib) in fst $ head $ dropWhile ((<10^999).snd) $ zip [1..] fib)
を髣髴とさせるでしょう。
もうひとつ思いついたこっちは Lisp っぽいかな。
#project euler 25 def f(n,a,b) if a < 10**999 f(n+1,b,a+b) else n end end f(1,1,1)
main = putStrLn $ show $ f 1 1 1 where f n a b | a < 10^999 = f (n+1) b (a+b) | otherwise = n
いつも inject で副作用するようなひどいコードを書いているわけではない。
■Machin の公式
をみて、Machin の公式の話をしたくなった。
円周率は 3.05 より大きいという問題が東大入試に出た。
ああ、Machin の公式、と思いながら結局正多角形で近似をするオーソドックスな方法で解いた。
これは arctan の加法定理とテーラー展開を知っていると、手で計算しやすい級数展開が用意できるのだ。
を 逆関数の微分すると
収束半径 で、0 から 1 まで両辺を積分。
である。
ところで、 だから
。
級数が計算しやすそうなものとして、1/5 を使うように選ぶと
となり、こいつはとても楽に手計算できる。
■ベル不等式の破れ
ベル不等式を解釈しまくる、というのは企画として面白いじゃないだろうか。解釈問題っていうのは、量子力学の妙なところを日常用語で表現しようとするから起きるわけで、じゃあ、逆にものすごく妙なことが起きているときにどのような日常用語で表現されるかを考える。
■[quiz]倍数グラフ
任意のグラフG(V,E)に対し、以下の条件を満たすような
Vから自然数への単射fは存在するでしょうか。
条件: f(u)がf(v)の倍数または約数 ⇔ (u,v)∈E
存在しないグラフがあるとの答えをだした後にこのようなことを思った。
ありゃー、
できないんだったら出題するわけないよなと
帰納法するためにちょっと書き出したら |V|==3 で
これはできないと感じて作ったのが上です。
なんていうか、
出題者が答えを知っているか否かを知っているか否かで
方針の立て方が相当変わりますね。
■きみがよ
さざれいしはいわおにならない
■種の壁
種の壁を越えるほうが、性別の壁を越えるよりも易しいというのは変じゃないかな。
それと一緒で僕は一人でもニョロニョロの群れなんだ。
しかしだよ、遺伝子の表現形のレベルで考えれば、哺乳類は雄がヘテロなのに対して鳥類はホモではないですか。
それじゃあサンゴになりたいというのは許せる? 群体だけれども。
■フェーザ法
フェーザ法っていうのか。
この方法は小さいころに複素数とともに知ったと思う。そのころは回路が何なのか分かっていなかったけれども。
というようなことを考えたときに、
なぜ、量子力学における複素数の利用は本質的で、それにたいしてフェーザ法はそうでないと感じるかという疑問がわく。
フェーザ法では線形写像に制限した後に複素数へと移すことができるが、それに対して、量子力学のほうは、ある種これが真理であり、それが下部構造を持っていないと感じているからではないだろうか。
■ノラ
http://d.hatena.ne.jp/nuc/20060822#c1156435312
雄のくせに「私はノラよ」とばかりに家を出たのだろうが,
というコメントがいまさらだが秀逸すぎる。
猫なのにヒバリ扱いされるのに嫌気がさしたのかもしれない、とでも答えればよかったか。
■オーロラ
> オーロラってなんでいつも見られないの?
いつも見られたらロマンチックじゃないからだよ。
> なんであんなにキレイなの?
よく知らないけれども、荷電粒子が地磁気に巻きついて大気圏に飛び込んだときに大気の分子を励起させ、準位に対応した色を放出するからじゃない。
■振幅
波動関数の振幅の2乗が存在確率になることは自然に導出できる。
ある場所にピークを持つデルタ関数を挟み込んで積分すればその場所での存在確率が出てきて、デルタ関数の場所を動かせば振幅の2乗。
しかし、そのときにその基底で同時に運動量演算子が微分であるところは不思議に思える。
■状態空間
状態空間は Hilb だとよくいうが、実際のところは次元がどっかで止まると考えているのではないか。
*1:なぜ、これがいまさらでてきたかというと、これは ICFP-C 呑みでの発言で、ICFP-C はこの日記と分離されていたのだけれども、実験的にいろいろと統合を開始したから。
gomi-box
こんなところでつたないコードが取り上げられてしまったカタカタ
nuc
こんばんは。
このようなコードは perl では書けない、と書いてないのでたぶん大丈夫です。
時計屋
>太陽観測所
遠心力はともかく、太陽風やらの効果って結構時間変化すると思うんですが、観測結果を随時反映しながら動くってことですかね。頑張るなあ。
まあ一番大変なのは、耐放射線設計かと思いますが。
あと、データ送るのにノイズがたくさん乗りそう。
>人形のセレナーデ
そーなのかー。私も翻訳ぶれかと思ってました。
>全体
2分割しても長すぎる罠。。。
O
>せをはやみ
は「たきがわ」じゃない?
>makeの仕方
使うのは「コンパ○○」.○○に入る二文字を答えよ.
>太陽観測
浮力!?
>ノラ
年上の雌ネコにツバメ扱いされるほうがいいもんね.
wd0
光学望遠鏡の分解能の公式 θ = 1.22λ/D (θは分解能[rad]、λは波長[m]、Dは口径)に、λ=530nm(緑錐体の感度のピーク), D=5mm(開き気味の瞳孔の直径)を放り込むと、θ=0.00013 が出てきます。これを視力(分解能[分]の逆数)に換算すると約2.2です。
自動補正レンズだけで視力6.0を実現するのは、難しそうです。
grossen
>理物の盲点
複素数体は代数閉体だから扱いやすいけど、
あの独特の世界がなんか苦手。
任意の体の代数閉包考えた方が好きだなと思いました。
でもあまり現実的でないのかもしれません。
どうしてか分かりませんが。
nuc
> 太陽観測所
ほんとがんばるねえ。しかしながら、中に入らないのならばそんなに近づくことにそこまで意味があるのかという現実的な疑問がわいてくる。
> 人形のセレナーデ
そうらしい。
> せをはやみ
たきがわだねえ。谷川じゃ印象がだいぶ変わるねえ。直しとく。
> make
compathy か compania で。
> 太陽観測
浮力って書いたの俺か。めちゃくちゃ薄いから絶対効かないねえ。これ、何がしたかったのかよく分からないんだ。
> ノラ
ハードルあげやがって。
「せっかく出て行ったからには子安貝でも取ってきて欲しいねえ。」
うーん。
「たとえヒヨコでもオシドリなら、それにこしたことないね。」
> 分解能
その議論はきわめて説得的ですね。ただ、そこでいう分解能は「二点か一点かを区別する分解能」なので定数程度のずれは起きそうです。1.22 という係数の由来は BWFN の半分でしょうか。
ランドルト環を用いる場合、それであるという知識が使えるので切れている幅の分解能は不要で上下左右の濃淡の差を識別できればよいと考えると、上部と右部の距離が必要な分解能です。ラフな評価ですが、切れ目を 1 として円の半径が 2.5 であることから、sqrt 2 をかけて 3.5。視力 2.2 の 3.5 倍は視力 7.7。網膜や脳の画像処理アルゴリズムや錐体細胞の密度によってはもう少し下がるでしょう。
6.0 という値は、大自然での生活者やレーシック直後にでることがあると聞いた「よい値」程度の意図でしたが、その実在可能性についてはこのような議論になるかと思います。
それにしても、光学的な限界に相当近いところまで見えているということは人間の目はよくできているのですねえ。(私は5倍程度で区別する数字分解能なので。)
やはり、ここは脳もいじって両目で可視光干渉計を作りますか。
> 複素数体
物理だと測定が実数となじみがあるので、代数的閉包は自然と複素数の世界へいってしまいますね。
nuc
MIU システムの MU ゲームが名称ですか?
このゲーム、初出は GEB でしょうか。
私がこれを初めて知ったのはある塾のテキストででした。
hoshikuzu
あ、正式名称は忘れました。GEBですね、私が知っているバージョンのやつは。GEB::友人に薦められて読んだのですが3ヶ月かかりました。その友人は夜行列車で一晩で読み終わったそうですが、笑いをこらえきれずに始終クックッと嗚咽(違)していたので、周囲の人の安眠を妨げたようです。
hoshikuzu
GEB===ゲーデル・エッシャー・バッハですね、すみません。
::
貴日記のこの日付の特殊相対論の項で、ユークリッド空間における回転とミンコフスキー時空におけるローレンツ変換の対応について書かれていますね。 私の聞きかじりでは、『原点を始点とするベクトルを原点につなぎとめたままぐるりと回転させる操作をユークリッド空間で行っても、ベクトルのノルムが変わらない』という事実と、我等が宇宙のモデルとなる特殊相対論での『ミンコフスキー時空におけるローレンツ変換での光速度不変』という事実は、一対一に対応していて、まったく同じ意味になるのだとかうんぬん。聞きかじりかつ知力がないせいで上手に表現できているかどうか不明ですが、まー、解析的延長な雰囲気ということでごまかします。
nuc
GEB は面白かったですが読者を選びそうですね。
あー、はい。その二つにはほとんど差がないです。hoshikuzu さんの書き方でも大きな問題はありませんよ。
ぴらぴら
>「東大98後期3」
出所は由緒ただしくて、実平面曲線の特異点解消を考えていたら、ここに帰着させられるんだそうな。ふーん。
nuc
おやおや、それは由緒正しそうだ。
ふーむ。
hoshikuzu
nucさんにいろいろコメント付で、84「はてなポイント」を送付させていただきました。 ええと、名目は、「ゲージ教入信認定料」です。よろしくご査収くださいませ。
pure_watcher
ムペンバ効果
できるだけ短くいうと「比重極大点で成層に移行するか対流が続行するか、それが運命の分かれ道」
比重極大点っていちおうぼやけた液液相転移点なのかな?
nuc
過去の情報の持ち方としてそれはありうるでしょう。
相転移点の定義はなんでしょうか。その場合、オーダーパラメータは何になるのでしょうか。
2009-06-23
これは 6/23 の後半部です。前半部は量が多すぎたために 6/25 へ移動しました。
■pentagon
結合法則は重要な性質である。結合法則を満たす2項演算子の作る代数系に半群という名前がついていることからもそれは分かるだろう。
もちろん圏論でも結合法則は重要である。しかし、圏論では代入するという概念がないため、 のように結合法則を定義できない。あくまでも二つの対象の同型がいえるだけである。ここで二つの対象 A, B が同型であるとは、この二つの対象の間にお互いに逆向きの射 f, g が存在して、
、
となることである。
なるほど、この定義ならば、反射律、対称律、推移律を満たしており、普遍性を持つ。同値関係の定義として自然に思える。
ただし、これだけでは、いくつかの対象の間に射を定義して対象の同値関係を生成するには少々困ったことが起きうる。つまり、A, B, C という三つの対象があったときに A から B への同型射と B から C への同型射の合成が A から C への同型射になるとは限らないからだ。このよい性質を "coherence" であるという。
今回の場合、結合法則は の
が同型射であることだけでは足りない。それに加えて、
が双関手であること、つまり
であり、
、また、
が自然変換であること、つまり、
であることが必要だ。
そして、最後に次の図式が可換であることが必要である。
この最後の図式を "pentagon axiom" と呼ぶ。
さて、ここで疑問になるのは、本当に上の等式だけで十分なのかということだ。項がもっと多数存在するときに "coherence" であるという保証はあるのだろうか。
ここで、話を簡便にするために次のような規約を導入する。
n+1 項の積に出てくる演算子をどの順番で結合させたかによって番号をつけ、その番号を並べたものとする。
たとえば、 ならば (2,0,1) という具合である。さらに紛れがない場合は 012 とも略記する。ここで、0132 や 0231 のように異なれど、同じ積である場合があることを注意しておく。さて、この記法の下では、
変換とは、差が 1 である数字を入れ替える操作に対応する。というのではじめやっていたのだけれども、訂正。演算子に名前をつけて、それが計算された順に従って前から並べたものを表現とする。
ならば abc、
ならば、bca である。この場合、異なる名前でも同じ積である場合があることを注意しておく。たとえば、acb と cab は等しい。このときは id をアルファ変換の一種とみなす。このときにアルファ変換は隣り合う文字を入れ替える操作に対応する。これを素置換と呼ぼう。またギリシャ文字を適当な文字列の略記とする。
ここで示すべきことは、アルファ変換とその逆の合成のみで作られた domain と codomain がそれぞれ同じな二つの異なる変換が等しいといえることである。
これは domain と codomain が等しい場合、id になることと同値である。また、domain を適当に固定しても一般性を失わない。(インバースが存在し連結であるため。)
上の記法では、ある文字列からスタートして元の文字列に戻ってくるような素置換の列を置き換えていって、最終的に素置換がない状態に必ずできることがいえればよい。
文字列の長さに対する帰納法で解く。
まず、"pentagon axiom" より k=3 のときにできている。(ちなみに、k=4 の場合は切頭正八面体の頂点に文字列が並んでいる形になる。一度描いてみると面白いだろう。)
k 未満で成立しているときに、k での成立を示す。
abc...z という文字列が何回かのアルファ変換の後に abc...z に戻ってきたとする。このときに、先頭の文字が変わっている回数を l 回とする。
さらに l に関する帰納法で解く。
l=0 の場合、これは一番初めに計算される
の項をひとつとみなせるので、ひとつめの帰納法の仮定より id と等しい。
l=1 の場合、ありえない。
l が2以上で l 未満で成立している場合、l での成立を示す。
先頭部分は、
となっている。ただし、a と s は同じ可能性がある。
このときに、a,p,s のどれとも異なる文字、x がとれる(なぜなら k>3)。
これは
となる。上段の可換性と同値性は、それぞれ、アルファの自然性、ひとつめの帰納法の仮定、恒等写像、帰納法の仮定、アルファの自然性から従う。また、下段はひとつめの帰納法の仮定から従う。
ところで一番下の射を眺めると、これは最後の文字 x が固定しているので、ひとつめの帰納法の仮定より先頭の文字を a から s に直接変えた射と等しいことが分かる。
これで帰納法の l-1 (
) または l-2 (
)の場合に帰着できた。
よって、すべての l で成立。
よって、すべての k で成立。
■円上の有理点
円上の有理点がなす加法群は有限生成ではない。
単位円上の有理点に偏角の和という加法をいれる。
これは (1,0) を単位元となす加法群となる。
(有理点の和が有理点に移ることは三角関数の加法定理からいえる。)
上記の加法群が有限生成であったとする。
このとき、この生成元を既約分数にし、その分母を素因数分解すると、その素因数全体は有限。
その素因数に含まれない p = 1 (mod 4) を満たす素数 p を用意する。
このような素数は無限に存在するためこれは用意できる。
p は互いに素な整数 (n,m) により n^2+m^2 という形に表現できる。
このとき ( (n^2-m^2)/(n^2+m^2), 2nm/(n^2+m^2) ) を P とする。
加法定理を用いても、分母の素因数は増えないので P は生成できない。
よって示された。
背景としては、楕円曲線上の有理点は有限生成アーベル群になることがあります。では、二次曲線ならばどうなるだろうというものです。大して難しい証明ではないですが、自作の問題を自分で解いて面白かったので。証明が整数論の自明でない定理をほとんど糊無しに組み合わせて作っているところがお気に入りです。
■ごみの山
http://puzhai.cocolog-nifty.com/zazhi/2009/02/post-2b3b.html
これを読んで、さる有名な教授が学部生向けのゼミで話されたことを思い出しました。
この論文を次回説明しろと予習をさせておき、当日、学生が説明を始めると途中で遮りこう述べたそうです。
「はい。みんな分かっていると思うけれども、この論文はごみですね。いい学会誌に乗っていてもごみはごみです。読める論文の数は時間的に限られているのだから頭のいい論文を読みましょう。」
彼には査読付き論文もゴミの山に見えていたのです。
■啓蒙とは何か
お祝いにカントの論文集「啓蒙とは何か」をもらう。これにはかの「人類の歴史の憶測的起源」が入っていた。
本人も「ただの漫遊を企てている」と述べているとおり、旧約の内容が歴史的にあったとして人類の起源を語る実に香ばしいものである。
人の「たまごニワトリ問題」を「母親の扶助を必要としない成人した人間としての存在」と「ニワトリ説」で片付けると、それは繁殖の必要性から夫婦であると述べる。
それもただ一組の夫婦でなくてはならない、人間が互に接近していながらしかもまた他人同志でいると、これらの人間のあいだにすぐ戦いが始められるからである。それにまた自然が人類の血統をいくつも立てておくと、人間の本分の最大の目的とするところのもの、すなわち社交性を発展させるに適切な最善の用意を欠いていた、という批難が自然に向けられることになるからである。
自然に非難を加えてよいぞ。俺が許す。万事この調子で聖書の出来事を解釈していくのである。仮に蛇とされる動物が木の実を食べたために、人間が本能だけに従わなくなった、など太宰治の「カチカチ山」を髣髴とさせるなかなか面白い文である。
歴史の認識という点でも、われわれは少しは進歩しているのだから、現在の感覚で断罪するのは不公平ではある。
しかしそれでも、偉大な先人ではあるがそれでも大したことのない人々の思想を学んでいるということを認識することが重要なのではないか。権威から得てして盲信の誤謬に陥るのであるのだから。
■環境負荷をゲームで決める
A が環境負荷をかける生産者で、B がその被害を受けているとしよう。このときにゲーム理論を応用して最大効用を達成する手段がある。
A は単位生産量あたり、いくら B に払っていいか(p)を国に申告する。また、B は単位生産量あたり、いくら A から欲しいか(q)を国に申告する。
ここで生産量を x として、国は、A から qx + k(p-q)^2 を巻き上げ、B には px - k(p-q)^2 与える。k は適当な正の定数。
こうしたあとで、A も B も効用を最大化しようとすると p=q で A と B の効用の生産量微分が q と -p に一致するので、最大効用が達成できる。(効用関数が凹であることなどは必要。)
難点はいくつかある。B が効用の生産量微分を分かるのか、などはクリティカルだ。
ただ、何よりも大きいと思うのは、このシステムを運用するには参加者全員がこのシステムを理解していないとごまかされたという不満が残るところである。
しかし、逆に、たとえばなんで多数決で納得するのかが分からん。
■受動態とカリー化
受動態ってカリー化みたいなものですか。
■ペッキングオーダー
偏差値の定義も知らんで偏差値に対する願望が生まれうるのか。
ところで、ニワトリはお互いにつつきあう。この、どの個体がどの個体をつつくかという有向グラフをペッキングオーダと呼ぶ。ところが、ペッキングオーダーといいながら半順序ですらないことが知られている。A pecking order in a chicken herd is not a partial order.
つまりだ、IQ テストや偏差値、その他の人から実数への写像が好まれるのは、ニワトリと比較して、人は全順序を作りたがる程度の社会性を持つということではないだろうか。
■連続
日常用語の連続の意味がものすごくしっくりきていなかったのだが、時間が絡まない場合は数学用語の連結と直すとよく分かることが多いことが分かった。
それから、矛盾は一般的には「変」という意味。と解釈して、 「ゲーデルの不完全性定理は世界は矛盾していることを証明している。」だとぉ! - くるるの数学ノート が少し分かった。
cf. 無限は「一万億」
■サッカー
社会学研究室で、学部生向けにフィールドワークの実習をやらせたらしい。
テーマはワールドカップのサッカー観戦。そういやあのころ、スポーツバーで観戦したりスクランブル交差点でハイタッチするようになりましたね。どうしてそのようなことになったのだろうと調査する。誰に誘われたかをどんどんたどっていく、と。
電通とやくざにいきついたそうだ。
なるほど、視聴率が上がれば広告収入が増える。
しかしながら学生を守りきれない、と判断した先生は出せない結果として封印。そして、いまでも社会学研究室にこっそりとコピーがおいてあるという。
■有効数字
この有効数字分かってない大審院判決、頭悪い。なんで速度が有効数字一桁なのに、ブレーキかけて止まるまでの時間が三桁もだせるんだよ。
いくらなんでも今はリテラシーあるだろうと思ってたら、平成11年の不動産侵奪罪の最高裁判決、1496平方メートルの土地に約13.12メートル堆積させた廃棄物の量を約8606.677立方メートルとか7桁だしている。こーら。まさか、本当にこの精度で測定したんじゃないよね。
■致死量
致死量のんだら即死する、ってわけじゃないってことを分かってほしいね。
■核融合
どちらかというと太陽内の核融合は、たき火よりも恒温動物に近いでしょう。
恒星内は重力と圧力と温度がバランスしています。
核融合が局所的に激しくなっても、熱量が上がりそこの圧力が上がって膨張することで温度が下がり反応が鎮静化に動きます。
地球温暖化と称して100年間でたかが0.7度つまり0.2%程度変わった程度でぎゃあぎゃあ言うほど
地球の気候が億年単位で安定していたのは、この強力な負のフィードバック機構があるからですね。
たき火みたいに「はじめちょろちょろなかっぱっぱ」だったら生物全滅です。
それに対して水爆は核分裂の熱でプラズマ化した後は正のフィードバックがかかるのでだいぶ違う現象ですなあ。
人類が核融合を有効利用できるようになるにはどうしてもフィードバックがかけられないといけないんでしょうが、太陽見ていると難しいのだろうなあ、と思います。あるとしたらレーザーの利用くらいでしょうかねえ。
■反一元論
地球上にあるすべてのエネルギーは元を正せば太陽光エネルギーという文をたまにみる。
やー、どうでもいいんだけれども、地熱は地球内部の不安定核の崩壊だし、潮の満ち曳きは月の運動エネルギーだろうと思うのです。
■ギルガメッシュ
「ギルガメッシュは、三分の二は神で三分の一が人間だったんだ。」
「How can it happen?」
「片親が神で、片親が三分の一神で三分の二人間ならいいよ。」
「じゃあ、三分の一神で三分の二人間なのってどうやったら生まれるのさ。」
「片親が人間で、片親が三分の二神で三分の一人間ならいいよ。」
「There's a hole in the bucket.」
胚乳は3倍体だよね。
■科学哲学者
http://www1.kcn.ne.jp/~h-uchii/Leib-Clk/qg.pdf
量子力学が提起するいろいろな問題は、空間・時間の問題と並んで、欧米の科学哲学では最も盛んに論じられている話題である。<snip>こういった話題については、かなり掘り下げたテクニカルな知識が必要となるので、物理学に対する一般的な無知が支配的な日本の科学哲学では、欧米に比べて、研究者層も薄いし研究のレベルも貧弱であることは、否定しようがない。こういった実情を改善するのが急務だとわたしは考える<snip>
内井惣七さんは、順序対の定義の話でメールを交わしたこともあり、彼にはあんまりきついこといいたくないんだが、この文章は科学的誤認が多すぎる上に結論がしょぼい。
国から研究費もらっている以上は、好きなだけ文句を書いてあげてもいいだろう。
基礎的なところがごっそり抜け落ちているから話が通じていない。ゲージ対称性はなんか別のものになっているし、あたりまえの次元の定義にがっかりしているし、ガリレイ変換分かってなさそうだし、ふーむ教養書ってこんな風に読まれちゃうんだって感じだし、拡張路線だとか緊縮路線だとか意味不明だし、超ひもがどの程度物理なのか分かってないし、物理学者の実在という言葉は哲学者のそれよりも深いのかしらとか思っちゃうし、結論導くのにどう考えても量子重力要らないし。(量子力学が決定論かについては不問にしよう。)
いや、なんていうか努力は感じるから及第点はあげたいのと、この分野をいい方向に持っていってねと応援したくなるんだが、ロミオとジュリエットを古英語で読んだ感想が「アルファベットって数が少ないんですね」みたいな文章だ。
ちなみに、僕の実在に関する立場は
- なんらかの実在を信じているかといわれれば、なんらかの実在は信じているが、なんらかの実在は定義されないから特に意味のない言明だ。
- 電子が実在するかといわれれば、フォノンと同じ程度の意味でしか実在しない。つまり上の実在からははるかに劣る意味でしか実在しない。
あたりになる。ここは「自発的対称性の破れ」に影響を受けていると思う。
ちなみにこのネタで話し込んだ友人は
- 個人的には,現象しか信じてない。自分が感じることのみ
- それを効率的に記述するために、「世界」が存在することを仮定する
だそうだ。
ごめん,科学の文脈の「現象」だとなんか上手く伝わらないかも
たぶん「純粋経験」という用語が適切かと
↑これは『善の研究』にあった言葉
フッサールの「現象」のつもりで話してたんだけど,それだけ切り出すとたぶん誤解を招く.
■大きさ
たとえば、「電子には大きさがない。」という文は「電子には匂いがない」程度に理解されてしまう。
しかし、おそらくこれは「陽子には大きさがある」などと対応していて、もうちょっと具体的にいえば「電子には内部構造がない」ということを述べているのだろう。
もちろん、電子の位置は確定するということではない。
■科学的実在
科学的実在をピュアに信じている科学者って、そこまで多いのかがよく分からん。たしかに普段しゃべる上ではわざわざそんなこと言及しないし、どう考えていても科学者としての能力に影響を与えないだろうが。
■不確定性
ところで量子的な不確定性と熱的な不確定性って、統一的に扱えないだろうか。
二重スリットと、その片方が半々の確率で閉じている系を考えよう。もちろん結果は異なるのだけれども、多世界解釈的には、量子的に異なる測定系とテンソルを取ったことによってデコヒーレンスしたわけで。
■クレオール
福岡伸一さんの「生物と無生物のあいだ」のどこがおかしいかをもうちょっと説明しよう。結論からいえば、「シュレディンガーは誤りを犯した」という福岡伸一さんの説は物理学の常識の欠如によるものだ。
P.150
そのかわり、シュレディンガーは、生命が、エントロピー増大の法則に抗して、秩序を構築できる方法のひとつとして、「負のエントロピー」という概念を提示した。エントロピーがランダムさの尺度であるなら、負のエントロピーとはランダムさの逆、つまり「秩序」そのものである。
生きている生命は絶えずエントロピーを増大させつつある。つまり、死の状態を意味するエントロピー増大という危険な状態に近づいていく傾向がある。生物がこのような状態に陥らないようにする、すなわち生き続けていくための唯一の方法は、周囲の環境から負のエントロピー=秩序を取り入れることである。実際、生物は常に負のエントロピーを"食べる"ことによって生きている。
シュレディンガーは、これが比喩でないとして次のように述べた。
事実、高等生物の場合には、それらの動物が食料としている秩序の高いものをわれわれはよく知っているわけです。すなわち、多かれ少なかれ複雑な有機化合物の形をしているきわめて秩序の整った状態の物質が高等動物の食料として役立っているのです。それは動物に利用されると、もっとずっと秩序の下落した形に変わります。
シュレディンガーはここで誤りを犯した。この考えはナイーブすぎたのである。実は、生命は、食物に含まれている有機高分子の秩序を負のエントロピーの源として取り入れているのではない。生物は、その消化プロセスにおいて、タンパク質にせよ、炭水化物にせよ、有機高分子に含まれているはずの秩序をことごとく分解し、そこに含まれている情報をむざむざ捨ててから吸収しているのである。なぜなら、その秩序とは、他の生物に含まれる情報であったものであり、自分自身にとってはノイズになりうるものだからである。
とはいえ、シュレディンガーの省察のうち、食べることが、エントロピー増大に抗する力を生み出すという部分は、彼の意識のレベルにかかわらず、的確なものであった。その意味と機構を明らかにするためには、彼と同時代の、しかしすでにこの世には存在していなかったもう一人の孤独な天才、ルドルフ・シェーンハイマーについて語らなければならない。
いやいや、こういうこと言われるとエントロピー分かってんのか、っていいたくなるよね!!
分子生物学という分野は、物理学者が生物学に侵攻した結果生まれた側面がある。だから、クレオールをしゃべるのはいいけれども、最低限、綺麗なフランス語の文を非難するときは分かってからにして欲しいね。
まず、「負のエントロピー」という言葉はあくまでも比喩だ。だって、そもそもあらゆる物質のエントロピーは熱力学の第三法則から正である。負のエントロピーを持つ物質なんて存在しない。
ここで「負のエントロピー」といっているのは、「入った物質と出た物質は物質としては同じ」だけれども、入ったときのエントロピーと出たときのエントロピーを比較すれば前者のほうが低いから、結果として生物の中のエントロピーが減ったようにみえる、ということだ。
消化によってエントロピーは増大するっていうのもそりゃそうだ。だって、この宇宙ではエントロピーが増大するような反応しか起きない。消化が反応である以上、消化によってエントロピーが増大するのに決まってら。
うわさによると、シュレディンガーの「生命とは何か」の翻訳書、新しい判に翻訳者が「最近、負のエントロピーを誤解している輩がいるようであるがそういうことではない」みたいなことを書いたらしいとか。
■抽象化
fizz buzz をプログラマの試験に使おうとするのは、単純に抽象的な思考が全然できないからみたいよ。
たとえば、入力された数字が「3の倍数または10進法で表したときに3を含む」ことを判定するプログラムを書くとしようじゃないか。
def nabe(n) end
ほらその時点で抽象化したでしょう?
そんなのできるのプログラマでも一握りの人だけだよ。
def nabe(n) return true if n % 3 == 0 p = n while true q = p % 10 p = p / 10 return true if q == 3 return false if p == 0 end end
ループ構造が作れる時点でそれは抽象化な訳ですよ。
■アルキメデス体
某所に以下のような文があったそうだ。捨身成仁日記 炎と激情の豆知識ブログ!
これは天皇制とオウム真理教のキモさを t と o としたときに と、オウムを擁護しているのではないだろうか。
本当は「軽く」を汲んで としたいところなんだけれども >> を定義するなら、やはり左辺に対して右辺が誤差程度と物理的な匂いのするパラメータをひとつ導入しないといけない上に、どうせ簡単な変形が存在して。
はてさて、勝手にアルキメデス体であることを仮定したけれどもよかったのかな。
うかつに任意なんていうからだ。
■同一反応
分かっていない人を分かっていると思っているだけの人が非難していて困ることが多々ある。
特に、物理学って真理を象徴しているからか、いろんな人が寄ってくるんだけれども原子分子よりも細かい話をするとなると、最低、量子・統計・電磁気の三つが分かっていないと会話が成立しないじゃない。
そのときの話題は「ウラン鉱山と原子炉と原子爆弾の中の核反応は完全に同じ反応と呼べるか」なのだが、この「完全に同じ」がなかなか難しい。
世の中、四つの力しかないんだから、その組み合わせの反応しか起きていないからすべての反応は同じ、というのから、逆に、時空間並進対称性を認めなければすべての反応は異なる、というのまである。だから同じ反応というときには断り書きが必要だろう。
量子論や統計力学や特殊相対性理論は教養としてあるのは前提で、そのレベルから僕のような素人だと論文を探さないといけない。調べたところではウランに中性子が飛び込む反応でも、中性子の速度分布で生成物の分布がだいぶ異なるらしいんだ。だからこういう意味では質的に異なる。ブドウ糖の燃焼・アルコール発酵・酢酸発酵が異なるように。ただ、それをいいだすと、制御棒が少し動けば異なる反応になるのか、ということにもなるけれどもね。
他山之石可以攻玉。
知之為知之、不知為不知、是知也。
■試験
今後受ける人の参考のために。
TOEFL
reading 27, listening 29, speaking 15, writing 24
うーん、listening と reading はどこで間違えたかも大体分かる。listening は講義で聞いた内容で忘れたやつを勘で書いたのが二つほど。reading は間違いに気がついたのにクリックが間に合わなかったのとか。
writing は自由作文で暴走した。全体の構造がひどいでき。読んで聞いて書くのは Good ついているから、受けなおせばもう少しはよくなるだろう。speaking は不可能。でも、もう10点あがれば一生受けなくてよさそう。
TOEIC
(425, 425)
短いぶん忘れちゃいけなくて TOEFL より難しいです。TOEFL と同じくらいとれたらいいと思ってたんだけれども。
物理の院試
| 数学 | 50,40 |
| 物理 | 100,40,80,74 |
| 英語 | 81 |
採点いい加減?
スピン合成できてなくて40もくるんだ。
日弁連適性試験
(92,87,75)
長文読解の3問目でちょっと時間がないなと思って読みが浅くなったようだ。ここで全体の失点の1/3が発生している。総得点は悪くないが、そこはちょっといただけない。
センター適性試験
(50,42)
まあ、こんなもんでいいよ。
東京大学法科大学院小論文
(81,74)
あの小論は時間なくてひどいできだとおもったのに何を評価しているんだろう。
■[quiz]アリバイ証明
なんで人間は違う場所に同時に存在できないかを考えていたら、わかんなくなった、爆。
それと、なんで人間ってこんなに遅い速度でしか移動できないんだろう。
人間を急に加速できないのはなんでだろう。ブラックホールで死ぬのは潮汐力っていうよね。要は体の外から押すから、慣性力が体の随所にかかるのが問題なわけだ。
つまりさ、体の中に骨格をいれておいてそれを引っ張ればいいんじゃないかな。実際に、小動物のほうが落下衝撃には強いよね。他には磁場の利用くらいだけれどもねえ。
はじめの質問だけれども、特殊相対性理論からの帰結、っていうのかな。ただ、時間方向にも閉じているトーラスの形の宇宙を考えたら同時に存在できる。
はい、ここで問題。空間方向にトーラスになっている宇宙を考えます。時間が R で空間が S^3。ここで双子のパラドックスをやるとどうなるでしょう。ただし、旅に出る双子のほうは折り返さずにぐるっと回って帰ってきます。大局的な相対性原理が破れるのがポイント。
■正規分布
ここまで来ると同じくらいの順位の二科目を足すと順位って下がるんですね。
150位と160位は総合120位になれるみたいなイメージがあったんですが、「こんなにどっちもできるやつはそんなにいない」ゾーンと「こんなにどっちもできないやつはそんなにいない」ゾーンの差異なんですね。
足した順位が下がるのは、だぃたぃ平均以下のときだよー
正規分布を仮定すれば☆簡単に☆証明できるのだお♪
仮定しちゃえばいいじゃない!!
イエエーーーーーーイ!
下がり具合は共分散によるのだ('∀'●)
☆☆ しろきゃぴたん ☆☆
おいらつだ〜るだお。 : 豚インフル( 仮)と豚( 飛べない天才)
寝ます起きます勉強します!そして遠くないうちにコメント返します(笑)
10日もほうっておいたコメントの話を突然したのは俺のコメントを放置するとただの痛い人でかわいそうだと思ったからかも知れんが情けは無用じゃ。
正規分布の仮定は強いけれども、反例は簡単に作れて、たとえば、ピークの異なる二次元正規分布を足したような分布ならばよい。
テストではしょっちゅう偏差値を求めているわけだから正規分布近似してもよいだろう。
逆に、よいテストならば正規分布をするはずだ。なんとなれば、しないってことは、各問題を解けるかどうかに相関があって無駄な設問があるってことだから。
ようは、分析が悪いのをテスト作成者のせいにしたぜ。
■層化
前層の層化が行儀のよい関手であることを理解した。
■クラバート
昔から思い出したくて、分からなかった本はクラバートという題名だった。
■オッカムのかみそり
「近似」と「モデル化」について - quine10の日記 のあたりから。
鉄の中のケイ素の個数がある真の値を持つことになっていますが、これは物理学としては疑問なのではないでしょうか。個数演算子の固有状態をとっている保証はありませんし、固体といえども蒸気圧は有限の値を持ちますからグランドカノニカルと思えますよね。
もちろん、これは真の値をこういうモデルでは持たないといっているだけであり、また化学者が普段使うモデルでは古典的なので真の値があることは正しいと思います。それに実験誤差からすればこんなのは話にならないほど小さいというのもそのとおりでしょう。
ここの話がモデル適用の際の実験誤差ということは承知しているので、余計な話ではあるのですが、先方の文句との間の断絶を埋めるにはこういう議論もしておかなくてはいけないように思います。
「光速度は定義値であるし、光速度の存在をアプリオリに認めるのか」という向こう側につけたコメントも、近似の話をするときに「モデル」を「自然」と置き換えて話を進めていないかという懸念から発したものです。
共役なペアとして、位置と運動量の方が一般的に親しみがあるというのはそのとおりだと思います。また、マクロスケールなら古典的と差がないようにふるまうというのもまったくもっておっしゃる通りです。
量子的描像では個数も「充分な精度で決める」ことができるというのもそうでしょう。そして塊が量子的に扱えるかには疑問は残るかもしれません。
私が問いたかったのは、技術開発者さんの「塊を構成している元素は数は分からなくても有限個であるということは証明可能」という発言は古典的描像の素朴実在論によるものではないか、ということです。化学では古典的な描像で素朴に実在しているように表現しても問題が起きることはあまりないのでしょうが、実在がどうこうという話もでているので念のために「真の値」がどのような意味であるかを補足する必要があると感じたのです。なので個数演算子を選びました。これは、たとえば、「ばね定数、屈折率や抵抗値は「真値は存在する」が技術上近似値しか求まらない。」に対しては、弾性限界、光の強度や温度や電流に依存しているなど精度を上げればより細かい構造がみえる(あるいは見えるだろう)ことを(実在の話をする場合には)断るべきと思うのと同様です。すくなくとも、科学の与える豊かな世界観を表現しきれていないので、もったいないのではないでしょうか。
古典論的にはこうで、量子論的にはこうだ、という描像を並べた上で、それもマイナーな差異であってもっと奥には何通りもの描像があるはずだ、という深みが出ないと思うんだよね。
オッカムのかみそりは会話における原則だといえないだろうか。
因果律や斉一性の原理は認めるが、しかし、実在論を信じない立場からは実際にどうかということは意味を持たないわけで、彼らにとってみれば「政治的に正しい御伽噺」を常にしなくてはいけないようにならないための方策に過ぎないのではないだろうか。
それと,科学者が実在論を信じていることを指摘するのは,
10÷4=2あまり2 という計算を見て,
分数もしらねーのかよ,と突っ込むようなことだ.
■non-standard Q
2009-03-28 - hiroyukikojimaの日記
無限和の定義を変えれば、普通に超準解析になるみたい。無限和の定義を、超積の形にして i 番目は i 項目まで足すとしてフィルターで割る。
超実数のコーシー列の収束と超実数の超積による構築の区別が難しい。
■米田の補題
米田の補題がとにかく気持ち悪い。
読み進めれば進めるほどそう感じる。
恐らく、射としての整合性が常に付きまとうために思ったよりも関手や自然変換に種類がないというところを分かっていないからだろう。
■Penrose Tile
部屋の整理をしていたら、そんなかに R. Penrose の Pentaplexity 〜 A Class of Non-Periodic Tiling of the Plane という論文があった。
ようするに、2種類のタイルで平面を敷き詰めるんだが、無理数なフラクタル次元を持っている。
2種類のタイルの比率は十分に広い範囲では黄金比に近づいていく。だから周期的な敷詰めがあったとしたら、その敷き詰めは有理数比なので十分繰り返すと破綻する。
いいのかこんなラフな説明もとい理解で。本当は、黄金比以外の敷き詰めができないことをいわないといけないもんね。
■Curry
pow = λm n. n m とか謎過ぎる... λm n. n (λl s. m (l s)) (λs z. s z) なら分かるんだけど.つまり times m を one に対し n 回適用するの.
|n| = ¥f -> ¥x -> f^n x
を . (関数結合)で表記すると
|n| = ¥f -> (f . f . f ... n times) で
|m| = ¥g -> (g . g . g ... m times) だから
|n| |m| h = (¥g -> (g . g . g ... m times) . ¥g -> (g . g . g ... m times) . ¥g -> (g . g . g ... m times) ... n times) h で、(x . y) z = x ( y z) にしたがって Haskell の $ (f$x = f x, 右結合) を 使うと
¥g -> (g . g . g ... m times) $ ¥g -> (g . g . g ... m times) $ ¥g -> (g . g . g ... m times) ... n times $ h
で . の結合則を使うと ¥h -> h . h . h ... m^n times になるよ。
これじゃあ直感的じゃないかな。
■医学
医学は自然科学ではないというのはよく言われるがでは何かというのに「ニューラルネットワークである」というのはよい答えだと思った。
■硫黄
(中高時代に)硫黄の粉末を水面に浮かべて、ハンドバーナーとかで直に強熱すっと
こげ茶じゃなくキレイな黄色のゴム状硫黄が作れることを発見した
というようなメールが飛んできたすぐ後に新聞でニュースになっていた。
どうも、この話のオチは
のあたりにあるとおりのようなのだけれども、それはともかく、水上でやるというのは面白いと思う。
水が反応に寄与しないならば、熱浴と接していることになり容易に起きる反応の種類を限定することができると。
■獲得免疫
接木ができるのはそれなりに不思議で、人ならば拒絶反応を起こす。
もちろん、これは植物が獲得免疫系を持たないことによる。
獲得免疫系を持っているのは主に脊椎動物である。
なるほど、植物は細胞壁があるために病気には強い。無脊椎動物は、病にやられる前に世代交代するので十分というのは確かにひとつの戦略だ。
■家庭教師
某が中学受験向けの問題が不愉快だといって帰ってきた。
ゴムに錘を10個つけていくときと外していくときに伸び方が違う。では、6個つけて外すとどういうグラフを描くかという問題がでてそんなもん分かるかという。
なるほど。たしかに趣味が悪い。とりあえず、問題の背景としてはヒステリシスのことをやりたかったんだろうね。
完全な勘だけれども、ヒステリシスの原因は、温度か硫黄架橋構造の破壊だろうねえ。
温度といっているのは、ゴムは伸ばすと熱くなるんだ。冷えるから同じ力でよく伸びるようになる。これはちょうど袋に閉じ込められた気体の逆になっている。
もちろん、ばねだって話は同じで応力にひずみが比例するというフックの法則っていうのは応力が弱い範囲で近似的に成り立っているんだ。そこをテーラー展開した一次の項をバネ定数と呼んでいる訳だ。
もう一つは、時間と位置の表から平均速度および瞬間速度を求める問題。そうだね。確かに瞬間速度は求まらない。でも、それ、差が等差数列になっているから二次関数だね。そこで要求されているであろう瞬間速度の推測方法は、数値計算でやるのと一緒だ。そのときに実質的にテーラー展開をして三次以上の項は無視している。それでいいならば、その方法で求めた瞬間速度で近似しても問題はない。
■大きな核の不安定性
核のエネルギーの巨視的な項(原子の個性を取っ払った項)は、体積エネルギーと表面エネルギーと対称エネルギーとクーロンエネルギーで決まります。
うち、くっつけようとする(プラスの)項は体積エネルギー項だけで O(A) です。
ここで、N を中性子数、Z を陽子数、A=N+Z とします。
ほんで、対称エネルギーは、O((N-Z)^2/A) で、クーロンエネルギーは O(Z^2) なのです。
あとは、係数の問題ですが、対称エネルギーの項が十分大きければ、巨大原子核は存在できませんね。
参考文献は、岩波講座9「原子核の理論」です。
■デカルト平面
デカルト平面を実数体の自乗とみなすか有理数の代数的拡大体のそれとみなすか、あるいは有理数のガロア拡大を繰り返したもののそれとみなすか。
たとえば、与えられた二つの長さに対して作図によって関係を作れるか否か、という定理の成否が変わる。
■ねずみ講
IT venture は結構ねずみ講みたいなのあるからなあ。協力を乞うてきたとある会社は情報を専門としていない僕よりも分かってなくて驚愕した。ビールをばらまくといった広告手法。でもお金は持ってた。(注:私が働いていたところをさしておりません。あそこは極めてまともです。)
国家規模の何億もの予算のついたプロジェクトを、結局、数人の院生が回していることがある。そのときにその予算が本当に必要だったのかというと、計画を立てる人、それを説明する人、手配する人、その院生が本当にできるのかを保証する人。そういったところに消える。そして、最終的に、何億つぎ込んでみせたかということで熱意だとか実力だとかを評価するしかない程度に人が愚かだというのがどこまでいっても付きまとうのかもしれない。
■スピーカー
スピーカーに反響はいるのか。すべての楽器の類は、振動するもの、させるもの、増幅するものの三つからなる。なんだが、増幅ってエネルギーをつぎ込めなかったという歴史的な理由でいるんじゃないんだろうか。
■リンネ
リンネは分類学を作ったとされているわけだが、生物の分類を行ったことは運がよかったともいえるだろう。レトロウイルスによる逆転写や細胞内共生、プラスミドの取り込みがあるにしても、生物は進化により分化していくために遺伝的な距離によって木構造を成し、そして遺伝的な距離が形質的な距離にほぼ関連付けられる。実は、リンネは鉱物も同じように分類しようとしたという。しかしながら、鉱物の分類は木構造ではうまくいかない。それは鉱物の生成原理を考えれば分かるだろう。各成分の含有率、冷却速度、そういった要因が直交して存在している。この直交性が木構造を不適切なものとするのだ。
つまり、ある分類方法が妥当であるかはその対象となる集合がいかなるものであるかによるということだ。
■ピックの定理
「ゲーデルの不完全性定理は世界は矛盾していることを証明している。」だとぉ! - くるるの数学ノート
13*13の正方形と
13*8の直角三角形と
21*13の直角三角形を
並べると直角三角形のように見える。
21*8の長方形と
21*13の直角三角形と
13*8の直角三角形を
並べると全く同じ直角三角形のように見える、が面積が1違う。
えーっと、これのどこが面白いかですか?
これフィボナッチ数列関係してるんですよ。あとは、ピックの定理とか。
■彼女は熊
日本語を学んでいる米国の友人が日本語の動画を作ってみたというので添削したのを許可を得て転載(一部修正)。
4chan (英語圏のふたば☆ちゃんねるのようなもの)にあった下の漫画を元にしている。
元ネタ:http://angband.oook.cz/animeband/images/bear.jpg
翻訳:http://www.youtube.com/watch?v=PX0QFY8CQlg
うーん、なんていうか英語でも分からない(おい
I mean, I can understand the sentences but what the author wants to tell me.
bear クマが日本で意味するところと英語圏で意味するところが違うのだと思う。
クマでなくて鬼とか山姥とかのっぺらぼうとかだったら分かる気がする。
英語でも、たとえば dragon に直すと何をいっているか分からないのではないかな。
日本語はそんなに問題がないが直すとすると下みたいな感じ。
> ある日私は
> 彼女と合った
「彼女と会った。」ささいな漢字間違い。
> そして良い関係になった。
> 二ヶ月ぐらいで
> お互いに恋した
これだと、知りあって二ヶ月たったところでお互いに相手が好きだということに気がついたことになる。After two months, we fell in love with each other.
> が、妙なことに気づいた
「二ヶ月くらいの間」
「お互いに愛し合っていた」
「が、妙なことに気づいた」
> パースに何か
パースは日本語じゃない。
> 変なものが入った
入った、だと何かが今飛び込んでいる。something jumped into her purse
入っていた、だと、もう中身を確認している。
> そしてちょっと覗きしてみた
覗きをする、は、なんか風呂場や脱衣所を覗いているように聞こえる。
「ハンドバッグに何か」
「変なものが入っているようだった」
「そこでちょっと覗いてみた」
> その瞬間に私の
> 人生が変わった
これは使わない言い回しだけれどもしゃれているからいいと思う。
> なにこれ?!と思った
> でもその時私は
「その時私は」
でも、は、それでも、の略で上とちょっとつながらない
> 急に気づいた
> 彼女は・・熊だ
> この二ヶ月私は
> 熊とデートした
「熊とデートしてきた」
した、だと二か月の間ずっと続くような長いデートをしている
> そして彼女が起きた
> 彼女も気づいた
> 秘密がばれた
> そして私を追いかけた
これだと秘密の内容が"私が気がついたこと自体"になる。
追いかけた、と、追いかけてきた、が大きく違うかといわれると困るのだが
追いかけてきたのほうがおさまりがいい。被害意識がある。
「秘密がばれたことに」
「彼女も気づいた」
「そして私を追いかけてきた」
> ぎりぎり逃げられて
> 母と会って
> 母さん母さん!熊が要る!
少しばらばら。
「ぎりぎり逃げられて」
「母に言った」
「母さん母さん!熊が居る!」
> がおーがおー?
> うわ! 母さんまでも!
> 何も出来ない
「どうしようもない」あたり。
これだと殺すこともできない。
> 母も熊なので
> 母を殺すしかなかった
> すごい戦いになった
> 一人ぼっちになったが
「なんとか勝ったが」
一人ぼっちは、周りに誰もいなくて探さないと誰も見つけられない状態。
別室に彼女がいるという下と矛盾する。
> まだ一匹の熊がいるんだ
これだと、"まだ一匹"がまとまる。
これから"分身の術"か"仲間を呼ぶ"を使いそうな熊がいる感じがする。
「まだ一匹熊がいるんだ」or「まだ熊が一匹いるんだ」
> そして、警察が来てくれた
「そしたら、警察が来てくれた」
> たすかったよ、おまわりさん
> 一匹の熊がいるんだ
「熊がいるんだ」一匹のは日本語としてちょっと不自然。
> 知ってる、彼女が呼ばれた
「彼女に呼ばれた」or「彼女が呼んだ」
> え?
> めでたしめでたし
あとは、「そして」が多いから「すると」とかを組み合わせるといいと思うよ。
これは添削していて、次の二点において面白かった。
日本語は微細な表現の差によって意味を大きく変えること、そして何が面白いのかさっぱり分からない漫画であることがおそらくクマの文化的な扱いの差に起因すること。
■手付金
X は当時大阪府所有の土地を Y から買う契約をし、手付金を Y に払った。Y は大阪府からその土地を買い取ったのち、手付倍返しによる解除を申し出たが、X は認めたくなかった。
民法557条1項によると手付倍返しによる解除は履行の着手以前でないとできない。
ここで問題になったのは、「Y の土地の購入は着手に当たるか、また、Y は解除できるか」である。
最高裁判決によると、この購入は着手に当たるが、これは X の履行ではないため Y からは解除できるとのことであった。
はじめ、手付をオプションとみなす考え方から、履行の着手が双方の契約取り消しを同時に不可能にしないと不公平だと感じた。つまり、私は手付の意味というのを以下のように考えている。一割の手付を払ったということは、一割値段が変動したとしてもその範囲ならばお互いに納得しましょう、ただしその範囲を超える場合は手付を賠償限度として契約破棄を許しましょう、ということだと。しかしながら、Y からのみ解除できると認められているこの判決では、土地が値上がりした場合は解除し、値下がりした場合は着手により解除を拒否できる。これは、履行の着手が一方からのみできる契約ではとりあえず一方的に着手しておくことで得をするということになり、手付けの意味をなさなくなる。よって、Y による履行の着手も Y からの解除を妨げると解するのが相当であろう。
これはこれで説得力の有る議論ではあると思うのだが、考え直した。
まず、歴史的に手付は買い手の方が小さく倒産しやすかったがために保証金を積む必要があったためにできた制度ではないだろうか。これは破産のことを考えなければ、金銭の移動に意味がないことによる。ただ、現在は買い手が小さいとは限らないのであまり意味を持たない。
それはともかく、この場合、売買なされている財物はある土地という特定物である。もちろん地価の公示価格は存在するが、ある土地の価値というのは使い方にも大きく因る。特に土地が広大である場合は買い手にとって代替がないことも大いにありえる。また、土地が投機目的に売買されるならともかく Y としてもより高い値段での第三者の買い手が現れるか、またその第三者が X からもその値段で買うかはまったく不明というしかない。つまり、土地の価値の変動は客観的なものではなく、XY 双方で相関はあるにしても連動はしないだろう。
一物一価の法則が成立し時間とともに変動するという発想は、オプションと捉えるために必要であるが、そもそもこれは自由市場の存在を暗に仮定している。この前提が覆っている土地の売買においては、手付を一種のオプションとみなす考え方はそぐわないのではないか。この場合、X の履行がないことから予め Y の裁量として X が与えていた選択の自由の範囲内として、Y からの解除を原則認めるべきである。
おそらく判例は損害補償限度を決めるものだと考えているのであり、これはそれなりにもっともである。
■RNA world
RNA world から初めの DNA は逆転写酵素で作られたのだろうか。
現在 RNA 分解酵素はそこらじゅうにあるけれども、それは m-RNA を分解したがる生物がそこらじゅうにあふれているからであろう。
■確率空間
箱の中に入った、1〜n のカードが二組あるとする。そこから二枚選んだ時にそこからの選択が組み合わせになるのはなぜか。
そこには「同じ数が書かれたカードでも実際は区別ができる」「二枚同時に選んだとしても一枚ずつ選んだのと同じという」暗黙の物理がある。
高校までの数学は、物理と切り分けが十分でないために混乱することがある。
■運動量演算子と位置演算子
自由粒子の場合、フーリエ変換になるというのは <x|p> が係数を適当に忘れて exp(ipx) くらいになることを言っているだけです。
(これは、交換関係 [x,p] = i からすぐに導出できるので、なんでこれを満たすのか、っていう話になりますね。いや、でも公理のような。)
ある位置を中心にガウシアンで分布しているとする。こいつの分散を σ^2 とでもしておくと、フーリエ変換したときに、フーリエ変換した先でもこいつはガウシアンで、(あー、位相差勝手にないことにしてしまったけど、まあ、気にするな。)その分散は σ^2 の逆数程度。
ようするに、それを掛け合わせたら、ハイゼンベルグの不確定性原理が等式なときに相当。
なんで、[x,p]=i なのかを考えると、結局、x と p が共役だからで、それは p の定義。
共役なら交換関係が i になるのか、っていうと、これこそ量子論の本質で、実験結果とあうからとしかいいようがないようなきがします。
たまに、「観測するためには光などをあてなくてはいけないから非可換になる」という論をみるけれども、この言い方だと重ねあわせとか変なことがおきるのがうまく説明できない?
■流感
なんていうか、NHK のニュースが半分程度海外のインフルエンザっていうのが一週間くらい続いたときにこれは実害あると思った。
騒ぎすぎ。
日本では毎年150万人くらいは死ぬわけで、新型インフルエンザで騒ぐならば、それより大きな死因となるものはもっと騒がないといけないよね。
たとえば、成人病とか。
■強制法がもたらした変化
この夏に結構がんばって理解しようとして(生半可に分かっているとも言い難いけれども)、でもたぶん「数学的手法として非常に面白いが」「世界観を変えるものではない」と思いました。
これはid:nucさんの印象としては至極まっとうだと思うんですよ。ただ、強制法が開発された当時の研究者たちにとっては世界観を変えるようなものだったと思うんです。
中略
この結果として、その後に出てきた集合論者は数理論理学の他の分野に強い関心を持たなくなってきたように思います。というか、集合論が数理論理学の一分野とみなされなくなってきたような気がします。
わあわあ。浅慮な発言が多いから気をつけよう。
丘也幸。苟有過、人必知之。
■連続体濃度
連続体濃度はアレフ何なのかなぁという疑問 - Marriage Theorem 新居
いえ、アレフは cofinality が \omega でないようなどんな濃度と等しくても OK です。
\omega_2 でも \omega_23 でも \omega_\omega_1 でも。
これは forcing で一緒に出てきます。
参考文献 Kunen "set theory"
ここでは書かなかったけれども、弱到達不可能基数としてもいいのよね。すごいなあ。
■正当性
子供はとても正当性にこだわる気がする。
■全体
何か全体を考えることは重要だ。
■まめまめし
まめまめしきものまさなかりなむ。
■幻視
夜に大学の廊下で背の高い女性とすれ違う。自分の生首を持っている気がしたので振り返ったが、そこには誰もいなかった。
ytb
>自分が標準的であるかを内省できない以上、メタ理論から標準的だといわれたから標準的と思うのってどうなのかと思いました。
その主体性のなさこそ、多くの哲学者が非難するところの、一階述語論理の問題点なのです。知らんけど。
nuc
ありがとうございます。
それと、トラックバックが二重に飛んでしまいご迷惑おかけしました。よろしければ、誤っている方を消してくださるとうれしいです。
標準的っていわれた方も困惑する(擬人化)と思うんですよね。
だって、自分からしたら保証してくれた方って矛盾なさっているかもしれないんですもの。
O
>ぺッキングオーダー
半順序に収束するんじゃなかったっけ.
>サッカー
電通とやくざに働きかけたのは実は俺なんだよね.嘘だけど.
KazuyaMitsutani
勉強中の話でしかもぴんとずれているかもしれませんが,2モードスクイーズド状態を使って純粋状態に熱雑音と同じ形の量子雑音を生むという手法がありますね.
http://www.amazon.co.jp/dp/4563022217
nuc
> ペッキングオーダー
社会生物学 (エドワード・O・ウィルソン) の3巻13章 P.607 に載っていました。
「メンドリの群れの大きさは10羽が境い目である。およそそれ以下なら Schjelderup-Ebbe が自ら示したように、三角関係や四角関係が直線的になり、結果としてできる直線的順位は数ヶ月間安定だった。それ以上だと、循環関係がふつうとなり、階層構造はかなりの率で変動し続けた。」
文献表は別の巻にのっているらしいので、論文の著者と年号だけ拾うと
系統的順位制調査 : Schjelderup-Ebbe 1922
直線化の報告 : Murchison 1935
主な結果と総説 : Guhl 1950-1968, Guhl & Fischer 1969, Craig et al. 1965, Craig & Guhl 1969, Wood-Gush 1955
となります。
Murchison (1935) によると6羽の場合で32週目に直線(全順序)化したそうです。
なるほど、ニワトリも全順序を常に作れているかはともかく作りたがっているようだから、「作りたがる程度の社会性」を「作れる程度の知性」に置き換えたほうがよりよいかな。レトリックに過ぎたか。
> サッカー
おまえならしかたない。
> スクイーズド
その話は初めて知りました。
系の内側ではなく外側への無知が熱的な雑音を作るといったことを考えていたのですね。ちゃんとは考えていないんですが、まあ、ただそれだけではないでしょうね。
KazuyaMitsutani
>系外への無知
本は絶版くさいので図書館あたりで読んでいただけると具体的な形がわかると思うのですが,2モードに自由度を倍加するけども物理的な演算子は片方の生成消滅演算子だけで書く,つまり2個目のモードに関する部分は観測量の期待値を計算するときには捨てるというところがミソっぽいので,解釈をつめていけば系外への無知が熱雑音を生むということになるのかもしれないですね.
nuc
図書館で探してきて純粋状態と混合状態の同値性のあたりまで読みました。
たしかに自由度の倍加がみそのようですね。もう少し読んで考えます。
あと、交換子積がよいですね。
nuc
いろいろ考えたのですが、
ボルツマン分布が極めてよくある分布であるというところまでしか解釈できないように思えました。
ただ、等価原理のようなことはあるかもしれませんね。
2008-10-07
■なぜ「大してうれしくない」か
今年、南部先生、小林先生、益川先生がノーベル賞に輝かれた。
そのニュースを実験室で知り「おお、このメンバーなら誰も文句がつけられない。つけられるとしたら遅かったことくらいだ。」と思った。ただ、組み合わせが少し妙なので「何で?」と思い、確認すると「自発的対称性の破れ」とある。なるほど〜。
しかし、これは難しい。特に南部先生の業績は説明できる気がしない、というかそれ以前に説明できるほどきちんと分かっている自信がない*1、笑。実際にテレビ局から電話がかかってきた。私はにやりと笑ってこういった。「おう、おまえか。言いたいことは分かる。だが、これは相当難しいぜ。」ざっと説明するが頭を抱える彼。「明日の朝までに、また聞きなおすよ。」
集まり NHK のニュースをみる。いかにも分かってそうな顔で「自発破れ」といっているのがちょっと面白かった。
そして、問題の益川先生の発言である。
「いや、大してうれしくないです。」
皆様なにか勘違いされているようだが、この「大してうれしくない」はおそらくは益川先生の本音だ。小林先生も似たようなものだろう。なんとか小林先生が自分のプライドと世間体のバランスを取ろうとしているのにアナウンサーは全く空気が読めていない。そんなにうれしいと言わせようとするのは実に非礼だ。
小林先生・益川先生はそろそろ敬称を失う方々である。つまり小林・益川と呼び捨てにしないと私のような下っ端には何となく落ち着かない、ということだ。これは足利尊氏を足利尊氏様と呼んだら「おまえ何」という感じがするのと同じである。
先に小林益川理論を知りその後に「彼らがご存命であることに驚愕する」学生はそれなりにいると思われる。それくらいの方々なのである。
インタビューを受けている小柴先生から流れる微妙な空気もこれを反映したものだ。「もらって当然だと思いますよ。」といっているのは文字通りなのだ。野依先生は多分大して分かってない。ぎらぎらした方らしいから自分の箔付けに使えるとでも思ったのだろう。
#これは余談だが、コメントを政治家に求めるなら有馬朗人さん(東大理物)とか不破哲三さん(東大理物)とか菅直人さん(東工大応物)とか志位和夫さん(東大物工)とかに聞かないのだろうか。たぶん、内容まで踏み込まれたら有馬先生以外全員困るだろうけれども。予想だと現役の大物政治家なら鳩山由紀夫さんが一番まともにコメントできるんじゃないか。さすがに無理かな。
南部先生はさらに格が上だ。
そのことは、受賞は「大してうれしくない」とおっしゃった益川先生が「南部先生と共同」であるところには感極まって泣かれたところに如実に現れている。これがどれほどまで異常な事態なのかを少し考えてみてほしい。*2
学科の同期は以下のような趣旨のことを述べていた。
「南部先生にノーベル賞が出せるとはノーベル賞も箔がついたなあ。」
おそらく半ば冗談でもこう口にした人はそれなりにいるのではないだろうか。
「南部先生? まあ、いつとっても不思議はなかったけれどもどうやって与えるのさー。漸近的自由性(2004)も出ちゃっているし、いまさら下手に出したら委員会、格好悪いということになるぞ。」昨日の時点で研究室ではそんな話もでていた。
南部先生が「実はちょっと驚いたわけですけれどもねえ」とおっしゃっているのは「私なんかが受賞していいんですか」という意味ではない。どちらかといえば「いまさらかよ」という突込み、あるいは「もうちょっとしてから別の誰か(ヒッグスあたり)と一緒にするのかと思ってた」というほうが近いだろう。
つまりだ。これは三人ともいえるが彼らはノーベル賞が来たことによって自分たちの研究が評価されたことが分かるレベルの人々ではないのだ。それどころか、ノーベル賞をとっていないことによってノーベル賞を物理学会の最高の賞と呼ぶには躊躇するよね、と思わせるほどなのである。
物理の世界での彼らの評価が受賞によってあがることはない。せいぜい社会的に有名になるだけなのである。このことが物理と無関係な多くの仕事を呼ぶであろうことを思えば、単純にうれしいと喜んでいるわけではないのではないかな、とも推測できる。
私は「これで三年間は東大の優秀な学生がことごとく物理学科へ吸われるか」ということが頭を掠めた。陽な仕事の他にもこういう陰な仕事もなさることになるのだろう。
さて。
ここまでの前提をもって、もう一度インタビューを聞きなおしてみてほしい。
驚くほど違ったように聞こえること受けあいだ。
http://d.hatena.ne.jp/nuc/20081007/ でノーベル賞関連のエントリーが一ページでみられます。
P.S. 物理の院生の方々へ
誰か解説記事を書いてみませんか。院生くらいが一番くだけた説明が遠慮なく出来ると思うんです。
追追伸
2008-10-07 - ここがロドスだ、ここで跳べ、The 2008 Nobel Prize in Physics - 砂浜で遊ぶ子供、このあたりのブクマ数の少なさは驚きだ。また、 南部陽一郎の講演でスヤスヤ寝ていた私がノーベル賞研究を解説する準備をはじめてみる - Active Galactic : 11次元と自然科学と拷問的日常を期待して待っている。惹きこまれる文を書く方で以前から気になっていたので。*3
■はてぶの稼ぎ方
まぁnucたんはリアル世界では知的で温厚な人間だからこの侮辱的な発言も笑ってスルーしてくれるだろう.
申し訳ないが、ここでは知的でも温厚でもない。
おかげさまで、
なぜ「大してうれしくない」か - 白のカピバラの逆極限 S.144-3
は500以上のはてなブックマークを稼ぎ、二日で一万五千ものアクセスがあった。
実は、これは極めて計画的なものであった。つまり、実験的に、はてなブックマーク向けの文章を書くにはこうすればよいという自分の仮説を検証するという目的があったのだ。
私は発表当日から
- カビボ先生に関すること
- 南部先生は日本人かということ
- 小林益川理論のほうが分かりやすいために、南部先生の扱いが極めて軽くなること
など、それから数日の間にネット上に出てくる話や起きるであろうことが一通り分かる状況にあった。
こういった内容は「こんな訳分からない業績でノーベル賞なんかとりやがっていい迷惑だ」と泣きついてきたテレビ局勤めの友人に一通り話し、反応をみながらマスコミでは話題にできない上に面白い話題をしぼっていった。
そのうち、うまく書けば、はてぶ400は確実だと思ったのが上の「なぜ「大してうれしくない」か」である。
正直な話、上の内容は要約すれば、「小林益川は物理界では物凄い業績で、ノーベル賞よりも偉く、南部はさらにそれを超越している。」ということに過ぎない。
これ自体も意外感はあるが、それだけなので味付けをする。
- 鮮度が高いうちに書く
- 鮮度が高ければ皆が興味を持っている
- あまりたくさんの内容を盛り込まない
- 何が言いたいのかがわからなくなって紹介もしにくい
- 短すぎず長すぎず
- 短すぎるとありがたみがないが長すぎると読む気が起きない
- 状況を単純化する
- 複雑だと分かった感がなくなる
- レトリックを多用する
- 中身があるように見える
- タイトルは目を引くように
- タイトルのキャッチーさは人目を引く
- 強気にきつく
- 権威を殴り、波紋を呼び起こしそうなことを紛れ込ます
- きれいに終わる
- 読後の後味大切
といったところである。
タイトルに関しては失敗したと考えている。もともとは「なぜノーベル賞をとっても「大してうれしくない」か」で公開したのだが直後に修正したのは後悔(だじゃれ)。
次の実験があるとは思えないが、ま、そのときには気をつけましょう。
■ノーベル賞の舞台裏の舞台裏
こうして
わたしは
いんねんの
たたかいに
やぶれた
敗れた、と述べているのは「はてなブックマーク - 日本にノーベル賞が来た理由:NBonline(日経ビジネス オンライン)」の記事との競争である。「はてなブックマーク - 日本にノーベル賞が来た理由 - 幻の物理学賞と坂田昌一・戸塚洋二の死:NBonline(日経ビジネス オンライン)」もあわせると、ブクマ数は700を超え、大差で負けている。読みにくいのに。
何を血迷って、院生に過ぎない私が、准教授相手に戦おうとしているのか、とお聞きになりたい方も多いかもしれない。
それには実に4年におよぶ長い歴史があるのだ。
上の記事をお書きになった、かの伊東乾先生は私が東京大学の教官の中で最強のババとみなしている存在である。
なんだかほかのサイトに紹介したくなりました。すごいなぁ。狙わずにここまで出来るって考えにくいです、はい…
いいものをみせていただきました(合掌)
まあ、見ればこれが情報の教師かと驚くようなものです。
まとめると
ここには書いていないが、彼の大学のサイトの掲示板には10秒間に1つスパムが投稿されるというひどい状態であった。
さすがに(?)その方は情報学環の教授会でもしばしば大問題になり、少なくとも一時期、指導教員や授業担当を外されていたはずです。そもそも当時学長だったH氏が反対を押し切って無理矢理採用した方だと聞いています。いつの間に元に戻ったのか知りませんし、一般化できるほどの経験も知性も私にはないので、「だから何?」と言われると困るのですが。
情報学環 - 白のカピバラの逆極限 S.144-3 (コメント)
(これはとある理由で信頼できます。)
うーむこいう立場の人があの自信に満ち溢れた文章を書けるのか…
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E6%9D%B1%E4%B9%BE
思考が飛んで、なんていうか批評家って困ったもんだなぁとか思った。テレビとかに出てくる人とかでも、本当にずっと研究し続けて批評し続けてる人か適当に言ってるだけかなかなか区別しがたいしなぁ。
(参考:
)
さて、内容についてだが結論から言うと正直な話、戸塚先生がなくなられたから日本にノーベル賞が来た、という推測は品がない上にもっともとは思えない。
たしかに、ニュートリノ振動はノーベル賞に値する業績ではある。現在の素粒子論は、標準理論(スタンダードモデル)がほとんどの現象を予測してしまうが、そうでない現象をみつけたというのは大きいだろう。
だが、戸塚先生が一年程度でなくなられることは分かっていたわけであるから緊急受賞させようと思ったらできなかったわけではない。それに、どういう組み合わせで渡すのかまで考えるとまだ時期尚早であろう。
私としては、なぜこのタイミングでの受賞だったかの真相は
南部氏と小林・益川両氏の研究や受賞理由は、見てもわかるように共通点は全くないといっていい(勿論遠くのほうでは繋がっているが)。ではなぜにこの時期に彼らが選ばれたのか。思うに、LHCが稼動して世界的に標準模型の最終検証並びにそれを超えた物理探査について注目を浴びている時期に受賞させておかないと、これから先タイミングを逸してしまうと考えたというのが1つあると思う。ここ5年の間は素粒子物理学の分野ではノーベル賞は出ていないし、南部氏は高齢だし、BellやBarBarの実験の成果でCKM行列の位相パラメータはゼロではないことが十分に明らかにされたし、と最早十分すぎる結果が出揃っているこのときに受賞させてようやく喉に詰まった骨を抜くことが出来たわけだ。
であると思われる。
ノーベル物理学賞受賞者にはその社会的地位を生かして科学発展に貢献してもらいたい、というかその責任があると思う。(だから年齢の低くて長生きしそうなほうから優先すべきじゃないかと)
〜snip〜
ノーベル賞に期待する機能としてはまさにそうだね。名誉を与える賞であり、社会的地位を与えるかわりに領域全体に貢献する責務を負うというような感じだと自分も思う。〜snip〜
日本の研究環境 - ここがロドスだ、ここで跳べ (コメント)
このあたりも妥当だろう。
ちなみに私は彼を「東大最強」のババと思っているがどうやらそれは間違いらしい。
えーと、ちなみに、情報処理教官にはもっと酷いHTMLを書いていて、しかもそっちをメインに教えている人がいるってご存じ?
ああ、もちろん、私は彼の情報の能力と授業を非難しておりますが、物理に関しては特にコメントしておりません。
基礎研究に対する扱いが悪いなど同意するところはあるし。なんといっても先輩だからね。
■カビボをめぐる政治学
学問は多くの人が競いながら共同で作り上げていくものなので、どこまでを誰の業績とするかは難しい。実は、カビボ(Cabibbo) の扱いは人によって違うときいた。
それぞれ、BaBar(スタンフォード、米国) と Belle(KEK、日本)が B 中間子で CP 対称性の破れを観測したときの冒頭部分。これは今年のノーベル賞受賞につながったものだ。
BaBar
CP violation has been a central concern of particle physics since its discovery in 1964 in the decays of K0L mesons [1]. To date, this phenomenon has not been observed in any other system. An elegant explanation of this effect was proposed by Kobayashi and Maskawa, as a CP-violating phase in the three-generation Cabibbo-Kobayashi-Maskawa (CKM) quark-mixing matrix [2].
[2] N. Cabibbo, Phys. Rev. Lett. 10, 531 (1963); M. Kobayashi and T. Maskawa, Prog. Theor. Phys. 49, 652 (1973).
Phys. Rev. Lett. 87, 091801 (2001)
Belle
In the standard model (SM), CP violation arises from a complex phase in the Cabibbo-Kobayashi-Maskawa (CKM) quark mixing matrix [1].
[1] M. Kobayashi and T. Maskawa, Prog. Theor. Phys. 49, 652(1973).
Phys. Rev. Lett. 86, 2509 (2001)
というように、同じように "the Cabibbo-Kobayashi-Maskawa (CKM) quark-mixing matrix" に言及しているのにもかかわらずリファレンスが違う。
つまり、この二つのグループは政治的に Cabibbo をいれるかいれないかの駆け引きをやっていて後者がある意味では勝ったということになるのだろう。
■ノーベル賞の構造的欠陥
ノーベル賞は、もちろん物理学会でも最も偉大な賞とみなされてはいるが、
「南部先生にノーベル賞が出せるとはノーベル賞も箔がついたなあ。」
というような発言が飛び出してしまうことからも分かるように構造的な欠陥がある。
「おお、このメンバーなら誰も文句がつけられない。つけられるとしたら遅かったことくらいだ。」
と、私は述べているが構造上仕方がない面はある。
表面的なところだけでも
- この賞は生きている人にしか与えられない
- 代表的な例はハッブルだろう。もともと宇宙物理に与えられなかったこともありもらい損なった。Landau のように事故により緊急受賞することもなかった。
- 一年に3人にしか与えられない
- 今回もカビボが受賞からもれているのが象徴的だ。これは次のように考えたら分かりやすいだろう。鎌倉幕府設立の立役者として「源頼朝・範頼・義経」が候補にあがっていたのだが、なぜか、世界最大の帝国、モンゴル帝国を作った「チンギス カーン」との同時受賞となり源範頼は賞からもれた、というようなものだ。
- 評価が定まってから与えられる
- このため受賞するのが枯れた分野になる。逆に理論があまりにも早い素粒子分野では受賞が遅れる。
- 与えられない分野がある
- 生物物理とか。
といったところか。
まあ、そんなもんだからノーベル賞ばっかりみてるなってことだね。
ita
あとは、Nature, Science, PRL でなく何故PTPだったか、てなあたりもポイントですかね。
attsuu
ああ、そういうことだったんですね。
その辺りの物理学に興味はあっても、普通に出版されている本を読むだけだった私でもみなさんの名前は知っていました。
どなたか解説記事を書いて下さったら是非読んでみたいです。
trshugu
>「もうちょっとしてから別の誰か(ヒッグスあたり)と一緒にするのかと思ってた」というほうが近いだろう。
俺もそう思いました!てっきりLHCとかの実験が大成功してすごいことになったのかと勘違いして恥かきました・・・
yoshimatsu
素晴らしい意見をどうもありがとう!!
『世界的に評価されているからノーベル賞を授与された』
のに、頭の悪いNHKのアナウンサーが
『ノーベル賞受賞によってご自身の学説が世界的な地位を得ましたがどのようなお気持ちでしたか?』
と聞いていたのはかなり腹立たしいものがありましたね。
世界の益川先生にですよ。
nuc
> ita さん
どうもです。
ああ、なるほど PTP ですか。たしかにその視点は抜けておりました。
(他の方に解説をしておくと前の三者に比べて後者は論文誌として影響が小さいということ、つまり、出た当時はたいした扱いを受けなかったということです。)
他にもノーベル賞の欠陥として、
・関連する3人にしか与えられない
---独創的な研究には与えにくい
・評価が定まってから与えられるため
---枯れた分野になる
---広範すぎる仕事は評価できない
あたりは今回感じました。
その辺も含めればよりよいものになりそうですね。
他にありますか。
> attsuu さん
はい。私のような下っ端からは偉大すぎて、偉大さを正確には理解できていないと思われます。
そのために位置づけを誤解してたらどうしようと思った部分もあるのですが、僕よりも分かっている物理関係者が肯定的に読んでくれているようなので大筋では間違っていないのでしょう。
> trshugu さん
ええ。最初の結果が出るまでにもう一年くらいはかかると思います。これも楽しみですね。
> yoshimatsu さん
こちらこそ。
そのお気持ちは分かりますが、今回は NHK ですら分からずに浮ついている感じがほほえましいと割と肯定的に捉えられました。
uso-bakka-Japan
文系は馬鹿だから物理の意味も分かっていないしマニュアルどおりに事務処理的に質問しているだけですよ。
「大してうれしくない」と言ったのは若造には分からないもっと深い意味があるんじゃないですかね。何せそれなりの年齢ですし。若造とはみている世界も違う。
くろ
南部博士になぜ、とすっきりしない気分でしたが、nucさんのこの日記を読ませていただいて腑に落ちました。ありがとうございます。ニュートンにノーベル賞が「授与」されるような違和感なんですね。
a-ki_room
Abrikosovの受賞の時も「あれ、まだ取ってなかったんだ」って感じがした。これからも物理学賞については似たような感想しか抱かないのだろうな。ただ、南部先生の受賞は嬉しい。Nobel賞を取ってもらうと、Nobel Lectureという学部生でも読める程度の文献が増えて行くのがちょっと嬉しい。
報道機関は大変だろうと思う。「普通の言葉」を喋れるお偉いさんが出て行って説明する他ないような気がするが。
君は書かないの?(顔
nuc
> uso-bakka-Japan さん
こんばんは。
はい、そのとおりでしょうね。
でも、そのマニュアルを作った人に物理界の常識がなかったといういことですし、聞いている側もその常識が加わればより面白くインタビューを聞ける、という意味で解説を書く意味はあるでしょう。自分たちに常識がかけているということに早く気がついて少しは機転をきかせて欲しかったとは思います。
深い意味ですか。もちろんある可能性はあります。しかし、何人もの年配の物理研究者がこれを読んでいますが大きな文句はついていませんから、その深い意味があるとしてもそれこそ本人しか分からないものです。益川先生が他の物理屋の大半にすら分からない言葉で話しているとはさすがに思えませんよね。
> くろさん
ありがとうございます。
そうですね。ニュートンが生きていて今さらノーベル賞が渡されるという状況は、さすがにちょっと極端ですが近いものがあると思います。
> a-ki_room さん
ある程度それは分かりますが、それでも南部先生は「まだ」感が飛びぬけていませんか。
こういうくだけた説明ができるのは下っ端の特権だと思うのですよ。
お偉いさんにはノーベル賞の価値を下げるようなことはできないような気がしませんか。
いや、実は書こうかと思ったが教養書の劣化コピー程度にしかなる気がしないから最終行で押し付けた。いつかやってみるかもしれない。
sat
↑三氏の功績を知らない人にはこのように映ってしまうという事実に驚愕です。それとも、遅すぎた受賞がこういう邪推を生むのでしょうか。いずれにしてもとても残念です。
横やりすみません。
shuranz
これからも研究できる場を得た、という印象ですかね。
これまでもあったので、「大してうれしくない」じゃないですかね。
arakik10
> あとは、Nature, Science, PRL でなく何故PTPだったか、てなあたりもポイントですかね。
憶測で書くというはしたないまねをしますが、ある程度、成果がまとまった時点で速攻で公表してしまう手段として、編集部が近所にあってピアレビューのコミュニケーションに時間のかからない Prog. Theo. Phys. に投稿したという想像もできるのではないでしょうか。あの当時は投稿時刻をキチンと記録できるプレプリサイトも無かったわけですし。
yoshimatsu
>PTP
中村卓史さん(京大教授 専門は相対論・宇宙論)から聞いた話ですが、発表時は小林・益川は「こんなの大した理論じゃないだろう」と思っていたらしいですよ。
それなのに、その理論が思いのほか(?)うまくいった、という感じだったっぽいです。
だから謙虚に「PTPに一応出しとくかぁ」みたいなのかも知れませんね。
sat
>平和賞も使われ方が恣意的で受賞者を危険に晒す、、、
そういう話なら納得がいきます。浅はかに喰いつきました。。横やりで。。すみませんでした。もっとも、期待するほどの経済力は日本にはないと思っていますが(いや、畑違いなので解らないですが)。。
遅すぎた受賞が悔やまれます。
ノーベル賞もらっていてももらっていなくても、我々にとっては価値ある理論です。ノーベル賞を世界の人々が栄誉ある賞だと思っている限り、もらって当然の賞だったということは確かであり、名誉なことであったと考えています。
失礼いたしました。
shuranz
>salvanさん
そうですよね。
功績があれば既に生かされており、既に各業界で評価されているはずですよね。
「とりためておいた」なら、それはそうと「とりためておいたhogehoge氏の技術が今生きています」
でオッケーですよね。
平和という価値観も既に流動的でそれぞれですよね。
「戦地に血の気が多い輩が行ってるから、地元が平和」という見方もある気がします。
それを、後になってやれ子作りだ産めよ育てよは、こちらはいろいろ迷惑しておりますbyつめこみ
uso-bakka-Japan
にしてもニュースみてて非常に重苦しい感じ受けましたね。60歳すぎになってノーベル賞をもらったということですが、なんか奴隷的に研究に従事させられていて、結果を出したから賞をくれてやる、といった感がないでもない。会社で言えば特別報酬みたいなものですが、奴隷的な研究に賞が与えられたからといって人間として本当に幸せなのか
日本のマスコミも、こういうふうに結果を出したらテレビ使って肯定的に世間に印象付けてやるぞ、だから研究者は頑張れ、という高慢さがないでもない。逆に犯罪をすれば捏造をしてでも犯罪者を叩き潰す。文系どもは、自然科学の世界にはなんの知識も感情もなく、結果を出したら印象よく構成してやるよ、という偉そうな態度。
景気のいい話にもかかわらず、この国の奴隷社会的性格がよく分かる重苦しい話でした。価値判断としては、私はもう嫌ですね、こういうシステムは。
kuU
益川先生が、学生に質問されたとき、「悪いことは周囲のせいにしますから」みたいな回答を聞いたとき、ひっさし振りに声を出して笑ってしまった。自分に厳しいほうが美徳といわれる中、あっけらかんと言い切った先生に、深く尊敬の念を抱いてしまった。
nuc
> salvan さん、sat さん
こんにちは。
選定委員も科学者とはいえ人なので経済や政治の影響をある程度は受けるかもしれません。
今回の受賞が「日本経済に期待」とまでいえるのかは分かりませんが、もうすこし純真な目(笑)でみると、ノーベル賞の構造的な欠陥が絡みます。一年で一度だけ、テーマを決めて関連する三人まで渡するところです。そのために、与えた後にそのテーマで大発見をされたり、間違いだと分かると困ります。なので南部先生のようないつまでも評価の上限が定まらない方には極めてあげにくいのです。
三人という制限も大きく、今回、めでたいの次に出てきた言葉は「カビボ先生かわいそう、でも南部先生にはじかれるんだったら仕方ないか」でした。ほかにも、Landau の自動車事故で死にかけだから緊急受賞などおよそアカデミックとはいえないことに影響もされます。
これも膨らませてエントリーにしてもいいですね。
> arakik10 さん、yoshimatsu さん
ありがとうございます。
これ以上知るためには、どこかリジェクトされているかを調べる必要があるでしょうね。
> shuranz さん
こんばんは。
これくらいの方々ならば、取らなくてももうすでに好きなだけ研究できるでしょう。
> uso-bakka-Japan さん
そうですね。
万国のプロレタリアートよ団結せよ。といったところでしょうか。
やはり、高級言語のような富豪的研究にいそしみたいものですね。
理論物理屋の仕事はコーヒーを飲むこと( http://hosi.phys.s.u-tokyo.ac.jp/~ogata/daigakuin.html )だということはよく知られています。
物理学は全宇宙で通用する学問なので、南部先生のように海外に離脱する自由があります。日本に残っているということは日本のシステムがそこまで嫌いではないのですよ。
それと、uso-bakka-Japan さんは、マスコミはどのような人にも権力があるという観念にとらわれすぎていると思いますね。
賞を与えられたことで、面倒なやつら(含、私)に絡まれて不愉快なのは確かかもしれませんがね。
> kuU さん
どうも。
益川先生、そういう方なんですか。
徳川吉宗が騒いでいるのを見ているみたいで、いまだに顔と業績が心からは一致しないです(おい。
K&A
とおりすがりのものですが、たいへんよくわかる内容でした。
結局、賞の価値はその賞を受けた人(のリスト)によって決まる、ということで、ノーベル賞もその例外ではないということですかね。ちゃんとした賞なら、その賞を受けていただけるかどうか、必ず聞くはずですし。
南部先生に受けていただけてむしろノーベル財団はほっとしているというくらいにマスコミも考えるべきだったのでは。
nuc
> K&A さん
こんばんは。
そうですね。賞の価値は皆がどれくらい受けたいと思っているかによるでしょう。
ですから、それを決めるのは、「知名度」だけではなくて「誰が受けたか」かも絡むでしょう。
財団からすると渡しそこなったら末代までの恥と思っていても不思議はありません。
ただ物理学賞の辞退者は今のところいないので、財団もさすがに南部先生がその一人目になるとは思っていないでしょう。
アインシュタイン(というなんだかんだいってもやっぱりニュートンに次いで偉い人)もとった賞ですし7000万円もらえるんですし南部先生だってわざわざ財団に恥をかかせるようなことはしないでしょうから。
あくまでもこれは推測かつ主観的表現ですが、「大してうれしくない」益川先生だって「孫の誕生ほどはうれしくない」にしても「自分の誕生日程度にはうれしい」と思いますよ。
!!!!!
ベトナム戦争を推進し、チリのアジェンデ政権転覆に関与したキッシンジャーやベトナム戦争を積極的に支持・協力した佐藤栄作みたいな奴らに「平和賞」が与えられるようなインチキ臭いノーベル賞をありがたがっているようでは駄目ですなあ。
nuc
> !!!!! さん
平和賞は平和賞で物理学賞は物理学賞ですから問題点も違うところにあるでしょうね。
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2008-07-14
■取り除かれない話
永遠性を標榜して書いている文章だから、本来は個人的なことは取り除かねばならないのだけれども。
http://d.hatena.ne.jp/nuc/20080327/p1
そう近所の幼稚園の先生から聞かされたときには衝撃を受けた。
幼稚園の先生といっても実は教授と同い年の男性でしてね。一緒に呑むこともあったそうですよ。
昔は自転車で日吉まで通っていたとか。そんな話もしてましたね。
最後に教授を見たのはテレビを通してだった。大学二年の4月だろうか。朝のニュース番組に取り上げられていたのだと思う。
「時はすべての人に平等に流れるけれども、すべての人に平等に働きかけはしないのか。」*1と思ったことを思い出す。
そのときその場にいた人にもうひとついわれたことがあった。
アトランタに私が行っている間、ある子供がそこはかとなく僕に似ていて、奥さんがすごく僕を懐かしがっていたと。
さて、いまも懐かしがってくれることはあるのだろうか。
■音楽
日本に帰ってきてから、この奥さんは僕の音楽の手ほどきをしてくださった。
私の音楽的な感性はひどいものだが、それでも絶対音感があるのはこのあたりからはじまるのだろう。
いつだったか、母が留守にするというので預かってもらったことがある。たしか、そのとき昼に焼きそばをご馳走になった。日本では食事の後に「ごちそうさま」というがアトランタにはない。それまで外と内とで異なるマナーを使っていた私は注意されて初めて「そうかここも内側なのか」ということを理解したのである。
それ以来、外でも食事の後に「ごちそうさま」という習慣がついた。そのおかげか外食すると割りと早く常連扱いしてもらえるようになった。
もしも、私が日本人としての振る舞いを身に着けているならば、そのうちの少しはこの方のおかげである。
もしも、私が日本人とはとても呼べないようなら、それはもちろん私の責任である。
■手紙
あの家には二人の娘がいた。仮に N ちゃんと M ちゃんとしよう。
私の日本での人間関係は N ちゃんから始まる。最近、Y くんが N ちゃんと一緒に私と初めて会ったときを覚えているといっていた。そのときのことは Y くんにいつか聞いてみたいがそれはまた別の話だ。
子供が飛び跳ねて遊ぶと下の階に響くこともあり、両親達は近所に配慮して上の階の我が家で遊ばせたがった。下が吉田家ならば少々のことは構わないだろうということだった。
ところで、私の家にはアトランタで買った二段ベッドがあった。西欧の文化では赤ん坊のころから子が親と離れて寝る。それを踏襲したのか、わりと早い時期から子供達だけで寝ていたのだ。
ある日、小学校の帰りに疲れて私はベッドの上で眠りにつこうとしていた。ドアフォンが鳴って母が開ける。母は、はいいらっしゃい、といって二人を招き入れた。「遊ぼう遊ぼう」と揺り起こされて、私は N ちゃんをぶった。いや、何も言い訳はすまい。書きたくはないが、その後にびっくりしている M ちゃんも。
二人は泣きながら帰った。
しばらくしてから、まだしゃくりあげている二人は手紙を持ってきた。
そこには
ごめんなさい
でも、K くんのことはまだすきだよ
N & M
とあった。ええ。
私は母に「なぜにごめんなさい」なのかを聞いた記憶がある。
差出人は覚えてもいないであろうこの手紙だが、それは私の心をゆっくりとえぐり、実に17年ものトラウマになっている。
大きくなるにつれて
知識ばかりが
先走って
変にいろいろ
考えすぎるから
身動きが
とれなくなる
自分を許すというのは、本当に難しいことだ。
■ギルガメッシュ
大学のころに書いた文章の前半を少々直して。
過去は確固としてあり、未来は不確定だという考えがある。だが、過去も不確定だろう。物理学の根底にある法則は時間対称な形をしている。そして何よりも人の記憶は容易に変わることを私は知っているからだ。不確定な過去は、口から紡ぐ言葉という無意識の意図で縛られる。
さて。どこから話そうか。前振りはどうしても大きくなりそうだ。
昔の僕は、だいぶ今とは違う。中学入ってから50cmは背が伸びているし、あの頃は、人の心がすっと分かったりと今よりもずっと利発だった気がするが、本当に何も知らなかった。
三つの時、父親の転勤でアトランタに引っ越した。色々な経験をしたよ。あの言葉の壁に文化の壁に押し付けられる痛みをよく覚えてる。といっても、すぐに現地の人たちとあまり変わらない状態になったのだけどね。日本語も両親が気をつけていてくれたおかげで問題なかったし。日本人のコミュニティーがあったと云うのもある。
で、小学校の始まる四ヶ月前にアトランタから帰ってきて、また再び日本という異文化の中に放り込まれた。米国への適応よりも、こっちのほうが遥かに苦痛だった。言葉は分かる。でも、日本の文化が、というよりも宗教が、といえばいいだろうか、分からなかった。日本文化といえば、多くの人は「魚を生で食べる。」だとか「家の中で靴を脱ぐ。」といった見えることを思い浮かべるだろう。だが、そこは本当に氷山の一角なんだ。文化は、「挨拶」に「謝罪の仕方」、そして「善悪」や「考え方」までをも規定する。現象学的社会学が唱えるように、文化は本質的に宗教的構造を持つのだ。そして日本人は最もこの宗教に偏執している種族だと思う。それはほとんど異教徒をみたことがないから。「AだからBだ。」と何気なく私が言った時に、「何を言うか。AだからBでないに決まっておろう。」と主張され、そして皆がそう思っていることが分かる。なんだろうか、こういうときに使う感情表現は。怖かった、であろうか。アトランタへ帰りたいといって母に泣きついたことが何度もあったよ。もう、今はあの頃どう感じてどう考えてたかは分からない。でも、帰りたかった。それだけは憶えている。
その中では、マンションの下の階に住んでいた幼馴染達が一番安心できる友達だった。特に同い年の N ちゃんはしっかりしていて、僕に日本をゆっくりと教えてくれた。気がつくと僕は日本人になっていた。ギルガメッシュ叙事詩のエンキドゥが人となったようにね。
■辺を欠いた三角
そういえば、小学校の高学年の時に私が N ちゃんと幼馴染だという理由で(と私はいくつかの状況証拠から解釈しているが)徹底的に嫌がらせを受けたこともあった。
おそらく誰も気がついていないが、表面上仲良くしながら水面下で戦争をするのはなかなか大変なものでした。いやそんなこといわれたってねえ。
古い文章がでてきた。
"〜〜"。ひさしぶりに懐かしい名前を思い出す。腕白な影のある少年。仲が良かったか、と聞かれると彼の家に遊びに行ったこともあるくらいよく遊んでいたし、嫌いではなかった、と答えたい。
N ちゃんに恋していたことからはじまるのか、或いは無関係なのか、少なくとも逆の因果関係でないことははっきりしているが、僕に対する憧れと妬みとを強く持っていた。表向きは仲良くしていたが、裏では私を散々に叩いていた。いや、この表現は不適切だ。クラスの人には私と仲がよいことをアピールして私の光を発しているかのように行動し、真似をし、或いは、私のよきライバルであるかのように振る舞い、そして、私にできるだけ心的ダメージを与えるようにしていた。あ、それに物的ダメージも少々。今、25:30。彼の嘘と仕打ちとを侮蔑を含んだ軽い笑いと、そして柔らかな怒りとともに思い出している。でも、彼を嫌いにはなれなかったな。彼は心の奥では孤独で弱くて、僕は撥ね退けられなかった。
でも、こうやって人は戦う方法を覚えていくのだよ。
■卒業式
卒業式の日。僕は教室に愛着があったから最後の方まで残っていた。もう、ほとんど人のいない教室を出て、急いで階段を駆け下りた。ふっと、今追い抜いた人に見覚えがあって、初めの踊り場で踏みとどまって上を見た。N ちゃんだった。彼女も階段の上から数段目で足を止めた。目があった。何かを言おうと思って、僕は小さく口を開けたが、すぐには言葉が出てこない。ちょっと考えて「あること」を言おうと思ったが、その言葉が「ああ、そうか、別の世界に旅立つのか」と教えてくれたので、何もいわずに階段を駆け下りることにした。
ニアミスすることはあったようだが、予想通り、それ以来 N ちゃんを見ていない。
もっとも、この時期に周りにいた人々に興味があるのは、ちょうどそのとき強烈な衝撃を受けた僕だけなのかもしれない。少なくとも、もう一人の幼馴染 R ちゃんに連絡をすることがたまにあるのだが、あまり反応は芳しくない。
そういえば N ちゃんはしっかりした子だと思っていたが、18年間私と同じ学校に通っている友人がそうではないと思うよ、と述べた。そうかもしれない。見知らぬ地で初めて頼りにしたというバイアスが強かったのだろうか。
今、N ちゃんは仕事のことも家族のこともつらいだろう。
また会えればいいが、そういうことがなくても小学校を出てから20年経ったら連絡をつけてみよう。そのころには、あの子も立派な母親になっているだろうし、私もまっとうな社会的身分が与えられているとよい。そのときに、あの時言おうとしたことを伝えよう。
■同窓会
とある同窓会を主催した。幹事をさせられた、というべきかな。会うのは実に10年ぶりだ。
20人以上来て、成功だったといわれたのだが、実は私は別のことを考えていた。
来るか来ないかは名前を見れば大体分かる。
- どれほど所属意識があるか
- 社交的か
- 誰が誘ったか
- 現在の身分に満足しているか
- 現在の立場にその集団がつながっているか
そのあたりだ。
たぶん、もう5人ほど仕掛けかたを間違えなければ呼べたと思う。
といっても、心理的手段で人を動かさないという制限を自分にかけているから、それを破らないとできないことだし、それに公平性を気にして全員に同窓会の存在を知らせるのに忙しくて手が回らなかったから仕方ないといえば仕方ないかなあ。
終わった後に、偶然会った参加者がこんなことをいっていた。
「楽しかった。実は直前までひよっていかないつもりだった。でも、もう大丈夫だ。」
誰だって怖いんですよ。久しぶりに人と会うのは。
■中の人のぼやき
もともと、「白のカピバラの逆極限 S144-3」というのは人為的に作られた影法師なのだ。
大学に入ったころ、私は大学が嫌になっていた。正確には本当に自分が嫌になっていた。
そこで私は色々な人に聞いて回った。「どうしてこの大学を選んだの?」
色々な答えがあった。
だが、僕はある答えを聞いたのを境にこれを聞かなくなった。
その子はちょっといたずらっぽく笑って、こう答えた。
親の脛はかじれるだけかじっておいたほうがいいでしょ?
ちょっと考えた後、私は自分が甘かったことをはっきりと認識した。
少しして、私は永遠である何か、というものを作ろうとした。
高校のころユングの影響を受けていたこともあって、人の中には色々な観念複合体が存在している、と考えていた。そういうものをもうひとつ増やすのは造作ない。
永遠の少女を呼び、そして、その子に自分の知識をあますとこなく与えるとともに、ジェンダー概念に関する克己、知的誠実、平等、配慮しないこと、固定観念からの脱却、そういったことを命じた。
作りきれたか、といわれたらノーだ。
本来はあらゆる人に同じように振舞いたかった。崇拝されたくなかった。恐れたくなかった。
それでも、ほぼ目指した通りにしっかりとした複合体になってくれて、自分とは異なるものだということを意識しなくてはいけないようになった。
今後もこの子は生き続けるのだろう。ひょっとすると私が死んでも。
あるいは、私が作ったというのは思い込みで、どっかからやってきただけだったのかもしれない。
そうならば、いつの日かまたふらりとどこかへでかけていくのだろう。
■夏の夜の散歩
ついでなので、他の名義の文章を写しておく。
夏の夜の散歩
夜風に誘われて真夜中の散歩に出かけることにする。
近くの公園へと向かう途中、虫の鳴き声が聞こえる。
夏だ。
街路灯に集まる羽虫を追っているコウモリがいないかを探す。
ここらではもう少し遠くでしか見たことがない。
ねぐらになるような場所がないのだろう。
星が綺麗だ。
星座の名前なんて分からない。
でも、何万年も前の光が何億年も変わらずに降っている
ということ、それだけでいい。
目的地に着く。
ちょっと警戒をしてから緑道に足を踏み入れる。
硬い空気が自分の体温で溶かされて
ゆっくりとなじんでいく感覚は
ここちよいものだ。
石畳を懸命にセミの幼虫が横断している。
脱け殻と違い、何とも云い難い重量感がある。
そっちじゃないよ、と拾い上げると六本の足を広げて嫌がる。
近くの木の幹に止まらせると大人しくなった。
ここで羽化をするのだろう。
何年もの生涯が最後の一週間で無に帰すとしたら
それはそれは必死になるのだろう。
道なりに進むと、口の周りを泥で汚した猫が
大きな木の根元からいぶかしげにこっちを見上げる。
ひさしぶり
と僕は声をかけるが、
この子は鬱陶しそうに挨拶をした後、
下を向いて食事に戻ってしまう。今日は忙しいようだ。
この間は石の椅子に一緒に座っておしゃべりしたのに。
――そして僕も蚊に刺され、生態系の一員であることを実感するのだ。
■再帰性
カリー化のよさは関数の用途が広がるところにある。
とかいいながら http://ripjohn.net/ 御中の宮川拓と議論していたんだが
http://gusmachine.blog49.fc2.com/blog-entry-18.html
純粋Curry化批判
関数のCurry化は別になくても良いような気がします。Curry化によって特別な表記や関数なしにbind1stを記述できますが、与える引数の数やら引数の範囲やらを明示出来れば「関数の引数が足りないよ」とコンパイルエラーが出て便利です。<snip>
Curry化されると部分適用が簡単に書けるといいますが、簡単に書けるのは第一引数だけです。<snip>
一方、Curry化があると確実に良くなることとしては、関数の型が簡単になることが挙げられます。Curry化が無いと、引数の数の異なる関数同士をどうやって多相的に扱えばよいのでしょうか。私にはよくわかりません。bind1stやflipのような関数を書くのに苦労しそうです。C++のboost
のように、引数の数に応じてたくさんの記述をしないといけないのでしょうか。
に両方の意見があるじゃないか!!
Set にしても Category にしても、set を element とする set があり、functor を object とする category があるというところが、豊かさを担保しているような気がする。
■意志
http://www.wired.com/science/discoveries/news/2008/04/mind_decision
MRI で見ていると、さあボタンを押そう、と思う数秒前にボタンを押そうという決定をしていたことがわかる、という話。
■プラセボ
プラセボ効果が不思議なところは、それがマイナス効果と相殺してもプラスに効くことになっているところだ。
人は複雑な系なのだからある摂動を加えたときにその結果が「よい」という極めて高級な概念に合致するのは不可解だといわざるをえない。
とくに「「思い」が全てを変えてゆくよ*2」というのは、典型的な生得的でナイーブな考え方なのでどうしても疑わしくみえる。
というわけで、医学部の学生に資料請求をしてみる。
雑なまとめ of A Comprehensive Review of the Placebo Effect: Recent Advances and Current Thought (Annu. Rev. Psychol. 2008.59:565-90)。
いろいろな機構が働いていそう。
神経生物学的には、無痛覚の効能はしっかりとあるようだ。脳内麻薬でているっぽい。
古典的条件付け(ネズミに薬とサッカリンを与えておいて、薬を切ってもよくなる)が働いているという報告もある。
まあ、なんだ。脳はホルモン出しまくるから感情その他の意識は体に影響を与える。無意識の古典的条件付けによると思われる効果もある。
結構、科学的に分かっているようだ。あとは心-脳-体の関係を分析すべし。
■乖離
法学を学ぶとだんだん一般人から感覚が乖離してくると憂慮している方がいたがそれは違うのではないだろうか。
学問を修めるのはよりよい思考を求めているわけで、学んでも感覚が乖離してこないなら、そんな学問の価値は任意の"数"イプシロンよりも小さい。
■ホモサピエンス
いい加減、人はどうしようもなく愚かでちょっとしたはずみで罪を犯すということを認めよう。
気違いだと認定すれば殺していいし、私刑を加えて殺しちゃうのも普通だし
ホモサピエンスってそういう種族なんですよ。
正直、僕はどっちでも問題ないんで構わないんだけれども。*3
■自然数概念
リンゴ二つとミカン三つは足せるか、というのは面白い問題だと思う。
リンゴがそもそも数えるのは、たくさんのリンゴの個体から大局量を作ることに意義を見出せるからであろう。
そうなると、リンゴとミカンの数をあわせた大局量は作れる。その意義はひとまずおいておくにしても。
■1.5人
0.5 が有理数であるのが何よりも問題だと思う。
人間同士を掛け合わせても子供が生まれるだけなので、代数的数ならよかった。超越数だったらなお良かった。
つまりですね。
頭数を数えるという行為が本質的に非人間的なんだと思います。
(後々の読者のために。これはどっかの大学の先生が幼児と大人の殺害犯の死罪判決を指し1.5人しか殺していないのに不可解と記述したところ社会問題となった件を踏まえている。
実際、π人殺していないにも関わらず死刑になった画期的な判決であった。)
■物質科学
物質科学が他の学問よりも大きな顔をしているのは、我々の豊かさに対して、後者は任意の数イプシロンよりも小さな貢献しかしていないのに対して、前者は任意の正の数イプシロンよりも小さな貢献をしているからである。
……すんません、語感だけで書きました。
■異文化交流
http://d.hatena.ne.jp/kasoken/20080625#p1 のコメントに
硬化ではなく、重合と呼びますね。
とあった。いや、光硬化性樹脂とも呼ぶよなあ、まったく、と。
日本の経済学の悪いところは equilibrium を均衡と訳すところだ。
物理学の悪いところはエルミート内積の反線型なのが左なところだ。
ドイツ語のよくないところは体が非可換なところだ。
光学の悪いところは左偏光が。
結晶学の悪いところは、たしか格子定数あたりで双対ベクトルを使うかどうかが。
complex が複素数だったり鎖複体だったり、complete が完備だったり完全だったり。
■内積
Varian (Micro-economic analysis) を読んでいたところ、なぜか内積が となっているのを発見した。
にも関わらず、のように、行列をはさむときには転置を右上につける。ちなみに添え字も右上につけて {s,t} が多い。
これって経済では一般的なのかな。
途中で気がついて巻末の Mathematics の章を読むまで、頭の中でくるくると縦にしたり横にしたりしてみていたんだがコンシステントにならなくて。
■ルジャンドル変換
代替効果を用いる定義では、3財以上のモデルであっても、常に
が成り立ち、第1財が第2財の代替(補完)財であれば、第2財も第1財の代替(補完)財であることが数学的に証明できます。
というのでちと考えてみた。
一般的には the expenditure function の二階微分同士になるので等しいのは明らかなんだが、どうもどっかにルジャンドル変換があるように見える。だが、見つけられない。実射影空間上で考えるとかしなきゃいけないのかな。
■消滅と顕示原理
7/6の日経新聞にテレポーテーション型量子計算に関する記事があった。
量子テレポーテーションで送った「光子や原子は消滅する」と書いてあって愉快に思った。
正しくは「光子や原子の状態は消滅する」だと思われる。
重要ではあるが、部外者には無害な勘違いである。
文字数を削らなきゃと最後に消したのかもしれない。
指摘されても何が違うのかはおそらく分からないだろう。
遠隔地の一卵性の双子が感覚を共有しているという話があるように双子の光子もエンタングルしているのだ、とあったのはどうしたものか。うまいたとえですね?
もうひとつ気になったのは、一番初めの導入部分でオークションが出てくる。全員の入札価格を公開せずに最大値を求めるような量子アルゴリズムが存在するということだった。
これって、ある種の問題が解けないことを仮定すれば古典的にも事実上実行できるような記憶がある。
オークションといえば、諸事情で理論に興味を持っていたところに
http://theorist.blog6.fc2.com/blog-entry-96.html
で
が紹介されていたために、ついうっかり読んじゃった。
そしていまさらだが勝者の災いクイズを理解した。
あなたは投資家で,ある会社を買収しようと考えている.
その会社の正確な価値 v は分からないが,区間 [0, 100]
の一様分布であることは分かっている.
その会社を買収すると,あなたはその価値を50パーセント増やして転売できる.
買収価格 b を提示すると (提示は一回のみ可能),その会社のオーナは b > v
なら買収に同意する(オーナは真の値を知っている).
価格 b で購入した場合のあなたの利益は 1.5v-b となる.
買収価格 b としていくらを提示すべきか?
なるほど、条件付き確率の演習問題には思えなかったのだが、今は分かる。
つまり、b を提示してアクセプトされた瞬間に会社の価値の期待値が b/2 に転落するから必ず損すると。
コメント欄の顕示原理の使い方が本当に面白いなあ。なんか噛めば噛むほど味が出てくる。
ここに確率が出てくるのは、この概念が相当普遍的であることを。
いや、そうではないか。効用の定式化の仕方か。
■確率論
たしかに、主観確率は頻度確率に支えられている。
ところで、たとえば将棋である局面を考えよう。そのときに、先手が3割で勝てる、といったときに、それは確かに頻度確率によって支えられているが、全く同じ局面になった過去の対局を集めてきて3割と計算しているのではなくて、ある種の同値類で局面を割って、あるいは似ている局面を集めてそれらに重み付けをして平均し、優勢劣勢を評価しているのではないだろうか。
ミクロな自由度が観測も制御もできないとしてもそれが決定論的に振舞っている限り事実上分かると思いたくなる。
決定論は、外延的にはある時点ですべての物事が分かったときにその後のことがすべて分かるということなのに、なぜか前提条件が崩れていても使いたくなるのか。
■知っていることを知っている
ぴらから。どうやら、彼は知識の共有について、考えていて、個体と世界とを入れ替えると、並列性と非決定性とが入れ替わるようじゃないか、といってきた。これ自体は良く分からないのだけれども、どうも多世界解釈とコペンハーゲン解釈が絡んでいるような気がする。
つまり、二つの解釈が全く同じであって差がない、ということを知識学のようなものから示したのではないかな、と。
多世界解釈は、ある意味人の限界で、系を決めないと話が始まらない。
以前、ぴら(http://log.pira.jp/)と、事象 X について A が知っていることを K_A X とでも書くことにして、人が複数いる状態でこれの生成する半群は 以外の関係を持つか、というのが議論になった。
どうも持たないようだが示せない、ということになったのだが、
http://wiredvision.jp/blog/kojima/200712/200712071100.html
http://www.econ.hokudai.ac.jp/~kudoh/Summer/OtaruLecture_emailgame_slide.pdf
に答えがあった。ようするに は任意の n で異なるということらしい。
■仄めかす
ほのめかすことのいいことは、相手に自分が相手が知っていることを知らせないで済むことだ。
■お札
簿謝の中は同種のお札が5枚だった。ただ、量子力学とは異なり同種粒子も区別できる。触れた瞬間に違和感があった。これで偽札を見つけたら大手柄だがそういうことではない。
よく見てみると番号が x+0, x+1, x+2, x-1, y という並びをしていた。
妙なシグナルを受け取ってしまった。
■過剰参入定理
ここには書かないつもりだったけれども、いいや書いちゃえ(顔。この「白のカピバラの逆極限 S144-3」はこういう目的のために作られた(人)格なのだから。
以下、結果を見せられた感想を論文から補強したもの。
モデルとしてクルーノーの寡占モデルっちゅうのをとる。
会社が n ある。それぞれが、 生産する。
p を逆需要関数としよう。つまり、市場に x 商品があったときにつく値段が p(x)。
まあ、なんか適切な条件下では Symmetric Cournot Equilibrium (対称クルーノー均衡)というのがあって、すべての会社が同じ生産量作るところで平衡に達する。
状態としては、ある会社が増産すると市場流通量が増えるから価格が下がって利益が減る。逆に減産すると価格の効果が十分でなくて損をする、というところだ。
もちろん、各会社は利潤を最大化しようとしていると考えている。
このときの会社数に対しての各会社の生産量を z(n) とする。
社会効用 W をと定義する。
後半は生産コストだから自然。
前半は少しややこしいのだけれども、p(1)っていうのは、1番高くその品物を買う人はp(1)までお金をだしてもいいといっているから、この人はこの品物をp(1)の価値と等価とみなしているってことになる。
2番目に買う人はp(2)までだしていいといっているのだから、……とかんがえていって最後まで行くと積分になる。
また、参入は利益がでているあいだ続くと考える。つまり、という適当な正の数を用いて
。まあ妥当。
で、過剰参入定理というのは、参入に制限をかけるとより社会効用が増えるという定理だ。
だが、参入が止まる企業数と社会効用が最大になる企業数、この二つが異なるのは自明だと思うんだ(。もちろん、価値があるためには自明でない必要があるわけではない)。
というのも、いや、ってういうか一緒になる理由どこにもないし。
その前に、C が線形であったとしよう。こうすると nz を保存する任意の (n,z) の変換に対して任意のパラメータは保存する。
よって、C の非線形性nz が保存しないこと(20080811修正)がこの定理に対してきわめてクリティカルであることが容易に分かる。
本題に戻ろう。企業利益が 0 の企業数周辺で企業数を少し変化させたとしよう。
企業利益が0であることから
ちょっと整理して
というのも、n は明らかに正。は負。最後は、マージナルコスト(つまり生産量を少し増やすのにどれだけコストがかかるか)が平均コストより大きいかでこれは「大量生産すればコストが増えるってことはまずなくて、ここが線型だと上の議論から0になって定理が成り立たなくなるから、仮定して」正。
これはまさに企業が増えると生産効率が悪くなる効果を示している。
ここまでは前提を見てちょっと考えたら数式なしでほぼ直感的に分かったが、なぜか次は手を動かさないと理解できなかった。
消した分を戻してやれば常に成り立つ式になっていて、企業が利益を上げるために手を抜く分がひかれていることになる。
逆にいうと、スケールメリットと競争効果(だっけ)のせめぎあいになっている。
さて、なんでこれほど自明な定理が1980年代まで発見されなかったのだろうか。
市場経済を礼賛しすぎるのはアダム・スミスの悪しき影響だと私は考える。有能な何かが効用を最大化する計画をたてれば by definition でそれ以上優れた経済はない。(この場合だったら、一社のみに生産させて、生産量が社会効用を最大にするようにするのが最適な計画だ。)
この定理の発見が遅れたのはこの影響を強く感じる。あとは NASA?
人間の頭のとれる状態は所詮有限だろうから、計画にしても市場にしても厳密にマルコフ過程で記述できるだろう(、もちろん状態空間のサイズを度外視はしているが)。
残念なことに、実際のところこの程度のことができるほどの能力のある人間すらいない、ということはある程度能力のある方々ならよく分かっているだろう。
■能力
一般に自分が無能であることを知っている人ほど能力が高い。
■貧者の一灯
Welfare があの形をしているのは株を用いてなどではなく、ミクロ経済の切り出し方によるのだと思う。あるものを作るのにどの程度のコストがかかっていてどの程度のコストまで払えるものがどの程度のコストで手に入ったか、だからだ。
お金自体には価値がない。間接効用関数が0次元に同相だ(標準的な訳を知らない)というのが端的にそれを示していると思う。
極端な話、紙幣を焼却するのを生きがいとしている企業でも構わない。
逆に、すべての人がだいたい同程度の金銭的権限を持っていることがミクロの切り出す近似がうまくいく条件な気がする。
■[quiz]理物の能力
少し古い物理学会誌に1965年の東京大学物理系学科の高校力学の能力に関する言及があった。静岡の優秀な高校とフランスのリセと比較したものだ。
その内容は、おおむね良いものの意外とできない問題がある、というものである。
たとえば、二割の学生が微弱な摩擦のある氷の上で円盤を滑らせたときに運動方向に動力がかかる、と答えたそうだ。
物理系学科って何だ、ということになった。
周囲からは理科一類ならば納得するが理学部物理学科の人ができないとは思えない、という声もあがった。
だが、私はまったく違う点から興味を持った。これは1965年の結果(1962年の調査)である。つまり高度成長期に入るころの教育を受けてきたと考えられる。
このころ教育はごく一部の人間に独占されていたと理解している。
よほど有能な学生は教師に見出されて適切な教育をうける機会がなかったわけではないだろうがきわめて限られていただろう。また教わることがあっても、それは体系だったものではないであろう。現代の東京圏のように受験技術へのアクセスやそれを生業とする人々があったとは考えにくい。そのため、特定の家に生まれれば、ほぼ無条件で学歴が手に入ってたのだと。
平均の底上げと母集団の巨大化とは上層部の能力を飛躍的に増大させる。これが起きたのが教育への余裕がでてきた高度経済成長期と優秀な学生が予備校教師になる羽目になった全共闘だと考えている。そして、第二次ベビーブームあたりでピークをむかえ、少子化と学力が豊かな生活を保証しなくなったバブル崩壊によって少し質が落ちる、そういう印象を抱いていた。
この証拠になりうるのではないか、そういう考えだ。
こういうときは原本に当たるというのが鉄則だと思っている。
国立研究所紀要第46集「物理学の基礎的な考え方の理解の実情」という古い冊子ではあるが幸運にも大学図書館にいくつか所蔵されていた。
VII
(2)
平らな氷の面の上に質量490gの円板が滑っている。この円板と氷の面との間には僅かの摩擦力がはたらく(空気との摩擦は無視してよい)。このとき「この円板に実際に作用している力を列挙し、図に書きこめ」という問題に対して、P君は次のように答えた。このうち正しいものがあれば○を、間違っているものがあれば×を、それぞれ左の□の中に書きこめ。
□ア重力(W)
□イ抗力(N)
□ウ動力(M)
□エ慣性力(I)
□オ摩擦力(R)
(実際は図がついており、Mは円板の先頭から運動方向に、その他は重心から四方に伸びていた。)
20%が間違えたと嘆かれていた。逆にいうと、このレベルの問題が並べば80点になるということだろう。ただし、問題のタイプが珍しいので読み違えた人は多いのかもしれない。
IX
(1)一様にざらざらした斜面に、下図のように直方体状の物体(密度および接触面は均一)が斜面との間に働らく摩擦力によって、滑り落ちずに、静止している。この物体にはどんな力がはたらいているか。物体と斜面との間にはたらく摩擦力と、物体にはたらく重力とが図のように表されるとするとき、そのほかにこの物体にはたらく力があれば、下図のなかにかき入れよ。
(2)上のような場合に、この物体が斜面に直角に及ぼす圧力について、下のア〜エのなかから正しいと思われるものを選んで、それに○をつけよ。
ア 下側(A)の部分のほうに、上側(B)よりも大きな圧力がかかっている。
イ 上側(B)の部分のほうに、下側(A)よりも大きな圧力がかかっている。
ウ 物体の底の面にはたらく圧力は、上下によらず、一様である。
エ 斜面の角度によって異なるので、なんともいえない。
(3)上の物体が斜面に接している部分の下半分にろうをぬって、その部分にそってはたらく摩擦力をへらしたが、物体はすべりおちなかった。この場合、底の面に垂直に及ぼされる圧力は、どうなっているか。下のア〜エのなかから正しいと思われるものを選んで、それに○をつけよ。
ア 下側(A)の部分のほうに、上側(B)よりも大きな圧力がかかっている。
イ 上側(B)の部分のほうに、下側(A)よりも大きな圧力がかかっている。
ウ 物体の底の面にはたらく圧力は、上下によらず、一様である。
エ
面にそった摩擦力の差が上と下とでどれだけ異なるかによって、それぞれにはたらく圧力の大きさも異なる。
図には斜面の上に直方体状の物体が置かれており、部分Aは斜面との接触面のうちの下側半分、部分Bは上側半分である。
これを全問解けたのが52人で一人だったそうだ。(2)、(3)だけでもそれぞれ二三人の正解にとどまった。
ただし、この問題は全部で13問あり、それを1時間で解いたそうだ。ひっかかるかもしれない、とは思う。少なくとも、物理学会誌の印象とはだいぶ違った感じはした。
■無限退行
http://www.cir.tohoku.ac.jp/omura-p/omuraCDM/asuka/onndannka%20kaigiha%20hanronn%EF%BC%92.pdf
via http://d.hatena.ne.jp/buyobuyo/20080704/p1
前述のように、過去の気候変動で二酸化炭素やメタンを増加させていたトリガーは、気温であってもよく、これも含めて、現在の科学は以下の3つを同時に認めている。
1)気温が原因で二酸化炭素濃度が変わる
2)二酸化炭素濃度が原因で気温が変わる
3)近年の100年スケールの気温上昇は、2)がトリガーである
いや、恥ずかしながらこれが矛盾するような気がしてたんですよ。
単純にモデル化しよう。
現在が平衡に達しているとして、それに対して
とおく。ただし、現在の値を0となるように正規化しよう。t を時間として
が
という形だと仮定する。
人為的に摂動を加えることは、右辺の部分に何らかの項を加えて平衡点が移動することに対応する。
ここからは平衡点でのみ考える。
このときにとでもしておけば 0 < a < b が成立しているとき
を有限の値に変えて(おお、物理学者的有限の使い方!!)やると
となるから
かつ
だから a のほうが小さい条件下では成立する。
もちろん、このモデル化は相当適当だ。実際には平衡であるとは思えない。けれども、可能性があること程度は分かるだろう。
なんでこの程度のことが直感に反したんだろう。
平衡点まわりだというのに、気温があがると二酸化炭素濃度があがり、二酸化炭素濃度があがると気温があがる。つまり無限退行に陥る。したがってそんなことはない!!
みたいなね。
思うに、零回微分と一回微分と二回微分との区別が難しいからではないだろうか。
■オラクル
現在の宇宙の任意の粒子の情報が手に入るようなオラクルがあるとしよう、物理学の価値観では、それよりも古典力学のほうが勝っているというのではないだろうか。
古典力学で、表せる系の範囲は現在の宇宙のマクロな部分よりも広い。そういう意味では量子力学では、起きない系、起きていない系というのが、起きている系に紛れ込んできている。
予測手段としての物理学として極めて有用だから「紛れ込んでいるとしないと本質的に予測できないようだ」というのはいいのだが、それとそのようにこの世の中がなっているというのはまた別の話ではないか。
■時間発展
時間発展というのは、エネルギーをあげていくようなもの。
■安田事件
死刑廃止論で有名な安田好弘弁護士を強制執行妨害で逮捕された。
簡単にいうと、中坊公平弁護士率いる住管が不良債権を抱えた貸しビルかなんかの会社の粗捜しをしていたところ不正経理らしき痕を見つけ、刑事告発*4したところ偶然にも安田弁護士が顧問をしていて逮捕してみた、っていう事件。
検察側の主張によると、ダミー会社を作ってそこに財産を移すことが仮装譲渡にあたるっていうんで、
弁護側の主張によると、実体のある子会社を作りそこに賃料振り込ませるのは(借りたほうにも利益があるので)違法性がない。
っていうか、会社の経理を検察側の証人にしているが、そいつが退職金名目で横領してたっぽいんだが。
結局、一審は無罪判決だったが、二審は罰金50万円だったそうだ。
マスコミが安田弁護士逆転敗訴というニュースを流していた。
しかし、私はまったく別のことを考えていた。求刑懲役2年で罰金50万円は値切られすぎだ。
これって検察側の敗訴じゃないのか。
分からんときには、とりあえず詳しい人に聞く。
「懲役だと欠格事由になって弁護士資格が取り上げられるから懲役と罰金では雲泥の差だね」
「無罪を主張しているんだから敗訴じゃないかな」
「検察官のキャリアに響くだろうから検察官も敗訴だろうね」
「実は勝訴敗訴はそれほど法学用語ではない。実際の法廷で使われることはまずない」
つまり、勝訴敗訴ということばをみたら、満足不満足という言葉に置き換えるのがいいんじゃないかな。
■ロー
ロースクールが、試験勉強に必死な狡い人間ばかりでいやになるとかいう文章を転載してもよいといわれたのだが生々しかったのでやめよう。
2009/7/31 追記:
これは、内田教官の退官に伴いお別れ会をやったが試験前だったためにドタキャンが相次いだことに関するものでした。
■受信料
NHK の受信料が憲法84条違反か。NHK の受信料は日本放送協会受信規約によって決められているが、これは租税は法律で行われなくてはいけないという84条に違反してないのか、という質問に NO と答えているのを見た。
つまり、憲法84条と抵触して問題になりうるためには、「(「NHKが行政機関である」かつ「課税権に基づいている」)または「租税に類似する」」という、より「受信料が強い性質」を持たないといけない、からだ、というところに不思議さを感じる。
■アメリカの大学のレベルの低さ
院からアメリカに飛んだ人たちの話を総合するに、どうやら、アメリカの大学のレベルは本当に低いらしい。
「俺が神扱いなんだけれども」
「特に大学から{某有名私大}にきた日本人はどうしようにもない。無能な上に自尊心が高い」
数学物理が高校レベルというのは昔から聞いてはいた。
たしかに、大学から院に進む人は少ないと聞くから、アメリカの大学の研究成果は学部生のレベルと無関係だろうし、
それと、大学後半に相当な力をもらっているから、東大の二年生を見てもこんなんだったっけ、ということがどうもあるようだ。
結局、東大にはなかったものが世界にはあるだろうという願望が、あるとしたらアメリカだろうという推測と相まって、幻想を生んでいるのかな。
でも、不思議なんだよな。外からはすさまじい人がいるように感じられる。人は成長するということなのだろうか。
それと優れた人同士集まる傾向があるのと力を隠す羽目になる人が多いのだろうか。どこでも一緒なんだろうね。
■理解の階層性
同じ「理解した」という言葉でも人によってその程度はあるし、どうやら優れた人ほど多くのことが理解できないようだ。
とある、数学が極めてできる人が、教養学部時代に熱力学を「これはまったく分からない」といっておきながら、みながぼろぼろの中間テストで満点をとっていた。
(あ、これは激烈に悪い例だな。教養学部の熱力学だったら、多変数関数の微分を分かっていれば、物理的な意味でほとんど理解せずに解ける気がする。)
質量の保存概念が身につくのは7歳ごろといわれている。
■食物禁忌
http://d.hatena.ne.jp/nuc/20051107/p9
日本人の宗教上の食物禁忌は特殊だと私は思いますね。あれはどうもごっこあそびっぽい。(失礼。)
これを破られたら、同族だとは思えないという嫌悪感がまずあって、その上で宗教が明文化するのであろうが前者がない。
■無限の概念
http://d.hatena.ne.jp/ytb/20080121/p1#c1200988883
物理学的にはっきりと無限だといえるものがあるかといわれると難しいので、イディアがあるとか、形式的に無限があるとする体系を考えるとか、あると便利とか、そういうこといわないと無限を扱うモチベーションは湧かないのではないかなと個人的には思いますが、論理学の研究をしている方がどう考えられるのかとっても興味があります。
■型と整数
http://d.hatena.ne.jp/m-hiyama/20080118/1200624718 にしたコメント
proj<0><List>(each:List):car(List) is car(each);
proj<n><List>(each:List):proj<n-1><cdr(List)>(cdr(List)) is
proj<n-1><cdr(List)>(cdr(each):cdr(List));
で、再帰的に定義でしょうか。
C++ Templates: The Complete Guide に似たような案が載っていましたが、あま
り美しくないような(^^;
それと、あまりにも複雑な型システムは、型システム自体が停止問題に出会って
しまいそうな気がします。
Haskell の名前付きフィールドを連想しましたが、たぶんそういうことではない
のでしょうね。
型パラメータと値パラメータは違うか、ということでしたら、
ペアノ算術風に
class ZERO;
class SUC<T>;
を型で定義して、パターンマッチができるならば本質的には何も変わらず、
値パラメータは略記だ、と思えばよいのではないでしょうか。
以前、
http://ripjohn.net/diary/2008_04.html#D2008_04_05
mmap 0 = id
…
mmap 3 = map . map . map
というような関数を考えた。これは Haskell の型付けではもちろんできない。
うーん。きれいにこういったものを受け入れられるような型システムはあるのかな。
型ではないが template Haskell?
■止揚と矛盾
http://d.hatena.ne.jp/buyobuyo/20080627#c1214818898
> 「相対的に考えれば、地球は止まっていて、宇宙が動いていると考えてもいい」
というのは、物理学的には正しくて、力学を数学的に洗練した形である解析力学では一般化座標と一般化運動量の作る相空間上で話が進みます。
座標系が時間変化しようが構いません。
この辺が哲学としてどう解釈されているのかが興味はあるのですが見聞が狭いからか見たことがないです。
解析力学は量子力学や電磁気学や相対性理論の理解においても重要なんですけれども。
いや、正直あんまり首を突っ込みたくない理由というのもこの辺にあって
という止揚史観やパラドックス史観には無理があるように思われるのにそのように読めてしまう文をたまに見る気がするからなのです。
■インフレーション
インフレーション理論とは、宇宙初期に急速に大きくなった、という理論である。
では、なぜ急速に大きくなったと考えることになったのだろうか。
この宇宙は見渡す限りほぼ均一で平坦に見える。でも、量子力学によるとこれはおかしい。というのも、ビッグバンに向けてさかのぼると、ある時点で現れる狭い領域では量子揺らぎのために完全に均一にできることができないのだ。それを引き伸ばせば、(物質の密度が)しわしわな宇宙ができてしまう。
ここで発想の転換。そのしわしわな宇宙を思いっきりぐーっと広げる。広げる広げる広げる。そうすると、しわはあまりにも大きくなる。この宇宙に住む人が、しわのサイズよりもずっと狭い範囲しか見えなかったとしたら…
そう、それは光の速度を超えるものがないことからとても自然だ。
もう一回、まとめるとこうだ。ビッグバン直後、宇宙はとても小さかったからどうしてもしわしわができる。でも、現実の宇宙はしわがない。それは、しわのサイズが大きすぎるからだ。しわを大きくするためには宇宙を引き伸ばす、つまりインフレーションしていればいい。
しわ自体はあんまりにも大きすぎて見えない。見えるということは向こうから飛んできた光が目に入ることで、向こうからの光が遠すぎて届いていないところだから。でも、おそらくしわの向こうにはこのあたりの宇宙とはちょっと違う宇宙が広がっているのだろうとは思える。
もちろん、インフレーション理論の観測根拠はまた別のところにあるが、この理論はどんなにあがいても見えない場所まであるであろう、と予測させたのだ。
さて。ナイーブに観測されたものを実在と呼ぶならば、もちろん、この概念は well-defined ではないだろうが、実在に虚構を加えて対称性や構造の美しさを作る、というのは物理が頻繁にとる手法ではないだろうか。
■真実
真実であるかよりも、真実であるとみせられるかが重要。
■差異に還元
http://d.hatena.ne.jp/feuilles/20080121#c1201263609
せっかくなのでちょっと違った視点からいくつか。
画一的に見える理由のひとつは、単純に、分類しないと認識ができない、というところにあると思います。
特に人や社会のような複雑な対象を扱うときには、どうしても大きく切り出すしかありません。そうすると、どうあがいても画一的と呼べてしまうのではないでしょうか。つまり画一的なのはお互い様だという議論は妥当であると同時に妥当すぎませんか。なので、どのような距離で画一的なのか、に目を向けたいです。どんな半順序が入るのかは知りませんが、入れ方によっては「善悪」も論じられるのではないでしょうか。
また、心地よいか否かで済むところはそれで全く構わないでしょうが、事実かどうかが重要である領域もあると思います。その意味では環境問題のファッション化が気にかかっております。これは同じ構造を持つと思うのですよね。いつ頃にルイセンコ学説のようになるか私は今から楽しみです。
以下は、ただの面倒な自分語りですが、日本文化に違和感が残った僕としては、画一的な生き方をしていると胸を張って述べられるのはうらやましいな、と思います。無論これは私自身のメディアからの大きな影響を否定するものではないです。
■Somewhere over the rainbow
http://d.hatena.ne.jp/nuc/20080406/p24
いや、この関係で英文法書を繰ったんだが、時や条件を表す副詞節は未来も現在形だというのを思い出した。
どうも、未来形というものは本来なくて、現在形でも未来が表せるが意思をあらわすときにだけ will をいれる、という印象を受ける。
■哲学哲学
定式化されきっていない分野を扱うがゆえに、自浄作用が皆無という構造上の問題があるように思える。
じゃあ、物理は自浄作用強いのかというとどうもそうではないことがようやく分かってきたんだけどね。
■階層
http://d.hatena.ne.jp/potasiumch/20071208
徴兵制は、
- 階層化は不可避であるが、その階層間の対話を生む
- 自分のこととして戦争を捉えられるようになる
のでよいということだ。
全順序が入るようで嫌な表現だと思うので、階層化と呼ばずに多様化と呼ぼう。
強連結成分分解。
■いわゆる論理パズル
ド・モルガンを連呼すると無能に見える。
それよりももっと有名な定理が随所に使われているではないか。
なんといっても健全性定理と完全性定理。モデルの存在と論理的に導出可能の対応がなければ、場合わけすることに正当性が見出せない。
2SAT が P であることを示すときのように有向グラフにして、強連結成分分解すれば何と何が同値なのかが分かるし、そこまでしないまでも有向グラフをたどるのはわりと人間得意だからときやすい。
ただ難点は C -> A or B の形がでてくると話が少しややこしくなるところか。
しかし、この求め方はあるときにふと気がついて使ってみたが意外といけるぞ。
ある問題集にはダイクストラアルゴリズムがでていたが微妙に間違えている(^^ゝ。これのお世話にならない人はいないだろうからね。たしかにこれは重要だ。
■J言語
http://d.hatena.ne.jp/flappphys/searchdiary?word=%2a%5bJ%5d
あたりに触発されてJ言語をちらりとみる。
J言語の fork が顔文字みたいだー。
ためしに、Haskell に組み込んでみる。
forks f g h x = (f x) `g` (h x)
g1 x = denominator $ snd $ fst $ head $ filter ((==(-1)) . forks numerator (-) denominator . fst . fst) $ forks (map (r x)) zip id [1..]
where
fx = f1 $ Surd 0 1 x
r x n = forks (((x%1)*) . (^2) ) (,) id $ toR $ take n $ f1 $ Surd 0 1 x
g x = denominator $ snd $ fst $ head $ filter ((==(-1)) . forks numerator (-)
denominator . fst . fst) $ forks (map (r x)) zip id [1..]
where
fx = f $ sqrt $ fromInteger x
r x n = forks (((x%1)*) . (^2) ) (,) id $ toR $ take n $ f $ sqrt $ fromInteger x
なんか妙に便利なんだけど。
s x y z = x z (y z) だから
forks f g h = s (g.f) h だ。
s のすごさの理解に一歩近づいたかも。
■デュマ
浦沢直樹は大デュマに似ている、山の作り方が、と主張したところ、長編はどれもあんなもんじゃないかといわれた。
http://www.let.osaka-u.ac.jp/france/book.html
に同じ意見の人がいた。
■制御系
たとえば野球は速度がいるから鞭のような動作が必要だが(ちなみに俺は投げられない)、
これらは制御が主目的で力も速度もいらないから、直線動作を作るために円の一部を切り出す。
ビリヤードとダーツはひじを固定して、ボウリングは腕を伸ばし肩を固定する。
こうして自由度を下げておくと、離す瞬間、腕で作る円弧が十分短い距離ならばそれは線分とみなせる。
そうして、精度良く方向を決められるのだ。
みんな肩がゆれすぎ。どこのスナイパーが銃を振り回しながら撃つんだ。
これだけ頭に入れておけば素人だけなら勝負に絡める。
■フォノンの実在
「ねえ、なんで量子力学は線形なのに、非線形な現象がおきうるんだろう。」
それは誰でも一度は考えることだと思うけれども、線形の方向が違わない?
「対称性が破れているとして、極小の周りで展開する直感的な意味って何なんだろう。」
この宇宙全体が金属のバルクの中にあっても不思議はないということじゃないかな。
つまり、展開しているところの摂動範囲でしか電子が存在しないとか。
ここにある物質 A があるっていうのは、十分離れた別のところにある物質 B があったとしたら、それは A と B が片方ずつだけ存在している状態をあわせたものから摂動的に理解できる、ってことじゃないだろうか。
つまり、フォノンの実在は電子のそれ程度なんだ!!
■国一
国一の知人がいる時点で相当な少数派なんだからあきらめるこったな。
ただ問題点として(公務員たたきを回避するためにだと思うが)金銭ではなくて権利で払おうとしていた、というのがあると思う。たとえば、官舎がべらぼうに安い。正当な額の給料を払い、相場にあった住宅費を払わせるほうが筋が通っていると思うんだ。
■夢
理系の思想としては過激な保守派なのになぜ夢にそこまで影響をうけるの?
ユング派だからね。つまり、人というのは、あるいはもっというと私は意識している場所のほかに小人がわらわらわらわらと中にいるんだ。彼らが働いてくれるから私自身は考えられる。首をふったときに眼球が自動的に逆に動くような低位の運動から、何に注目するべきかの決定、ある事象に対する好悪のようなものを決める小人がいるのは、わりと誰でも納得できるのじゃないかな。また、小人たちの中には私のように高位のものもいる。そして、彼らが考えていることに逆らっては私はやっていけない。彼らの意見をよく聞けるのは、私が抑圧されている夢の時間だと信じているのだ。
yugui
2番目と3番目はRuby 1.9で直りました。1.9を使ってください。
x = 1
->(x){x[0]}.([1,2])
p x #=> 1
nuc
ありがとうございます。
さすがに、アルファ変換ができないのは評判悪かったですか。
ただ3番目は、ruby でしたらブロックと呼んだほうがよかったですかね。
脳味噌がカリー化されてしまったので hoge.map{|x|x.piyo} の |x|x の部分が気になるんです ><
でも、使い心地のいい言語ですね。
宮川拓
> map 3 = map . map . map
mmap 3 = map . map . map では。
mmapの引数として実行時に決定する値を渡せるようにするためには、なんにせよ静的型付けでは無理だから、この点については型システムのない方がえらい。
nuc
本当だ。直した。
まあ、その考え方も分からんではないが、型がつかないといろいろややこしいではないか。
oOmeowOo
相変わらず長いわああ。それにしてもおませな小学生ですね:-)
nuc
ええ。
私が知識と知恵の大半を得た時期ですから。っていうか逆にいうとあまり成長してないんだよなあ。
あのころはユートピア社会主義者で平和主義者で博愛主義者で。
おませ、といえば、あなたも人のことをいえた義理ではないと思いますけれどもね。
mzaki
はじめまして。おりにふれ拝読し膨大な思想のフローに(理解出来ないものが多いのですが)感心させて頂いております。力学系が好きですので一つのトピックに興味をそそられてしまい、初コメントを思い立ちました。多数の記事の一つに突っ込みを入れるのは無粋ですが・・・
・無限退行
やはりそれではポテンシャルのかたちから(pをp*xにしてUに入れて、座標変換です)固定点は常に一つで、xから外力or外場pへの影響がないので安定してしまいます。かといってxからpへの影響があれば、差が拡大するような外力を手で入れていることになるので意味がなくなってしまうでしょう。
平衡点が鞍点の場合も駄目です。例えばaとbをいじって双曲線にすれば、初期条件が逆向きにずれた場合地球寒冷化してしまいますからね。同じ理由で最初に鞍点を要求するサドルノード分岐でも寒冷化が起こるはずです。
摂動->ちょっと高めの気温で安定、という多数回のプロセスの結果として100年単位で気温が変動する、というのもアリかも知れませんが、そうすると温暖化先の状態にxを固定しているのは結局pなわけで、恒久的に増大する外場pの存在が不可欠になってしまいます。そうすると温暖化という温度の上昇をpの上昇で記述していることになってしまうので、説明になってる気がしないのですよ。
ということで、ちょっと直感的には難しそうです、という話でした。
温暖化のモデルとか知らないのに長々とコメントを書いちゃってちょっと恥ずかしいですが、そろそろ失礼します。
nuc
どうもはじめまして。これからもよろしく。
ようするに、それはルシャトリエを誤用したことに関する長々とした言い訳なんです。
AからBが発熱なら熱を加えればBが減ってAが増える、のだけれども、
定数加えてから平衡に至るのと、一階微分を変化させて平衡をいじるのは違うよなあ。
まあ、それでポテンシャルみたいなもので一階微分を決めてやるとそういう簡単なトイモデルが作れるよね、と。
なので個人的にはこの程度で満足してしまっていました。
なるほど、たしかにこのモデルだと二酸化炭素排出量が増大しづつけないと温暖化しないですね。
そして排出を止めたら元に戻る!!
うーん、陸上植物出現あたりから何億年のオーダーで大気組成は安定しているのだから巨視的にはなんらかの復元力が働くのでしょう。実際、たとえば酸素濃度なら自然発火と光合成でバランスをとっているのだと考えられます。つまりこれくらい粗視化すれば安定点になっているでしょう。(ここ数億年の気候変動の激しさからすると、このオーダーでの復元力は人間にとってはなんの安心材料にはなりませんが。)でも局所的には平衡ではないと思います。
今は実質二変数ですがもっと複雑にして、ヒステリシスを持たせたり乱数項を加えたほうがよいかもしれませんし何階かの微分までのってくるのかもしれませんし、まあその辺はよく分かりません。
違うトイモデルがあるようでしたら歓迎します。
mzaki
>違うトイモデル について。
多次元性はおそらく本質的ではないでしょう。微分方程式で次元の数が決定的なのはたぶんふたつのケースだけで、それは常微分方程式における2次元か3次元かの違いと、波動方程式における2次元と3次元の違いです。(とあえていってみましたが、突っ込み希望です)
むしろミクロレベルでオープンシステムなものがクローズドにするまで粗視化を考えるという立場でもよいでしょう。
ただ粗視化のときにルシャトリエのように考えると時間の概念が消えるので、熱力学的な平衡よりスケールの小さいものを考えたくなります。
つまり、永年摂動です。(これは私の中の飛躍で、一意的ではありません)
これは力学のポテンシャルから永年項だけを取り出して、一般相対論”以前の”水星の近日点移動を説明していたはずのものですが多分一般の微分方程式で成り立つ概念です。
ただ、短いタイムスケールでは周期軌道を繰り返しているように見えながら永年項が残る数学的な仕組みをちょっと把握してないので、これを機に見直してみようかと思います。
ということで出直してきますが、単なるアナロジーのレベルでは面白いかもしれません。ただ、寒冷化に対応する近日点移動がありそうだという矛盾は今のところ無視してしまっています。
nuc
お返事が遅くなって申し訳ないです。
力学系は久しぶりだったために改めて初歩をさらっていたらだいぶ経ってしまいました。
なるほど、サドル型が出現するかが、離散時間系であれば1次元と2次元の差で連続時間系であれば2次元と3次元の間(∵ジョルダン閉曲線定理)となりますね。
波動方程式が、というのは意図がちと分かりません。どういうことでしょう。
これ以上高次元なら高次元のアトラクタを作れるようになるのでアトラクタ内部に構造が発生しうるように思えます。
乱数項により擾乱が加われば、不安定点やサドルは特異的な性質を残しますが、ずっとそこにとどまる解をがなくなるために新しいことがおきないでしょうか。と思ったんですが、どれくらいの乱数項を加えるかやどれくらいのタイムスケールで見るかに依存して、それほど新しいことをいえそうにないですね。
永年摂動はどちらかというと計算技法に近いのではないでしょうか。相空間上で考えたら結局、あるトーラスを舐めるように回り続けるという図になっているはずで、その図自体は特に目新しいものではないでしょう。
特に太陽系でしたらあらゆるところに回転軌道があるわけで、そこに摂動を加えたら回転軌道を徐々に移っていきそうでしょう。さらにそこにエネルギーと角運動量というマクロな保存量があるとすると、熱力学的なアナロジーでマクロにはあまり変化していないように見えながら近日点が移動していることがあっても「不思議ではない」。そして人間原理を隠し味にします。
いや、しかしこの永年摂動の示唆していることは相当残酷な気がします。
初期値過敏性はどれほど精密に測定しても予測ができないことを述べているのに対して、永年摂動の主張は、マクロスケールでは制御できるがそれはミクロスケールとはまったく別の物理法則が支配している、ということではないでしょうかね。
ユニバーサリティ!
mzaki
波動方程式の話->2次元の波動方程式ではホイヘンスの原理が成り立ちません。というと飛び過ぎなので仮に2次元の波動方程式の解を得たとすると、それは3次元の波動方程式の解にもなりますね(∂u/∂z=0だから)。すると、初期条件のx-y平面上での分布がコンパクト台なとき、z方向には定数なので、3次元では非コンパクトになります。つまり、3次元の波として考えた場合、いくら時間が経っても遠いzから発した波がくることにより、当然その解を2次元に射影したものもいくら時間が経っても初期値の台の上から消滅しません。つまり、障害がなくても波が散逸しないので、これをホイヘンスの原理が成り立たない、といいます。この応用で、異なるzからの波が共鳴し、2次元波動の傾きが発散することがおこせるはずです。
まあそれは置いといて、大きくない乱数項により準安定状態から逃げることが出来たとすると、準安定状態が多ければダイナミクスの詳細を犠牲にしますね。詳細を知ることは出来なくなります。乱数を使うモデルは、ダイナミクスの詳細によらず残る何かを浮き彫りにするためにあると思いますが、温暖化にそれがあるでしょうか?よーく考えればあるかもしれませんが、この議論ではまだまだ見つかったとはいいづらいですね。
ところで気象システムはオープンなので、従来の意味の力学系ではない可能性をメインに考えていました。しかし、全粒子をシミュレーションすることで、力学系であるとはいえるので、その中に永年項が存在するはずだと考えました。そしてそのような永年項が、自由度が増減する新たな微分方程式系を特徴づけると。
この意味で永年摂動は、気温変動の(ミクロスケールの)方程式を書き下したときに本質的に悪さをしているポテンシャルが見つかることを意味しているので、短期的な影響を度外視して政策を決定出来る可能性を秘めています(その短期的というのが我々の一生分ぐらいで政治的に通らないということはありそうですがw)。ということで、もしも本当に目新しくなく記述が成功した場合希望的なのかな?という可能性もあります。
つまり、全てがトーラスになるわけではありませんがそれをたたき台にするとして、少しオープンな系に拡張すると、粒子が出たりはいったりするにもかかわらず、トーラスみたいな粒子密度がある、ということになります。形は違えどこのように定常的な粒子密度がある場合は普通にボルツマン方程式で、エントロピー一定みたいなことを表していて、それはグランドカノニカルの方向で拡張されたことを考えると今回は、永年摂動項に対する粒子交換の効果を考えて、交換する粒子数で期待ポテンシャルをとるみたいなきもいことになります。楽しいですね。
このようにマクロにいくちょっと手前で議論を展開して、温度の増減に対する非対称な応答が得られれば天才ですね。それが出来てやっと、カオスを手なづけることが出来るでしょう。
人間原理はまあ、科学になり得ないのでハルヒ止まりにしておきましょうか(笑)
nuc
> 2次元波動の傾きが発散
がちょっと分かっておりません。これ、だいたいどの辺を学べばいいですか。
微分方程式論や超関数論?
なるほど、乱数の有無はたしかに議論にはほとんど関係ないでしょうね。
しかし、永年項の話は結局のところ綺麗に解ける周期的な方程式に摂動項が適切に加わるから回転運動に加えて摂動の効果があるように分離して見えるわけですよね。勘違い?
つまり、二つの効果が「混ざり合わない」状況でのみ有用だと考えられませんか。複雑な系ではそうならないのではないでしょうか。
あー、ようやく最後何を言わんとしているかが少し見えてきました。
ようするに統計力学がやるようにマクロスコピックな量を抽出しても永年摂動なら時間を消さないようにできるのか。
あ、こりゃ楽しい。リュービルの定理……は関係ないかな。
ああ、そこで人間原理といったのは惑星の数がいくつかというのは合理的に説明しがたい、と開き直っちゃえという程度の意図です。
> ruby
>> require ’active_support’
=> true
>> (0..2).to_a.map(&:to_s)
=> [”0”, ”1”, ”2”]
ということが出来ることを知りました。
禁断の領域へ踏み込んじゃいそう。
でも、500行ほどのプログラムをいくつか書いてみて、僕は型がつかない言語が扱えるほど頭がよくないことが分かりました。
2008-04-06
■グリーンライン
横浜市営地下鉄4号線グリーンラインが開業した。
これで日吉へ一本で出られるようになる。
20年と少し前、「4号線ができるからここに家を構えることにしたのです」
と私の両親に告げた慶應大学の吉田和夫教授が急逝したのは開業の十日と一日前であった。
■院生活
物工の人と会い、就職活動をすると時間に余裕ができる、ということで合意した。
ものを考える時間が欲しい。
いい就職に興味はないのだが、それだけのためにもう少しやればよかった。
二週間に一回程度しかコードを書き換えないなどの技が必要か。
■はじめてのプログラミング
いつぞや、情報の技能が高い人たちが、ポインタは難しいっていうけれども
プログラミングを始めたときにまず躓くところって遥かにもっと手前だよねと話していた。
- 二重ループが分からんかった。
- 文字列概念。
- 代入。
えっと、僕が同列に発言していいのかは分からんが、
「検算をしなくていい」ってことが分からなかった。
あ、ちなみに算数だと http://d.hatena.ne.jp/nuc/20050723/p3 にも書いたけれども、4+7=11 に躓きましたねえ。
■[quiz]call/cc
ある人とのメール
call/cc を使って
> (a) 0 > (a) 1 > (a) 2 > (a) 3となるような Scheme コードが作れるかに興味がわいたのだけれども、
できれば、! を使わずに define だけでいきたいんだが書けると思う?
> (a) 0 > a 1にも興味が
■慶応義塾の政治
この春、慶応義塾は安西塾長のもとで二期八年目、来年には選挙だ。
安西塾長は、薬科大学の併合や小中一貫校の創設と拡大路線をとってきた。
これには非常に金銭がかかるので、母体となっている理工学部でさえ安西おろしの風が吹いていると聞く。
同じく理工学部教授であり、理事会では「施設・管理、調達、企画担当」であった吉田教授には恐らくそれなりの圧力があったと推量。
若いころから血液検査の結果もよくないとのことだったので、疲労が引き金になったのかもしれない。
だいぶ落ち着いて見られるようになってきた。
■彼氏彼女の事情
彼氏と彼女という言葉について「20歳程度の極めて新しい語だ」と述べたところ勘違いじゃないかといわれた。こういうときには知り合いに聞く。高校同期で言語学(?)に詳しいのがいた気がすると。
許可を得て転載。
恋人という意味での、彼氏/彼女という言葉が使われ始めたのは、昭和初期くらいからのようです。より細かくいうと、おそらく昭和五年ころから。
(さっき簡単に当時の小説などのデータベースなどを見てみたら、彼女の恋人の意味の初出は昭和6年だった)また、永井荷風が昭和9年に「(恋人という意味の)彼氏/彼女は昔は使わなかった」と書いている。
「彼氏」という言い方は昭和初年に徳川夢声が作った造語で、最初は「he」の意味だったんだけど、おそらく彼女と同じ時期か、ややおくれて恋人の意味ができたよう。
両方とも都市の若者言葉で、いわゆる「昭和モダン」特有の語彙がだんだん一般に広まっていった、ということです。例えば、「かのぢょ:モダン語としては愛する女を意味する」(1931年、『モダン語辞典』)という説明があります。
それとは別なんだけど、現代の若者言葉で「彼氏」を「\__」(「か」が高く、「れし」が低い)のアクセントでなく、「_/~」(「か」が低い)アクセントで発音する流儀はいろんな説があるのですが、平成以降の登場と考えるのが主流です。
なるほど、とてもよく分かりました。
この言葉がわりと新しい記憶があったから
さて、どうしてだろうと思って調べたかったのだが
新しいのはイントネーションだったか。
詳しい説明をありがとう。
あと、丸投げしてしまってすまない。
この前はちゃんと書いていなかったと思うけど,
「彼氏」の新しいアクセントの登場は,
少なくとも江戸時代後期から続いている
日本語の音の体系の変化の大きな流れに完璧に合致するものだそう.
あの後,「彼氏」のあの新しいアクセントがどこから生まれたかという
研究を探してみたのだけれども,なかなかなかったですね.
この用法が始まったと思われる80年代から90年代初めって,
日本語の大規模調査があまり行われていなかった時代で,
結構知りがたい時代だったりする.
逆に戦後すぐの方が,国語改良運動とかの関係で,
いろいろ調査が残っていたりして面白いんだけど.
どうもありがとう。
アクセントの平板化ってことかな??
そう考えてみればなるほど確かに面白い。
とかいうことを聞いたことがあったようななかったような。
> アクセントの平板化ってことかな??
> そう考えてみればなるほど確かに面白い。
その通り.一般にはアクセントの平板化と呼ばれている現象の一種だね.
厳密に言うと,単語によっては平板にならなかったりするので,
専門の人は,平板化とはあまり言いたくないらしい.
(でも,適切な代替用語が無いので,とりあえず括弧付きの「平板化」と
言っているみたい.)
> そういえば、印欧語族の母音も同じ方向に推移していく
> とかいうことを聞いたことがあったようななかったような。
そういう傾向は確かにある.
でも,そもそも人間は,
口と鼻とノドという非常に狭くて限られたりソースの下で音を発しているので,
出せる音の種類は非常に限られていたりします.
なので,どんな言語も,音変化の道筋として可能なものは非常に限られ,
必然的にどの言語も似通った変化の道を通ることになるとか.
■中世
10〜15世紀なんて欧州は未開もいところで、その証拠に欧州の文学が三つ上げられる日本人なんて文学に詳しくないといないだろう、メジャーなのカンタベリー物語くらいしかない、とあったので反射的にあげたのが、「トリスタンとイゾルテ」と「ニーベルンゲンの指輪」。
それに比べて日本はと続くのだが、更級日記を非日本人が知っていると思うなよ。
論理がすべてじゃないというのはあたりまえ。感性の大事さを述べていたが、まあ、それもそう。
多様化と国際化しているから、昔と同じことしたって駄目(正確には現代が妄想する100年くらい前の世界か)。感想はそれくらい? 読んだのだいぶ前で流し読みだからあまり記憶にない。
■lambda higher order logic
「圏論による論理学 高階論理とトポス」を読んだ。
lambda の = という概念が primitive に入っているがそれが強力すぎるのが気にかかる。
Bool 演算が自然に構築できるとして
T := (\x -> x = \x -> x)
F := (\x -> x = \x -> T)
として話をするのだが。
うーん、なんていうかそれってそんだけ強力な道具立てがあれば、まあ、当然みたいな。
あと、Hom({},{*}) を誤解している。仮想的な元を考えてってところは色々とありえない。
subobject classifier のところもおかしい。
…数学者の書いた文章を読む気になった。
非常に面白かったけれども、数学的には穴があったってところです。
でも、哲学者全体に一般化しないだけの経験(おい)を積んだ気がする。
■生物と無生物のあいだ
非常によい本だった。是非読んでおきたい。
大学教授になるころには、もともとあった科学への情熱を失う*1といったアカデミックの嫌らしさすら書いてある。
難点としては、研究者として彼が直接見たことしか書いていない。
ただ、いままでにそういう本がどれだけあったかを考えると多くなかったのではないだろうか。
今後、多くの研究者が自分が見たものをできるだけ忠実に書いた本がでてきて、それらを基礎文献とすることによって初めて大局的な話が書けるのだと思う。
それともう一点、物理屋の視点から生物学者だな、と思えたのがシュレディンガーの「生物は負のエントロピーを食べていきている」に関する部分。
物理的に理解すれば*2言及する理由がないほどあたりまえな記述であるのだが、
- 「食物は一度吸収される前に分解される」
- 「体の構成原子は常に入れ替わっている」
■SF の限界
EVA をみて、ノートパソコンが10年前のものだということに人の想像力の限界を感じた。
「たったひとつの冴えたやりかた」を読んで、SF のギミックに人の能力の限界を感じた。
受け取り手にも限界があるのもあるのだと思う。
なんていうんだろう。結局、記号のやりとりなのだから。
感情の動きは面白いのだけれども。
特に後者は「作者がとてもひどいもの」をたくさんみてきたことがよく分かった。
■オラクル
グレッグイーガンの「ひとりっ子」に「それが事実だという理論をひとつ、そっくり考えだしました。"魂"は量子不確定性を利用して物理法則になにも違反することなく、人が生きているあいだは体を動かし、死後は生者に意思を伝えられるのだと。科学に興味を持つ十七歳の子どもならだれでも思いついて、二週間ほど本気で正しいと思ったあと、まったく馬鹿げていると気づくようなことです。(P.295-296)」というような記述があって、ああ、たしかにたしかに、と思った。*4
「ルミナス」の世界観は、私がオラクル教で作りたかったものに近いのだけれども、そこからさらに 矛盾にしますか。いや、これはなるほどと。
■到達不可能基数の存在
そう、それでペンローズの「不完全性定理を利用した強いAI論への反駁」の何が問題なのかをようやく理解したもののこれを説明するのは大変だ。
「到達不可能基数の存在は ZFC から独立である」
これは論理学の専門家でもよく勘違いしてしまう誤りです。というのは、到達不可能基数の存在は、通常の数学がすべて展開できるとされる ZFC から導くこと (つまり証明すること)は出来ません。これは有名な事実ですが、この事実を念頭に、つい「独立である」と言ってしまうようです。
ある命題がある公理系から独立であるというのは (標準的な論理学の用語法では)、その命題の肯定も否定も公理系から導かれないことです。つまり、到達不可能基数の存在が ZFC から独立である為には、その存在が ZFC から導かれないだけではなく、その不存在もまた ZFC から導かれないことが必要なのです。
ZFC から到達不可能基数の不存在が導けない、というのは、背理法がありますから、 ZFC に到達不可能基数の存在を主張する公理を追加した公理系が無矛盾であることと同値になります。しかしこれは証明できないことが知られています。つまり、少しややこしくなりますが、「『ZFC から到達不可能基数の不存在は証明できない』ということは証明できない」ということが証明されている訳です。
とこう書いてしまうと、少し知識のある方から、何を前提にしての話なのかが曖昧であるし、例えば巨大基数公理を仮定すればそれは証明できるではないか、などと言われてしまうかもしれません。通常、数学の言明でとくに前提となる体系が明示されていない場合には前提となる公理系は ZFC であるという暗黙の約束事がありますが、独立性などの議論の際には ZFC が無矛盾であること (これは ZFC からは導かれない)も暗黙の仮定に含めて良いことになっています。「『ZFC から到達不可能基数の不存在は証明できない』ということは証明できない」と述べたのは、『ZFC から到達不可能基数の不存在は証明できない』という主張は、 ZFC の無矛盾性を仮定してもなお証明できないという意味です。
巨大基数公理を仮定すれば、というのは、 ZFC に巨大基数公理と呼ばれる公理を追加した体系の無矛盾性を仮定すれば、という意味ですが、これはいま述べた暗黙の約束事に反しています。また巨大基数公理の一番弱いものが到達不可能基数の存在ですから、巨大基数公理の無矛盾性を仮定してそこから、『ZFC から到達不可能基数の不存在は証明できない』こと、つまり ZFC に到達不可能基数の存在を追加した公理系の無矛盾性を導いても、単なる同語反復に過ぎず、意味のないことなのです。従って巨大基数公理を仮定して云々、は無理な言い訳としか言えません。
うわー、これは普通に勘違いしてた。たしかに、こうしないと「矛盾は ZFC から独立」も真になっちゃうのか!!
「『ZFC から到達不可能基数の不存在は証明できない』ということは証明できない」ということが証明されている
というのは、背理法で ZFC|-Con(ZFC+I) となって ZFC+I|-Con(ZFC) から ZFC|-Con(ZFC) で矛盾かな。
独立性などの議論の際には ZFC が無矛盾であること (これは ZFC からは導かれない)も暗黙の仮定に含めて良いことになっています。「『ZFC から到達不可能基数の不存在は証明できない』ということは証明できない」と述べたのは、『ZFC から到達不可能基数の不存在は証明できない』という主張は、 ZFC の無矛盾性を仮定してもなお証明できないという意味です。
あたりには闇を感じた、っていうかやばいよ、この分野下手に手をだすと首が飛ぶよ。
■自殺
| 好きな自殺の方法 | イゾルテ |
| 好きな自殺の理由 | 藤村操 |
藤村操は華厳の滝に飛び込んだ一高生。後追い自殺が多かったことで有名。自殺理由は「人生不可解」。
イゾルテは、自分の意志で死んだ状態になることを決意し、意志の力だけで死ぬ。
■[haskell]フィボナッチ
http://d.hatena.ne.jp/smoking186/20071205/
ねえ、きみ。それにしても、こんどの小さな事件でもわかったんだが、世の中のいざこざは、悪意や策謀から起こるというよりは、むしろ誤解や怠慢から起こるのではないだろうか。少なくとも、悪意や策謀なんて場合は、めったにないのだ。(「若きウェルテルの悩み」井上正蔵訳だと思う)
http://d.hatena.ne.jp/ita/20071203/p1
data Tree a = Node {first::a, second::(Tree a), third::(Tree a)} deriving (Eq, Show) newtype Matrix a = Matrix (a,a,a,a) deriving (Eq, Show) a (Matrix (x,_,_,_)) = x b (Matrix (_,x,_,_)) = x c (Matrix (_,_,x,_)) = x d (Matrix (_,_,_,x)) = x instance Num a => Num (Matrix a) where (+) (Matrix (a1,b1,c1,d1)) (Matrix (a2,b2,c2,d2)) = Matrix (a1+a2,b1+b2,c1+c2,d1+d2) (*) (Matrix (a1,b1,c1,d1)) (Matrix (a2,b2,c2,d2)) = Matrix (a1*a2+b1*c2, a1*b2+b1*d2, c1*a2+d1*c2, c1*b2+d1*d2) negate (Matrix (a1,b1,c1,d1)) = Matrix (-a1,-b1,-c1,-d1) signum = error "no signum" abs = error "no abs" fromInteger i = Matrix (fromInteger i, 0, 0, fromInteger i) mapT f (Node a b c) = Node (f a) (mapT f b) (mapT f c) zipWithT f (Node a1 b1 c1) (Node a2 b2 c2) = Node (f a1 a2) (zipWithT f b1 b2) (zipWithT f c1 c2) seed = Matrix (1,1,1,0) fibo = Node 1 (mapT (^2) fibo) (mapT ((seed*).(^2)) fibo) num = Node 0 (mapT (*2) num) (mapT ((1+).(*2)) num) nn = 1:map (2*) nn n2b n = snd $ n2bh n 1 where n2bh n x = if n < x then (n,[]) else if x == 1 then (error "", (case p of 1 -> True 0 -> False _ -> error ""):q) else (if p >=x then (p-x,True:q) else (p,False:q)) where (p,q) = n2bh n (2*x) fib n = b $ first $ foldr (flip (.)) id m $ fibo where m = map (\x->if x then third else second) $ n2b n main = putStrLn $ show $ fib 1000
なんか色々ごちゃごちゃ考えていたら、妙なことになったので無意味にさらしておく。あまりいいコードではない。
■量子脳理論
「「心の影」の革命的な新主張」という文が「21世紀を動かす心とコンピュータのサイエンス」ペンローズの量子脳理論にあった。
まず、茂木さんの意見をいくつか引用しておこう。
私は、生物学的常識論を振りかざす、凡庸な生理学者が嫌いだ。彼らは、量子力学やチューリング・マシーンが何なのか全く理解せず、ただ「常識的な」世界観で、ああでもないこうでもないと言っているだけなのだ(もちろん、すべての生理学者が「常識的な」世界観にこだわっているわけではないが!!)
あはは。
{中略}聴衆のリアクションは、これ以上ないというくらい二極化していた。私のように、ペンローズの言っていることはすべて正しいわけではないが、彼のヴィジョン自体は、意識の本質を捉えており、21世紀の科学につながること考える人間もいれば、一方では、ペンローズの話はたわ言で、ペンローズはホラ吹き野郎だと、口汚くののしる人々もいる。個人的な意見だが、「連続体仮説」(continuum hypothesis)が何なのか理解できない人に、ペンローズの仕事を批判する資格はないと思う。時には、人々はあるアイディアを、それを理解できないというだけの理由で拒否することがあるからだ。
うは、forcing required ですか。この夏に結構がんばって理解しようとして(生半可に分かっているとも言い難いけれども)、でもたぶん「数学的手法として非常に面白いが」「世界観を変えるものではない」と思いました。
(ペンローズは)量子力学の収縮過程を、非計算的ではあるが、決定論的だと考えている。
この考え自体は非常に面白いと思う。そして、これが真ならば古典的でない機械によって意識が作れることになるだろう。
信じないけれどもな*5!
さて、本題。
ゲーデルは、計算システムF内で「私は証明できない」という意味を持つゲーデル文G(F)を構成してみせた。ちなみに、G(F)は実際に証明不可能なので、真であるが、Fにはそれがわからない(証明できないから!)。それどころか、G(F)の否定の「私は証明できなくない」もシステムFの中では証明不可能なため、F自身には、永遠にG(F)の真偽のほどがわからない。
さて、Fの性能を拡張して、「人間の数学者を計算によって完全にシミュレートできる」と仮定しよう。この拡張されたシステムをF'と呼ぼう。すると、Fに対するのと同じ議論を展開することができて、F'内で「私は証明できない」という意味を持つゲーデル文G(F')を構成することができる。G(F')はF'内で証明不可能だが、人間の私には、G(F')が真であることがわかる。これは矛盾である(人間には真であることが分かっているのに、それを完全に真似できるはずのF'には真であることが分からないから。)なんで矛盾が生じたかといえば、「人間の数学者を計算によって完全にシミュレートできる」というそもそもの仮定が間違っていたからだ。
なんかアンニュイ*6な気分にさせる。
F にさせているのはその体系の中でモデルが空集合でないことを示すことなのに、
人は F のモデルを表現できる系を用意しているだけ。
#で、あっているんだよね。
#書いた瞬間に不安になった。
#うーむ。この話はもっと早く首を突っ込んでおけばよかった。
##きっと昔のほうが、僕が誤解をしたことを書いたときに手厳しく指摘してくれる親切な人が多かっただろうから。
■神の似姿
モデルは神の似姿だと思うのですよ。
complete theory は有限の能力では扱えない神だが、それら全体を考えてからその元を考えることで、このような神がいるようだという議論はできる。
■[quiz]マイケルソン干渉計
高校生でも分かる院生でも解けない問題集
マイケルソン干渉計はエネルギーの保存がどうなっているか。
マイケルソン干渉計というのは西から光がやってきて、ハーフミラーで北と東へ分けて、それを反射させて戻してくる。
再び元のハーフミラーに当てると南に干渉した光がでて、それの強度が光路差によって変わるのだが、そのときの残りのエネルギー変化分はどうなったのかと。
■[quiz]Kelvin の水滴起電機
http://d.hatena.ne.jp/flappphys/20080117#p2
リンク切れていたので貼りなおし -> http://www.youtube.com/watch?v=oY1eyLEo8_A
Kelvin の水滴起電機の原理は?
Kelvin の水滴起電機というのは、二つの小さな穴の開いたバケツを用意し、それぞれを受ける金属の桶を用意する。金属の筒を穴の下に置き水滴が穴を通って落ちるようにする。最後に筒と桶を斜めに銅線で繋ぐ。
このとき水滴が落ちるにつれて桶の間に電位差が発生する。
■秒速5cm
秒速5cmという新海誠のアニメーションがある。そのコスモナウトという章に、系外探査船を打ち上げる場面がある。以下がそのせりふ。
それはほんとうに想像を絶するくらい孤独な旅であるはずだ。本当の暗闇の中をただひたむきに、一つの水素原子にさえめったに出会うことなく、ただただ深淵にあるはずと信じる世界の秘密に近づきたい一心で。僕たちはそうやってどこまで行くのだろう?どこまで行けるのだろう?
いや、毎秒100億個は優に会う。
聞いた瞬間に違和感があって軽く評価。薄いところの星間物質といっても立方センチあたりひとつくらいはある。一平米くらいのサイズだとして、相対速度をまあ宇宙速度程度として秒速十キロ。
よい場面なのに物理的な思考が邪魔をして、ちょっと悲しくなった。
上の引用は海外の人が聞き取ったもののようでちょっと間違えていたので修正した。
「秘密に近づきたい神殿。」->「秘密に近づきたい一心で。」
昔は、こういう間違いを見つけると知らせていたし、海外の人のために日本語の聞き取りをしたこともあったなあ。
たしかに、前の「い」とくっついて消えているけれども、なかったとしたら「し」の出現タイミングが違うんだよな。
■Somewhere over the rainbow
I'll と you'll の l を聞き落としていた。いや、意味的にはあるに決まっているんだが発音してないように思えるよ。
でも、以前日本語の聞き取りをして分かったことは、日本語でも意外と聞き取れていなくてそれを適当に補っているんだな、ってことだった。
■daemonize
祖父が生きている間に父を殺すことを、悪魔化って呼ぶんだよ。
■MySQL
http://dev.mysql.com/doc/refman/4.1/ja/group-by-functions.html
STD(expr) , STDDEV(expr)
expr の標準偏差(VARIANCE() の平方根)を返す。これは SQL-99 に対する拡張。この関数の STDDEV() の形式は Oracle との互換性を確保するために提供されている。
VARIANCE(expr)
expr の標準偏差を返す(レコードはサンプルではなく、母集団全体とみなされる。そのため、この関数はレコード数を分母として取る)。これは SQL-99 に対する拡張(バージョン 4.1 以降で使用可能)。
■茶道とビジネスモデル
どのような文化であれ、人が興味を持たなければ衰退消滅するがゆえに、興味を引く方法、ビジネスモデルが必然的に存在する。
茶道は権威付けをビジネスモデルにしている。
父の実家は表千家の茶道をまじめにやっていたらしいので、父は色々なものを見ているという。
たとえば、ある茶道具屋の息子は京都大学に入る実力があったにも関わらず同志社大学へ入った。
もちろん、京都大学よりも同志社大学の方が優れているから、というのもあるが、それに加えて「裏千家」の家元は代々同志社大学に進学する。そして、予想通り(確か)ゴルフ部に入ったので、在学中は先輩として面倒を見る。
えっと。一筆書いてもらうと値段がはねるんですね。
茶道はとてもよいものだけれどもこういう面もあるよと。特に裏のほうが。
ちなみに、私は母の流れを受け継いで、そこらへんにある味噌汁のお椀で、そこらへんのやかんで、そこらへんの茶筅で、いい加減な抹茶を点て、もとい作ります。
■科学哲学
科学哲学は、もうどうでもいいきもしてきた。なんていうんでしょうねえ。(ここで「方法論をちまちまやったって面白くない」ってこと、と聞かれた。)人文科学は、厳密にぴったしは切り出さないんですよ。対象が複雑すぎるから。で、僕は科学の内側にいるわけだから、だいたい、内部の複雑な状況とか、そういったものは、完全ではないけれども、それでも表現できるかは別として科学哲学者よりははるかに分かっている。残念なことにね。
なんていうんだろう。つまり、キャンパスの大体の構造をキャンパスにいったことがない人がアバウトに説明してくれるのを聞く価値があるかっていうと、まあ、そりゃ少々はあるでしょうけれども、まあ、でも正直、全体像をおぼろげに見せられても、こっちのほうが細かい構造知ってるよってことになる気がする。
■観測学
量子力学と現在は言っているが、まだ量子観測学であるのかもしれない。
量子コンピュータも最終的に欲しいものが、ある量子状態ではなくてそれを古典的にしたものなのが、何かの限界を生んでいないだろうか。
#うわ、今、読み直すとそんなことなさそうだ。
■ニールセン
ニールセンの冒頭にあった「情報や計算、論理といえども、この宇宙の物理法則に依存していることは間違いなくて、その意味で古典論に対してチューリングマシンがあるように量子論に対して量子チューリングマシンがある、あるいは将来の物理学の発展に伴い超ひもチューリングマシンといったものが現れる」という考え方をものすごく気に入ってはいるのだけれども。
数値計算にとって、ログオーダーできく現象は天敵じゃないか、とふともらしたところ、そのとおりです、でも実験でも一緒です、といわれて、あちゃー、と思ったことがある。なるほど確かに実験室のサイズなんて高々10^23個程度の原子しかないわけで、そうなると数学的厳密解が求まったところで物理的にはどうなの、となるわけだ。
1km サイズの生物がいたとしたら、彼らは過冷却を「メゾスコピックの特異な現象」として紹介するであろうし、逆に 1mm 程度の生物は「水は0度以下で凍る」というかもしれない。たとえば、1億年単位で(足りるのか?)動く生物がいたらダイアモンドをグラファイトになる前の不安定な物質というかもしれない。
■シンプレクティック
数値計算のシンプレクティック法を学んでポアソン括弧の本質を分かっていないと思ったということだが、数値計算は数値計算で、解析力学の本質とは関係ないんじゃないの。
たとえば、ファインマンダイアグラムからこの世のできかたの本質が分かるといわれても、なんとなく計算テクニックなきがして眉唾かなあ。
■好悪
学科の同期は、経路積分は本質を表しているように感じるといっていたが、僕はどうもハミルトニアンの形のほうが好きだ。ホイヘンスの原理よりもマクスウェルのほうが好きだ。空間の性質としてみんながわらわら動いてその結果大局的に見るとなにか性質があるように見えるのが多分好きなの。
■大家
どのような大家でもその専門分野を外れれば、とても有能な人が話しているとは思えないようなことを口走りうるということが良く分かった。
仕方がないじゃないですか。人間の能力の上限って結構低いところにある。
■My bonnie lies over the ocean
There is a scottish folk song called "My bonnie lies over the ocean".
The lyrics are as follows:
My bonnie lies over the ocean
My bonnie lies over the sea
My bonnie lies over the ocean
Please bring back my bonnie to me
Bring back, bring back
Oh bring back my bonnie to me, to me
Bring back, bring back
Oh bring back my bonnie to me, to me
酒の席で、上の歌を歌いながら b の音が出てくるたびに、立っていたら座り、座っていたら立つ、という遊びがある。中国語を母国語とする人が "oVer" に反応していて親近感を覚えた。
■内省
C++ template the complete guide
っていう本を読んだんだが
C++ template の美しくなさを
こころから感じた
とりあえず加えてみたら
実はチューリング完全で
クラスの情報を内省できちゃったりして
これ、相当使えるんじゃないかと
無理やりやったものだから
妙なテクニックが量産されてる
■接触法
http://d.hatena.ne.jp/qqqlxl/20071225/p5
それでふと思い出したが、同性愛に嫌悪感を抱くと主張する男性のほうが、それの描写されたものを見せたときに性的に興奮するという社会心理学の統計があってね。
……この研究のすごいところは体積変化を接触法で測るんだ。
ジラール的に解釈すると、「日本ではそれによって秩序が乱れるから」か、といわれたが、それってようは滅多にない状況におかれたから困惑しているというだけじゃないか。
#この結果はそれなりにまともな社会心理学の本で読んだ記憶があるのだが、検索したら「うそつきの進化論」という本に載っていることまでしか分からなかった。
■暴力と聖なるもの
「争いがあれば、少なくとも誰かが悪い」という考え方があるのではないかと、感じていたのだが、ジラールならば、暴力は容易に転嫁する、とでもいうかなと思った。
供儀は、平和をもたらすことを目的だとしていたが、日本の人身御供はどうなのだろう。
僕はこれを「任意の努力は報われるからだ」と思っていたのだけれども。
a-ki_room
結構前のことから書いてあるね。「何日分まとめて書いたんだ、すげぇ」と思った自分はメモを取る癖をもっと付けた方が良いと思う。
色々コメントしたくなったが、 またあとで。
nuc
一年以上前のネタもとってあっていつか放出するつもり。
エサをねだるカピバラのように待ってます。
O
とりあえずコメント.以前話したことで特に意見が変わってない部分には言及せず.
■lambda high order logic
数学が分からないんだったら数学を使う必要はないのになあ.
■生物と無生物のあいだ
>「生物は負のエントロピーを食べていきている」
エントロピーを分かってない人ほど引用したがる気がする.
■オラクル
>*4:ただ、実際のところこの考えをまじめに信じている人は理系の院生でもいるような。
僕のことかよ.「魂」ではなく「自由意思」,十七歳ではなく二十歳過ぎ,だけど.
まったく馬鹿げている,というのは認めるが,魂は妖精とは違って「馬鹿げている」と言ったくらいでは死なないよ.オッカムの剃刀で斬殺するしかない.
■量子脳理論
>竹内薫さんと茂木健一郎さん
うわあ.
>時には、人々はあるアイディアを、それを理解できないというだけの理由で拒否することがあるからだ。
しかし,同じ理由で賞賛する人もいるような気がする.
>これが真ならば古典的でない機械によって意識が作れることになるだろう
僕は面白いとは思わないのだけど,自分の意識以外の何かが意識であるかどうかって面白いの?
>さて、本題。(略)
帰謬法の証明って矛盾の導き方のセンスが問われるよね.
ゲーデルは循環的定義を用いないように注意してたのに.
「F’は無矛盾である」が人間に分かる以上,F’に「F’は無矛盾である」を加えたものが真のF’であるはずで…といつまでたってもF’が決まらない.
人間はすべて死ぬ.数学者は人間である.故に数学者は死ぬ.という論理学の知識を使えば,
数学者の行いうる論理のステップ数が有限だといえるので,その有限回のステップ数で到達可能なレベルまで「F’は無矛盾である」(あるいはこれ以外の証明不可能な真理)を付け加えた系を考えれば,この系は数学者を凌いでるよ.
なんて思ったけど,よく考えたらFを自然数論を含まないような系にすればよいだけじゃん.
それで,自然数論以上は「F|-自然数論の公理→自然数論の定理」という形にしとけば,この系では自然数論の無矛盾性の証明不可能性が証明可能とは言い切れないと思う.
だんだん自信がなくなってきたのでこの辺でオチにしよう.
この引用文の内容から数学者は矛盾しているということが導ける.
■証明できる命題
折角だからものすごく効率の悪いアルゴリズムを挙げておこう.
1,2,3,...をゲーデル数と看做したときに,それが証明(論理式の有限列であり,すべての式は公理ないし前に出た式からの帰結)であるときに,論理式の列の最後の式(証明されている式)を出力する.
■科学哲学
僕も最近どうでもいいような気がしてきてたんだ.
科学に特有な問題なんて哲学的には下らないことなんじゃないかと思ったから.
a-ki_room
・中世
>論理がすべてじゃないというのはあたりまえ。感性の大事さを述べていたが、まあ、それもそう。
論理とか科学とか、まぁ無理矢理並列に並べてしまうが、こういったものを過信&誤信している人が多くて、当たり前のことを当たり前にとらえられていない人が多いように見受けられるからでは。
・生物と無生物のあいだ
>先の記述とコンフリクトしていると思うあたり
似たような印象は受けた。この手のことについて考えるなら、シュレディンガーのオリジナルの主張をきちんと読んでみたい。
・自殺
「人生可解」のようなメッセージを残して自殺…という話は聞かない気がする。あるのかな?
・量子脳理論
>それを理解できないというだけの理由で拒否することがあるからだ。
賞賛するのも同様に。ペンディング出来る人はどれくらいいるのだろう?かなりゆらぐから不安定だとは思うけど、それって大事だと思う。
・daemonize
曾祖父が生きている間に父を殺すのと祖父を殺すのとではどちらがより悪魔的?
…なんというか書いていて自分で嫌になるなぁ。
・重力波検出
アンドロイドが出来たとすると、少なくともしばらくの間は人間の数倍程度の重いアンドロイドが出来ると思うのだけど、アンドロイド級に太った人がアンドロイドと間違えられて裁判とか起こさないかな。その裁判をうけて今度はアンドロイドがア権云々って言い出すの。
・観測学
>量子力学と現在は言っているが、まだ量子観測学であるのかもしれない。
古典力学、それも特に質点の力学みたいなダイナミクスは追えないからではないの?力学という言葉に釣られているような印象が。
・ニールセン
量子力学と古典力学の意味でメゾスコピックなサイズの生物がいたらと妄想するとちょっと楽しくなったけど、メゾスコピックなサイズって言い回しはちょっと良くない。
・好悪
>空間の性質としてみんながわらわら動いてその結果大局的に見るとなにか性質があるように見えるのが多分好きなの。
これは多粒子の経路積分でも同じだと思うけれど。「一個一個の物に着目した方がマクロな性質をより一層楽しめるから」だと納得してしまうが。
・My bonnie lies over the ocean
bの音は偶数個なんだね。よかった。
集団でやって…一回ミスすると中々面白いことになるね。
・HTTPと正しい日本語
>つまり、「受け取ったときは理解しなければならない」が「送ってはならない」。
正しい日本語では会話出来ないということ?それとも「正しい日本語を使うのならば決して発信してはならない」?
・対称性由来の非対称性と非対称性由来の対称性
>格子方向に非対称であるにも関わらず円形な波紋が広がっていったときには非対称性が対称性を生む
「波動方程式の空間についての対称性は基底を非対称にとろうが崩れない」の方が良いような気がする。非対称性に屈しない対称性。
かがみ
こんにちは。どうもお久しぶりです。
到達不可能基数に対して闇を感じるということは余りないです。ある程度触っていると「とにかく存在を仮定すれば面白いし、たしかに整合性もありそう」という感じが優勢になるのかも知れません。最初あやしげなものと感じても、少し慣れてくると「あたりまえ」化するという面はあると思います。
私自身が最初に巨大基数に関する整合性を感じたのは可測基数に対してです。矛盾しそうなのに存外際どいところで踏みとどまっている感じがする部分があると思うのですが、逆にその事実が整合性に対する確信を生んでいるような。もっともこのように考えるのは私だけなのかも知れません。ご存知かと思いますが、可測基数は非常に巨大で、最小の可測基数の下に「その可測基数個」の到達不可能基数が存在します。
O
訂正
誤:この系では自然数論の無矛盾性の証明不可能性が証明可能とは言い切れないと思う.
正:この系での自然数論の無矛盾性の証明不可能性が証明可能とは言い切れないと思う.
nuc
あ、デスクトップのコンセントささっている延長コードのスイッチを握ってしまった。誰だこんなところにつけたのは。二度目。データ飛ばしたのは初体験。
普段は、リモートマシンの screen 上で書いているのに、こういうときに限って。
FILO でいきます。
かがみさん、おひさしぶりです。
「到達不可能基数」の存在すると矛盾するんじゃないかという意味の闇ではなくて、生半可に理解して迂闊な発言をすると足元を掬われるという意味です。
たとえば、(同じく物理屋の)友人のとっていた後期教養課程の哲学の授業が「古典力学と量子力学とを決定論と非決定論との例として対比し、また可罰性を論じる」というものでテクストをざっとみせてもらったのですが、著者がふたつの力学をまともに分かっているとはちょっと思えませんでした。物理学者が「量子力学は非決定論」と述べたとき、そこには「当たり前すぎて言わないこと」があり、日常語からは多少違う意味になっていることもあります。そして、このあたりには踏み越えたくない危ないラインというものがいくつも存在します。
それと同じ匂いを感じたのです。
巨大基数といえば、カナモリを明倫館で衝動買いしましたが、死ぬまでに読めるかどうか(馬鹿)。まだ怪しさを感じられるレベルに達していないみたいです。(これって一種の U字発達? http://d.hatena.ne.jp/nuc/20050717/p6#c1121611650)
最近は、形式主義者(?)なので「面白ければ」いいと思っています。
・{,非}対称性 (bash)
たしかに基底をのほうが派手に非対称なのだけれども、
それだとちょっと違って、数値計算の格子を切ったときの方程式自体が、微分方程式状態とは違ってユークリッド変換に対して不変ではないでしょう。
近似している先の方程式がユークリッド変換に対して不変なのだから、一緒ではないか、あるいは不変でないとそれはよろしくないってことではないか、といわれたらそうなんだけれども。
それはそうと、水素原子の波動関数の d 軌道の基底として、3次元空間内の変換群で移り変わるようなものが取れる?
たとえば、p 軌道は普通の p_x, p_y, p_z ととると、x=y=z の軸に対して 2/3 ¥pi ずつ回転させたものになっているじゃない。
元が5つだから、ある軸を中心とした回転群しかありえないと思うのだが。
予想、{選択公理使ってできる、簡単にできないことが示せる}のどちらか。任せた。
・正しい日本語
HTTP はもともと皆が適当に作っていたから、「「仕様通りに作られていれば送られてくるはずがない」ものも理解しなくては仕様通りといえない」ようになっている。
「「誤った日本語を受け取ったとき」に「その日本語は誤っている」などというのは正しい日本語を使う人ではない」と。
・My Bonnie
oh bring back my Bonnie to me, to me
の Bonnie が絶妙なリズムで初めてだとひっかかる。
立ったり座ったりだから、あらかじめ準備していないとできないし、間違えると目立つんだな。
・好悪
うーん、じゃあ、空間の性質としてといったらいいかな。たぶん、数値計算のしかも格子を切ったやつに親しみがあるんだ。
この見え方を過度にえこひいきしているかもしれない。
見え方が多いことに越したことはないと思うから、ここは直したほうがいいかもね。
・メゾスコピックなサイズの生物
これもまたシュレディンガーのたてた問いらしいのだが「なぜ原子はこれほど小さいのか」というのがあって、
模範解答としては拡散が支配的であるようなサイズでないと揺らぎによって生物と呼べるようなものは安定して存在できないのだろうと。
だから、きっと晴れ上がり前には生物はいなかったんだと思う。
・観測学
最終的に、古典的な性質をみるように思えるから。
それって量子力学を弱くしろっていうことにもなるかな。ちょっと主張として弱いかねえ。
・重力波検出
しゃれた返事は思いつかんが、強いAI論をとらない人は、異星人とアンドロイドとをどう整合をとっているんだろう。
・daemonize
それは UNIX 系で daemon を作るときに行う処理。親のいない子を作るために、子を作って孫を作って子を消せばいい。
・人生可解
人生可解なりと言って死にたいね。人生の組成列を遺書に書いて自殺。
・生物は負のエントロピーを食べていきている
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1043.html にも
> 全体が71節で構成されているその57節だから、いよいよ結論部にさしかかったところにあたるのだが、そこに「生物は負のエントロピーを食べている」とあったのだ。もしポール・ヴァレリーがこれを読めた時代に青春期をおくっていたなら、この一行の稲妻こそが「精神の一撃」になったろうと思われる。
とあると http://d.hatena.ne.jp/nuc/20051121/p1 にある。
理解できないというだけの理由で賞賛しているのかもしれない。
当時の生物学は博物学に過ぎないだろうから、物理学的には馬鹿馬鹿しいほど当然でも大きな影響を与えたのかもしれない。
まあ、当たり前であることこそ、汎用的で普遍的だという意味で知らない人が知ったときに有用だというのは確かだろう。
シュレディンガーの意図が別のところにあるのかもしれんし、あるいは物理学の生物学への侵攻を象徴しているのかもしれない。
もしかすると、当時画期的ではあったが常識と感じられるほど浸透したのか。ないな。
・中世
まあ、確かに公理系以上のことは言わないよね。という考え方はある種の達観なのかもしれない。
・科学哲学
自分の文なのに引用にしたのは、読み返してちょっと抵抗があったからかな。
いや、何よりの問題は、バスケット哲学の大家がトラベリングを旅行に行くことだと思っているにも関わらず淘汰されない、ところじゃないか。
自浄作用に欠けた学問を数多く見てきたが中でもひどい。
たぶん、学問には理解の硬さみたいな尺度があって哲学は柔らかいのに科学が比較的硬いから相性が悪い。
・証明できる命題
せめて DP を。
しかし、不思議だな。これこそ哲学的には看過できないほど衝撃的な事実だと思うんだが。
Hilbert program の部分的な実現なわけでもあるし。
つまり、efficiency を除いて、ある公理系から示せることを書き出す能力は
機械に含まれるといっているんだよね。
たしかに、ある命題が与えられたときに、それかその否定が書き出されるまでは、
「正しいのか」「間違っているのか」「独立なのか」のどれなのかが分からないのだけども、
それって人であろうとそれはそうだし。
数学者の仕事のうちで有意義なのは「公理系をどのように拡大するのが正しいのか」のみであり、
なんて数学かどうか(形式主義者には)結構きわどいところだと思うんだけれども、なんで騒ぎ立てないんだ?
やはり、「数学者の仕事も大半が人間的な大学の事務仕事」だから「証明は機械にもできる」といってもたいしたことないのか。
それともシステム論の立場からいうと、猿とタイプライターとからなるシステムは任意の哲学者よりも優れていることを看破されるのが怖いのだろうか。
・量子脳理論
君の偉大な先輩じゃないか!?
僕は炭素骨格から抜け出したいんだよ。原理的に上限ができると思うから。
優れた意識が作れば引退できるしね。
循環的定義のところも気になるね。ただ、うまくやったら有限の公理に落とせないかな。
なるほど、たぶん、帰納法だけ排除すれば自然数に関するまともな ¥froall 命題が吹き飛ぶから、「帰納法は疑わしいなあ」「帰納法は矛盾だと思っているけれどもそれはまだ示せてないなあ」という態度になるのかな。
ようするに、それを擬人化すると「べ、べつに自然数論で証明できないものがあることを示すために帰納法が正しいって仮定したわけじゃないんだからね!!」
えー、数学者は不健全なほうが面白い。
・オラクル
もうちょっとしたら、また十七歳になるでしょう。
自由意志の定義をどうするのか、という話があるよね。
波動関数の収縮をいじくれたら、エントロピーくらいは減らせるんじゃないか?
人の脳はまず古典的だろう。根拠として、上の「原子はなぜ小さいか」にもあるように、わざわざ拡散が dominant な大きさになっているのはなぜかと。
Ehrenfest と Everett のいうところは、どこから古典系とみなしても問題ないよということだと思うんだ。
仮に量子的だったとしても、さらっと収縮先の全体を考えると別に自由さは感じないなあ。
チャーチ仮説によると、たいていの計算モデルは効率を気にしなければ等価でそれは量子チューリングマシンでも一緒。人がこれを超えているとは思えないから(あは、さくっと強いAI論の公理を持ってきてしまった)量子不確定性は関係なさそうだ。
・lambda high order logic -> typo -> higher
それが不思議なところで、この人の数学全滅ではないんだ。
まあ、具体的に何を間違っていたか、っていうと、
圏論でいうところの Hom(0,1) つまり始対象から終対象への射(まあ関数みたいなもんだと思って)は一意に定まると書いてあるのに、なぜか二種類作られていた(核爆)。
始対象の定義は、行き先を決めるとそこから出る射の数が一意に定まることで、終対象の定義はそこへの射が一意に定まることなのに。
具体例として集合の場合は Hom({},{{}}) つまり、空集合から一点集合への射になる。これは、関数の定義から {} のみになるじゃない。たぶん、ここがとっても難しいんだと思う。
subobject classfier という概念を持ち込んで、それは Omega={t,f} の二点集合と {*} 一点集合からの射で T(*)=t という射が存在すると仮定する。
このときに pullback を使って、一点集合から二点集合への射 F(**)=f という関数を定義したい。
その方法が、F とは、{**} から {t,f} への射で、{}から{*}への射を !、{} から {**} への射を !! として T.!=F.!! ( . は関数合成)。
また、任意の集合Aから {*} と {**} への関数 $ と $$ がそれぞれあって、T.$=F.$$ を満たしているならば、A から {} への射@が一意に定まる s.t. !.@=$ and !!.@=$$。
なんだけれども、@ って(集合ならAが空集合でない場合は)なくて、$ も $$ も終対象が先だから必ず取れて、
結局、T.$=F.$$ となるような A が空集合以外存在しないっていうのが条件になって、それはようするに F(**)=f という関数になるんだ。
¥forall を結構きわどく使うでしょう。
すべての集合には仮想的な元があって仮想的な元からは仮想的な元に飛ぶと考えると空集合からの関数が理解しやすいとして、そこまでは方便として許せるんだがここの pullback が出てきたところで混乱したらしく、{} から {**} は仮想的な元から ** に飛ぶような関数で、{} から {*} は仮想的な元から仮想的な元への射とかなっている。それで一意なのに二種類あるんだな。
{} と {{}} の区別は難しいところだし、まあ、こんなこと書いている僕も空集合上の 0-ary relation は 2つあるといわれてちょっと手を動かさなきゃいけなかった経験を最近しているから混乱しやすいところではあるとは思うんだ。
あ、同じ著者の「記号論理学」という本見たら「正則性公理は Russel のパラドックスを回避する」というような記述と証明とがあって、いや、でも他は大方まとも(なのか僕がそれを指摘できるほどの能力がないのか)にみえたんだが。
数学科だったら出版される前にしっかり恥をかいて「我我の喜劇は年少の為、或は訓練の足りない為、破廉恥漢の非難を受けた後に、やっと良心を捉えることである。」侏儒の言葉(芥川龍之介)となるのだろうが。
O
>>a-ki_room
>・重力波検出
スポーツも人間と同じものはできないな.アンドロイド式サッカーとか出来て,呼称は勿論「ア式ア式蹴球」.
>>nuc
>人の脳はまず古典的だろう。根拠として、上の「原子はなぜ小さいか」にもあるように、わざわざ拡散が dominant な大きさになっているのはなぜかと。
自分の書き込みを読み返してて恥ずかしくなった.何を考えてたんだ(恐らく何も考えてなかったのだろう).返す言葉もない.以下,返す言葉.
意識の本質を捉えており,21世紀の科学につながるようなヴィジョンを持っていると言われるホラ吹き野郎と似たようなことを主張しちゃった気がする.
「どうしても自由意思に存在していて欲しい」という強い意思がある(という時がある)ので,普段から多少は妙なことを考えてる自覚はあったのだけど,思而不學則殆.
尚,『「どうしても自由意思(中略)という時がある)ので,』の部分は簡略化し過ぎて意を尽くしていないが,誤解(といっても読み手に落ち度はないが)されたほうがましだと思えるような稚拙な説明しか出来そうにないので特に補足しない.
>僕は炭素骨格から抜け出したいんだよ。原理的に上限ができると思うから。
意識と脳を単純に結ぶつけることにはどうしても抵抗があるなあ.
>「帰納法は疑わしいなあ」「帰納法は矛盾だと思っているけれどもそれはまだ示せてないなあ」という態度になるのかな。
帰納法は独立だよ.
>ようするに、それを擬人化すると
「無矛盾性が証明できなくなっちゃうのなら,ボクのこと,忘れてください….ボクなんて,はじめは無かった,仮定されただけの存在だから.」
nuc
ちなみに、吉田教授は
http://www.yoshida.sd.keio.ac.jp/
ロボットにサッカーをさせる研究もされていたらしいよ。
おやおや、ここで降りるんだ。
物理屋だったらスケールによって法則が変わるとかごにょごにょくると思ってたんだが。
自由意志は欲しいっていうのはよく分かるし、計算力だとか測定力だとかスケールだとかが与えられて初めて法則が決まるのだから、そういう意味で自由意志は存在するといっていいんじゃないのかい。もちろん、これは誤解されたほうがましな稚拙な説明といわれても仕方ないものだ(し、おそらく物理屋以外が読んだら誤解されるだろう)が。
うーん。脳に関わらず、下部構造の反応速度が効くんじゃない。たとえば、蛋白質で動いていることと 300K 前後であることとが。たとえ、100億年経っても音速を超える速度で動く動物がでてくるとは思えない。
独立っていうのは、ZFC 程度の能力がある人からの立場で、帰納法程度の能力もない人からはそうは思えないんじゃない?
|- と書けることを示すのに帰納法を使っていないかな。
たとえば、括弧の対応関係に問題がないこととか。
かがみ
あっ、すみません。投稿した後よくよく読み直し、文脈から nuc さんの意図は推測できたのですが、時すでに遅しでした。別件ですが「連続体仮説を理解している」なんて恐ろしくて口が裂けても言えません。相変わらず電波出してますなあ>茂木さん。
O
帰納法の能力のない人には帰納法を仮定しても,帰納法の否定を仮定しても矛盾を生じさせることは出来ないので,「帰納法は独立だと思っているけれどもそれはまだ示せてないなあ」という態度になるんじゃないの?
>おやおや、ここで降りるんだ。
一方的に納得して思考の過程もきちんと書かずに話題を終えてしまい申し訳ない.
時間のあるときに二人きりでじっくり話してもいいかなとも思うし,別に話すほどのことでもないとも思う.
nuc
> 電波
自信があるからなのか、それともビジネスモデルなのか。
僕としては茂木さんの能力には問題がないと思っています。
ただ、世間で過剰に扱われているために無理がでているのかなと。
それは彼自身が望んだことで、そうなるために、大見得を切ってみせたりするのではないでしょうかね。
「強制法入門」( http://evariste.jp/kagami/diary/0000/settheory.html )にはお世話になりました。かがみさんが理解していると言えないならば日本で何人が理解しているのでしょう。
なるほど、たしかに、独立のような気がすると”正しく”思うことはできるか。
ただ、一般的に未解決問題には真か偽か独立かの解決のされ方があって、ある公理系の中の人は証明がなされるまではそのどれかが分からない(、なんかテラあたりまえだけれども)、というのがチューリングマシンの停止性問題の示しているところで、たいていの未解決問題は独立ではなくて真か偽かと予想されていると思うんだが(。みょうちくりんな確率空間に対するみょうちくりんな偏見)。
帰納法は偽だと考えている人はいない気がするから無意味もいいところの議論をしているような気がしないでもないけれども、帰納法がないと |- という概念が危ういんじゃないのかな。
ではいつか。
O
帰納法は偽だと考えている人はあまりいないだろうが,自然数は自明な存在ではなく,例えば自然数の公理を満たすよう構成されるものに過ぎない(帰納法も自然数の満たす性質の一つである),という考えに賛同する人はそこそこいるのではないかと思う(いなかったら僕が一人で主張してます).
帰納法がなくても|-は問題ないと思う.自然演繹とか.
nuc
まあ、たしかに構成されるものではあるだろうけれども、
不思議なことに、この世の中に自然数にみえるものがたくさんあるんだよね。
帰納法が独立ならば、リンゴの数については帰納法が成立するが、ミカンの数については帰納法が成立しない、みたいな現象が起きてもいいのに。
#形式主義者じゃないのかよ、俺!
帰納法が自然すぎてそれを取り除いたときに何が起きるのかはさっぱりだ。
flappphys
ふと気付いたどうでもいいこと: ”Continuous Hypothesis” って引用元にそう書いてあったの?
nuc
僕の写し間違っぽい。
-> 確認したところやっぱりそう。修正しておきました、ありがとう。
通りすがり
>「人間の数学者を計算によって完全にシミュレートできる」システムをF'と呼ぼう。
>すると、F'内で「私は証明できない」という意味を持つゲーデル文G(F')を構成することができる。
>G(F')はF'内で証明不可能だが、人間の私には、G(F')が真であることがわかる。
>これは矛盾である
F'が無矛盾であればG(F')だ、という証明はF'でできる。
「私にはG(F')だと分かる。」という人は
「私F'は無矛盾だ」という前提を無意識に用いている。
別にF'が無矛盾であると、証明なしに受け入れることに
文句をいうつもりはないが、その能力だけで、人は
機械よりも優れているというのは御目出度い。
ペンローズもモギケンも、専門外では所詮ただの人。
nuc
ありがとうございます。
その説明がもっともストレートフォワードですね。
どのような人も間違えるという当たり前のことを認識して権威に頼らずに判断できればいいのですけれども、人の能力には上限があるので結局どこかで他人の判断を仰がなくてはいけない場面が出てきます。常に自分の考えを批判的に見つづけることが、せめて心がけることなんでしょうかね。
hoshikuzu
こんにちは。昔のトピックにコメントつけてごめんなさい。nucさん曰く『100億年経っても音速を超える速度で動く動物がでてくるとは思えない。』。関連して思い出しましたが、鞭を(生き物相手ではなくいわば空振りで)使った時に空中で「ピシ」と音がなるのは、鞭の先端が超音速になるからで、その衝撃波由来の音なのだと、日経サイエンスに書いてあったような気がします。19世紀の科学者の知見だったような。同誌には「昔の科学界こうであったよー」といった毎号の連載記事があったような。いつの号の記事かは覚えていなくてすみません。 なので、鞭のようにしなう触手を持つ生物の出現を考えうるかなと、ふと、思いました。
nuc
いえいえ、古い日記でも歓迎です。
そこでは、飛ぶ・走る・泳ぐを想定していたのですが、
なるほどそういうのは有り得るでしょうね。
ただ、音速を超えるとすぐに傷むかな。
初めて鞭の音の話を聞いた時には驚きました。
2007-12-04
■[haskell]flatten
http://kmonos.net/wlog/80.html#_0950071204
無限リストの無限リストだとどうでしょう。単純にflattenしてしまうと、先頭にあったリストの要素以外は永遠に出てきません。
(snip)
これだと不便なこともあります。というわけでお題。順番はどう変えてもいいから、とにかく『どの要素もいつかは出てくる(有限ステップ以内には出てくる)』ように列挙したリストを返す関数を作ってみてください。
import List main = putStrLn $ show $ take 100 $ iflat [[(x,y)|y<-[0..]]|x<-[0..]] iflat :: [[a]] -> [a] iflat xs = iflathelper xs [] where iflathelper (x:xs) ys = h ++ iflathelper xs (x:t) where h = map head ys t = map tail ys
で、いかがでしょうか。
「「有限か無限かわからんリストの有限か無限かわからんリスト」に対しても適切に動作する」のはお任せいたします。
_
iflat xs = concat $ snd $ mapAccumL f (repeat []) xs where
f (y:ys) x = (zipWith (:) x ys, y)
nuc
これはスマートですね。
mapAccumL は本質的なループなんだな、という感じがいいです。
2007-10-17
■オラクル教再掲
Oraclism は、オラクル主義、オラクル教やオラクル派などと訳される宗教団体です。
教義はただひとつ
「すべてのことの真偽を判定できる、ある現象 "Oracle" がありうる」
ということだけです。
さて、このような現象があったとしましょう。
この現象に数学の定理を入れていくと、どうなるでしょう。
もちろん、それらの真偽がすべて返ってきます。
ちょっとしゃれた言い方をすると complete theory が現象として存在することを意味しています。
実は、ゲーデルの不完全性定理から、人ができる有限個の記号の有限回の操作をしただけでは
このようなことができないことが分かるのです。
つまり、Oracle は有限な記号操作以上のことをできる"何か"との接触媒体であることを示しているのです。
いいかえれば、Oracle は神の存在証明と呼んで構わない、と考えられます。
これが Oracle(神託) の名前の由来にもなっています。
こうなると、数学という学問がある意味で終焉します。
Oracle に尋ねればあらゆる真偽が返ってくるからです。
また、物理学という学問がある意味で崩壊します。
なぜならば、原理上、有限文字列操作では予測できない物理現象が、どれほど多くの規則を加えようとも存在するからです。
さらに、極めて強力な暗号解読装置になるため、ネット世界の安全はまったく保てなくなります。
このように大きな影響を与える現象の存在を信じる、このような宗教団体に入りませんか。
もうちょっと具体的に何を想定しているかといえば、その一つが下です。
http://www.faireal.net/articles/1/09/#d60821
「水からの伝言」…水は否定的な言葉を見せたときと肯定的な言葉を見せたときで異なる結晶を作る。
{中略}
あらゆるプライバシーは破られ、あらゆる外交機密はばれる。水さん、ちょっと漏れすぎです。
このように、情報を「絶対的」に評価できるデバイスが存在する世界では、社会の秩序が保てない。
これは任意の言葉に対しての真偽が問えるので数学定理のみとした上よりも強いのですが。具体的な機構としては本当に何でもよいです。
さて、これでやりたかったことは、あえていえば、自然科学と宗教という対立構造の脱構築です。*1ある現象が上の現象であるかどうかは自然科学的な仮説として検証可能でしょう。それによって「神の存在」という著しく宗教的な概念を示そうとしています。そして、この現象が存在したときの影響の強さが気に入っています。
さらに、「宗教の普遍的な性質」を抜き出したつもりです。
占いとは、Oraclismの偶像崇拝である。
http://log.pira.jp/archives/867
というぴらぴらの発言はまさに言いたかったことを読んでくれた、という意味で幸せでした。
■タリバンと麻薬
http://d.hatena.ne.jp/uumin3/20070725#p3
http://d.hatena.ne.jp/uumin3/20070724#p2
私はタリバンが麻薬売買によって活動資金を作っているという話を聞いたときから、彼らに同情的にはなれません。
という記述を見て少し考えました。
小熊英二の「民主と愛国」によると、中国共産党を除く軍閥(国民党や日本軍を含む)は麻薬を資金源としていたようです。
そして、当時の日本軍の麻薬政策に批判的な日本人の文章を引いているのですが、小熊さんは現代の感覚に歪められていないのだろうか、と思ったのです。
つまり、酒やタバコに対して麻薬がどの程度悪だと「その当時」されていたのか、という点で逆に誤解がありそうだということです。
アヘンを赤ん坊に呑ませる習慣はイギリスでも19世紀まであった記憶があります。
少なくとも産業革命後の労働者階級の風習としてあったことは世界史の教科書にもあったと思います。
100年ほど前,アヘンは赤ん坊を泣き止ませるためや,歯痛を和らげるためなど,ごくごく日常的に用いられていたと言われている。
http://d.hatena.ne.jp/Mephistopheles/20070713/1184343844
で、探したのだけれども、アヘン戦争がノイズになって見つけられたのは上だけでした。
イギリス法で opium を調べれば分かるかな…
つまり、
アフガニスタン、中でも東北部バダクシャン州などに住むイスラム教徒社会や北部のトルクメン人社会では何世紀もの昔から、子どもにアヘンを与える風習がある。
http://d.hatena.ne.jp/oguogu/20060904/1157356079
にあるライブドアニュースからの引用は真実でも誤解を与える表現でしょう。
それで結論。どの中毒性のある嗜好品を禁止するか、というのは極めて政治的なものでしょう。少なくとも、軍閥(支配勢力といったほうが適切か)が資金源として麻薬を用いるのは50年前に中国で見られたことであり、アヘンの赤ん坊への投与は100年前のイギリスで自然であったことです。アフガニスタンの乳児死亡率がほぼ日本の大正時代に相当することを考えれば、日本とアフガニスタンの空間的な差は、日本での90年ほどの時間的な差に相当するのでしょう。麻薬売買即悪という判断は、2000年前後の日本の文化環境に強く影響されているから下せたものです。
もちろん、私も上の文化環境に強く影響されていますから、将来的に資金源としての麻薬が肯定されるとは思えません。
でも、たとえば武器輸出国に比べてどちらがより悪いか、という判断が300年後の世界で引っくり返っていないという確信ができますか。「同情的になれない」ほどの大きなことではないのではないでしょうか。
■パタン
どうやら私の思考パターンの一つに、ある考え方、特に自分のそれがどれくらい普遍的なものであるかをまず検証してみるというものがあるようだ。
また、僕はなぜ自分がこう考えるか、ということに興味があるようだ。
それによると、どうやらマイノリティであるという感覚があるのだろうな。
■岸信介について教えてください
これは「民主と愛国」を読んでから気になっていて、時期的に聞くのがあんまりよろしくないと思っていたら、リリース時期がやめた後にずれこんだのでよかったのですけれども、60年安保のときに、
岸信介は警察と右翼の支援団体だけではデモ隊を抑えられないと判断し、児玉誉士夫を頼り、自民党内の「アイク歓迎実行委員会」委員長の橋本登美三郎を使者に立て、暗黒街の親分衆の会合に派遣。 松葉会会長・藤田卯一郎、錦政会会長稲川角二、住吉会会長磧上義光やテキヤ大連合のリーダー尾津喜之助ら全員が手を貸すことに合意。さらに三つの右翼連合組織にも行動部隊になるよう要請。ひとつは岸自身が1958年に組織した木村篤太郎率いる新日本協議会、右翼とヤクザで構成された全日本愛国者団体会議、戦時中の超国家主義者もいる日本郷友会である。Far Eastern Economic Review誌によると「<岸信介は>博徒、暴力団、恐喝屋、テキヤ、暗黒街のリーダー達を説得し、アイゼンハワーの安全を守るため『効果的な反対勢力』を組織した。最終計画によると1万8千人の博徒、1万人のテキヤ、1万人の旧軍人と右翼宗教団体会員の動員が必要であった。彼らは政府提供のヘリコプター、セスナ機、トラック、車両、食料、司令部や救急隊の支援を受け、さらに約8億円(約230万ドル)の『活動資金』が支給されていた。」と書かれている。
というのは wikipedia で安保闘争を引くとでてきて、少なくとも私は「岸信介が警察に加え、右翼とヤクザと暴力団と宗教団体に指示を出して、デモ隊を暴行した」というのはどこかで読んだ記憶があったから、現代史として十分に検証されたことだと思ってきていたのが、本当はどうなのでしょう。どうも、まともな資料には言及がない。まあ、このへんはコネがあるから指示を出していても何の不思議はないんだが、やるんだったら誰でもこっそりやるだろうから、岸信介の血判状でもないと指示が事実かどうかは分からなさそうなので、これは憶測なのか、それともはっきりと検証されていることなのか調べようと思ったんだが、とりあえずどうすればいいかが分からない。
不慣れな分野のことを調べるには人脈を繰るのがなんだかんだで最善だと思うのだが、さていたかな。
たとえばインドネシアでは、アチェや東ティモールの独立をつぶすために国が民兵組織に金銭を供与して衝突させる、ということがあった、あるいはある、といわれているので、それなりに普遍的というかよくあることというか。
以下のリンク先は極めて面白い。
追伸:とある先生にメールで尋ねたところ、襲撃が岸の意図とされた本を見たことはないそうだ。ただ、「右翼を警備と歓迎に動員しようとしていた」ことは「国際国家への出発」(集英社)にある。実は、私はこの本の内容も疑っていたりするのだが、ごにょごにょ。
いかにして噂が事実に変わっていくかに関してとても興味深いものを見たような気がします。
■平行宇宙での物理学
中途半端に SF のような記述で、脇が甘いことをはじめに謝罪しておこう。結局、私は世界の見え方に興味があるようだから。
多くの地球があったときにそれらの地球のいくつかには人類がおり、それぞれの物理を発達させていると思うが、さて、そのうちのどれくらいの人類が我々と同じ物理を持っているだろうか。
物理学の発展は必然か、といいかえてもいいだろう。
もう少し、余計な解説を加えておこう。
数学的に等価なものは同値とみなして、あらゆる宇宙の理論を見比べれば、予言の精度、原理の単純さ、適用の範囲、によってそれなりに自然な順序が入れられるだろう。
このときに、どの地球でも似たように物理法則が発見されていくのか、それとも、ある理論が先に発見されたことによって別の理論が発見されない、というようなことがおきうるのか。
こういう切り出しでもよかった。
この宇宙が生まれてから(もしも滅亡するならば滅亡するまで)、宇宙には数多の知的生命体がいるであろう。その知的生命体のもつ物理は、
そもそも物理学を持たない文明を知的と呼べるであろうか、(これは危ない表現だと思って消したのだけれども、周囲の環境を制御できるというのは知的生命体の条件であり、それができるためには物理がいるというのはあながち間違いではないだろう)同じような発展を遂げるのであろうか。
しかし、どのようなスケールで生きている生命体かによって大きく物理の発達順序は変わりそうだし、あるいはフナムシやコウモリの世界観は人と大きく違うかもしれない。そういった影響を排除したかった。
私は量子論ですら異なると思う。ある宇宙では「前量子論的な理論」の次に「後量子論的な理論」がきて、彼らと会話をすると、量子論という中途半端なものを思いついたことに驚かれるのではないかとね。
誤解を呼びそうな表現だけれども、作られたものは普遍でも、作られる過程自身には、ある種の人為的さ、あるいは普遍性の欠如というものをおそらく感じているのだろうな。
■インフレーション理論と日本
某 hyg に進められて、「逆システム学」(金子勝、児玉龍彦)を読んだ。
ちなみに、児玉先生にはお会いしたことがあって、「人の話を最後まで聞かない方だが優秀そうだ」と思ったのだが、爆。
読んだ感想は、面白いがアナロジーに過ぎないなあ、だ。
宇宙が均質であるのはインフレーション理論により説明がつくという。
一緒やね、と僕がいったところ、学科の同期に「個人的に納得している分には何の害もないと思うよ」という鋭い指摘をもらい、さすがやな、と思う。
■実験
超弦理論が信用できないのは、実験とのすりあわせが十分でないように見えるから。
数学としてよくても物理とは思えない。
やっぱり、場の量子論ですら、不十分ではないだろうか。
ペンローズは物理理論を最高、有用、暫定にわけていた。その意味では、場の量子論は、まだ有用の段階にあると思う。*2
じゃあ、たとえば、二重スリットの実験は何種類の粒子によって確認されているだろうか。
1961年に複数の電子で行われたらしい。1988年に中性子で行われている論文があった。じゃあ、それまで量子論は確証されていなかったのか、というとそんなことはなくてその他の多くの予言を外していないことから外挿するわけだ。もちろん、この外挿は"正しい"と思うが「世界が美しいという妄想」が影響しているのではないかな。
PRL 98 103201 に"Coherent Slowing of a Supersonic Beam with an Atomic Paddle" という論文が載っていて面白かった。
回転する板に分子をぶつけたら遅くなる、という気体分子運動論を実際に実験したもので、これが2007年の3月にようやく出ている。さらに PRL Editors' Suggestions にもなっている。このことからも分かるように、この実験は技術的な難易度が高く、結論も物理の根源に迫るものとみなされたのだろう。
しかし、逆にいうと、現在の実験レベルというのはこの程度の事実を認定するのも困難なのだ。
ミューオンで二重スリットの実験をしたら42(クリックでグーグル電卓機能)とアラビア数字でスクリーンに表示されるとか楽しくね?
■続、平行宇宙での物理学
さて、平行宇宙での物理学がどうなっているかを調べるには地球をまるごとシミュレーションしてみればよい。それには地球規模の計算機がいると思われるかもしれないが、心配には及ばない。中の人間が気がつかないように適当に計算を間引くのだ。
しかしである、まったく見たことのない実験の結果の計算を間引くわけには行かない。つまり、我々が実験装置のセッティングを終わって、測定を始めると、外の人たちは大慌てでまったく同じセットアップをつくり、その実験結果を中の人たちのために差し替えるのである(顔。
■TOE
Theory of Everything がみつかったとしても、その理論が十分に美しくなければ満足しないのではないかと思う。
根拠がないだけで、ある程度公理に近いものとして認めてはいるけれども、根拠がないということの認識はしないとなあ、という意味での「世界は美しいという妄想」。
■フィードバック
人工衛星を用いた宇宙X線・ガンマ線の観測的研究と衛星搭載検出器の開発を行っている牧島教授が、「先端技術」とともに「職人の技」によって人工衛星が支えられている、というなことを言っていた。*3つまり、金属を磨いて平面を作るといったことにおいては、機械ではなく、職人手のほうが遥かに正確なものを作れるということだ。
もちろん、そのことは私もそうであると思うが、すくなくともそれは肯定的に捕らえるべきことだとは思えなかった。つまり、原子単位の操作は STM でできる。にもかかわらず機械のほうが精度が落ちるのは「見えていないこと」によるからだ。つまり、人は手で触れて、その感触をフィードバックすることでより正確なものを作る、という作業をするが、単純に機械で磨いたのではフィードバックがかかっていないから不正確になる。
確かに、職人の技は、熟練した職人がいればお手軽にサブミリの精度を作れる。しかし、もう二桁精度をあげてくれ、といわれればお手上げだろう。そういう意味で将来的には補助になる技術だと考えている。牧島先生は、恥じるべきことを、目先にとらわれて肯定した、のではないかと。
もう一つ、熱雑音を除くというという意味で極低温にも目を向けたい。
物理に限らず、あらゆる実験レベルの底上げという意味で、マイクロオーダーの工学と極低温での実験技術の進歩が極めて重要だと考えている。
■大卒
大卒ということが、シグナリング以上の意味がない(あとは負の価値)とみなされている。
つまり、高校時点である一定の負荷に耐えられたのだから、将来もある負荷に耐えられるだろう、あるいはそれなりの家の生まれなのだろうというシグナリングの意味しかないのではないかとね。
■法益
300日規定の法益*4は、誰が面倒を見る責任があるか、じゃないのかね。
というわけで、父母夫妻などの日常用語には文化的に余計な意味が付随するので避けて、らかく、ほぱ、ぐあぐあ、すまみ、などを使おう。
■倫理の階層性
階層性があるな。
■glut
GLUT (pronounced like the glut in gluttony)
http://www.opengl.org/resources/libraries/glut/
だそうだ。驚き。
■レトリック
社会学がレトリックに過ぎない、っていうのに僕はどうも抵抗があるようだ。
何度、コペルニクス的な転回に出会えるか、そして、なぜそう考えるに至ったのか、というのは人生の意義だと思う。その意味で物理学はそれを与える最大の学問だろう。
量子論。ナイーブな実在という概念を突き崩すだけの力があったと思う。
統計力学。エルゴード仮説は相当不思議だ。(誰だい? 物理は還元主義だなんて言ったのは。)系について無知であることが本質だとか。Landauer。
相対論。時間と空間の統合。エネルギーと質量の等価性。
以降はだいぶ強烈さは落ちる。分子の存在。地動説。種・大陸・宇宙が非定常であること。場の存在。セントラルドグマ。
大陸移動説は僕にとっては小学校の頭のほうでの科学と出会った場だからそれなりに思い入れがある。
説得力があることと真実であることの関係はとても薄くなった。そのために、「面白さは正にある。が、畢竟それだけだ」*5といいたくなるのだ。
■性差と科学技術
極めて極端な話、人を介入させずに生殖が行えるようになればジェンダー概念は消滅すると思われる。すくなくともごっこ遊びに落ちるであろう。
で、その前段階で「欠損した性」を作るのではないだろうか。
科学技術での置き換えの難易度が最も高いのは恐らく子宮なので、その段階では、性とは、それを持つものと持たないものという概念になるのではないか。
■三毛猫
以前、宇宙が晴れ上がる前に知的な生命がいたらどうであったかを妄想しました。彼らは宇宙のインフレーションを観測して、宇宙が熱的に冷たくなって自らの文明が宇宙もろとも死ぬことを予言し、従容として静かな死を迎えるのです。しかし、彼らは冷たくなった宇宙での我々の文明の誕生を予言できたであろうか!!
話はそれるが回帰的宇宙概念もお気に入り。
さて、話はその下のコメントに続く。
本筋とはあまりにも関係ないのですけれど
以下の記述が何を意味しているかについて。
これは当時僕のした質問に関係している。
伴性劣性遺伝の色弱の女性での発現の仕方に、視界のある部分のみが色弱、というものがあるらしい。たいてい、こういう人は視界の他の部分で色を認識しそれを脳が補うので色弱であることに気がつかないという。
三毛猫のまだらも原理は一緒であるから、人と猫の X染色体の不活化の時期とそのときの体長と目になる部分の大体の大きさが分かると、成長したときにどれくらいのオーダーで発現が切り替わっているかが分かる、という話であった。
■地方-都会格差
日本においてアファーマティブアクションに使われている税金で一番多いのはここだと思うが、不思議と不満はあまり聞かない(顔。
内と外の境界設定の恣意性というのは、たとえば小熊英二の仕事にもみられるわけであり、それが極めて綺麗に発露していると私は思うのでよいなあ。
■楢山節考
この話がどこまでフィクションなのかは知らないが*6、日本が昔から今のようだったという考えを捨て去るにはいい本だと思う。すぐ読めるのでお薦め。
少なくとも、遠野物語は事実として書かれているらしい。
■無法者
山形浩生*7のメディアリテラシーの練習問題;室井尚の奇妙な反・嫌煙運動プロパガンダ論追記: 文明の病理とは
というと、そんなことはない、かつてキチガイは自由であり一般の人々と親しく共存していたのである、文明こそがそこに恣意的な正気/狂気の区分を持ち込み、キチガイは迫害弾圧されるようになったのである、これぞ近代の奸計なのだ! てなことを多くの人は言う。これはフーコーの名著『狂気の歴史』(邦訳田村訳, 新潮社, 1975) の悪しき影響で、これにより中世 (というのは 15世紀)以前にはキチガイは自由に人々と共存して阿呆船で楽しく暮らしていたが、その後文明が進むとかれらは精神病院にぶちこまれ流刑地に監禁されて自由を奪われ、恣意的な分割が管理の口実として体制に利用されたのである、といった認識が広まった。
確かに狂気という概念が近代の管理ツールとして使われてきた、というのには一面の真実はあるだろうし、それを指摘したフーコーはえらい(必要以上に晦渋なのはなんとかしてほしいけど)。でもフーコーは、中世以前のキチガイたちが野放しだったと言ってるだけで、迫害されたり虐殺されなかったりしなかった、なんて不用意な妄想は口走ってない。フーコーは老獪で慎重だから、他人の誤解をわざわざなおしてあげたりはしなかったけど。集団的・制度的に対処されてなかっただけで、個別にはどんどん迫害虐殺されていただろう。そもそも殺人も頻繁で、寿命も短かったしみんな貧困だったから、だれもいちいちキチガイなんかの運命を気にしなかったというだけのこと。ちょっとでもリソースが不足すれば、年寄りは姥捨て山に放置され、変な連中はすぐに処分され、山の向こうのむかつく連中は隙あらば収奪された。かれのもう一つの研究分野である犯罪や監獄のことを考えてみてよ。近代的な監獄や犯罪概念ができるまで、犯罪者は大手をふって何も処罰されずに歩いてたわけ? まさか。泥棒や殺人者(らしき人物)がつかまったら、手続き無視でリンチにあったというだけの話だ。というのも、当時の狂人は別に人間として認められていたから野放しになってたんじゃない。人間とは思われず、家畜に毛が生えた程度のものと思われていたから、野良犬がほっとかれるのと同じ意味でほっとかれただけなのだ。人間扱いしようと思えばこそ(そして狂気を直すことができるという希望があればこそ)病院に入れて治療しようとしたりしたのだ。これはフーコーが完全にまちがっているところだ。
これを読んで思い出したのだが、ゲーテの Faust では、酔っ払いが Faust に向かって「無法者だ」と叫ぶ場面が出てくる。
これは中世法で無法者はこれを殺すことは何の罪でもなかった(むしろ推奨された)ことに由来しているという。
■放射性物質
見えないから怖い。←改めて読んで書き足そうとすると何が言いたいかがさっぱりわからん。
たぶん、下のようなことを述べようとしたのだと思う。
点形状のエネルギー源から出たエネルギーは、空間を伝播すると、その強度は距離の二乗に反比例して観測されます。
これは球体の表面積から考えればすぐにわかることなのですが、この当たり前の知識が体得できていれば、騒音おばさんの住む住宅の隣より、三軒先の方が騒音レベルが劇的に低下するだろうし、放射性物質からある程度の距離を保っていれば(電磁波だけなら)、まあ安全だろうと考えるわけです。
ところが、そういう当たり前の基礎がまったく無い。
危ないものは離れてもやっぱり危ないと思うので、そういうものは排除しよう、存在を否定して、叩いておかなきゃ、という思考に達するわけです。
「どのくらい離れればいいのか」っていう考えは無いのでしょうかね?
from 最近の科学ニュース記事について (doublet さん) 極めてよい記事だと思うので読んでおきましょう。
ついでに、新聞に関する
書き手が研究内容や研究の価値を理解しておらず、伝えようともしていない傾向が読み取れることが多々あるのです。
に同意。新聞の科学レベルがあまりにも低い。朝日新聞は紙ごみ、他が二ヶ月熟成した生ごみ、産経が鳥インフルエンザ感染済み鶏舎。くらいですかね。
まれに、こいつら高校出ているのかと思うことがあるのだけれども、確かに大学をでているといわれれば納得できる。
■レイノルズ数と口笛
どんな楽器も、振動させるもの、振動するもの、共鳴するもの、からなるという。
口笛の場合は、口腔内が共鳴する部分で、息で振動させ、振動するものは空気自体。
たぶん、口腔のサイズを調整しないといけないことは一般に意識されていなくて、それが口笛の吹き方を教えるときに明示したほうがいいのではないだろうか。
口笛の吹き方は、人に教えたことを後悔したものの筆頭だ。おかげでうるさい。
■返品
本の四割は返品されるらしい。
■主婦
伯母は修士を持っている専業主婦である。そのことに関して、教育学を学んだ祖父は「もったいないですね」といわれたそうだ。それに答えて、「きちんとした教育を受けた人が家庭に入って子供の教育に当たれるということは極めて贅沢かつ有意義なことなのだよ。」だそうだ。おそらく、主婦業が軽視されていると思っていたのだろうな。
もう少し、グロテスクな話。高学歴な人のほうがどうも歯並びがよいらしい。矯正できるからでしょうね。
もっとグロテスクな話。父親が大卒だというだけで小学生の成績はあがる。非大卒の子供は一日一時間勉強しないと、無勉強の子供に追いつかない。だいたい、一日に二時間くらい勉強すれば並ぶ。
僕はどうも平均よりも相当公平を重視するようだ。
■プロテウス
たぶん、これは変身物語にあるのだと思うのだが、ギリシャ神話の化け比べの話で、あるものがあるものを捕らえようとすると、前者は変身し後者もそれに似たものに変身して追従し、変身を繰り返した結果、前者が根負けする、というものがあったと思うのだが、何かが分からない。教えてください。
■スピンダウン
エッチングで書いたスピンダウン効果に関して。
中学二年だったか美術で銅板のエッチングをした。終わった後、水浴で冷却すると錆が落ちて丸だらいの底に沈殿する。水をたらいの中で回転させると、沈殿物が中央に寄ってくる。なんか面白かったらしく流行した。
さて、これを superfluid でやったらどうなるだろう。spindown effect は摩擦があることがクリティカルだからおそらくそういった流れは発生しない。ただ、沈殿物の表面の効果がおかしなことを引き起こすかも。
■人間
自分が人間であるということによる制限の大きさに辟易する。
■研究
現在の物理の研究が普遍的な性質を探しているとどこまでいえるのか。
■物理学帝国主義
経済物理はなんか将来性ありそうですよね。
というのはおそらく物理学帝国主義の影響を受けたからだろう。
というわけで、物理学帝国の特徴づけをしてみる。
- おそらく、自然科学の中でもまともな学問である、というよく分からない自信がある
- 既存の他文化をあまり重要視せずに他分野に割り込む
■ピアノ
ピアノを弾く人は音痴が多い。
少なくともそういわれている。
まず、押せばその音が出て自分でピッチを調整する必要がないため、耳があまりよくない。
それに加え、たぶん、音域が広く同時に多くの音を出す楽器であるため、そもそも声であらわせない音が大半であるから。
■情報学環
情報学環はポストを作るためなのか。おっと、まともな先生も存じ上げておりますよ。
芸術的な html を書く方によって、東大にも愚かな先生がいることを知った。
僕は高校の頭のころはとても権威に弱い人間で、それでユングとかにも手を出していたわけだけれども、今、妙に抵抗力があるのは、真実の認定基準という意味で固い学問を学んだのと上のような人を見た影響があるんだろうなあ。
ユング様は素晴らしいお方ですよ。
■医療問題
http://d.hatena.ne.jp/qqqlxl/20070806/p3 あたりで話したこと。
情報の偏在があるところに金銭が生まれ、金銭があるところに利権が生まれる。
と思っているので、日本医師会が動かないとあんまり解決しないかなと思ってます。
医師免許を診療科ごとにいくつかに分けて、教育スパンを短くする。特にプライマリ医療は分けていいだろう。質が下がるかと問われれば多分 Yes。でも、そんなの天秤でしょう。
あとは診療点数の見直し。コンタクトレンズの診療点数は見直されたようだけれども、定期的にここは不公平がないようにいじらないと。まだ、医師はアルバイトで時給一万円がでるから削れるでしょう。
日本医師会も武見敬三が落選しているあたり弱くなったなあ。
これだけで解決するのかっていわれたら、知らない。でも、まずすることはこのあたりだと思う。つまり、既得権益の解消と不均衡の是正。
■くりこみ
場の量子論のあたえた哲学として、くりこみが「あるエネルギー領域までで場の量子論が正しいとする」として議論を進め極めて精度の高い理論を生み出したことがあると思う。
誤差がある、がいい加減なことの言い訳に過ぎない学問とはえらい違いだ。
■ポパー
Ruke がえらくポパーを気に入っているので「実在論と科学の目的」を読み出した。とりあえず上巻終了。
帰納的な科学観の否定。ここでいう帰納とは、帰納的に合理的に真実に到達できる。という考え方。
なぜあることを事実と知っているか、という考え方を捨てて、なぜその推測のほうがよいと考えられるか、に置き換えた。これは非常にもっともだと思う。
ポパーは道具主義を批判していたが、僕は、科学は道具以上でないと考えているほうがいい、と考えている。
当然、より優れた道具は新たな世界観を作る道具にもなるわけだが、それは「科学の外」だと主張したほうが、科学自体は健全だと思うのだ。
うーん、ゴールドバッハの予想と双子素数の予想を比べて、前者は反証可能性があるとかやっているのは、数学を分かっているんだろうか。
たぶん、私が数学に対してある観念をもっているからだろう。
やっぱりポパーは少々物理の理解が甘い気がするのだけれども、現代的な視点のせいか。しかし、わずか三年ほど物理をかじった程度の学生に「理解が甘い」といわれてしまう科学哲学者が科学哲学者の代表格というところに、悲しさを感じてしまう。(ただ、東大理物の物理の学部教育は世界一といわれていて、実際院から海外に飛んだ人に愕然としている人もいるようだ。)
フロイトの理論は、反駁不可能でそれゆえに弱いというのは、そのとおりだと思う。まあ、それでいて、ポパーと同じく価値を認めていていまだに私は使うのです。
無意味だけれども有用だ、といった表現を僕はしていて、彼はこうは表現しないようだが近いところがあるかな。
どうも適当に読んだ感が否めない。っていうか、適当。もう一二周したいが、うーん、まあいいや。
それはそうと、物理学科生同士で物理の外の哲学の話をすると相当一致する。こういったことを陽には習っていないにもかかわらず、である。
これは危険であるのかもしれないが、それと同時に面白いと思う。
■背理法
ある数学科の人が、理系であるかを見分けるためには背理法が使えるかを見ればよい、と述べたそうだ。背理法を多段階に使えるならば、それは数学科の人間だと考えてまず間違いはない、とも付け加えたそうだが。
http://taurus.ics.nara-wu.ac.jp/staff/kamo/shohyo/logic-2.html
のは、単純に背理法に対する理解不足ではないだろうか。
なお、宮台さんは、大澤真幸さんとともにスペンサー・ブラウンの日本での広告塔をやったらしいが、これは
中学以来の友人が良かったと薦めてきたので一般的な評価を伝え、まともなロジックの本をいくつか薦めておいた。
言及する気もなかったのだが、大澤真幸さんは、以前私が又聞きで、ひどいな、と思った人の一人だ。
まあ、仕方がないんですよ。学問はどの分野もあまりにも細分化しすぎていて、学科によっては、指導教官が主査やったりするから、まともでない教授が一人いればまともでない博士がでてくるのは当然ですよね。
というわけで、以下ふたつ古い日記でアップされなかったものを書き足して引っ張ってくる。
■受験相談
筑駒の今の高三に受験相談を持ちかけられたのだけれども、返事に自信がない。
筑駒の特別考査が高二の時に全体で40位、理系で25位くらいだったらしい。そんでもって、去年、高二のときにこの成績で理科三類入っている人がいるから、狙えるかな、ということだった。特考は採点がまともだから物差しとして信頼していいと思うのよ。ようは、理三を特考理系25位で行くか、ってことなんだけれども。
うーん、直感的には、このままだとちょっと博打になるか、ってところなのかなあ。現役の理系だけで40人とか入るわけで、理系40位くらいが、理科二類の最低点あたりを取るとして、あとはめんどくさいから、聞いた点数と特考の順位をプロットして適当に線を引くと、20位くらいは欲しいように見える。まあ、あとちょい多めに頑張ればいいのだろうかね。絶対に安全といえるのはコンスタントに +50 とらないといけないだろうけれども、10位あたりでないと非現実的だし。
というようなことを考えて、某氏にどう思うか聞いたら、何位でもどこでもおごってはいけない、とか言われました。
それ受験相談になってない。
なんか意見ある人どうぞ。
追伸:福田先生が筑波大学に向けて書いた文章を見つけた。筑波大学附属駒場でも、駒場でもなく、筑駒なところがなぜか可笑しい。
■構造
二次(残念ながら消えているが下と似たようなもの)
なのだけれども、非常に気持ちが悪い。
永井俊哉氏*8の www.nagaitosiya.com/b/uncertainty.html *9 と大澤真幸氏*10の「行為の代数学」が参考として挙げられている。
永井俊哉氏の論がほとんど価値がないことを、ちょいちょいと書く。
導出できるか否かで半順序が入る。これを実数へ順序が保存するように飛ばす、というのが彼らのやっていることだ。しかし、それをやった瞬間に一番欲しい構造が壊れているんですよ。だいたい実数をどうして使っているかっていうと、たいして数学に触れていないから見慣れている、っていうだけ。
はっきりとは覚えていないが、わが師が昔述べていた「お前はいい中高を過ごしていい大学に入ったから知らないだろうが、世の中には、複素数の存在どころか、複素数の計算や均一でない確率空間の存在も分かっていない人がいるんだよ!!」という言葉を思い出す。
■心の理論
http://d.hatena.ne.jp/nuc/20050615/p8
41人の貴族がいる。彼らは聡明であるが、お互いにその聡明さを誇っているがために非常に仲が悪く、そして孤独で気高い。それで誰かに質問をしたり物を教えてもらうようなことがあるくらいならば、死んだほうがましだと思っている。彼らは皆その領土の管理を自分の執政に任せているが、その執政は皆邪悪で領主に隠れて横領を働いている。誰もがその事実を知っているのに、貴族達の近辺のことを知らせることは己の身を危うくするので誰もそれができないでいた。
それを見かねた王が、ある日貴族達に通達を出した。
お前達の執政の中に横領を働く邪悪なものがいる。そのような邪悪な執政をのさばらせておくことは万死に値する。二ヶ月猶予をやろう。邪悪な執政たちを全員、法に照らして捌け!その程度のこともできない奴には、執政が邪悪かどうか教えてやる!
貴族達は恐れおおのいた。「執政が邪悪かどうか教えて」もらうなんてあまりにも屈辱的だ。
なお、貴族達が唯一の情報源としているものは新聞である。この新聞は、他の領土のニュースは載るが自分の領土のニュースはカットされたものが送られるようになっている。彼らは自分の領土のことを新聞から読むなど耐えられないのだ。カットされていないものが誤って貴族に届いたときには、この新聞社は危うく潰されるところであった。つまり、この新聞には他の貴族の動向や配下でない執政が横領をしているかは書かれているが、自分の領土に関する情報は一切ない。
さて、執政たちは法にのっとり死刑になるだろうか。(ただし横領は死刑らしい。)
この問題が難しいのは、心の理論を多段階で使うからではないだろうか。
あと、もうひとつは大局量に注目させるからか。
■世界の分裂
Blanqui の夢
宇宙の大は無限である。が、宇宙を造るものは六十幾つかの元素である。是等(これら)の元素の結合は如何に多数を極めたとしても、畢竟(ひっきょう)有限を脱することは出来ない。すると是等の元素から無限大の宇宙を造る為には、あらゆる結合を試みる外にも、その又あらゆる結合を無限に反覆して行かなければならぬ。して見れば我我の棲息(せいそく)する地球も、――是等の結合の一つたる地球も太陽系中の一惑星に限らず、無限に存在している筈(はず)である。この地球上のナポレオンはマレンゴオの戦に大勝を博した。が、茫々(ぼうぼう)たる大虚に浮んだ他の地球上のナポレオンは同じマレンゴオの戦に大敗を蒙(こうむ)っているかも知れない。……
これは六十七歳のブランキの夢みた宇宙観である。議論の是非は問う所ではない。唯(ただ)ブランキは牢獄(ろうごく)の中にこう云う夢をペンにした時、あらゆる革命に絶望していた。このことだけは今日もなお何か我我の心の底へ滲(し)み渡る寂しさを蓄えている。夢は既に地上から去った。我我も慰めを求める為には何万億哩(マイル)の天上へ、――宇宙の夜に懸った第二の地球へ輝かしい夢を移さなければならぬ。
教養学部時代、授業でガイガーカウンターを用いた簡単な実験をした。
簡単に概略を説明しよう。ガイガーカウンターと放射線源をある距離において、スイッチを押すと一定時間内に検出された放射線がデジタルで表示され、その数を繰り返しメモする。すると、ガウシアン型のヒストグラムができ、そこから線源の密度やカウンターとの距離などからその線源の半減期が計算できる、というものだったと思う。
あまりにも単純作業で退屈であったために、我々(私と実験パートナー、彼も後に物理学科に進学したが)は、次に現れる数字を当てるという遊びに興じた。
さて、もしも、多世界解釈を取るならば、偶然にも数字をすべてあててとても幸せになった我々がどこか別の世界にいるであろう。そして、なぜか何度やっても同じ数字が出て、故障したのではないかと教官に相談した我々も別の世界にいるであろう。きっとあのとき我々はお互い、世界の分裂とともに陽に人生を分裂させたのだ。
■遺伝と環境
人間の能力は、遺伝と環境が半々、ということが双子の研究から分かっているというが、どう積算するかを昔悩んだ記憶がある。小学校の高学年のころだっただろうか。
今ならこういえる。分散の比で計ればいいと。
■東大
私は東大が嫌いだ。と述べたところ、ある方に、それはとっても正しい、といわれた。
私の意図は、駒場の空気であった。高校で遊びそこなったかのように遊ぶことを強要する場。優秀な方々がどんどん見切りを付けて、山篭りしてしまい、残されたものはこんなものかと思っているそういった場。本当に優秀な人間っていうのはこんなもんじゃないんだ、ということを伝えたくても非力な自分では伝えられないもどかしさ。
丸山真男は軍隊で初めて大衆に出会ったというが私にとって弱いながらも近い体験だったかもしれない。
(私は個々の学生にはまったく不満がなく、教養時代の友人とも少なくない交流があることを述べておきたい。それは、単に人の性格が社会的に作られると思っているから、ではないことも。)
さて。その方の言わんとすることは、私のそれとはまったく違ったであろうが、その本当の意味を最近理解した気がする。
匿名
さすがに(?)その方は情報学環の教授会でもしばしば大問題になり、少なくとも一時期、指導教員や授業担当を外されていたはずです。そもそも当時学長だったH氏が反対を押し切って無理矢理採用した方だと聞いています。いつの間に元に戻ったのか知りませんし、一般化できるほどの経験も知性も私にはないので、「だから何?」と言われると困るのですが。
a-ki_room
>平行宇宙での物理学
人為的なものはあるでしょう。力学の方が熱力学より先に出来てるけど逆でも良いと思うし、電磁気学を作る過程で運動学が出来ても良い気がする。古典力学の前に量子力学が出来るのが想像しにくいけど、「ある哲学のもとに力学を作ってみたら量子力学が出来てしまって、しょうがないからhbarを0に飛ばすとか。」そもそも質点についての物理よりももっと早く波についての物理が発展してたら、少なくとも物理の表現のされ方は全然違いそう。
あと、地球であるということから、可視光の範囲が物理の発展の仕方に多少制限をつけるのでは。
>実験
そのミューオンは楽しい。
>レイノルズ数と口笛
理屈をもっと早く教えて欲しかったもの…逆上がり。小学生の間は全然出来なかった。ジャイロ筋トレマシンにも似たような所があると思う。
>くりこみ
場の量子論のくりこみは精度が「売り」かもしれないけど、くりこみ自体の哲学はまた別のものがあるような。
>ポバー
一致するの?
>生物情報学
生物屋の怠慢というのは、帝国主義の現れのようにも見える。それを悪いとは思わないが。
skynight
>ピアノ
音痴かどうかは微妙だが、私は音感ないなあ。ちなみに、ピアノの会の人たちとカラオケに行ったことはないです。
>受験相談
内容とは関係ないが、この人に進路関係の相談をするのはどうなんだ。
flappphys
ターボ分子ポンプ (TMP) という機械が面白いかもしれない < 気体分子運動論
見たい物理だけをクローズアップで見る専門の系を立ち上げて数字を出すのとはまた違うけど...
nuc
> 匿名さん
なるほど、なるほど。深いですねえ。
私はさらに経験も知性もありませんが、それでも「存在だけ」で衝撃だったのですよ。
つまり、「ある基準が存在して、その基準を満たす人に問題がある人は一人もいない」と思いたいじゃないですか。東大(准)教授すらそれにならないとなると、なんなんでしょうねって。
> a-ki_room さん
可視光と電波の窓、か。
最近、ボウリングとビリヤードの共通点をきれいに説明できる気がして…
つまり、できるだけ正確な直線動作を作るとすると、体のほかの部分を固定して円弧から切り出すのが一番かなと。
くりこみの哲学はどう読む?
一致は ruke としました。もしかしたら、他の人とやったらしないかもしれないねえ。でも、他の学部の人とよりは近い気がする。
帝国主義者ですから。
> skynight さん
状況がわりと見えているのでよく頼られますよ(劇謎。
> たなちゅうさんさん
メンヘルなのは、(もうちょっというとメンタルヘルスに問題があるのは)しろきゃぴたんであって、blog ではないです。
> flappphys さん
ジャンボジェット機のような起動音のやつですね。
なるほど、たしかに気体分子運動論のよい応用と証明になっていますね。
そういう意味ではしっかり示されているというのは確かだろうけれども。
宮川拓
> 社会学がレトリックに過ぎない、っていうのに僕はどうも抵抗があるようだ。
私も確かこんなことを口走った記憶があるんだけど、真面目に言ってるわけじゃないし、真面目に言ってるんだとしたらその人は不真面目な社会科学者だと思う。現に「未開社会」を対象とする人類学の研究は相当程度に緻密で網羅的な記述が可能で、理論の面でもあきらかにコペルニクス的転換があった(レヴィ=ストロースとかジラールとか)。そこで最終的な不可知性云々をゴチャゴチャ言うのは怠慢でしかない。あるいは、一歩退いてみせることで優位を確保するための戦術でしかない。つまり、「社会科学はレトリックだ」という言明こそニーチェにかぶれたレトリックのカッコつけ(「格好つけ」に「括弧入れ」を掛けている)なわけです。最近の人類学はこの種の不毛なレトリックの循環に蝕まれてる傾向があると思う。
というのが原則なんだけど、一歩「未開社会」から離れて「われわれの社会」に目を転じると、あっという間にやるべきことの量が増えると同時にやれることの精度が低くなっちゃうんですね。ある特定の局面しか記述できないし、ある特定の局面に対して有効な理論しか構築できない。あえて全体を記述しようとすると、社会システム理論みたいにイカサマっぽくなっちゃう。だから社会学(わざといままで「社会科学」と誤読してました)の限界ってのは当然あるわけだけど、それをレトリックって言っちゃうのはやっぱまずい。局面ごとでは有効な仕事ができるわけだから。
> ギリシャ神話の化け比べの話で、あるものがあるものを捕らえようとすると、前者は変身し後者もそれに似たものに変身して追従し、変身を繰り返した結果、前者が根負けする
ゼウスが女の子を追っかけまわして英雄を孕ませる話だと思う。『イリアス』にもポセイドンがアフロディテだったかを追っかけまわす逸話があるはず。
nuc
ええ、
まあ、僕も、人文社会科学としたかったところを避けたのです。
最後説得力があるかが(あるいは自分が納得したかが)きいていることに抵抗があるわけです。
実際に判断を要求されたらこういった学問を頼りにする(し、楽しんで読んでいるわけだ)から、優位に立つための戦術にすぎない、といわれたら形の上では正にそうなっているだけれども、僕自身として素直に「人は合理的でなく理性的でもない」という考えとコンフリクトを起こしている結果、こうなっているのです。
このコンフリクトがどういう風に解決するかっていえば、当然「ある程度の合理さ」を仮定していくのだろうと思います。
やり方が汚いといわれれば結果的にそうなっているかもしれない。
しかし、最近は、計量的な手法で、本当にその統計の取り方でいいのかだとか、サンプルの数が少なすぎやしないかだとか、母集団から独立にとれているのかだとか、そういったことが気になるお年頃です。
うーむ、しっくりこない。
アキレスの親父、ペレウスが候補だが化けるのがティティスだけなんだよな。
混ざったのかな。
2007-06-07
■パリティ
新しいよい圧縮形式はでるが、だからといって普及しない。現在、記憶媒体は大きいし安いから圧縮するときにサイズは求めていない。時間がかかろうが、それほど頻繁でないと思えば気にしないのだろう。
ところで、どうやらパリティのついた圧縮形式はどれも windows 専用だという。そこでこれを作ってみないかと。
上の話があるから、zip 互換にして、壊れていなければ zip を解凍できるソフトで開けるようにする。
結局
- zip の統合アーカイバプロジェクトに対応した dll をつくる
- 壊れたファイルから修正するプログラムを作る
あたりだ。
zip 圧縮するソフトはソースが公開されているからそれほど大変ではない。
という計画はたてて、zip の仕様書を読んだところで満足した。
■官僚
官僚が統計を分かっていないというのは、さすがにない(分かっている人もたしかにいるなあ)、と思って、以前の発言が軽々しかったと取り消します。
でも分かっていない人いてもわりと不思議はないような(^^
あ、あと集団として知っているかとその構成員が知っているかは違うでしょうからね。
つまり、あそこ*1で s/he が分かっていない、といったのは意思決定にきちんと効いてきていないということだろうから。
■BRST変換
場の量子論にはBRST変換という変換があることを知って、これは妄想だという確信妄想を得た。
素粒子の世界はどうも「場」の「一元論」という病にかかっているようで、det だとか delta 関数を変形してあげて場とみなしてしまうようだ。
そして FP ゴーストだとかをあることにしちゃうんだ。
実験があまりできないことをいいことに好き勝手いっているなあ。
■マスコミ
高校同期の何人かがマスコミに就職していったために、マスコミの誤報に対する態度がだいぶ変わった。つまり、彼らが集って何かやって間違ったからといって何も驚くことではないわけだ。もちろん、彼らが優秀でない、ということではない。つまり、僕とそう変わらない人たちが作っているのだ、ということが腑に落ちたことによって、なにかが崩れたのだと思う。
■bond-forming
レーザーを遺伝的アルゴリズムで学習させて特定の結合を切るということはよく行われているらしい。
ところが、Pb 表面に CO と H2O を吹き付けてレーザーをあてると結合形成までできるとか。たしかに光の当て方で出てくる物質が変わっていた。
(残念ながら、その先生はまだその結果を公開していないようだ。いい論文誌を狙っているのかな?)
しかし、真空がだいぶ悪いので、おそらく Pb 表面はそれなりの厚みで分子で汚れている。
- Pb でないといけない
- レーザーを止めるとすぐにとまる
というわけで、表面に平衡系が存在して、そこから特定の物質が飛び出しているとしたほうが自然(と僕は思ったのだが)、まあ、それだったら形成されているといってもいっか。
■層化
前層の層化と forcing には関係があるそうだ。
■名称
免許の筆記試験で
ハイドロプレーニング現象の意味は?
というものがあったと思う。
このような試験問題を作りうること自体に疑問を感じなければいけないのではないだろうか。
水上飛行機現象か上滑り現象とでも名づけておけば誰も間違わない。つまり、名前を難解にして、そのことによって安全を犠牲にしているのだ。
たとえば passing light を譲歩灯と呼ぼう。
■吹き飛ぶ
人気があってそれなりにエリートな人はちょっとしたミスで人生が吹き飛ぶようになっていたほうが世の中自体は平和じゃないだろうか。
と、
http://d.hatena.ne.jp/nuc/20060604/p1
http://d.hatena.ne.jp/nuc/20050316/1113073120
調べたら似たようなことを書いていた。
■賢者の贈り物
物に全順序で価値をいれず、P(物)に価値を入れよう。power set の P だ。
■亡命と自殺
松岡大臣は自殺したわけだが、海外に亡命したのと周囲の負担はそう変わらない。このことを考えると、やはり(すくなくとも)日本には、自殺すると責任が消滅する文化があるのだろうなあ、と思った。
職業・産業別にみた自殺(平成12年度人口動態職業・産業別統計)
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/suicide04/9.html
鉱業の高さが印象的。
■必要な情報
電車の電光掲示板を見ていたら、しばらく待たないと必要な情報が揃わないことに不満を感じる。
「何線のどこで」が一番重要であろう。原因はあまり重要でないのに表示するのは「理由を聞くと納得するからなんだな」。
■集団
集団に統一性や明確な意思があると思うことは極めて陥りやすい誤謬である。
■任意の努力
任意の努力は報われるという考え方のひとつの発露が人柱なのだなあ。
少し違った表現としては、「犠牲を払ったら、代償が得られる」。とかにしますか。
■理由付け
人間も、赤ん坊のうちは、触覚を頼りにしていたのが、次第に視覚を頼るようになって、9-10歳あたりではじめて抽象思考ができるようになるらしい。
因果関係っていうのは、実は難しく、類人猿でも、因果の間が数分あくだけで因果関係を見出せなくなる(と記憶している)。
しかし、それは逆にいうと、因果関係というパラダイムは成人が共通してもっているもので、因果関係が存在しないっていうのは、幼児があたかも触れられないが存在しているものがある、あるいは、子供が見えないが存在しているものがある、といわれるようなもので、相当理解することが困難なのではないだろうか。
理由付けは人間の病です。
■パリティの破れ
実は上の話は NATROM さんの
L型アミノ酸の優位が量子レベルの非対称性から来ているとするならば、パリティ保存則の破れがマクロレベルの非対称性の起源であることになる。
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20070531/p1
に対しての流れでできた話で、これはただの偶然だと私は思っています。(もちろん、この話はまったく詳しくないから何か驚異的な関係があるのかもしれない。)
ちょっと調べた限りでは、マーチソン隕石の中で偏っていたことを円偏光由来とするものがあってそういう考えは理解できるのです。しかし、なんといっても、スケールがぜんぜん違う。弱い相互作用の絡む反応なんてめったに起きないわけだから、そういった反応がどうやってドミナントになるか、というのは。
印象としては、陸が北半球に多い理由を地球の自転方向に帰着させようとするくらい遠いようにみえます。
あー、もちろん、量子重力理論がないと人間の意識は説明できない、というペンローズ仮説があったように、仮説の段階では何を言ってもいいだろうし、そうなの「かもしれない」けれども、この理論もそれくらい相当信じられない仮説だなあと思うのです。ただ、面白いのは確かですよね。話としてはよくできています。あまり本気にしてはいけない、ということでしょうか。
偶然であることを示せ、というのは悪魔の証明だから難しいですが、検証のしかたとして、生命起源に関する理論がもうちょっときちっとして、原始地球でのアミノ酸のスープがラセミ体であるようならば、くらいでしょうか。
■[haskell]ラマヌジャン
わたしはやはり小学時代にラマヌジャンの逸事を学んだ。ラマヌジャンは嘗て病院の中に一人の数学者と一しょになった。「1729という数字って何の変哲もないよね。」というふりに、「いやいや、二つの正整数の三乗の和で二通りに書ける最小の数だよ。」と答えた。−−こう云う逸事を学んだのである。
当時のわたしはこの逸事の中にラマヌジャンの鬼才ぶりを発見した。少くとも発見する為に努力したことは事実である。しかし今は不幸にも寸毫の教訓さえ発見出来ない。この逸事の今のわたしにも多少の興味を与えるは僅かに下のように考えるからである。
数学者のふりは如何に無茶を極めていたか!
できの悪いパロディー*2は放置して、ラマヌジャンを超えようという企画が、http://d.hatena.ne.jp/qqqlxl/20070604/p3 あたりであるようです。
つまり、二つの正整数の4乗和で二通りに書ける数を出力してみよう、ということ。
まあ Haskell 使ってみますよね。
手始めに
http://d.hatena.ne.jp/qqqlxl/20070601/p2
を移植したっぽい感じなのを。
import List frommathematica = show$filter(\((x,_,_),(y,_,_))->x==y)$zip al$tail al where al = sort [(x^4+y^4,x,y)|x<-[1..200],y<-[1..x]]
まあ、これはこれでよい。ただ、これは(x,y)が200以下の範囲に存在していることを「知っている」から書けるのであるから、これはルール違反であろう。
もちろん、可算の範囲から探すのですから、ある程度に関する知識を使わなくてはなりません。
今回は、これがx,yの両方向に単調増加であることを仮定しました。
そりゃ無限リスト使いますよね。
http://d.hatena.ne.jp/qqqlxl/20070604/p3
main = print $ show $ take 10 $ filter (\((x,_,_),(y,_,_))->x==y) $ zip ml $tail ml
where ml = merge [[(x^4+y^4,x,y)|y<-[1..x]]|x<-[1..]]
merge ([]:ys) = merge ys
merge (xx@(tx@(_,_,b):xs):ys)
| b == 1 = tx:merge(xs:ys)
|otherwise = mer (xx,yy)
where yy = merge ys
mer ([],wy)=wy
mer (wx@(ux@(ua,_,_):uxs),wy@(uy@(ub,_,_):uys))
| ub < ua = uy : mer(wx,uys)
|otherwise = ux : mer(uxs,wy)
実行すると小さい順に10個出力します。
やっていることは、[ [(1,1)],[(2,1),(2,2)],[(3,1),(3,2),(3,3)]....] というものに、(1^4+1^4,1,1) というように比べる数を付加して、それによって、並べ替えて ml [(2,1,1),(17,2,1),(32,2,2),(82,3,1),(97,3,2),(162,3,3),(257,4,1),(272,4,2)...]を作ります。
あとは、これとこれをひとつずらしたものを並べて、値が同じものがあったらそれを出力するという寸法です。
普通に、可算個のリスト*3をマージソートすると困ったこと(最小を探すために、可算個のリストを繰り始める)になりますが、それを防ぐのは
| b == 1 = tx:merge(xs:ys)
の行が担当しています。つまり、(_,1) というものがきたら、それ以降は繰らなくていいと教えているのです。
さて、
ml1 = merge1 [[(x^4+y^4,x,y)|y<-[x..]]|x<-[1..]]
merge1 (xx@(tx@(_,a,b):xs):ys)
| b == a = tx:merge1(xs:ys)
|otherwise = mer1 (xx,yy)
where yy = merge1 ys
mer1 (wx@(ux@(ua,_,_):uxs),wy@(uy@(ub,_,_):uys))
| ub < ua = uy : mer1(wx,uys)
|otherwise = ux : mer1(uxs,wy)
で、置き換えたものも考えましたが、実はやってみるとこっちはだいぶ時間がかかるのです。
実はこれ、半径r、角度0-45度の円弧を0度方向に射影するか90度方向に射影するかを考えたときに0度方向に射影したほうが短いからのようなんです。
20個まで出力した結果は以下。
((635318657,59,158),(635318657,133,134)), ((3262811042,7,239),(3262811042,157,227)), ((8657437697,193,292),(8657437697,256,257)), ((10165098512,118,316),(10165098512,266,268)), ((51460811217,177,474),(51460811217,399,402)), ((52204976672,14,478),(52204976672,314,454)), ((68899596497,271,502),(68899596497,298,497)), ((86409838577,103,542),(86409838577,359,514)), ((138519003152,386,584),(138519003152,512,514)), ((160961094577,222,631),(160961094577,503,558)), ((162641576192,236,632),(162641576192,532,536)), ((264287694402,21,717),(264287694402,471,681)), ((397074160625,295,790),(397074160625,665,670)), ((701252453457,579,876),(701252453457,768,771)), ((823372979472,354,948),(823372979472,798,804)), ((835279626752,28,956),(835279626752,628,908)), ((1102393543952,542,1004),(1102393543952,596,994)), ((1382557417232,206,1084),(1382557417232,718,1028)), ((1525400095457,413,1106),(1525400095457,931,938)), ((2039256901250,35,1195),(2039256901250,785,1135))
それぞれにかかった時間は
15個
(36.44 secs, 2158601256 bytes)
(561.03 secs, 8606960412 bytes)
20個
(71.09 secs, 4102552440 bytes)
(-170.92 secs, 16840743808 bytes)
なんと時間が桁あふれしました(顔。
■パトラッシュ
フランダースの犬のテーマは「人間と犬の友情物語」なんですか。てっきり「無理解な大人が才能ある少年を殺す話」だと思っていました。
http://d.hatena.ne.jp/qqqlxl/20070606/p4 によると
「人と犬の越えられない壁」
なのだそうです。
■オラクル教
オラクル教自体がオメガ矛盾かもよ。いつかできるというところが。
あ〜、そういえば、書き直すんだった。
たぶん不完全性定理から入っているのがよくなくて、あと過度に抽象化しているのがよくなくて、たとえば「定理を見せながら水を凍らせる」といったことを書いたほうがいいわけだ。
■証明
証明がないと理解できないことから、証明の大切さを認識した。
■サイエンスウォーズ
http://jssts.org/opinions/shiratori.pdf
他分野の術語の引用の場合ばかりでなく、一般に言葉は送り出す側だけのものではなくて、受け取る側に依存する。この前の湾岸戦争の時にボードリヤールが、非ユークリッド空間が出現したといった、ということを金森修氏は『サイエンス・ウォーズ』5)の中で否定的に引用しておられたと記憶するが、これは大変適切な比喩だと私は思った。ベトナム戦争の時にはまだ存在していた「真実を伝えるマス・メディア」というノルムが消滅して、情報が戦争を遂行する勢力によって完全に制御されるようになり、しかもそれが一般にそう認識されないことの衝撃は、個々の事実ではなく、世界自体がユークリッド空間の直線的な明晰さを失って歪んでしまったとしか表現できない、という感覚が理解できるからである。あるいは、古い例だけれども花田清輝が、活動する組織には「足し算における0、掛け算における1のような(単位)元と、さらにすべての元に対する逆元が必要だ」、と群論を引いて述べた6)のはどうか。彼は、「与えられた代数方程式を解くこと」から「代数的に解き得る方程式の有すべき条件」に問題を転換したガロアに倣って、活動する組織の条件を問題にする、といっているが、群論を使えば有効な組織論ができると主張しているわけではもちろんない。花田は太平洋戦争中の日本の官製の組織を批判したのだろう。それを知らない私はスターリン主義を思い浮かべて、何かの事務を担当する時などいつも、「単位元」についてのこの言葉を思い出す。
比喩として使う分には私もいいと思う。ただ、その比喩がいったい何なのかがさっぱり分からないこと、そして使った本人が分かっていないように見えることが多々あること、かっこいいと思っている、のが問題だろう。
だそうだが、僕はこれだけを読んだ限り、「ノルムが消滅する」というのがさっぱりわからない。
「条件を問題にする」というならば、そういえばよくてあんまり飾る必要はないけれどもまだ理解できるなあ。
■分離
どうやら僕は「その人」と「その人の主張」の強い分離を重要視しているようだ。
たとえば、学問をファッションにするな、ってことだ。
たとえば、自分が考え出したということに価値を見出すなかれ、ってことだ。
■make
諸事情があって cygwin の上で GNU JavaMail をコンパイルするという面倒なことになって、makefile を少々書き換えた。
あとから考えたら、UNIX マシンでやればよかったのだが、javac のクラスパス指定の区切り字を変えればいいことが分かった。
java もおなじ。はじめ make したらコンパイル通ったのに実行されずに驚いた。
*1:http://d.hatena.ne.jp/nuc/20061223/p1
*2:芥川の侏儒の言葉を参照 http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/158_15132.html
*3:無限リストではなくて、可算個のリスト
a-ki_room
別にFPゴーストが「ある」と素粒子やさんも思っているわけじゃないと思うけど。だからこそ「ゴースト」なんて名前ついているんだろうし。実験がエネルギー的に可能だったとしても出て来るものじゃないよね。
nuc
たぶんだけれども、僕が物理に期待していることというのは、有用さではなくて「世界の見え方」なんだと思う。
そういう意味で、恣意的な式変形だと感じたのが直接の理由だろうから、もしかしたら将来素直に受け入れられるかもしれないし、第二量子化すら気持ち悪くみえるかもしれないなあ。
a-ki_room
そういう意味なら、むしろ、君が第二量子化をまだ気持ち悪く思っていないことに一種の驚きを覚える……というのは言い過ぎだけど、まぁそんな感じ。多分君の言いたいことも実感はしてないが分かっているとは思う。
O
記事毎にコメントできる設定にしてくれよー.まあいいか.
>bond-forming
発表前の研究内容なんだから,多少は公開に慎重になってもよいのではないかい?
Gus
>二つの正整数の和で二通りに書ける
4=1+3=2+2
nuc
うーん、第二量子化はそれほど違和感なくなんかすんなりいったんだよな。でも、それが感覚的にいっただけなんだろうな、っていうのを思ったから上で並べたの。だから、ねえ。うん。
ずらずらと色々な話題が混ざるほうが好きなんだ。でも、その気持ちもわかる。そして結局変える踏ん切りがつかず、たぶんずっとこのまま。
来日していくつかの研究室の前で発表していったんだから、日本語でここに書くくらいはいいかなと思ったのだが、どうなんだろう。公開していないっていっても、その先生のページにあがっていなかったのと論文探してもなかった(さらに事前に送られてきたアブストラクトにも論文名が書いてなかった)だけだから、あるのかもしれないし。なんもいわれなかったから。
うがあ。「二つの正整数の三乗の和で二通りに書ける」に直しました。
ところで Haskell の IO は、ひどいといわれるようですが、僕には取っ掛かりはともかく、分かれば少なくとも他の言語とそう変わらないという気がするのですが。まだ使い込みが甘いだけですかねえ。
odakin
「変換が妄想」って良く分からない。変換は変換だ。別に何でも変換するのは勝手だよね。
ゴーストも by construction で決してこの世には出てこないが、複素数が「ある」のと同程度には「ある」といっていいような。
んでこのレヴェルの理論(想定されているのはQEDとかですよね?)はむしろ実験できまくりテストされまくりなような。
nuc
上から二つ目のコメントの繰り返しになりますが
もちろん物理としては何の問題もないと思っています。
ただ、僕は物理学によって、たとえば新しい世界観が欲しいのです。
そうしたときに、場という形への「変形に価値がある」のは「世の中がより美しく」記述できるようになったからなのかもしれませんが、僕は上の理由からそこに価値が見出しづらいのです。もしかしたら、もっと考えれば何かが見えるのかもしれませんが。
たしかに、QED は人類の手に入れた中で最も精度のよい理論でしたっけ。
最後の発言は、ただのよくある偏見だったかもしれません。
2007-05-19
■template
C++ の template は演算子のオーバーロードがなされているか否かで specialization ができるか決まるっていうのはうまくない。
Haskell の型システムのほうがずっとよくできている。class が少ないことと、たとえばモナドのインスタンスがモナド則を満たしていることを明示的に要求できないところが気に食わないかな。
■旧かな旧漢字
旧かな旧漢字に関して、書こうと思ったら、旧漢字に関しては http://d.hatena.ne.jp/nuc/20051105/p4 の一番下の行がだいたい言ってた。
個人的に、文字は分化し複雑になる一方であろうし、発生過程からしてそう体系だったものではないから、人為的に漢字の剪定をすることは評価できると思うが。それにしては適当すぎよね。じゃあ、その適当な剪定に対して何か活動を起こしたかといわれると何もしていない。現状に甘んじております。
不満な点。変形の脈絡のなさ、体と體、虫と蟲、芸と藝。いくつかの字をまとめる、弁辯辧辮。非統一性、常用漢字の草冠だけ変わっている。
旧かなも、どんな言語だって発音と文字がだんだん乖離していくものだから、定期的に一致させないと面倒だというのは確か。もう少し一致を徹底してもよかったかもしれない。
人為的な言語の選定は、中国語や欧州諸語でも行なわれていて言語に対してよい影響を与えていると聞く。連綿体、変体仮名なんて覚えてられませんしねえ。
以前、眼科に行ったらカルテに區の字が含まれていてびっくりした。初診のころに、旧漢字も使えるようにと練習していたから紛れ込んだらしい。
幽かな記憶でこんなこと書いて大丈夫なのかしら。なんにせよ、字を覚えるのに10年かかる言語は面倒。
宮川拓
型システムでモナド則を要求したい!について。D言語などの契約プログラミングの概念中、不変条件の表明が組み込まれれば実現できそうですね。
http://www.kmonos.net/alang/d/class.html#invariants
宮川拓
あ、ちげえや。単体テストの方だ。
http://www.kmonos.net/alang/d/class.html#unittest
静的な推論でどうにかするってのは難しそうだから、Haskellの雰囲気とは齟齬するかもしれませんが。
nuc
たぶん、何かが id である、といったことを示すのは帰納法でだろうけれども、それを任意の式に対して自動でやるのは相当難しいかと。
2007-05-18
■オラクル
不完全性定理によれば、有限の規則ですべての定理の真偽を決めることができない。有限の記号操作では、と言い換えてもいいだろう。
しかし、数学的な意味でのプラトニストは、正しい(それはもちろん有限の規則で作られない)世界が存在していると考えているようだ。
私は大学に入ったころはプラトニストだったのだが、今はどちらかというと形式主義者になったが、それはまた別の話。
さて、次のような物理的なデバイスを考え、オラクル(神託)と名づけよう。
ある方法で定理をコーディングして(それはスピンのアップダウンの列かもしれない)入力すると、その真偽が返ってくる。
経験上、返ってくる定理は相無矛盾。
このオラクルは神の存在を示しているといえよう。少なくとも有限の記号操作以上のことができる何かがいることを示しているのだから、これを神と呼んでも差し支えはないだろう。
そして、数学という学問がある意味で終焉する。なぜならば、オラクルの正当性を確認する学問になるから。
さらに、物理学という学問がある意味で終焉する。なぜならば、原理上、有限文字列操作では予測できない物理現象が、どれほど多くの規則を加えようとも存在するからだ。
そこで、このオラクルがこの世で作成可能である、ことを信じる宗教を作りたい。
これを Oraclism と名づけよう。この教義はたいていの宗教と共存できると思われるから、〜〜教オラクル派っていうのがたくさんつくれる。
ほら、そんなオラクルがあると考えるだけで素敵じゃないか。
■塹壕
弓矢では塹壕は意味を成さないのだな。mgh
■張作霖爆殺ごっこ
小熊英二の「<民主>と<愛国>」を読んでいて、唐突に張作霖爆殺ごっこ、という遊びを思いついた。
電車ごっこをしている途中に爆殺される遊び。
これははやりそうだ。
感想
「小熊さんは人を合理的とする傾向がある。私が彼ならば元理系ゆえと述べたであろう」
「おそらく資料のためもあるだろうが、少々知識人階級・都市部・革新に寄っている」
「吉本隆明かわいそう」
くらいしか不満な点がない、極めて面白い本であった。ただし、私は戦後の思想史はそう詳しくないから批判が不十分な点もあろう。
そして、宮川の http://ripjohn.net/article/2004_03_27_minshu_to_aikoku.html をリファーしておく。
考え方が近いように感じるのは、昔読んだ微かな記憶のせいだろうか。
■形式主義者
http://d.hatena.ne.jp/nuc/20051204/p1
異星人と数学
ある数学者に「数学は人工物か、それとも自然に存在するか。」と尋ねた。そのときに、僕が述べた持論は「この宇宙の外に、十分に単純だが複雑な構造を持つ数学というものがあって、そしてその影がこの世界に揺らめいていると思うのです。」のようなものであったと思う。幼い頃からの付き合いとはいえ、えらく大上段(?)に構えたものだ。
そのときに、彼は、「うん。僕は人工物だと思う。」とそう答えた。「だが、数学者として信じねばならないことは、もしもこの宇宙のどこかに高度な文明を持った異星人がいるならば彼らも全く同じ数学を持っていることです。」といわれて、ああ、そうか、と思った。
でも、今はそうでもないかもしれないと思われる。彼らは、驚くほど奇妙な公理系を使っているかもしれない。あるいは彼らは我々よりも非常に賢いがゆえに、あまりにもすべてが自明で、証明を知らないかもしれない。
しかし、どちらにしろ局所的に十分単純だが大域的に非常に複雑なものの存在を知っているのではないだろうか。
もともとプラトニストの考えは僕の感覚に非常にマッチしていたのだけれども、大学生活の中で記号操作を重んじるようになり形式主義的になった。
最近は、形式主義とプラトン主義というのは、相反しないのではないかなと思っている。つまり、ある構造が唯一存在して、その切片のひとつひとつが公理系ではないだろうかと。どのような切り方をしても美しい構造がでてくるのではないだろうか。
■距離空間
距離空間というものが気に食わなかった。なぜが特別扱いされているのだろう。という議論の途中で考えたこと。
思うに完備アルキメデス順序体のアルキメデスってところが意外と重要なんじゃないかなと。
で順序を保つ埋め込みが存在しないことの略証
となるはずだが、右辺は発散するので矛盾。
(f(x,1)-f(x,0) は任意の
に対して正だが、
を考えると、ある
が存在してその濃度は非有限(でないと[0,1]が高々可算になり矛盾)。よって
から適当な数の元を選べば発散することが言える)
それのどこが non-trivial か、っていわれそうですけれども思いついたので…
全順序で最大最小を持たず順序に対して連結で可分ならば実数と位相空間として同型らしい。
連結と可分に効いてくるから。うにゃうにゃ。
■無知の知
ある人がどれほど能力があるかを確認するのに、何を知らないかを問うのは極めてよいと思う。
大衆は答えがなくては満足せず、答えられる人の方が答えられない人よりも優れていると考えるものなのです。
事実はほとんどの場合、その逆なんですが。(ファインマン)
この言葉が
http://d.hatena.ne.jp/nosuke42/20061225
にあった。
悪い影響を与えた気がする。
神格化に関する記述は古い日記からの書き写しで、その日記は
序
まず、これは日記と称していますが、かなり深部の感情の吐露です。そのため、性的暴力的表現を含んでいない箇所にもかかわらず、青少年の心身の発達はもとい健全な大人の精神にも悪影響を与えるかもしれません。
という記述から始まるものだったんです。
■権威
三つ下の後輩と話しデスマっていて、
権威付けられるな。権威付けろ。
というのがいい言葉だね、といわれた。
たとえば、
「彼はノーベル賞を取ったんだ」
といったときに、ノーベル賞で権威付けられている。
「ノーベル賞をとった人に彼がいる」
といったときには、ノーベル賞を権威付けている。
後者のようにいわれるまでは、前者に意味などない、というのが、たぶん、救いになったんじゃないかな。
■脅迫
|死><生|を作用させるよ。という発言は脅迫か。
nosuke42
はじめまして.白のカピバラは,一時期わからないなりにめちゃくちゃ読み込んでいてものすごい影響を受けています.
>悪い影響
どうでしょう?僕としては,あの時期ここのlogを読んでいたので,ここにでてきた言葉や内容を用いて書いているという印象です.ファインマンの言葉は出典にあたったので今はあれですけど.
僕のblogの内容がここの劣化コピーみたいになっている箇所があります.ごめんなさい.
しかし,おもしろいです.Oraclismとか.これからもよろしくお願いします(するのか).乱筆失礼
kururu_goedel
>そして、数学という学問がある意味で終焉する。なぜならば、オラクルの正当性を確認する学問になるから。
ある意味終焉ですが、ある意味そうでもないです。正しいとわかっても証明できないと悔しいというのが数学者ってもんです。それに、complete theoryを手渡してくれたところでそれが気にくわなかったらやっぱりごにょごにょやり始めるんじゃないかと。
っていうか、有限時間には有限個の質問しかできないのならば、オラクルに「自然数論は矛盾する」って言われた後でどんな有限個の公理を聞いても「それは無矛盾」と言われ続けてしまったら私たちはどうすればよいんでしょうか?
実数は特別なんですよ。可算と非可算に大きなギャップがあるので。
nuc
これは書き散らしているだけのところも相当多いので、あまりシリアスに向かいあわれるとろくでもないんです。
こちらこそ。
もちろんある意味の終焉でしかないのは分かってます。物理のほうもおそらく部分的な終焉でしょう。第一原理が文字で表せないだけですから。でも、世の中が論理的に記述できない、っていうのは相当な衝撃でしょう。
証明方法も得られるんではないでしょうか。つまり、例えば証明のシークエント計算の一番単純なやつをコーディングしたときに n文字目は 0 か、というのを何回か聞けばいいのでは。
数学は電卓のようにオラクルを叩きながら美しい構造を探す学問になるんでしょうかね。
あ、それは困りましたねえ。いやな神様ですねえ。
神様の公理系の上で人間が好む公理系のモデルが作れるならば幸せではないでしょうか。
それは CH の話でしょうか。いや、skolem paradox?
実数の濃度ではなくて位相が重要だと思うのですが。
重要なのは、定理をどう現象に翻訳するかだと思うのです。
どちらにしろ無限公理は否定されそうですが(おい。
物理と現象を区別していなくて誤解を生むだとか、抽象的に書いていて分かりにくいだとか、いわれているので、もう一度書き直しますかね。
kururu_goedel
実数が特別なのは、「全順序で最大最小を持たず順序に対して連結で可分ならば実数と位相空間として同型らしい」からなわけです。他の条件はさておきなぜ可分であることが重要かといえば、可算と非可算にとても大きいギャップがあるからです。というのを思いっきりはしょって上のように書きました。実数自体の濃度はともかく、可算な稠密集合があるのはとてもでかいんです。
ita
|死><生|
それエルミートじゃありません
nuc
うーん、こういうのって数学の外の問いだから、真摯に実数と向かい合って格闘しないと分からないのでしょうか。いろいろな問題を解きながら、ここでこういう性質を使った、とかしながら。
そうだお!
電池換えて、リセット押すんだお!
(あ、同じこと考えてた、笑)
そもそも、<死|生>が non zero とか、苦笑。
2007-05-17
■新年の挨拶(いまさら)
http://user.ecc.u-tokyo.ac.jp/~ss076027/newyear2007/Penrose.html
いや、だいぶ前にできていたんですけれどもね、あんまり面白くなかったものでどうしようかなと思っていたのですよ。
もうちょっと相互作用したいですよね。絵を描いたら自動的に Penrose タイルに広げるとか。ソースもあるので書き換えたいかたはどうぞ。
解説を兼ねた散文詩
ペンローズタイルというのは、有限種類のタイルで敷き詰められているにもかかわらず、周期性が全くない、という敷き詰め方です。
これで大学へ入ってから5年目、ということで5回対称性を持ったものを選びました。
繰り返しがない、といっても、実はこれは3次元空間の周期的なものの断面(射影)とみなすことができます。つまり、一つ上の世界の秩序が一つ下の世界の複雑な構造を生み出しうる、ということで、これは僕の今年の目標にしたいところです。
また、T^2 のリーマン面の上に貼り付いていると思えば、新年は毎年毎年同じように来るようでも、着実に変化していると、そう思えませんか?
2007-02-15
2006-12-23
■官僚制
とある文系の先生と食事をした。官僚制に私は結構信頼を置いていたのだが、確かによく考えたら標準偏差も理解しないような方々であろう、ということは容易に想像がつく。うまいのは官僚同士がお互いにできないと思わせないことだけだと。
まあ、だが他の人がやるよりベターなんじゃないかな。いや、そうでもないか。
■不完全情報ゲーム
不完全情報ゲームでゲームで許された操作以外で情報を渡すのは卑怯だと思うぜ。
■悪夢
悪夢を見ると運がよくなる、と言っていたら、理物の人がそういうこというとショック受けませんか? と問われた。
僕が言ってもそれは冗談なのが明らかだからいいらしいが。
私は言う人が理物でなくても衝撃でしたよ、と言ったら、彼はそこは別にということだ。
私のほうが妄想癖が強いらしい。
■空間認知能力
空間認知能力は男女差があり男性のほうが高い。ところが、イヌイットは北極圏という単調な風景を見間違えると家に帰れず即死するので、空間認知能力が男女共に極めて高い。で、なんか伝統的生活を失うとそうでなくなる。
地図の読めない女(という本はどうせたいした根拠もないあるあるネタなのだと理解していたが)というのは、この辺の理由から環境依存、具体的には幼少期の過ごし方によって決まっているという話がある。
以前、筑駒生が女脳よりを出しまくっていたのはこの辺関係あるかもよ。
■[quiz]月でボールペンを落としたらどうなるか
これは意外と難しいらしいことを追試した。
東大生でも物理やってない人はそんなもんですよ。
http://gusmachine.blog49.fc2.com/blog-entry-70.html
なめるなという言葉遣いはともかく、こういうときに突っ込みをいれるのが理系の任務だとおもいます。お仕事的にはそういう態度は若死にするかしら。
http://shuns.sakura.ne.jp/?%BD%B5%B5%AD#l8 (name が微妙な予感 2006/12/3を参照)
口にできないことを思い出した。口をつぐむのが賢い、のは分かっていても、止められないのが自分なんだよなぁ。
http://www.shiro.dreamhost.com/scheme/trans/say-j.html 口にできないこと ---What You Can't Say---
僕が大学入学の餞別に古い師から貰った言葉は「君は世の中の人がどれくらい愚かか知らない」であったが、確かに駒場時代に散々ショックを受けて、それがこんな大学にいていいのか、と考えていた理由の一つだった。
今から思うと、ささいなことだ。R^2の極値を求めるのに、偏微分して0である点をすべて挙げているのを見た、とかね。
最近、聞いたのは
「こういう統計があるんだよ」といったら「それはないよ。だってうちの兄は…」って、おいサンプル数1かよ!!
という会話を東大内でしたということ。これが医者になる、っていうのだから驚く。統計のできない人の就く職業として医者はあまりにも怖い。
あるいは、とある人が論理思考能力に欠けるな、と思うことがあって、同じような経験をしたことがないか、と友人に聞いたら、平行移動して大学の理系の教授をしている人に対してそうだ、と答えられた。
そういや http://d.hatena.ne.jp/nuc/20061213/p7 で書いた、「あのページには誤りがいくつかある」への立花隆の返答、
「デマ情報や SEO 対策などから、ネットの S/N 比が大変下がっていて、ネット利用者に誤りに気がつくリテラシーが求められる」
には危うく「お前は馬鹿か」と発言しそうになりましてね。これもあえていえばこれか。
大学生への批判は極力口にしないようにしてきたつもりだ。駒場時代とは違い、小学校の先生になろうとしている人が逆上がりのできない同期をみてショックを受けているようなものだと考えているから、例えば論理的な思考ができないことを悪いことだとは思わない。だけれども、逆上がりの手本として呼ぼうとしている人をみたら、待ったをかけるだろう。
僕がこれを今日書く気になったのは、そろそろ社会に出る人が現れたからだ。これがエリート層なのかと思うと正直不安だ。
念仏のように唱えよう。複雑系複雑系恒常性恒常性安定点安定点。
まあ、僕も関が原の合戦の西軍の大将が毛利輝元だというのを知らなかったしな。無勉強で社会のセンター試験を受けると1/4間違えるわけで、類推も含めれば半分以上できていないのだろう。日本列島を白紙に書いて県名を書き出したら山形県出てこなかったし。別に成績がいいわけでもないし。おそらく、上の文句だって、0に極めて近いところでのゆらぎが誰にでもあって、僕が偶然あるところでプラスだったときに誰かがマイナスだったということなのだろうな。
複雑系複雑系恒常性恒常性安定点安定点。
■物理学とフランス文学
http://www.shiro.dreamhost.com/scheme/trans/say-j.html 口にできないこと ---What You Can't Say---
多くの物理学者は、必要とあらば、フランス文学の博士課程を終えることだってできるだろうが、フランス文学の教授で物理学の博士課程を終えられる人はほとんどいないだろう。
これはどうなんでしょう。フランス語学ぶなんてできなさそう。
http://www.paulgraham.com/resay.html によると
I disagree with your generalization that physicists are smarter than professors of French Literature.
Actually, for illustrative purposes I did include a few things you can't say, but I stuck to domain-specific ones. Within university faculties, this is the great unmentionable.
なんだってさ。
うーん、たしかに自分の学科の教官を考えると気が狂っているとされていても何が間違っているのか僕にはよく分からないが、他学科のだと分かることがたまにあるものなあ。
■量子論
量子論にパラドックスはない。
http://endo.la.saga-u.ac.jp/book1999.html
何を指しているのかは知らないが、そもそも問題があったのか、っていうのはかなり本質的な疑問だ。
たとえば、生まれたばかりの赤ん坊は世界が白い壁の直方体であることに哲学的な理由をつけるのではないだろうか。
■英語
まあ、まじめな話、日本語だったとして 1/5 間違えるとかありえないじゃないか。話をしたら5回に1回、勘違いしてくれるんだぜ?
という意味で、TOEIC・TOEFLは95%くらいは取れてないと話にならんのじゃないかと思っていて、取れている人は何人か知っているが彼らはえらいなあと思うよ。
■[quiz]有理数ジャンプ
学科で聞いたもの。http://d.hatena.ne.jp/qqqlxl/20061110 には略解もある。
二次元平面上の点列を考える。
は(0,0)。また、
と
の距離は1でそのx座標の差とy座標の差はどちらも有理数とする。このとき、
のうち(1/2,0)であるものが存在しないことを示せ。
■[quiz]初等的解法
平面で正三角形ABCの各頂点からの距離が1,,2 な点が存在するときに正三角形のサイズは。
http://ludobile.org/twgt/?date=20061121#p02
初等的な解法がかっこよかったので。
oOmeowOo
国会議員よりはまだ官僚のほうがマシな気がするなあ。。。。
nuc
それは比べる対象間違っているよ。
a-ki_room
日本語だったとして 1/5 間違えるとかありえないじゃないかとあるけど、専門的な話だったら与えられた機会に対して正しいことを80%の確率で返せたら中々なのではないかな。
残り20%はとりあえず間違ってでもいいから何か言えという立場が良いか、確かでないことは決して言わないという立場が良いか、それとも他のが良いかは、人によるとしよう。
理論として不十分な所が有るときにパラドクスがあるとdefするなら、如何なる自然科学の理論に対してもパラドクスが無いというのは何だかなと思う。
nuc
そりゃ専門の話だったら既存の問題の80%に対してまともなこといえたら超一流の研究者だろうね。
でも、あのテストは道を聞くだとか待ち合わせをするとかなわけで。
なるほど。ただ、パラドックスは矛盾だとしたら同じ事象に異なる予言をしないならばそれは(正しいかともかく)整合性が取れていると呼べるのではないかと。まあ定義しだいだけれども。
a-ki_room
何か書き方がてきとーすぎた気が。
TOEFLの聞き取りはあの音質ですぐ終わってしまう上に情報がほとんど音だけ。日常生活で実際にあんな音質で喋ってる人いないだろうし(訛りはあるだろうけど)身振り手振りも結構な情報になる。日本語だってさっと流れるアナウンスを聞き逃す人は沢山いる。20%で分からない場合には聞き返すだろうし、相手がテープで無ければ会話は通じると思う。少なくとも点を取れてないすなわち勘違いしてくれるは言い過ぎではないかと。
専門的な話の80%というのも、普通にゼミとかやってたら皆分からずに聞き返すor勘違いするわけで、とりあえず何か言われた時に言葉とおりに理解するという意味では中々なのではないかと思った。「正しいこと」という表現が悪い。
そういや、関ヶ原の西軍の対象とか、山形県とかは知っていてもどうしようもないことだと思う。僕は良くイランとイラクどっちが東側か聞くけど、あれも知ってた所でどうってことない。関ヶ原でどっちが勝ったか知らないとか、山形と山口を間違えて日本史の知識を覚えてるとか、いくつかの戦争でイランとイラクを間違えているならそれは酷いと思うけど。その前に挙がっている他の人の駄目な例というのが統計・論理・確率についてであるのに、何かずれてる気がするよ。
悪夢を見ると運が良くなるは別に良いと思う。ジンクスの類だし。検証出来そうも無い変な公理を持っているだけだと思えば別に問題無い。
oOmeowOo
どっちが勝ったか知りません><。むしろ関が原の戦いって何だっけ・・・
何も知らない人に「わずかに知っている人」と「本当に分かっている人」の区別をつけろというのは無謀な気がする。世の中わずかに知っているだけのことを誇らしげに話す人が多いし、そういうのを追い払おうとすると不快な思いをすることも多いけれどめげずに頑張るしかないかのぅ。
nuc
なるほど、そうだね。たしかに聞き返せるし native も相手のレベルにあわせて話す義務があるだろうから僕が言ったのは極論だろうね。ただ、電車のアナウンスだとか、自動応答の電話だとか、を20%間違えても、あるいは5回に1回聞き返すのでも結構多いと思う。
ただ、たとえば日本IBMでは短期海外出張がTOEIC600 長期が730のラインらしいのだが、ちょっと低いんじゃないかなと思った、っていうのもある。(こんなことをぐだぐだ言っているあいだに勉強しろよ、俺。)
ちょっと長いけれども引用。
<略>今日の米の相場を知らざる者は、これを世帯の学問に暗き男といふべし。<略>商売の法を心得て正しく取り引きをなすことあたはざる者は、これを帳合ひの学問に拙き人といふべし。数年の辛苦を嘗め、数百の執行金を費して、洋学は成業したれども、なほも一個私立の活計をなし得ざる者は、時勢の学問に疎き人なり。これらの人物は、ただこれを文字の問屋といふべきのみ。その功能は飯を食ふ字引にに異ならず。国のためには無用の長物、経済を妨ぐる食客というて可なり。ゆゑに世帯も学問なり、帳合ひも学問なり、時勢を察するも学問なり。なんぞ必ずしも和漢洋の書を読むのみをもつて学問といふの理あらんや。(学問のすゝめ 二編)
あんま関係なかったか?
ただ、どうしても日々生活で使っている知識を重視するのは誰でもそうで。
それと、まあ、おそらくもっと根源的なことを僕はできない。ただそれが何なのかは、僕は口にできないだろうね。
はて、西軍の大将を日々使う人たちって誰だろ。
> 関が原の戦い
それって食べられるよ。
僕も頑張るよ。追い払われないように(顔。
ita
TOEIC 950でもスーパーで初めて ”Paper or plastic?” と聞かれたり、肉買って ”How’s goin?” と聞かれたりしたら意味不明です。重要なのは分からなかったとき聞いて確認する度胸と機転。
nuc
なるほど、たしかに彼らの作文読んで思わず朱を入れることありますし、日本語の聞き取りだって日本人でもあやしいものですからそっちのほうが重要なのでしょうね。
あ、あけましておめでとうございます。どこかで会う機会がありましたらよろしくお願いします。
elb_phys
デジタル化はどうなのよ? > 音楽の発展
デジタル化自体はソフトウェアだけど、ハード面とも大きく関わってると思われ。CDプレイヤーとかHDD内臓携帯プレイヤー(iPod)とか。
ってそういう話じゃないのか?
nuc
作曲という側面から見て、たとえばモーツァルトが現代に生まれていたら、彼は一体何が違うと感じるのかと思ったのさ。
ハードは確かに変わっているけれどもここではあんまり気にしていなかったぜ。
nuc
それは確かにそうですね。あとは音階概念が広がったとか、半々音とか。
attsuu
>音楽の発展
半々音のようなものはギリシャ時代からあったと思います。
実際に楽器では演奏出来ないような事が打ち込みでは音に出来てしまう、というのはよく見受けられます。
他には自然倍音以外ではない倍音を含んだ音やその逆(純音)を簡単に作り出せるようになったとか。
nuc
なるほど、たとえば全音階といったものの出現は技術的な制限ゆえではなかったというのは確かですね。
mamepiyu
やいやい、みんなピアノとかを念頭に置いて話してないか?弦楽器なんてどんな音程でもかまわんぜ!
って、話ずれてる?
attsuu
訂正(遅)
自然倍音以外ではない倍音→自然倍音ではない倍音
nuc
でしたね。普段の楽器に引きずられるのでしょう。
名無しの権兵衛
Graham世代って、優秀な人がことごとく物理に行ったので、数学系の人たちは、物理屋コンプレックスを持っていることが多いようです。
nuc
ああ、たしかにいまでも(嘘
いえ、今は数学にも物理にも優秀な人いますよ。
2006-12-13
■WINNY
近況報告してから、もう一ヶ月経っているじゃん。頑張って書くっていってたのに。今後、そのことが起きた日ではなくて、アップ日に書くようにしますかね。
WINNY の判決でましたね。
父が「京都地裁で理系な裁判といえば…ほら。」と言うから、なんじゃらほい、と思った。
聞くと、あの判決出した裁判長の母は祖母の同級生で、葬式の後の親戚の食事会に神学者と二人でゲストだった人らしい。(劇謎
さらに裁判長の年子の妹と父は同期だとか。
彼は京都大学理学部数学科の3年生の時に弁護士になりたいと思ったらしく、在学中に取得して一年留年して卒業。理学士の弁護士なんだそうだ。いや、まあ、理学士って、ねえ、まあ、激しく素人だろう。
さて、昔聞いた、行為無価値と結果無価値について劣化コピーを試みる。
日本の刑法には、行為無価値と結果無価値の二つの解釈があって、それは根本的に異なる。どれくらい異なるかといえば、他の解釈の差異は注になる程度なのだが、これはそもそもテクストが違う。
次のような状況を考えよう。ジョンは太郎を撃ち殺そうとしました。流れ弾が源之丞にあたって死にました。
このときジョンは殺人罪になるか、という問題。
無価値というのは、「ここがいけなかった」というところ。
行為無価値は、これを殺人罪という。人を殺そうとして、殺したから殺人。
結果無価値だと、殺人未遂と過失致死という。
や、結果無価値はより論理的に筋が通る(規範違反性が難しいから)けれども、東大でしか教えられていなくて、裁判所はの主流は行為無価値らしいと。
ま、しょせん法学の論理なんて論理と呼べないと思いますがね。経済の人でもそう思うらしいですし。
さて、この話、関係あったのだろうか。
えらく金子氏の主観に依存しているけれども、行為無価値なら納得できるのかねえ、この判決も、って、思ったのだが、書いてから、とっても関係ない気が。
この判決はひっくりかえる余地かなりありそうみたいね。
友人に刺されたくぎは
根拠条文とその法律に対する最高裁判例見て、その上で地裁判決がその論理構成に乗ってるか、乗れない事案だとしたら妥当か、を見ないとだめ。
でしたとさ。当たり前に聞こえるけれども、そういったことこそ重要だなと。
■道徳規範
以前ならば神授説でよかったのが、多宗教が混在して、道徳規範とはと聞かれたときに何を基準にするかといえば国会で通した法くらいになるのではないかな。
文化といっても、我々高々200年生きてないし、知っているのはさらにその中の日本の文化の極一部分じゃないか。
その経験に基いて、何が倫理的か、っていったところで、20年もずれれば、あるいは100kmも移動すれば、ぶれるわけでしょう。ちょっと狭いかな。まあ、でもたぶん、格子の最小単位はそれくらいだろう。
そうすると、その程度の格子の中での常識で道徳規範が最も重要とかいったところで、そもそも誰もが当然として共有している価値観とは一体なんだろう、ということにならないだろうか。昔ならば、遠距離相互作用がほとんどなかったわけで、「当然」という考え方もできたわけだが。今は、そのようなものがありえるのだろうか。そうなると、一部が結託して、法という最低ラインを作るのだろう。だが、完全な平和主義がとれるわけではない。つまり、どうしても無理なものには然るべき迫害することになるのだろうが、その最低ラインをどれだけ下げられるか、っていうのが重要で、そこは本当に極端なほど下がっているべきなのじゃないかなと思うのよ。
あと、身体刑の禁止と勾留刑が更生を重点においているのもこの関連として捉えられないかなと。
■スノーボード
この間、初めてスノーボードをした。何事も経験、経験。
同じく初心者だった子がいるのだが、腰を落として立とうとするから、直感とは反するけれども、逆さ振り子と一緒で、立ったほうが安定するよ、と言ったら、しばらくやってみて、確かにそうだと納得していた。
傘を指の上で立てようとしたことはないだろうか。だが、短いペンを立てるのは難しい。逆さ振り子の安定する周波数が短くなるから早く手を動かさないといけない、ということだ。
大人と子供だと、子供のほうがよくこけているのもこれが理由で、頭の位置が高いほうが実は倒れにくい。
物理学、日常生活の役に立つぜ。
だからといって、より安定する竹馬で登校してよ、といわれても却下します。
■[quiz]餃子
学科の友人達と入ったラーメン屋で餃子を注文した。
「ラーメンと一緒に出しましょうか?」「いえ別々で結構です。」
「何で聞かれたの?」と私は聞いた。「餃子が出てくるのは遅いのですよ。」「へえ、うちのそばでは餃子がはじめに出てくるけれどもなあ。」二人の話を聞いて、なるほどそうなのか、と思っていた。すると「関西の餃子は小さく、関東のは大きいんじゃないか。」といって、次のような問題を出してきた。
さて、その問題。今、10度の水で充たされてた水槽がある。といってもなんと摂氏である。水面を 30度、しつこいようだがこれも摂氏、にしたところ、一時間後に水深 1m のところで 20度になった。さて、壁面は断熱されているとして 1000mの深さが 20度になるのは何時間後だろうか。
うーん、と考え始める。ま、とりあえず熱伝導の方程式思い出さねば。
「まさか、この方程式だけから分かるんですか」
「ええ、この問題を出してくれたのは数学科の先生で答えは聞いていないんですけれども。ここから分かるんですよ」
「ああ、形から分かるんですか。」
「形から分かりますね。近似・境界条件は意図を汲んで設定してください。」
以上は事実に基いたフィクションです。
http://d.hatena.ne.jp/nuc/20060226/p3 風呂の中で
をリファーしておく。
愉快じゃないか。熱の伝導が本質的に粒子の拡散であるかのように思えるというのは。
結晶で低温だったらフォノン(格子振動)の拡散か。
■cast
の
への cast が少々気持ち悪い。
■血液型談義
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1161700027
そこまでの熱意はありませんが、いまもそう変わりませんよ。統計学の正式な講義はありませんし。
自然科学屋だから合理的な結論に至るはずだ、というのは幻想です。知識がなければまともな答えが出てくるわけがありません。そして、彼らは心理学に関する知識をほとんど持っていない。
この問題に関しては、一万人規模の調査が行なわれて(松井豊 1991 血液型による性格の相違に関する統計的検討)でてないよ、というと、確かに自然科学を知っているものらしい合理的な判断をしますが。
ただ、最近、個人的に星座と学歴について調べているのですが、実はこれ、かなりきれいな相関が出ます。
ちなみに、上の結果の関係で、「日本では明らかに八九月生まれが明らかに多いよ。なぜでしょう」という問題を出してきた人が複数いました。あ、これは駒場と本郷の学生ですが、彼らの模範解答は「クリスマスベイビー」だったそうですが、実はこれ妄想です。厚生労働省の人口動態統計特殊報告によると我々の世代は七月のほうが多く、その差は5%以下なので、ざっと計算して5000人くらいの誕生日を知らないと確信できない程度です。月ごとにぶれがあるのは確認はしていませんが曜日差があるのが関係しているでしょう。
ようするに、人間は仮説確証型の思考する動物で、自分の能力を高く見積もっている方々はことごとく罠にかかるんですよね。
■立花隆ゼミ
立花隆ゼミに遊びに行ってきました。
立花さんは、これが田中角栄を追い詰めたのか、とは思えないほど、おじいさんな感じでした。
最近、名刺代わりにしている例の結果を見せて自己紹介をした後、なぜ私がこのゼミに興味を持ったか、として、9年前の例のサイトの話をしました。ネットの S/N 比が大変下がっているからいいじゃないか、と言ってきたので、これは<大学に関する悪口雑言が並ぶが略>とはいえ、仮にも東大の授業を u-tokyo.ac.jp のドメインで公開している、と銘打っているのだから、相当 authorize されているわけでそれが間違ったまま放置されるのは道義にもとる。といったことを述べました。これじゃ、逃げ方も一般人と変わらんなと思いました。(その後の話を聞いて、積極性だとか見習いたいとは思ったのですが、抜群に切れるというよりかは、こつこつ頑張るタイプなのだろうなと思いました。)
まあ、それで、誤っているところには、注を入れるなり、別のページにどういう問題点が挙がったかを書いたページを作るべきではないか、といった提案をしました。
立花隆さん「いま、この場で動議を提出してみたら? 彼にほらあれ教えて」
立花ゼミ幹事「あ、彼(nuc) アップの仕方分かっているので任せても大丈夫ですよ」
yoira「あー。それはいいですねえ。」
nuc「おい、まて、それ勘弁、ちょっ」
最悪な形で決着がつきそうです。これは完全敗北というしかない。
いや、よく考えたら、丸山真男も東大が authorize されているのが間違っているのであって、authorize なんかせずに放っておいてくれ、って言ってましたね。全面的に賛成です。あははー。
金にならない研究っていうのは、どれだけみんなをわくわくさせられるか、だよね。
知らない人ばかりなので、ちょっとした方法でみんなに溶け込んでいたら、ところで初めての方ですよね、あまりに自然で自信ないんですけれども、といわれた。あー、折角の擬態が解けた。
「nuc はいろいろなことを知っていて知っていることは分かりやすく教えてくれるし、知らないことは分からないとはっきり言ってくれる」と紹介してもらえた。特に後半が最大級の賛辞だと思う。振り返ってみて、それができたと胸を張って言えるだろうか。かくあろう。
いま、FTP でのアップができるのがゼミのメンバーで一人だというから「まったく FTP は情報処理の授業で習っただろうに。それじゃ分数計算のできない大学生を笑えんぞ。」と言ったら困っていた。ちなみに、僕は数を数えるのが苦手なので笑えません。
■ファッション
あることがあることとなっているとき、たいていは誰かがそうしたからそうなっている。
例えば、ある髪型が流行するのは誰かが流行らせているからなんですよ。
全理連(床屋のカルテル)が今年流行する髪形を決める。タレントを使って広告する。この辺は単純接触効果とPOX理論を組み合わせれば説明できるでしょう。それとともに全理連のメンバーに新しい技術を伝え、それで追加料金を取る。
あ、眼鏡の流行とかも近いね。あんなもの普通に使っていたら何年も使えるから売る側が困る。だから、サイズが振動しているはず。
久しぶりに友人に会ったときのこと。彼は襟を立てておりました。これを見ると僕は、ああ、独立したオトナだと主張したいんだなあ、と読みます。風習から一部を故意だと分かるように崩すことは、同じ文化圏の一員であり、その風習を守る能力があることと反骨精神とを同時に主張しています。だからおしゃれとされるのです。やりたければ、進化論的にも説明できるでしょう、笑。
逆にいうと、会っている間「俺は独立したオトナなんだ」っていうメッセージを僕は聞かされ続けるわけです。ちょっとかわいい。
類題として、我々の世代でチェック柄がオタクと結び付けられるのは、これが親世代のモードだからだろうと考えられます。
まあ、ようするにマッチポンプみたいなものです。こういったことを知っている人は傍観することにする人と一緒に油を注いで消火して楽しむ人に分かれるだろうけれども。
結局、20年も寿命がないものに私は興味がもてないのです。
melvy
忙しいのに quiz 立てないでくださいよ (顔
それはそうと,オートマトンの問題は覚えられる整数の桁数に限界がないならエンコードして実質的にかなりの整数を覚えられると思うがどうでしょう.出てくる整数の桁数がわからないあたりが危険な気はしていますが.
nuc
ああ、同じこと考えた人いますねえ。
では、整数を物体Aにして、「二つの整数」を「物体Aと整数」にしましょう。あと、一回目と二回目の走査の間に切り替わる、というシグナルは受け取れます。
出展はとある先生からで。
O
餃子問題は,重力は無い,という近似を入れていいんですよね?
randy
餃子の問題は、一次元(半直線)で、初期条件がどこもかしこも10度で、時刻ゼロから境界条件として半直線の端点で30度、無限遠で10度という設定が無難です。それで熱方程式に従う、と。
> コンパス
ある距離が与えられたらその有理数倍がコンパスだけで作図できて、
距離xとyが与えられたら¥sqrt{xy}がコンパスだけで作図できるので、
ルート2倍も作図できます。
hicky
>quiz オートマトン
『「過半数」ではなく「半分以上」にした場合、条件を満たすオートマトンを作れないことを示せ』
にすると問題のレベルアップですね。
物体二つと整数一つを記憶できたら半数以上を判別できるんですけどね。
nuc
はい、その近似がいいでしょうね。
> コンパス
おっと、一般解からきましたか。実はそれ、できるという噂は知っていても、具体的な方法が分からんのですよ。
半分以上は well-defined ではない気がしますが。
omeometo
自分も聞いたことはあるけど具体的な方法を知らんので考えてみたのです。
とりあえず、円をあほみたいに沢山書いていくと正三角形格子が書けて、そこから√7と3が拾えるので出来る、というあほな解法に達してしまった。
nuc
直線が一本ひければできることが示された後、しばらく経ってからそれがなくてもいいことが知られたんでしたっけ。
randy が上の claim に ¥sqrt{xy} が作れるための条件(x:y 有理数比かな)をつけました。また、差が取れてません。
nuc
あと、僕の持っている作り方もそれくらいあほです…。
randy
コンパスだけの作図ヒント集。
自然数倍:正三角格子
自然数分の一:相似。特に、1:n = 1/n:1
x,y,x-yから¥sqrt{xy}:方べきの定理。x ¥times y = ¥sqrt{xy}^{2}
xとyからx-yが作れると思っていたのですが、なぜかできない。できるのかなぁ。
nuc
はい、できるという記憶は正しかったです。
http://www-math.mit.edu/~pak/courses/geo/geo2.pdf
> Prove that anything that can be constructed with ruler and compass can be also done without ruler.
だそうです。確か円が一つ書いてあれば、定規のみで作図できるはず。
それで、思い出したのが「長方形の一辺を定規のみで二等分せよ」という問題。
nuc
そして、その類題というか逆。線分とその中点が与えられているときに、ある点を通る線分と平行な直線を定規のみで作図せよ。
http://www2.hamajima.co.jp/~mathenet/wiki/index.php?%5B%5B%CA%BF%CC%CC%BF%DE%B7%C1%A4%CE%CC%E4%C2%EA%283%29%5D%5D
omeometo
今日ふと気づいた。1と√3でいいじゃないか・・・>自分の解答
nuc
うん、それが僕の持っているやつです(顔。