白のカピバラの逆極限 S.144-3

長文コメントはこれを歓迎します。
とりあえず、quizでも解いていきませんか、古いものほど面白いです

2008-10-07

なぜ「大してうれしくない」か

今年、南部先生、小林先生、益川先生がノーベル賞に輝かれた。

そのニュースを実験室で知り「おお、このメンバーなら誰も文句がつけられない。つけられるとしたら遅かったことくらいだ。」と思った。ただ、組み合わせが少し妙なので「何で?」と思い、確認すると「自発的対称性の破れ」とある。なるほど〜。

しかし、これは難しい。特に南部先生の業績は説明できる気がしない、というかそれ以前に説明できるほどきちんと分かっている自信がない*1、笑。実際にテレビ局から電話がかかってきた。私はにやりと笑ってこういった。「おう、おまえか。言いたいことは分かる。だが、これは相当難しいぜ。」ざっと説明するが頭を抱える彼。「明日の朝までに、また聞きなおすよ。」



集まり NHK のニュースをみる。いかにも分かってそうな顔で「自発破れ」といっているのがちょっと面白かった。

そして、問題の益川先生の発言である。

「いや、大してうれしくないです。」

皆様なにか勘違いされているようだが、この「大してうれしくない」はおそらくは益川先生の本音だ。小林先生も似たようなものだろう。なんとか小林先生が自分のプライドと世間体のバランスを取ろうとしているのにアナウンサーは全く空気が読めていない。そんなにうれしいと言わせようとするのは実に非礼だ。


小林先生・益川先生はそろそろ敬称を失う方々である。つまり小林・益川と呼び捨てにしないと私のような下っ端には何となく落ち着かない、ということだ。これは足利尊氏を足利尊氏様と呼んだら「おまえ何」という感じがするのと同じである。

先に小林益川理論を知りその後に「彼らがご存命であることに驚愕する」学生はそれなりにいると思われる。それくらいの方々なのである。


インタビューを受けている小柴先生から流れる微妙な空気もこれを反映したものだ。「もらって当然だと思いますよ。」といっているのは文字通りなのだ。野依先生は多分大して分かってない。ぎらぎらした方らしいから自分の箔付けに使えるとでも思ったのだろう。

#これは余談だが、コメントを政治家に求めるなら有馬朗人さん(東大理物)とか不破哲三さん(東大理物)とか菅直人さん(東工大応物)とか志位和夫さん(東大物工)とかに聞かないのだろうか。たぶん、内容まで踏み込まれたら有馬先生以外全員困るだろうけれども。予想だと現役の大物政治家なら鳩山由紀夫さんが一番まともにコメントできるんじゃないか。さすがに無理かな。



南部先生はさらに格が上だ。

そのことは、受賞は「大してうれしくない」とおっしゃった益川先生が「南部先生と共同」であるところには感極まって泣かれたところに如実に現れている。これがどれほどまで異常な事態なのかを少し考えてみてほしい。*2

学科の同期は以下のような趣旨のことを述べていた。

「南部先生にノーベル賞が出せるとはノーベル賞も箔がついたなあ。」

おそらく半ば冗談でもこう口にした人はそれなりにいるのではないだろうか。

「南部先生? まあ、いつとっても不思議はなかったけれどもどうやって与えるのさー。漸近的自由性(2004)も出ちゃっているし、いまさら下手に出したら委員会、格好悪いということになるぞ。」昨日の時点で研究室ではそんな話もでていた。

南部先生が「実はちょっと驚いたわけですけれどもねえ」とおっしゃっているのは「私なんかが受賞していいんですか」という意味ではない。どちらかといえば「いまさらかよ」という突込み、あるいは「もうちょっとしてから別の誰か(ヒッグスあたり)と一緒にするのかと思ってた」というほうが近いだろう。



つまりだ。これは三人ともいえるが彼らはノーベル賞が来たことによって自分たちの研究が評価されたことが分かるレベルの人々ではないのだ。それどころか、ノーベル賞をとっていないことによってノーベル賞を物理学会の最高の賞と呼ぶには躊躇するよね、と思わせるほどなのである。

物理の世界での彼らの評価が受賞によってあがることはない。せいぜい社会的に有名になるだけなのである。このことが物理と無関係な多くの仕事を呼ぶであろうことを思えば、単純にうれしいと喜んでいるわけではないのではないかな、とも推測できる。

私は「これで三年間は東大の優秀な学生がことごとく物理学科へ吸われるか」ということが頭を掠めた。陽な仕事の他にもこういう陰な仕事もなさることになるのだろう。



さて。


ここまでの前提をもって、もう一度インタビューを聞きなおしてみてほしい。

驚くほど違ったように聞こえること受けあいだ。





http://d.hatena.ne.jp/nuc/20081007/ でノーベル賞関連のエントリーが一ページでみられます。

P.S. 物理の院生の方々へ

誰か解説記事を書いてみませんか。院生くらいが一番くだけた説明が遠慮なく出来ると思うんです。


追追伸

Server ErrorThe 2008 Nobel Prize in Physics - 砂浜で遊ぶ子供、このあたりのブクマ数の少なさは驚きだ。また、 南部陽一郎の講演でスヤスヤ寝ていた私がノーベル賞研究を解説する準備をはじめてみる - Active Galactic : 11次元と自然科学と拷問的日常を期待して待っている。惹きこまれる文を書く方で以前から気になっていたので。*3

*1:実際に学習院大学の田崎先生も「彼の業績は素粒子理論という枠をこえて深い意味をもっていると思う」と述べている http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/d/0810.html#07

*2:追記:2008/10/8

*3:追記:2008/10/16

itaita 2008/10/08 07:22 あとは、Nature, Science, PRL でなく何故PTPだったか、てなあたりもポイントですかね。

attsuuattsuu 2008/10/08 09:37 ああ、そういうことだったんですね。
その辺りの物理学に興味はあっても、普通に出版されている本を読むだけだった私でもみなさんの名前は知っていました。
どなたか解説記事を書いて下さったら是非読んでみたいです。

trshugutrshugu 2008/10/08 11:44 >「もうちょっとしてから別の誰か(ヒッグスあたり)と一緒にするのかと思ってた」というほうが近いだろう。

俺もそう思いました!てっきりLHCとかの実験が大成功してすごいことになったのかと勘違いして恥かきました・・・

yoshimatsuyoshimatsu 2008/10/08 18:21 素晴らしい意見をどうもありがとう!!

『世界的に評価されているからノーベル賞を授与された』
のに、頭の悪いNHKのアナウンサーが
『ノーベル賞受賞によってご自身の学説が世界的な地位を得ましたがどのようなお気持ちでしたか?』
と聞いていたのはかなり腹立たしいものがありましたね。
世界の益川先生にですよ。

nucnuc 2008/10/08 20:36 > ita さん
どうもです。
ああ、なるほど PTP ですか。たしかにその視点は抜けておりました。
(他の方に解説をしておくと前の三者に比べて後者は論文誌として影響が小さいということ、つまり、出た当時はたいした扱いを受けなかったということです。)

他にもノーベル賞の欠陥として、
・関連する3人にしか与えられない
---独創的な研究には与えにくい
・評価が定まってから与えられるため
---枯れた分野になる
---広範すぎる仕事は評価できない
あたりは今回感じました。
その辺も含めればよりよいものになりそうですね。
他にありますか。

> attsuu さん
はい。私のような下っ端からは偉大すぎて、偉大さを正確には理解できていないと思われます。
そのために位置づけを誤解してたらどうしようと思った部分もあるのですが、僕よりも分かっている物理関係者が肯定的に読んでくれているようなので大筋では間違っていないのでしょう。

> trshugu さん
ええ。最初の結果が出るまでにもう一年くらいはかかると思います。これも楽しみですね。

> yoshimatsu さん
こちらこそ。
そのお気持ちは分かりますが、今回は NHK ですら分からずに浮ついている感じがほほえましいと割と肯定的に捉えられました。

uso-bakka-Japanuso-bakka-Japan 2008/10/08 20:51 文系は馬鹿だから物理の意味も分かっていないしマニュアルどおりに事務処理的に質問しているだけですよ。


「大してうれしくない」と言ったのは若造には分からないもっと深い意味があるんじゃないですかね。何せそれなりの年齢ですし。若造とはみている世界も違う。

くろくろ 2008/10/08 21:16 南部博士になぜ、とすっきりしない気分でしたが、nucさんのこの日記を読ませていただいて腑に落ちました。ありがとうございます。ニュートンにノーベル賞が「授与」されるような違和感なんですね。

a-ki_rooma-ki_room 2008/10/09 01:31 Abrikosovの受賞の時も「あれ、まだ取ってなかったんだ」って感じがした。これからも物理学賞については似たような感想しか抱かないのだろうな。ただ、南部先生の受賞は嬉しい。Nobel賞を取ってもらうと、Nobel Lectureという学部生でも読める程度の文献が増えて行くのがちょっと嬉しい。

報道機関は大変だろうと思う。「普通の言葉」を喋れるお偉いさんが出て行って説明する他ないような気がするが。

君は書かないの?(顔

nucnuc 2008/10/09 03:31 > uso-bakka-Japan さん
こんばんは。
はい、そのとおりでしょうね。
でも、そのマニュアルを作った人に物理界の常識がなかったといういことですし、聞いている側もその常識が加わればより面白くインタビューを聞ける、という意味で解説を書く意味はあるでしょう。自分たちに常識がかけているということに早く気がついて少しは機転をきかせて欲しかったとは思います。

深い意味ですか。もちろんある可能性はあります。しかし、何人もの年配の物理研究者がこれを読んでいますが大きな文句はついていませんから、その深い意味があるとしてもそれこそ本人しか分からないものです。益川先生が他の物理屋の大半にすら分からない言葉で話しているとはさすがに思えませんよね。

> くろさん
ありがとうございます。
そうですね。ニュートンが生きていて今さらノーベル賞が渡されるという状況は、さすがにちょっと極端ですが近いものがあると思います。

> a-ki_room さん
ある程度それは分かりますが、それでも南部先生は「まだ」感が飛びぬけていませんか。

こういうくだけた説明ができるのは下っ端の特権だと思うのですよ。
お偉いさんにはノーベル賞の価値を下げるようなことはできないような気がしませんか。

いや、実は書こうかと思ったが教養書の劣化コピー程度にしかなる気がしないから最終行で押し付けた。いつかやってみるかもしれない。

satsat 2008/10/09 09:33 ↑三氏の功績を知らない人にはこのように映ってしまうという事実に驚愕です。それとも、遅すぎた受賞がこういう邪推を生むのでしょうか。いずれにしてもとても残念です。
横やりすみません。

shuranzshuranz 2008/10/09 14:19 これからも研究できる場を得た、という印象ですかね。
これまでもあったので、「大してうれしくない」じゃないですかね。

arakik10arakik10 2008/10/09 14:35 > あとは、Nature, Science, PRL でなく何故PTPだったか、てなあたりもポイントですかね。
憶測で書くというはしたないまねをしますが、ある程度、成果がまとまった時点で速攻で公表してしまう手段として、編集部が近所にあってピアレビューのコミュニケーションに時間のかからない Prog. Theo. Phys. に投稿したという想像もできるのではないでしょうか。あの当時は投稿時刻をキチンと記録できるプレプリサイトも無かったわけですし。

yoshimatsuyoshimatsu 2008/10/09 16:15 >PTP
中村卓史さん(京大教授 専門は相対論・宇宙論)から聞いた話ですが、発表時は小林・益川は「こんなの大した理論じゃないだろう」と思っていたらしいですよ。
それなのに、その理論が思いのほか(?)うまくいった、という感じだったっぽいです。
だから謙虚に「PTPに一応出しとくかぁ」みたいなのかも知れませんね。

satsat 2008/10/09 19:26 >平和賞も使われ方が恣意的で受賞者を危険に晒す、、、
そういう話なら納得がいきます。浅はかに喰いつきました。。横やりで。。すみませんでした。もっとも、期待するほどの経済力は日本にはないと思っていますが(いや、畑違いなので解らないですが)。。
遅すぎた受賞が悔やまれます。
ノーベル賞もらっていてももらっていなくても、我々にとっては価値ある理論です。ノーベル賞を世界の人々が栄誉ある賞だと思っている限り、もらって当然の賞だったということは確かであり、名誉なことであったと考えています。
失礼いたしました。

shuranzshuranz 2008/10/09 19:39 >salvanさん
そうですよね。
功績があれば既に生かされており、既に各業界で評価されているはずですよね。
「とりためておいた」なら、それはそうと「とりためておいたhogehoge氏の技術が今生きています」
でオッケーですよね。

平和という価値観も既に流動的でそれぞれですよね。
「戦地に血の気が多い輩が行ってるから、地元が平和」という見方もある気がします。
それを、後になってやれ子作りだ産めよ育てよは、こちらはいろいろ迷惑しておりますbyつめこみ

uso-bakka-Japanuso-bakka-Japan 2008/10/09 19:43 にしてもニュースみてて非常に重苦しい感じ受けましたね。60歳すぎになってノーベル賞をもらったということですが、なんか奴隷的に研究に従事させられていて、結果を出したから賞をくれてやる、といった感がないでもない。会社で言えば特別報酬みたいなものですが、奴隷的な研究に賞が与えられたからといって人間として本当に幸せなのか
日本のマスコミも、こういうふうに結果を出したらテレビ使って肯定的に世間に印象付けてやるぞ、だから研究者は頑張れ、という高慢さがないでもない。逆に犯罪をすれば捏造をしてでも犯罪者を叩き潰す。文系どもは、自然科学の世界にはなんの知識も感情もなく、結果を出したら印象よく構成してやるよ、という偉そうな態度。
景気のいい話にもかかわらず、この国の奴隷社会的性格がよく分かる重苦しい話でした。価値判断としては、私はもう嫌ですね、こういうシステムは。

kuUkuU 2008/10/09 23:57 益川先生が、学生に質問されたとき、「悪いことは周囲のせいにしますから」みたいな回答を聞いたとき、ひっさし振りに声を出して笑ってしまった。自分に厳しいほうが美徳といわれる中、あっけらかんと言い切った先生に、深く尊敬の念を抱いてしまった。

nucnuc 2008/10/10 21:16 > salvan さん、sat さん
こんにちは。
選定委員も科学者とはいえ人なので経済や政治の影響をある程度は受けるかもしれません。
今回の受賞が「日本経済に期待」とまでいえるのかは分かりませんが、もうすこし純真な目(笑)でみると、ノーベル賞の構造的な欠陥が絡みます。一年で一度だけ、テーマを決めて関連する三人まで渡するところです。そのために、与えた後にそのテーマで大発見をされたり、間違いだと分かると困ります。なので南部先生のようないつまでも評価の上限が定まらない方には極めてあげにくいのです。
三人という制限も大きく、今回、めでたいの次に出てきた言葉は「カビボ先生かわいそう、でも南部先生にはじかれるんだったら仕方ないか」でした。ほかにも、Landau の自動車事故で死にかけだから緊急受賞などおよそアカデミックとはいえないことに影響もされます。
これも膨らませてエントリーにしてもいいですね。

> arakik10 さん、yoshimatsu さん
ありがとうございます。
これ以上知るためには、どこかリジェクトされているかを調べる必要があるでしょうね。

> shuranz さん
こんばんは。
これくらいの方々ならば、取らなくてももうすでに好きなだけ研究できるでしょう。

> uso-bakka-Japan さん
そうですね。
万国のプロレタリアートよ団結せよ。といったところでしょうか。
やはり、高級言語のような富豪的研究にいそしみたいものですね。

理論物理屋の仕事はコーヒーを飲むこと( http://hosi.phys.s.u-tokyo.ac.jp/~ogata/daigakuin.html )だということはよく知られています。
物理学は全宇宙で通用する学問なので、南部先生のように海外に離脱する自由があります。日本に残っているということは日本のシステムがそこまで嫌いではないのですよ。

それと、uso-bakka-Japan さんは、マスコミはどのような人にも権力があるという観念にとらわれすぎていると思いますね。

賞を与えられたことで、面倒なやつら(含、私)に絡まれて不愉快なのは確かかもしれませんがね。

> kuU さん
どうも。
益川先生、そういう方なんですか。
徳川吉宗が騒いでいるのを見ているみたいで、いまだに顔と業績が心からは一致しないです(おい。

K&AK&A 2008/10/11 12:23 とおりすがりのものですが、たいへんよくわかる内容でした。
結局、賞の価値はその賞を受けた人(のリスト)によって決まる、ということで、ノーベル賞もその例外ではないということですかね。ちゃんとした賞なら、その賞を受けていただけるかどうか、必ず聞くはずですし。

南部先生に受けていただけてむしろノーベル財団はほっとしているというくらいにマスコミも考えるべきだったのでは。

nucnuc 2008/10/12 00:07 > K&A さん
こんばんは。

そうですね。賞の価値は皆がどれくらい受けたいと思っているかによるでしょう。
ですから、それを決めるのは、「知名度」だけではなくて「誰が受けたか」かも絡むでしょう。

財団からすると渡しそこなったら末代までの恥と思っていても不思議はありません。
ただ物理学賞の辞退者は今のところいないので、財団もさすがに南部先生がその一人目になるとは思っていないでしょう。
アインシュタイン(というなんだかんだいってもやっぱりニュートンに次いで偉い人)もとった賞ですし7000万円もらえるんですし南部先生だってわざわざ財団に恥をかかせるようなことはしないでしょうから。

あくまでもこれは推測かつ主観的表現ですが、「大してうれしくない」益川先生だって「孫の誕生ほどはうれしくない」にしても「自分の誕生日程度にはうれしい」と思いますよ。

!!!!!!!!!! 2008/10/13 19:16 ベトナム戦争を推進し、チリのアジェンデ政権転覆に関与したキッシンジャーやベトナム戦争を積極的に支持・協力した佐藤栄作みたいな奴らに「平和賞」が与えられるようなインチキ臭いノーベル賞をありがたがっているようでは駄目ですなあ。

nucnuc 2008/10/16 08:47 > !!!!! さん
平和賞は平和賞で物理学賞は物理学賞ですから問題点も違うところにあるでしょうね。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/nuc/20081007/p1