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日日鵺的

2016-05-30 この家に生まれてよかった

自分自分のことを「すげえ」というのが苦手だ。芝居などというものをやっている以上、自分が作ったこの作品があなたにとっても価値があるということを喧伝しなければならない。こうした言葉がどうしても出てこず、要は自分言葉あくまでも作品を創るためにのみ有効で、営業用には生まれてこない。世の中にはアユム君や谷君のようにイヤミなく嘘をつかずクールでスマートにそれが出来る人たちもいて(二人とも、皮肉じゃないぜ)、彼らの言葉を目にするたびに感心し、かつうらやましいと思う。とどのつまり自分に対する愛情の持ち方なのだろうが、ろくに人に愛されたことがなく、いまだに人に愛される価値がないと内心思っている自分には至難の業で、つねに「仕方なく書く」という後ろ向きさがつきまとう。

・他に仕事を四つ抱えながらの執筆で、稽古開始の一週間前になっても予想量の半分ほどしか上がっていなかった。開始直前の土日が奇跡的に空いたので、その二日間と開始当日の月曜日で完本した。書き上がったのが当日17時前である。プリントアウトに手間取って大遅刻したことはすでに書いた。それでも初日に台本があることは大事で、当然のことであると痛感したことも書いた。

・ここまではいつも通りである。駅前劇場進出、新作を寺十さんに託すという意気込みはむろんあったが、執筆は平常心で挑んだ。俳優の演技に対する取り組みに似て、執筆も意気込むとむしろ失敗することが多いのを知っているからだ。じっさいいままでの拙作に比べてとりわけ『悪魔を汚せ』が突出しているとも思わない。ただ演出自分でない分、いつもならやらないことを多々やっていることくらい……いずれにしても台本レベルの話である。

・これはどうもたいへんなことになっているのではないかと思われてきたのはラストシーン稽古に到ったときである。その前にツイッターにも書いたことを少し詳しく書いておく。

稽古が中盤にさしかかった頃、台本を少し直したくなった。ラストの一季と佐季の会話が単に善と悪との対決になっており、「家」というテーマが一貫していないように感じられたため、ふたりのやりとりのなかで佐季に「この家に生まれてよかった」と言わせたくなったのである。これを寺十さんに相談すると、寺十さんはわが意を得たりとばかりに微笑んで、

「それはね、演出でも考えてることがあるのでちょっと置いとこうか」

 そして、

「でも福永さんは(それを)わかって演ってるよね」

 と言った。自分は寺十さんにすべてをお任せすることにした。

・それであのラストシーンである。自分はつい泣いた。秋澤さんには横で見ていて高木さんが興奮しているのがわかったと言われた。福永さん自身が「化け物のような芝居が出来ました」とツイートした日である。

・正直、あんなに熱い場面として自分はあそこを書いていない。自分演出するとしたら絶叫もさせないし、“Baby Now”のような音楽も流さないだろう。寺十さんは最初から「これは愛について物語だ」と言っていた。あそこが慟哭の場面になったのは、演出と、それに応えた役者の力である。

・これが集団芸術なのだ。1×1が100にも1000にも10000にもなる。自分のホンがあって、寺十さんの演出があって、秋月三佳福永マリカがいて、すべてのキャスト音響照明美術があってあれが成立した。佐季のようなサイコパスに泣かされるなんてことがあるのかと作者自身も驚いたが、おなじ驚きにとらわれたお客様も多かっただろう。あの場面は理屈を超えている。

・会場で販売した台本は「自分から直したい」と言ったところのみを反映させたもので、寺十さんが演出で削ったり足したりしたところは反映されていない。ラストのあの台詞は上記のように自分と寺十さんの(そしてある意味福永さんとの)合作であるが、あれはあきらかに演出的な発想であったため、寺十さんに敬意を表して台本に書き込むことはしなかった。近く石澤知絵子さんによる台本写真集が作られることになっていて、さすがにそれではあの台詞を足したのだが、やはり文面だけだとどこかとってつけたようになってしまい、本番のあの力には及ばない。あれはまさに演劇の迫力、舞台芸術はここまでやれるのだという凄味そのものだった。

・そんな次第でこの作品について語ることを「苦手だ」などと言っていられなくなったのである。自分だけではなくキャストスタッフも皆昂揚しており、作品の力を信じて疑っていなかったからだ。作者で主宰自分が黙っているわけにはいかない。ぽつぽつと呟いたり、ブログFacebookに思うところを書き連ねた。あなたがどう思われたかはわからないが、すべて実感、ひとつも嘘はない。いつもの心の持ちようとは違ったところでこの作品に対する愛情が生まれていた。作者であることを忘れて本作が気に入ってしまったのである。それが不様と笑わば笑え。自分幸せだった。

キャストは皆好演であったが、特に祁答院君、秋月さん、福永さんには感謝しておきたい。本作が成立したのは彼らが美しかったからだ。美しくなければ成立しない役というものはあり、あの三兄妹はまさにそうだった。呪われた家に咲いた妖花は人並みであってはならない。彼らは人並み外れた大輪の花だった。

・望外の好評でこの先どうしようかと頭が痛い。この公演を「事件にしたい」と言っていた奥野も加入一発目がこれで満足しただろう。いくつかの企画公演を経て、次回公演は来秋の予定。鵺的はまだまだつづく。どうかご期待ください。

2016-05-18 本日初日

・酷い話だ酷い話だとつらい気持で書いた物語を寺十さんは「愛についての話だ」と言い、事実作者を泣かせてみせた。作者だからこそ泣いたのかもしれないと思ったが、奥野も秋澤さんも泣いたと言うし、見学に来た外山弥生も泣いていた。制作の林さんは「いままででいちばん好きです。特にラストはシビれました。……みんなヤな奴なんですけどね」と言っていた。スタッフキャストも皆前のめりになってくれている。駅前劇場進出、されど自分以外の関係者は奥野含めて駅前経験者ばかりなので実感が薄い。ここに平山でもいれば違ったのだろうが。机上風景の旗揚げメンバーが一人でもいれば、もうすこしばかり胸は熱くなっていただろう。

・今夜ついに幕が開く。駅前劇場空間にも、4000円の入場料にもふさわしい作品になっていると思う。ご期待ください。初日は前売完売ですが当日券の販売はいたします。劇場にてお待ち申し上げております。


鵺的第十回公演『悪魔を汚せ』

2016年5月18日(水)〜24日(火)

作  高木登(鵺的)

演出 寺十吾(tsumazuki no ishi)

下北沢駅前劇場

155-0031

東京都世田谷区北沢2-11-8 TAROビル3F

03-3414-0019


キャスト

秋澤弥里

秋月三佳

池田ヒトシ

奥野亮子(鵺的)

祁答院雄貴(アクトレインクラブ

斉藤悠(アクトレインクラブ

釈八子(tsumazuki no ishi)

杉木隆幸(ECHOES

高橋恭子(チタキヨ)

猫田直(tsumazuki no ishi)

福永マリカ

五十音順


スタッフ

舞台監督田中翼/松澤紀昭

演出助手=中山朋文(theater 045 syndicate)

ドラマターグ=中田顕史郎

照明=千田実(CHIDA OFFICE)

音楽坂本弘道

音響=岩野直人(STAGE OFFICE)・谷井貞仁

舞台美術=袴田長武+鴉屋

宣伝美術=詩森ろば(風琴工房

舞台写真撮影=石澤知絵子

ビデオ撮影安藤和明(C&Cファクトリー)

制作=鵺的制作部・J-Stage Navi

制作協力=contrail

協力=チタキヨ/tsumazuki no ishi/(有)アクトレインクラブ/ECHOES/有限会社ザズウ/(有)スターダス・21/ボックスコーポレーション

企画・製作=鵺的


タイムテーブル

5/18(水)19:30

5/19(木)14:30△/19:30

5/20(金)19:30

5/21(土)14:30/19:30

5/22(日)14:30

5/23(月)14:30/19:30

5/24(火)19:00

△の回終了後、寺十吾、高木登秋月三佳祁答院雄貴、福永マリカによるポストパフォーマンストーク開催予定(司会・加瀬修一)。


[注意事項]

※ 受付開始は開演60分前、開場は開演の30分前です。

※ 未就学児童のご入場はご遠慮ください。

※ 開演時間を過ぎてからのご来場はご指定のお席にご案内出来ない場合がございます。予めご了承下さい。


[料金]

全席指定

前売・当日 4000円

U25割引   3500円(当日共・要身分証提示


[発売]

カルテット・オンライン

ローソンチケット 0570-084-003【Lコード:32509】

         0570-000-407(10:00〜20:00)

チケ探 カード決済またはコンビニ決済(セブンイレブン

J-Stage Navi 03-5912-0840 (平日11:00〜18:00)


[問い合わせ]

J-Stage Navi 03-5912-0840 (平日11:00〜18:00)


[公演当日問い合わせ]

鵺的 080-9656-0840(公演期間中のみ)


以上

2016-04-27 悪魔を汚せ

f:id:nueteki:20160323193136j:image

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・こっちのブログで宣伝するのをすっかり忘れていたよ。あかん。前にも書いたが、台本以外の文章を書くのがしんどくてしんどくて。

稽古が始まっております。一昨日まで読み合わせの解釈稽古今日からは立ち稽古。寺十さんの演出は役者を前のめりにさせます。以前tsumazuki no ishiに出演した福原冠君が、公演案内メールで「寺十さんはまるでお医者さんのようであり学校先生のようであり」と評していましたが、自分も同感です。

・台本は稽古初日に間に合いました。もう必死。そのかわりプリントアウトに手間取って大遅刻、キャストの皆さんにご迷惑をおかけしました。それでも初日に最後まで台本があるのは大事なことだと、その日の読み合わせを聞いていて痛感しました。

・書き上げるまで自分でもどんな話になるのかわからない状態でいつも書いています。今回も同様で、なんとなく決めていたのは「歴史のある家を舞台にした」「殺伐とした」「家族もの」くらい、実際に書き終わってみると予想以上に荒廃した家族物語になりました。そして自然若者三人が話の中心になっていった。そういうものなのかもしれません。

・『丘の上』が「表」ならこちらは「裏」。「光」なら「闇」。『丘の上』のラストに希望を見いだした方からすると今回は破滅に見えるかもしれませんが、自分は人が「生きる」のを選択することはどんなかたちにせよ「希望」だと思っているのです。どうかご覧になって感想を聞かせてください。

・朝劇で福永さんを見ている方や、祁答院君や秋月さんのファンがこれを見てどう思われるかわかりませんが、ひとつだけ言えるのはこの芝居を演じている彼らはとても素敵だということ。ベテランから若手までそろった現場はやはり充実しています。他では決してごらんになれないものをお目にかけます。ご期待ください。


鵺的第十回公演『悪魔を汚せ』

2016年5月18日(水)〜24日(火)

作  高木登(鵺的)

演出 寺十吾(tsumazuki no ishi)

下北沢駅前劇場

155-0031

東京都世田谷区北沢2-11-8 TAROビル3F

03-3414-0019


キャスト

秋澤弥里

秋月三佳

池田ヒトシ

奥野亮子(鵺的)

祁答院雄貴(アクトレインクラブ

斉藤悠(アクトレインクラブ

釈八子(tsumazuki no ishi)

杉木隆幸(ECHOES

高橋恭子(チタキヨ)

猫田直(tsumazuki no ishi)

福永マリカ

五十音順


スタッフ

舞台監督田中翼/松澤紀昭

演出助手=中山朋文(theater 045 syndicate)

ドラマターグ=中田顕史郎

照明=千田実(CHIDA OFFICE)

音楽坂本弘道

音響=岩野直人(STAGE OFFICE)

舞台美術=袴田長武+鴉屋

宣伝美術=詩森ろば(風琴工房

舞台写真撮影=石澤知絵子

ビデオ撮影安藤和明(C&Cファクトリー)

制作=鵺的制作部・J-Stage Navi

制作協力=contrail

協力=チタキヨ/tsumazuki no ishi/(有)アクトレインクラブ/ECHOES/有限会社ザズウ/(有)スターダス・21/ボックスコーポレーション

企画・製作=鵺的


タイムテーブル

5/18(水)19:30

5/19(木)14:30△/19:30

5/20(金)19:30

5/21(土)14:30/19:30

5/22(日)14:30

5/23(月)14:30/19:30

5/24(火)19:00

△の回終了後、ポストパフォーマンストーク開催予定。詳細はwebhttp://nueteki.org/)にて発表します。


[注意事項]

※ 受付開始は開演60分前、開場は開演の30分前です。

※ 未就学児童のご入場はご遠慮ください。

※ 開演時間を過ぎてからのご来場はご指定のお席にご案内出来ない場合がございます。予めご了承下さい。


[料金]

全席指定

前売・当日 4000円

U25割引   3500円(当日共・要身分証提示


[発売]

カルテット・オンライン

ローソンチケット 0570-084-003【Lコード:32509】

         0570-000-407(10:00〜20:00)

チケ探 カード決済またはコンビニ決済(セブンイレブン

J-Stage Navi 03-5912-0840 (平日11:00〜18:00)


[問い合わせ]

J-Stage Navi 03-5912-0840 (平日11:00〜18:00)


[公演当日問い合わせ]

駅前劇場ロビー 03-3414-2468(公演期間中のみ)


以上

2016-02-15 人と人とは

・シアタートラムで『同じ夢』を観て、アートステーションZで有志の方とおしゃべりをするという土日だった。

・『同じ夢』を一緒に観に行ったのはこの人で、今年で二十五年のつきあいになる。友人でいちばん古いのがここのマスターで、四十五年目。次が安藤さんで三十四年目。

・彼らとは年中顔をあわせているわけではないが、会えばひたすら駄弁っている。何を構える必要もなく、しゃべりたいことをただしゃべる。たとえ一年二年顔をあわせなかったとしても、会えばふたたびおなじように駄弁るだろう。自分にとっての「友人」とはそういうものだ。自分自分でいられる場所。

・なにしろ今年で四十八だから、この先そういう人びととの出会いがあるかどうかもわからない。芝居を始めたのも脚本家になったのも同時だから今年で十七年目、一生ものだなという出会いもあれば、こいつとは出会いたくなかったという不運もあった。でも人生に無駄はない。良い出会いがあるから悪い出会いの判断もつくし、逆もまた同じ。とはいえ人間関係で痛い目に遭うと人に対してネガティヴになってしまうのはいくつになっても変わらない。

Mrs.fictionsスローガンが「人と人とは出会わなければならない」というもので、とても好きな言葉だ。彼ら自身だけでなく他人も鼓舞する力がある。こちらも出会って良かった、一生ものだと思われる人間にならなければならないという気分になる。健全だ。不健全自分を脱しようという気になる。

・そんな力に押され、森久さんに誘われるまま、アートステーションZに出かけてきたわけです。「こそこそうちわ会」というスタッフさんを中心にした集まりで、毎回マンガアニメについて語り合っているのだとか。ちとしゃべりすぎたかなと反省しているが、楽しい時間だった。森久さん、お話しできた皆さん、ありがとうございました。

2016-02-09 本を読め、空気を読むな

書店員時代、態度も悪く物言いも横暴な女子高生のグループがいて辟易していたのだが、集団だと横柄な彼女たちも、ひとりになると突如として頼りなくなり、まともに口もきけなくなるのが不思議だった。あるいはよく買い物に来るヤクザがいて、ひとりだとおとなしい彼が子分連れだと途端に暴力的になり、やたらとからまれたりからかわれたりして不愉快な思いをさせられたのが不思議だった。ようするに彼らは弱く、自分に自信がなく、孤独であることが不安で、友や仲間(と彼らが考えている人たち)とともにいると気が大きくなり、「ひとりでない自分」を見せつけたくなるのだとわかったが、集団が暴走するってのはこういうことだよなと空恐ろしくもなったのだった。彼らの不安や孤独の底が深ければ深いほど狂気が爆発する度合いも激しい。

この事件も、借金のカタに橋から突き落とされた少年事件も、綾瀬事件も、まちがいなくこうした心性がはたらいた結果の悲劇だと思う。学校も実社会も集団主義を捨て、個人主義を徹底すればある程度は防げるような気もするが、現実的にはそんな世の中になるのは遠い先の出来事だと言わざるを得ない。対処としては傷つきやすい人間には近寄らぬこと。主犯の少年上村君が人気者だったのが妬ましかったらしいが、俺の高校時代にも「人気者はムカつく、おまえが人気者になったら許さない」などと言っている奴がいて、なんで人気者がムカつくのかわからないし、人気者になどなる気はないし、こちらも若者だったが「若い人ってたいへんなのね」と相手にせず、図書館で本を読んでいた。それでも向こうが近寄ってくる場合は学校に行かないこと。小中高時代学校世界のすべてであるような気になるが、実は狭くて小さな世界であるのを知ること。そんな世界で汲々としているバカは放っておいて、広い世界に目を向けること。そのためには知見を身につけること。つまりは本を読め、空気を読むなということ。

・所詮人生はバカとの闘いである。口喧嘩ならともかく命までとられたらかなわない。断言するが、上村君はじめこの手の事件被害者は皆「大人」だったのだ。大人の態度で接しようとして命まで取られたのだ。バカはバカだからこそそこまでできるのだ。そんな連中に優しく紳士的に接しても仕方がない。

・ならばここまで追いつめられた場合どうすればいいのか。マジギレすること。相手人格など考えず、遠慮も容赦もなく、後先も考えず、ねちねちと、陰湿に、相手の心を殺すつもりで真剣に心の底から怒ること。そうすれば君は孤独になるかもしれないが、命までは取られないだろう。そして前ほど孤独をおそれなくなっているはず。

・群れなければ強くなれない人間は軽蔑して良い。ひとりで立てる人間であって初めて本当の友や仲間が出来る。当たり前のことだが、こんな言葉が通じない人もいる。信じられない人もいる。一方で、こんな言葉を求めている人もいるかもしれない。だから書いてみた。バカのために自分人生を犠牲にする必要はない。