論語

 突然ですが孔子のお言葉です。
あの方はいろいろなことに言及されているようで、その昔は論語を暗記することが学問の第一歩でも有ったようです。遅ればせながら齧ってみると、よく耳にするフレーズが出てきます。曰く、初っ端から、有朋自遠方来、また、温故而知新、四十而不惑などなど枚挙にいとまなく、よくまあこれだけ世間に流布していると感心するばかりです。今で言うところのキャッチコピーで、歯切れがよく簡潔明瞭な言い回しが受けたのでしょう。しかし論語読みの論語知らずなどと言われるように、孔子の思惑とは別にキャッチコピー同様、言葉だけが独り歩きしていたことが多かったのかも知れません。その辺りのことは孔子も承知していたらしく、中人以上 可以語上也 中人以下 不可以語上也 などと言っています。なかでも、民可使由之 不可使知之 は支配者の哲学ともなり、今でも十分通用しています。流石に孔子はヒトを見る目が有ったと言うか、自分に正直で有ったと言うか、ヒトを小馬鹿にしていたと言うか、しかしやはり鋭いと言うか、様々に考えさせられます。

論よりにゃんこ