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にゃあです。  ゲームに関する分析、感想がメイン。批評じゃなく分析ね。
その他のいろいろ気になることをゲームに絡めて書き綴ります。
コンピュータゲームに限らず、TRPG、カードゲーム、ボードゲームなどについて書きます。

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2006/04/10

[]RGN#1 コンピュータゲームデザイン物語についての研究会

国際大学GLOCOMにて、ゲーム研究会の第1回目が開かれました。

いろいろ興味がある話が出てきたけれど、「それはゲーム研究とちがうな」というものもちらほら。脱線・寄り道・いろいろ試行錯誤の第1回となりました。

時間がなくて意見を言えなかったのですが、その後の食事会?飲み会?のようなものに参加し、そこでいろいろな人と話してきました。

うーむ、変な人が多いなぁ。いや、私もきっと変な人の一人でしょうがね。

面白かったです。ゲーム研究者だけでなく、ゲーム開発関係者の方も、一般ユーザーの人も、いろいろいいたいことがあったに違いない!皆、熱く語ってくれました。

でも、なんとなく思ったのは、先日私が書いたのとほぼ同じような意見をもってるんだなぁと。演出よりもゲームルールシステムと呼ぶ人もいた)に絡んだ話が出たらよかったかな、と。

未消化の部分もあったけれど、第1回にして、とても大きなテーマだったということでしょうね。

今後も毎月開催されるようです。私もまた、一般ユーザー代表として殴りこみにいきますよー!

[]ゲームでの死の表現をめぐって

RGNでの発表された内容からは、矛盾点やゲームから離れたものを混同していているところがあったので、少々つっこみを入れてみようかなと思いました。

死の表現の悪影響論

これは、「写実的に描けば『残酷だ』と言われ、逆に隠蔽すれば『死の重みがない』と言われ、どっちなんだよ!どうすりゃいいんだよ!」という板ばさみの状態のことですね。これは確かにあるなぁ、と思いました。でもゲームに限らず。アニメにしても映画にしても、同様に言われるでしょう。例の残虐ゲーム販売規制の話題に石原都知事が「映画ロッキーはおかしい。ヘビー級ボクサーが殴り合ったら、どちらもただではすまない。(→現実と違う、間違ったことを描いているのでけしからん。)」というやつです。ちょっとばかり知識がある人が「知識をひけらかしたくてか、現実と違うことを指摘してしまう」のです。

復活不可能

死のリアルをさして、「FFエアリスの死」を例に挙げていました。でも、エアリスゲームルールで死んだわけでなく、ゲームの外で「死んだことになった」のです。また、ゲームを最初からやり直せば、死のイベントに至るまでは再び生きたエアリスに会えます。これは、ビデオを巻き戻せば、というのと同じです。ジェットストリームアタックが来るまでは、マチルダさんは生きているのです。

架空の人物の死

「ミス・ノルウェイの死」というのは興味深いが、他にも例は多数あります。明日のジョーの力石の死も、異例の「アニメキャラ葬儀」というものがありました。それよりさかのぼってシャーロックホームズも、ライヘンバッハの滝に落ちて死んだとなったとき、リアルタイムで読んでいた読者達は、ホームズの死を悼み、喪章を付けたといいます。

FFティーダエンディングで消滅(死と同義)するということに対して、FF升欧砲読活してしまう、とのこと。これはファンの要望に負けたものだが、ゲームルールとしての「ゲームキャラの復活特権」はそこには意識されないものだろうと思います。シャーロックホームズもまた、読者の要望に応えて復活するわけですが、ホームズリアリズムの塊『推理の機械』で、フィクションに甘えない作品でさえも、こうして捻じ曲げざるおえないことがある、ということです。

ゲームゲームに付随したもの

結局、ゲーム独自の事柄をもっと採取すべきだったのかなと思いました。ゲームの独自性を考え、ゲームの手法を分析する方にいかないと、どうしても「映画小説の手法のまねごと」以上にはなれないのではないでしょうか。