史上最高の第3GK

小島関連商品が少ないので、ザスパ本掲載・・・・


■ザスパ草津の元代表GK小島伸幸、引退表明(記事リンク)


「代表メンバー23人を選ぶのは簡単。
 各ポジションに2人を選び、GK3人加えるだけ」
と、フランス代表を率い98W杯を勝ち抜いたエメ・ジャケは語っていた。
当時の小生には、GK3人も要らないのではないか・・・
と今以上の素人考えを持っていた。
“カズ、三浦カズ、北澤、市川”事件があったことも影響していたかもしれない。
小島伸幸に替えて、カズをW杯に・・・・なんて論調は結構あったと記憶している。
そんな、98W杯第3GK小島伸幸が、とうとう引退を表明した。。
ベルマーレ平塚躍進の立役者であり、凋落も垣間見た。
苦しい降格争いも経験し、草津草創期の柱でもあった。
そんな小島伸幸の歴史は、小島伸幸のコアなファンやザスパサポに任せて、
個人的な小島伸幸の思い出を簡単に書きたい。


温和な人柄がにじみ出る様に、雄大にマウスに立っていたが、
ゴールを割られると、味方DFに怒涛のように叱咤を行っていた。
風貌の影響か、まるで教師が生徒を怒るような印象を受けたものだ。
そんな小島伸幸なのだが、ゴールをされた後が印象深いモノが2つある。
一つは、97年のガンバ戦。
J史上屈指のゴールといわれる、パトリック・エムボマボレーシュート
全てのJリーグファンに衝撃を与え、ガンバサポに期待を抱かせた、あの一撃。
シュートを突き刺された小島伸幸
「うぅ〜わぁ〜」
との声が漏れ聞こえそうな表情と、驚愕にも似た表情が印象的だった。
そしてもう一つが、99年Jリーグオールスターゲーム
後半に楢崎正剛に変わり出場した小島伸幸が、
当時、急激に成長しだした中村俊輔ループシュートを決められたシーン。
悔しがるわけでもなく、笑顔ををたたえつつ振り向く姿が印象的だった。
もしかして、ワザと後ろを空けたのか・・・・・と今でも思っている。
有望な若手の実力を確認し、楽しげな表情だった。。
なんか、ヤラレっぷりばかりが印象に残っているなぁ・・・・・・


98W杯への苦しい道程で、主力を励まし盛り上げ続けた姿。
楢崎正剛川口能活の相克に、潤滑油として存在しえた姿。
予選がなかったとはいえ、02年W杯第3GKの曽ケ端準がそのような役割を果たしえたか。
ドイツの地でそのような役割を果たしえる人物が存在しうるのか。。
小島伸幸の引退にあたり、今までの艱難辛苦と献身ぶりに、
ただ感謝の念があるばかり。第二の人生に幸多からんコトを願うばかり。
お疲れ様&有難う・・・・・



      〆




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