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2012-04-03

知覧武家屋敷

鹿児島家族旅行(第一日)

| 22:47 | 鹿児島家族旅行(第一日)を含むブックマーク

二泊三日で、鹿児島観光するつもり。天気予報は初日だけが心配だ。台風が来るような時期ではないが、普通の低気圧が異常に発達して、台風並みになるというのだから、まったく誰の心がけが悪いのかと思う。家を出るときは、何とか雨は降っていない。朝六時半のバスJR岐阜駅名古屋駅から新幹線でまず博多へ。三時間強で昼前に着く予定だったのだが、その発達した低気圧のせいで、山口県あたりから新幹線が遅れる。企画乗車券なので、予約した列車に乗らないと券がパーになってしまうから、焦る。車掌に尋ねると、乗換えの列車は後続らしく、それも遅れることになるので、大丈夫だとのこと。そんなものかと思って博多駅で確認すると、確かにそうらしい。二十分遅れくらいで、後続の九州新幹線みずほ」に初めて乗る。JR九州列車なので、車両はやはりいろいろ凝っていて楽しい。天気も回復してきたようだ。

 一時ころ鹿児島中央駅着。駅構内のそば処「重吉」にて昼食。えび天ざる1050円。はっきり云うとうまくない。まあいいだろう、予約しておいた駅レンタカーホンダインサイトを借りる。
 レンタカー知覧へ。駅レンタカードライブ・マップをくれなかったので、カーナビ頼りなのだが、ホンダのナビはトヨタのほど使いやすくなく、どこをどう走っているのかさっぱりわからなくて、不安なこと夥しい。で、たまたまコンビニに入ったら、ちゃんと鹿児島県のロード・マップが売っているではないですか。何というコンビニエント、まさしく看板に偽りはない。

 一時間ほどで知覧武家屋敷群を見学する。石垣に槇の垣根がとても立派だ。建物はたくさんあって、どれもいい感じであり、一見の価値はあると言っておこう。天気が曇りがちだったのだけが残念。しかたがないが、写真も暗く写ってしまっている。
 知覧は、じつは太平洋戦争末期の、特攻隊基地であったことでも有名だ。町のなかのどこに飛行場があったのかは、今ではちょっとよくわからなかったが、特攻平和会館というのがある。気は重かったけれど、これも機会なので、訪ねてみた。平凡な言い草ではあるが、平和の尊さを深く実感せざるを得なかった。お年寄りの語り部がいて、ちょっと聴いただけだけれども、話につい引き込まれてしまった。これも本当にいい機会だった。十代後半の少年たちの笑顔の団欒の写真があり、次の日が出撃で、全員戦死したという。一人は、自分の自宅近くの愛知県扶桑町出身だとか。展示してある戦闘機は、地元各務原飛行場からもってきたものだとか。第二次世界大戦敗戦以後、日本戦争をしていないのは、まったく素晴らしいことだというべきである。

 知覧から指宿へ。途中で喜入に寄り、JX日鉱日石エネルギー基地を遠望する。これ、何かといえば、日本最大の石油備蓄基地なのだ。海を埋め立てて、たくさんの石油タンクが並んでいる。このとき、天気がようやく曇から晴に。
 篤姫の里なんてところにも寄ったが、駐車場無意味な散策コースがあるだけで、スカ。みすぼらしい猫と遭遇。
 宿は指宿白水館。とても大きなホテルで、設備もいろいろ揃っている。温泉は少し塩辛い。そして、肝心の料理は、細部まで神経が行き届いていて大満足だった。芋ビール焼酎も旨かったです。夜はさっさと寝た。

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菅啓次郎と小池桂一コラボレーション『野生哲学』を、車中にて読了。わざわざアメリカインディアンの下まで出かけないと、こういう感性は身に付かないのか。大地への感性は、自分の住んでいる場所で養わねばならないのではないか。(そこが、如何に精神的に貧しい場所であっても。)そうしなければ、却って結局、生きた感覚は身に付かないと思う。例えば東京で、「インディアン」の暮しをしてどうなるのか。東京ならそこで、大地へのダイヴを敢行せよ。

野生哲学──アメリカ・インディアンに学ぶ (講談社現代新書)

野生哲学──アメリカ・インディアンに学ぶ (講談社現代新書)

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