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2013-07-10

佐々木俊尚『レイヤー化する世界』

| 08:23 | 佐々木俊尚『レイヤー化する世界』を含むブックマーク

晴。

ラーメン「麺丸」にて昼食。まぜそば700円。開店とほぼ同時に行ったのだが、中は既に満員。その内待つ人も出始めた。注文してから品が出てくるまで50分くらい掛かったが、文句はまったくない。人気店になったなあ。今度は冷やしつけ麺にしよう。

佐々木俊尚レイヤー化する世界読了。第一部と第二部の「歴史篇」は、オリジナリティのない平板な記述で、読む価値を特に見出せない。まあ、世界史に疎い人間のための、啓蒙的な文章だと見るべきだろう。第三部は未来の話で、ここが本論である。インターネット化された世界で、個人やその仕事生き方までこう変わってくるというような予想が、書かれている。一言で云えば、インターネットで「レイヤー化する」世界ということらしい。個人のあり方が、様々なレイヤーの集合体になるという話で、平野啓一郎の「分人」概念にも通ずるところを感じないでもない。また、レイヤー化するのは、個人だけではない。著者はインターネットによって、企業国民国家も変ってしまうという。まあ、そうなのかも知れない。ただ、著者は国民国家のしぶとさを、かなり少なめに見積もっているように思われる。著者は、人間権力意識の強さを過小評価してはいまいか。それから、仮に著者のいうような世界が実現すれば、「暴力」には大変な価値が出るだろう。それは、インターネットの外部に存在するからである。著者の云うように、すべてがレイヤーに収斂するとは必ずしも云えまい。そこから零れ落ちたものに、大きな価値が出るだろうからである。
 著者の描き出す世界は、結局オーウェル的な管理社会、いや、ミクロ権力によるディストピアではないのか。そして、この社会はこの社会で、必ずそれに対する不適応者を生み出すだろう。手放しでバンザイと云える世界が来るとは、なかなか思えないのだが。まあ著者も、そのように主張しているわけではないだろうな。それから、何度も書くが、インターネットによって全世界が「英語化」されるのは、自分はまっぴら御免である。国民国家解体は、英語以外の「国語」の解体をも意味する可能性が高い。

本日の「報道ステーション」に各党の党首が集っていたが、憲法論議で、憲法役割権力の行き過ぎから国民を守るためにあるという、(マグナカルタ以来の)基本的な認識を示していたのが、こともあろうに社民党福島だけだったのが衝撃だった。維新の会の橋下なぞは、憲法役割三権分立の規定云々などと、何とも怪しいことを言っていたが、本当に弁護士だったのかね。大学時代憲法学講義とか取ったのじゃないの? 舌だけはペラペラよく回るが。この橋下なんぞが自分の同世代なのだから、嫌になってくる。本当にひどい世代だ。自分が情けない。

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