コンディヤック『論理学』

日曜日。曇。
未明に起きる。
音楽を聴く。■バッハ:ブランデンブルク協奏曲第二番 BWV1047、第三番 BWV1048 (クイケン参照)。清潔で上品な演奏。■バッハ:カンタータ第39番「飢えたる者に汝のパンを分け与えよ」、第76番「諸々の天は神の栄光を語り」 (カール・リヒター参照)。ようやくカール・リヒターの凄さがわかってきた。■チャイコフスキー交響曲第一番 op.13 「冬の日の幻想」 (バーンスタイン NYPO 1970)。チャイコフスキーが苦手なのをだいぶ克服した。聴いてよかったと思う。それにしても長いし、終楽章コーダにはさすがに呆れるが。■ハイドンピアノ三重奏曲ホ長調 Hob.XV-28 (トリオ1790、参照)。■プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第二番 op.63 (レオニード・コーガン、バージル・キャメロン、参照)。■シベリウス:カレリア組曲 op.11、悲しきワルツ (ロリン・マゼール参照)。シベリウスいいなあ。カレリア組曲とか通俗曲であるが、なんと素晴らしい通俗! マゼールも言うことなし。
早く起き過ぎたし、音楽をたくさん聴いて疲れたのでちょっとウトウトしたら、能動夢というのかな、こちらから働きかけられる夢を見る。ちょっと面倒なので書けないけれど、とても興味深い内容だった。

エティエンヌ・ボノ・ド・コンディヤック『論理学』読了。山口裕之訳。副題「考える技術の初歩」。とても西洋的な書物だと思う。コンディヤックは十八世紀のいわゆる啓蒙思想家で、本書はフランスで長らく教科書として使われてきたものだという。訳文からでも、本書が明晰な文章で書かれていることはよくわかる。本書は『論理学』という題名ではあるが、もちろんブール代数を解説したような本ではなく、むしろ「明晰に考える」とはどういうことかを教えようというものだと云えよう。著者は特に「分析」を重要視し、とにかく正確に考えるには分析に尽きるとでも云うような考えが力説される。「総合」が忘れられているわけではないが、「総合」はむしろ常に「分析」と同居しているのであり、そもそも言語は「分析」そのものというような発言まである。なるほど、近代科学の発展の基礎も確かに「分析」であったが、これはコンディヤックのオリジナルというわけではないだろう。むしろデカルトの存在が大きいだろうが、そのデカルトの『方法序説』も本書も、そのテキスト自体が「フランス的明晰」のお手本のようなものであるようだ。その意味で本書は西洋的だと云うのである。このような「思考の技術」が一般化するのはよいことだろうが、考えるということが「明晰」だけではないことは強調しておきたい。もちろん「明晰」は素晴らしいが(自分も残念ながらまだ明晰には書けない)、考えるということには、どうしても未知の発想に至らざるを得ないところもあるのだ。それがいわゆる「思想」ということなのだと思う。

論理学 考える技術の初歩 (講談社学術文庫)

論理学 考える技術の初歩 (講談社学術文庫)


ヤフオクThinkPad T410(Core i5/メモリ4GB/HDD 500GB)を落札しそこねた。競り合いになって、10,000円までは出したのだが、こちらのモチベーションの低さで負けた。ThinkPad は確かに欲しいけれど、既にたくさん PC をもっているからなあ。落札された方は格安で手に入ったことになりますね。しかし、これ以上ない条件だったのに、意外と参加者が少なかったな。