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2017-06-29

岩波文庫版『まど・みちお詩集』

| 09:56 | 岩波文庫版『まど・みちお詩集』 - オベリスク備忘録(跡地) を含むブックマーク

曇。
いったん 5時くらいに目覚めたが、二度寝して寝過ぎ。ずっと半覚醒状態で夢を見ていた。これはカラフルでおもしろい夢。海辺建物の中にいて、きれいな魚がいっぱい泳いでいたり。

ショパン舟歌 op.60 で、ピアノマルタ・アルゲリッチアルゲリッチのごく若い頃の録音で、心から感嘆する。明らかに即興的な感じで、崩して弾いているが、鋭い直感に支えられていて説得的。僕はいまのおばあさんのアルゲリッチが好きというか、音楽そのもののようで畏怖するのだけれど、若い頃のアルゲリッチ大人気だったのは当然だと思える。

ワーグナーの「ジークフリート牧歌」で、指揮はピエール・モントゥー。楽天的白痴的な演奏。美しいことは美しいのだけれどね。もう少ししっとりしたところのある曲だと思う。しかし、いい加減にしてそろそろワーグナーを聴かないといけないな。

バッハイギリス組曲第二番 BWV807 で、ピアノアリシア・デ・ラローチャ

父を柳ケ瀬まで送っていく。帰りにモスバーガードライブスルーで昼食。スーパー

いまや政治については殆ど関心を失っている自分であるが、某稲田防衛相の「失言」などを見ていると、日本も結構な時代になったなあと思う。防衛相には自分発言問題であるという考えがまったくなかったことは明白で、心の底から自衛隊自分の「私兵」のような気になっていることがそのまま出てしまったに過ぎない。ホント笑わせるね。すばらしき全体主義国家誕生という、最近のトレンドの延長線上にある話である。「文春砲」なんてのも話題になっているけれど、誰もマジメな気分で週刊文春なんて信用している筈がない。あれで本人たちは硬派なマスコミのつもりなのかも知れない。まあそうでないというほどの者でも、こちらもないわけだが。何も今の時代が特にヒドいということも、恐らくはないのであろう。ただ思うのは、政治家がヒドいというよりも我々が愚民であるということだ。もっとも、皆さんはそう思っておられないようだが。僕も愚民だが、いちおうそれを恥ずかしく思っていて、何とかそうでない存在に己をもっていけたらなあとだけは思っている。

愚民たちを見ていて思うが、こんなのは序の口だぜ。まだまださらなる続きがある筈だ。そうそう、断っておけば、これは日本だけの話ではない。僕たちも、他の国の状況は岡目八目でよく見えるだろう。日本だけでないと知って、安心したかい? 結構だね。

もう忘れている人も多いだろうが、IS は落ち目になってきたな。でも、仮に IS が壊滅しても、シリアイラクにおける問題は何も解決していない。打倒 IS でひとまず協力しているアメリカロシアであるが、IS がなくなればまたシリア代理戦争が始まるだろう。双六でいう、「ふりだしに戻る」である。まったくどうするのかね。アメリカ大統領外交手腕に期待するか。オバマ中東政策に関しては白痴並だったから、まだ今の方がマシかもしれない、っておそろしいね。

池内恵氏が自身ブログでこのところ名著からの引用という形で、イスラームにおけるリベラルはどうして問題があるのか指摘しているが、イスラームというのもじつに難解だ。我々は明治以降キリスト教社会はある程度研究してきたが、イスラームに関してはまだ研究の蓄積が少ない。なかなか肌でわかるという感覚がない。

英米ヨーロッパ諸国ではもはや「テロ」は日常化したな。もう起きてもあまり騒がない。つまりは「イスラエル化」したともいえるだろう。ある時期まではイスラエルにも自国政府パレスチナ政策批判的な少数勢力存在したが、パレスチナ側による「テロ」の日常化などもあって、それら勢力はほぼ消滅したのではないか。ふつうのイスラエル人パレスチナに対して無関心になった(「テロ」に遭うなら運が悪かったという感覚である)。イスラエル政府の対パレスチナ政策はまさしく「人道」も「人権」もあったものではないが、もはや世界のほとんどは注目すらしない。日本でなど、ここ何年かパレスチナテレビ報道を見たことがない。もっとも僕はテレビニュースはあまり見ないけれども。

思うのだが、いまや「極右」か「グローバリズム」かのいずれかを選択しなければならないという、いわゆる究極の選択時代になったのではないか。それ以外の道を選ぼうとしても、結局はそのいずれかに帰着してしまうという。では、どうせよというのかね。まさしく「リベラル」はむずかしいところに来ている。とにかく自分愚民なので、どうしたらいいかさっぱりわからない。あっちへふらふら、こっちへふらふらという、ふらふら君でいるしかないのですよ。これなんていう、確かなものはこれっぽっちもない。

そういや、高橋源一郎さんが教育勅語現代語訳したの、知っているかい。ちょっと前のことなのだけれど。おもしろいぜ。さすが高橋源一郎だと思ったよ。
https://twitter.com/i/moments/841959926947827713

目が回る。

GTK+ で落書き 9(Ruby) - Camera Obscura

谷川俊太郎編『まど・みちお詩集読了岩波文庫はこのところ現代詩を次々に収録していて、本書もその一冊。ありがとう岩波文庫。こんなすばらしい詩人がいたのだな。しかしさかしらなことを書く気が起きない。まど・みちお原初詩人だ。どちらかというと、おかしくって仕方のない詩がいいね。「するめ」。

とうとう
やじるしに なって
きいている

うみは
あちらですかと…

何だか、おかしくてかつ悲しい。ああ、岩波文庫、もっと現代詩を入れてほしい。どんどん入れてほしい。フィクサー谷川俊太郎だな。

[rakuten:book:18626319:detail]

2017-06-19

アレックス・ロス『20世紀を語る音楽 1』

| 08:49 | アレックス・ロス『20世紀を語る音楽 1』 - オベリスク備忘録(跡地) を含むブックマーク

晴。

ハイドン弦楽四重奏曲ハ長調 op.76-3 で、演奏はアタッカQ。いわゆる「皇帝」。

コルンゴルトの左手のためのピアノ協奏曲で、ピアノハワードシェリー、指揮はマティアス・バーメルト

ブラームスの三つの間奏曲 op.117 で、ピアノドミニク・メルレ。自分にはえらく余韻の乏しい間奏曲に聴こえる。ちょっと素っ気なさすぎるのではないか。どうしてもグールド演奏比較してしまう。ピアノの音もきたない。

尹伊桑のヴァイオリン協奏曲第三番(1992)で、ヴァイオリンは Vera Beths、指揮はハンス・フォンク。すごい音楽だ。尹伊桑が現代音楽作曲家の中でも特筆すべき存在であるのは自分にはもはや疑いない。バリバリのハードな現代音楽なのに、バッハと同様に聴ける。まあバッハとの比較っていうのは上手くないですけれどね。いい形容が思い浮かばないな。

昼から県営プール今日は三人しか泳ぐ人がいなかった。機械がはたらいていなかったので水が冷たいから注意と言われて、冷水期間が二週間早まっただけだろうと思ったが、30分くらい入っていたらちょっと寒くなった。しかし外は暑い。どこが梅雨かという感じである。でも明日からは本格的に降るようだ。

図書館から借りてきた、アレックス・ロス20世紀を語る音楽 1』読了勉強になった。

20世紀を語る音楽 (1)

20世紀を語る音楽 (1)

JKが考える
最近の JK はすごいなあ…。しかし我々は不可触賤民か。一抹も希望がないのか。そう、この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ。それが KKNO の世界である。

このところ、日本の箍が外れてしまったことをひしひしと感じる。制度疲労が蓄積し、ついに破断したのだ。2017年日本終了の年として、永く語り継がれるに相違ない。

2017-06-14

加藤典洋『敗者の想像力』

| 10:05 | 加藤典洋『敗者の想像力』 - オベリスク備忘録(跡地) を含むブックマーク

晴。
しょうもないことばかりやっているせいで、精神が empty な感じ。

モーツァルトのピアノ協奏曲第十二番 K.414 で、ピアノは内田光子、指揮はジェフリー・テイト。

バルトークの「管弦楽のための協奏曲」で、指揮はピエール・ブーレーズ。すごい演奏だな。まさしくシカゴ響のための曲。

ブーレーズの第二ピアノ・ソナタで、ピアノはマウリツィオ・ポリーニ。自分にはいまだに前衛たることを已めていない演奏。若い人には是非挑戦して欲しい古典だ。

東京その他での「ポリーニ・プロジェクト」とか、録音がないのかね。あったらいつか聴きたいものだが。

とかで検索していたら、ポリーニの新譜が出ていることに気づく。おお、何ということ! ショパン・アルバムということである。たぶんもうダメな演奏だろうけれど、ポリーニだから買うしかないな。しかし、シュトックハウゼンなんかはついに録音しないで終わるのか知らん。

Hetalia&Doodle page
わたくしはこの Tumblr が好きである(エロじゃないっす)。

加藤典洋『敗者の想像力』読了。まあまあだった。僕は加藤という人はよく知らないが、まずまず勉強もされている方だと思う(エラそうでごめんなさい)。しかし「まあまあだった」とは書いたが、僕はたぶん本書がまったく読めていないと思う。文体に強度がなさすぎて、文章の意味を取るのが自分にはむずかしい。たぶん自分には加藤氏は読めないのだろう。だから、この感想はほとんど意味がない。まあ加藤氏はそのうちまた読んでみたいと思う。なお、本書オビに著者の顔写真が載っているが、理不尽な発言で申し訳ない、僕はこのツラは文章家としてダメだと思う。そもそも僕は結構ひとを顔で判断するので(見当ちがいもしょっちゅうありますが)。バカですね。

敗者の想像力 (集英社新書)

敗者の想像力 (集英社新書)

日本屋へ行ってきたのだが、いまや新書はつくづくヒドいことになっていますね。特に老舗の講談社現代新書の劣化が著しい。ここにいまの日本の文化状況の一端が見えていると思う。まあ仕方がないね。

いまジャンバッティスタ・デッラ・ポルタの『自然魔術』の翻訳を読んでいるのだが、相も変わらず「マヨラナ」を「マヨナラ」と書き誤っている。前にも何度か書いたのでまたかと思われる人も…いや、そんな人はいないと思うので同じことを書いておくが、この植物はハーブの一種であり、ラテン語では majorana、英語でいうマージョラムで、「マヨラナ」が正しい。これも前に書いたが、かの碩学・林達夫までも誤っているくらい*1日本では猖獗を極めた「伝染性誤謬」(トマス・ブラウン)である。けれども、さすがに最近では正しい表記が殆どになってきたと思っていたが、こんなところで再見した。原語を見ていて誤るとは考えにくいが、著者の思い込みか、それとも辞書の誤りか、何なのだろうか。かつて誤謬が拡散したのは、たぶん最初の頃の辞書が誤っていて、その辞書を引き写したその後の辞書に受け継がれたものであろう。この「辞書の引き写し」で新しい辞書を作るというのはかつては散々行われていて、当の林達夫がそれについて一文を草しておられるくらいである。林達夫が何度もエッセイの題材としているとおり、翻訳というものはむずかしいものであるな。

*1:『歴史の暮方』所収「拉芬陀(ラヴェンダー)」というエッセイ。中公文庫版で確認した。なお、これは坪内逍遥訳のシェイクスピアの翻訳が誤訳ではないかというもので、その合間に西洋本草学の蘊蓄が語られるという洒落たエッセイである。なお、管見の限りでは、現代におけるシェイクスピアの翻訳で林達夫の考察を取り入れているものは見たことがない。まあよく知らないのでいい加減ですが。

SHADESHADE 2017/06/15 05:03 http://slave-shade.tumblr.com/ 私のTumblrです^q^

obelisk2obelisk2 2017/06/15 09:25 おお、なかなか楽しいですな! ちょくちょく見せてもらいますね。

2017-06-06

『吉本隆明 江藤淳 全対話』

| 10:14 | 『吉本隆明 江藤淳 全対話』 - オベリスク備忘録(跡地) を含むブックマーク

晴。

尹伊桑のオーボエ協奏曲で、オーボエはハインツ・ホリガー、指揮はイヴァン・フィッシャー。独創的なすばらしい曲。演奏もまず申し分ない。

ブラームスのチェロ・ソナタ第二番 op.99 で、チェロはジャクリーヌ・デュ・プレ、ピアノはダニエル・バレンボイム。何だかバレンボイムのピアノ、おもちゃみたいな音だな。

内閣府が算出した「最悪のシナリオ」これが33年後の現実だ!(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(1/5)
このリンク先の記事を読んで、シロクマ先生が何かセンチメンタルなことを書いておられたが、僕はそれほど思うことはない。いまですら日本は終っているのだ(また書いてしまいました)、それにこんなことは既に散々言われてきたことではないか。しかし 33年後か。まだ自分は生きている可能性がないとはいえない。このような日本を目にする日が、いつか来るのかも知れない。一方で思うが、そうなればそうなるで、人間はその状態に必ず慣れるし、その中でつつましくも幸せに暮らしていける方法を編み出すだろう。その意味で、悲観していても仕方がないと思う。本当の問題は、そんなところにはないと思う。いちばんの問題は、人工的な刺激に反応するだけの人生が、つまりは人生の空疎さが、耐え難くなってくることではないか。若い人たちを見ていると、そう思う。彼ら彼女らがマンガやアニメやゲームに没頭し、You Tube やニコ動中毒になっているのは、それらしか人生の耐え難さを忘れさせてくれるものがないからだと思える。これもまた人間の自業自得だ。まあ、これこそが文明の進歩といえるのだろうが。

しかし有り体に言って、日本人はセックスがそんなに好きじゃなくなったんだよ。アニメとかゲームとかニコ動の方が、気楽でいいんだ。その気持ちはわかる気がする。

『吉本隆明 江藤淳 全対話』読了。感動して泣けそうでした、って相変わらずセンチメンタルですね。吉本さんはだいぶ読んできて好きなのだけれども、江藤淳はあまり読んだことがなかった。しかし、江藤淳もやはり大変えらい人ですね、ってこんな幼稚なことばかり言っている。二人の政治的立場はまったく逆方向だが、吉本さんへのインタビューで語られているとおり、認識にはそれほどのちがいはないし、お互いにリスペクトし合っているのがよくわかった。しかし、二人の死に様を知っているからそう思うのかも知れないが、江藤淳という人はじつにパセティックで真面目一本であり、それに比べれば吉本さんはずっとオプティミスティックだったと読んでいてつくづく思った。本書全体で、吉本さんが無意識にずっと江藤淳をいたわっているのは明らかで、またそういう対応を江藤淳は感謝していたような気がする。それにしても、「文学と非文学の倫理」(最後の対談)で、江藤淳が新しい世代にまったく期待しないと言っているのにはゾッとした。僕も似たようなことを書くけれど、僕はじつはひどくいい加減に言っているのに対し、江藤淳には恐ろしいまでの絶望しかない。江藤淳はテキトーな人ではあり得なかったのだ。この対談の最後の方で江藤淳は吉本さんと「話ができて本当に楽しかった」と何度も繰り返すのだけれど、こちらはフリーズしそうな気がする。これは江藤淳の気質なのだろうか。もっといい加減でもよかったのに。

なお、最後に収録された内田樹と源一郎さんの対談は、吉本さんと江藤淳の対談のあとに読むとクソとしか思えない。これは二人が悪いというよりは、やはり時代なのだと思う。何というか、すでに壊れている感じ。僕なんかもっとヒドいね。才能の差もそうだけれど、「文学と非文学の倫理」の当時、江藤淳は五十五歳なのだよね。僕はもうそうは遠くない年齢なのだが、自分のこのカスぶりは何なのだろうと思う。もうたいがいにしないといけない筈なのだが、何とも進歩しないものだ。

2017-05-03

伊藤比呂美『切腹考』

| 09:07 | 伊藤比呂美『切腹考』 - オベリスク備忘録(跡地) を含むブックマーク

休日(憲法記念日)。曇。

モーツァルトのディヴェルティメント ニ長調 K.136 で、指揮はユーディ・メニューイン。僕の好みとしてはテンポが速すぎるが、まあ好みの問題なのだろうな。

フォーレのレクイエム op.48 で、指揮はロバート・ショウ。この曲はもちろん名曲なのであるが、宮崎駿のアニメみたいなもので、自分が本当に好きなのかどうかよくわからないのである。いい曲だとは思うし、たぶん好きなのであろうが。この演奏は合唱の透明度が特に印象的。

ホームセンターでプランターを買ってくる。1186円なり。

ブラームスピアノ協奏曲第一番 op.15 で、ピアノはアルトゥール・ルービンシュタイン、指揮はベルナルト・ハイティンク。高齢のルービンシュタインの迫力に唖然。ハイティンクも好きな指揮者であることを確認する。

クラウディオ・アバドが指揮した、ウェーベルンの管弦楽集。既にアバドにとってはウェーベルンは特別なものでも何でもない。完全に古典になっているのを感じる。

本日撮影。憲法記念日だそうだで、色いろな意見をニュースブログで耳にした。僕の整理するところでは、改憲というのも様々な立場に分かれる。ひとつは国民の主権を制限し、国家の機能を強大にしようというもの。そんなことを言う人間がいるのかと思われるかもしれないが、近ごろの自民党内にはこういう発言をするバカが少なくない。もちろんこれは独裁国家の憲法にもまずあり得ないもので、言語道断の恥ずかしい発想である。この立場は無条件に却下できるが、本当に恥ずかしいものである。
 次は、軍隊である自衛隊存在が憲法第九条と矛盾するから、第九条を改正すべきであるというもの。この立場を取る人は最近は多く、おそらく国民のかなりの部分、おそらく三分の一くらいはそうで、特に若い世代に多い。これは憲法と現実の整合性を重要視するもので、その意味では合理的であろう。
 三番めは、現行憲法は基本的にアメリカ人の作ったものであり、アメリカからの真の独立は自主憲法の制定しかないというもの。これは自民党の「党是」でもあるし、この立場を取る人も少なくない。ただしあまり知られていないことだが、「自主憲法」の制定というからには現行憲法の全体をこれと置き換えるということを含意するけれども、それは現行憲法下では事実上無理である。現行憲法の規定では、その改定は各条文ごと(第九条であればそれだけ)に行われなければならず、ゆえにこの立場であれば現行憲法を停止するという「非合法措置」を取らねばならない。それは一種の「革命」になる。

 この第三番めの立場に関して、日本は現在アメリカの「属国」であるから、それから脱するには自主憲法の制定しかないという論理があり、自分は左翼系の論者でこのロジックを採用する人を見たことがある。ひとつ事実を確認しておけば、日本アメリカの属国であるのは、ふつうの人(?)が想像している以上にそうなのである。最近では鳩山首相のときに首相が日本アメリカ従属から(密かに)抜けだそうとして、すべての官僚に裏切られたという事実がある。鳩山元首相は、そのことを体験してみるまで知らなかったそうだ。また、以前書いた自分の「証明」(参照)も参考にされたい。日本の対米従属は骨絡みのものである。ただ、別にそれでもいいであろうという人もいるだろうし、実際にいまの自民党もアメリカの走狗であるから、自民党の党是もだいぶあやしくなってきたもので、おそらく自主憲法の制定にかこつけて、上の第一の立場を本音では採用していることになっている。そうでなければ、アメリカが対米自立としての改憲の立場を「許す」はずがない。

 ではお前の立場はどうであるのかと問われるであろう。僕はいま「売国奴」とも呼ばれきわめて評判の悪い「リベラル」に近い立場なので、一応「護憲派」といえるだろう。自主憲法制定でアメリカの属国から真剣に抜けたいという人たちには感銘を受けないでもないが、僕は自主憲法を制定しようがこの「属国化」からは当分抜け出せないと見る。ならば、バカどもに憲法を好きにさせるつもりはない。また、現実と憲法第九条の整合性を重要視して九条改正というのは、正直言ってどうでもいい感じ。国民のコンセンサスがあれば勝手にやったらいいだろう。ただ、九条を「改正」して「日本を戦争のできる国家にしたい」という人は、じつは結構いると思うし、それは自分は許容しない。

 僕は、国家は廃止できないにもかかわらず、邪悪な存在であると確信している(国家が我々の利益にならないというのではない。それゆえ、国家よりマシなものがないという意味で、国家は廃止できない)。楽観的に国家を信用する人間を信用しない。我々は、懐疑的に国家とつきあっていくしかない。それは「売国奴」であろうか?

 なお、付け加えておくが、現在日本を支配しているのは、ある意味で官僚である。政治家で対米従属している者も少なくないが、対米従属しているのはむしろ官僚の意識であるといえるかも知れない。国民には自らの対米従属をできるだけ意識させないようになっているし、アメリカもまたそれを強調しない。しかし、以上に書いたことは寝言ではないと確信している。しかしたぶん、官僚たちは何かあったらアメリカが必ず助けてくれるし、そうでなければならないと、素直に(何の根拠もなく)思い込んでいるのであろうな。ただ、フィリピンのような国でも(というのは失礼な言い方であるが)、対米従属から脱却して、対等なパートナー関係になったのだ。いや、フィリピンと日本ではアメリカにとっての重要度がちがうであろう(というのもフィリピンに失礼だが)という人もいるだろうけれども、日本並みにアメリカにとって重要であったドイツも、アメリカを激怒させつつも(本当にアメリカは怒ったのだ)、ねばり強く対米従属から脱却することを成し遂げたのだ。さすがはドイツ。

図書館から借りてきた、伊藤比呂美『切腹考』読了。母から廻してもらった本。読み終えたらしんみりしてしまった。本書の後半は死の匂いが充満している。阿部一族は討ち死にし、著者の高齢の夫は弱って介護が必要となり、著者はおしっことうんこ塗れになり、そしてその夫は死ぬ。しぼみ切った夫のペニスを尿瓶に誘導し、おしっこがなさけなくも間欠的にぴゅっ、ぴゅっと出るのも描写してある。著者はこのところ詩は書いていないが、いまだに詩人だ、すぐに万象の本質を洞察してしまう。ところで、著者の夫が死ぬのと、著者の日本におけるホームグラウンドである熊本の地震はほぼ同時だ。本書全体で著者のこだわっている鴎外であるが、その遺言や、鴎外訳のクライスト「チリの地震」を著者は思い出す。さても、著者は自分の敬愛する「野蛮人」(これは褒め言葉)であるが、著者がこれほど鴎外に拘泥する(それは、鴎外の妻や恋人たちに嫉妬するほどだ)とは、鴎外もまた「野蛮人」というか、近代以前の精神の古層をふんだんにもった人間であったのかも知れないと気づかされる。こんな風に独創的に鴎外を読み込まれると、こちらにまでその鴎外観が伝染してくるな。自分はもともと鴎外が好きだったが、このような観点から読み直してみるのもおもしろそうだ。なお、本書前半にはゲラゲラ笑えるところも多々あり、そういうところも自分は好きである。

切腹考

切腹考

2017-03-26

こともなし

| 15:44 | こともなし - オベリスク備忘録(跡地) を含むブックマーク

日曜日。雨。

統合。モスバーガードライブスルーで昼食。PC遊び。

ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第一番 op.12-1 で、ヴァイオリンはアンネ=ゾフィー・ムター、ピアノはランバート・オルキス。

僕は例の「森友学園」の騒動にはあまり興味がなく、ブログでも言及するつもりは元々なかったのだが、あるネット記事を見てどうも気になったのでそれだけリンクしておく。
財務省OBが見た、森友学園問題の本質と予測される「残念な展開」(?橋 洋一) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)→(2ページ目の魚拓
この記事を書いた高橋洋一氏は財務省OB で経済政策に精通していると見做され、いまの日本の良質な知識人たちからリスペクトされている経済学者である。僕が気になったのは、高橋氏が財務省のもし本当なら非常に悪質であるというべき行為(それが実際になされたかどうかはいまだわかっていない)に関して、これを「財務局(財務省)の事務ミス」と言っていることである。僕に政治はよくわからないが、高橋氏が仰っているとおり(もし事実なら)「官僚には許されざる行為」を、「事務ミス」と言うのが「政治的に正しい」ふるまいというものなのだろうか。エリートたちのやることは、まったくバカな庶民にはわからないことばかりである。このようなことを言っている自分などは、高橋氏から見ればきっと愚民なのだろう。まあ事実そうなのであるが。高橋氏は、たぶん政治家や官僚の「ウソ」など、政治の本質ではないと思っておられるのだろうな。なるほどというものである。こうして何もかもウヤムヤになっていくわけか。

なお、この記事は最初田中秀臣先生のブログで知った筈で、田中先生はこの記事に強く賛同しておられたように記憶しているが、いまこの記事を書くためにリンクを調べようとしたら、それらしい記述は見当たらなかった。僕の勘違いか、田中先生が削除したのかはいまとなってはよくわからない。

2017-03-07

佐々木幹郎『田舎の日曜日』

| 16:34 | 佐々木幹郎『田舎の日曜日』 - オベリスク備忘録(跡地) を含むブックマーク

曇。

昼から某所。帰りに雪が降ってきて驚く。

しかし、愛国教育とか言っている奴がああ明らかなウソばかりついていいのかね。教育勅語とやらに恥ずかしくないか。愛国で金儲け、で補助金ビジネス。まったく笑わせる。この国も終っているなあ。まあどうでもいいというか、本当はどうでもよくないけれど、もうどうでもいい。好きにしたらいい。

テレビ自衛隊のえらいさんだった大学の先生がおもしろいことを言っていた。北朝鮮が日本の米軍基地を標的にしていると発言したのを受けて、北朝鮮が日本に打ち込んだらアメリカがすぐに打ち返すから、それで北朝鮮は終わりなので、それはしないでしょうだって。まあそうかも知れないが、もしも仮に本当に打ち込んできたら、北朝鮮の前に日本が終っているのですけれど。呑気だなあ。まあこれもあまり興味はないけれど。いや、興味がなくていいのかな。でも、愚民である自分にどうせよというのだ。

どうして皆んなああエラそうなのかな。自分をエラいと思っている人がかくも世の中には遍在しているのだな。立派なものである。

図書館から借りてきた、佐々木幹郎『田舎の日曜日』読了。母から廻してもらった本。僕の好きな佐々木幹郎さんである。本書は『雨過ぎて雲破れるところ』の続編というべきか、シジンの山小屋生活の記録である。何というか、すばらしすぎて何も言えない感じ。山小屋生活と言ったって、孤独な隠者の日々とは正反対である。さまざまな人たちが集い、楽しむ、自由人たち(皆んなふつうの人たちだ)の田舎の交差路になっている。まさしく、これが生きるということではあるまいか。自分のような薄汚れた者にはまぶしすぎるが、心が洗われるような気がする。楽しいノンフィクションなのに、まるでフィクションのようにドラマティックでもあるし。本書には僕のあまり好かないある人物も出てくるし、そもそも佐々木さんの好きな中原中也は自分には理解不能なのであるが、本書を読んでいればすべて許すことができる。佐々木幹郎の散文は、彼はシジンだけれども、何か生命力の泉に触れているのを感じないではいられない。それにしても、僕はネットで佐々木幹郎について誰かが何か書いているのを殆ど見たことがないのだが、何なのだろう。たぶん自分が知らないだけなのだろうが。

田舎の日曜日――ツリーハウスという夢

田舎の日曜日――ツリーハウスという夢

シジンが引用している中では、田村隆一がさすがにすばらしいと思った。何でも文庫本の自分は(文庫本には滅多にならない慣習の)詩集はあまり持っていないので、田村隆一もそれほど多く読んではいない。まだ岩波文庫にはなっていなかったかな? 是非岩波文庫に入れるべき詩人であろう。

mathnbmathnb 2017/03/07 21:41 https://undergroundmathematics.org/quadratics/powerful-quads
    
     の 模倣犯 は Japan にも 存在しそう....
    
   https://undergroundmathematics.org/quadratics/powerful-quads/solution
    
    
    https://www.youtube.com/watch?v=inUBzjhaz7Y&list=RDinUBzjhaz7Y#t=30
    
    いつものように マク が 開き ; 問群
    
    f(x)=(x^2−7x+11)^(x^2−11x+30)
    
    函数 f の 導函数を 是非 求めよ;
    
    其れが零となる x を 求めたひとが 世界に存在するか 調査を!
    
    増減表を作成せよ;
    
   函数 f の グラフ を 伊達には 描かない と 
   
   いつものように 上から目線の 命令が 下されそう...
   
          具現をし グラフを どうぞ;
          
    
       ↑ やる冪か.


あんな 教育とやらを 幼児に.....(やるべきでない)

SHADESHADE 2017/03/08 08:57 田村隆一好きです(●´ω`●)
雪!?こっちは一枚薄着にしたというのに....

obelisk2obelisk2 2017/03/08 09:15 おお、そうですか。それは嬉しいですね。僕はそれほど田村隆一を読んでいるわけではないので、もっと読んでみたいと思っています。

そうなんです、雪なんですね。このところ暖かくなってきたのですが、昼過ぎからみるみる気温が下がって降り始めました。今日(8日)も寒いです。

2017-02-08

山口昌男国文学対談集『古典の詩学』

| 10:06 | 山口昌男国文学対談集『古典の詩学』 - オベリスク備忘録(跡地) を含むブックマーク

晴。

教育困難校に勤務してるけど、もう無理*1
まさにこのとおりなのだよなあ。本文に「日本、まずくない?」って増田がぽろっと漏らしているけれど、マジで日本マズいと思う。でも、いまのままだとどうしようもない。マジメな教師がつぶれていく構造になっている。どうしていまの子供たちがこんな風になっているのか? 答えは簡単、大人たちがクズだからだ。皆んな胸に手を当てて考えてごらん、自分はどうしようもないクズだよね? それが変わらないから、子供たちも社会も変わらない。それどころか、さらに悪化している気がする。自分も人のことはいえないから、多少でもマシになれるように心がけたいと思っている。それしかない。

自分がこれまで生きてきて知っている同年輩の人間は、頭はよくても、悪い意味で「親になったらどういう子育てをするのだろう」と思わせられる奴らばかりだった。たぶん自分もそうなのだろうから、子供がいないだけ幸いなのかも知れない。案の定、彼ら彼女らが親になって、予想どおりということになっている。

何だか突飛な連想だけれど、吉本さんがなつかしい。あの人のすごいのは、あんなに頭がいいのにふつうの人で、きっちり子育てをしたということだ。あの子供さんたちを見るだけで、吉本さんがふつうに立派な(?)父親だったことがわかる。いや、本当は自分などにはわからないのだろうが、そんな気がする。

バッハのフランス組曲第一番 BWV812 で、アンドレイ・ガヴリーロフのピアノ。あまり趣味のいいバッハではないのだが、何故か定期的に聴きたくなってくる(自分のいまのスタンダードはペライアの録音である)。CD ももっているのですが、You Tube で聴いてみました。ガヴリーロフはピアノを弾かなくなっちゃったのかな。

音楽を聴く。■スカルラッティ:ソナタ K.130、K.131、K.132、K.133、K.134(スコット・ロス、参照)。K.132 はふつうこんな遅いテンポでは弾かれないと思うが、これまたこの遅さがすばらしい効果を挙げている。最後の部分など(本当は楽譜を上げて特定したいくらい)、感動的ではあるまいか。スコット・ロスのようなチェンバロ奏者は滅多に出ない。早世が惜しまれる。

春の先触れ、オオイヌフグリ。

昼から米屋。肉屋は休みだったのでイオンへ行ったのだが、豚ロースの安いのはいまひとつの感じだし、イオンに入っている柿安はバカみたいに高いしで困る。我々のような古くさい人間には、イオンの食品売り場って全然魅力がない。基本的に安かろう悪かろうだと思う。どうしてこんなに人が来ているかと思うのだが、ブランド力のせいだろうなあ。まあ好きにすればいいのだけれど、そのせいでまともな店が潰れるので、とばっちりを受けるのは我々のような貧乏人である。

いや、柿安の高い豚ロース、おいしゅうございました。まあこれでマズかったら悲惨である。くさしてごめんね。

図書館から借りてきた、山口昌男国文学対談集『古典の詩学』読了。冒頭の(あの小難しい)渡邊守章さんとの対談など、よくわからなくて戸惑ったが、まあわからないのはそうなのだけれど、守屋毅さんとのそれあたりからこちらも調子が出てきて、非常におもしろく読んだ。僕は山口昌男は結構読んでいて、いま本棚を覗いたら文庫新書でも 30冊くらいあって、知的ミーハー(死語)だったことがよくわかるけれども、久しぶりに山口昌男を読んでみて、これまで全然わかっていなかったのだなと我ながら呆れた。山口昌男は亡くなる前などは言っていることがいつも同じで、独創性が失われ気味だったように思う。それなどはこちらの勘違いなのかも知れないけれどそんな印象だったわけだが、本書を読んでみて、こういう真に知的な人はいまは本当に払底したなと痛感した。なんとも自分とはレヴェルがちがいすぎて、本書もたぶんあまりわかっていないのだと思う。山口さんが活躍していた頃は「知の冒険」などという言い方があって、山口さんが流行らせたのだと思うが、この人はまさしく「知の冒険家」だった。いまや「知の冒険」などと言っても失笑されるだけであろう。それにしても、山口昌男の名を聞かなくなったものである。ネットでも殆ど見かけたことがない。こんなことでいいのだろうかって、もうそういう話はやめましょう。それにしても何という博覧強記、「集合知」などと言っている間に、我々はバカになりましたね。山口昌男は確かに大学の先生ではあったが、アカデミズムでは考えることができないことをよくわかっておられたと思う。常に「知的越境」(死語)していた人だった。アカデミズムで可能なのはパズルを解くことだけで、考えることではないのですね。まあいまや、パズルを解くことが考えることだと思っている人が殆どだろう。考えるというのは、すべてを破壊し尽くしたところから始まるものです。それは大学ではできない。

古典の詩学―山口昌男国文学対談集

古典の詩学―山口昌男国文学対談集

とにかく我々がはっきりと認識しないといけないのは、人生に意味などない、人間はきわめて愚かである、しかし人生にはいいこともあるという事実である。これをしっかり理解しておいて、あとは楽観的にやることだ。これは他人にいうのではなく、まずは自分のためにいう。なかなかこれは行うにむずかしいのである。

エラそうに何についても意見はいうけれど、結局は他人事。悪いのは他人、でなければシステム。自分がそうだとはまったく思わない。

何についてでも意見=偏見をもっている。聞かれれば得々として答える。聞かれていなくても SNS で拡散させる。勉強とかはしないけれど、自分は何についてでも判断できると思っている。まちがっても自分がカスだとは思わない。自分の意見だというそれが、じつは他人の言葉なのだとは知らない。あたかも自分で考えだしたかのように思っている。

サウイフオトナニ、ジブンモナリタイ。

*1http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20170207224412
はてブコメント見てびびった。まともなコメントがほとんどない。なに皆んなその上から目線は。はてブコメントを見ていると荒涼としていて、まさに世界の終わりという感じがする。知ったかぶり増殖炉。

SHADESHADE 2017/02/09 08:04 はてブコメントは本当に酷いですよね(´・ω・`)

obelisk2obelisk2 2017/02/09 11:35 まあはてブは我々平凡人がどういう人間かを可視化するツールにはなっていますね。だから、ある意味でははてブそのものはあながち悪いものだとも言えない気もします。

2017-02-07

こともなし

| 08:11 | こともなし - オベリスク備忘録(跡地) を含むブックマーク

晴。

シューベルトの弦楽四重奏曲第十四番 D810 で、演奏はメリディアン・アンサンブルSQ。何だか第一ヴァイオリンが調子はずれに聴こえるのだけれど、気のせい?

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第六番 op.18-6 で、演奏はベルチャQ。

フランクのピアノ五重奏曲ヘ短調で、演奏はクリフォード・カーゾン+アマデウスQ。ちょっと強音がうるさい。

音楽を聴く。■バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第三番 BWV1006 (シュロモ・ミンツ、参照)。■スカルラッティ:ソナタ K.126、K.127、K.128、K.129 (スコット・ロス、参照)。

トランプは既に世界を大きく変えた。その政策によってではない。あの顔とあの発言、あのような者がアメリカ大統領であるというその衝撃によって、世界を大きく変えたのだ。毎日トップニュースはトランプである。そのこと自体が世界を大きく変えずにはいない。

誰も沖縄について何も言わない。沖縄の人だって日本人ではないのだろうか。きたないものは沖縄に押し付けておいて済むのだろうか。この偽善者たちめと、自分のことは棚に上げてつい分不相応なことを言いたくなってしまう。
 反トランプのアメリカにおけるデモは参加者が1000人でも詳しく報道される。しかし、沖縄におけるデモはまったく報道されない。これが日本なのだ。
 以前にも書いたがまた書く。沖縄こそが最前線なのだ。ここに日本の本質が現れている。こここそが日本のクリティカル・ポイントなのである。

まあ似合わないからエラそうなことを言うのは今日はここまでにしよう。偶然トランプがアメリカ大統領になった頃から(?)、あまり本が読めていない。たぶんエロサイトばかり見ているせいでもあるか。クズだな。まあもう少し読んだ方がいい気がする。本を読んでいないと面付きが悪くなる。

山口昌男を読む。早寝。

SHADESHADE 2017/02/07 21:19 オススメのエロサイトTOP10!とかね(笑)

obelisk2obelisk2 2017/02/08 09:39 エロって個人的なものだから、なかなかオススメってむずかしいですよね。でももうオジサンだから、あんまり元気がなくてこりゃイカンなあという感じかも(笑) (たぶん)若い人の超ハイセンスな Tumblr とかのエロには感心しきり。僕なんかはまだ昭和を引きずってます。

2017-01-18

こともなし

| 12:17 | こともなし - オベリスク備忘録(跡地) を含むブックマーク

晴。
昨晩(?)は明け方まで起きていたので、遅く起きてきても眠い。車で母を市民公園のところまで送っていき、ついでに昼食を取る。ひとりで外食するのは久しぶり。つけ麺「丸和」にて丸和つけ麺830円。眠かったけれどおいしかった(って何)。

RubyGem 'oekaki' のダウンロード数が 200を超える。別に全然大した数字でも何でもないが、まったく期待していなかったのでついうれしくて見てしまう。こういうのをアホという。

脳みそが爆発していたので、高校生たちの勉強を見ているのがいい息抜きになる。これもたぶんあと一年間だな。そのあと何か強制的に出かけるところ、ちょっと面倒でもあるところを作らないと。

しかし、センター試験対策は皆んな苦労している。いわゆる難関高校の優秀な生徒でも、センター試験を楽々解いていけるのはまずいなくて、センター試験って世間で思われているよりずっとむずかしいのだ。数学など、前にも書いたけれど時間が足らない。ホント、こんなことばかりやっていても仕様がない気もするのであり、自分存在意義を否定したくなる。自由に勉強できる生徒などまずいない。意外と、ドロップアウトしたり、わざわざ既存のレールから外れたような人生を歩んでいる人に、自由に勉強している人がいる。それはブログをやっていてもわかる。そういう人はお金がないのがふつうで、変な話だと思う。身を粉にして働いて、たくさんのお金を得ている人を否定するつもりはないし、何といってもそういう人が世間ではふつうとされるわけで、確かに立派な生き方といえばそうなのだろう。それはそうである。

いわゆる一流大学というところへ行っていちばんいいのは、学歴コンプレクスみたいなのからは開放されることかも知れない。ああいうところにどういう人間が集まるか、知っておくのは確かによいことなのであろう。まあどこへ行っても、人間なんて似たようなものなのではないか。どこへ行っても、まともなやつはまともだし、まともでないのはまともでない。それは絶対に確実だ。

いや、僕はアホですよ。受験勉強は多少できただけ。それ以外、何の特技もないと思う。世間知みたいなのもないし、人間関係にたぶん難がある。ふつうの人です、断るまでもないけれど。そんなのでも、ちょっと思うことがあったりするので、余計なことを書いてみた。

mathnb さんが射影幾何学関連の問題を出し続けておられるのもあって、そのうち先日の「まとめ」の続きを書こうと思う。僕は代数幾何学というのを少し誤解していて、射影幾何学の延長上にあるとは思ってもみなかった。あんまり高校数学と関係していないので、よく知らなかったのだが、なかなかおもしろいですね。mathnb さんはこのところ接線とか、漸近線の問題をよく出されているが、これも統一して考えられそうなのですね。しかし、代数幾何学というのは僕にはかなりむずかしいです。射影幾何学あたりで慣れるとよさそうだ。

そもそも僕は物理をやっていたのだが、もうすっかり錆びついている(笑)。だんだん数学脳になってきたのか。でも、学生の頃よりもっと「場の量子論」なんかは興味が出てきているのだが。一般相対性理論はプログラミングとも結びつけてみたいし。

mathnbmathnb 2017/01/18 23:22
多重 絡みで 検索すると
>多重債務者の地獄のような実態と末路|多重債務の解決法

     多重接線は異国のひとびとも;
http://mathpotd.blogspot.jp/2009/09/double-tangent-line.html

c; x^4 y-16 x^3+4 x^2 y+4 y=0 の 二重接線 T[j] を

先ず c の 双対曲線 c^★ を 求め;


其の特異点達を 求め

その内の 2つを 用い瞬時に T[j] を 求めて下さい;



他の特異点 を 用いたら c の 如何なる名の点[<--君の名は]

  に 於ける 接線が 獲られますか?
 
--------------- 以上 再掲 ----------------

4次曲線で 二重接線 を 求めたい ヒト 異国にも在り;

https://www.physicsforums.com/threads/finding-the-equation-of-a-bitangent-line-to-a-curve.868433/

此れへの 援助(国際)交際を し 双対の威力を示して下さい!^(2017)

   (●X JAPAN の 言明の解説を願います)

Dual curve を もとめれば 瞬時に 解けます。

http://themathkid.tumblr.com/post/30621307525/the-trott-curve-and-seven-of-its-bitangents-the

28 に ついて ↓ に 証明付の 記事を 追加 願います;
https://ja.wikipedia.org/wiki/28


つぎの またしても  4次曲線 c に ついて;

c;5 x^4-10 x^2 y^2+y^4+19=0

cの二重接線達を 双対曲線 c^★を求め 求めて図示をも願います;


cの漸近線達を 求めて下さい;


(斎次化( Homogenization;同次化 )し無限遠点で接していることを
示して下さい)

mathnbmathnb 2017/01/20 19:06
  昨日 測量される 方 の 後ろから 覗いた...
 
 [三角函数を どう使うのか とも 考え....]
 
 で 右下 の 最確値の 5択の試験 に いきついた;

http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/020/691/47/N000/000/006/148489060542808453179.gif
>出題者は,受験者をまどわすために,「ひっかけ」となるような
>選択肢をしばしば作成します。
[このような 5択問題は 創作が 容易なので せうか]

      これを 正直に 少女 A が
      
   ガウスの最小自(二)乗法の出発点の問題として ;
 
  c; y=6 (x-3045684)^2+4 (x-3045678)^2+10 (x-3045660)^2
  
  の 最小値を 微分學 を 用い 左↑の 如く解いた。
  
 今回の問題は ↑ の 京都大學の 問と 無関係でもない...
  「そんなのかんけーねー」とは 云いきれない,,,
 
 
 
 c の 双対曲線 c^★ を多様な発想で 求め 遊んでください;
 
 
       c^★ の 君の名は;__________
 
       双曲線なら 漸近線をも願います;
 
 
  
https://books.google.co.jp/books?id=N4NrwJ6bemoC&pg=PA106&lpg=PA106&dq=%E6%9C%80%E7%A2%BA%E5%80%A4%E3%81%A8%E3%81%AF&source=bl&ots=EK_uF3O8G-&sig=AiN03w0DX6yV9AChGoYHK3wPTa4&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwid74Kx6s_RAhXHzLwKHd2cBPY4FBDoAQgrMAM#v=onepage&q=%E6%9C%80%E7%A2%BA%E5%80%A4%E3%81%A8%E3%81%AF&f=false

https://books.google.co.jp/books?id=TuhKYN9_smcC&pg=PA80&dq=%E6%9C%80%E7%A2%BA%E5%80%A4%E3%81%A8%E3%81%AF&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwiD9bWxkdDRAhXCVbwKHb0QCrgQ6AEIOzAF#v=onepage&q=%E6%9C%80%E7%A2%BA%E5%80%A4%E3%81%A8%E3%81%AF&f=false

2017-01-12

川上未映子『ぜんぶの後に残るもの』

| 09:16 | 川上未映子『ぜんぶの後に残るもの』 - オベリスク備忘録(跡地) を含むブックマーク

晴。

音楽を聴く。■バッハ:フランス組曲第一番 BWV812、第二番 BWV813 (マレイ・ペライア、参照)。■スカルラッティ:ソナタ K.102、K.103、K.104、K.105、K.106、K.107、K.108、K.109、K.110、K.111、K.112 (スコット・ロス、参照)。K.106 あたりから、スカルラッティかスコット・ロスなのかはわからないが、ちょっと変化した感じがある。それにしても、スカルラッティからこれほど得るところが多いとは。

曇。時雨れる。昼から県営プール。行きに鵜飼い大橋で事故をやっていて、渋滞していた。追突みたい。プールは、寒いせいか水温が高くしてあって温かかった。

mathnb さんが

一体センター試験の問題作成者及び関係者は、ご自分で制限時間の中で実際に解いたことがあるのでしょうか?そして例え解けたとしても、これを満足できるものとお考えでしょうか?
受験生が昔に比べ、格段に増加しているとはいえ、採点をコンピュータ任せにしてしまう現行の試験は何か大切なものを見失い、多大なエネルギーを若い受験生に無理強いしている気がしてなりません。

これ(どこからの引用?)について何か意見を言えとのことですが。もちろん特に数学についてということでしょう。職業柄センター試験を解く(解かされる)経験があったのですが、時間内に満点を取る自信はないですね。時間が倍あればたぶん解けると思うのですが、あれだけの時間で満点を取るとなると、すべての問題を流れるように遅滞なく解いて、時間ギリギリというところではないでしょうか。正直言って、時間内で満点を取るのは問題作成者でも簡単ではないと思います。それにマークなので、答えの写し間違い(これは意外とよくあります)は 0点だし。受験生に負担だというのはそのとおりでしょう。

僕は受験勉強はわりと出来た方だったのですが、あれは一種の職人芸なので、伝承されるワザを知っているかどうかで随分とちがいます。そういうワザを伝授するのが予備校の類ですね。最近は高校もそんな風潮に適応しています。自分も仕事でそういう風潮を助長する輩ですね。慙愧の至りというべきでしょうか。

しかしまあそれよりも、大学を勉強するところにすべきでしょうね。いや、今の学生たちはマジメで、大学でも高校のときと同じように先生のいうとおりしっかり勉強するのですが、それも高校のときと同じでテクニックを身に付けているのです。勉強なんて自分でするものなので、大学側のやるべきは、学生が猛勉しようが遊んでいようが、全部単位なんて出してしまうことだと思いますね(暴言)。でなければ、アメリカでのように、誰でも受け入れるけれど勉強の適性のない奴は卒業させないようにするか。そのいずれががベストだと思うのですが、日本ではもはやどちらも永遠に無理でしょう。

それから、アメリカの大学は一度ドロップアウトしても何度でも戻れるのですよね。実際、若い時に休学して十何年も経ってから復学するなんてのはザラだそうです。日本ではあり得ませんね。

数学が好きか? それは自分でもわからないですね。ただ、何にせよわかると楽しい、できるとうれしいということはありますね。僕は知っていることは少ないので、知らない広大な世界を見てみたいという気はあります。そのために例えば外国へ行くという手もあるだろうし、あるいはふとんの中で数式をいじっていてもいいわけでしょう。

散歩してドラッグストアに寄る。あんまり安いので笑えてくるくらい。今度 9円の焼きそばを食ってみるかな。9円のうどんでもいいけれど。

図書館から借りてきた、川上未映子『ぜんぶの後に残るもの』読了。雑誌のコラムをまとめたもの。こういうことを言われるのはもしかしたら腹が立つのかもしれないのだが、いい意味でいうので。僕はこの人は変人だと思うのだが、その変なところがとってもキュートだ。「変人」というのはよくないので、独特の感性をもっているというべきかも知れない。で、その「変さ」がゆるやかに哲学の方向へ向かって行ったり、あるいは爆笑(関西人!)の方向へ行ったりと、そのあたりもやっぱり変っている。この人に与えられる爆笑は、同じ関西人でも町田康とはどこかちがうね。町田康は天才だが、川上未映子はナチュラルというか、天然なのだな。こんなに笑えるのに、写真で見ると鋭い感じの美人で、それも納得できたりする。僕と同い年の阿部和重の奥さんになっているのだが、阿部和重うらやましいっす。というのは冗談だけれども、この人は詩はいまではあまり書かないようだが、資質としては詩人に近いのだろうな。どこか自分にはわからない遠くから言葉が湧き上がってくるのを感ずる。

ぜんぶの後に残るもの

ぜんぶの後に残るもの

SHADESHADE 2017/01/13 00:39 変人大好きです。彼女は元々ミュージシャンですしね。町田さんなんてパンクだし。確かに言われてみると詩人という感じがします。

obelisk2obelisk2 2017/01/13 00:51 おお、そうだった、町田康も川上未映子もミュージシャンですね。僕は、川上未映子みたいな人を才能がある人だと言いたいです。つまり、他の人が感受することのできないものを、感じることができるという。存在するだけで痛いというのが伝わってくるようです。そして、才能は人を(一時的にせよ)幸福にするということ。

mathnbmathnb 2017/01/14 17:23 多重事故?

多重 絡みで 検索すると
>多重債務者の地獄のような実態と末路|多重債務の解決法

     多重接線は異国のひとびとも;
http://mathpotd.blogspot.jp/2009/09/double-tangent-line.html

c; x^4 y-16 x^3+4 x^2 y+4 y=0 の 二重接線 T[j] を

先ず c の 双対曲線 c^★ を 求め;


其の特異点達を 求め

その内の 2つを 用い瞬時に T[j] を 求めて下さい;



他の特異点 を 用いたら c の 如何なる名の点[<--君の名は]

  に 於ける 接線が 獲られますか?

https://www.youtube.com/watch?v=CN1eolR7Q5A

2017-01-08

「コンウェイのライフゲーム」を Ruby で簡単に実装

| 06:54 | 「コンウェイのライフゲーム」を Ruby で簡単に実装 - オベリスク備忘録(跡地) を含むブックマーク

日曜日。曇。
早起き。

音楽を聴く。■バッハ:フランス組曲第六番 BWV817(マレイ・ペライア、参照)。■シューマン:交響曲第三番 op.97 (ゲオルグ・ショルティ参照)。この曲本当に好きだな。ショルティは引き締まったいい演奏。ウィーン・フィルとはとても思えない(シカゴ響だとばかり思っていた)。もう少しテンポが遅くてもよかったけれどね(33分!)。■ボロディン:序曲「イーゴリ公」、歌劇「イーゴリ公」から (ゲオルグ・ショルティ、エドワード・ダウンズ)。ボロディンはいい作曲家だな。もっと聴いてしかるべき。■ボロディン:遥か祖国の岸辺を求めて(ニコライ・ギャウロフ)。

昼から雨。米屋。肉屋。

内田樹がブログに「ル・モンド」の記事を翻訳して載せている。これはどうでもいいものであるが、「ル・モンド」の記事の中に、「靖国神社は日本の戦争犯罪者を祀った神社である」という文章がある。先に断っておくが、僕は左翼親和性の人間である。しかし、「戦争犯罪者」とは何であるか。極東軍事裁判によって「戦争犯罪者」とされたというのなら、かなり滑稽な話である。あれは戦争の勝者による敗者への一方的な「処罰」「断罪」であって、「裁判」などではないことははっきりとしている。戦争行為そのものが「犯罪的」であるとすれば、大規模な空襲によって多数の民間人を高高度から一方的に殺戮したアメリカ軍のやったことも、「犯罪」に他ならない。「ル・モンド」はいわゆるクオリティ・ペーパーであろうが、その認識ですらこんなものであるとは笑わせる。

そもその昭和の戦争は、一部のバカな政治家や軍人だけが勝手に引き起こしたものではない。そもそも戦争が終わるまで選挙はふつうに行われてきたし、民衆でも少なからぬ人間が戦争を欲し、それに積極的に賛成したということがわかっている。軍の暴走も、メディアの多くは賞賛したのだ。それが事実である。

思えば、日本の民衆は日露戦争からずっとイケイケであった。昭和の戦争でこっぴどく敗北したがために、皆んな戦争が嫌になったのである。民衆が平和を希望するというのは、必ずしも当り前のことではない。それくらい人間は愚かなのだ。

「コンウェイのライフゲーム」を実装してみました。前からやってみたかったのだよね。
コンウェイのライフゲームを Ruby で実装してみた - Camera Obscura

2016-12-10

こともなし

| 09:58 | こともなし - オベリスク備忘録(跡地) を含むブックマーク

晴。

音楽を聴く。■マーラー:子供の不思議な角笛(ジェシー・ノーマン、ジョン・シャーリー=カーク、ベルナルト・ハイティンク、参照)。■スカルラッティ:ソナタ K.38、K.39、K.40、K.41、K.42、K.43 (スコット・ロス、参照)。すばらしくも美しいチェンバロ。■フンメル:オーボエと管弦楽のための序奏、主題と変奏 op.102 (ラヨシュ・レンチェス、ネヴィル・マリナー、参照)。マイナーだが、悪くないのだよね、これが。

昼から一日仕事。夕食をとりながらブラタモリを見る。今日は平泉。笑いつつ知らぬ間にすごく勉強している。毎回思うが、地学がこんなに楽しい学問だとは。一生東北地方の地質を研究してきた東北大学の先生とか、そういう一生も悪くないと本当に思う。どこかですれちがってしまったなあ。

ダニエル・C・デネットを読む。まだ読みかけであるが、少しだけ書く。彼は心について語る人気のある哲学者であり、ネットでも推奨記事を至るところに見ることができる。確かに、僕もお勧めしておこう。けれども、僕はデネットにはまったく興奮させられない。正直言って、ただの哲学的おしゃべりにすぎないと思う。こんな風に感じるのは完全な少数派であろう。内容は僕には下らないが、どうしてなのだろうと思いながら読んでいた。そうしたら、ある程度読んだらわかった。デネットはこう書いている。「(引用者注:物質と精神の)二元論や生気論は、錬金術や占星術とともに、すでに歴史のごみ捨て場に葬られている」と。ここなのだ。大多数の読者にはデネットの主張が当然で、特にこの一部分に立ち止まる人はまずいないだろう。すなわち、唯物論こそが科学的に当然の考え方であると。しかし何ということ、僕は必ずしも唯物論を採らないのである。というか、唯物論と唯心論と二元論のどれが正しいか、自分にはわからないのであり、一応、暫定的二元論者なのである。唯物論者に聞こう。人が死ぬ直前と死んだ直後で、その人の状態は唯物論的にどうちがうのか。死という「不可逆的過程」はどうして引き起こされるのか。自分には、人体の物質的状態は臨終の前後でまったく変わらないとしか思えない。死を合理化しうる唯物論的説明と、人体から「魂が抜ける」という二元論的説明と、どちらが「真理」なのか。まあしかし、度し難い非科学的人間として非難されそうなので、このくらいにしておこう。
 ちなみに、犬に心があってバクテリアにはないというデネットの主張は、何を根拠とするのか? 僕は、そのような説明は「科学的に」一貫していないと思う。そのようなデネットの主張は、合理的でないただの思い込みなのではなかろうか。

僕は自分の家の猫が死んだとき、臨終の瞬間がはっきりとわかった。ああ、いま死んだのだと。あれを物理的過程として示すのは、非常な困難をおぼえる。迷信的思考であろうか。

僕はまた、脳の物理的状態と精神の間に深い関係があることを認める。ゆえに、薬物が精神に作用することも認める。それが二元論と矛盾しないのは明らかだと思う。

僕が信じられないのは、この本の内容を生み出したのがデネットの「魂」ではなく、オートマティックな唯物論的過程であるという考え方なのだ。デネット自身はそれをどう思っているのだろう。ただしそれは、機械にこの本とまったく同じ中身の本が書けないということを意味するわけではない。そこのところの微妙なちがい、おわかりだろうか? 僕が言いたいのは、機械と人間の「魂」がたとえまったく同一物を生み出しても、それには別々の説明が可能であるということである。それだけのことだ。たとえば現在の AI は分野によっては人間と同等(以上)なことが可能なくらい進歩しているが、それはじつは人間の脳のシミュレートによって可能になったのではない。それとはかなりちがう数学モデルであり、ニューロンモデルは(いまのところ)それほど有効ではないのである。将来はわからないが。

人間の精神は完全に必然的であり、同時に完全に自由である。それがコンピュータにシミュレート可能であれば、僕はコンピュータが「精神」をもっていると認めよう。そして「唯物論者」になるだろう。

えらく長くなったが、もう少し。ここまでとは少々ちがう話である。デネットに言わせると原初人は例えば「望みどおりに雨を降らせてくれたお返しに、雲はなにを欲しがっているのか」というような思考をするとされる。それは確かにそうであるが、デネットがもしかしたらわかっていないのは、原初人がそう考えるのは言語のいわゆる「比喩」の機能によるものであり、これはあらゆる言語活動において「作動」しているもので、その点に関しては科学もまったく同じだということなのである。科学もまた完全に「比喩の体系」なのであり、その意味で「神話的」なのだ。原初人と現代人で、脳の働き方にはまったく何のちがいもないことは強調されるべきである。それは二〇世紀の言語理論が明らかにしたことである。

元の話題に戻って最後に。僕は比喩的に「心が壊れている」とでもいうべき人は知っているが、「心をもっていない」という人は知らない。人間は状況によってはわりと簡単に「狂う」が、「心がなくなる」ことはない。これは重要ではあるまいか。

mathnbmathnb 2016/12/10 11:09 > 前の記事で3変数の場合の一次不定方程式を、
>2変数の場合に帰着させる方法で解いてみました。
>今回はn変数の一次不定方程式を解くプログラムを作成しました。
>まず拡張ユークリッドアルゴリズムを読み込みます。

で 一次不定方程式 を 卒業したので お次は 二次と ;

http://d.hatena.ne.jp/jurupapa/20111023/1319393183
      に WEB を 徘徊し 邂逅しました。
      ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 私だけかも知れませんが 
      
3変数の場合の一次不定方程式と聴くや否や ●超平面上の格子点。

2変数の場合の二次不定方程式と聴くや否や ●二次曲線上の格子点。
( 焦点が一つの放物線,漸近線が在る双曲線,楕円の哲學らしい楕円..)

が 瞬時に脳裏をカスメ代数曲線を考査察セズニハイラレナイ 悪癖が在る。

     https://www.youtube.com/watch?v=TFa3HIpQehM

[私は6月KARA10月はじめまで 投稿内容を推敲しながら海等 屋外で遊泳]

-2000 + (1 - m + n) (m + n)=0は双曲線で ならば ■漸近線がアル
と求め;(1 - m + n) (m + n)=0 此れを用いて 双曲線を表示可能で;

     (1 - m + n)*(m + n)=2^4*5^3 ■。
         
{(1 - m + n)=2^4, (m + n)=5^3 kara (m,n)=(55,70) と シコシコ

      2超平面の交点を求め 不要なのを 棄てる。

流行の設問の仕方;-2000 + (1 - m + n) (m + n)=0の自然数解を求めよ.
-------------------------------------------------------------------

流行の設問の仕方;36 x^2+8 x y+14 x-19 y^2-14 y+14=0の整数解を求めよ.

 c ; 36 x^2+8 x y+14 x-19 y^2-14 y+14=0
 
 は 双曲線であるという. ならば ■漸近線がアル。
 
    ↑に 倣い 漸近線を素早く求め
  其れを用い c を表示願います;
 
  ( )*( )=____ ■。
 
  これより c上の格子点を求めようと ▲ 悩んで下さい ;
 
 
  どんな発想でも構いません,
 
  c上の格子点を全て求めて下さい!^(2016) ;
 
 
 
  [[私には 悪癖がアル;方程式 f(x,y,z)=0 とキタラ 図形。
 
 図形と方程式、男と女、死と葬式(は必ずしも結びつかない)]]
 
 
 c の 双対曲線 c^★ 上の格子点を 全て求めて下さい! ;

mathnbmathnb 2016/12/10 11:10
日付け が ホット な 質問に 邂逅しました;

http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/020/691/47/N000/000/006/148133461489126709179.gif


図の 赤円 c[j] 達の 方程式 と 媒介変数表示を 願います;


各 c[j] の 双対曲線c[j]^★ を ● 多様な発想で 求めて下さい;


[[ 飯高先生の講義を受講したフリをし 講義内容に沿い 双対化]];

http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/020/691/47/N000/000/005/146893112567024046180.gif  <----- 一つの 発想。





各 c[j]^★ の 名前を 理由を付し 暴き,

格子点達 c[j]^★∩Z^2 を 是非求めてください。

入試で流行の言葉で云うと 「整数解を求めよ」(と上から目線の命令形)

abagbbg5abagbbg5 2016/12/10 15:36 名前:β 日付:2016/12/9(金) 23:29

放物線C:y=x^2−4x+3上の点P(0,3)、Q(6,15)における接線を、それぞれl,mとする。この2つの接線と放物線で囲まれた図形の面積Sを求めよ。
よろしくお願いします ♀ <---日付け は ホット だが........
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

          此れは 少女 a の 
    曽祖父 曾祖母 Great-grandmother
https://www.google.co.jp/search?q=Great-grandmother&biw=1280&bih=535&tbm=isch&source=lnms&sa=X&ved=0ahUKEwjrnJX5--jQAhXFpZQKHaWlCM0Q_AUIBygC&dpr=1.5

     とも 「わしゃぁ- 若い頃 ガンバッテ 解いた」
     
      (1/2)*Det[{{3, -12}, {6, 12}}] -
Integrate[(2*x + 3) - (x^2 - 4*x + 3), {x, 0, 6}]=___.
           と のこと。
 
      (まだやってんのかっ! と 怒髪天)
  
http://furuhonkaitori.jp/wp/wp-content/uploads/2016/08/FullSizeRender1.jpg 

https://www.google.co.jp/search?q=%E5%8F%A4%E3%81%84%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88+%E7%A9%8D%E5%88%86&hl=ja&rlz=1T4GGNI_ja___JP534&biw=1280&bih=535&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwiCnMz3-OjQAhVCKJQKHZHOA_AQ_AUIBigB

   <-----読了された書籍群を拝見し

御存命中に 教授願いたかった が 手遅れ......



以下は 曽祖父 曾祖母とも 初体験 との こと;

  放物線C:y=x^2−4x+3 の 双対曲線 C^★

   は 2次曲線であることは自明でせうが
   
   真に 多様な発想で 求めて
   
   其の名を云い,双曲線なら当然 漸近線がアル。
   
   其れを Hint に C^★ 上の 格子点達を
   
 全て 是非 求めて 体験した 感想を記して下さい;
 
 
 
「C^★ は 有理曲線」は 自明でせうが 具現し
 
 其れを 用い  (C^★)^★=C を 証明願います;

ABC1979ABC1979 2016/12/10 15:37 よかったら見てください。

SHADESHADE 2016/12/11 04:53 スコット・ロスのスカルラッティがウチのお店に置いてあるのですが全然売れない(´・ω・`)自分が欲しいのですが、規則によりお店のCD買っちゃいけないんですよー。悲しい。。。

obelisk2obelisk2 2016/12/11 05:39 お店のCD、買えないのですか。そういえば僕は古本屋で長いことバイトをしていたことがあるのですが、バイト代が入るとその場で使っていました(笑) 店の人は格安にしてくれたのですけれども。

スコット・ロスのスカルラッティはまったくすばらしいです。中身を考えると、(少なくともネットでは)格安で買えるというべきでしょうし。スカルラッティが好きな人ならまずはお勧めできますね。

2016-11-15

湯川豊『星野道夫 風の行方を追って』

| 09:52 | 湯川豊『星野道夫 風の行方を追って』 - オベリスク備忘録(跡地) を含むブックマーク

晴。

シューベルトの「さすらい人」幻想曲。ピアノはジュリアス・カッチェン。そっけない演奏だけれど、自分にはフィットする。最後はさすがにちょっとテンポが速すぎて、弾き飛ばしている感もあるが。この曲、好きなのだよね。

ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第三十二番 op.111。ピアノはマリア・ジョアン・ピリス。ピリスはいつからこんな大ピアニストになったのだろうなあ。現代に大ピアニストは本当に少なくなってしまった。しかしアルゲリッチによ内田光子にせよ、女性ピアニストが多いな。

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第八番 op.59-2 で、演奏はバリリ四重奏団。コメントに「ちょっと遅すぎる」というのがあるけれど、まあそうではあるのだが、これはこれで説得力のある演奏だと思う。というか、力強くてすばらしい。バリリQは往年の名カルテットであり、やはりそれだけのことはある。もう少し他にも聴いてみたくなった。

ブログを読んでいて、いまの出版事情のきびしいという話。僕は特に驚かない。力のない人間たちが内輪褒めに終始している業界が、落ち目にならぬ筈がない。毒にも薬にもならない文章か、実力もないのにやたらエラそうな文章か。ブログでも読んでる方がまだマシと思うこともある。もっと毒を。

どの分野でも感じることだが、いまや才能と多少の努力だけでやっている人間しかいない。才能なんていうのは、所詮偶然であり、開花させるには努力も必要だが、それだけのことである。そして、才能だけでやっていける人間は、その分野で一世紀に数人くらいのものである。いまや、厳しい自己陶冶を経た人間がいないのだ。自分を崩壊させつくし、ゼロから出発しなければならないような人間が。じつにつまらぬことである。

ヌートリアに巻きかけの白菜を喰われた!!

このままでは畑の野菜が軒並みやられてしまうので、冬野菜のところだけ網で囲う。去年はやらなくて済んだが、今年はまた現れよった。まったく。

図書館から借りてきた、湯川豊『星野道夫 風の行方を追って』読了。なかなかいい本だと思う。特に第一部には惹かれた。僕は星野道夫という人はまったく知らず、先に評伝を読んでしまったことになるが、それも湯川豊という人の文章に興味をもったからである。先日は須賀敦子について書かれた本を読んだ。いずれも、いい文章で書かれている。本書第一部は、それだけで価値をもっていて、単なる評伝に留まるものではない。まるでフィクションのような作品性がある。そして、星野道夫という人を的確に描いているのではないかと想像された。写真家であり、物書きでもあり、冒険家でもある星野道夫という人の魅力がひしひしと伝わってきて、星野道夫の著作が読んでみたくなる。
 第二部は星野道夫著作集に収められた解題を集めたものである。特に第一部とちがっているところはなく、文体も見事なものであるが、自分はなぜか文章に入っていくことができなかった。これは自分でもまったく説明のつかないことなので、なにか自分がまちがっているのかも知れない。なお、須賀敦子について書かれた本を読んでも、本書を読んでも、基本的に僕は著者とは相容れないタイプの人間なのだと感じた。というか、著者のような人は、自分のようなタイプの人間を許容しないであろう。それでも、本書第一部には惹かれたと繰り返しておく。

星野道夫 風の行方を追って

星野道夫 風の行方を追って

本書によれば、星野道夫はアラスカ*1で就寝中にクマに襲われて亡くなったのだという。これは自分にかなり深い印象を与えた。星野道夫はナチュラリストとして自然に同化しきれずにクマに襲われたのか、それとも食い食われるの関係を自分の内部で消化しきって、自分の体をクマに与えたのか、どちらなのだろうと思った。これから星野道夫の著作を読むことがあれば、そのことを気にかけて読むような気がする。というのは、星野道夫という人は生と死の連続性という真実に、かなり迫っていたように本書からは読めるからである。ちょっと高岳親王を思い出させないでもないから。

*1:追記。これは誤りで、正しくはロシア・カムチャツカ半島。どうやら星野を襲ったクマは野生のそれではなく、人間に飼われて(餌付けされて)いたそれらしい。星野の死は犬死であったのか。

2016-11-13

「志政かかみの通信」というチラシ

| 08:54 | 「志政かかみの通信」というチラシ - オベリスク備忘録(跡地) を含むブックマーク

ちょっとおもしろいチラシが入っていたのでアップしておきます。いまの各務原市長は先年替わった新しい市長ですが、いかに志がないかよくわかります。普段から市議会議員って何をしているのだと思っていたので、これはちょっと気に入りました。岐阜県というのは非常に保守的な土地柄なので、こういうひとたちは少数派でもあり、市民にもほとんど認知されていないのではないでしょうか。共産党議員の活動は知っていましたが、それ以外にこういう人たち(三丸文也・杉山元則議員)が居るとは自分も知りませんでした。ちなみに、地方議会では基本的にどこでもオール与党なので、共産党議員が居なかったら終っています。

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志政かかみの - Facebook
上はフェイスブックへのリンク。しかし、どうしてフェイスブックは、アカウントをもっていない閲覧者のじゃまをするのか。まあそんなのはフェイスブックの勝手で、自分はフェイスブックのアカウントは消してしまったくらいでどうでもいいといえばそうなのだが、アカウントをもっていない者には使いにくいシステムではある。

by obelisk 2009-2017.