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オカリーナ、日々雑感

2011-09-30

オカリーナ、楽譜は音楽ではありません。

皆さんは、「レシピ」そのものが「料理」だとは思わないでしょう。
また、「デッサン」やさまざまな「技法」がそれだけで、
「絵画」ではないのと同様に、「楽譜」は「音楽」ではありません。

楽譜」は、何をどのように表現するかを再現するための
「レシピ」であり、「設計図」「地図」のようなものです。

楽譜」の書き方は、本当は自由にさまざまな方法があっても
いいものだと思うのですが、どうしたわけか、現代の音楽の世界では、
厳格にルールにのっとって、間違いのないように、
それはまるでコンピュータプログラミング
ようにこと細かく書かれているものが尊重されています。

時折、楽譜に書かれていないものは、「曖昧なもの」であり、
「意味のないもの」だと思われているような演奏を聴くことが
あります。

しかし、何より確かなものは、個性やアイデンティティであり、
じかに伝わる「音」そのものです。

決してそれは「曖昧なもの」でもないし、「意味のないもの」
でもないのです。そこを大切にしているかどうかというのは、
理屈ではなく、聞く人にダイレクトに伝わってきます。

楽譜は、「レシピ」ですから、何を準備すればいいか参考にしましょう。

楽譜は、「設計図」「地図」ですから、道に迷ったときに参考にしましょう。

楽譜に書かれていることは、本当に地図のようにおおざっぱ
なものでしかありません。

自分なりに解釈していただいてかまいません。まず、歌を歌いましょう。
はい。では、ご一緒に・・・。

2011-09-22

オカリーナ、綱渡りの息

オカリーナは、「支え」が必要な楽器です。

まず、「息」ですが、ストローをくわえてシャボン玉を作るくらいの
慎重な息が必要です。弱すぎると、ぼたぼたとせっけん液が垂れて、
シャボン玉が作れません。強すぎると、すぐに吹き飛んでしまいます。

ちょうどいい息というのは、どんな息でしょうか。

お腹に笑い顔を描いて、気付かれないくらいにそおーっと、
その顔が泣き顔になるようにするくらいの慎重さが必要です。

そおーっと、おなかを使うんです。
いわゆる腹式呼吸で間違いはありませんが、
トランペットのようにぎゅっと締める感じではありません。
オカリーナの場合は、体重測定のときにそっとおなかを引っ込める、
そんな感じでいいのです。

必要なのは、力ではなくて、慎重さです。

ある意味、オカリーナの音は、息の綱渡りなのです。

2011-06-09

オカリーナ、当てずっぽうでどんどん吹いてみよう

「楽器を吹く。」ということは、楽譜としっかり向きあって
真面目にきっちりひとつひとつやらなくっちゃいけない・・・。

なーんて、思っていませんか。

カラオケ屋さんに行くと、楽譜は置いてありません。
番号の付いた「タイトル本」しかありません。
あとは、歌詞が画面に出てくるだけ。

歌は楽譜を見なくても歌えるのに、どうしてオカリーナ
楽譜を見なくっちゃいけないんでしょうか。

「そりゃあ、ドレミがわかってないと吹けないから。」

そうでしょうか。

「ちょうちょ」を楽譜を見ないで吹けるか試したことが
ありますか。あれれ?そう。案外楽譜に頼らなくても
吹けるんです。「チューリップ」はどうですか。
小学校の時、リコーダーで、「ミ、ミ、ミーレミーファ
ソーソソーソミー」と遊んだことはありませんか。
「春の小川」は、ミソラソ〜♪、「たなばたさま」は、
レレソラ〜♪です。

「それぐらいだったら、簡単だから。」

実は、知っている曲だと、楽譜を見ないで吹くほうが
ラクで、楽譜を見ながら楽器を吹くというのは、かなり
高度な技術のいることなんです。楽譜を見ないで吹くことは
難しい、できないと思い込んでいる人が多いです。

コツを教えましょう。

「最初の音はな〜に?」です。

出だしの最初の音が問題なのです。低すぎてもダメ、
高すぎてもダメ、かんたんなドレミで演奏できる
最初の音を知っておけば、あとは、たいていの
曲は当てずっぽうで吹けます。特別な訓練は
必要ありません。

どんどん当てずっぽうで吹いてみましょう。

オカリーナ、息を吸うこと

皆さんは、ふだんは鼻で息を吸ったり、吐いたりしていると思います。
そうですよね。たいてい口は閉じています。いつも口を開けていると
ちょっと見た目が気になるかも知れません。

でも少し激しい運動をすると、息が足りなくなるので、口で吸ったり
吐いたりすることもあります。あるいは、鼻がつまっちゃったりした
ときなどは、これはどうしようもありません。

口で息をする、というのは、案外、意識しないとできないことなのかも
知れません。

口で息を吸うことに慣れていないと、ストローで飲み物を吸うように
口をすぼめて息を吸ってしまう人もいます。舌にも力が入るし、
何より、口の中の空間が狭くなってしまいます。

驚いたときに「はっ」と息を飲む。そういうイメージで息を吸います。

そうなんです。息を吸うというよりは、ざぶんと水を飲み込むように、
息が入ってくるのです。喉の奥の奥をじゅうぶんに広げて、
例えば、あくびをするときの喉の広がりをイメージしてください。
鼻でも息は入ってきます。鼻を止める必要はありません。
鼻も広げるようなつもりで、もうこの際、目の玉も飛び出るくらい
に目も広げましょう。額の辺りの毛穴も広げましょう。

あくまで、そういうイメージです。

口の中がじゅうぶんに広がって、喉も奥の奥まで広がると、
体から余分な力が抜けてきます。おなかの底まで、体の隅々まで
空気が充満してくるような感じです。

オカリーナを吹いていると、息を吐くことに意識が集中しがちです。
まず、息を吸うこと。この大切さを十分に理解してから
ゆっくりひとつひとつの長い音を味わってください。
体の隅々まで、その音の魅力を味わうことができるでしょう。

それから、息を吸うためにオカリーナを口から離さないでください。
少しゆるめるだけで、隙間からじゅうぶん息を吸うことができます。
下唇がべっこ(吹き口)を触ったままで息を吸いましょう。

2011-06-02

オカリーナ、センシビリティー

日本語の「感性」ということばは、曖昧なことばです。
感情的なものや、感覚的なこと、さらには情緒や感受性なども
意味することばでもあり、使われ方も様々です。

そのため「理性」とは、対極のイメージで使われることも多く、
「論理性」とは切り離されたものと見られがちです。

音楽にとっては、日本語の「感性」がさまざまに意味するところも
とても大事なのですが、はっきり区別して捉えたいのは
「センシビリティー(感性)」です。

ほんの僅かな違いなどを捉え、認識し、識別し、判断する能力、
そのセンサーが確かかどうかということが重要です。

音程の違い、強弱の違い、音に関する様々な違いを
はっきりと分かるものだけでなく、ほんの微弱な違いを
どう捉えるか、どう認識するのか、どう識別するのか。
そして、それをどう判断し、その次は、・・・。

その次は、何でしょうか。

それを自分の表現の一部として音にすることができるかどうかです。

「感性」ということばを「センシビリティー」として捉えたとき、
はっきり見えてくるのは、「理性」との関係です。
決して対極ではなく、密に関わって、表現に結びつくことが
わかります。

さて、あなたの「感性」は研ぎ澄まされていますか?

2011-05-14

オカリーナ、向かい合う指先

どんな楽器でも、演奏が上手な人の指先を見ていると、
見とれるくらいに美しく感じられます。

これは、スポーツにも通じることでしょう。
フォームが美しいと、記録も飛躍的に伸びるものです。

そんな風に見た目の美しさが、影響するものなのでしょうか。

ぼくの指は、太くて、ごつごつしています。
爪は変形して、いつもどこか、ひび割れています。
ギターを弾くので、左手の指先は角質化して硬くなっています。

それでもこんな手が、美しいと言われることがあります。
「美しい」というのは、もちろん当てはまらないでしょうが、
そう錯覚してしまうくらいに安定した指先の動きに
なっているのでしょう。

ほくが最初にお手本にしたのは、オカリーナ奏者本谷美加子さんの
指先でした。できるだけ早くにライブ会場に入り、
前の方に座って、指先に注目して見ていました。
もちろん、一人の女性としてもとても美しい人ですが、
その指先の美しさは今でも目に焼き付いています。

まず、彼女の凛として前を見つめる姿勢が素敵です。
オカリーナは微妙に角度を変えて音を探ることがありますが、
必要以上に姿勢まで変えて吹くことは好ましいことでは
ありません。

オカリーナを持つ、左手と右手の指先は、お互いが
向かい合う形になります。
指先が曲げられた柔らかい角度と向かい合う指先に
よって、丸みのある空間が手のひらの中に生まれます。

その丸みのある空間の中にぽっかりとオカリーナ
浮かんでいるような感じです。

オカリーナを持つ前に、この指先の形をまねてみましょう。
祈りを捧げるように、両手の指を交互にからみ合わせて
みてください。

その両手の手のひらの中に丸い空間が生まれるくらいに、
そのまま少しずつ離していきます。

この丸みを帯びた空間が、オカリーナの音色を作り出すのです。

さあ、オカリーナを持って、同じように美しい指先で
その丸みのある空間に息をそっと吹きこんでみてください。