『不夜城』

馳星周の『不夜城』が刊行されたのは1996年。バブルがはじけ、当初は数年のうちに持ち直して、空前の好景気再びということはなくても、ほどほどの適正値に落ち着くだろうと(期待を込めて)思っていたけれど、どうやらそうはいかないらしいと誰もが気づき始めたころです。

人生の天気予報は曇り、それも鉛色の分厚い雲に頭上を覆われた曇り空。そして、晴れる気配は微塵もなし。

衣食足りて礼節を知る。ならば、衣食が足りなくなれば礼節も消え失せるのが物の道理です。そうして、人々がまとっていた礼儀や嗜みといったものは徐々に剥ぎ取られていきました。

結果、現れたのはエゴイズムの自己正当化です。

小説は、まず同時代の読者に読まれます。『不夜城』が、その主人公の劉健一の生き方が読者に受け入れられたのと、その時代とは無縁ではありません。

身も蓋もなく、我が身を第一に考える。でも、そこに、そうやって生きることしか出来ない彼の哀しみを見るからこそ、読者は熱い視線を注いだのではないでしょうか。ああ、ここにいるのは自分だと。

不夜城 (角川文庫)

不夜城 (角川文庫)