小田中直樹〈たまに〉仙台ドタバタ記

2016-07-10

カンファだ!! 選挙だ!!

ドイツ・ボーフムのカンファを終え、その足で=カンファ会場からデュッセルドルフ空港に直行して夜のフライトで帰国したところだ……が、これもすべて参議院選挙で投票するためである(ウソ=期日前投票済み)。

ちなみにカンファについては岡本充弘さんのブログをご高覧されたし。3日間で20本近いトークを(それも苦手な英語で)聞くことになったし、なによりも現地滞在たったの72時間だし、成田にたどり着いて、すでにヘロヘロ(すぎて、2日目の夜のレセプションはパスしてホテルで寝落ちしたが、ぼくより年長の岡本さんは余裕で出席……タフだ)。でも、ビジネスマンの皆さんは、きっとこんな日々を送っているんだろうなあ。


さて、諸君、選挙に行きたまえ。

2016-07-01

日韓歴史家会議

日韓歴史家会議であるが、11月5日と6日に、東京のどこか(まだ連絡が来てないので、ぼくも知らない)で開催される予定である。ちなみにプログラムは以下のとおり。


全体テーマ:現代社会と歴史学

(1)第一セッション:大学での人文学と歴史学

  • 小田中直樹(東北大学):ケアリングとしての歴史学へ――「歴史学の社会的有効性」問題に寄せて
  • 金基鳳(京畿大学):人工知能時代、Historia Quovadis

(2)第二セッション

  • 桃木至朗(大阪大学):アジアを正当に位置づけ自国史を完全に組み込んだ世界史を目ざして
  • 柳病戞淵愁Ε訛膤悄法方法としての地域史と東アジア史の可能性

(3)第三セッション

  • 久留島浩(国立歴史民俗博物館):博物館における歴史展示の可能性――歴史的共感能力を鍛えるために
  • 金澔(京仁教育大学):正祖毒殺説――歴史と小説の境界

ずいぶんと先の話だが、韓国/朝鮮語に翻訳する関係上、トークのペーパーを7月末に出す必要があるだろうといわれていた。そんなわけで、ぼくのトーク「ケアリングとしての歴史学へ―〈歴史学の社会的有用性〉問題に寄せて」のペーパーはこちら[PDF format]からご笑覧されたし。一年も半分すぎて、まあ「相変わらず」ではある……が、カウンターパートであるキムさんのタイトル「人工知能時代、historia Quovadis」には、負けた。


勝ち負けはともかくとして、これで、不良債務化しつつあった債務をすべて返した。この半年で、カンファのペーパーを3本(日本語1本、英語2本)、活字になる予定のペーパーを2本(日本語1本、フランス語1本)書いたことになる。疲れたよパトラッシュ……と眠りにつきたいところだが、いよいよ真打・経済史の教科書が待っている。なぁぁぁぁぁんにも準備していないのに、ホントに来年3月に書きあがっているのだろうか。われながら心配は尽きない。


ま、そんなわけで、しばらくは、新しい仕事は一切引受けないことにする。じゃなくて、加齢のため、引受けられないにちがいない。

2016-06-28

ドイツだ!!

日韓歴史家会議のトーク用のドラフトを殴り書きあげたと思ったら、もう来週はドイツではないか。30年ぶりのドイツで、30分一本勝負(トーク10分、質疑応答20分)。

それにしても、もう今年も半分終わる。は、は、早すぎるぞ、時間たつのが。


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2016-06-05

業務報告(のみ)。

【6月10日追記】

邦文ペーパー、本日、四百字42枚弱で完了。50枚という話だったが、ま、こんなもんでいいだろう。編者に送信して納品し、一件落着である。

次は、多分、日韓歴史家会議用のペーパー「ケアリングとしての歴史学へ」(仮題、7月末締切)ということになるような気がするのだが。

多分。


【6月8日追記】

仏文ペーパーは、さきほど校正があがってきたので、チェックして先方に納品し、これで万事完了。あとは「オッケー」が出るのを祈るのみ。頼んだぞピエール=ジョアン、きみだけが頼りだ。

邦文ペーパーは、快調に(?)書きなぐる毎日。それにしても筆が荒れるなあ、モチベーションが低いと。


【本文】

6月末締切の仏文ペーパー"Cinquante ans d'un quartier montpellierain : Le Petit Bard, 1960-2010"を書上げて仏文校正に出す週末。校正から返ってきたら最終チェックして投稿ということで、どうにか間に合いそうだ。


おお、やれば出来るじゃないか、自分!!


さて、次は、同じく6月末締切の邦文ペーパー「現代フランスにおける〈都市問題〉の語りかた:エロー県モンペリエ市セヴェンヌ地区の事例」が待ちかまえている。当然ながら(というか、諸般の事情でいまいちノリきれないところがあり、それゆえ)まだ一文字も書いていない、どころか構成すら考えていない、どころかリサーチすらろくに、というよりもぜーんぜん進んでいないのだが……うーむ、はて、さて、これって。

2016-05-16

おしごと、ひとつ終了。

ゴールデンウィーク前半の全身全霊(大げさ)を捧げた「歴史叙述ワークショップ」(ドイツ・ボーフム、7月7-9日)用の拙文"History Regimes in High School World History Textbooks in Contemporary Japan"(東北大学TERGディスカッション・ペーパー350、2016)[PDF Format]が英文校正から戻ってきたので、ご覧に供したい。ある高校世界史教科書の初版(1973)と第3版(2014)を「時間の構造」、「空間の構造」、そして「具体的な叙述のスタイル」について比較し、見出された異同を史学史のなかに位置づけるという「会心の内野安打」である。もちろんフランソワ・アルトーグ「歴史の体制」論を援用したことは、いうまでもないだろう。


それにして英文校正、例によって修正で真っ赤……えーい、英語なんかキライだ(頭韻踏んでます)。

2016-05-05

一難去って、また(さらにデカい)一難。

ぼくらの業界では「黄金週間」と書いて「じぶんのしごとのかきいれどき」と読むことになっているのだが、ことしはチョー「かきいれどき」となった黄金週間前半戦。気づいたら、はやくも後半戦である。

せっかく先月末にソウルで『国民を書く(Writing the Nation)』シリーズ書評フォーラムがあり、出ばってトークして一難去ったはずだというのに、なんでこうなったのか? じつは、さらにデカい一難が降ってきたのである。

  • ソウルで再会したシュテファン・バーガー(ドイツ、ルール大学ボーフム校)から、仙台に戻る日の朝に「7月初めにボーフムで歴史叙述関連のワークショップやるから、トークしに来ないか?」というメールが届いたのが、そもそもの始まり。
  • 6月末締切の「ホームグラウンド」=現代フランス都市史関連のペーパーを書かにゃならんので、他のことに気を回す余裕はないのだが、添付されていたプログラムを見ると、ひとりあたり質疑込みで30分と大したこともなさそうだし、たまには本場のビールとソーセージとジャガイモを試すのも悪くないだろうし、バーガーいいやつだし業界の大物だし、と軽く判断してオッケーしたのが、運のつき。
  • そもそも、この手の話には、だんだん話がデカくなる「三段スライド方式」((c)小田中直樹、ちなみに、ぼくらの世代には懐かしい「伊東に行くならハトヤ」は「三段逆スライド方式」)が付き物である。そんなわけで、若干の不安を抱いていたところ、オッケー後に届いたRA(リサーチ・アシスタント、研究補助学生)のピアからのメールを見て、ビンゴ!!
  • なんと、事前に4000-6000ワードの英文ペーパーを準備して送付すること、とある。しかも、さすが几帳面なドイツ人らしく、脚注と文献リストの形式(アメリカ心理学会スタイル、だと)まで指定されているという丁寧さ。出版でも念頭に置いてんのか?
  • さらに、ペーパーの締切が6月1日とは、オー・マイ・ガッ!! 聞いてねーぞ。
  • 判断力に欠ける我が身を呪いつつ、しかし、ここまでくると、いまさらあとには引き下がれないではないか(引き下がりたいけど)。
  • そんなわけで、4月29日に黄金週間(じぶんのしごとのかきいれどき)に入るや否や、号砲一発、一日500ワードをノルマとして、旧ソ連の社会主義労働英雄よろしくペーパーを殴り書く日々が始まったのであった。まさにゲルマン魂である(違うか)。
  • 朝一番に書きはじめ、昼すぎにその日の分を書きおえると、もう頭が完全なガス欠状態で、まったく働かなくなる。しかたないので昼酒から昼寝、そのまま夜寝、というパターン。当然、顔は仏頂面、態度はけんか腰、周囲はピリピリである。
  • し・か・し。正義は必ず勝つ!! 
  • なんと5日間で4500ワード書上げ(でっちあげ、ともいうが)、昨日、推敲してから、無事、英文校正に出したのであった。いちにちへいきん900わーどってすごい、こんなじぶんをほめてあげたいとおもいます。

これで今日から晴れてホントの黄金週間(じぶんのしごとのかきいれどき)、胸を張って現代フランス都市史に戻れることになった……が、はっきり言って、頭はヘロヘロである。できれば温泉にでも行って命の洗濯をしたいのだが、ホント。

ちなみに肝心のボーフムは、ぼくの勤務先が(当然)まだ授業期間中ということもあり、成田・デュッセルドルフ経由で3泊5日。ワークショップは3日間なので、どう考えても、きっと「逃げ場なし、休みなし」の日々となることであらう。

2016-05-04

マトモな新聞記事に出会うということ。

最近なかなかマトモな新聞記事に出会わないのだが、仙台の地元紙『河北新報』の5月1日付朝刊に載った熊本地震関連の記事「二つの被災地つなぐ使命胸に」は、心を打つ文章だった。

  • 河添記者グッジョブ――面識ないけど。
  • 『河北新報』も捨てたもんじゃないんだねパトラッシュ、ぼくは知らなかったよ――上から目線。
  • でもぼくは、2014年夏のイタイ「柏葉竜記者」経験があるから、それ以来『河北新報』は基本的に取材拒否だけどね、うん――関係なし。

ま、どうでもいい柏葉竜記者はどうでもいいので措いといて、せっかくなので当該記事を転載しておきたい。一読して(ぼくのように)感涙にむせび泣くがよいわ。


「<熊本地震>二つの被災地つなぐ使命胸に」

――古里の現場を取材して/報道部・河添結日(ゆいか)(26)――


 4月14日午後9時26分、古里の熊本が一瞬で被災地になった。被災地という言葉はそれまで東北を指すと思い込んでいた。同15〜26日、現地を取材し、熊本と東北の二つの被災地の現状を伝え、つなぐことが使命だと感じた。


 実家は熊本市東区沼山津(ぬやまづ)にある。大きな被害を受けた益城(ましき)町と隣接し、町役場まで約4キロと近い。繰り返しテレビに映し出される見慣れた建物が倒壊した風景。混乱と不安で、居ても立ってもいられなかった。職場に駆け付け、現地取材の許可を得た。

 15日早朝、仙台を出発し新幹線と飛行機を乗り継ぎ、約6時間後に熊本に着いた。家族や実家は無事だったが、庭には最大約20センチ幅の地割れが何本も走り、隣家の境のブロック塀が崩れている。地震の威力をひしひしと感じた。

 1.5キロの小学校の通学路。夏に暑さをしのいだお堂はつぶれ、道は瓦が散乱し、ひっくり返った建物でふさがれている。台風や大雨はよくあるが、まさか地震が起きるとは。当たり前に存在し続けると思っていた景色の無残な変わりように、胸が締め付けられた。


 共同通信社の記者で、昨年5月から河北新報社に出向している。東日本大震災の被災地の人々が人口減少に適応しながら、心豊かに暮らす姿を描く連載「適少社会」を担当、宮城県南三陸町や石巻市を取材した。

 東北の震災前や直後の風景を知らない。取材で話を聞き想像するしかなかった。古里を失う苦しみ、悲しみ、むなしさ−。わが身に起きて初めて、痛いほど分かった。今までどこか人ごとだったのかもしれない。

 16日未明、実家で就寝中に本震が起きた。震度6強。ジェットコースターのように全身が大きく揺さぶられる。家じゅうに物が散乱し、消防車や救急車のサイレンがひっきりなしに聞こえる。朝、街を歩くと、明らかに状況が悪化した光景が広がっていた。


 取材は東北と熊本の両方の視点を意識した。震災を機に南三陸町に移住し、今回、熊本でボランティアに奮闘する益城町出身の同い年の女性。石巻での医療支援の経験を糧に、避難者の心のケアに当たる熊本の医師。頭にタオルを巻き、避難所運営に奔走する小学校時代の担任。地元のために必死に踏ん張る同郷の人。皆に奮い立たされた。

 河北新報の腕章を着けて避難所を歩いていると、避難者や支援者など多くの人が声を掛けてきた。「震災を心配していた」「東北にもボランティアで行った」。熊本をはじめ、全国各地の人が今も東北に心を寄せてくれていた。その思いにもまた、鼓舞された。

 実家の近所や幼なじみの被災した家は、引っ越したり建て替えたりすることになったと聞く。慣れ親しんだ地域の変容に、むなしさがあふれる。東北の被災地で見聞きした状況が、目の前の現実となった。

 1000キロ以上離れた二つの被災地のはざまに立ち、これからも「伝える」という使命を精いっぱい全うしたい。それが私にできる熊本と東北の復興への貢献だと信じている。

2016-04-28

(例によって)知は力である。

エブリバディ・ウェルカムということで。

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2016-04-21

熊本地震に想う(2)。

ソウルにありつつ、勤務先の「課外・ボランティア活動支援センター長」として、熊本地震とのつきあい方に想いをめぐらせている。

そんななか、今日の『西日本新聞』に、またもや大フォントで怒鳴りたくなる記事を発見。


政府現地本部長交代 暴言続き地元がNO、事実上の更迭


 政府は20日、熊本地震の政府現地対策本部長を松本文明内閣府副大臣から酒井庸行内閣府政務官に交代したと発表した。松本氏は15日から、熊本県庁内の対策本部で政府と被災地の連絡調整を担っていたが、言動を熊本県や被災自治体から批判されており、事実上の更迭との指摘がある。

 菅義偉官房長官は交代理由を「昼夜たがわず食料支援などで指揮をした。体力面を考慮した」と説明。河野太郎防災担当相は「交代は予定通り」と強調した。

 一方、政府関係者は西日本新聞の取材に「(松本氏は)県との連携がうまくいっていなかった」と認めた。別の関係者も、松本氏が本部長を続ければ「政権に大打撃となる。早め早めに手を打った」と話した。

 関係者によると、松本氏は食事におにぎりが配られたときに「こんな食事じゃ戦はできない」と不満を口にした。避難所への支援物資配布を巡って「物資は十分に持ってきている。被災者に行き届かないのは、あんたらの責任だ。政府に文句は言うな」と、地元の自治体職員に声を荒らげたこともあったという。

 県や被災自治体は「松本氏が震災対応の邪魔になっている」と不信感を募らせていた。松本氏は政権幹部に電話で「怒鳴ってしまいました」と謝ったという。

 松本氏は20日、官邸で安倍晋三首相に報告した後、記者団に「びしびしと言い過ぎたことが批判につながっているなら、甘んじて受ける」と語り、おにぎりの件について「そういう事実はない」と否定した。


松本さんの言動、ツッコミどころ満載。

  • 電話して謝る相手、違うだろーが。
  • 「物資は十分に持ってきている。被災者に行き届かないのは、あんたらの責任だ。政府に文句は言うな」なる発言が「びしびしと言い過ぎたこと」にあたると思ってるんだとしたら、小学生以下。ま、どう転んでも、ぜんぜん文明(ここ名前と掛け言葉になってるので、よろしく)の香りも知性も品性も感じられない釈明の言ではある。

こんな日本にだれがした。


はい、わたしたち有権者です。

2016-04-18

熊本地震に想う。

【あまりにも乱雑で芸のない文章だったので、4月19日に修正】

熊本はちょっと遠いので、とりあえず熊本県庁の「熊本地震義援金」に寄付。ちょっと、いま、手元不如意なので、少額ですみません(3.11のときの各方面からのご厚意を考えると、お恥ずかしい)。

それにしても、だ。



とっとと激甚災害指定しろ、のろまが!!




(これなら3.11のときの民主党内閣のほうがマシじゃねーか……いち3.11経験者の心のさ・け・び。よろしくね)


【評価】63点。

)槓

  • 口調が下品であり、またフォントのサイズも巨大で、気持ちはわからなくはないが、いまいちディーセンシーを欠くと言わざるをえない。
  • フォントの色をピンクにした点には、わずかながら心が慰められる。
  • 「激甚災害指定」とは何か、簡略な説明があると、説得力がアップしたであろう。
  • 「激甚災害指定」するのがだれであるか明記されていないため、だれに向かって怒鳴っているのかがわかりにくい。

下の添え書き

  • 個人的な経験をもとに一般論を語ってよいか否か、方法論的な考察が必要である。
  • 「さ・け・び」という表現には、受け狙いという点で、目にあまるものがある。
  • 「よろしくね」は不要ではないか。

……というわけで、明日(20日)から一週間ソウルに出かけてきます。帰国したら、もう黄金連休かい。うーむ。

2016-04-02 正しくは 2016-3-33

桜とともに『マル経入門』を読む。

あっという間に仙台も桜の開花宣言が出された。そんな今日は3月33日、ぞろ目で目出度い土曜日である。一部に今日は4月2日という報道もあるが、これは、なんとしても2015年度を終わらせ、万事をフォーマットしたいという一部諸氏の歪んだ願望が物象化した俗説のなせる業に違いない。


うーむ、なにが言いたいんだ、自分? エイプリルフールはとうに過ぎているぞ。


とにかく、モンペリエ市文書館で撮影してきた資料をディスプレイでにらむ毎日を送っているので、眼精疲労が半端ない。

  • ぼくの撮影技術の低さと、
  • 利用しているデジカメ(普通のコンパクト)の性能の低さと、
  • そして文書館閲覧室の暗さを反映して、

ピンボケの頁が多いこと多いこと、泣きたくなる。

おまけに(「嬉しいことだが」というべきながら)みるべき資料の数が多く、やってもやっても終わらない。6月末までに全部読み、分析し、ストーリーを構築し、フランス語でドラフトを書き、仏文校閲に出せるのだろうか……チョー不安である。


そんななか、ちょっと時間が出来た(というか、資料読解から逃避したくなった)ので、松尾匡・橋本貴彦『これからのマルクス経済学入門』(筑摩書房・筑摩選書、2016)を読む。松尾さんが理論的部分(ただし、これが本書の大部分を占める)、橋本さんが実証的部分を担当した、マルクス経済学の入門的テクストブックである。

しかし、これはすごい!!

いやあ、松尾さん渾身の一冊というべけんや。

とにかく

  • 階級・疎外・唯物史観といったマルクス経済学のキーワードを説得的・論理的・アクチュアルに再構築し、
  • 社会を「ヒトとヒトとの関係」から捉えるべきことを説いたうえで、
  • 現代社会の諸問題を分析するためには「価格に着目した交換理論」すなわち新古典派経済学ではなく「労働価値に着目した分配理論」すなわちマルクス経済学……古典派経済学全般と言ってもよいかもしれない……のほうが有効であると主張する。

という、センス・オブ・ワンダーをかきたてられる内容。

頭のなかで諸概念のブロックがカチカチと論理的に組みあがってゆく、そんな感じを与える一冊である。


ぜひ、2015年度のうちに。

受講者D受講者D 2016/04/08 12:35 そろそろ自由聴講で小田中さんの講義が聞きたくなったのでシラバスを開いてみたら、ヒットなし…
どちらに行ってしまわれたのかと悲しく思っております。
このブログが唯一小田中ワールドを楽しめるところなので、いつも拝見させていただいております。機会があれば講演会などに参加してみたいものです。

odanakanaokiodanakanaoki 2016/04/08 13:03 Dさん、こんにちわ。じつはそろそろ第二の人生=余生を……というのは(残念ながら)ウソで、2016年度は前期が経済学部・経済学研究科の合同講義「経済史」(火2、経済)、後期が経済学部の講義「経済学史」(水2、金1、経済)となります。ちなみにシラバスと時間割は
http://www.econ.tohoku.ac.jp/econ/econlocal/syllabus/syllabus.html
からどうぞ。

Dさんがご覧になったのは、もしかすると全学教育のシラバスだったのかな? 全学教育については、数年に一度「基礎ゼミ」か「歴史と人間社会」を担当するだけなので、でばる機会がなかなかないのでした。

受講者D受講者D 2016/04/09 13:22 まさかお返事いただけるとは思ってもいなくて嬉々として読ませていただきました。
まぁ、先生もお歳ですからご老体に鞭打ってさらに全学で教鞭まで取られると体調崩しかねませんからね、なんて言うと怒られるので言いませんが、まだまだ第一の人生でご活躍を願いたいものです。結局上から目線になってしまいすみません。
実を言いますと2014年後期の、歴史と人間社会で先生の講義を受講いたしました。非常に話が面白く、半年だけでは物足りず2015年も全学のシラバスを検索しまして。数年に一度と言うのなら、2014年に受講出来たのはラッキーだったんだなぁとしみじみ思います。青葉山大学に進学しましたが、自分の専門科目切ってでも経済学部に混ざって盗み聞…以下略。
とにもかくにも私が在学している間にまた先生の講義(というか、欲を言えばゼミみたいなもの)を受けることができればなぁ、と思う春休みの終わりなのでした。
では。

odanakanaokiodanakanaoki 2016/04/09 19:46 Dさん、前回の「歴史と人間社会」受講なさったんですか……あんな漫談にお付き合いいただき、ありがとうございました。巨大なM206教室で、たしか受講者数が260人だったと記憶していますが、そういえば青葉山大学進学予定者諸君が沢山いたなあ(遠い目)。

ちなみに、先日の新入生セミナーで、農・理・工・薬の新入生諸君に「日本で唯一、野生の熊に会えるキャンパスにようこそ」とやったら、引きつった笑いが返ってきました。でも、農学部なんて、たしか来年度から青葉山大学のさらに奥に突如出現する新キャンパスですからねえ。

話がずれました。勉学に課外活動にご健闘を祈ります。

2016-02-24

働けど、働けど。

あっというまに2月も終盤戦である。思えば、帰国前日にモンペリエで風邪をもらったのが運のつきであった。山なすティシュペーパーとともに帰国したのは良いとして、鼻風邪が治らないままに「絶賛出稼ぎ強化期間」に突入し、気づいたら急性副鼻腔炎で麹町の耳鼻咽喉科にとびこんでいた。それにしても効いたなあ、あのニューキノロン(抗菌剤)。

どうにか一昨日で「絶賛出稼ぎ強化期間」を完了したところ、グッドなタイミングで、昨日、4月のソウル・カンファレンス用のペーパーが英文校閲から戻ってきた。あまりの変わりぶり=元の英文のひどさに言葉を失いつつ、しかしぼくは英語ネイティヴじゃないからよいのである。そもそも当該カンファレンス、仮プログラムが届いて以来なんの音沙汰もないのだが、これは主催者イム・ジヒョンが「大陸国家」韓国の「一気のラストスパートでイベントを実行してしまう〈結果オーライ〉」体質を体現しているからであると考えてよろしいか。


よろしい(多分)。


そんなわけで、4月末にソウルは西江大学で開催される「らしい」『国民を書く』書評カンファレンス用の拙稿"Who is lying on the Procrustean Bed?: Current Historians of the World, Denationalize Ourselves!"(東北大学TERGディスカッション・ペーパー342、2016)はこちら[PDF format]をご覧あれ。相変わらずと言えば、相変わらずである。


さて、次は"50 ans d'un quartier monpellierain: Petit Bard, 1962-2012"だ。締切は6月だが、なぜか「働けど、働けど……」という名文句が頭をよぎる晩冬の一日。

2016-01-31

来た、見た、負けた。

今回は2週間の滞在なので、唯一の貴重な日曜日。どこに出かけるか……と思案したあげく、日帰りできて、まだ訪問していないところとして、サント・マリー・ド・ラ・メール(Saintes-Maries-de-la-Mer)に出向くことにした。ロマ/ジタン/ジプシーの聖地として知られる同地は、アルルからバスで45分、すぐそこである……はずだった。

と・こ・ろ・が。

そもそもアルル=サント・マリー間のバスが少ない。しかたなく、5:30に宿を出て6:30モンペリエ発の各駅停車に乗り、7:50アルル発サント・マリー行きのバスに乗る。当然ながら(?)客はぼくひとり。8:40に着いたサント・マリーは思いのほか小さな町だったが、なんといっても有名な教会がある。

みよ、これが、街の入り口にそびえたつ、ハートがかわいいことで知られるカマルグ(サント・マリーがある、ローヌ川河口部に広がる湿原地帯)の十字架である。

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それにしてもオフシーズンの週末の早朝だけあり、静かである。眠れる街をひとりさびしく急いだ……ら、教会は改修工事で閉まっていた。ガックリと肩を落とす自分。

しかたなく、折り返しの9:05発のアルル行きバスで帰る。なにせ、これを逃すと、次のバスは4時間後。折り返しということで、当然ながら行きとおなじ運転手なので、気まずく「教会が閉まってて(モゴモゴ)」と語るしかないではないか。

現地滞在時間25分、往復の所要時間は6時間。

まさに、来た、見た、負けた。

一体わたくしは何をしたかったのであらうか?

2016-01-30

都市の「文化度」。

モンペリエに来て、はやくも一週間。今回はたった2週間の滞在なので、すでに半分が過ぎたということになる。諸般の事情(前述)でモンペリエ市文書館におけるリサーチが進まないので……あらかじめ目的を低く設定しておいたゆえに、当初の目的自体はクリアしているのだが……「なにをしているのか?」といわれそうだが、冬は各種講演会のハイシーズンなので、ほぼ毎晩(というのは大げさだが、3回ほど)各種の一般市民向け講演会に参加した一週間となった。

(1)27日(水)は、哲学者アラン・ルノー(Alain Renaut)の講演会。全然知らない名前だったが、じつは何冊も日本語訳がある大先生(パリ第4大学教授)で、今回は「応用哲学」に関する講演。こんなオカタイ内容で数百人集まるというのは、やっぱり「民度」の違いかねえ。講演終了後は「設定した課題に応えてないじゃないか」といった厳しい質問がフロア=一般市民からからとびかい、盛上った。やっぱスゲエな、この知的な体力は。

(2)28日(木)は、新進気鋭の政治社会学者フロランス・ジョシュア(Florence Joshua)が、左翼政党である「反資本主義新党(Nouveau Parti Anti-capitaliste)」の参与観察にもとづく博士論文の刊行版である『反資本主義者たち』(Anticapitalistes, Paris:La Decouverte, 2015)について語る講演会に参加。オーディエンスは30人程度だったが、パリ政治学院で博士号をとり、オクスフォードでポスドクをつとめた俊英が博士論文を語る一時間は、きわめて濃密なもの。しゃべるのが早くてついてゆくのに難儀したことはヒミツだが、やっぱ賢いやつは賢いのである。

(3)29日(金)は、現在フランス最高のイスラム圏政治学者といってよいジル・ケペル(Gilles Kepel)が、近著『フランスにおけるテロ』(Terreur dans l'Hexagone, Paris:Gallimard, 2015)にもとづき、最近のフランスにおけるイスラム教過激派のテロを分析する講演会。時流に沿ったテーマだけあり、地元選出の国会議員はじめ、立ち見続出の満員御礼となった。パリ政治学院教授であるケペルは、30年以上にわたり、社会学的手法にもとづいて「フランス人ムスリムによるテロの構造」を分析してきたが、今回の講演はその集大成ともいうべきもの。世代論、人的ネットワーク論、コミュニケーション論など、さまざまな論点が網羅されたじつに興味深いものだった。


来週は、中世史学者であるクリストフ・ピカール(Christophe Picard、パリ第1大学教授)による中世地中海史に関する講演会と、ジャーナリストであるジェラール・モルディア&ジェローム・プリウル(Gerard Mordillat and Jerome Prieur)によるキリスト教とイスラム教の関係に関する講演会が予定されている。

前者の課題図書『カリフの海』(La mer des califes, Paril:Le Seuil, 2015)はすでに斜め(ここがポイント)よみきり、後者の課題図書『ムハンマドによるイエス』(Jesus selon Mahomet, Paris:Le Seuil, 2015)は現在絶賛斜め(ここもポイント)よみ中なり。

『反資本主義者たち』も『フランスにおけるテロ』も頑張って斜め(当然ここもポイント)よんでから講演会に参加したが、こういう機会でもないと手に取らないだろう本に目を通すのは、じつに「贅沢な」経験である。


それにしても、こんなに耳学問の機会が与えられているというのは……うーむ。

さすがにヨーロッパ最古の医学部の伝統を誇る町・モンペリエという「都市の文化度」の産物というべきか。

あるいはまた「文化による町おこし」というのは、ひとつの「あるべき」選択であるというべきか。

どうする、仙台?

HashikawaHashikawa 2016/02/02 00:59 小田中先生
ご無沙汰しております。2010−2011年の間にちょこっとゼミにお邪魔してた者です。
「どうする、仙台?」への答えはコレをもっと充実させる事?なんでしょうか?
実は僕もマーケティングのSぶや先生が登壇した回にしか出れておりませんが。
http://cafe.tohoku.ac.jp/

odanakanaokiodanakanaoki 2016/02/02 01:09 橋川くん、おひさしぶり!! 生きてますか? 道路、作ってますか? 違うか。
東北大学も頑張ってるほうだとは思うんですが……モンペリエは市役所と地元新聞と地元書店と大学がかなり気合を入れてタッグを組んでやってるので、色々と見習うことが多いです。仙台も地下鉄東西線が出来て、たとえば川内北キャンのM棟は仙台駅から7分&川内駅を出て眼の前なので、もっと使えるんじゃないかとか、あれこれ思ってます。
ちなみにSぶやさんは4月から学習院に異動、寂しくなります。
いずれ、また。

2016-01-25

キーワードは「前倒し進行」。

フランスでしごとをストレスレスに進めるためのキーワードは「前倒し進行」である。これは自信をもって断言できる。日本人の水準からいってもパンクチュアルなぼく自身でさえ、これまでさんざん痛い目にあってきたからだ。

今回も、まことドンピシャ。ただし「前倒し進行を守っていて良かった」というパターンのほうだったので、ダメージは避けられた。

エッヘン。


(1)現在のメインの仕事先であるモンペリエ市文書館から「同時代部門(1940年以後の資料=請求番号系列Wを保存してある)の資料保存庫が改修工事に入るので、あんまり閲覧できないんだけど」というメールが届いたのは前述したが、今回来てみて詳しい事情がわかった。要するに資料保存庫にアスベストが使用されていることがわかり、全面封鎖して脱アスベスト化するというのである。建物の清浄化に3カ月という話だが、これだけでもすでに「眉唾」もの。しかも、そのあとに資料の清浄化まで実施するというのだから、これは大事(おおごと)になるのは間違いない。専門業者に頼むそうだが、全部で年単位の時間はかかるんじゃないだろうか。その間、資料へのアクセスはもちろん全面ストップである。


(2)それだけではない。請求番号系列Wの資料は年々増加しているため、全てが整理され、資料番号を付されているわけではない。全貌を理解しているのはただひとり、最古参の資料保管庫担当者(マガジニエ)ジャン・ジャックだけである。ところがジャン・ジャック、なんとこの間のドタバタで体調を崩して休職してしまったんだそうだ。おまけに、彼の右腕として働いていた秘書のブリジットも、古紙のかびアレルギーで他部署に異動してしまっていた。これでは、残った資料の整理は「いち」つまり担当者の養成から始めざるをえないから、何年かかるか想像もつかない。


(3)さらに、もうひとつ別の問題がのしかかる。モンペリエ市文書館は2018年度に移転が計画されているのだ。職員さんに聞いたら「予定は未定だからねえ、いつになるんだか」と笑いとばされたが、それでも移転が現実化したら、閲覧の一時停止から、移動に際しての資料の紛失まで、なにがおこるかわからない。


これらを考えあわせると、モンペリエ市文書館同時代部門の資料閲覧は、今後、十年単位でドタバタが続くことが予想される。

いやあ……前回かなりの資料をチェック&写真撮影しておいてよかった。

ホントに心から「前倒し進行」のありがたみを実感した霧雨の一日であった。

エッヘン。

2016-01-24

モンペリエ。

【追追記】

澤田かおり「幸せの種」

動画を張れることを、今年になるまで知らなかった。

D

ツボにはまり、ヘビーローテート中である。

【追記】

CDGである。いつものように国鉄駅構内の安カフェでビールを飲み、フランス無事到着の儀式中。今回は、羽田ラウンジと機内で飲みまくったため、ほとんど意識を失っているうちに(誇張あり)パリに着いてしまった。

それにしても、順調に「日本から中国へ」のシフトが進んでいて、「日の沈む国」日本の悲哀を感じさせられるCDG。壁のポスターは「人民元への送金なら、うちが一番」なる某銀行のポスターで埋め尽くされ、2つのターミナルを結ぶCDG-VALの窓は「中国の旧正月おめでとう!!」一色である。

た・だ・し。

「日の沈む国」クラブに参加するというのは、なにも悪いことだけではない。同じ「日の沈む国」フランス人が日本人をみる眼は、着々と暖かくなっている。

おたがい大変だなあ、ポン(肩をたたく音)。

もっともこれは「同病相哀れむ」と表現できるかもしれない。

【本題】

今日から二週間、モンペリエでリサーチ。羽田のラウンジですでに大酔払い状態である。

数日前から胃腸の調子が悪いとか、今日は絶賛大悪天候で飛行機が飛ぶか否か心配だとか、かねてモンペリエ市文書館から「史料保存庫の改修が始まるから、資料の閲覧はあんまり期待しないでほしいんだけど」といわれていたとか、悪条件が山積するなかで出かける今日この頃、皆さまにはいかがお過ごしでしょうか。

しかも、4月の「Writing the Nation」シンポジウムのペーパー執筆が泣きたくなるほど大変で、面白いのは良いとして、どうにかならないものか、この分量。とにかくインド・アーリア系人種の体力に「かなわん!!」の一言で暮れる毎日を数か月すごしてきたのであった(現在完了進行形)。

しかたがないので、モンペリエまで関連書籍を数冊持参し、準備を進めざるをえないことになった。宿題をかかえて海外出張というのは「さびしい」としかいいようがないが、ま、どうしようもない。不良債務化しないよう、債務の返済にいそしむのみである。

さて、まもなく搭乗時刻だ。

2016-01-09

「首」が付く慣用句とは。

「首」が付く慣用句には、わが身にひきつけてみると不吉なものが多い。たとえば。


ー鵑回らない。

年初にも書いたが、頭と体のスペックが低いせいか、老化が進んでいるせいか、ここのところオファーがキャパシティを上回る状況が続き、首が回らない。手形を切っているのは『ライブ・経済史』の書下ろしまでだが、口約束だけだったら、さらに書下ろしが2冊あることに、このまえ気付いた。

うーむ、じつに心が寒い。

そのうえ。

心じゃなくて気候が寒くなったら(って暖冬なのに)語の真の意味で首が回らなくなり、肩こりも悪化し、あちらこちらの関節もちょいちょいと痛みはじめ……トシだな、トシ。


⊆分で自分の首を絞める。

そんな状態なのに、大略「なにかアイディアはないか?」という申出に、ホイホイと「それだったら××みたいな企画はどーでっしゃろか」と回答してしまった昨日の自分。別件がメインだったとはいえ、こちらから東京に出向いていって「飛んで火に入る夏の虫」を地で行くシーンを演じるというのは、これは軽率のゆえか。

それとも「ノーと言えない」八方美人気質の産物か。

それとも。

いずれにせよ、自分で自分の首を絞めているというのは、これではどこをどうみても「アホ」の一言である。

それでもこの企画、上手くゆけば、語の真の意味でのメディアミックスに育ちそうだし、参加者各位にとって「win-win」となる可能性を持っていることは確かなので、ちょっと楽しみではある。

実際「塾×ネット配信×出版×特別授業」というのは、こりゃマジにメディアミックスというか、マルチメディアというか、誇大妄想というか、なんというか。

おまけに、ぼくにとっては「他力本願」なので、余り自分の首を占めることにはならない……かなあ。

いや、どうかなあ。

でも、やっぱムリかなあ。

虫がよすぎる気もするなあ。


首の皮一枚でつながる。

ここはひとつ、首の皮一枚でつながらないかなあ。


ま、よい。括目して待つがよいわ。

2016-01-02

謹賀新年

2016年である。


〇纏的にも(=一応しごとがたてこんでいて新しいリクエストに答えられそうもない)身体的にも(=12月に入って朝起きると首が回らない/曲がらないようになった)どうにも首がまわらない状態で新年を迎えることになった。どっちもトシのせいだな、トシ。

今年は、とりあえず

  • 4月にソウルでシュテファン・バーガー他編『Writing the Nation』シリーズの書評シンポジウムがあり、トーク。
  • 6月に"Naissance d'un quartier: Petit Bard (Montpellier), 1962-2012"(ある「地区」の誕生―モンペリエ市プティ・バール地区、1962-2012)なる論文の締切。
  • そのあとは、塩漬けになっていた(というか、個人的には塩漬けのまま墓場にもってゆけると信じつつあった)『ライブ・経済史』の書下し作業。

というあたりがメインのしごと。

このほかに、他人の本の監修(なんだそりゃ?)やらマンガの監修やらが入っており、とりあえず少なくとも来年3月までは新規企画は「ノー・サンキュー」状態である。ホントにノー・サンキューなので、そこんとこよろしく。


ちなみに、昨年末になって旧著『歴史学ってなんだ?』(PHP研究所・PHP新書、2004)のベトナム語訳のオファーが届いた。たまにはうれしいニュースもあるもんだなあ。生きていてよかったなあ(しみじみ)。こういう「他力本願」企画はエブリバディ・ウェルカムなので、ぜひよろしく。


△修鵑僻畛瓦幣況であるが、昨年末には従軍慰安婦問題について日韓で政治決着が図られ、冬休みならではの酔払った頭でいろいろと考えさせられることになった。

まずもって、歴史屋としては、声明にあった「軍の関与」という文言をいかに理解するべきかが問われている……はずであるが、これについては、件の陸軍副官通牒が現存しているかぎり、否定する専門家はいないだろう。かつて従軍慰安婦論争では「軍の関与」の具体的な内容について議論が展開されていたことを想起するとき、なんというか「はあ〜〜〜〜〜〜〜〜るばるっ来たぜ函館え〜〜〜〜〜」的な諸行無常感をもってしまう今日この頃である。

そして、それ以外は「記憶の現代政治」という歴史屋の守備範囲外すれすれの話ばかりとなり、個人的には「これでいいのか、ホントに??」というのが率直なところである。なんだかなあ……日韓のお偉いさんが喧嘩しているよりはマシのかもしれないが、殴ったほうが殴られたほうに対して「もう忘れような、おい」と言うとか、殴られたほうが「それなら弁償のカネはオタクで出すよね」と条件闘争に転じるとか、一市民としてすら理解しがたい交渉が展開されたのだから、これはもうお手上げである。こういうのを「レアル・ポリティーク」とか言うのかもしれないが、そんなの「理屈ナシ」に等しいぞ、うん。

こうしてみると、やっぱり「ミネルヴァのふくろうは黄昏に飛ぶ」のかねえ。歴史屋の仕事(メチエ、クラフト)って何なんだろうねえ。


なんて考えながら『Writing the Nation』シリーズを読みつづける冬休み。とにかくこのシリーズ、全8巻で、一冊あたり400ページ強、読んでも読んでも終わらない。オマケに重く、一冊1kg近くあるので、全部で8kg……ホントにソウルにもってゆくのか、これ? 

それでも(担当巻以外は斜め)読みすすめるうちに、色々なことを考えさせられるようになった。たとえば1990年代ごろから「歴史から記憶への興味関心の移行」が始まり、いまは「記憶ブーム」であるという指摘も、当たり前と思われるかもしれないが、あらためて「そうだよなあ」と思った点のひとつである。「世界記憶遺産」とか、ちょっと前までは聞いたことのないタイトルがパリスのリンゴになる時代に、ぼくらは生きている。「歴史の同時代現象化」((c)フランソワ・アルトグ)が、小難しいリクツをこえ、いま・そこにある事象として体感される時代である。

それでは、歴史屋は「記憶ブーム」にどう付き合えばよいのだろうか。密着するのも難しそうだし、敬遠するわけにもゆかないし、つまりは「適切な距離」ということなんだろうが……うーむ。


初手から悩む新年なのであった。

2015-12-04

政治的中立性とは何か?

そんなわけで、政治的中立性である。

西宮から戻って山形蔵王に行き、山形蔵王から戻って(一日おいて)東京出稼ぎツアーに出て、先ほど仙台に戻ったら、冷たい雨が降っていた。そんな師走シーズンのおかげでぜんぜん頭が働かないのだが、せっかく県教委から返事を頂いたので、とりあえず一言だけ。

政治的中立性をもった言説や行動などというものは、存在しない。

いかなる言説や行動も、いや言説や行動を忌避するスタンスすら、政治的に中立ではありえない。今回の柴田農林高校の事例について言えば、「戦争法案」という用語を使おうが使わまいが、アンケートを実施しようが実施しまいが、それらはすべて政治的中立性を欠いている。そんなことは政治学の「基本のき」ではなかろうか。 

「政治教育」を公立の初中等学校に導入するのであれば、これぐらいの認識をもっておいてもらいたいのだが、県教委の回答からは、そこまでの覚悟は読取れない。政治的中立性なるものが存在すると錯覚しているのか、両論併記すればよいと(そのへんのマスコミみたいに)軽く考えているのか、よくわからないが、きわどいところに足を突っ込んでいるのだということだけは頭の片隅においておいてもらいたい。

ただし、学校というのは特殊な空間であり、教員は生徒・学生に対して権力を行使しうる立場にある。もちろん一教師たるぼくもそうであり、その事実に対しては謙虚でなければならない(わりには、どうみても謙虚じゃない文章が続ているなあ、自分)。したがって、柴田農林高校の事例について言えば、顧問教員がアンケートの文面にタッチしたことは、これは軽率のそしりを免れないだろう。生徒にすべてを任せておけばよかったのだ。生徒が主体的に作成したアンケートであれば、それがいかに稚拙なものであれ、いかに政治的中立性を欠いたようにみえるものであれ、その文面は全力を尽くして尊重されなければならない。

政治的中立性なるものがあるとすれば、それは、可能なかぎり権力関係を排したフィールドにおいて、個々をとってみれば政治的中立性を欠いたさまざまに多様な意見が交わされるプロセスの総体のみに宿りうるのである。

教育基本法【学校教育法と書いていたが、間違っていたので修正】が政治的中立性の確保を求めているとすれば、それ以上のような意味において理解されなければならない(と思う……ちょっと弱気)。


おお、われながら、じつに偉そうな文章になった。か・な・り・疲れているぞ、自分。

井手義和井手義和 2015/12/06 20:49 少し感想を。

教育基本法 2  法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに
         反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。

この教育基本法の「政治的中立性」(=多様な意見が交わされる場)が、
一つの「政治的立場」になっていると思います。

「政治的中立性」(多様な意見が交わされる)のもとでは、
他の政治的立場の存在を否定する「政治的立場」は
議論から排除されるからです。

そう考えると、多様な意見を認めるという
中立的な立場そのものが、一種の政治的立場であり、
多様な意見を認めると言いながら、
多様な意見の「すべて」を認めることはできない、
という自己矛盾をはらんでいるように思います。

私自身子供のころは、なんでもあり、という政治的立場がとても嫌いでした。
子供のころにちゃんとした理由があったわけではありませんが、
「なんでもあり」とは言いながら、
「他人を否定する意見をいったら怒る」先生は
あまり好きではなかったです。

そう考えると、逆に、先生は「公人として」ではなく
「個人として」の政治的意見を子供に伝えるべき
ではないでしょうか。
子供は先生の立場、考えを知りたいはずです。

よりマイルドな方法としては
先生は他人の意見を表立って攻撃し、否定しないで
自分の意見を述べる「スキル」(言葉の表現方法)を子供に伝えるだけ、
という方法もありかもしれません。


ただ、最近の社会の風潮は、公立学校の先生に過剰な期待をしすぎているように
感じます(か、逆にまったく期待しない)。そのことが、逆に子どもにとって
よくない方向に動いていると感じるのは私だけでしょうか。

odanakanaokiodanakanaoki 2015/12/06 23:03 井出さん、コメントありがとうございます。

(1)おっしゃる「自己矛盾」は、例の「ぼくは、君が異論を言う自由を守ろう」(大略、(c)ボルテール?)問題に連なる重要な問題だと思います。

(2)ただし、現下の各地で進行している事態は、それ以前というかそれ以下の次元の話だと感じています。柴田農林高校の件も、そうです。

(3)教師が個人として自分の意見を提示するべきだというご意見も、その通りだと思います。問題は、それが生徒とのあいだに妙な権力関係(「先生の意見に反対したら成績下がるし」)を生まないようなフィールド(場、ブルデューいうところの「シャン」でしょうか)として学校が機能できる方策を探ることにあるという気がします。

(4)センセに過剰な期待をするなというご意見も、まったくそのとおり。件の「主権者教育」ぐらい家庭でやれよと言いたくなりますが、我が家で成功していないぼくが言うのは、これは天に唾吐く行いでしょうねえ。

2015-11-30

返事、来る。

関学のカンファレンスで英語漬けの週末をすごし、ヘロヘロしながら仙台に戻ったら、寒かった……というのは措いておき、先日出した手紙に対して、県教育委員会高等教育課から返事を頂いた。それも「公開可」という条件付きである。真摯な対応に謝意を表するとともに、回答公開可という剛毅な判断を下された高等教育課長に感服の一言である。

やはり情報というのは公開するべきものなのだね、パトラッシュ、さすがにぼくにもわかってきたよ。

今日はこれからゼミ合宿で(ゼミ学生諸君に全権委任したら)極寒の山形蔵王に登ることになっているらしいので、とりあえず頂いた回答をアップしておきたい。

ぼくの見解は、後日、無事に下山してからということで。

東北大学大学院経済学研究科 教授 小田中 直樹 様

  初冬の候、貴殿におかれては、ますます御清祥のこととお慶び申し上げます。 また、本県学校教育につきまして、日頃より御理解と御協力を賜り、厚く御礼申し上げます。

  さて、お問合せの件について回答いたします。

〔1〕 7件(10月26日時点)

〔2〕〔3〕

  県教育委員会では、選挙権年齢の引き下げが行われたことなどを契機に、今後、主権者教育や政治的教養教育が一層重視されていくことを踏まえ、現実の具体的な政治課題等について取扱いながら実践的な教育を進めていくことは重要であると認識しており、本県学校教育においても、各学校の授業の中で、例えば、模擬選挙やディベート、インタビュー活動、質問紙による意識調査等を取入れながら、現実社会の諸課題について多面的・多角的に考察し、公正に判断する力や態度を身につけさせていくなどの実践な取組を積極的に導入していくことを期待しております。

  一方、学校は、教育基本法第14 条第 2 項に基づき、政治的中立性を確保することが求められるとともに、教員については、学校教育に対する国民の信頼を確保するため公正中立な立場が求められており、教員の言動が生徒に与える影響が極めて大きいことなどからも、この点に十分留意し指導を行う必要があります。

  多様な見方や考え方のできる事柄、未確定な事柄、現実の利害等の対立のある 事柄等を取り上げる場合には、生徒の考えや議論が深まるよう様々な見解を提示することなどが必要であり、その際には、特定の事柄を強調しすぎたり、一面的な見解を十分な配慮なく取り上げたりするなど、特定の見方や考え方に偏った取扱いにより、生徒が主体的に考え、判断することを妨げることのないよう留意する必要があります。

  このような観点を踏まえると、御指摘の案件では、「戦争法、戦争法案」等の特定の価値観や主張を想起させる略称を用いている点や、「アメリカが行う戦争のか たがわりと言われている」という表現についても、そのように言っている主体が不明であったり、あたかも社会一般的にそう「言われている」かのような誤解、印象を与えうるものであったりするなど、学校教育として、教員の指導の下に行われるアンケートとしては、不適切であると判断したものです。

〔4〕 差し支えございません。今後も、本県学校教育への御理解と御支援をお願いいたします。

平成27年11月27日

宮城県教育庁高校教育課 課長