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odd_hatchの読書ノート このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2018-04-20

五味康祐「オーディオ遍歴」(新潮文庫)

 LPを聞くには作法がある。真空管が温まるまで時間がかかるから聞く20分前にアンプの電源をいれておきましょう。レコードプレーヤーの水平確認と回転むらがないことをチェックしよう。針圧を調整し、針先のゴミを丁寧に取り除いておこう(このときノイズがスピーカーにいかないように、アンプのチャンネルを変えたり、ボリュームをさげておいたりしておく)。そのうえでレコードを取り出し、盤面には素手で触らないように注意(できれば手袋使用を推奨)、盤面をきれいにふき取って、プレーヤーにセット。いよいよ針を盤面におとすわけだが、落とし先を誤るとシステム全体に悪影響があるので、しっかり目視しながらカートリッジをおろす。針がレコード面に降りたのを確認してボリュームをあげる。冒頭数小節を聞いてから、用意したベストポジションの椅子に座り、これから始まる20分強の時間を音楽に集中する。

 そのうえ、オーディオシステムにはモーター駆動系と金属の接点がたくさんあるので、定期的なメンテナンスが必要。モーターに油をさし、ベルトの緩みやたるみがないかをチェック。金属接点はさびがないように磨き、空気とふれているところは酸化するのでやすりで磨き、スピーカーのコーンが痛んでいないか掃除がてらに調べる。レコード盤もそりや日焼けがおこらないように、専用の収納家具にいれておき、埃が落ちないように注意。とくにプレーヤーにセットするとき、レーベル面に傷がつくことがあるので、厳重に注意。盤面に「ひげ」がつくのはご法度(別書で五味康祐は自分のレコードには「ひげ」がないことを自慢)。

 以上の作法メンテナンスを独力でできるようになって、免許皆伝。これより先、人に教えることが許される。いやあ、レコードは気軽に聞けるものではなかったのだよ。カセットテープがでて少しは楽になったが、プレーヤーの可動部は壊れやすいし、ヘッドに磁気がたまるから定期的に消磁しないといけないし、テープの巻がムラになったら手動かプレーヤーでまき直し、テープの接触面で音のゴースト転写が起こるから長期間置きっぱなしはダメ、とここでも作法メンテナンスはうるさい。

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 さて、戦前の旧姓中学生で、中国戦線の兵士であった著者が帰還後悶々としている中、剣豪小説で人気を博す。収入が増えたときに行ったのは、戦前の蓄音機と敗戦後のラジオの記憶の思い起こし。高級オーディオの日本代理店がないので輸入するのが難しい西欧のオーディオ機器を片端から購入し、クラシック音楽レコードもどしどし仕入れ、オープンリールテープでFM放送のエアチェックにいそしむ。ついには、防音設備の整ったオーディオルームのついた家を二軒たてる。昭和30年代にセット40万円のタンノイのスピーカーを購入したというから、いったいいくらの金をつぎ込んだのか(大卒サラリーマンの月収が1万円のころ)。そこまでしても思うような音が出てこないことに絶望し、憤慨し、人の話を聞き、システムをいじり、次の機器購入のためにカタログを眺める。「いい音」を聞きたいために、いかに金を使い、機器をいじくり、人の話を聞いたり、人のシステムを見に行ったり、ときに人を招いて自慢する。レコードを聴くときは作法を厳格に守る。その執念というと、まさに「鬼」。

 とはいえ、「いい音」を聞くために何をしたかは書かれても、なぜするかは書かれない。本人には自明のことだからだ。でも、はた目からするとその妄執は理解しがたい。どうにかここから読み取れるのは

1.「自然」な音を聞く(不思議なことに、自然な音を聞くためにコンサートにでかけた様子はない。あくまで機器からでてくるだろうという理想の「音」を追求する)

2.録音、演奏、作品、作曲家の一流二流や真贋を聞き分ける/見極める鑑賞眼を養う(なのでレコードは数回聴いたところで白黒つけ、お眼鏡にかなわなければ人に譲る。手元にあるのは100枚未満。)

3.機器やレコードには惜しまず投資する(金だけではなく、自分の時間も。空いた時間は機器のメンテとレコード整理・収納に費やす。)

4.音楽から物語を想像する(過去にあった人、別れた人、傷つけた人を思い出し、その人との体験を物語にする)

 ここから見えてくることは、オーディオ機器をいじること、音楽を聴くことが自己修練であること。音や音楽は理想やイデアを持ち、そこに達するためにはものの扱いに習熟し、自己の身体のようになり、自己自身を克己奮励して、その高みにふさわしい自己になることが必須である。音や音楽は現実に存在するはかないものではなく、理想やイデアを有した不変の観念であるというわけだ。当然、理想やイデアは実現することはなく、いつまでも終わらない。しかし到達しようとする修練の繰り返しこそ、目的であり、人生の目標となる。こんな感じ。

 この国では輸入されたものや風習が洗練されて、自己修養の芸事になることがある。茶道典型明治以後にはスポーツがその対象になる。野球道が典型(マンガを見るとテニスもそうだったみたい。「エースをねらえ」)。ピュアオーディオも昭和の時代に「道」になった。著者は師に弟子入りし、師の宣うことを実践し、結果が出ないことに悩み、ついに師を越え独自の道を開く。そのころには同好の士や弟子が集まり、一つの流派を確立するにいたる。この過程もまた、この国の芸道でよくみたものである。その点で、自分はこの本を著者のオーディオに関する見識の披露としてではなく、「芸」や「道」が確立し普及していくドキュメントとして読んだ。

 では、今後ピュアオーディオ「道」として普及するか。たぶん厳しい。それはレコードがCDに、電子情報になることで、音質を左右する問題が少なくなり、機器にこだわらずとも高い平均点をだすようになった。そのうえ駆動系のパーツが無くなり、メンテナンスフリーになる。音源も電子データになれば、収納に頭を悩ませなくともよい。鑑賞眼を高めてごく少数の高級品をめでるよりも、できるだけ多数の音源を聞き差異を見出す方に鑑賞方法が変わった。オーディオ機器が相対的に安くなり、少額である程度そろえられるようになり、所有を自慢する価値がなくなった。うえの1から4を実行するベースが変わってしまったのだ。そのうえ、音楽を聞くことが自己修養になるという観念も一般的ではなくなったし。

(もうひとつはオーディオのような趣味に費やす時間と金を人は持たなくなった。そのうえ、音や音楽の鑑識眼を持つこと、西洋の古典音楽に通じていることが人格を高めることであるという観念が一般的でなくなったので、自慢のタネにならなくなった。むしろオタク趣味と忌避されるようになっている。)

 以前は自分もオーディオセットに金をかけたが、引っ越しを機に処分した。たしかに「いい音が聴きたい」@石原俊(岩波アクティブ文庫)欲望はあるものの、自分の死後を考えると、巨大な処分しにくい「もの」があるのは、あとの人によろしくない。迷惑がかかる。今はPCから直接スピーカーに出力しているが、それで十分。スピーカーは海外メーカーの1セット1万円のもの。

五味康祐 オーディオ遍歴(新潮文庫)

五味康祐 オーディオ遍歴(新潮文庫)


 五味康祐の家族は係累を残さずに物故したので、一度は散逸する恐れがあったらしい。区が所有することになり、オーディオセットは今でも聞くことができるらしい。これも昨今の少子高齢化による税収入の減少で、維持は難しくなるだろう。これからは文化遺産がなくなっていく。

公益財団法人練馬区文化振興協会(練馬区立練馬文化センター/練馬区立大泉学園ゆめりあホール/練馬区立石神井公園ふるさと文化館・分室/練馬区立美術館)

五味康祐のタンノイ・オートグラフを聴く - すごもり生活、ときどき散歩

2018-04-19

青柳いづみこ 「ピアニストが見たピアニスト」(中公文庫)

 聴衆である自分は、ピアニストをステージか録音メディアでしか知らない。そうすると、ピアニストから見えてくるものはそのときどきの演奏とそこに込めたイメージ。では、ピアニストがどのような準備をし、どのような葛藤をへてステージや録音スタジオに来たのかというバックステージのことが見えなくなる。芸術の成果は見えても、生活練習はみえてこない。

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 この本では、著者は、自身がピアニスト。知り合いのつてをたどると、有名なピアニストの世話をしたり、レッスンを受けたという人に会える。ときには同業者ということでインタビューもすることができる。なので、この本のユニークなのはバックステージのことを明かにし、熟練した技術者が巧の技を解説してくれること。そのうえ、レコードのみならず、21世紀になって大量に出たDVD他の映像記録も参照する。しかも物故したピアニストでは彼の全録音(スタジオだけでなく、ライブの音源も)を聞くことができる。そのような豊富な取材源を使って、次のピアニストを語る。

スヴャトスラフ・リヒテル ・・・ 絶対音感のずれ、うつ、初等教育を受けなかった苦悩。

アルトゥーロ・ベネデッティミケランジェリ ・・・ 完璧主義と歌のせめぎあい。

(これは完ぺき主義時代の演奏。ここには堅苦しいけど、繊細な歌があると思う。1969年ヘルシンキのライブ。)

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マルタ・アルゲリッチ ・・・ 霊感の到来を待つこと、至高を繰り返す苦悩、ステージに上がる恐怖。

サンソン・フランソワ ・・・ 気まぐれ、トリップ。

ピエール・バルビゼ(とクリスチャン・フェラス) ・・・ 教師と演奏家のはざま。フェラスを襲うプレッシャー(自分の聞いた中ではフランクのバイオリンソナタでこのプレッシャーが著しい。この駘蕩風靡な音楽がガチガチに硬い音楽になっている)。

Franck: Sonata in A major for Violin and Piano, Ferras & Barbizet (1957) フランク ヴァイオリン・ソナタ フェラス - YouTube

エリック・ハイドシェック ・・・ 個性と時代の隔絶。故障。

 いずれも20世紀後半の大ピアニスト。チケットは完売、レコードもロングセラーという人。しかし「ここにとりあげたピ

アニストたちは、たぐいまれな才能に恵まれた神の子のような存在だ。そんな彼らが、どうして必ずしも幸せな演奏人生を歩んでいないように見えるのだろう」という著者の感想がつらい。

 なるほど、ステージと録音媒体だけからでは見えてこない困難や不安や恐怖が、ピアニストに現れる。子供のころから専門の英才教育を受けたために社会性を失うという話は、中村紘子ピアニストという蛮族がいる」にもある。中村のは20世紀前半に活躍した物故者ばかりだったので、ユーモラスに聞こえたが、こちらは存命中の活躍を知っているという親近感があるうえ、キャリアで成功を収めた後の話なので、シリアスに響く。なるほど、ピアニストにはストイシズム(毎日の練習や譜読みなど)がある一方で、強い自意識がきまぐれや神経質、傲慢さや自信喪失のなどを起こす。それに世界中を移動し、ホテルと演奏家場を往復するだけの単調な生活が続く。ピアニストにある孤独や節制と、うらはら傲慢や気まぐれが生活の不自由になってしまう。

 とくに、ガンに侵されたアルゲリッチが緊急入院することになった時、付き添いに誰も名乗りをあげず、懇意にしている日本人ピアニストが予定をキャンセルして、看病にあたったというエピソード。名声や人気、お金だけではみえてこない困難があるというのにしばし呆然とした。

 最近ではプロのスポーツ選手にはメンタルや生活設計のコンサルがつくというし、引退後の就業支援をする仕組みも作られている。そういうバックアップはプロの演奏家にもあるのか、音楽界でもそういう仕組みがないものか、と妄想してみた。この国の多くの音楽家が教育者や大学教授につくのは、そういうキャリアの選択肢のひとつか(イタリアには引退した音楽家のための養老院があるそうだ。ソプラノ歌手レナータ・テバルディがそういう施設でなくなった)。

 さて、この本を読みながら吉田秀和の「世界のピアニスト」を何度も思い出した。冒頭からの4人は吉田も取り上げていたはず。内容はまったく覚えていないが、この本の内容とは異なったコメントだったと思う。たぶん吉田はレコードや実演を聞いたときの「いま=ここ」にフォーカスしているからだろうし、この本では資料を集め取材したうえで歴史を見ているからだろう。こういう違いを思いついた(批評の方法の良し悪しとは無関係。発見と興味を引き出してくれればどちらでもかまわない)。

ピアニストが見たピアニスト

ピアニストが見たピアニスト

2018-04-17

カール・ベーム「回想のロンド」(白水ブックス)

 カール・ベーム1894年オーストリアグラーツに生まれた指揮者。この国には、1963、1975、1977、1980年に来て、ベルリンドイツオペラウィーン・フィルと演奏し、いくつも名演を残した。CDやDVDで確認できる。自分は完全出遅れで、1980年の演奏をTVで見るか、ザルツブルグ音楽祭の演奏をFMで聞くかしたくらい。印象深いのは、1980年の大晦日に放送されたベートーヴェン交響曲第9番の演奏。翌年に同じメンバーのセッション録音がLP販売されたのだが、冒頭からずっと遅いテンポだったのに、終楽章コーダで突然通常の早めのテンポになる。でも、FMのライブ演奏では遅いままだった。そこが気になっていて、できればライブ盤をもう一度聞いてみたい。

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 さて、この本は1967年12月にベーム邸を訪れたハンス・ヴァイゲルというライターが長時間のインタビューを行い、再構成して一冊の本に仕上げた。翌年2月にはまとまっていたから(まえがきの日付による)早い仕上げ。

 邦訳タイトルは「回想のロンド」だが、元タイトルを直訳すると「私は正確に思い起こすのだが・・・」となるそうだ。なるほど、当時71歳のベーム翁の記憶は大したもので、いつ・どこで・だれとどの曲を演奏したのか、というのがこと細かく書いてある。

 彼は第1次大戦に徴発されて輸送部隊にいたのだが、どうも真面目に任務を全うしたとはいえず(まあ部隊の兵士全員がそうだったから仕方がない)、前線にでなかったのでレマルク西部戦線異状なし」(あるいはバルビュス「クラルテ」)のような凄惨な目にはあわなかった。戦後はグラーツ歌劇場に潜り込み、指揮の機会を与えられるたびに成功した。ミュンヘンブルーノ・ワルターで出会ったのが出世の糸口になり、先輩クナッパーツブッシュとやりあいながら研鑽をつむ。このときの音楽上のメンターになったのは、アルバン・ベルクリヒャルト・シュトラウス。彼らのオペラを上演するとき、助言をもらい、成功する。戦前は、ウィーンバイロイトハンブルクに活動を広げる。しかし、ドイツの敗戦で2年間ほどの活動停止。本人は50歳を超えているのに無収入になり、専業主婦だった奥さんが歌手の経歴を生かして個人レッスンをして家計を助ける。活動再開後には、ブエノスアイレスのコロン劇場で重要なポストをもっていたが、1954年ウィーン歌劇場総監督になる。そのとき60歳。キャリアの頂点に立つかと思われたが、カラヤン(のとりまき)の陰謀(?)で1958年で辞去。以後は特定のオケやオペラハウスの監督になることはなく、フリーランスになったが、過去の経歴のおかげか高額のギャラで一流オケだけを指揮するようになる。1960年代はヴィーラントと組んだバイロイト音楽祭、そして夏の休暇中のザルツブルグ音楽祭で大活躍(記述はここまで)。以後は高齢のためにウィーン周辺に活動の場を絞る。この国がお気に入りになったのか、数回の来日演奏を果たした。この国の人も彼に敬意を払い、来日公演は何度もTV放送された。一方、アメリカでは人気が出なかったらしい。

 というようなキャリアは、20世紀の典型的な劇場上がりの指揮者のそれ(のうち最も成功した人)であって、とくにおもしろいわけではない。しかも記述は、いつ・どこで・だれとどの曲を演奏したのかばかり。コンサートはあまり触れていないので、話はもっぱらオペラのこと。二人のメンターの思い出がそこに加わるくらい。かれより前の世代演奏家ならでてくるような「ドイツ精神」「芸術」というような話はまるでない。最終章でようやく指揮の説明が出てくるが、ここでも技術に終始。あるいは劇場の人間関係にかんする注意に、指揮者のこころがまえくらい。それに、1930年代ドイツにいても、ナチス時代の思い出もないし、ナチス批判もない。政治的な主張もない。まあ、ゲルマン人にしては珍しいほど形而上学ロマン主義に興味がなく、職人のように手仕事に徹している人なのだ。フルトヴェングラーワルター、フィッシャーのような演奏家の本とはまるで異なり、芸術論や政治論議を期待する読者には完全に肩透かし。カラヤンヨッフムと同じ無政治的という政治的立場は彼の保身から生まれたのだろう。それより年下の演奏家ショルティとかヴァントとかサヴァリッシュあたり)になると、イノセントであったと自己弁護できるようになる。

回想のロンド (白水Uブックス)

回想のロンド (白水Uブックス)

2018-04-16

ジャック・ティボー「ヴァイオリンは語る」(新潮社)

 ジャック・ティボー(Jacques Thibaud, 1880年9月27日 - 1953年9月1日)はこの国の西洋音楽愛好家に愛された。クライスラー、フーベルマンが巨匠とすると、この人は洒脱なエスプリ。近代フランスの作品、それにカザルス、コルトーと組んだトリオによる三重奏曲の録音で人気を博す。戦前に2回来日し、それぞれで数十回のコンサートを持った。戦後、1953年に3度目の来日のために飛行機で移動中、墜落事故で亡くなった。

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 この本はティボーによる自伝。いつ書かれたかはこの本ではわからない。ちなみに読んだのは、昭和28年1953年)に新潮社からでた「一時間文庫」という叢書。訳者は西條卓夫・石川登志夫で、最近白水社からでたのは粟津則雄訳。入手不可とおもったら、ネットでダウンロード販売していた。

ヴァイオリンは語る

 自伝とはいいながら書かれたのは18歳のデビューまで。記述に即して半生を見ると、1880年ボルドーの生まれ。父は地元のオーケストラバイオリン奏者。腕の事故で退団し、家庭教師になる。母は2歳の時に死亡。兄弟は6人で、うち二人が早世。4人はいずれもパリ音楽院に行く。みな優秀な成績だったようだが、教職についたり老いた父の面倒を見たりで、音楽史に名を残すのはジャック一人。貧乏な家であったが、ミューズに気に入られ子供のころから天分を発揮する。十代でパリ音楽院に行く頃は極貧の生活。それでも同世代の若者との共同生活は楽しい。オペレッタオーケストラでバイトし、コンセール・ルージュで軽音楽だのを演奏する。そこにはヴェルレーヌドビュッシーもきて会話したり、食事を共にしたり。あるとき、大指揮者で自前の楽団を持つエドゥアール・コロンヌに見初められ、コンセーヌ・コロンヌのトップ奏者になり、サン・サーンスの大作「大洪水」の初演でバイオリンソロを披露し、大成功を収める。

 なるほど20世紀初頭には音楽教育システムが完成されていたのであるが、こういう奇縁が左右することもあるのか(現在でも盲目のピアニストの演奏のテープをあるジャーナリストが知り合いの指揮者に送ったら、自分のコンサートのソリスト招聘しデビュー。以後、幾多のTV番組が作られ、世界的なコンサートで優勝するに至るという話もある)。マナーにはいいかげんなカフェの演奏家(しかしパリ音楽院在籍中)が見出されたというのが、神話的。

 神話的と思わせるのは、ティボーの書き方にもあって、日付や場所には無頓着。事実を描くよりも、そのときにいた自分の感情やファンタジーを語る方に筆を向ける。幼児のころからガラス窓(このころには地方の家にも普及していたのか)を見つめていると謎の男に話しかけられ、芸術の眼を開かせる。のちにモーツァルトと名乗るこの男はティボーの勉強や趣味を方向付けるきっかけになる。あるいは人生の節目ごとに現れるベートーヴェンロマンスト短調。この曲を聴いてバイオリン奏者を志し、パリの安下宿で貧乏人を結び付け、最初のコンサートのアンコールで披露する。コンセール・ルージュの演奏後、くたびれたコートを着た老人に話しかけられ、なじみの居酒屋でグダグダ話を聞かされる。それは晩年のヴェルレーヌであった(会った半年後に死去)。若き日にドビュッシー食事を共にし、彼の一挙手一投足に夢中になる。「牧神の午後の前奏曲」試演に立ち会い、聴衆が喧騒するのを目撃する。ベル・エポックが始まったころのパリで新しい息吹が生まれているのがよくわかる。

 そのうえ、この人はみごとなエッセイの書き手。一エピソードは数ページで終わるが、単独のスケッチやコント、掌編と呼べるできばえ。トリオを組んだカザルスやコルトーも本を書いているが、彼らと異なるのは、ティボーは観念のことを書かないこと。芸術とはなんぞや、国家とはなにか、貧乏暮らしの不条理さなどはまず触れない。20世紀の前半に活躍した音楽家演奏家は西洋にいる限り政治に関わったものだが(カザルスのアンティファシズム、コルトー翼賛)、この人はパリにいながらまったく翻弄されなかった。意識的選択とは思えない、自然体が可能にしたのだろう。

アルフレッド・コルトオ「ショパン」(新潮文庫)

ホセ・マリア・コレドール「カザルスとの対話」(白水社)

ホセ・マリア・コレドール「カザルスとの対話」(白水社)-2

アルバート・E・カーン「パブロ・カザルス 喜びと悲しみ」(朝日新聞社)

 ジャック・ティボーはバイオリン演奏法のフランスベルギー学派のひとりとされる。指が回って技巧をひけらかすのではなく、音量や重厚さで圧倒するのでもなく、鋭く切り込んで本質をえぐりだすでもなく、音色と節回しの華麗さや洒脱さを旨とする。1世紀前の人なので、技術や語り口は古くなってしまったが、ベル・エポックの雰囲気を味わうにはこの人に限る。推薦する演奏は、ドビュッシーフォーレ、フランクのバイオリンソナタ。あと小品集。

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ベル・エポックの雰囲気を味わうには、あとコンセール・ルージュの先輩カペーが主宰したカペー四重奏団が双璧。とくに、ドビュッシーラヴェル弦楽四重奏曲。)

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2018-04-14

河出文庫「世界の歴史」 INDEX

2016/03/16 今西錦司「世界の歴史01 人類の誕生」(河出文庫)

2016/03/25 岸本通夫/伴康哉/富村伝「世界の歴史02 古代オリエント」(河出文庫)

2012/04/20 貝塚茂樹「世界の歴史03 中国のあけぼの」(河出文庫)

2016/03/28 村田数之亮/衣笠茂「世界の歴史04 ギリシャ」(河出文庫)

2015/01/15 弓削達「世界の歴史05 ローマ帝国とキリスト教」(河出文庫)

2018/03/20 佐藤圭四朗「世界の歴史06 古代インド」(河出文庫) 

2018/03/26 宮崎市定「世界の歴史07 大唐帝国」(河出文庫) 

2018/03/19 前嶋信次「世界の歴史08 イスラム世界」(河出文庫) 

2016/03/29 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-1

2016/03/30 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-2

2016/03/31 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-3

2016/04/01 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-4

2018/03/27 羽田明/間野栄二/山田信夫/小中仲男「世界の歴史10 西域」(河出文庫) 

2018/03/29 愛宕松男「世界の歴史11 アジアの征服王朝」(河出文庫) 

2016/04/11 会田雄二「世界の歴史12 ルネサンス」(河出文庫)-1

2016/04/12 会田雄次「世界の歴史12 ルネサンス」(河出文庫)-2

2018/03/01 今井宏「世界の歴史13 絶対君主の時代」(河出文庫) 

2018/03/30 三田村泰助「世界の歴史14 明と清」(河出文庫) 

2018/03/02 河野健二「世界の歴史15 フランス革命」(河出文庫)-1 

2018/03/05 河野健二「世界の歴史15 フランス革命」(河出文庫)-2 

2018/03/06 岩間徹「世界の歴史16 ヨーロッパの栄光」(河出文庫) 

2017/07/12 今津晃「世界の歴史17 アメリカ大陸の明暗」(河出文庫)

2018/03/23 河部利夫「世界の歴史18 東南アジア」(河出文庫) 

2018/03/22 岩村忍 他「世界の歴史19 インドと中近東」(河出文庫) 

2018/04/2 市古宙二「世界の歴史20 中国の近代」(河出文庫) 

2018/03/08 中山治一「世界の歴史21 帝国主義の開幕」(河出文庫)-1 

2018/03/09 中山治一「世界の歴史21 帝国主義の開幕」(河出文庫)-2 

2014/11/25 松田道雄「世界の歴史22 ロシアの革命」(河出文庫)

2018/03/12 桑原武夫「世界の歴史24 戦後の世界」(河出文庫)