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2018-02-20

ウィルキー・コリンズ「月長石」(創元推理文庫)-2

 この長編は事件にかかわったフランクリン・ブレークが関係者に手記を書くように手配し、ほとんど手を加えないで、つなげたという趣向になっている。事件全部にかかわる「探偵」はいないので、こうやって場面や場所ごとのもっとも事情を知る人の証言を集め、読者は語り手が信用できるかを判断しながら、全体像を再構成する作業が必要になる。

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第二期 真相の発見(一八四八-四九年)

第一話 故ジョン・ヴェリンダー卿の姪、クラック嬢の寄稿 ・・・ レイチェルはロンドンの邸に移動。フランクリンは外国に出てしまっている。ロンドンでは、ゴドフリーがなにか高価なものを宝石店兼金貸しに質入れした。すると、ゴドフリーと金貸しを三人の見知らぬ人間が襲い、拉致したうえで、身に着けているものを探るという事件が起こる。ゴドフリーが「月長石」を質入れしたのではないかという噂が立つが本人は否定。レイチェルはゴドフリーと婚約するが、ヴェリンダー夫人が心臓病で死亡。その直後に、レイチェルはゴドフリーとの婚約を破棄し、弁護士ブラッフの家に寄宿することにする。

(この章の書き手は独身のまま老年になった女性。金と暇があるので、慈善団体に入り、怪しげな新興宗教の信徒になって布教活動にいそしむ。おかげで誰からも無視されたり毛嫌いされているが、彼女の高貴な心は人々の無知と無信心に対して自分の勝利を確信するのである。そういうはたからはやっかいな人間であり、集合観念に取りつかれた「狂信者」の手記。そのために、さまざまなギャグがしこまれている。死期にいたった夫人の家に宗教パンフレットを置いておくと返送されて唖然としたり、夫人の死と葬儀の描写フランクリンと手紙でダメ出しと抗議がやりとりされたり、レイチェルの婚約破棄にあたって自分が後見人になると言い出して顰蹙をかったり。事件が動かない(むしろレイチェルの婚約破棄にてんやわんや)ので、こういうコメディリリーフが物語を盛り上げる。宗教狂信者はドスト氏の小説にもでてくるが、ドスト氏の小説では物語の思想的核心をつく重要人物になるのに。政教分離宗教世俗化が完了しているイギリスでは宗教狂信者はけむたがれるのね。)

第二話 クレイズ・イン・スクェアの弁護士、マシュウ・プラッフの寄稿 ・・・ ヴェリンダー家の顧問弁護士の回想。ゴドフリーが夫人の死の直後に、遺書を閲覧したことイギリスでは手続きを踏めば誰でも他人の遺書を閲覧できたらしい)。彼が素寒貧なのをレイチェルに説明して、婚約が破棄された。インド人の首領弁護士に金を借りにきて、情報を入手した。ダイヤモンド紛失のときに屋敷にいた紳士がインド人が次の奪取の機会(質入れの一年後)をねらっていると推理を披露する。

(「白衣の女」にも出てきたように、秘密結社の存在が示唆される。イタリアインドイギリス帝国主義覇権を脅かす運動には、秘密結社テロリストグループがあると思い込んでしまう。そういう別の理由をつけないと、市民運動や抵抗の理由を合理化できないからねえ。リアルではだめな思考だが、エンターテインメントでは物語を推進する力になる。)

第三話 フランクリン・ブレークの寄稿  ・・・ あれから一年。外国周遊中のフランクリンは父の死により遺産を相続する。急いで帰国。ベタレッジに再開すると「びっこ(ママ)」のルーシーフランクリン宛の手紙をもっているという。訪ねて手紙を受け取ると、そこには流砂に隠した箱があると書いてある。危険をおかして回収すると、そこには長い手紙とフランクリンのナイトガウン。そこには例のペンキのシミがついている。それによると、ダイヤモンドを盗んだのはフランクリン自身。動転したままレイチェルに無理やりあうと、抱擁、キスのあと突然の拒絶。というのも、レイチェルはあの夜、フランクリンが寝室に忍び込んでダイヤモンドを盗んだのを目撃したから。それを内緒にしていたのに、一年前のなんという仕打ち、あなたなんか大嫌い。傷心のフランクリンは再びヴェリンダ―家に戻ると、そこにはキャンディ医師(あの夜のパーティ参加者)の助手エズラ・ジェニングスにあう。キャンディはあの夜の雷雨にあたって人事不省。うわごとを記録していたが、それがフランクリンの話を合理的に説明できるという。その中身にフランクリンはすっかり納得したが、ジェニングスは法的な証拠にはならないという。なので、もう一度、事件の夜を再現する実験をしようと提案する。またロンドンの宝石店にダイヤモンドが質入れされた経緯は説明できない。

フランクリンは事件の後、外国を放浪する。これは「白衣の女」のウォルター・ハートライトと同じく、未成熟な青年が義務と責任を果たす大人の男に生まれ変わる儀式にほかならない。あいにくフランクリンには博物学旅行のような冒険は訪れず、たんに若いころのあやまちで作った借金が返済できて、心の中の重荷がなくなった程度でしかないが。むしろ、彼の成長の儀式は、このあとのエズラ・ジェニングスの実験になるのか。なにしろ、あの夜のダイヤモンド盗難事件から形式的には逃亡し、久しぶりに帰還したフランクリンに訪れるのは、エディプスの神話と同じことだから。青年時代の無垢で無知な状況でしでかしたことの意味を改めて突き付けられ、意味を見出さなければならないのだから。そこにおいてベタレッジやジェニングスによって示唆されるのは「汝自身を知れ」という格言。いや、その試練はむしろロザンナやレイチェルによる弾劾にこそあるのかもしれない。ロザンナとレイチェルという二人の女性がそれぞれにフランクリンをかばった理由を知ることこそ、フランクリンには厳しい自己反省を迫るものであったから。

 第一期のベタリッジの手記ではさらっと流してしまうエピソードが、ここにいたって重要になるという、なんとも息の長い伏線がみごと、すなわち、フランクリン禁煙でいらいらして、パーティにいたキャンディ医師と口論になり、突然和解する。そのときには本筋に関係ないとおもわれたできごとが、事件の遠因であり、真相に肉薄するものであった。20世紀のエンターテインメントではよくあるテクニックだが、19世紀にこれほどの使い手がいたとはなあ。たいていはスティーブンソンやドイルのように、できごとのすぐ後に意味や因果を書いてしまうのだ。コリンズ以前のゴシックロマンスでも同様。

 また、あの夜とそのあとの捜査の様子がレイチェルやロザンナによって語られる。読者はベタリッジの報告で知っているだけであるが、そこに別人の視点が入ると、新たな意味が浮かび上がる。なるほどベタリッジは信頼のおける語り手ではあるが、ジェンダーやその他のバイアスがあって、神のようになんでも見通せるわけではない。別人の視点を導入すると、情報を整理して「真相」が浮かび上がる。この小説には「探偵」がいないが、手記を集め編集した者こそ「探偵」と呼べるかもしれない。カッフもフランクリンもジェニングスも探偵の役割を果たすが、ひとりで解決したところは一部分であって全体をみとおしているわけではない。そういうところも加味すると、探偵は手記の編集者といえるだろう。

 おまけ。ゴドフリーはレイチェルに振られたあと、別の資産もちのお嬢さんと結婚。金使いの荒さなどで離婚することになり、にっちもさっちもいかなくなりそうなところ、クラック嬢(第一話の語り手:ゴドフリーはクラック嬢が参加する慈善団体の主宰者)に遺産をもらって事なきを得る。第一話のコメディリリーフがここでも活躍し、ギャグを完結させる。なんとも読者にサービス熱心な書き手だこと。感心。)

月長石 (創元推理文庫 109-1)

月長石 (創元推理文庫 109-1)

2018-02-19

ウィルキー・コリンズ「月長石」(創元推理文庫)-3

 もっとも大きな謎は解けたとはいえ、まだまだ未解明な点が多々あり、捜査と冒険はこのあとも続く。

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第四話 エズラ・ジェニングズの日記からの抜粋 ・・・ 医師によるフランクリンへの再現実験のようす。ヴェリンダー家をあの夜と同じにし(完全なものにはできないというベタリッジの復唱がおかしい)、フランクリンに暗示をかける。ダイヤモンドを盗み出すところまでは成功したが、隠せなかった。

(ジェニングスは若いころのあやまちでアヘン中毒になった。そのため容貌が変化し、他人から差別を受けている。そのうえ慢性の内臓病で余命は少ない。終始、孤独な人生。人生の終わりに、フランクリンの「無実」のために一肌脱ぐ気になったのは、同じような境遇にいる若者への同情か、それとも自己の目的を再発見したのか。「私は幸福なひとときを過ごしたのだ」という最後の言葉が印象的。作者コリンズも晩年にアヘンを吸引した。その萌芽となるのか。作中にド・クインシー「阿片中毒者の告白」の名がでてくる。)

第五話 ふたたび、フランクリン・ブレークの物語 ・・・ フランクリンロンドンに戻って、宝石店兼質屋を見張ることにする。船員風の男が質屋をないり、でていて、見失った。弁護士の小使いの少年が自発的に後を追って行方を探っていた(ベーカー・ストリート・イレギュラーズの祖父みたいな存在!)。引退隠棲したカッフ部長刑事をやってきて、弁護士たちの捜査状況を確認。とまれ、船員風の男を追いかけようということになり、安ホテルに行くと、部屋で死んでいるのを発見。カッフはさっそく変装をみやぶり、かつらやドウランを外していく。そこに能われた意外な顔。

第六話 カップ部長刑事の寄稿 ・・・ その後の調査による事件の解明と犯人の動機の説明。ダイヤモンドはインド人が回収したものと推測。

(ここでは犯人の二重性に注目。昼の顔と夜の顔があり、昼では犯罪の仮面を隠している。このような犯罪者の肖像はゴシックロマンスにはありえず(そこには二重性はない)、近代の小説の範疇にはいる。この二重性は、ディケンズの「エドウィン・ドルードの謎」の悪役、スティーブンソンのジキル博士とハイド氏」のタイトルロール共通する。)

第七話 キャンディ氏の手紙 ・・・ エズラ・ジェニングズの死亡を伝える手紙。

(カッフ部長刑事とキャンディ氏の手紙に書かれている「新事実」は、以前に書かれた別人の手記の記述と照合することが求められている。そうすると、別人の手記ではあまりたいしたこととは思えないできごとに、重要な意味があったことが判明する。このような書き方はいかにも「探偵小説」的。阿片吸飲者のジェニングスは孤独な生活をしていたが、晩年の半年に他人を危機から救出することに熱中する。それが死に際の平穏に結びついたのだとされる。ここはコリンズの晩年を思うと、何とも皮肉なことだ。コリンズは作家として忘れられ、阿片吸飲と貧困で悲惨な最後を遂げた。)

第八話 ガブリエル・ベタレッジの寄稿 ・・・ レイチェルとフランクリンの結婚式。レイチェル懐妊を予言する「ロビンソン・クルーソー」。

(結局、「月長石」はヴォレンダー家に戻らなかった。ダイヤモンドという富の象徴が家に闖入することで、家の関係者がてんやわんやの騒ぎを起こし、互いに疑心暗鬼になり、生活を変えることになった。老衰でない亡くなり方をした二人が痛ましい。そのような苦痛と犠牲を経験して、家は再興する。出所不明の富は混乱と不誠実をもたらすということか。それまでの聖杯伝説のような再生物語は、近代の法制国家では妥当ではない。自身の努力による出世と世俗的な成功が資本主義社会にはふさわしいともいえる。)

エピローグ ダイヤモンドの発見 ・・・ ロンドンを脱出した三人のインド人のゆくえ。夕映えの聖堂に輝く月長石(ムーンストーン)。

(ほとんどの登場人物のそのあとが語られる。インド人のゆくえですら説明される。とても丁寧な幕引き。)


 事件の様相は二転三転する。第二期第三話のフランクリンの手記からすこしずつ真相が解明されていく。その展開のしかたが、どんでん返しで以前の解釈をひっくりかえしちゃらにし、再構築するのではない(そういうクイーンのような執拗さはない)。ロザンナの手紙であきらかにされたことをレイチェルの証言が補強し、自身の疑惑を医者の助手が実現可能性を示唆し、弁護士部長刑事の捜査で真相が完成する。ひとつの解釈を補強しつつ、複雑な状況を論理的・合理的に説明する。複数の人がそれぞれの思惑と推理で行動したので、事件は複雑になったのだ。

(このような解決であったのが、70年後に書かれた マイケル・イネス「ある詩人への挽歌」(現代教養文庫)1938年。そういえば、この小説も複数の登場人物の手記で構成される形式になっていた。イネスは「月長石」のパスティーシュをねらったのかしら。)

 とはいえ、19世紀半ばの過渡期的な探偵小説では、謎解きで満足することはあるまい。むしろ、コリンズの手による生き生きとしたキャラクターが恋愛やコメディを演じているのを楽しむ方がよい。T.S.エリオットが愛好したように、この小説は再読が可能な優れた娯楽文学なのだ。まあ、深刻な思想的対立や社会悪の摘出などを好む日本の昔の読者には受けが悪いだろうけど。一方で「探偵小説」のカテゴリーにいれると、ミステリーのカタルシスを望む読者には肩透かしになるだろう。なにしろ、なかなか話が進まないビクトリア時代の悠長な物語を読まされるのだから(そのうえ、ヴァン=ダインの「二十則」に抵触する趣向がたくさんでてくるし。厳格な形式主義者は探偵小説と認めないだろう)。

 21世紀には販売の難しい小説。いっそ「白衣の女」と同じく岩波文庫に入れて「古典」扱いにするといいかな。

月長石 (創元推理文庫 109-1)

月長石 (創元推理文庫 109-1)

 「月長石」はなんども映画化、ドラマ化されている。もっとも古いのは1916年の映画らしい。この国では好事家のみ知っているマイナー作家だが、地元では人気があるようだ。

Wilkie Collins' THE MOONSTONE (1934) - David Manners

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2018-02-16

A.M.ウィリアムスン「灰色の女」(論創社)-2

 A.M.ウィリアムソン「灰色の女」(論創社)を10年ぶりに読み直し。

2011/05/11 A.M.ウィリアムスン「灰色の女」(論創社)

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 まず、登場人物表。ウィリアムソン「灰色の女」は、明治と昭和に黒岩涙香江戸川乱歩によって翻案された。舞台や人名を変えているので、その異同をみておこう。

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 以下は「灰色の女」のストーリーのサマリー。黒岩、江戸川の翻案もほぼ同じ。「前史」「第〇部」は自分による便宜的な区分。

前史: 名誉革命の頃の1651年に、アモリー家の先代が「ローン・アベイ館」をたてた。巨大な時計塔がシンボル。そのときから、幽霊が出るという噂が立った。アモリー家の当主はアモリー問答なる散文を暗唱して代々伝えていたが、いまは直系の血筋は絶え、知る人はいない。20年前にこの館を女中頭が買い取り、幽霊のでる部屋に住んでいたが、ある夜殺された。死ぬ前に下手人の腕の肉を噛みきっていて、同居している養子と養女と女中のうち、女中が疑われた。犯人ということで収監されたが、二年後に死亡。養女と養子の行方は知れず、館は無人になっていた。

第1部(第1から11章まで): アモリ―家の傍系にいるウィルフレッド・アモリー卿が館を買い取ることになり、甥のテレンスに下検分に行かせる。テレンスは屋敷の墓地に佇む美女灰色の女(グレイの服をいつもまとい、長手袋をしているので)」にあう。彼女は誰も鳴らせない時計を動かし、テレンスに幽霊のでる部屋を使って、聖書とアモリー文書を調査しろと命じる。なるほど彼女のいう通り、古い聖書とアモリ―文書がなぜか邸の中で見つかった。彼女はアメリカから来た女流作家で「琥珀の中の蠅」という本で有名。あるパーティでアモリー卿とテレンスは「灰色の女」コンスエロ・ホープに再開する。卿は見るなり失神。テレンスは彼女のコントラアルトの歌声にしびれる。しかし、テレンスのフィアンセ、ポーラ・ウィンはすぐに嫉妬。コンスエロを20年前の女中頭殺人事件の犯人と告発。すぐさまそれは否定される。コンスエロはポーラの手紙で温室に呼び出されるが、そこには虎がいた。コンスエロを追っていたテレンスは屋根裏から虎に向かうがのしかかられる。コンスエロは部屋にあった猟銃で虎を射殺する。ポーラはテレンスとの婚約を解消し、家を出てしまう。

(アモリー卿は妻と娘を亡くしていた。コンスエロはミス・トレイルという夫人を従えている(なぜかマングースといつもいっしょ:黒岩涙香版ではサルになる)。ここらも伏線なので、とりあえず覚えておこう。それにしてもテレンス29歳の青臭さがめだつな。それに対してコンスエロの自立ぶりがめざましい。ポーラのいじめをきちんとはねかえすわ、猟銃をうって男を救うわ、ひとりで旅行するわ、本を書いてベストセラーにするわ、歌姫で人々を魅了するわ。それでいて当時のモラルにあうように男を立てて、控えめであろうとする。こういうのが女性によって書かれたことに注目。)

第2部(第12から19章まで): アモリー卿はコンスエロを秘書にしたばかりか養女にすることにする。アモリー館の改修が済み、関係者を招いてパーティ。その席に、ポーラが女中頭の養子ジョージ・ヘインズ・ハヴィランドを新しいフィアンセと紹介して二人してやってくる。当然、ポーラの敵はコンスエロであり、館の一室で対決。テレンスは闇に紛れて二人の喧嘩を聞いているが、背後から後頭部を殴られ昏倒。密室状態の部屋からポーラは失踪する。フィアンセの養子は濠にいると主張するので人手を出してさらうと、首なし死体が発見される。これこそコンスエロの仕業と決まるところ、テレンスの証言で昔負った傷がないということで、ポーラの死体ではないと決せられる。

(ポーラが恋の敵役になって前半は大活躍。コンスエロと同じ邸に住むことになって、テレンスは有頂天。ポーラの検死審問のあと、告白するがコンスエロにうまくはぐらかされる。いやあ、やきもきさせるねえ。)


 ルネサンス期に建てられた古城。失踪した建築主とそこに隠されているとされる財宝の謎。頻出する幽霊の目撃譚。鳴らない大時計が鳴る。真相の明らかでない殺人事件とその容疑者のあかしな行方。殺人のあった部屋で起こる怪異。古城に残された古書暗号。前歴をひたかくす謎の美女。なぜか彼女を知っている素振りを示す老人。美女の隣には他人を拒絶するよそよそしい女性。マングース、トラなどの異国の凶暴な動物(当時マングースは狂暴と思われていたらしい)。職業不詳で犯罪のにおいのする田舎者。蜘蛛農園、松の木の下に掘る墓穴、得体のしれない老婆に医師、汚い屋根裏部屋、犯罪の形跡、幽閉された白痴、隠された殺人機械、暖炉の炎。ゴシックロマンス意匠がそこかしこにちりばめられていて、まことに壮観。

灰色の女 (論創海外ミステリ)

灰色の女 (論創海外ミステリ)


2018/02/15 A.M.ウィリアムスン「灰色の女」(論創社)-3 1899年

2018/02/13 A.M.ウィリアムソン「灰色の女」の映画、出版に関する情報まとめ 1899年

2018-02-15

A.M.ウィリアムスン「灰色の女」(論創社)-3

2011/05/11 A.M.ウィリアムスン「灰色の女」(論創社)

2018/02/16 A.M.ウィリアムスン「灰色の女」(論創社)-2 1899年 1899年

 続いて後半。テレンスくんの大冒険が始まる。

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第3部(第20から24章まで): ミス・トレイルが怪しげな男と話をしている。テレンスは尾行し、途中、汽車の事故にあって、男、ジョナス・ヘックルベリ(ミス・トレイルの兄)を救う。ジョナスの家は「蜘蛛農園」と呼ばれる。ワイナリーで貯蔵するワインボトルの年代を偽造するのに使うのだ(蜘蛛の巣があると古く見える)。その農園に向かう医師に邪見にされたので、忍び込むと屋根裏部屋に閉じ込められる。一緒にいるのは白痴の子供。いきなりベッドが落ち込んで、上にいた白痴もろとも下水に流される。肖像画の周りをぶち壊して脱出すると、ジョナスの寝室。そこで取引をして、灰色の女の謎を知るレペルの名を聞き出し、テレンスは逃げ出す。

屋根裏部屋には「生きている肖像画」があり、なにか監視されている感じがする。というのは、アニメカリオストロの城」に出てくるので、思い出すように。この「蜘蛛農園」には灰色の女が来た形跡がある。彼女の匂いであったり、女囚の服であったり。ここでテレンスはコンスエロに対する思慕と疑惑の両方を持つことになる。なかなか愛は成就しないねえ。とはいえ、この暗闇の幽閉体験、そこからの脱出は、テレンスを大人にするための試練。それまで受け身であったのが、ここから謎と恋に対して積極的に取り組むようになる。象徴的な出産、あるいは死と再生、「成長の儀式」といえるのかしら。)

第4部(第25から27章まで): 留守中にウィルフレッド卿の具合が突然悪くなる。付き添っていたのはコンスエロ。ポーら失踪にも関係している思われ、嫌疑はコンスエロにかかる。刑事の追求を遅らせるために、テレンスは3日の猶予をもらい、パリのルペル医師を訪ねる。そこで知ったのは、コンスエロがフローレンス・ハインズであること。驚愕するテレンス。ゴードン弁護士が無実の証拠を持っていると考え、訪れるとそこにはコンスエロの姿が。怒りと失意をぶちまけたのを聞かれて、テレンスは三行半をくだされる。フローレンス=コンスエロは無実であり、どちらが彼女の助けになるかとゴードンが言い出し、テレンスは身を引くことにする。フローレンス=コンスエロの無実の証明のためにアベイ館に向かう。

(20年前の女中頭殺人事件で収監されたフローレンスの頼みで、監獄の付属医ヴァレン医師(蜘蛛農園にいる医師)がゴードン弁護士を通じて、彼女に人体改造術を施したのだった。ここは当時の医療で可能なことをあいまいに書く。涙香版ではオカルト風な味付けがつき、乱歩版ではできる限り精密に書く。三者三様の趣味に注目。ルペル医師の部屋は地下にあり、叡智は地中のオールドワイズマンがもっているという神話的な構造がある。あわせてテレンスにとっては冥界にいった愛人を救済するために後を追いかけるオルフェオ神話をそのまま繰り返している。ここでテレンスが挫折し、コンスエロが愛を拒絶するというどん底がある。それは次の最終場面で大きく跳躍するための力になる。)

第5部(第28から31章まで): アベイ館に戻る途中、隣の家でテレンスはポーラを見つける。問いただすと、ヘインズ・ハヴィランドが仕組んだこと。部屋には秘密の扉があり、ヘインズが用意した身元不明の死体にポーラの服を着せて濠に沈めたのだった。そのうえ、20年前のヘナもヘインズ・ハヴィランドが犯人だという。自分の部屋についたテレンスはアモリ―問答を思い出す。すると、部屋の上に時計塔に通じる小部屋がありそこの時計盤こそ入り口を知れる。なかなか開かないのにじれながらも、ようやく潜入すると中はまっくら。そのうえ深夜で嵐に稲妻。真っ暗な中手探りで上下に進むと、古いヘンリー7世(1485-1509在位)時代の服を着た骸骨が鍵を握って転がっている。その先には失神したコンスエロがいる。懸命に介抱すると、この先に財宝があるからというので、骸骨の鍵をとって進み、大きな箱を発見。大量の財宝を発見。再び部屋に戻ると、ヘインズ・ハヴィランドが死んでいる。もともと心臓が弱かったところに、マングースや稲妻のショックが加わったと見える。回復したウィルフレッドが現れ、さらにゴードン弁護士、マーランド探偵も集まる。コンスエロの最後の秘密があきらかに。ゴードンは男らしく身を引いて、愛の表情をうかべたコンスエロがテレンスの前に歩み寄ってきた。めでたし、めでたし。

(最後の時計塔はそっくりミノタウロス神話。迷宮、途中で待ち受ける試練、迷宮の中心にある宝。それを取り戻し地上に持ち帰ることによって、世界が安定を取り戻し、豊穣な生産性回復する。謎はすべて解明され、世界にはあいまいなところもない。害をなす怪物や悪漢も存在しない。そして主人公は英雄になって、名声や愛や富を獲得し、世界の中心にしっかりとして礎を築く。テレンスくんは頼りなくみえるが、イギリス上流階級ではあのくらいの積極性があればよいのでしょう。)


 19世紀探偵小説や家庭小説はそれほど読んでいないが、これは抜群の技法によって書かれている。前半にちりばめられた謎はすべて解明され(探偵や推理の妙味には乏しい)、謎めいた人物の意図や役割も最後には明らかにされる。「灰色の女」の登場によってアベイ館とその関係者に訪れた混沌は、最後にはすっかり晴れる。主人公に種々の危機が訪れるが、基本的に自分の力で脱出に成功する。その間に主人公も自立意識ができて、ぼんやりした愛情がしっかりした愛に昇華して、たくましく成長する。ここまで綿密に書かれた19世紀エンターテインメントはないのではないか。できることなら、文庫になって、三種類の「灰色の女」の変奏を並べたいものだが、どうかしら。

(追記: とくにコンスエロの造形について。女性作家が見る女性と、男性作家がみる女性の違い。涙香では、コンスエロ(松谷秀子)は慈愛や救済の象徴になっていて、いつまでも謎めいている。あるいは母や妻の役割を期待されている。一方、ウィリアムソンが描くとコンスエロは経済的に自立して、男性社会に風穴を開けるようなリーダーシップ(控え目ではあるが)を発揮している。ウィリアムソンから見ると、コンスエロのような女性が新しさを持っていたと推測するが、涙香の日本ではそのような女性を想像するのが難しかったのではないか。あるいは男性のもつ自分の優位性が反映されていたのではないか、などと妄想。)

 解説によると、コリンズ「白衣の女」の影響を受けているということ。いずれ「白衣の女」を読み直すだろうから、そのときには比較することもあるだろう。

 と、大絶賛したいのだが、19世紀の小説の冗長さはいかんともしがたく、なんとももどかしくはがゆい会話を延々を読むのは時につらい。てっとりはやく読むなら涙香版や乱歩版のほうが楽しめるだろう。

灰色の女 (論創海外ミステリ)

灰色の女 (論創海外ミステリ)

2018/02/13 A.M.ウィリアムソン「灰色の女」の映画、出版に関する情報まとめ 1899年

2018-02-13

A.M.ウィリアムソン「灰色の女」の映画、出版に関する情報まとめ

 英語版のwikiには作者Alice Muriel Williamsonのページができていた。

Alice Muriel Williamson - Wikipedia

 「A Woman in Grey」はペーパーバックで出版されたらしい。

Amazon CAPTCHA

 itunesでも読めるらしい。

A Woman in Grey. [A tale.] by Alice Muriel Williamson on iBooks

ほかに「It Happened in Egypt」「A Soldier of the Legion」「The House by the Lock」も読める。いったい誰が読むのか? びっくり。

 さらになんと、原文がThe British Libraryで公開されていた。画像のPDFを入手可能。

黒岩涙香「幽霊塔」の原作である“A woman in grey”が読みたい。 | レファレンス協同データベース

 直リン

A Woman in Grey


 解説によると、この小説を原作にした映画が1920年に上映されていたという。日本の映画雑誌にのったストーリーが原作を特定するための手がかりになった。さて、この映画版の「灰色の女」、パブリックドメインになったために、なんとYouTubeでみることができる。どうやら、2時間くらいの長編ではなくて、25分くらいの短編が15回連続するものらしい。当時は、こういう連続活劇映画があったというので(淀川長治の本によく出てくる)、そういうもののひとつなのだろう。

 公開時のポスターと1シーンの画像(うーん、原作にはないシーンだぞ)。

File:A Woman in Grey (1920) - 1.jpg - Wikimedia Commons

File:A Woman in Grey (1920) - 2.jpg - Wikimedia Commons

 Imbdによる映画情報。

A Woman in Grey (1920) - IMDb

 以下は動画へのリンク集

Serial A Woman in Grey, The House of Mystery Arline Pretty

1 (原作通りに進行するが、コンスエロがアモリー卿らに謎を告げた後、すぐさま拉致され、自動車で連れ去られる)

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3 (コンスエロがテレンスに聖書とアモリー問答を教えるシーン。でもその直後、自動車ででかけたコンスエロが悪漢に拉致される)

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5 (コンスエロとポーラが口喧嘩。ポーラの呼び出し手紙のシーン。虎が待っているのではなく、悪漢が拉致したらしい)

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8 (よくわからないが、コンスエロが火あぶりになるところをテレンスが救ったらしい。燃える家の2階から飛び降りるシーンがある)

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10 (蜘蛛農園のシーン?)

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11 (ポーラがアモリー卿に薬をかがせて文書を奪取。あとを追っていた悪漢がポーラを襲い、二回から落とそうとする)

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14 (ルペル医師訪問シーン)

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15 (コンスエロの無実が証明され、悪漢が打ち倒される。時計塔ではなくグランド・ファーザーズ・クロックの後ろに秘密部屋を発見。地下の穴倉に財宝があった。ようやくキスシーンになって大団円。)

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 どうやらジョージ・ヘインズ・ハヴィランドを悪漢にしてコンスエロを追いかけまわし、ゴードン弁護士も協力する悪役にしたようだ。なので、毎回コンスエロが危機にあい、絶体絶命になる。そこで終了して次回の冒頭で救出シーンになる。連続活劇の常套手段。シリーズの前半でコンスエロとポーラのいさかいを描き、後半は端折り気味。好事家向け。


 アマゾン.comではDVDもでている。わずか6ドル。リージョンフリーとのこと。

https://www.amazon.com/dp/B00KNVF8CG

 アマゾン.co.jpでも出品されている。