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odd_hatchの読書ノート

2013-08-02

浜村紀道「自転車野郎世界を行く」(秋元文庫)

 広島出身の著者が、24歳の1968年から1973年までの5年間をかけて世界一周自転車旅行をした時の記録。

 1964(昭39)年の海外旅行自由化によって、渡航は可能になったが、固定相場による円安(1ドル=360円)のためにそう簡単には海外旅行はできなかった。クイズ番組の賞品が「夢のハワイ旅行6日間」だったころ。森村桂とか兼高かおるとか大宅映子などのように金をかけた海外旅行をするものは少数で、ビジネスマンは仕事で世界中に出かけていたけど、若者はまだまだ。とはいえその10年後には大学卒業記念でヨーロッパ旅行にでかけるようになったのだが・・・閑話休題

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 そこで登場するのは、ユースホステルを使った貧乏旅行。著者はサラリーマンをやめ、土方仕事で日銭をため、60万円の資金で自転車を買い、安い貨物船に乗って、この国を出発する。以後、移動は自転車か列車、ときにヒッチハイク。各国の領事館はあてにならず、言葉も通じないとなると、頼みは誠意を尽くしたジェスチャーのみ。生水にあたって下痢に苦しみ、炎天下の熱射で脱水症状に悩み、高原移動中の酷寒に凍死の恐怖を覚え、人を見れば泥棒か底抜けの善人かを瞬時に見極め、ときに食事をおごってもらい、ときに荷物一切を盗まれ、なによりも痔が悪化することにおびえる。手にするのは小田実「何でも見てやろう」。同書のルートと反対に、著者の移動はアジアイスラム圏―ヨーロッパ南米―中米―アメリカとなる。1970年前後ということで、東欧ソ連東アジアは入国できない。

 彼の情熱がいったいどこから生まれたのか、この本ではまったくわからない。たぶん彼自身にもわからない、肉体の衝動が高まったあまり、自転車とともに「世界」に出向いたということだろう。同時代のヒッピーに触発されたのかもしれないが、「自由」への希求がありそうでもなく、思想が同期したともいえない。あいにく、著者は文学と政治にはさほどの関心がないとみえ、また帰国直後に書いたものであって経験は十分に言語化されていない。まあ、当時の10代の若者の似たような衝動を持つ者には共感を持ったに違いなく、あるていどの売れ行きを示したのだろう。

 21世紀でも自転車世界一周を目指す人はたくさんいるが、たいていはトラブルが起きたり、ある日程を過ごしたら、いったん帰国して再度渡航することが簡単にできる。それで旅のリスクを下げることができる。あいにく、著者の時代にはそのような移動は簡単ではなく、いったん旅に出たら、現地でトラブルを解決しなければならない。その結果、渡航期間は5年の長期に及んだ。この期間を一人で過ごすというのはすごいこと。しかも途中で、アルバイトで稼いだり、ヒッピー的な商売をしたりで、ぐずぐずと放浪の気楽さにはまる可能性があるのだが、そうならなかったというのも。麻薬や密輸など犯罪組織が接触しても、著者は乗らなかった。ここらの心根も持ち方はすがすがしい。

 彼の冒険ではなく、彼の見聞から気の付いたところをいくつか。

渡航制限が解除されて数年目で、すでにほとんどの国にこの国生まれの人が旅行したり、住みついていたりしていること。ヨーロッパの諸国はおろか、中南米地方都市でこの国出身の人と何度も出会っている。なんというバイタリティ

・むしろ、この国の製品が世界各国にすでに流通しているところに驚くべきかな。1970年代前半で、世界各国の人々はこの国の場所を知らないが、製品のことを知っていて、使っていたりした。当時のビジネスマンバイタリティと悲哀は堀田善衛「19階日本横町」(集英社文庫)が参考になる。

・著者は、国めぐりの最中にロマンスを経験し、ときに結婚を迫られるのだが、この国に残した(しかも告白していない)娘を思って、全部断る。ああ、ここらへんが海外に渡航した男はたいてい帰郷し、女は結婚や同棲でその地に骨をうずめるという開高健か小田実の観察した行動パターンの理由のいったんなのだろう。

・異境の地の理不尽な目にあったり、言葉が通じない不便を経験したりすると、著者は「そうだ、天皇が日本にいる」と思って安心する。似たようなことをアメリカ留学中の江藤淳も書いていたなあ。この国の人々のアイデンティティにはこんな共通性があるのかしら。