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odd_hatchの読書ノート このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2014-01-30

サイモン・シン「代替医療解剖」(新潮文庫)-1

 本書の感想の前にいくつか。科学についてのよもやま話。

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 科学の方法と思想が生まれたのはそれほど古い時代ではない。遡っても西洋の13-14世紀まで。しかもそのころの科学は、他の世界認識や未来予測の方法、すなわち占星術錬金術や呪術など、とそれほど変わりはなかった。そのあたりはクーン「コペルニクス革命」講談社学術文庫に詳しいコペルニクス自身はアリストテレスプトレマイオス宇宙論を信奉していたし、占星術師として活動していた。「天体の回転について」にまとめられたその考えも、同時代にはほとんど受け入れられていない。その理由は、宇宙構造の革命的な転換のせいではなく、天動説による惑星運行の予測精度よりも劣っていたからだった。まあ、現場の観測者の評価は「ツカエネー」であったわけだ。その理由はコペルニクス宇宙論は、惑星の公転が真円軌道を取るという強固な信念に基づいていたこと。それが100年後にブラーエの観測結果を経てケプラーが楕円軌道に修正して、予測精度が格段に上がり、かつ計算が簡単になったことで天門学者にコペルニクス地動説が受け入れられていく。ニュートンのころには、地動説が教育内容に取り入れられていた。

 振り返れば、初期の科学は占星術錬金術、その他の占いと比較すると、世界認識の方法として劣り、未来予測の精度も低かった。それが数世紀のちには科学がそれらを圧倒するようになる。それは世界認識の方法(上記の例だと宇宙論)に優れ、未来予測の精度をあげ、具体的な利益を上げることに成功したからだった。科学は、知見や方法をブラッシュアップし、アップデートしていく仕組みを内包していたのがこの成功の鍵だ。いくつかをあげると

1.論理的合理的な説明を徹底して、あいまいさや思い込みを排除したこと。

2.誰にでも検証、追試できるようにしたこと。

3.知見や方法を公開して、批判をうけいれるようにし、誰でも修正・変更できたこと。

 あたりが科学のシステムの特徴かな。こういう自己創造と自己批判の仕組みがあったのが、科学とそれ以外の方法の違い。さらには、たぶん占星術錬金術や呪術などは、封建主義やそれ以前の社会制度と相性がよかったのだろう。一方科学は自由主義資本主義と相性がよく、19世紀以降には企業と国家が科学を取り入れて、企業運営や政策に使用するようになった。これは上記の世界認識の合理性や未来予測の高精度もあるけど、もうひとつ科学が損得の区別をつけてビジネスの利益を上げたり、税収を増やしたり、国家の威信をあげたりするのができたことが大きい。

 こういう科学と社会の関係を念頭に入れて、科学が獲得した知見を見ると、そこには誤りや思い込みの役立たずの学説やアイデアが死屍累々としている。一度は科学の「定見」「常識」として採用されたものが、のちには捨てられたり、修正されたりしていった。古くは燃焼のフロギストン説であり、発生のホムンクルス仮説であり、ラマルクの獲得形質遺伝説、光を伝播するエーテル仮説など。こういうブラッシュアップやアップデートが繰り返されることで、科学は信頼を獲得していく。

 この本によると、医療に科学の方法が使われるようになったのは、割と最近のことだ。医療は科学の分野であるより、特別な技術の集合であったといえる。そこには、上記の科学のシステムの特徴があまりなかったので、施術の有効性を検証することがめったになかった。少数の先駆者が観察、実験することで、従来の施術の有効性を覆し、新しい施術を広めていく。18世紀から19世紀にかけての試行錯誤でしだいに科学的な施術が浸透していく。たぶん疫学公衆衛生や消毒などで罹患率や致死率が大幅に減少したことと、病原菌の発見で疾病の原因を科学的に説明できるようになったことが重要。病気やけがをなおすことができるようになって、医療が人々の信頼を獲得していく。医療と科学が「使える」に評価が転換した。

(続く)

2014/01/31 サイモン・シン「代替医療解剖」(新潮文庫)-2

2014/02/01 サイモン・シン「代替医療解剖」(新潮文庫)-3