odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2017-03-01から1ヶ月間の記事一覧

イーアン・ホースブルグ「ヤナーチェク」(泰流社) 60歳を過ぎてからの恋愛が爆発的な創作意欲になった稀有な大器晩成の作曲家

ヤン・ヴェーニグ「プラハ音楽散歩」(晶文社)を読んだときに驚いたのは、チェコスロヴァキア(初出は1960年代)という国が3つの地方に分かれていて、それぞれ反目と友愛によってつながっているということ。すなわち、チェコ・モラヴィア・スロヴァキア。…

間宮芳生「現代音楽の冒険」(岩波新書) 昭和一桁生まれの音楽家は西洋へのあこがれはあっても、東洋のコンプレックスはなかった。

1929年生まれの作曲家。この本は1990年に岩波新書ででた。おおよそ自身の半生の振り返りと、時代ごとの音楽状況のまとめ、それに触発された自身の思考と作品を述べる。 親が中学校の音楽教師で、子供のころから自発的にピアノを弾き、作曲を行い、SPを聞いて…

小倉朗「現代音楽を語る」(岩波新書) 大正生まれの作曲家は戦時の洋楽禁止のために「保守的」な作風と音楽観になった。

この本が出たのは1970年。 15年戦争の後半、西洋の文化財を輸入しなくなってから、この国には西洋の情報が入らなくなった。それが敗戦のあと、アメリカ経由で情報が大量に入ってくる。レコードや楽譜や演奏家でなのだけれど、どうやらそれらにまして米軍向け…

ウラジミール・ジャンケレヴィッチ「音楽と筆舌に尽くせないもの」(国文社) 音楽は言葉という不変・普遍な記号に移そうとするととたんに逃げ出してしまう。それを語ることに成功した数少ない例。

たんに「言葉に言い表しがたい」というのではなく、「筆舌に尽くせない」というので、そこには積極的な評価があることになる。しかし、言葉という不変・普遍な記号に移そうとするととたんに逃げ出してしまうのであって、ひとところに捉えておくことができな…

大森壮蔵+坂本龍一「音を視る、時を聴く」(朝日出版社) 厳密に語ろうとするほど、言葉の使い方が常識というか生活から離れていってとまどう。

朝日出版社は、いろいろな学問の著名学者と文筆業者と対談させるというシリーズを1980年代に出していて、たぶん20冊強までいったのではなかったかな。数冊は読みました。その中でも印象的な一冊。版元を変えていまでも入手可能なのはこの一冊くらい。 大森哲…

ヘレン・マクロイ INDEX

2020/03/16 ヘレン・マクロイ「月明かりの男」(創元推理文庫) 1940年 2017/03/24 ヘレン・マクロイ「家蠅とカナリア」(創元推理文庫) 1942年 2017/03/23 ヘレン・マクロイ「小鬼の市」(創元推理文庫) 1944年 2017/03/22 ヘレン・マクロイ「ひとりで歩…

ヘレン・マクロイ「家蠅とカナリア」(創元推理文庫)

1942年というと第2次世界大戦が進行中。欧州戦線は膠着状態にあって、ニューヨークでも灯火管制がはじまることになっている。それでもブロードウェイの劇場の灯は消えず、今日も「フェデーラ」の初演の幕があく(フェデーラの作者サルドゥはプッチーニのオペ…

ヘレン・マクロイ「小鬼の市」(創元推理文庫)

海軍を追い出されて文無しになったフィリップ・スタークは通信社の仕事にありつこうとする。おりしも第2次大戦中で、中米の島国であるサンタ・テレク島はアメリカとスペインの貿易中継地として人々の集まる場所になっていたのだ。通信社の支店長ハロランに面…

ヘレン・マクロイ「ひとりで歩く女」(創元推理文庫)

私が不審死を遂げたら開封してください、という書き出しで始まる長い手記がカリブ海の小島にある警察に届いた。中年の女性が船旅にでたのだが、周囲がなにかおかしい。文盲を装った男に手紙を書くように求められたり、勤め先の社主から預かった封筒から10万…

ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」(ハヤカワ文庫)

自分が持っているのはハヤカワ文庫版。2000年ころに同書は古書価が急騰し、1万円くらいになった。これはいいぞとほくそえんでいたのだが、創元推理文庫で新訳が出て暴落した。まあ、タイミングをつかむのは難しいことです。 さて、19世紀にサヴェ事件という…

ヘレン・マクロイ「幽霊の2/3」(創元推理文庫)

人前に出ないことで有名な人気作家エイモス・コットルの作品が賞をとったとかで、出版社とエージェントがパーティを開くことになった。出版社とエージェントは通常ではありえない取り分のフィーを配分されることになっていたとか、絶賛する批評家と厳しく批…

ヘレン・マクロイ「殺す者と殺される者」(創元推理文庫)

20代半ばになって心理学の講師をしている独身男性ハリーに遺産が転がり込む。莫大な年金はインフレがあってもなお、職につかなくてすむだけの額であり、さっそくハリーは大学に退職届を出した。あるとき、氷で滑って後頭部を強く打ち脳震盪を起こす。それ…

ドリス・レッシング「生存者の回想」(サンリオSF文庫) 終末に向かう世界に住む老人は他人に無関心で、世界の向こうを幻視する。

「それ」が起きて世界は破滅に向かっている。イギリス郊外に一人アパートに住む老女「私」は、国や自治体が仕事を放棄し、人々は食料のある田舎に疎開しているのを見守っている。彼女は意思をもってそうしているのではなく、たんに生活や習慣を変えるエネル…

ヴォンダ・マッキンタイア「夢の蛇」(サンリオSF文庫) 「大壊滅」後の地球。人を救う女性治療師は畏怖と差別を同時に受ける。

「脱出を待つ者」と同じころか数百年あと。<中央>はあいかわらずシステムの外の人たちを排除して、科学その他の知識を独占して生存。それ以外の荒地に住む人たちは、小さなコミューンをつくって、地球の中世時代のような自給自足の生活をしている。医療は…

ヴォンダ・マッキンタイア「脱出を待つ者」(サンリオSF文庫) 「大壊滅」後の地球を支配する〈中央〉〈ファミリー〉に属さないはぐれものが宇宙船に乗って脱出しようとする。

過去に大壊滅があって、地上は生存できない環境になっている。そこで、残された人類は地下に洞窟都市をつくっている。<中央>というのがあって、それをいくつかの<ファミリー>が支えている。<中心>は動力源を保有し、いくつかの<ファミリー>が保全事…

ケイト・ウィルヘルム「杜松の時」(サンリオSF文庫) 男性原理とそれで構成された社会は、攻撃的で支配的で破壊的。失意から回復する過程にある女性に近寄る男は鈍感で女性の要求を理解できない。

アメリカでは干ばつが急速に進み、ほとんどの産業が壊滅した(それ以外の地では大雨や寒冷など世界的な異常気象)。国家の支援は用をなさなくなり、人々はパニックになるか、茫然自失しているか。各地で暴動が起き、人々の放浪が始まり、世界に破滅が訪れて…

ケイト・ウィルヘルム「鳥の歌いまは絶え」(サンリオSF文庫) 「大壊滅」後の不妊で縮小する社会をクローン技術で解決しようとする全体主義社会の恐怖。

<大壊滅>が起きて数十年。文明と文化と国家は破壊され、放射能で汚染された土地で、人々は100人くらいの共同体で暮らしている。今では、長雨に洪水で農業生産が激減、都市に残された遺産も収奪され枯渇しようとしている。しかも不妊と死産が起きて、人口も…

ケイト・ウィルヘルム「クルーイストン実験」(サンリオSF文庫) 男性優位社会で抑圧される天才女性科学者のたった一人の反乱。

「アーシュラ・ル・グィン」のタグをつけたのは、彼女とほぼ同時代(1970年代)に、フェミニズムSFを書いたアメリカ作家であるということから。 大手製薬メーカー・プレイザー製薬は、新しい痛みどめの開発を行っている。臨床治験のフェーズの最初の方でよい…

奥平堯訳編「フランス笑話集」(現代教養文庫) 1881年に出版された中世後期から近世初期の民話集の翻訳。

あとがきによると、「Les litteratures populaires de toutes les nations」から笑話を選んで訳したもの。元本の情報があとがきにないので、ネットで検索するとあった。 Catégorie:Les Littératures populaires de toutes les nations - Wikisource Les litt…

ヴォルテール「カンディード」(岩波文庫) 世界はとてつもなく厳しいけど、「なにはともあれわたしたちの畑を耕さなければなりません」

フランス啓蒙主義の立役者ヴォルテールが1759年に書いた小説(現代のそれとはちょっと違うけど)。ちなみに、この小説を翻案したバーンスタインのミュージカルは「キャンディード」。とても似ていてちょっと違うのでご注意あれ。 さて、ウェストフェリアの太…

ミラボー伯「肉体の扉」(富士見ロマン文庫) 梅毒がまだ蔓延していない18世紀末の性の啓蒙と解放のすすめ。

ミラボー伯はフランス革命初期の指導者。生涯はこちらを参照。 オノーレ・ミラボー - Wikipedia 大政治家である人も、若い時にはやんちゃであったらしく、ときに監獄に入れられた。ヴァンセンヌ獄中にあるときに、「肉体の扉」なる性愛小説を書き(たぶん1776…

ギョーム・ド・アポリネール「若きドン・ジュアンの冒険」(角川文庫) 才人が書いた13歳の性豪のかぐわしい匂いが横溢する遍歴物語。

アポリネールが匿名で書いたポルノグラフィー。 高校生のときに、堀口大學訳でアポリネールの詩集を読んだなあ。「ミラボー橋」を暗唱できたときもあった。自分の勝手な感想でいうと、アポリネールはボードレール、ヴェルレーヌ、ランボー、マラルメと続くフ…

ヴィクトル・ユゴー「レ・ミゼラブル 上」(角川文庫) 長大な新聞小説を40%に圧縮した縮約版。第2帝政期フランスの貧困と政治の未対応を告発。

19世紀の小説の中ではとりわけ有名。いくつかのエピソードは小学生のころから知ってはいても、全体を読むことはめったにない。なにしろ新潮文庫(全5冊)や岩波文庫(全4冊)などの分厚い全訳を読み通すのはきわめて困難。そこで、角川文庫の縮約版を読む。1…