Hatena::ブログ(Diary)

odd_hatchの読書ノート このページをアンテナに追加 RSSフィード

2014-08-26

石川淳「普賢」(集英社文庫)

 著者の昭和10年代の作品を収録。あまり作者の経歴は知らないのだが、最初はフランス文学研究者として出たのではなかったかな。ジイドの翻訳一冊があって(新潮文庫に「背徳者」が収められていた)、翻訳はそれきりにした。で「佳人」が最初の作。「普賢」で芥川賞受賞。でも翌年(1938年)「マルスの歌」が発禁となり、敗戦まで沈黙を余儀なくされる。その間、江戸文学森鴎外の研究に没頭していたそうな。

 普通の文学青年が賞を受賞してデビューというような出世物語を経験していないのが、この人の生き方の面白さ(そのかわりに人物は奇矯であったらしい。「知識人99の死に方」「二つの同時代史」)。

 読み始めて異様に思うのはいつまでたっても読点を迎えない文章で、一文が40字詰めで3行4行続くのはあたりまえ、1ページに喃喃とする文章は珍しくもなく、途中で会話が加わってようやく読点を見出すという次第。そのうえ文節ごとに景色は変転し、人間の感情もまた幾多な物思いにふけるという、近年の文章作法から言うとおかしなものでありながら、それでいていい日本語を読んでいるという心地よさに満たされていく。主人公のモノローグはきわめて卑小な市井の俗物どもと思えるかのようでありながら、ときに無窮の観念と戯れながら人生の深遠に届くかと思う厳しさを見せる具合にもなる。こんな具合に強烈な影響を与える文体ではあるのだが、それを芸術として結晶化したとなると、これはもう石川淳のみに可能であったということになる。

f:id:odd_hatch:20140826083706j:image

佳人 1935 ・・・ ここには二つの話があって、ひとつは壮年ころの生活力のない「わたし」が田舎町で元芸者のミサと同棲する話。甲斐性のないくせに、空威張りして、つまらぬことを大いに気に病む男が、ミサに寄りかかり、突き放し、わがままに暮らすそぶり。いつか男は、死ぬ時は明晰な意識を持たなければならないという奇妙な考えにとらわれ、鉄道自殺を試みる。笠井潔「熾天使の夏」(講談社文庫)のいう「完璧な自殺」の先駆だ。もちろん失敗するわけである。もうひとつの話は、小説を書くことについての小説。書けないということと私小説批判。このふたつの話に書かれていないのは、初出昭和10年、著者36歳のときの社会情勢か。中国との戦争は膠着し、共産党は壊滅し、国家は生活の細かいところに幅を利かせ、国家の番人面した連中があれこれ指図し、と鬱屈と不安があってもそれを書けない。書けないけど、文章と話からおのずと読者に知れる。こういう批評性と手だれた文章の妙が面白い。

葦手 ・・・ 漂泊の詩人と自称する黒木喬の50余日のどたばた騒ぎであって、まず本人は土地の任侠の家に住んでいるものの一年余りも滞納するに、大家はなにもいわず、というのも娘の嫁ぎ先のひとつと思しき様子であるが、博徒の鉄砲政が横から邪推して命を狙われるという仕儀に陥っている。一方、黒木の悪友である仙吉卯太夫は揚場に妾をもって仲間の拠点にしているが、そこには二組の家族が狭い長屋に同居し、仙吉の妾となった梅子と同い年くらいの妙子とで角突合せ、ときには黒木の手を握るのを互いに見せ合うという具合。あわせてもうひとつの恋の鞘当もあるとなっては、ぼんやりした黒木もおのずと人情に触れないわけにはいかないが、どうにも行動やら調停やらにも体は動かない。というのは、黒木も多年のぼんやり暮らしの中で、言葉が生まれる時もあり、その言葉の綴りの先にある精神をどうにかつかもうとあがいてもいるのである。すなわち、黒木は己の生活と、仙吉たちの生活の二つの世界を行き来しながら、もうひとつ言葉の世界にも遊ぶという三界を行き来するという忙しい体になってしまっているのだ。なるほど昭和も10年を過ぎていて、乱歩、横光、川端などのモダニストが筆のしのぎを削っているというのに、この常磐津に清元という風流な世界はどうにも古めかしい意匠と思うのであるが、実のところその小説の方法はおどろくほどに斬新なのであった。

秘仏 ・・・ 画家にして骨董商の友人一家は没落寸前。その妹はずっとなじみであるが、このたび芸者から遊女になることを決意する。その手付金のうち50円を「わたし」の前に出し、それで質屋のトランクを取り戻せ、そして念願の秘仏の由来記を書けという。飲んでしまうかも、と「わたし」の苦渋の笑いを「かまわない」とうつむく女。でもって、秘仏を売り払うことにしたのだが、画家は彼を追い払う。売り先の因縁が決まるトリッキーな一編。秘仏がどんな姿がまったく描かれず、その象徴としているものをあれこれと邪推することが読者に残された。

普賢 1937 ・・・ 題名の普賢とは普賢菩薩のことであり、仏教でいう・・・、知識がないのでやめておくことにして、この小説で普賢はさまざまな象徴をもっている。まあ、語り手の立場に応じてそれぞれ意味合いが違うのだ。時代は昭和10年代もなかばあたりかな。不況はますます厳しく、30の独身男がのらくら暮らすには限界もあり、語り手の私は企業ごろのような怪しげな経済雑誌に記事を書き散らしては前借を受けているのだが、やりたいのはクリスティーヌ・ド・デボンなる15世紀フランスの奇女の伝記で、ジャンヌ・ダルクと同時代の詩人。とはいえこんな時代にそのような物語に興味を持つ人もないのがわかりきって、筆は鬱々と進まない。書けないところでいかに書くか、物語の端緒となる最初の一行から如何に脱線し、だらだらと無駄話と身辺雑記に向かうか、その物書きの精神みたいなものが延々と書き連ねてある。およそ著者は政治的人間ではないにしても、書くことがそのまま危険である時代において、如何に韜晦するかは他人ごとではないと思え、たしか開高健の語った逸話で文革時代の老舎が政治状況を尋ねられた時、料理の話を立て続けに語り、そのまま姿を消したというのを思い出すと、そうそう精神の話ばかりとも思えない。かけないときはどうするかというと、酒場で知り合いになった同じく不遇を囲い、ときとしてそれを逆手に人に頼りっきり、自身はどぶどろの底にうずくまるという人物に会いに行く。そこにはモルヒネ中毒の女もいれば、40を過ぎてパトロン寄生しようかと手ぐすね引く女もいれば、下宿の賄を買って出て「わたし」他の手元不如意な中からひねり出した銭金をくすねようとする女もいれば、チャイナドレスに身を包み夜ごとに高級娼婦となって成金に近づく女もいる。彼らに振り回されて、男どもは浅草銀座上野と場末の飲み屋、定食屋で焼酎をすする以外にすることもない。その滑稽な衝突はときに傍観者の「わたし」にもぶつかってきて、地下に潜った労働運動活動家を追いかける官憲から逃げることにもなるだろう。しばらくぶりに下宿に戻れば、出かける前を同じたたずまい、一語も増えていない原稿用紙を前に普賢を求めるのは、言葉と文が舞い降りてくるのを待つことなのであるが、そうは易く望みをかなえる菩薩ではない。酔狂のひと月のあとに、モルヒネ中毒の女は死に、「わたし」がベアトリーチェのごとくその美しさを脳裏に刻み、これこそ普賢の生まれ変わりに他ならないと念じていたユカリは長年の地下生活でことごとく美を喪失し、その兄もまたアルコールへの逃れでも逃れきれない追い立てを喰らってしまう。そこに書かれていることは下世話の数々、苦笑・微笑・失笑で済ませられるドタバタ騒ぎでありながら、読了後数日すると読者の背筋を寒くするような棘を刺していったのだと知れる。この低俗極まる韜晦、高踏趣味は著者にしかかけないものであって、著者30代半ばというのは文学の出発としては時を重ねすぎているとしても、その後の豊饒さを予感させるに足るまことに稀有な傑作。

 この時代は埴谷雄高死霊」、椎名麟三「深尾正治の手記」木々高太郎「人生の阿呆」、阿部知二「冬の宿」などと同時期。そこからこの時代のインテリの苦悩をかいまみることができるので、あわせて読んでおくとよい。

普賢 (1977年) (集英社文庫)

普賢 (1977年) (集英社文庫)

普賢 佳人 (講談社文芸文庫)

普賢 佳人 (講談社文芸文庫)

2014-08-25

石川淳「白描」(集英社文庫)

 昭和14年1939年に連載された。

f:id:odd_hatch:20140825071414j:image

 物語のときは昭和11年夏。場所は東京。まず鼓金吾なる青年が登場する。木彫り職人の息子で無学な少年だ。父が彫った木彫りを納品する工芸品店の中条兵作の奸計で、田舎家の留守番に仕立て上げられる。そこにはアルダノフとリイピナという亡命ロシア人がこもっていて、ときおりドイツ人建築家クラウス博士夫妻が訪れる。博士は桂離宮小堀遠州の美を発見し、この国の美術評論界に衝撃を与えたが仕事の依頼はなく無聊をかこっている。中条のもとに死んだ友人の娘・一色敬子が現れ、友人の遺産返還を要求する。金吾はリイピナの描いた敬子の肖像に心奪われる。敬子の後見人はやはり中条の友人であり、飛行機(製造?販売?)業で成功している花笠武吉。彼はクラウス博士を支援していて、避暑中に暴漢におそわれたのを開放することから、アルダノフとリイピナ夫妻の家に来て、そこで金吾の彫刻家志望を知る。中条はすでに資金繰りに行き詰まっていて、そこに金回りがよく芸術家の支援をする花笠が憎い。いよいよ行き詰った時、脳卒中で倒れる。クラウス博士を襲った暴漢の知り合いである画家・盛大介は西洋帰りで目下売出し中。なぜか作品を書かない。アルダノフとリイピナ夫妻は中条の立ち退き命令で途方に暮れるが、花笠の支援でそのまま居住することになり、二人は芸術に頓悟する。盛は自作展示会を開くも、招待客は花笠ひとりのみ。クラウス博士はペルシャの要請で記念建築の設計を任される。その歓送会で、盛は突如自殺。敬子はアメリカに向けて出発。アルダノフとリイピナ夫妻は帰化することを決意。鼓金吾は第一作の牡丹を盛に酷評され、北京に雄飛する。

f:id:odd_hatch:20140825071430j:image

 こうまとめると、いったい主人公はだれ?となるが、じつのところ「主人公」はいない。とりあえず人々の交通の結節点になるのは花笠武吉になるが、彼は物語を通じて変化しないし、成長しないし、葛藤はないし。主人公たる資格にかけている。ただ物語のほぼ全貌をすることができそうな立場。他の人はというと、変化や成長があり、葛藤はあるにしても、物語の中心にあるものはいない。群像劇?いや、何かの集団のやり取りなぞなく、小説の場所にぽんとおかれたそれぞれの個があるだけ。解説の佐々木基一は「人物が飛び出していく(うろ覚え)」と書いているが、実際その通りで、花笠を除いて全員が小説の場所から離れていく。その抜け出すこと、その運動だけが書かれていて、それぞれなにごとか運動の理由を述べてはいるもののそれは本心とか真実とかから遠い。盛のいうように自殺という高度な逃避ですらその理由は本人にも不明。

 でも、その運動のもとになる力のでどころはわかっていて、すなわち「芸術」。これも作家には自明であるかもしれないが、読者である俺にはさっぱり不明の概念。なるほど、ここに登場するほとんどすべての人物が芸術になんらかの仕方でかかわっていて、精神の自由とか生活の桎梏からの解放とか、いや生活そのものの芸術化とか、芸術と内面の一致とか、そういうさまざまな思惑を語る。そこにおいて、芸術と民族や国家の関係に言及しないのは、当時における作者の意地なのか、それとも国家や民族なぞ芸術においては歯牙にかける必要もないほどの些末なものごとであるのか。とりあえず題名「白描」が墨一色の線描画であるということを覚えておけばよいのだろう。芸術の関係者が墨一色で象徴されるというのも、書かれた時代に対する作家の意地であるのか。

 さて、こうやって人々は小説から抜け出ていくのであるが、彼ら(とりわけ金吾と敬子のふたりの若者)の行く末に待っていたことを思うと、作者の意図とは離れて、なんとも重苦しい気分になる。

白描 (1978年) (集英社文庫)

白描 (1978年) (集英社文庫)

2014-08-22

石川淳「癇癖談」(ちくま文庫)

 江戸時代の古典の現代語訳。「宇比山踏」を除いて昭和17年に刊行された。どうしてこのような現代語訳をしたのか、なにかの雑誌に初出があるのかは不明。まあ、この時代、作家は自作の小説を発表することはほとんどかなわず、蟄居生活に入っていた。そのとき江戸の本を渉猟したらしい。なるほど江戸の戯作の文体は、のちの小説で自由自在に使われ、融通無碍で奇態な小説世界にふさわしかった。

f:id:odd_hatch:20140822082400j:image

癇癖談 ・・・ 上田秋成57−8歳のころ、寛政三、四年1791年ころの作とつたわる。題名は「くせものがたり」と(むりやり)読む。冒頭は「むかし」で始まるので、伊勢物語の仕掛けを踏襲したものと思われるが、類似はそれまで。作者の見聞した町のうわさばなし、都市伝説を書いているらしい。訳者(石川淳)の解説によると、実在人物の登場することから、当時の世相を映したものらしい。とはいえ、現代の読者にはその詮索まではいらないなあ。およそ近代の物語の定型を踏まないものだから、途中でわき道にそれていったきりになる話もあれば、落ちのまるでわからない話もある。なにより当時の人々の感情とか常識がわからないものだから、なんともいいがたいもやもやした感が残る。

諸道聴耳世間猿 ・・・ 上田秋成33歳、明和三年1766年の作。町人商人の滑稽噺、おとしばなし。古今の故事を枕に商人の失敗やずっこけをみじかくまとめる。オチが必ずあって、笑いを誘う。ほとんど落語の構成だね。あと、商人がこのころには武士と対等の会話ができるとか、市はたたず商家が年中販売しているとか、製造と販売が分業になっているとか、経済の変化がみられる。

 収録作は、要害は間にあわぬ町人の城廓/孝行は力ありたけの相撲取/器量は見るに煩悩の雨舎/身過はあぶない軽業の口上/昔は抹香姻たからぬ夜咽/浮気は一花嵯峨野の片折戸

西山物語 ・・・ 上田秋成35歳、明和五年1768年の作。今は昔、ある村に七郎・八郎という二つの家があった。七郎にはかえという娘、八郎には宇須美という息子があり、人知れず二人は誓いを立てていた。さて七郎の家には数代前にある刀を寺に奉納していた。というのも刀を持ってから怪異が起きるためである。七郎は自分が不遇なのを悔やみ、刀を取り戻した。そこから七郎の家には不運が起こり、宇須美とかえは割かれ、七郎と八郎の仲は悪くなるばかり。ある夜には、怪異の末に大声で刀を捨てよとわめかれる。それらをひとえに背負い、一人立ち向かう七郎。親子二世代の確執も絡んだ本邦版ゴシックホラー。これはホラーマニアに読まれるべきだなあ。

宇比山踏 ・・・ 本居宣長69歳、寛政十年1798年の作。題名は初い山踏であって、古学初心者への学問指南書。なかなか今日でも有用なアドバイスがある。

「不才の人でも怠らずに努めよ」

「志は高く、覚悟を決めて(学問に)かかる」

「大部の本はあとまわし」

「参考書は順序を決めて読む必要はない」

「(勉強分野を)広めすぎるのはよくない」

「言葉は文脈に依存して意味が決まるから、辞書や語源にこだわらない」

「わからないところはそのままにして先に進む(あとで立ち返ることが必要。そのときには理解できるようになっている)」

「よくわかっているところにこそ思い込みが潜んでいるから、注意して読み、深く味わえ」

こんな具合。ライフワーク「古事記伝」を書き終えたので、きおいてらいがなくなって平明。自分にとってはこのような学問の方法がおもしろく、宣長の思想はよくわかりません。おもしろかったのは、近世の神事の作法は儒の真似が入っていて古式ではないという指摘。18世紀にあってすら、そういう指摘があるとは。まあ、「伝統」といっても時代で変遷し、別の影響を受けたりして、いつの間にかもともととは異なるものになってしまうということ。この書でもしきりと「漢風」「後世風」に染まるのを注意を促している。


 古典を読むときの難しさは、現代の読者や作家と違って、物事の見方、関心の持ち方が異なっていて、古典で詳しく描写してあることが読者にはおもしろくないことが多々あること。たとえば、髪の結い方や着物の柄や色、髪飾りなどだし、因果や道徳の長い説教だし、家の因縁だし。それをクリアしてなおも今度は人物の感情を理解するのがむずかしい。この現代語訳でも、自分にはなかなか歯ごたえがあって、物語がすらすらと頭に入らなくて難渋した。それでもいくつかは現代の物語に近いものがあって、それはとても面白い。難しいのと面白いのが混ざっていて、陶酔(睡魔)に読者を誘う。

 あとは作家石川淳文体の多彩さをたのしむことになる。上田秋成の3編は、趣味人の随筆、商人の滑稽譚、武家の因果話と、話者と登場人物の違いを文体で分けている。

癇癖談 (ちくま文庫)

癇癖談 (ちくま文庫)

2014-08-21

石川淳「焼跡のイエス・処女懐胎」(新潮文庫)

 読み始めて異様に思うのはいつまでたっても読点を迎えない文章で、一文が40字詰めで3行4行続くのはあたりまえ、1ページに喃喃とする文章は珍しくもなく、途中で会話が加わってようやく読点を見出すという次第。そのうえ文節ごとに景色は変転し、人間の感情もまた幾多な物思いにふけるという、近年の文章作法から言うとおかしなものでありながら、それでいていい日本語を読んでいるという心地よさに満たされていく。主人公のモノローグはきわめて卑小な市井の俗物どもと思えるかのようでありながら、ときに無窮の観念と戯れながら人生の深遠に届くかと思う厳しさを見せる。こんな具合に強烈な影響を与える文体ではあるのだが、それを芸術として結晶化したとなると、これはもう石川淳のみに可能であったということになる。そうでなければ、敗戦直後の汚わいにまみれた年若い浮浪児にイエスを見ることはとうていできることなぞなく、ボロの背中に神の光輪を見出すのはどうしても作者の文章の中においてほかはない。

 この文庫に編まれた短編は比較的若い時代の作(といって敗戦の年に40を超えているのだから、この人の文学運動は非常な年季が入っている)。「わたし」なる主人公がいて、人情の機敏にふれていて、日常生活の自在な描写のなかからほのかに幻影が浮かび上がるというところは、晩年の壮大な作とはすこしばかり異なる。場合によっては、戦前の「私小説」を想起させたり(「葦毛」)、敗戦直後の太宰治「斜陽」を思わせたり(「処女懐妊」)、荷風の遊郭ものを思わせたり(「かよい小町」)もするが、そこに書かれたことは先行作の模倣であるどころか、それらの拠って立つところをはるかに超えて、数千年分のビジョンを垣間見させもするものだから、その文学の射程というのははるかに遠く長い。

f:id:odd_hatch:20140821083527j:image

葦手 ・・・ 「普賢」(集英社文庫)と重複。

山桜 1936 ・・・ 30がらみの貧乏な画家。食うに困ってかつて恋愛していた女の実家に無心にいく。やけにひとなつこい子供に、怒り狂った夫。今は人妻になった女は見向きもしない。彼女に声をかけると。それはネルヴァルの外套に魅かれてさまよい歩いた町の山櫻の見せた幻か。

マルスの歌 1938 ・・・ はやり歌「マルスの歌」がどこでも聞こえる時代。マルスは軍神マーキュリーで、軍歌のいいか。古い戯曲にはまる妻が、唖や聾の真似をして夫と遊んでいる中、ガスを開けっ放しにして死んでしまった。事故とも自殺ともいえない状況。通夜の最中に夫に赤紙がくる。5日後には入営しないといけないのに、夫は妻の妹と遊びに出かける。書けない作家が彼らの後をうろうろと追い、なんとも重苦しくやりきれないその当時の空気に次第に読者が押しつぶされていく。この作が「反戦的」とみなされて、作家はしばらく自作を発表できなくなる。その間の仕事が「癇癖談」のような江戸文学へのかかわり。

張柏端 1941.10 ・・・ 「おとしばなし」(集英社文庫)と重複。

焼跡のイエス 1946 ・・・ 昭和21年7月晦日。翌日には上野の闇市が撤去されるという日、「わたし」は闇市をうろうろとしている。そこにボロとデキモノの少年が現れる。市の商人にこっぴどく追い払われ、古いオニギリを盗み、「わたし」に襲いかかって金をとる。威風堂々と闇市を闊歩する少年に「わたし」はイエスを見る。彼はキリスト(救世主)ではないが、単独者として世界と対峙しているのではないか、と。翌日、撤去された闇市は荒涼と寒々しい。

かよい小町 1947 ・・・ 昭和21年。焼原はバラックで埋まったとはいえ、復興はままならない。泥道のぬかるみに銭湯帰りと見える二人の女、妙に気をひかれて年増の後を追うと、数駅先の待合に入る。一見さんお断りの料亭を強引にはいり、懐のすべての金を女給に預けると酒肴に加えて先ほどの年増がくる。金がきいたのか、そのような店なのか、そのまま伽の部屋にいく。寝入った年増女の胸元にのぞく聖なる印。即座に結婚を決意し、翌朝には夫婦然とした帰路に就くのである。その一方で、年若の女は共産党の赤旗に小鼻を膨らませ、赤旗をへんぽんとひるがえす。行き過ぎるのと見送った後、年増と唇を振れあわせる。

処女懐胎 1947 ・・・ 経済復興はまだまだで多くの人は貧困において平等であったわけだが、ごく少数は戦前の資産を残していて生活のわずらいなくすごすことができたのだった。浪越利平もその一人。戦前の貿易商でいまは開店休業、再起を目指して店を再建。大江徳民は元軍人でいまはするころがなく、最初の参議院選挙の出馬を考えている。こういう生命力たくましい大人たちに対し、利平の娘・貞子と大江の息子・徳雄はいささかふわふわした生き方に見え、生活の具体を持たない。徳雄は貞子に求婚したものの色よい返事はもらえない。この若い二人は、ピアノ教師の看板を出すが実際は内縁の妻ともいえる陽子のひも然とした都賀伝吉のもとにかよう。この中年男は先祖の遺品をことごとく売り払い65万円の大金で豪勢な暮らしをしている。伝吉も徳雄への意趣返しか貞子に求婚し、二人の間はぎすぎすするかと思えば、そういうことはなくヤミのウィスキーを飲んだりもする。貞子17歳は都電で体調をくずしたあと、しばらく寝込むと懐妊したのであった。もちろん徳雄とも伝吉とも交渉のあったわけではなく、これこそIHS(人間の救主イエス)の恩寵かを思わざるを得ない。事実や意味などここでは一切考慮されることはなく、貞子が本当に妊娠したのか想像妊娠なのかの詮索もおこなわれず、彼女の精神の動きにふりまわされて、ふりまわされないとする男どもを笑いのうちに読めばよい。

変化雑載 1948 ・・・ 闇市のたつ町の中にモミジ屋なる便利屋がある。花と茶の家本教授の看板を出して、ときに渋い着物でで帰ることもあるが、安いシャツを着ていると花札の絵柄が背中に見えるというやつだ。このモミジ屋、世間の荒れる時代には便利であくどいやつと見え、ご禁制の酒を提供する。なじみになったら、秋の名月を肴に飲みませんかということになり、不思議な女のいる小屋に連れて行かれる。出入りのある合図とともに真っ暗になり、女の手を握ったのがいつのまにかススキの穂に入れ替わっていた。この作家の小説ではたいていのことは明確になるのだが、珍しく女の正体はあいまいなまま。

喜寿童女 1960 ・・・ 江戸下谷町の芸妓・花が喜寿の祝いの席の後神隠しにあった。その後の消息は不明であるが、語り手は古本の中にその後を書いたものを見つけた。清の秘儀でもって不老童女となった女の怪奇譚。ここは作家の辺々自在な文体を楽しむ。物語の虚と歴史の実が交錯し、離れて、その光芒に女の妄執が浮かんで消える。


 闇市の猥雑で祝祭的で緊張感のある雰囲気は21世紀にはもはや味わえない。なにしろその場所にいることで、売り子だろうが冷やかしだろうが逮捕勾留の可能性のある場所だったのだ。こちらはフィルムで想像するしかないが、それを補完するにあまりあるのが、作家のこれらの小説か。取材したのか、日常的に行き来していたのかの詮索は不要で、ともあれ文章からにおい立つ闇市を味わえばよい。

 忖度すれば、この闇市は「至福千年」の乞食部落であり「狂風記」の裾野であり「六道遊行」の盗賊たちの暗躍する奈良平城京であるだろう。戦後数年間にだけあり、その後消失した闇市(に集まる諸力の束)が小説復興のカギになるとみたのだろう。

 おなじく、焼け跡の浮浪児にかいまみたイエスの姿が、上記の後年の長編で活躍する運動そのものの人間の原型である。理屈や知情意は行動の後からついてくるような運動そのものの。

焼跡のイエス/処女懐胎 (新潮文庫 い 3-1)

焼跡のイエス/処女懐胎 (新潮文庫 い 3-1)

焼跡のイエス・善財 (講談社文芸文庫)

焼跡のイエス・善財 (講談社文芸文庫)

石川淳短篇小説選―石川淳コレクション (ちくま文庫)

石川淳短篇小説選―石川淳コレクション (ちくま文庫)