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2017-02-18

大江健三郎 INDEX

2017/02/16 大江健三郎「死者の奢り・飼育」(新潮文庫) 1958年

2017/02/15 大江健三郎「芽むしり仔撃ち」(新潮文庫)-1 1958年

2017/02/14 大江健三郎「芽むしり仔撃ち」(新潮文庫)-2 1958年

2017/02/13 大江健三郎「見る前に跳べ」(新潮文庫) 1958年

2017/02/10 大江健三郎「われらの時代」(新潮文庫)-1 1959年

2017/02/09 大江健三郎「われらの時代」(新潮文庫)-2 1959年

2017/02/08 大江健三郎「青年の汚名」(文春文庫) 1959年

2017/02/07 大江健三郎「孤独な青年の休暇」(新潮社) 1960年

2017/02/06 大江健三郎「セヴンティーン」「政治少年死す」-1 1961年

2017/02/03 大江健三郎「セヴンティーン」「政治少年死す」-2 1961年

2017/02/02 大江健三郎「遅れてきた青年」(新潮文庫)-1 1961年

2017/02/01 大江健三郎「遅れてきた青年」(新潮文庫)-2 1961年

2017/01/31 大江健三郎「遅れてきた青年」(新潮文庫)-3 1961年

2017/01/30 大江健三郎「世界の若者たち」(新潮社) 1962年

2017/01/27 大江健三郎「叫び声」(講談社文庫) 1963年

2017/01/26 大江健三郎「性的人間」(新潮文庫) 1963年

2017/01/25 大江健三郎「日常生活の冒険」(新潮文庫)-1 1964年

2017/01/24 大江健三郎「日常生活の冒険」(新潮文庫)-2 1964年

2017/01/23 大江健三郎「空の怪物アグイー」(新潮文庫) 1964年

2017/01/20 大江健三郎「個人的な体験」(新潮文庫) 1964年

2017/01/19 大江健三郎「ヒロシマノート」(岩波新書) 1965年

2017/01/18 大江健三郎「大江健三郎全作品 第1期」巻末エッセイ(新潮社) 1966年

2017/01/17 大江健三郎「万延元年のフットボール」(講談社文庫)-1 1967年

2017/01/16 大江健三郎「万延元年のフットボール」(講談社文庫)-2 1967年

2017/01/13 大江健三郎「万延元年のフットボール」(講談社文庫)-3 1967年

2017/01/12 大江健三郎「万延元年のフットボール」(講談社文庫)-4 1967年

2017/01/11 松原新一「大江健三郎の世界」(講談社) 1967年

2017/01/10 大江健三郎「核時代の想像力」(新潮社) 1970年

2017/01/09 大江健三郎「沖縄ノート」(岩波新書) 1970年

2017/01/06 大江健三郎「壊れものとしての人間」(講談社文庫) 1970年

2017/01/05 重藤文夫/大江健三郎「原爆後の人間」(新潮社) 1971年

2016/02/05 大江健三郎「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」(新潮文庫)

2016/02/04 大江健三郎「みずからわが涙をぬぐいたまう日」(講談社文庫)-1

2016/02/03 大江健三郎「みずからわが涙をぬぐいたまう日」(講談社文庫)-2

2016/02/02 大江健三郎「同時代としての戦後」(講談社文庫)

2016/02/01 大江健三郎「洪水はわが魂に及び 上」(新潮社)-1

2016/01/29 大江健三郎「洪水はわが魂に及び 上」(新潮社)-2

2016/01/28 大江健三郎「洪水はわが魂に及び 下」(新潮社)-1

2016/01/27 大江健三郎「洪水はわが魂に及び 下」(新潮社)-2

2016/01/22 大江健三郎「状況へ」(岩波書店)

2016/01/25 大江健三郎「文学ノート」(新潮社)-1

2016/01/26 大江健三郎「文学ノート」(新潮社)-2

2016/01/21 大江健三郎「ピンチランナー調書」(新潮文庫)-1

2016/01/20 大江健三郎「ピンチランナー調書」(新潮文庫)-2

2016/01/19 大江健三郎「言葉によって」(新潮社)

2016/01/18 大江健三郎「わが猶予期間(モラトリアム)」(岩波書店)

2016/01/08 大江健三郎「小説の方法」(岩波書店)

2016/01/15 大江健三郎「同時代ゲーム」(新潮社)-1

2016/01/14 大江健三郎「同時代ゲーム」(新潮社)-2

2016/01/13 大江健三郎「同時代ゲーム」(新潮社)-3

2016/01/12 大江健三郎「同時代ゲーム」(新潮社)-4

2016/01/11 大江健三郎「同時代ゲーム」(新潮社)-5

2016/01/07 大江健三郎「方法を読む」(講談社)

2016/01/06 大江健三郎「現代伝奇集」(岩波書店)

2014/01/25 大江健三郎「核の大火と「人間」の声」(岩波書店)

2014/01/27 大江健三郎「青年へ」(岩波書店)-1

2014/01/28 大江健三郎「青年へ」(岩波書店)-2 「にせ科学」という言葉の用例

2014/01/24 大江健三郎「広島からオイロシマへ」(岩波書店)

2016/01/05 大江健三郎「「雨の木」を聴く女たち」(新潮社)

2016/01/04 大江健三郎「新しい人よ眼ざめよ」(講談社)

2014/01/22 大江健三郎「いかに木を殺すか」(文芸春秋社)

2014/01/23 大江健三郎「渡辺一夫を読む」(岩波書店)

2014/01/20 大江健三郎「河馬に噛まれる」(文芸春秋社)-2

2014/01/21 大江健三郎「河馬に噛まれる」(文芸春秋社)-1

2014/01/16 大江健三郎「生き方の定義」(岩波書店)

2014/01/18 大江健三郎「M/Tと森のフシギの物語」(岩波書店)-1

2014/01/17 大江健三郎「M/Tと森のフシギの物語」(岩波書店)-2

2014/01/09 大江健三郎/筒井康隆/井上ひさし「ユートピア探し物語探し」(岩波書店)

2014/01/10 大江健三郎「キルプの軍団」(岩波書店)

2014/01/14 大江健三郎「懐かしい年への手紙」(講談社)-1

2014/01/13 大江健三郎「懐かしい年への手紙」(講談社)-2

2014/01/11 大江健三郎「懐かしい年への手紙」(講談社)-3

2014/01/15 大江健三郎「新しい文学のために」(岩波新書)

2014/01/06 大江健三郎「治療塔」(岩波書店)

2014/01/07 大江健三郎「静かな生活」(岩波書店)

2014/01/08 大江健三郎/武満徹「オペラをつくる」(岩波新書)

2014/01/04 大江健三郎「治療塔惑星」(岩波書店)

2014/01/03 大江健三郎「文学再入門」(日本放送出版協会)

2014/01/02 大江健三郎「あいまいな日本の私」(岩波新書)

2014/01/01 大江健三郎「日本の「私」からの手紙」(岩波新書)

2017/02/17 大江健三郎「美しいアナベル・リイ」(新潮文庫) 2007年

2017-02-17

大江健三郎「美しいアナベル・リイ」(新潮文庫)

 自分は1994年以降の大江の作品を追いかけていないので(「宙返り」を除く)、長江古義人のシリーズはまったく知らない。なので、この2007年の作品では、説明抜きで古義人やその家族の名前が出てきて戸惑った。過去に彼らに起きた事件やその顛末も知らない。なので、この小説はシリーズの一作ではなく、単独のものとして読むしかない。

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 最初に深いため息をつくのは、障害のある息子「光」がすでに中年を過ぎ、語り手「私」は不整脈で水泳の習慣を止め、たわむ棒(フレクス・バー)を使って歩行訓練をしているというところ。知的活動にも自信がなくなっているという述懐もある。ああ、70歳を超えるということはそういうことか。老年になるというのはまず身体の在り方として現れるのか。そうして、他の息子や娘はすでに家を出て、妻と障害を持つ息子の3人だけの「静かな生活」を送っている。国際的な文学賞をとったものの、さまざまなオファーは断わっているとき、未来や希望というのは長期的なものとしては現れず、過去の失敗や不明も心を突き刺すものではない。これも老年の在り方なのであろう。そこを寂寥とみるのか、諦念とみるのか、あるいは平明で自在な境地と呼ぶのか。

2015年夏の安保法制論議中の国会前集会では、安保反対、安倍政権反対のプラカをタクシーから掲げながら、国会周辺のデモにエールを送るというアクションをみせた。同年には何度か反原発の集会であいさつもしていた。)

 歩行訓練の日々に、古い友人が声をかける。前立腺がん緩解期にある大学の同級生。彼が懐かしい友人サクラさんの消息を伝えに来たとき、「私」はおよそ30年前の1975年の記憶がよみがえる。この記憶はさらに古い記憶を呼び起こし、記述は錯綜する。その重層するところを読むことこそ小説を読むことであるが、ここでは簡略にまとめてしまおう。

 敗戦直後。戦災孤児アメリカ占領軍将校が引き取る。彼女の美貌と演技の才能に惚れて、ひとつの映画をつくり、以後国際的な女優となる。それがサクラさん。「私」が高校生になった時に、松山の文化センター(戦災孤児の引き取られていた都市)で作者不明の映画「アナベル・リイ」をみる。その中のシーンに強い影響を受ける。そして1975年、「私」の前に大学の同級生サクラさんが訪れる。あるプロダクションがクライスト「ミヒャエル・コールハースの運命」を共作する企画があり、「私」に脚本を依頼した。15世紀にあったある民衆の叛乱の物語(岩波文庫がでているが、本書中に要約がのっているので、知らないでも大丈夫)。「私」は「万延元年のフットボール」で構想して実現できなかった四国の村の一揆の物語をこの小説にだぶらせ、日本の時代劇として描くことを提案一揆の首謀者「メイスケ」をコールハースに重ね、彼の一生に強いかかわりを持った「メイスケ母」のテーマを膨らませる。しかし映画企画は頓挫。プロデューサーサクラさんの出演した「アナベル・リイ」映画の無削除版を入手し、「私」とサクラさんの前で上映。サクラさんは強いショックを受ける。アメリカ帰国した彼らとは消息不明のまま35年が過ぎ、70歳前後になった彼らが再開。神経症の治療を終えたサクラさんは新しい「アナベル・リイ」映画を企画し、まず舞台で上演する。

 1975年の中年のときに、彼らはそれぞれがそれぞれを傷つけあい、強いショックと治癒しがたい傷を負う。その点で、人生は思いどうりにならず、むしろ負債を抱えるかのような困難を引き受けざるをえない。それは中年までの人たちにとっては悲劇であるが、さらに35年を経過して、時の彼方に置いてきてしまったとき、過去の挫折や自己懲罰などは今に引きずらない。長年の無縁がはからずも癒しとして働いたわけだし、また老年になって未来や希望を積極的に構想しなくなったということも働いているだろう。ひとりはがんで余命がないことを自覚し、もうひとりは老衰を自覚し自分のいない後の世界に障害のある息子が生きることを受け入れようとする。ラストシーンもほのかな光のような希望が射しこんでいるようだが、もはや強いメッセージを伝えるものではない。著者はかつて「生者のあらん限り/死者は生きん(日常生活の冒険)」といったが、そのような意識にはならない。もっと力の抜けた透明な気分になっている。

 「メイスケ」「メイスケ母」をめぐる話は「メイキング・オブ・同時代ゲーム」という趣き。「私」の母が敗戦直後に村の倉庫で大掛かりな芝居をしたというのは「いかに木を殺すか」の変奏。映画の脚本を書かないかと誘われるのは、「浅間山荘」のトリックスター@河馬に噛まれるの変奏。実現不可能なことを構想して語り手を巻き込んで失敗する「木守(コモリ)」も「日常生活の冒険」以降の迷惑な闖入者の系譜にあるもの。

 また、ほかの本や小説のイメージが人物や物語に深くかかわる。T.S.エリオットの詩、ポオ「アナベル・リイ」(日夏耿之介訳)、ナボコフ「ロリータ」、ハーディ「日陰者ジュード」、クライストの前掲書。語り手があったことのある金 芝河、エンツェンスベンガー。このような文学文学者へのリンクとイメージの交換も小説を豊かにしている。

美しいアナベル・リイ (新潮文庫)

美しいアナベル・リイ (新潮文庫)

臈たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ

臈たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ

2017-02-16

大江健三郎「死者の奢り・飼育」(新潮文庫)

 エントリーのタイトルは1960年にでた短編集に倣った。ただし、読んだのは「全作品 I-1」で収録作は全作品に倣う。文庫収録情報はタイトルのあとに入れた。また「死者の奢り・飼育」(新潮文庫)の収録作品は「死者の奢り」「他人の足」「飼育」「人間の羊」「不意の唖」「戦いの今日」なので、御参考に。「全作品 I-1」には長編「芽むしり仔撃ち」も並録されている。

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奇妙な仕事 1957.05 ・・・ 「見るまえに跳べ」(新潮文庫)に収録。至急に金の欲しい仏文科の学生が医学部のアルバイトに応じる。150匹の実験用犬が不要になったので、撲殺することになった。「僕」と女子大生私大生の三人が仕事をする。初日、50匹を処分したところで、警察がやってきた。「奇妙なアルバイト」もの。骨折り損のくたびれ儲けの予感。私大生の「いらいらして不機嫌」なところに感情移入しにくいが、犬の鳴き声・水洗いした毛皮・夕焼けなどの描写が印象的。幼稚で硬質な観念を振り回さないで、「問題」を象徴化しているところがよい。荒正人東京大学新聞からよくこの小説を取り上げたものだ。その慧眼と勉強熱心さにも驚き(筒井康隆「大いなる助走」によると、当時の評論家は同人誌にも目を配り、新しい才能を取り上げる事に熱心だったという。その例のひとつ。)

死者の奢り 1957.08 ・・・ 「死者の奢り・飼育」(新潮文庫)に収録。至急に金の欲しい仏文科の学生が医学部のアルバイトに応じる。古い水槽にある戦前からもある死体を新しい水槽に移すのだ。一日がかりでようやく終えようというとき、医学部助教授水槽の管理人が口論している。「奇妙なアルバイト」もの。骨折り損のくたびれ儲け。なんだけど、戦後12年目で死体は隠蔽されるようになり、見えなくなり触れなくなる。なので、そこに在る死体が「もの」であり、その「もの」性のゆえに現在の生きている人との差異をなくすように思う。たとえば女子学生の妊娠した腹にいる胎児であり、運び込まれたばかりの12歳の少女の死体であり、30年も死体を見ている管理人(子供が生まれたときに運ばれた死体がまだ水槽に残っていて変化していないという述懐が印象的)。あとは医学部の教授が「僕」に投げつける「こんな仕事をして恥ずかしくないのか、君たちの世代には誇りの感情がないのか」という侮蔑。そして勉強は一番する方だが「希望を持っていない」という「僕」のシニシズム。たった三人の登場人物のそれぞれに物語があり、上のような問題が重層しており、見事な傑作。22歳の作品とは思えない。

(なお、2014年に自選短篇 (岩波文庫)を編んだ際に、初期短編には手が加えられたという。「私学生」が「大学院生」になるなど。自分が読んだのはそれ以前のものなので、異同には触れない。)

他人の足 1957.08 ・・・ 「死者の奢り・飼育」(新潮文庫)に収録。脊椎カリエス患者の未成年病棟。回復の見込みのない患者と看護婦とのなれ合いな関係。そこに足の悪くなった大学生が入棟する。彼は沈滞した病棟を変革しようと、反戦運動に誘う。新聞社への投稿は大きな記事になり、未成年の患者は勇気つけられる。パーティをすることになり、学生を待っていると、車椅子と使わず歩いて中に入ってきた。これは患者である「僕」のほうにも、革命を起こそうとする「学生」のほうにもよくないところがあって、好きな作品ではない。

偽証の時 1957.10 ・・・ 文庫未収録。T大学の歴史研究会が偽学生を監禁した。ある朝、偽学生は逃亡し、「私」は歴研のリーダーと証拠を燃やす。それを多数の学生は見ていた。偽学生は神経衰弱にかかり、警察に通報して、リーダーが逮捕される。大学にも現場検証がはいったが、営繕課は現場を改修して現場検証を妨害し、進歩派助教授は監禁はなかったと偽証する。保釈後、偽学生は母に連れられて学生の前に来てウソの通報で迷惑をかけたと謝罪する。「私」はいらだたしく「監禁はあった」と叫ぶが、冗談にされてしまう。人権の擁護よりも組織の利害が優先され、組織の好戦メンバーが進んで偽証に参加していく。戦後12年目の民主主義が、個人の自由や権利の意識は浸透せず、日本的なシステムに負けてしまう。そういう閉鎖空間のおかしな、ダメさ。大島渚「日本の夜と霧1960年に極めて似ている物語。珍しく主人公の「私」は19歳の女子学生。

飼育 1958.01 ・・・ 「死者の奢り・飼育」(新潮文庫)に収録。昭和20年の日本のどこかの山の中の村。敵の飛行機が墜落して、黒い大男を山狩りで見つけた。町は責任をとろうとせず、黒人兵士を村は地下倉で「飼う」ことにする。子供らは終日男のそばを離れず、ときに一緒に笑う。美しい日々は町の書記がもたらした捕虜の移動命令で終わる。気付いた捕虜は「僕」を人質にして立てこもる。父は息子の左手といっしょに黒人兵士の頭蓋を砕く。無知と偏見のもたらす差別意識の犯罪、責任をとろうとしないこの国固有のシステムの重大な欠陥などが大状況と中状況から見出せる主題。あとは軍国少年の「僕」が認識する「伝説のように壮大でぎこちなくなった戦争」へのあこがれと、事件が終わった後の「僕はもう子供ではない」という苦い認識の注目。のちの作品で繰り返される主題の萌芽。もうひとつは主人公の語り手に「父」がいること。しかも村でリーダーシップをとり、影響力を持ち、責任をとろうとする強い父権者である存在になっている。おそらくそのような強い父が登場するのはこの一編のみ。こういう強い「父」はのちの作品では語り手に敵対する存在として現れるのだ。同年の芥川賞受賞作。デビューから1年もたたずに、わずか5作目で日本文学史に残る傑作を22歳で書いたのだと改めて確認すると、すごいなあと口をあんぐりあけるしかない。いやあ、すごいなあ。

人間の羊 1958.02 ・・・ 「死者の奢り・飼育」(新潮文庫)に収録。占領下の日本。バスに乗っていたら、娼婦がバランスを崩して倒れてしまった。「僕」が振りほどいたせいに見えて、酔っぱらった外国兵は「僕」の尻をめくり「羊撃ち 羊撃ち バンバン」と歌って嘲る。外国兵がいなくなってから、「羊」にならなかった教師他が口々に非難し、警察に届けようという。口ごもる「羊」たちに教師らはしつこく被害届を出すようつきまとう。21世紀の言葉では「セカンドレイプ」ですな。犯罪の現場では行動せず、被害者に対して論理や倫理要求するというやつ。小説とは別にこの種のくだらない連中が21世紀にやっているあれこれを思い出して、読むのを途中でやめました。著者にはごめんなさい。

運搬 1958.02 ・・・ 「見るまえに跳べ」(新潮文庫)に収録。非合法で子牛の肉を自転車で運ぶことになった。屠殺したばかりの肉を自転車の背にくくり、道を移動する。途中で、警察の職質、パンク、降雪があって、しんどい状況。ついに自転車のタイヤがとられて坂で転倒。四苦八苦するうち野犬の群れに囲まれ、出口なし(牛の肉や血の匂いが服にしみついて狙われている)。「奇妙なアルバイト」もの。骨折り損のくたびれ儲け。

鳩 1958.06 ・・・ 「見るまえに跳べ」(新潮文庫)に収録。平均年齢14歳の少年院。動物の死骸を見つけては壁に掲げるという遊びが流行っていた。参加しない少数者であった「僕」は嘲られたことの意趣返しで、深夜、ひそかにでて隣接する鳩舎に忍び込む。そこには院長の養子の混血の少年がいた。「僕」は彼を追い詰める。有刺鉄線の壁から混血は転落し、追いかけた「僕」はドブに落ちて高熱を出す。回復したとき「僕」は英雄になっていたが、混血の復讐を恐怖とともに期待する。ようやくそのときが来たとき、混血は鳩を盗み出したことを話さないでくれと哀願する。足の骨折で不具になった混血を見て、「僕」はある決意をする。「僕」もまた鳩を盗むことをもくろんでいたのだが、それが達成できず、周囲の誤解によって英雄に祭り上げられるのを居心地よく感じない。自己と他人の評価が一致せず、自分の行動の失敗(およびそれによる他者への過失致傷)から生じる自己懲罰、自己破滅への誘惑。著者30代の小説の主人公たちの若いころにあたる。

見る前に跳べ 1958.06 ・・・ 「見るまえに跳べ」(新潮文庫)に収録。大学入学後の政治運動の挫折した「僕」は15歳年上の外国人相手の娼婦と同棲している。ナイトクラブで見た歌手が「僕」の家庭教師の教え子になり、雨に打たれるというハプニングのあと、二人は寝て、妊娠したと打ち明けられる。「僕」は新しい生活を送ることにするが、教え子は結核にかかっていて、中絶せざるを得ない。若者の恋は終了。「僕」は娼婦の元に戻る。「われらの時代」の「南靖男」のできごとが反転して起きたような小説。娼婦の相手の外国人記者が「日本人はおとなしい国民」と軽蔑し、だれも飛ばないといったのがタイトルの由来(もとはオーデンだったはず)。「僕」には「遅れてきた」意識はなく、たんに日常や平穏から脱出したいとぼんやりを思っていて、最後に「見る前に跳」ぶ決意をする。それが成功するのか、それがどこまでの決意であるのかはあいまい。知的エリートの怠惰や退廃は当時の日本を覆っていた駄目さの現れ。


 デビュー当時の短編をまとめて収録。「奇妙な仕事」が東京大学新聞に掲載されたのが最初とされるが、その原型は戯曲「動物倉庫」だという。これは出版された形跡がない。

 エッセイ「徒弟修業中の作家@厳粛な綱渡り」によると、「基本方針は、閉じられた状態にある人間を書くということと、すでに造りあげられた言葉や慣用句をできるだけもちいないで書くということ、自分自身のリアリスチク(ママ)な眼を訓練するためにも一人称で、かつ感覚的な手法を強調するということだった」という(ほかにも実作の裏話があるので、このエッセイはさがしてみたらいかが)。著者はすでにデビューの時から、「小説の方法」に自覚的であったのにおどろく。そのうえで、物語の面白さを持っているのだから、なんともすごい才能だった。

 「閉ざされた状態にある人間を書く」というのは、上のサマリーを見れば明らか。少年院、未成年病院、戦時下の村、学生寮などで通常起こりえない事件を書くのは、スキャンダラスな行為。それも自覚的なはず。重要なのは、慣用句をできるだけ使わないというところで、のちに著者は日本語の標準語を外国語のように覚えたという。まあ村の言葉と標準語があまりに乖離していて、とくに喋りの時にうまく使いこなせなくて、口ごもりになり、どもることもしばしばだったとか。フランス語と同じように本を読んだり翻訳したりして習得したので、著者の標準語も知的な転換作業が見出されるような、ふしぎな言葉の使い方になっている。書くことで作られた文体なので、とても技巧的・装飾的・人工的になるのだろう。これは明治半ば(19世紀終わり)の作家が新しい書き言葉を翻訳を通じて獲得していった(とくに二葉亭四迷森鴎外夏目漱石か)のと対応関係にあって、戦後文学の書き手の多くが外国語文学を専攻する大学生の出身で、多くが翻訳もできたという系譜にあるもの。1950年代にも文体革命がこの国でも進行していて、その一人であった。もしかしたら、この「翻訳分」の後ろ側には母語である四国の村の言葉で書かれた(はずの)もうひとつの小説があったのかもしれない。

 あと、「リアリスチク(ママ)な眼を訓練するためにも一人称」のところで、極度に主観的な表現になっているのが面白い。著者の「私」は私立探偵のような関係者の利害に関与しないでいることはしないし、できないし、むしろ自分の利害のことにだけ偏執する。そこで自分の立ち位置を守ったり、ときに自己懲罰的になったりで、リアルを落ち着いてみることは無理。自分の心理や衝動を分析することにはたけているのだけど。主人公の視点は著者の状況を反映したのか、知的エリート、インテリのもの。それは上の分析にはたけていても、他人の批判を極度に恐れ、嘲笑と恥辱の極端を行き来するし、行動にはなかなかうつらないし、いったん決めたことには意固地になるし、弱みを指摘されると腰が砕けて粘らないし。そういう引きこもりと軽挙妄動を行き来するやっかいな人物。ここの時代の主人公は物語のクライマックスを越えると、一様に「僕は子供ではない」という。はた目には、彼が大人として他者への責任やアイデンティティの安定を獲得するわけではないので、危なっかしくてみていられず、安直に思えてしまう。そのところは克服しがたく、40歳までの小説では「猶予」「モラトリアム」にある主人公を描き続けた。

死者の奢り・飼育 (新潮文庫)

死者の奢り・飼育 (新潮文庫)

2017-02-15

大江健三郎「芽むしり仔撃ち」(新潮文庫)-1

 (おそらく)昭和20年の冬。指導教官に引率された感化院の少年14人と「僕」の弟の計15人が山間の村に到着した。都会にあったと思われる感化院を疎開させる必要があり、山村が選ばれたのだ。その村は奇妙な緊張感が漂う。村人は少年たちを警戒して遠巻きにし、憲兵が村人に指図していた。少年たちは倉庫に閉じ込められる。翌朝見つけたのは、憲兵はおろか村人もいない無人の村。どうやら疫病が蔓延し、村を捨てて、治まるのを待つらしい。村と外をつなぐのはトロッコのみ。対岸にはバリケードが築かれ、監視されていた。村には、母を疫病でなくしたばかりの女の子と、同じく父を亡くした朝鮮人の子供「李」だけだった。村に閉じ込められた子供たちの7日間の生活が始まる。

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 それまで著者は短編だけを書いていて、そこでは種々の閉塞状況における孤独と暴力を主題にしていた。その集大成になるのが、この第一長編。この村に残された少年たちは二重三重に閉じ込められている。すなわち、彼ら少年は大人たちに暴力的に監視されていて、ここに到着するまでに何度も別の大人に暴力を振るわれている。到着した村人からは排除されていいる。村には疫病が蔓延し、罹患者はその家から出ることを禁じられ、村人は接触しない。その村も戦時の日本から監視され暴力的に統治されている。そのうえ日本は無謀で無意味な戦争を周辺諸国に起こしていて、孤立無援の状態にある。二重三重にも暴力や権力が少年たちに覆っていて、容易にはそれを覆しえない。とりわけ少年たちに直接対峙する巨漢の村長や鍛冶屋は少年たちにいつでも暴力をふるうと脅し、実行する。15歳に満たない(と思われる)少年たちは彼らに抵抗できない。きわめてグロテスクで異様な社会であるが、それが当時の、そして現在(初出1958年)のこの社会であるというのだろう。

 そこに力のない、弱い少年たちが押し込まれる。さらに、村に疎開した都会の女性の娘、朝鮮人部落の少年、予科練を脱走したインテリ兵士が加わる。それぞれが弱者の属性を持っていて、村の社会で弱いものが集まる。彼らは閉じ込められた空間で、たがいに意思疎通することはなかったが、種々の祝祭的行為を通じて、「連帯」を広げていく。彼らが行ったのは、少年同士の喧嘩、死者の埋葬(感化院の少年一名、疎開した女性、朝鮮人部落の大人)、食物の分かち合い、犬のペット、かくまわれていた脱走兵の出現、罠でつかまえた野鳥をメイン料理にする宴会、降雪。突然の束縛からの解放で、少年たちは「自由」を感じ、放棄された村を勝手に使うことで獲得した「自由」を満喫している。このあたりの描写、高揚感は見事。初読は少年たちに近い年齢であったので、彼らの祝祭的な陽気さはとても魅力的に思えた。そこにある少年たちの性(勃起した男根を見せ合うとか放尿をからかうとか)も陽気さを引き立てるのだし、「僕」になつくようになった女の子との性交にはいたらない行為もまたほほえましいもの。

 でも、この突然の「自由」はかりそめのものでしかないことを「僕」と「脱走兵」のみが知っている。すなわち、脱走兵は閉じこまれた社会で何の自由があると少年たちに水を差し、弟が「このままでいよう」というのに「僕」は「何も知らない馬鹿な大人になる」と一蹴する。突然の、かりそめの「自由」は集団や組織にビジョンやミッションがないと、無軌道で放埓になってしまうという苦い認識がある。この小説はヴェルヌ「十五少年漂流記」のパロディとみることができるが(人数がいっしょ)、フランスの少年たちは孤島からの脱出というビジョンとミッションを持っていて、民主主義を理想的に実行したが、この感化院の少年たちはそのような目的がないので民主主義を行えない(なにしろ名前をもっているのは「南」と「李」だけ。他の少年は名無し。語り手の「僕」でさえ名前を持たない)。それは、小説の時間を同じころにフィリピンの島でとらえられた日本の俘虜たちも同様だった(大岡昇平「俘虜記」)。読者は少年たちを笑えない。

芽むしり仔撃ち (新潮文庫)

芽むしり仔撃ち (新潮文庫)

『芽むしり仔撃ち』と初期短篇 (大江健三郎小説)

『芽むしり仔撃ち』と初期短篇 (大江健三郎小説)


2017/02/14 大江健三郎「芽むしり仔撃ち」(新潮文庫)-2 1958年に続く。

2017-02-14

大江健三郎「芽むしり仔撃ち」(新潮文庫)-2

2017/02/15 大江健三郎「芽むしり仔撃ち」(新潮文庫)-1 1958年の続き。

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 山の中の村。それはすでに生産力を失っていて沈滞している。そこに外部のものが現れて、村をかきまわし、活性化して、彼はスケープゴートとなって懲罰を受けたり破滅する。このプロットはこの小説を嚆矢に、繰り返し書かれた。著者の執筆時の年齢に応じて登場する外部のもの(あるいは村の余所者や脱走者だったりする)の年齢も変わる。そうしたプロットの小説は「万延元年のフットボール」「懐かしい時への手紙」「宙返り」がある。「同時代ゲーム」もそのバリエーションだろう(「燃えあがる緑の木」シリーズもそうだと思うが、第1作しか読んでいない)。逆順に読み返しているので、この著者最初の長編はのちに書かれた長編を思い起こさせるなつかしさをもたらすものだった。

 ただ、のちの同じプロットの長編と異なるのは、村に闖入するものが完全に外部のもので、村との関係を一切持たないところ。のちの長編では村の視点を持つ人物がいた。彼は、村のシステムや階層を描き、村の疲弊の原因を調べ、村の歴史や神話を語っていた。ここではそのような解説者がいない。村に暮らす人々の多様さが失われ、たんに余所者(ここでは朝鮮人部落と都市からの疎開者)を抑圧する仕組みの構成員となった。

 そのような単純さは、感化院の少年グループにもあって、おそらく年長者である「南」と「僕」だけがリーダーシップをとり、それ以外のメンバーには個性がない(名前を持たない)。ただ一人の年少者(おそらく5-6歳)の弟がいる。そこに朝鮮人部落で一人残った少年と疎開者の女の子だけがいる。彼らを結び付けるのは、家族から放擲され、社会の厄介者になっているところ。弱いもの、虐げられているものが、社会のセイフティネットから棄てられる。そこにおいて、共感とか自助が始まる。そのときに、感化院とは無関係にこのグループに入れられた、すなわち少年たちのように犯罪を犯していない無垢なる存在としての「弟」とレオと名付けられた犬が通常では結びつかない人々を媒介する。弱いものからさらに弱いものと認知されるものが閉ざされた世界や極限状態において、弱さが強さに、守られるものが庇護するものに転化する。こういうのは神話の世界や災害時の被災者グループによくみられるもの。それがごく自然にあらわれる。

 彼らの祝祭は雪の日の宴会において最高潮に達するが、その瞬間において悲惨への転落が開始される。弱いもの虐げられたものの中でさらに弱いものがその弱さを露呈する。疫病に感染した犬が女の子を噛んで感染させ、その犬が「南」によって撲殺され(犬の撲殺は当時の著者の小説で繰り返される暴力の象徴)、弟が失意のあまり失踪する(どうやら増水した川に流された模様)。弱いものの中の弱いものが傷つき、健康を害し、排除される。それが祝祭の終焉。翌日には村人が帰り、彼らは監禁され、脱走兵は逮捕され屠殺され、祝祭の中心にあった死者が掘り返され火で焼かれる。村人は少年たちに暴力をふるうが、村の放棄(戦時下においては重大な違反行為)と感化院の少年を放置したことが発覚する恐れがあるとき、隠蔽のために姑息な取引提案する。自分らの無法や不正を糊塗するために、弱者を暴力的に威圧するわけだ。少年たちの祝祭が華やかであっただけに、村人たちの暴力と臆病がグロテスクに増幅される。少年たちがそれを唯々諾々と受け入れるのは、感化院のみならず社会や家族から暴力と威圧のもとに置かれていたからだろう。

 その故にか、少年たちは内部メンバーに対する監視の目を持つ。裏切りが起きないように彼らは同町圧力をかけ(たとえば性器の露出のような遊びにおいて)、裏切りそうな人に圧力をかけ、しかしリーダーが裏切ると雪崩を打って全員がそれを反復する。ああ、書いていていやになるほど日本人的な社会であり、集団だ。裏切りや密告から免れたのは「僕」ひとりであるが、彼の個性とか思想にあるより、祝祭の日々にあってもっとも華やかな体験、自己を変革する重大な体験をした「選ばれた人」であったからだろう。唯一の恋人を持ち、未熟な性体験をし、弟を失う。これだけのことはもう一人のリーダー「南」にも、当然ほかのメンバーにも起こらない。7日間の村の生活で「僕」のみが子供から大人に成長したわけだ。その体験が「僕」を怒れる人に変え、取引も懐柔も拒否できる強さを獲得したわけだ。この回心というか変貌の意味は約20年後に再検証されて、「『芽むしり仔撃ち』裁判」において、「僕」と弟の確執があらわにされる。できれば続けて読むことを推奨。 大江健三郎「現代伝奇集」(岩波書店)

 もうひとつ。少年たちは「戦争をしたい。人を殺したい」という。「戦争をしたくない、殺したくない」という予科練脱走兵を少年たちは決意性の欠如を理由に嘲笑する。それは、かれらが「選ばれた人」となって、至福の死を体験したいという(押し付けられた)欲望をもっていたからだ。その至高体験昭和20年の冬にはまだ現実的であると思われた。その半年後の夏になり、敗色濃厚となって敗戦がまじかになったとき、少年たちから「選ばれた人」になる特権は奪われる。冬の村で実現できた祝祭は、その年の夏には実行不可能になっていた。そこから「遅れてきた青年」の意識が生まれ、彼らに至高体験を説いてきた力に対する失望と憎悪が生まれる。

 主題にこだわり過ぎて、硬い感想になってしまったかな。しばらくぶりの再読で驚いたのは、小説の技巧面。すでにこの小説がヴェルヌ「15少年漂流記」のパロディないし反転であるとか、大岡昇平「俘虜記」のような日本社会の摘出であると指摘したけど、もうひとつはトーマス・マン「ベニスに死す」の本邦版でもある。沈滞して瘴気に満ちた閉鎖空間、そこに忍び込む病魔。人々の狂騒と沈鬱。事態の推進がまずネズミの死体の発見であり、異邦人(感化院の集団疎開と観光客の違いあり)の到来を遠巻きにして口つぐむ現地の人々。次第に増える動物の死体、衰弱する罹患者、疫病除けの焚火そこから立ち上る異臭の煙。脱出不可能な空間に取り残された人々の不安と狂騒。このような細部が共通している。船倉と疫病という大状況での破局が忍び寄り、感化院の少年が村人の暴力を受けて放置され、生き延びるという中状況があり、主に「僕」に集中する恋人、朝鮮人部落の少年、脱走兵とのコミュニケーションも進行する。それらが緊密に結びついて、終局のクライマックスに到達する。みずみずしい文体が少年の生態と心理を生き生きと描き出し、開巻後数ページで読者をつかみこむ。こんな傑作を23歳で書いたのか。日本の文学史の中でも傑出した才能。読み始めは悪口をいうつもりでいたけど、大絶賛になってしまった。これはすごいわ。1958年初出。

芽むしり仔撃ち (新潮文庫)

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『芽むしり仔撃ち』と初期短篇 (大江健三郎小説)

『芽むしり仔撃ち』と初期短篇 (大江健三郎小説)