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odd_hatchの読書ノート このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-08-24

東野圭吾「夢幻花」(PHP文芸文庫)

「花を愛でながら余生を送っていた老人・秋山周治が殺された。遺体の第一発見者である孫娘・梨乃は、祖父の庭から消えた黄色い花の鉢植えが気になり、ブログにアップする。 それを見て身分を隠して近づいてきたのが、警察庁に勤務するエリート・蒲生要介。ふとしたことから、その弟で大学院生の蒼太と知り合いになった梨乃は、二人で事件の真相解明に乗り出す。一方、西荻窪署の刑事・早瀬も、別の思いを胸に事件を追っていた……。/禁断の花をめぐり、宿命を背負った者たちの人間ドラマが交錯する狹賁ミステリの真骨頂瓠/第26回柴田錬三郎賞受賞作。」

東野圭吾『夢幻花』|PHP研究所


 サマリーをつくる意欲がわかないので、出版社の作品紹介を引用。補足すると、

 久遠食品研究開発センターで新しい品種開発を長年務めてきた秋山周治翁が殺される。物盗りでも怨恨でもなさそうだった。第一発見者の梨乃は自分の挫折を理解してくれた唯一の親族なので、どうにか犯人を見つけたいと思う。手がかりは現場から行方不明になった黄色いアサガオ。その行方を追いかけているときに、大学院生蒲生蒼太とであう。彼も挫折の中にいて、異母兄の要介に対するコンプレックスと将来の展望が見えないことから、梨乃の捜査に協力することにする。所轄の担当・早瀬もまた挫折の中にいて、被害者の老人が自分の息子の危機を救ってくれたことから犯人を見つけたいと思い、かつ警察庁のエリート(要介)に対する反感で捜査に力を入れる。

 長年の探偵小説ファンである自分としては、犯罪の不可解さとか、被害者をめぐる憎悪の関係とか、探偵とワトソン訳のノリツッコミとかを読みたかったのだが、見事にすかされた。なんだ、これはマンハント(亭主狩り)の話か、殺人事件は被害者には申し訳ないけれど、事件は若者二人の恋の物語のツマなのね、と思ったのだ。

 作品紹介にある「宿命を背負った者たち」というのは、惹句の常として大げさに過ぎるが、それぞれが挫折の体験をもっている。すなわち梨乃は水泳でオリンピック強化選手に選ばれるほどでありながらパニック障害で選手であることをあきらめていて、蒼太は原発研究という2011年以降にはスティグマのついた研究でお先真っ暗であり、かつ優秀な兄の前でコンプレックスを抱えており、早瀬は別居の最中ですでに妻と息子に会うことはかなわず独身の気楽さよりも結婚の破綻の孤独をかみしめている。さらにいえば、被害者の周治も企業の研究競争で成果を出せずに契約を解除され、一人暮らしの孤独をかみしめており、要介はひとりエリート臭ふんぷんとしているものの一族の秘密を一身に背負い所属先の仕事よりも優先しなければならないという重荷を背負う。彼らは事件の解決そのものよりも、過去の自己実現の失敗を克服する契機としていて、被害者に思いをはせるよりも、行方不明のアサガオの行方を捜すことに注力する。そうすることで、これらの別々に動いているものが少しずつ集まり、情報交換をしているうちに次第に事件の輪郭がはっきりする。タイトル「夢幻花」はアサガオの別名らしいが、もうひとつの意味が隠されていることが分かり、過去半世紀以上の謎が解明される。

 まあ、そのような人の関係が複雑にからまった(その割に人間関係は広くない)事件が解明されるよりも、挫折の克服の方が大事。自分の年齢が彼らと遠く離れてしまったので、10代から20代の失敗や挫折とそこからの自己回復の話にはあまり興味をもてなかった。そこで最後にマンハントがもう一回すかされたのは、こちらの読みが甘かったかな。

(現在の事件はともあれ、過去の事件がそのようなものであるのはなんだかなあ。そういう怨念隠蔽の話にするのは単純な二分法に陥らせる思考の怠惰だと思うので。なにを言っているのかわからないと思うが、具体的に書くことができない事項なので、こういう隔靴痛痒のかき方になる。)

夢幻花 (PHP文芸文庫)

夢幻花 (PHP文芸文庫)

2016-08-23

東野圭吾「ナミヤ雑貨店の奇蹟」(角川文庫)

 2012年、悪事を働いた若者3人組が、廃屋に逃げ込む。そこはかつて悩み相談を請け負っていた雑貨屋。廃業して無人の店内に、郵便口から手紙が投函される。その手紙は悩み相談だったが、どうも昔の時代のものらしい。なにしろインターネットケータイも知らないというのだ。無視しようとリーダーが言うが、残り二人は相談の返事をどう書くかを相談した。そして武骨でストレートな返事を投函すると、即座に返事が返ってくる。心ならずも若い小悪党が見知らぬ他人の悩みにこたえることになった。

回答は牛乳箱に ・・・ オリンピックを目指している女性は不治の病に侵されている恋人とどちらをとるのか。相談者は1979年に生きていることがわかる。

夜更けにハーモニカを ・・・ 先代・浪谷(ナミヤ、入れ替えるとナヤミ)が相談所を開設し閉鎖することになったいきさつ。

シビックを朝まで ・・・ 田舎から上京し音楽をとるか家業を継ぐかで悩んでいる青年。若い読者には「シビック」は1979年当時によく売れたホンダ自動車の名前であると教えないといけないかな。

黙とうビートルズで ・・・ 羽振りの良かった親が突然夜逃げをすることになった。ついていくのがよいか、家族を切るのがよいか。ここで丸光園という児童養護施設が現れる。若い読者には「ビートルズ」は(略)。

空の上から祈りを ・・・ 田舎のOLをするか水商売をするかを悩む女性。若者らは1980年代のバブル予言し、彼女の行く先を指し示す。

 それまで他人に邪見にされていてしかも貧困のうちにあった現代(2012年初出)の若者が、他人の悩みに介入し、彼ら彼女らの成長や成功を見ることによって、みずからの殻を破り再生する物語。他者の問い(それも人生の選択に関する)に応えるうちに自分の資格を考え、「正義」と照らし合わせて回答を考え、その反応を見て再考し、しだいに自分の悪を自覚し、自己変容を果たしていく。天藤真大誘拐」(創元推理文庫)にもそういうテーマがあったなあ。なるほど、小説の主要な人物はそれぞれに顔を合わせたこともなく、会話もしたことがないにもかかわらず、ひとつの波動バイブレーションオカルトで使う方)でつながっていて、そのつながりが時空を超えたものであるというところに「感動」するのかな。このつながりが巧妙。時系列順に人物相関を書いてみると面白いと思う。

 ちょっとひねくったことをいくつか思い出した。

・悩みを持つのは誰しもであるけど、だれかにそれを打ち明け、相談し、回答をもらうかというのはさまざま。たいていは家族や知人、先生などに相談することなるが、身近な人々との葛藤がある場合は、相談相手がいない。となったとき、キリスト教カソリックは教会の神父に相談する。神父はその種の回答をする訓練をつんでいて秘密保持も万全。相談するものは神父を通じて神に語りかけることになる。さてそのような道徳の規範である「神」を持たないこの国では、相談先を「世間」にしてきた。明治に新聞がつくられると「人生相談」「身の上相談」という仕組みができる。匿名の相談に別人が匿名や本名で答える。身近な家族・知人・師弟関係ではない他人や顔を持たない世間が相談先になる。最近では、「生協のシライシさん(だったっけ)」のとんちの利いたユーモラスな悩み相談が受けたことがあったね。世間が善悪や正邪を判断できると考えるのが西洋と違うなあ。

1979年のティーンエイジから25歳くらいまでの人たちは、悩みを徳や義に基づいて(というか徳や義に背かないように)解決しようとする。すると徳や義は関係者のどちらにもありうる。悩みの相談者はどちらをとるかという選択を迫られる時、徳や義に背かないようにすると選択できなくなる。そのために選択することが正義であるという保証を欲しがる。この選択をしたけど家族には(親族には、世間には……)背いていないという理由を必要としている。一方、2012年の若者は悩みを損得で考える。ゲーム理論クリティカルシンキングのように自分の現状を括弧にいれて、状況の中で最高の利益が上がるような決定を選ぶ。他人の感情とか思惑とかは、自分の利得で帳消しになる、というか選択する行為の「自由」(と責任)が最優先になる。1979年の若者は悩みを倫理的に考え、2012年の若者は経済学的に勘定するというわけだ。ここはこの35年で人々の生じた変化に対応するのではないかしら。もちろん1979年の若者も経済や利得を考えるし、2012年の若者も善悪や正邪に向き合うのだがね。この小説では悩みに向き合い、行為の選択の意味を考え、それによって自己変容することが重要であるといっているのだが。

参考エントリー

竹内靖雄「経済倫理学のすすめ」(中公新書)

・若者の悩みは、家族・知人・友人・職場などの共同体の中で起きるもの。家族と折り合いが悪いとか、友人の依頼にこたえられないとか。インサイダー内部の軋轢とかストレスとかに原因がある。なので、ボトルネックを見出し、解決方法を自分で選択することができた。それはめでたいのだが、ここにはマイノリティの悩みはない。「私はエスニックマイノリティで、毎日いじめにあっています。どうすればよいでしょう。」「私は中学生の女子ですが、毎日男子に性的嫌がらせを受けています。どうすればよいか教えてください」というようなインサイダーでは解決できない悩みにはどうこたえるだろう。

・巧みな小説、とおもったのだが、いまひとつのめりこめなかったのは、自分がまさに1979年の若者に重なる年齢であること。なるほど、あの年のことはよく覚えているし、小説にでてくるのに似たような悩みは俺もその時代に抱えていたものだ(小説ほど深刻なものではなかったが)。でもよう、自分の息子(いないけど)ほどの年齢の若造に意見を聞かなきゃならんような身じゃねえぞ。

・というような反発が悩みの相談者にもあった。怒りや反発を口にする。しかし、小説の若者は怒りや反発の後に反省し、回答者の心情を忖度するようになる。そして回答の文章の裏側を読み取って、自分の行動の指針に変えてしまう。ここがすごいなあ、他者コミュニケーションをとるのが上手な人はそういうことができるのだなあと感心した。自分は他人の感情を読むことができず、文章に書かれたことをそのまま受け取るので、この小説の悩み相談者のように自己変容することはできないからなあ。

2016-08-22

東野圭吾「禁断の魔術」(文春文庫)

 湯川とかいう物理学准教授のもとに、高校生がやってきて、部員獲得のためのデモンストレーションのアイデアを相談する。数回打ち合わせをしたあと、連絡はなくなったが、突然刑事がやってきて、高校生のことを教えろという。聞くと、高校生は行方不明、その姉が1年前にホテルで不審死。どうやら彼女は、地元でスーパーテクノポリス誘致計画を推進している元文部大臣代議士と関係があったらしい。この計画には低濃度の放射性物質の保管も含まれているらしく、地元では反対運動が起こっている。その事件を追っていたフリーライターが殺されているのが見つかった。どうやら、失踪した高校生は代議士を遠距離で殺す計画を立てているらしい。阻止するべく、湯川に支援を要請したが、なぜか彼は断る。

 帯には「ここに登場する湯川学は『シリーズ最高のガリレオ』だと断言しておきます」と作者のコピーがついている。ふーむ。すれっからしの読者である俺の評価は、できのわるいエンターテイメント。

・複数の事件がパッチワークのように書かれているが、時間の推移がよくわからない。事件の推移がまとまるのは、半ばあたりの捜査会議を聞かなければならない。

・事件の構成が単純。というか、なぜ二番目の事件の犯人が、前振りなく伏線なく逮捕され、過去の因縁を語りだすの。

 という具合に読者が推理を働かせる余地がない。「ミステリー」じゃない。そのうえに、

・「現代」を描写するために、スーパーテクノポリスとかいう科学技術都市計画を持ち出し、そこに自然環境破壊の反対運動を起こさせる。この設定が時代遅れ。企業や公立の研究所誘致を自治体や国が率先してやるというのは、1980-90年代にさかんに行われたが、成功例がないまま立ち消えになっている。そんな計画を国は立てていないし(世界的にもないよなあ)、賛同する自治体もない。そのうえ自然環境破壊の可能性をアセスメントするのは、計画段階で行うようになっているから、用地買収の段階で反対運動もおこりえない。秘密裏に低汚染放射性物質を持ち込むのも無理。なので、背景のリアリティがまるでない。

・ある悪徳代議士描写されるが、1970年代以前の「ムラ」社会の議員ステレオタイプ。粗野で脂ぎって、人脈を持っているが、知的でなく洗練もされていない。ついているのは怜悧で合理性をつきつめたような秘書。若い頭の切れる女性が近づき、代議士の性のさそいにすぐにのる。この紋切り型の人物と設定。

・殺人方法にあまり知られていない技術を使用。ラストシーンで「科学者は万人を助けるために個人を殺してもよいか」「科学の成果でおこるさまざまな蛮行や愚行に、科学者はどのように責任をとるか」という問題が投げかけられる。まあ、その職にある人には重要かもしれない。しかし未成年がその問題に直面しないように、配慮するのが大人の役割じゃないの。おれのいっているのは、その殺人方法を考案するもとになったデモンストレーションを高校生に提案して制作支援したことだ。進学校の優秀な生徒であっても、その実験を高校の構内でするわけにはいかない。警察案件になっているのに、なぜ協力しないで、一人で対応しようとするの。人が殺されるかもしれない事態で、なぜぎりぎりの危険な状況を作り出すの。なので、ラストシーンでの湯川とかいう准教授の犯人への語りかけも真摯に聞こえてこない。湯川は「責任をとる」と繰り返すが、薄っぺらで軽い言葉だ。

 まあ、1960-70年代なら小説中の政治や科学の批判は正しく当事者にむかっている。でも21世紀の第2ディケードには誰に向かってのメッセージなのかまるで分らない。

禁断の魔術 (文春文庫)

禁断の魔術 (文春文庫)

禁断の魔術―ガリレオ〈8〉

禁断の魔術―ガリレオ〈8〉

2014-10-16

東野圭吾「マスカレード・イブ」(集英社文庫)

 2014年8月に刊行された。この年の夏には、「マスカレード・ホテル」と本作「マスカレード・イブ」の大々的なキャンペーンがうたれ、どうやら売れているよう。販促や宣伝の事情はよく知らないが、入手したので読んでみた。

 「マスカレード・ホテル」の主人公二人が出会う前の物語。交互に主人公が交代するが、この短編集では二人は出会わない。


それぞれの仮面 ・・・ 新人のホテルのフロント・山岸に飛び込みの客が二組。さらに元プロ野球選手で現在タレント一行が宿泊する。深夜、タレントのマネージャーをしている元恋人から内密の相談があると電話がかかってきた。

ルーキー登場 ・・・ アメリカ帰りの新人刑事・新田が早朝に叩き起こされる。会社社長が深夜のランニング中に刺殺された。部下思いで家庭円満の中年男を狙う理由がわからない。新田は殺されたのと同じ時刻に同じコースを走って、啓示を受ける。

仮面と覆面 ・・・ 女性覆面作家がホテルに缶詰めになって執筆することになった。作家の熱狂的なファンが正体を明かそうとホテルでねばる。事件をおこしてはならないし、作家に迷惑もかけられない。山岸の苦心奮闘。

マスカレード・イブ ・・・ 山岸は大阪にできた新ホテルの応援に行き、数人の顧客と接客。一方、新田は八王子殺人事件を担当。有力容疑者のアリバイが大阪にあるホテルに宿泊したことなので、新人刑事を派遣する。山岸のヒントが事件を解くカギになる。


 この種のエンターテイメントの書き方で気に入らないところをいくつあげる。たまたま目についただけで、他意はない。

 まずは、紋切型の言葉の羅列が続くこと。最初の「それぞれの仮面」冒頭の女性客の描写。「年齢は二十代後半といったところ」「長い髪にウエーブがかかった」「グレーのワンピース」「掲げているバッグは、おそらくプラダ」。1980年代後半の情景であればまだしも、これが2014年の若い女性の描写? 見栄えに注意していて、金と時間に余裕のある高級取りの女性のイメージなのだろうが、アウト・オブ・デート。とてもダサい。ほかでは、「マスカレード・イブ」の主要キャラクターは、「エキゾチックな顔立ち」。は〜あ。どのような服装をしているか、どのような表情なのかでその人の個性が浮かんでくるものだが、そこまでの配慮はなし。類型的で何の驚きもない描写ナボコフ(「ロリータ」の服装の緻密なこと)や都筑道夫(コーコシリーズが参考になる)のように細かい描写をしろとはいわないが、もっと文章に綾を入れてくださいな。ベストセラー作家なら、キャラクターにふさわしい衣装をスタイリストに決めてもらうことも可能だろうになあ。この小説にはでてこないが、名探偵の部屋が「リノリウムの床」がはられているという表現もよくでてくる。1980年以降の内装でそんな素材は使われていないだろうに。

(感心した例は、マルケス「火曜日の昼寝」にある「彼(神父)の頭に欠けている毛は、手には余っていた」@「ママ・グランデの葬儀」集英社文庫P97。他に神父の姿や服の描写はないのに、この短い文章が何と想像力を働かせることか。)

 続けて、文章の構成について。「マスカレード・イブ」の冒頭。

「正面玄関の大きなスライドドアをくぐって入ってきたのは、どちらも二十代半ばと思われるカップルだ。お揃いのTシャツにジーンズという出で立ちだった。物珍しそうにロビーを見回しながら、フロントに近づいてくる。」

 正確な描写である、ということはできても、この文章にはなんらの驚きも発見もない。キャラクターの重要さも見えてこない。おれが添削すると(プロになんという傲慢!)とこうなる。語順の入れ替えだけで、追加した言葉や文章はない。

「正面玄関の大きなスライドドアをくぐって入ってきたのは、お揃いのTシャツにジーンズという出で立ちのカップルだった。物珍しそうにロビーを見回しながら、フロントに近づいてくる。どちらも二十代半ばと思われる。」

 本文ではこの後フロントに待機するクラークのことを描くが、それは後回しにして、彼らが田舎者なのか都会人なのか、どちらが主導権をもっているのかがわかる会話にするだろう。「二十代半ば」で「お揃いのTシャツにジーンズ」というイタイタしさをそこで示すのもよい。そのあとに、フロントに話を移す。

 俺が見たところ、もとの文章は作者の頭の中の設定をそのまま描写に写したのだろう。「20代半ばのカップル」というのがあって、まずそれを書いた。そこから肉付けをした。そういうイメージを膨らませる作業をそのまま書いたので、ちっとも驚きがない。おれはまずカップルの静的な状況を書き、彼らの行動を書く。それらの積み重ねをしてから、「20代半ば」という発見を最後におく。3つの文章で謎―捜査―解決の流れをつくったわけだ。おれの考える流れの方が次の文章を読む推進力を読者に与えると思う。少なくとも、おれが敬意を表する作家の文章はそういうものだ。

 あっというまにページを繰っていって、2時間もかからずに全部のページをスキャンする。でも、閉じた途端に、何もかも忘れてしまった。

マスカレード・イブ (集英社文庫)

マスカレード・イブ (集英社文庫)

2014-08-28

東野圭吾「マスカレード・ホテル」(集英社文庫)

 ホテルの主要スタッフが呼び出され、警察が内密に潜入捜査をすることになった、ついては各部署に数名の警官が配置されるから、君たちはホテルマンとしての教育をするようにと命じられる。このとたんに、筒井康隆「富豪刑事」連作の「ホテルの富豪刑事」、都筑道夫のホテル・ディックシリーズ(とくに唯一の長編「探偵は眠らない」)、作家になるまえにホテルマンであった森村誠一の「超高層ホテル殺人事件」、カー「死者はよみがえる」、クリスティの「バートラムホテルにて」などを思い出した。なるほど、オフィシャルとプライベートがまじりあい、無関係の老若男女が行き来する、ほとんどは問題を起こさないが、なかには問題を抱えていて、爆発することもあるだろう。となると、ホテルという密閉空間はひとつの都市にもたとえられる。そこに来る人々は普段とは違った顔を持っていて本心は容易につかめない。というようなことをホテル・ディックシリーズの田辺素直がいっていたような気がする。タイトルの「マスカレード」は仮面をかぶるというような意味。この国のフィギュアスケート選手が一時期ハチャトリアンの「仮面舞踏会」をBGMに使っていたが、曲の英語タイトルは「Masquerade」。

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 さて、東京都心で殺人事件が相次ぐ。共通点は現場に二つの数字が書かれたカードが残されていること。小数点6桁まで書かれたその数字の意味はよくわからなかった(自分はたまたまその数字を使う作業をしたことがあるので、一目で意味は分かったが)。そのカードは次の事件を予告するものであり、次の事件が予告された場所がホテル「コロニアル東京」であった。

 ホテルには多様な人物が毎日来ては帰る。ときには、理不尽な言い掛かりやクレームをつけられ、対応に苦慮する。そのとき、フロントに配置された刑事・新田はホテルのフロント・山岸と衝突する。まあ単純化すると、国家の権威を背後に持ち権力を使える警察は因縁をつけてくる輩には逆襲する道があるが、民間企業で風評を気にするホテルは問題を不可視にし顧客を満足することが優先される。当然、警察の正義とホテルの道徳は衝突する。それは、フロントに配備された新田と山岸が出会うホテルの事件であらわになる。ホテルの備品を盗み出そうとする宿泊客、視覚障碍者のふりをしてホテルのサービスを確かめる老婆、新田の顔に見覚えがあるのか理不尽な言い掛かりをつけいじめをする塾講師、この男は絶対に近づけるなといって宿泊する中年女性、結婚披露宴を襲撃すると予告するストーカーなどなど。彼らと応対するたびに、警察とホテルの代表はいさかいを起こす。ここらへんの大小様々な事件は、読者の想像にありそうな身近なできごとでクレーム対応のケーススタディとなるが、一方で本筋はなにかを隠すものであり、もちろん本星をとらえるための伏線を張るものである。注意深く読んでね。ベストセラーになる条件のひとつは長いことで、それはクリア。ただ、自分にはいささか冗長でした。

 ホテルに常駐しないスタッフによって連続殺人事件の捜査が進み、だんだんとそのやり口がわかってくる。次第に網が狭まり、求める犯人は週末の結婚披露宴を襲撃する予告を出していたストーカーに絞られる。ホテルにいる捜査陣は決してホテルの外にでない。外部の情報は口頭で伝えられるだけ。舞台が狭く、外気と太陽がない。閉鎖空間に多数の人物が閉じ込められ、ストレスがたまり、不安が高じて、息苦しくなっている。それに、21世紀10年代の読者にとってはストーカーの危険さというのが共有されているから、彼らの緊張は共感できる。

 「犯人はだれか」というのが主題にあるけど、自分には「被害者は誰か」の趣向が面白かった。なるほど、被害にあう人は心当たりはなかったけど、その理由は自分の口で語っていたのね。その隠し方がなかなか微妙な表現でよかったですよ。

 そのようなミステリーの書き方に加え、ホテルマンの仕事ぶりやクレームの対処法なども興味深い。上記のホテルマンの登場する探偵小説でもホテルマンの仕事ぶりは詳細に記述されていて、作家はこの種の組織(分業化と専門化が徹底されていて、独立していながら統合されている)に興味をもつものらしい。仕事ぶりが詳しく書かれるという点では警察とホテルが双璧(それにくらべると大学教授や研究室の描写のおざなりなこと)。それに加えて、それぞれの仕事に誇りを持つプロフェッショナルの衝突というのも。頭がよく、機転が利き、観察力に優れた二人が洞察を披露する。名探偵はいないので、情報をもちよって討議を繰り返しながら、真相に到達する。これは組織による問題解決のやり方。読者には親しいはず。くわえて地味で凡庸そうな中年のおっさんが実はやり手でしかも多方面に顔が効き、若者を陰になって支援するというのも。若い読者には、このような仕事の環境は理想であるかもしれないね。

 そのうえでラブロマンスもある。最初は嫌悪と対立、そして喧嘩、互いの無視、秘密を共有して仲が良くなり、相手を理解するようになり、それぞれのプライドを傷つけられて離反し、他人の妨害があって恋が成就するという物語もある。ミステリーより、こちらの物語にひきつけられる読者も多いだろう。

マスカレード・ホテル (集英社文庫)

マスカレード・ホテル (集英社文庫)

<追記 2014.10.28>

2014/10/16 東野圭吾「マスカレード・イブ」(集英社文庫)