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尾藤荘 RSSフィード

2017-07-15

[]観たやつまとめて岩波

「娘よ」

宗教、誰も幸せにしないのおはなしでした。こどもとじいさんが部族の名誉のために結婚する予定だったけど、当日にこどもが逃げる。母と娘がパキスタンのキムタクみたいな男に助けてもらいながらの逃亡劇を繰り広げて、人として生きる光を見出す。こわい、こわかですばい。知らんじいさんと結婚するとかマジ無理じゃろ。人間がすぐ撃ち殺されるし、むちゃくちゃでした。だいたいのひとが怒っていました。尊厳、とか、名誉、とか、そういうことに固執したらそれと対極にある行動しかできなくなるの図式がよく描けていたと思います。あと、ころされる危険を認識しながらも娘のために逃亡したり、その母の母も我が娘のために家を抜け出して会いにいくので、おんなの捨て身、最強だな、てなりました。

「草原の河」

さかがみしのぶに似ているお父さんが、バイクでビャビャーンと移動してすぐ娘を置いていく話でした。娘はしっかり児童であるのに甘えん坊でうえーーんとすぐ泣き、家族以外にあまりひともおらず、何もない昿茫とした草原で育ったせいかピュアすぎて、こころ閉ざしがちお父さんとのズレがコントみたいでした。お父さんと祖父がどうして一緒にくらしていないのか、頑なに会わないのか、根深いこころのもつれもピュア子に関係ないのでした。クマちゃんを埋めるやつ、生まれてくる妹か弟に取られるのがいやなのかなと思っていたら全然違ってたので「ワオ!」てなりましたし、最後のシーンがとてもあたたかしだったので、「やさしみ!」となりました。たいへんすばらしかったです。ひとびとも機会があったら観たらいいと思います。

「残像」

苦味がすごいから観に行けばいいのにと会社の人にも言いましたが、レコメンが下手なので多分誰もいかないと思います。しかし観た方がいいと思います。おじいちゃん監督の遺作でしたが、おじいちゃんとは思えない、生きる気満々の映画でした。世の中に怒っていました。アートのひとが政治とアートは混ぜるな危険と言い続けたら兵糧攻めでしんだおはなしでした。別れた妻は一回も出てきませんでしたが、妻とアートのひとの間を自由に行き来するこども(娘)がその存在を証明していました。アートのひとに心酔する女も、女のつまらなさをよく描けており、また、アートの人の衰弱が思想がアートをぶっ壊す経過と比例するという、無駄な説明はしないが感じるだろ、といわんばかりのおじいちゃん監督のとんでもない生命力を感じざるを得ませんでした。娘が立ち尽くす病室のシーンにはあたまを鈍器で殴られました。(実際にはなぐられていません)

2017-02-19

odo-mikikov2017-02-19

[]「家族の肖像」

人間が何人も出てくるけど、まったく誰も外に出ないおはなしをデジタルリマスターした映画を観てきました。頑固で孤独な老教授が謎のおばさんとその発展的な娘、the色男の愛人とその友人らしき人々に、自分の家からなにからかきまわされてしにました。癖が強い人間たちが互の癖を惜しみなく出し合っていたので、「これはいいことが起こる気配が全然しないぞ。」と思っていたら、だれもいい感じにならないで終わったので面白かったです。ヴィスコンティ色がすごかったので、頭がフル回転で疲れました。わたしよりかなり年齢が上と思しき人々がたくさんいたので、帰りに倒れたりしないか心配するぐらい、ヴィスコンティまみれになりました。(心配してません)

ヴィスコンティて甘いお菓子みたいな名前だけど、苦味と酸味しかしないすごい映画でした。すばらしかったです。

2017-02-11

odo-mikikov2017-02-11

[]「沈黙」

りあん先生のすばらしい文学を、スコセッシ大先生が料理した宗教映画を観てきました。くぼづかくんがすごく頑張っているとの前評判通り、ちゃんと俳優さんしていました。映画館には様々な年齢層の人々がきておりましたが、さすが宗教映画、年季の入ったシスターが何人も観に来ていました。シスター達、どういう気持ちでみてたのかしらと気になりました。わたしは宗教とともに生きる生活を送っていないので、宗教側の目でみてみたいと思いました。宗教ではないひとが観れば壮大な人間ドラマとして観ることができますが、わたしはもっと内側で理解したいという気持ちにさせられました。冒頭から「不条理なるが故に我信ず」がずっと続きます。ずっとです。それでもって、なんかたくさん人がしにます。すぐしにます。わたしはできるだけ根拠のあるものを信じたいよ、だって説明のつかないものを信じたらみんな血まみれでしんじゃうやん、しんでしまいますやん、嫌ですやんてなりました。職場で隣の席の若い男性社員(20代)に「スコセッシの映画観てきた。」と話すと、「スコ?スコッセッシ?なんすかそれ。」と言われました。タクシードライバーを観るといいよ、アメリカンニューシネマの傑作だよとお姉さんぶってレコメンしたところ、「え?アメリカンニューシネマの傑作ってホームアローンっしょ。子どもがずっとア゛ーーーーッ!!ってゆってる最高のやつっしょ。」と言われたので、大人ぶってごめんよ、映画ってそういうもんだよねと反省しました。ア゛ーーーーッ!!

2017-01-23

odo-mikikov2017-01-23

[]「皆さま、ごきげんよう」

知性と暴力を交換するじいさんと、頭蓋骨を集める酒飲みじいさんが、いろいろあるけどいろいろ受け入れて生きているお話でした。だからといってこのじいさんたちのお話なのかなと思って観てしまうと混乱するかもしれないので、出てくる人みんなが主人公だという認識で取り掛かっていただきたい、そう思います。支配者と大衆はいつもどんな時代でも混ざり合うことはなく、男と女も美しく混ざり合うことはないのに、にんげんはそういうところでなんか楽しく生きようとする、まったく滑稽な生物だなと思いました。酔っぱらいがペチャンコになるし、あるはずのない扉が突然現れたり、何かよくわからないけど忙しい映画なので「何かよくわからないけどいそがしいなぁ。」と不安を感じるかもしれませんが、最後は「優しいわー、優しくするでこの映画はー。」となるので心配しないでください。すばらしかったので観た方がいいとおもいます。インターネット上の誰か知らんひとの評価とか気にせずに自分のあたまで観ることができないひとはみなくても生きていけるので、ほかの映画とか観ても大丈夫です。以上です。

2017-01-19

[]一年過ぎた。

おかはんが病気になったのはわたしに拠るところが大きいのではないかと思っていることで有名なミキコフですが、ほぼ毎日おかはんのことを思い出しています。しかし、おかはんが元気だった頃からほぼ毎日おかはんのことをふと思い出していました。ほぼ日おかはんです。おかはんならこんな時こう言うであろう、あんなことはしないであろうといった具合に、わたしの教典と言えましょうか。一年経って、一日に思い出す回数が少し減りましたから、なんかちょっとづつ確実に整理整頓されておるということです。自分のことは一番最後でおとんやわれわれ子らの事を一番に、さらには他人のことまで世話して、気前がよくいつも穏やかで、たいそうひょうきんな、見た目はこびとのようなちゃいちいおばさんで、関わったひとびとにとても好かれて、野良猫や野良犬、野鳩、はてはイタチまでもが懐いてしまうようなひとでしたから、あのひとは仏だったのかもしれません(にんげんです)。なんでも自分でやるし、誠に器用な出来すぎかあちゃんでしたが、子供の時からずっと、一個だけ気に入らないとこがありました。自分のために生きてほしいなぁと思っていました。あんたずっとひとのことばっかりしよると言ったら、「わたしがやりたいことばっかりしよったら家ん中どんげもならんなるじゃろ。」と言って笑っていたのを覚えています。どんげもならんなってもおれはおかはんのやりたいことをやって欲しいんじゃがねと言いたかったけど、やめました。そういうことをゆってもこのひとはそのようには生きない、という確信があったので。わたしは自分の事に関しては、あの時こうしていればとかそういう後ろ向きなことはほとんど考えませんが、おかはんについては別です。たくさん心配もかけたし、もっといろいろとあれであれだったなぁって後悔ばっかしています。術後の河を渡りかけたあの夜と、旅に出た日のことは一日一回、まあ几帳面に再生されます。脳は几帳面だなぁ、ごくろうさんですーてなります。ひとのことばっかりして、さいごはわたし一人しか側に居らんかったんだけど、少しはよかったなぁと思って逝ったんかしら。おかはんがやりたかった事、わたしはたくさん知っています。手のかかる夫と、ボンクラの娘と、イマイチ頼りない長男坊がおったことでどれもほとんど実現しなかったこともわかっています。つまり、なんかこう、わたしが言いたいのは、子供といういきものは、おかあさんにはおかあさんの為に生きてもらいたいなぁ、おかあさんが幸せなのが幸せだなぁって思ってるってことです。めしくってうんちしてねます。以上です。