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役立たずの彼方に  大里俊晴


 大里俊晴(1958/2/5〜2009/11/17)
 
 『マイナー音楽のために―大里俊晴著作集』全国の書店にて絶賛発売中
 『役立たずの彼方に|大里俊晴に捧ぐ』は以下の一部店舗
  または当ブログにて郵送の受付もしています(2010/7/1記事参照)
 
 〜『役立たずの彼方に|大里俊晴に捧ぐ』お取り扱い店舗〜
  ディスクユニオン / NADiff / 紀伊國屋書店新宿本店
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2010-06-02

大里俊晴追悼文集『役立たずの彼方に|大里俊晴に捧ぐ』

| 16:51

f:id:officeosato:20100602175028j:image

大里俊晴追悼文集『役立たずの彼方に|大里俊晴に捧ぐ』


題字:ジム・オルーク

巻頭詩:吉増剛造

写真:大里俊晴


寄稿者:

青山真治、梅本洋一、大里真宏、大友良英、岡島豊樹、小野康男、北里義之、木下長宏、君島龍太朗、許光俊、クリストフ・シャルル、榑沼範久、コサカイフミオ小沼純一、椎名亮輔、陣野淑子、陣野俊史須川善行鈴木志保、鈴木治行、須藤巧、園田佐登志、高橋悠治、竹田賢一、田中順子、田中美登里、田中竜輔、塚原史長門洋平、中野敦之、中原昌也奈良ゆみ、沼田順、野々村文宏灰野敬二、畠中実、樋口泰人、彦江智弘、平井玄、ブリュンヒルト・フェラーリ細川周平、丸宝行晴、松井宏、三上寛、水木康文、宮岡秀行、椋本輔、室井尚、茂木一衞、山崎春美、渡邊未帆(五十音順、敬称略)


編集:君島龍太朗、今野克哉、田中竜輔、渡邊未帆

ブックデザイン:宮一紀

発行者:渡邊未帆

発行所:Office Osato

協力:北仲スクール(横浜文化創造都市スクール)

印刷・製本:有限会社雪印


2010年6月1日発行


ご協力いただいた方、執筆者の方に順次発送いたします。

その他の方、カンパ制で配送できるようにする予定です。

詳細は後日お知らせいたします。

pendulum pendulum 2010/06/15 02:23
夜の中の幾千もの夜
闇の中の
ひときわ暗い闇にみちびかれて
いくつ扉をくぐりぬけたろう

快楽と失望の炎がゆらめく夜
いつから旅ははじまったのか
お前はどこから来たのか
どこへ行こうというのか

お前よ
消え去ることを許されず
この世界につき落された
一個の精子よ
唯一の選ばれた敗者よ
あらかじめ引き算された命
生に凌辱された命
敗者の責苦としての命
お前はどこから来たのか
どこへ行こうと言うのか

在ることは忘れること
ふれることは断ち切ること
聴くことは迷い込むこと
堕ちることはうばい取ること
視ることは失うこと
夢見ることは血を流すこと
思い出すことは裏切ること
うなづくことは引きさくこと
信じることは去り行くこと
愛することはくだけ散ること

午後
すべてのものが垂直に切りとられ
まとわりつく言葉のかけらを
一つ一つ太陽が剥ぎ取って行く
午後
あらゆる感情がお前から
奪われて行く
陽炎の中で
お前はただの虚無の容れ物
からっぽのかたまり
そうやって立っていることに
何の意味も理由もない
それだけがお前の証し
お前の不在証明
まるで何かのまちがいのようにこの午後があり
まるで何かのまちがいのようにお前がいる
名づけがたい衝動にかられて
お前がゆっくりと振りかえるその時
壁が視える
のっぺりした街の風景がへばりついた
壁が視える
世界とお前との断層のようにして
そのむごたらしいまでの曖昧さで
お前を阻んでいる壁
壁が視える

おお
在ることは忘れること
ふれることは断ち切ること
聴くことは迷い込むこと
堕ちることはうばい取ること
視ることは失うこと
夢見ることは血を流すこと
思い出すことは裏切ること
うなづくことは引きさくこと
信じることは去り行くこと
愛することはくだけ散ること

お前の中で
一つの息苦しさが生まれ
たちまちお前を満たしていく
はてしなくどうでもいい
言葉の連なりの中で
お前には明日がない今日がない今がない
呟暈
快さとほとんど分かちがたい苦痛
吐き気
お前を裏がえして晒しものにする嘔吐
お前は有罪だ
お前の両目は輝かしいまでに有罪だ
お前の小さな灰色の脳細胞は有罪だ
お前のつま先から髪の毛の先まで
有罪だ
思い出の化石にうづもれて至福の死を待つことは
有罪だ
どこにもたどりつかずに立ち枯れていく想いは
あまりにも有罪だ
お前は知っている
ぬけがらのようになって
うろつき回るお前は
もうばらばらにこわれてしまっていることを
その何十キロかの汚ならしい肉塊が
かろうじてお前をつなぎとめているのだということを

在ることは忘れること
ふれることは断ち切ること
聴くことは迷い込むこと
堕ちることはうばい取ること
視ることは失うこと
夢見ることは血を流すこと
思い出すことは裏切ること
うなづくことは引きさくこと
信じることは去り行くこと
愛することはくだけ散ること
死ぬことは
死ぬことは
死ぬことは・・・・・・
もうすでに
お前は知っている
お前が何物でもあり得たことを
もうすでに
お前は知っている
お前は自らの手で扼殺した
一個の記憶だということを
もうすでに
お前は知っている
お前の憎しみが方解してしまったことを
もうすでに
お前は知っている
お前の悲しみが終の佇む廃墟でしかないことを

めぐり めぐる
めぐり めぐる
火の中に
水の中に
お前はいる
お前はいない

もうすでに
そうだ もうすでにお前は知っている
長い夜の果てに
お前とは
私であったことを

めぐり めぐる
めぐり めぐる
地の中に
風の中に
私はいる
私はいない



──────
大里俊晴
1979年5月1日発行 AMALGAM No.3 P14〜P16
(編集発行/佐藤隆史。原文は縦書き)

はしばみはしばみ 2010/10/17 16:32 皆さん、はじめまして。
僕は地方都市に暮らすしがない派遣社員です。
送っていただいた追悼文集、昨日読了しました。
このような書き込みが恥さらしにしか終わらないこと、
僕に大里さんについて何ら語る資格のないこと、
「他者や音楽を語る」と称して、感傷的な自分語りに落ち込んでいくことなど、
大里さんが最も嫌悪されただろうことを承知のうえで、
僕なりの稚拙な「感想文」を書かせていただきたいと思います。

大里さんの主著「ガセネタの荒野」は、文字通り、
僕にとっても衝撃の一冊でした。一晩で読み終えたのを覚えています。
この本との出会いが、その後の僕の人生を変えてしまった、
と言っても過言ではありません。
文中にもあるように、出会う前と後とでは
「世界が数ミリずれて見えてしまう」…そんな本でした。

その頃の僕の生活は、公私共に破綻寸前でした。
音楽好きのご多分に漏れず、高校、大学とバンド活動の後、
バブル景気の恩恵で「一流企業」に就職。
しかし、そこで僕が経験したことは
「お前がお前自身であることは許されない。お前は●●●らしく、
我々にとって都合の良い●●でなければならない」という
不文律としての「差別」だけでした。

数度の渡欧の後、僕の意識はますます先鋭化されていき、
孤独と絶望に収斂され生活は荒れました。
そんな中、ほぼ同時に体験したのが、「ガセネタの荒野」であり、
「定本・阿部薫」での間章の文章であり、
渋谷ラ・ママでの灰野敬二氏のライブでした。
僕は会社を辞め、あらゆる人間関係を断ち切り、
生まれ故郷の田舎町に引っ込みました。

「ガセネタの荒野」で僕は、自分がそれまで知っていた
70年代末〜80年代初頭の日本のアンダーグラウンド・シーンというものが
表層的なものにすぎないことを思い知らされました。
そして何より「かつてはこんなにも純粋で苛烈な若者たちがいて、
こんなにも痛ましく美しい青春があったのだ」ということを。

すべてを捨てて精神の安寧だけを求めた田舎暮らしは、
全くの期待はずれに終わりました。
地獄巡りのような日々の中、それでも僕は
大里さんから「紹介された」音楽家の作品を聴き、
好きだといわれる作家の本を読むことを楽しみとしていました。
しかし、澱み流れる月日の中で、僕はいつしか
そうした「大里さん好み」のものからも離れていきました。

「レコード会社の社外PRマン」のような音楽ライターばかりの中、
大里さんの批評だけが、内容の深さと広さと鋭さと、文章としての美しさにおいて、
ほとんど唯一読むに値するものだったことは言うまでもありません。
フランスもののレビューやコラムを、
よく名の知れたライターが書いているのを目にする度
「大里さんは同業者の嫉妬を買って業界からパージされているのでは」と
我がことのように悔しく思ったものです。
また「昔の仲間を売った」廉(?)で大里さんのことを悪く言っておきながら、
明らかに大里さんから剽窃したようなミュージシャンの文章やコメントを
目にした際も「こんなものか」と苦笑いしたものです。

それでも、僕が「大里さん的なもの」から離れていったのはなぜでしょう。
加齢と経験による嗜好の変化が第一なのですが、
それとともに、大里さんの「国立大学への就職」というのも
小さからぬ要因だったのだと思います。
何と言うか「ああ、やっぱりアカデミズムの側に行っちゃったんだ」という、
静かな安堵と、ほんの少しの失望と。

音楽や文学の研究者として、ミュージシャンとして、
大里さんの最も偉大だった点は、最期まで
「ロックにこだわり続けたこと」に尽きると思います。
インテレクチャルな現代音楽や実験音楽、民俗音楽と同等に、
ジミヘンやブルーチアー、VU、ティム・バックリーを愛せたこと。
こんな人、日本の象牙の塔の中にはまずいないのではないでしょうか。

しかし敬意と同時に僕は、
自分の生活感情との埋めるべくもない溝も感じていました。
「アカデミズムの中でロックする」とはどういうことかと。

晩年の、教育者としての大里さんは幸せだったことでしょう。
「話せば分かる」知的で優しい人々と、愛する音楽に囲まれて。
しかし、シオランが言うところの「言語の低劣な能力」だけが物を言う
「我々の」世界では、「芸術愛好家」など最も忌み嫌われるものです。
たとえそれがロックやフリージャズであろうとも。
仮にも「左翼シンパ」だと言っていた大里さんにとっても、
一流大学でサブカルチャーを、ましてやロックを教えるなどということは、
ご自身本来の感性からすれば唾棄すべきことだったのではないでしょうか。
生活のため、というのももちろんでしょうが、
そこにはやはり、言い知れぬ諦念が横たわっていたのではないでしょうか。

大里さんが残された有形無形の多大な遺産は、幸運にもご教授を受けた
優秀な学生さんや、同僚の方々に受け継がれていくことでしょう。
僕はそのことに何の不満もありません。それはそういうことなのです。
しかしその一方で、大里さんからの「贈り物」を
間違って受け取ってしまい、それをただ「負性」としてのみ抱え、
大里さんが愛したというミショーの詩さながら、
穴開けられて生まれ、ぼろ屑のように閂と向き合って、
みじめな奇蹟すら起こらない人生を生きる者が、
この世界にもいるということを、記しておきたかったのです。

僕は相変わらず、音楽を聴くことだけは勤行のように続けていますが、
ロックを演奏することからは、とっくに身を引きました。
「ロックは生き様だ」というような幼稚な幻想は
露ほども持っていませんが、それでも
労働者としての日々の暮らしの中で、
自分が全くそれに値しないことを、骨身にしみて思い知らされたからです。
そしていつの日か、セリーヌが言った
「生へと踊らせる音楽が止む」時が、僕にも訪れることでしょう。
その時までもうしばらくは、大里さんからの贈り物を
折を見てはためつすがめつしていきたいと思っています。

この度の追悼文集は「ガセネタの荒野」とは全く対照的に、とても静かな気持ちで
読み終えることができました。素晴らしい本をありがとうございます。
関係者の皆様、間違いや失礼があったなら陳謝いたします。駄文長文、申し訳ありません。

大里さんの安らかな眠りをお祈りいたします。

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