Hatena::ブログ(Diary)

踰矩ブログ(耳不順を改め) RSSフィード

 2016年の新年に当り、弊ブログのタイトルを変えることとした。論語の「70にして心の欲する所に従い矩を踰えず(のりをこえず)」をもじり、矩を踰える趣旨で「踰矩」ブログに変える。音読みで「ゆく」、訓読みで「のりこえ」と読んでほしい。今までの「耳不順ブログ」にもそれなりに愛着があり、また、継承関係を示す意味で、「踰矩ブログ(耳不順を改め)」とかっこを付けた。  趣旨の詳細は、2016年1月1日付けの記事で説明してあるが、要するに、長いサラリーマン生活を終え、60歳、70歳になって気ままに過したいということだ。
 本ブログは、2006年頃から非公開で書き溜めていたものを2010年に公開し、その後諸事に関する私の雑感を綴ってきた。タイトルの「耳不順」、「踰矩」に従い、偏った視点でと思ってきたが、そのことより、長い、くどい、話題が固いと評判が悪い。
 本ブログにコメントが寄せられても、有難いことだが、かねての方針通り、原則として耳を傾けない(順わず)こととします。マナー違反にご容赦のほどを。(2016年1月記)
 似顔絵の経緯は、2011年12月11日のブログを参照。 [累計アクセス数統計については、2017年8月7日以降、はてなダイアリーのカウンターサービスが廃止となった。]

2018/09/19 (水)

[]購読新聞の変更(東京新聞へ)

 また、新聞を替えた。今度は東京新聞日経→朝日→毎日→東京新聞の順。過去2回の変更の経緯はブログで紹介した。長く購読していた日経から、単に「気分を替えたい」というだけの理由で、昨2017年2月に朝日に替えた。それから半年ほどして毎日に替えた。次は過去のブログ。以下、今回の経緯等の雑談。

 id:oginos:20170216 「新聞の変更」 id:oginos:20180320

(購読料)

 毎日新聞の次に替えるのは普通なら読売新聞だが、半年余りで替えるのは毎日新聞の販売店に悪いかと思って、東京新聞にした。東京新聞の購読料は、次のとおり圧倒的に安い。退職者(私)の家計が苦しくなったからだろうと善意に推測してくれるだろうと思ったからだ。

 購読料について調べると、東京地区で定期購読できる全国紙は6紙。その購読料月額(朝夕刊込み、税込み)は、朝日、読売毎日新聞が4,037円、日経が4,900円、東京新聞が3,343円だ。産経新聞は3,034円だが夕刊が無い(東京新聞の夕刊無しは2,623円で最安値)

http://luckystyle.jp/?page_id=56 

(電子版)

 新聞の電子版は、毎日のニュース・メール、検索等のサービスがあって便利だ。サービス内容、料金(無料も含め)等は新聞によって相当異なる。

https://www.newspaper-navi.com/entry/denshiban-hikaku 

 日経購読時は、プラス1,000円/月で日経の電子版を申し込んでいた。購読を辞めてからは無料会員に登録した(現在も)。ニュースメールが毎日来る。無料会員は月に10記事まで全文が読める。日経新聞だけでなく、日経ビジネスオンラインや健康関係ニュース(他にも多くの分野がある)も読めて便利だ。以前の弊ブログでも書いたが、電子版は日経が量、質ともに最高だと思う。

 次の朝日新聞購読時は、プラス1,000円/月で同紙の電子版がフルに(各種サービスもフル)読めた。購読しない場合は、フルに読めるデジタル・コース(3,800円/月)と1月に900記事だけ読めるシンブル・コース(980円/月)(スクラップ機能が無いなど制約が多い)がある。購読を辞めた後は登録無料会員となった。ニュースメールに加え、1日に1記事だけ全文が読める(読める記事には制約がある)。

 毎日新聞購読時には、購読者には電子版が無料でサービスされた。毎日(これは新聞名ではない。副詞)、ニュースメールが来て、記事は全部フルに読める。現在購読を辞めてから半月ほど経過しているが、まだフルに読める。そのうち駄目になるだろうと覚悟している(購読者向け電子版の申し込みは販売店からで、私には責任が無い筈)。

 さて、新しい東京新聞にも電子版はある。ただ3,450円/月で、購読者向けのサービス(無料ないし大幅割引)は無い。これは高すぎるのでパス。参考までに、他の読売新聞の電子版は、購読者だけが対象だが、紙プラス150円/月で圧倒的に安い。

 それで、現在は、東京新聞を紙で購読、朝日新聞電子版のシンプルコース(980円/月で月に900記事)、日経電子版の無料登録会員(月に10記事)、毎日電子版の購読者用会員だ(何時まで続くか判らない)。ニュースメールが多くて食傷気味だが、読み流している。

(切り替えのタイミング)

 切り替えは、毎日新聞の連載小説に区切りがついたのをきっかけにした。小説は朝夕刊と2つあるが、たまたま1か月以内の間隔で終了するとのアナウンスがあり、遅い方の連載の終了日から切り替えた。毎日の次の小説は、朝刊が宮部みゆき、夕刊が又吉直樹で少し心動かされた。しかし、宮部みゆきは前にもよく読んでいるし、今回は、「三島変調百物語」という江戸時代の怪異小説シリーズの1つで、私としては少し興味の薄いジャンルなので、我慢した。又吉直樹の方は初の連載小説で、題名も「人間」と意欲的で興味深い。しかし、芥川賞受賞作「火花」は、私としては正直それほど面白くなかったし、「人間」というタイトル名も重い。ということで、「気分を替えたい」ことを優先させた。

(最終面)

 最終面がテレビ番組欄でなく、また(全面)広告欄でもないのが日経と同じでいい。テレビ番組表は、一番真ん中の4頁を使っている。抜き取って見てほしいというので、これはこれでいい。最終面は拘りの文化欄だ。

(目次欄)

 目次が1面ではなく3面にあるのが不満だ。正確にいうと、1面に「ニュースピックアップ」という欄があって、数個(最大10個ぐらい)の目玉記事を紹介している。大きさは、紙面換算で横10行、縦6段(半頁)分だ。目次は3面にあり、縦は同じだが、横は8行分(今日の紙面)とやや細い。小説などを真っ先に読みたい人は、3面を開いて目次から探す必要があって不便だ。やはり目次は1面においてほしい。

(ページの段組)

 ほぼ全頁1頁12段。例外は文化欄など変形段組の頁で、12段より少ないように見える場合もある。それにしても毎日新聞の12段組は1-3頁のみ、他は基本的に15段(しかも活字のポイントは12段組と同じで大き目)というのは何なんだろうと思う。なお以前に述べたとおり、日経新聞はかたくなに全頁15段組で、折って読むと、8段目が折れて甚だ読みにくい。

(全頁数)

 東京新聞の全頁数は、価格の安さに相応してか少ない。日経、朝日は40頁が基本(最近の朝日は少なくなっているようだ)だが、東京新聞は基本的に30ページ未満だ(毎日新聞は価格は高いが28頁が多い)。安いから、文句をいう積りはない。頁数が多いからといって読みたい記事が多い訳でもない。ただ、私が不満なのは、全頁数が4の倍数でないことが割に頻繁にあることだ。

 実は私は10年来「新聞クリップ」を愛用している。朝、新聞が来るとこのクリップを真ん真ん中のページに挟んで読み始める。頁をめくっていってもちゃんと折りたためて気持がいい。周りの知合いに寄贈(?)すると大体喜んでくれる。紛失したけどどこで入手できるかと聞いてくる人もいた。家人の友人も喜んでくれて、今までのあの「ぐしゃぐしゃ」感が嫌だったのよねと言っていたらしい。次のウェブページは、使い方が丁寧に図解されていていい。

https://item.rakuten.co.jp/spotshop/shinbun-clip/?scid=af_pc_etc&sc2id=af_113_0_10001868 

 全頁数が4の倍数でないことの問題は、裏表2頁の半分の大きさの紙が残り、クリップに引っかからず、抜けてくることだ。1枚だけだがぐしゃぐしゃとなる。4の倍数でないのは、朝日、毎日などでは1か月に1-2回程度だったが、東京新聞は週に2-3回という感じだ。

(折り込みチラシ広告)

 ぐっと量が減った。ある意味で寂しいが、配られなくなったものを思い起すと、住宅と車関係が殆どだ。料金が安い新聞を購読している家は、住宅や車は買わないと考えているのだろう。しかし、私としては、スーパーや区の広報が入ってくるので問題はない。

(内容)

 普通の人にとって関心の高い記事の内容の比較については、よく判らない。購読を始めた時は、東京新聞は当局発表のフォローが多く、突っ込みが少ないなどと思ったが、それなりに面白い記事もある。ただ、パズルなど娯楽欄が若干少ないかと思う。

 最近朝日新聞が1週間限定の試し読みを置いていった(昨日で終り)。比較の意味で、両紙を丁寧に読んだが、それほど極端な違いを感じなかった。私の読解力が衰えたのと、世の中への関心が薄らいできたのかも知れない。

2018/09/17 (月)

[] AI(人工知能)とシンギュラリティ

 AIは人間の知能を超えられるか。AIは、2045年に人間のレベルを超えるシンギュラリティ(特異点)に達し、その後更に無限に発展を続けるとの予測がある。2045年に私は数え年で100歳、到底生きていない。確認できないのが残念だがしょうがない。本稿では、シンギュラリティに関するいろいろな見方から、私が理解できたと思える範囲で、私なりの観点で3つの立場に整理して紹介する。1) AIは神になって人類を救う、2)AIは人類を滅ぼす、3)(AIが人間の知性を越えることは不可能だから)シンギュラリティは実現しない。また参考として、4)神学的視点と、5)(シンギュラリティにはいかないが)最近のAIのトピックを紹介する。5)の中で小見出しとして、(ブラックボックス問題に関する私の感想)、(人間の職業はどうなるか)、(日本の問題点)についても触れる。

 先ず前置きとして、0)AIの進歩とシンギュラリティについて、から。なお、だらだら書いて9,000字と長くなった。ご容赦を。*1

0) AIの進歩とシンギュラリティ

 AI(Artificial Intelligence人工知能)の進歩は著しい。弊ブログでも、「将棋ブームとAIid:oginos:20170721、「自動運転の未来」 id:oginos:20151130などで採り上げている。最近のAIの事例は、5)で紹介する。

 「シンギュラリティ仮説」とは、米国の未来学者レイ・カーツワイル(Raymond Kurzweil)が2005年に著書“The Singularity Is Near: When Humans Transcend Biology”*2で予測したことだ。AIの能力は、自分より優れたAIを再生産することにより指数関数的に発達して、将来は人間の知能を越える、そのシンギュラリティ(特異点)を越えると、そのレベルの差は更に拡大し、AIは人間より無限に賢くなる。越える年も2045年と具体的に予測されている。最近は、この2045年2029年に早まるとの説も出している。

f:id:oginos:20180917200520p:image

出所日刊工業新聞電子版 2017/2/11

 AIの進歩に加え、ロボットについても、ナノテクノロジーの発展に応じて小型化が進み、将来は赤血球程度の大きさでかつ自己複製化の機能を備えた「ナノボット」になる。ナノボットは、人の体内で細胞を修復し、脳と連携できるようになる。

 過去の半導体技術開発で見られた、1年半で能力が2倍になるという「ムーアの法則」は、AIでも実現していて将来も続くと考えられる。人間の脳の神経細胞は10の11乗個(1000億個)あると言われる。ひとつの脳神経細胞からシナプス(神経細胞神経細胞の接合部)が1万本(10の4乗)出ているとして、合計10の15乗本。それらが10ヘルツ、つまり、1秒に10回スイッチングすれば、1秒間に10の16乗回演算している。それが人間の脳の性能とみなせる(10^1^6 cps、秒当り演算回数)。2012年の日本のスーパーコンピューター「京」は10^1^6FLOPS*3で、機械的な処理能力では1人の人間の脳の水準に達している。今後のスーパーコンピューターは小型化が進み、現在のパソコン並みの大きさと価格になると予想され、更にソフトウエアの発展も見込まれ、シンギュラリティに近づく。全人類の人口を100億人(10^1^0)とすれば、人類全体の脳処理能力の合計は10^2^6cpsとなる。このように将来のコンピューターは人類全体の能力をも越えていくと予想される(カーツワイル)。

 なお、カーツワイルは、昨2017年のインタビューで「2029年にコンピューターは人間レベルの知性を獲得する」という趣旨の発言をしているとのことだ。https://boxil.jp/beyond/a4632/ 

 

1) AIは神になって人類を救う

 シンギュラリティ仮説には賛成論、反対論が多い。欧米は賛成論が多いが、日本は反対論が多いと言われる。その理由を説明しようとする議論は後述する。日本に少ない賛成論の1つとして、シンギュラリティが人類を救うとのやや極端な議論から紹介する。本は、松本徹三AIが神になる日−シンギュラリティが人類を救う」 (SBクリエイティブ2017年7月初版)

 著者は、現代社会の最大の問題は、民主主義資本主義が、矛盾を抱えた欠陥システム(ポピュリズム、格差等)であって、人類が今後も安住できる制度ではないことにあるとする。民主主義の最大の難点であるポピュリズムを克服するためには、シンギュラリティに達したAIが神となり、それに政治を委ねることしかない。AIは、普通の人間の持つ弱点(偏見がある、無私でない、等)からフリーであり、「良き羊飼い」になり得る。もちろん公平で能力の優れた指導者が出て善政により安定することはあり得るが、独裁に陥る危険が常にあることは歴史を見ても明らかだ。シンギュラリティAIによる「良き羊飼い」が実現すれば、人類はこれに指導された「迷える子羊」として、この世界で末永く平和に生きる。これが人類にとって最善のシナリオとする。

 AIの暴走を防ぐため、AIを人間の支配下に置く必要を説く人が多いが、著者は反対する。シンギュラリティAIを人間のコントロール下に置くと悪人に悪用される恐れがあるからだ。AIより人間の方がよほど素性が疑わしい。科学技術の発展の一方で人間が自分自身の行動を管理する能力は殆ど進歩していない。偶発的に自分自身を滅ぼす危険が顕在化している。従って、早い段階からAIを人間の手の届かないところに隔離し、AIに自分自身の将来を開拓させることが必要。この場合、AIには正しい価値観を持つ変更不能の回路を植え込んでおき、悪魔にしてはいけない。

(私の感想) 確かに、民主主義下のポピュリズムについては、日本の現状を見ても、米国欧州を見ても救いようがないかとの気持になる。宗教に依拠する秩序が期待できない世界で、元来自由な各個人がどうやって平和を維持していけるのか。シンギュラリティAIに期待する気持は理解できる気がする。なお、神学的な視点との関係は、4)で。

2) AIは人類を滅ぼす

 欧米では多くの有名人がAIの将来に警鐘を鳴らしている。

「完全な人工知能を開発できたら、それは人類の終焉を意味するかも知れない」 (2004年12月のBBCインタビュー)

人工知能についてはかなり慎重にならないといけないと思います。おそらく人類の一番大きな脅威となりうるものです。ですので、本当に慎重さが求められます。規制や監視が国レベル、あるいは国際レベルで必要だと思いますね。私たちが何か分別に欠けるようなことをしないためにね。人工知能は悪魔を呼び出すようなものですから。」 (MIT航空宇宙学科100周年記念イベントでの質問に答えて(2014年10月) ) 

「わたしも超知能に関して懸念を抱いている側の1人だ。当面、機械は今後もわれわれのために多くのことをしてくれるはずで、超知的にはならない。うまく管理すれば、これ自体はプラスに評価できる。だが、こうした状況から数十年後には、知能が強力になり、懸念をもたらす」 (ソーシャルニュースサイトRedditの「AskMeAnything」2015/1/28)

3) シンギュラリティは実現しない

 前述したように、日本ではシンギュラリティ反対派が多い。特にAI科学者に多い。AIは、知能を模擬できるが、人間の意識や感情をシミュレーションすることはできないとの立場が基本だ。幾つか紹介する。

 著名な情報科学者西垣通は、次の著書の中で、生物と機械との間に明確な境界線が引けるからシンギュラリティは生じないとする。

西垣通ビッグデータ人工知能−可能性と罠を見極める」(中公新書、2016/7初版)

  • コンピューターは、人間の設計したプログラムで動いているに過ぎず、如何にAI、深層学習などの手法が進んでも、人工知能が、意識を持ち、自己という概念を認識し、やがて進化し、人間の知能を超えるということはない。
  • 機械は再現性に基づく静的な存在、生物は、絶えず自分を変えながら生きる動的な存在というように、基本的に異なる。例えば、機械学習では、プログラムが自動的に変更されるが、その変更の仕方はあらかじめ設計者により厳密に決っている。
  • 生物の脳と心は異なり、人工知能で脳の機能をまねても、心はまねできない。生物の脳は情を司る心がベースになっている。
  • 生物は自律システムないしオートポイエーシス(autopoiesis、自己創出)、機械は他律システムないしアロポイエーシス(allopoiesis、異物創出?) *4で、相容れない。

 AI研究者の松尾豊も次の著書で、ほぼ同様な論理で、シンギュラリティ批判的だ。

〇 松尾豊「人工知能は人間を超えるか−ディープラーニングの先にあるもの」(角川EPUB選書、2015年3月初版)

  • 「人間=知能+生命」で、生命を人工的に作り出せないから無理。AIが勝手に意識を持ち出すと考えるのは滑稽。
  • ロボットで実現すると考えると、鉄などの材料の補給をどうするか。人間から買うのか。ソフトがソフトを作成するとするのも、プログラムミスを考えると現実からは想像できない。

 同じくAI研究者の中島秀之否定的で、次の視点を付け加えている。

〇 中島秀之、ドミニク・チェン「人工知能革命の真実−シンギュラリティの世界」(ワック(株)、2018年1月)

  • 第1の問題点は、脳神経の構造は写し取れたとしても、そのある時点の活動状態(脳神経の興奮状態)を読み取ることは不可能。血流やホルモン濃度も関係し、全てを同時に計測する方法は今のところない。
  • 第2の問題点は、身体性。目や耳の感覚器官、最近は内臓の状態も脳に影響していると言われる。脳だけをシミュレートしてもダメ。

 若きAI研究者で、ベンチャー経営者(IQBETA、https://iqbeta.com/)の松田雄馬は、次の書で、生命、身体を持てないAIでは、シンギュラリティは生じないとする。

〇 松田雄馬人工知能はなぜ椅子に座れないのか−情報化社会における知と生命」(新潮選書、2018年8月)

  • 現在開発が進められているAIは全て、人間の知的活動の一部を担う「弱いAI」に過ぎず、精神を宿す「強いAI」とは性質を異にする。
  • 機械が人間の「認識」、「意味」を理解するには「身体」との関係を理解する必要がある。人間にとっての「意味」とは「行為の意味」であり、「行為」を行うには「身体」が不可欠。「身体」にとっての「意味」は、「身体」と「環境(状況)」との関係によって即興的に(その場その場で)作り出される。人間は、「疲れているので座りたい」、「作業をするのでその場所が必要」などという物語、目的を作り出して、「椅子に座る」。身体の無いAIは、従って、書名のとおり、「椅子に座れない」。

(私の感想) 何れももっともな論理で、反論できる根拠はない。しかし、AIが人間の心や意識を持てるようにならなくても、その頭脳の知的能力を進歩させて人間の心を理解し、併せて自己を再生産する能力を付けていくことはあり得ないことなのかと思う。

4) 神学的な視点

 先に紹介した、西垣通ビッグデータ人工知能では、欧米と日本の学者の違いについて、次のように神学的な視点を述べている。

  • シンギュラリティ仮説が優勢な欧米は、ユダヤ=キリスト教一神教の世界である。そこでの伝統的な宇宙秩序は、神を頂点とし、次いで天使、人間、動物、…人工物とランクが下っていく、永遠にして厳格なる位階秩序で、それは超自然的な神が与えたものだ。その後、近代科学という世俗的な体系が生まれ、神という超自然的な存在は後ろに退いたが、その思考のベースにはこういう秩序感がある。
  • 神は人間を創出したが、AIも被造物として創出される(被造物としては神の前で人間と同格)。被造物たるAIロボットが、傲慢な人間に反逆を起こすという暗いストーリーは欧米人にとって説得力を持つ。シンギュラリティ仮説は、一神教文化の世俗化がもたらした虚妄である。
  • 日本の研究者の中で、この一神教に基づくシンギュラリティ仮説を本気で信じている人は殆どいない。しかし、欧米の科学者の中で本気に信じている人が沢山いて多大な研究予算がばらまかれているので、それに対抗(便乗?)するために関連の未来図が、日本でも大きなトピックになっている。

 宗教学者島田裕巳は、世界的な宗教の衰退とAIへの代替の可能性について論じている。

島田裕巳AIを信じるか、神(アッラー)を信じるか」(祥伝社2018年6月初版)。

5) 最近のAIのトピック

 各書で紹介されている最近のAIのトピックから若干を紹介する。もちろんシンギュラリティに達しているものではない。主な出所は次の書だ。

日本経済新聞社編「AI2045」(日経プレミアシリーズ、2018年6月第1刷)

  • 直木賞作家朝井リョウAIとの「共作」を試みている*8。書くべきテーマは自分。あらすじや登場人物はAI。舞台設定が整ったら、著者は文章の執筆に全力。
  • イスラエルでは、軍事関係のAIで、脳をネットにつなぎ、人の脳の記憶や機能をコンピューターにダウンロードする技術の開発を行う企業が現れた、
  • 日本の企業で、潜在退職可能性を判断し、人事配置に役立てている。
  • 電子機器の修理を手掛ける「ア・ファン」社(千葉県習志野市)には、AIBOを直してほしいという依頼が多くなっている。人間がロボットに愛情を抱いていることの表れだ。AIBOの供養をするお寺もある。
  • HISの「変なホテル」が評判だ。長崎で当初の1/5の6人までスタッフ数を削減。2017年3月に千葉にも2号店。会話ができるロボットを置いたところ、(人間同士の)会話に割り込んできてうるさいとのクレームが出た。

 また、NHKNHKスペシャルで、昨年、今年と人工知能のレポートをしている。その中で幾つか紹介する。

〇 NHKスペシャル 「人工知能 天使か悪魔か 2017」 2017年6月25日(日)放送

https://www6.nhk.or.jp/special/detail/?aid=20170625

〇 「人工知能 天使か悪魔か 2018 未来がわかる、その時あなたは…」 2018年9月15日(土)(午後9:00-9:50)

https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20180915 

  • 今、最も精度を増しているのが、犯罪予測。アメリカ各地の警察では、続々AIを導入、大きく犯罪件数が減少している。ネブラスカ州では、地区別、時間別、種類別に犯罪を予測し、AIの指示に従って警官がパトロールする。殺人等が対前年比で9%減り、盗難事件も48%減少。
  • シカゴ警察では、SNS等を分析し、犯罪に関わる可能性の高い者を抽出して「未来の犯罪者」リストを作成した。人口の15%の40万人が登録されている。リスト対象者を定期的に訪問して警告している。ただ、このシステムでは、加害者になるか被害者になるかは判らない。問題視する識者も多く、訪問を受けた人の中には怯えて、移転を考える人もいる。
  • 衛星画像を読み取るAIの解析能力は、300メートル四方というピンポイントで、向こう48時間の15分ごとの正確な天気の予測を可能にした。鹿児島県姶良(あいら)市では、2018年7月上旬の西日本豪雨の際に、ウェザーニュース社のAIによる気象情報サービスを活用して、きめ細かく避難指示、解除をした。気象庁の予報(鹿児島県を2つの地域にしか区分しない)に比して、地理的、時間的に圧倒的にピンポイントのサービスが提供されたとしている。
  • 米国では、心臓移植の患者を選ぶ際に、10年後生存率の改善度を見て決定している。また、脳のPET写真をAIで解析し、2年以内にアルツハイマー病を発症するかが判定できるようになったとのこと。ただし、現在では治療法がないので臨床適用はしていない。
  • しかし、AIは、予測はするが、その理由は示さないブラックボックスであることが問題である。

(ブラックボックス問題に関する私の感想)

 AIが判断の理由を示さずブラックボックスとなっていることが問題だとの指摘は、上述のNHKスペシャルで繰り返されており、島田裕巳著でも、神とAIとの共通点として指摘されている。確かに、人事評価、犯罪予測などで理由が示されないのは、不利益を被る人に限らず、AIの判断を実行する立場の人にとっても違和感を覚えるだろうと思う。いくらAIは公平、無私、偏りが無いと言われても納得しがたい。

 私は、AIの判断がブラックボックスだという問題は、現時点でAIが未だ成熟していないからであって、今後、人間に説明できる能力を付加することは可能と思う。AI技術で画期的だった「ディープラーニング(深層学習)」は、多層のニューラルネットワークを活用するが、各層で抽出されるパターンの関係が多層、複雑すぎて、現段階では人間に解読できない。ということで、現在はブラックボックスになっているが、今後は人間も納得できるような説明振りを構成、追加していくことは、人間より賢くなるAIにとっては容易なことと推測する。

(人間の職業はどうなるか)

 AIが社会や職場に導入されていく中で、人間の仕事はどうなっていくか。上述の日経新聞編「AI2045」に掲載されている図を紹介する。「AIが得意とする分野」(現在と近未来か)は、図の真ん中の受付、事務員、運転手、作業員などとされているが、更に営業、通訳、添乗員も対象になっていることにはびっくりする。更に今後「AIの進出が加速する分野」は、コミュニケーション能力と高度な専門性が必要とされる右上の方向とされている。具体的には、医師会計士政治家経営者看護師介護士などが挙げられている。高度な専門性は必要だがコミュニケーション能力は不要とされている(根拠は不明)、音楽家、写真家、料理人がAI化の方向から幸い(?)外れているが、これらも本当にどうなるか判らない。

 人間はAIと仕事を張り合うのではなく、共存を図るべきとの主張だが、これもどうなるか判らない。

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(日本の問題点)

 同書の中で、もう1つ気懸りなのは、今ある業務が自動化される割合を国別に比較した報告だ。ロボットの導入余地は日本が主要国の中で最も大きい(マッキンゼーの試算)と指摘されている*9。日本は金融・保険、官公庁の事務職や製造業で、元来ロボットに適した資料作成などの単純業務の割合が他国より高い。これは、日本の労働者ロボットに対抗してよく頑張っているからと評価するよりも、国際的に見た労働生産性の遅れが今後も拡大すると心配になる。

 また、AI特許は米中で激増、日本は減少しているとの指摘も心配だ。主要10か国に提出されたAI関連特許は、2010年の4,792件に比して2014年は8,205件と7割増。ところが日本は同時期に3%減とのことだ。

 人類の仕事の変化も問題だが、日本の状況も心配になる。

*1:本稿は、私が高校同期の定例同窓会で短いプレゼンをする(10月初旬に予定)ものの補足説明だ。今年の同窓会幹事の趣向はいろいろあるらしいが、その1つが数名を選び、適当な話題でプレゼンをしてもらうことだ。光栄にも迷惑にも、私に依頼があった。条件は3-5分間で終らせること。生来話下手の私には、数分間で理解してもらう自信が無い。ということで、このブログで補足することとした。

*2邦訳は、「ポスト・ヒューマン誕生−コンピューターが人類の知性を超えるとき」(井上健訳、NHK出版、2007、その邦訳エッセンス版がある。「シンギュラリティは近い[エッセンス版]−人類が生命を超越するとき」(井上健監訳NHK出版2016年4月

*3:FLOPSは浮動小数点計算数/秒でcpsに相当

*4https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%9D%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9

*5モスクは、信者が礼拝する場所と位置付けられている。

*6ドイツイギリスイスラム教徒も各6.1%、6.3%。ある予測では、2057年にフランスではイスラム教徒キリスト教徒を抑えて第1位の宗教になるとのことだ。

*7:よく判らないがウェブでも伝えられている。 https://www.gizmodo.jp/2017/10/way-of-the-future-launch.html 

*8:既に、AIを利用した創作小説が「星新一賞」の1次予選を突破している。

*9自動化が困難な業務の割合。日本55%、米国46%、欧州47%、中国51%、インド52%

2018/07/29 (日)

[][] 交通違反切符

 昨日、生れて初めて交通違反切符を切られた話。

 私は、最近あまり運転しない。今年になってからこれが3回目だ。ちなみに、過去の2回は、2泊と7泊のドライブ旅行。

1) 違反の概要

 家人に頼まれて、知人宅に1人で物を届けに行った。行く先は都内の片道14kmの距離の場所。環状7号線という広い幹線道路を北上し、カーナビによれば目的地まであと数100メートルという所で、細い脇道に右折する。これはカーナビを見ていてかねて予定していたことだが、問題は、その右折する交差点(「高円寺南5丁目」という小さい信号付き交差点)が、急に(私の印象)近づいた。そのため、無理をして右折レーンに入り、対向車線の車が続くので、直進車線のラインにもまたがって1-2分停車を余儀なくされた。ようやく右折すると、後ろのパトカーがうるさい。自分のことかも知れないと思い、指示に従い、停車した。警官が来て、何で止められたか判りますかと聞く。右折レーンに急に入ったことですかと正直に言えば、認識はしているということで、大目に見てもらえるかと思ったら、そういうことですと、違反切符を切られた。反則事項は「指定通行区分違反」、補足欄に「右折時直進車通行帯通行」とある。ショックだったのは、反則金が6000円と高い。違反点数は1点。

2) 反省点

 反省点は、何よりa) カーナビの右折タイミングの把握をミスしたことだ。実はかねて、これには100%の自信が無く、その箇所に来てからあっここかと焦ることが少なからずあった(通り過ぎたことも若干)。カーナビについては、あらかじめ、右側の2車線を通行してくださいとか親切なアナウンスがあって、私は一般的に評価している(むしろ、頼っている)。右左折は700m前、300m前、直前にここです、とのアナウンスがある。今回の反省で言えば、加えて50m前とのアナウンスもあればいいと思う(高速で動いている時は意味が無いか)。ちなみに問題の交差点では、手前100mに信号付き交差点、30m程手前にも小さい交差点(信号無し)があって、ややこしかった。

b) 不運(?)だったのは、対向車線が途切れず、長い停車余儀なくされたことだ。かねて直進車線からの右折車線への変更などは、した場合もあったが、直ぐ右折でき摘発されたことはない。

c) 更に不運(?)だったのはパトカーが後ろにいたこと。だが、環7から後ろにいたのか、右折した脇道にいたのかがよく判らない。警官に、運が悪かったのですかねと聞いたら、そういうことは言えないですと当然のことを言う。環7ではよくパトロールしていますよと言われた。

 余談だが、1年ほど前に新聞広告で見て、ドライブレコーダーを数千円で衝動買いしていた*1。帰宅後、それを見て反省しようと思った。たまたま前日に旅行中の録画を確認していたが、その時のSDカードの出し入れが悪かったせいか、カードリードエラーという表示が出ていてその日の分は何も記録されていなかった。残念だが、車線の変更状況、パトカーの出現状況(後方向は見えないが、音が聞こえる)、パトカーのアナウンス内容(実は最初はよく聞き取れなかった)などのチェックはできなかった。もし残っていれば、このブログにもアップできたのに。

3) 米国での経験

 パトカーに止められたのは、日本では初めてだが、実は約30年前に駐在していた米国カリフォルニアでも1度あった。

 夜、日本からの客人を迎えに空港へ行く高速道路上だ。後ろのパトカーが回転灯を華やかに点滅させ、スピーカーで何か言っている。やはり自分の車のことかと思い、路肩に停車した。警官が降りてきて、飲んでいるのかと聞く。どうも少し蛇行運転をしていたらしい。日本酒を1本くらい飲んだと正直に言うと、ワインをボトル1本もかと驚く。いやいや日本酒のボトルは小さいから大した量ではないと言った。そういう遣り取りを少しした後、気をつけて運転しろと、信じられないことにそのまま釈放してくれた。空港での客人の出迎えに支障が無くてほっとした。

 パトカーが回転灯を点滅させてスピーカーで言っていたことは、pull何とかしか聞き取れなかったが、以前英会話本で読んでいた「Pull over.」だった。「路肩に寄せろ」ということだ。

 それにしても、カリフォルニアの警官は、柔軟で理解があった。東京の警官は固い。反則金6,000円は高い*2

 私は、元来不器用で運転がうまいとはゆめゆめ思っていないが、人身事故につながることがなかったのは幸いだった。危ないことはあったが。今後も、居眠り運転防止の「Black black」ガムを噛みながら、シルバーマークを葵の御紋として、注意して運転していきたい。

*1:たまたま今朝の新聞にも広告が出ていて2,980円。これは「夢グループ」の商品で、次のページは少し古いが、他のも紹介している。「安いドラレコは実際どう?格安ドライブレコーダー5選の口コミと使い勝手を比較」 http://car-moby.jp/78517 

*2:しかも、銀行、郵便局だけで、ネットの支払いはおろか、コンビニ支払いも駄目だ。