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踰矩ブログ(耳不順を改め) RSSフィード

 2016年の新年に当り、弊ブログのタイトルを変えることとした。論語の「70にして心の欲する所に従い矩を踰えず(のりをこえず)」をもじり、矩を踰える趣旨で「踰矩」ブログに変える。音読みで「ゆく」、訓読みで「のりこえ」と読んでほしい。今までの「耳不順ブログ」にもそれなりに愛着があり、また、継承関係を示す意味で、「踰矩ブログ(耳不順を改め)」とかっこを付けた。  趣旨の詳細は、2016年1月1日付けの記事で説明してあるが、要するに、長いサラリーマン生活を終え、60歳、70歳になって気ままに過したいということだ。
 本ブログは、2006年頃から非公開で書き溜めていたものを2010年に公開し、その後諸事に関する私の雑感を綴ってきた。タイトルの「耳不順」、「踰矩」に従い、偏った視点でと思ってきたが、そのことより、長い、くどい、話題が固いと評判が悪い。
 本ブログにコメントが寄せられても、有難いことだが、かねての方針通り、原則として耳を傾けない(順わず)こととします。マナー違反にご容赦のほどを。(2016年1月記)
 似顔絵の経緯は、2011年12月11日のブログを参照。 [2010年10月以来の累計アクセス数= ]

2017/03/07 (火)

[] 自動ブレーキの作動実証

 2年前の夏に購入した我が家の車には自動ブレーキが装備されている、とディーラーから説明されていたが、本当に作動するか心配だった。家の前で、そろそろと壁などに接近するなどして作動を確認したかったが*1、万が一傷がつくといけないと言って家人が固く禁じていた。

(あわや追突)

 今回、計らずもその機能を確認できた。少し長くなるが状況を説明する。5日(日)に埼玉県の「越生梅林」の梅まつりを見物しにドライブした。片道約60km余りだが、混雑していて最後の4km余りに2時間近く要し、計約3時間運転した。4月上旬という気温で暖かかった中、往路はトラブル無しに乗り切り、梅林に1時間半ほどいて帰途についた。5分ほどでまた直ぐ渋滞が始まり、ストップアンドゴーのノロノロ運転になった。ついうとうとして、衝撃的な急停止で気が付き、前の車に追突したかと思った。前の車も止まっているので、運転手が降りてくるかと覚悟したら降りてこない。また何事もなくノロノロ運転が再開された。その時になって、これは自動ブレーキが作動したのだと気が付いた。次の駐車エリアで停まって前のバンパーをチェックしたが何ら異常はない。

 これで、かねて懸案の自動ブレーキ装置の実証ができたと私は内心喜んだ。今までは、自動ブレーキ装着ということで、運転している時にも何となく安心感があったが(確たる根拠は持てないまま)、それが実証された訳だ。たまたま翌6日の朝日新聞に、車の自動ブレーキが義務化される動きがあることが紹介されていて、自動ブレーキは現在ホットな話題のようだ。

2017/3/6 朝日新聞

車の自動ブレーキ、義務化されるって? (抜粋)

 メーカーに対する搭載の義務化に、国土交通省が動き始めた。社会問題になっている高齢ドライバーの事故を減らす効果が期待されている。大型のトラックやバスの新型車ではすでに義務化されている。

http://digital.asahi.com/articles/DA3S12827636.html

 

 高齢者対策の観点で、まさに私向けだ。5日の事故は大したものではなく、仮に自動ブレーキ機能が無くても前車に低速度で追突するだけだ。人身事故になりようがなく、保険会社を煩わせて、我が家の車の保険料が高くなる程度だ。しかし、居眠り運転は、下手したら大事故につながる。作動確認できたからと喜んでいるだけには行かない。以下、自動ブレーキ等の衝突回避装置について簡単に説明する。

(我が家の自動ブレーキ)

 今回の車は、2年前の6月に買った車で、やや古い。自動ブレーキ一般について、自動車メーカーなどでは、「自動ブレーキ」ではなく、慎重に「衝突被害軽減ブレーキ」と呼んでいる。ネットで見ても、作動速度や作動対象など多彩で、比較が難しい。我が家の場合も、時速2-3km程度で急停止してくれたことは理解できたが、その機能の全貌は今でもよく判らない。

(ACC)

 自動ブレーキ以外の衝突回避機能としては、AAC(Adaptive Cruise Control)が装備されていて、よく使っている。これは、車間距離を一定に保ちつつ、定速走行(もちろん上限速度)をしてくれる機能だ。例えば、時速90kmとセットすれば、前車がいる場合その間の距離を一定に保ち、前車がいない場合時速90kmで走る。

 「アダプティブ」の無い「クルーズコントロール」という機能は30年ぐらい前からあり、これは時速100kmに設定すればその速度で走ってくれる。学生時代に先生が授業の雑談で、米国へ留学していた時にドライブしていた時の想い出を紹介してくれた。とにかく広い国土をドライブしている時にアクセルを踏んでいる足が疲れるので、アクセルペダルの上に何かを置いていたとのことだ。その後、私が30年ほど前、米国に赴任した時に購入した車には、クルーズコントロールの機能があり、アクセルペダルの上に石を置く必要もなく、高速道路で重宝した。帰国した後の日本の車でもクルーズコントロール機能はあったが、一定速度で走らせるだけなので、混雑している日本の高速道路では、直ぐ前車との距離が縮まり、絶えずリセットしなければいけないので、あまり利用価値はなかった。

 最近のACCは、前述のように前車との間隔も自動調整する。すなわち、(速度<設定速度)かつ(前車との間隔<一定間隔*2 )となっている。これがどれだけ便利かというと、a)前車にぶつからない、b)速度を出し過ぎない、c)前車との間隔が開いても一定速度は出していけるということだ。高速道路運転時のアクセル、ブレーキ操作で気を遣うことは、a)前車にぶつけない、b)スピードを出し過ぎない、c)遅くなり過ぎない、だろう。b)、c)を守るには速度計を絶えず見て、アクセルを微調整する必要があり、これが結構疲れる(私には)。ACCにより、前後の調整は気にする必要が無くなって、左右方向の車線維持・変更にだけ注力すればよくなった。

 高速道路だけでなく、気分が向けば、一般道でも、設定速度を落してACCを利用する場合がある。混雑している場合など、ブレーキを踏まなくても停まってくれ、前車が動き出せばそれに合わせて動いてくれる。ただし、注意すべきは、a)前車がいないとき、赤信号では自分でブレーキを踏まなければいけない、b)交差点で前車が右左折していなくなると、設定速度まで(急)加速することだ。山道の下り坂でも時々ACCを試している。エンジンブレーキと比較した利点は、前車がいてもブレーキを踏む必要がない、前車がいなくなるとある程度のスピードを出してくれること。しかし、ある程度の慣れが必要なので、一般の人には勧めない。なお、自動ブレーキは常に作動するが、ACCは設定しないと作動しない。

 我が家の車は家人の所有だが、家人はこのACC機能は使わない。私のACC運転をおっかなびっくり見ているだけだ。

(今後の反省)

 5日の越生梅林での事件の際、家人は助手席で少しうとうとしていて、急停止については、居眠り運転から私が幸い気が付いて、急ブレーキをかけたと思い込んでいた。1時間ほど経ってから、実は居眠り運転のまま自動ブレーキのお蔭で停まったとカミングアウトしたら、絶句した。

 今回は、往路での長時間のノロノロ運転の疲れも残っていてのトラブルだ*3。今後は反省して、眠けを覚えたら我慢せず正直に申告して、休憩し仮眠することを家人と申し合わせた。

(自動運転車の前に)

 自動運転車の開発動向については2015年の11月の弊ブログ自動運転の未来」id:oginos:20151130) で紹介した。ほぼ2020年の普及を目指し、日米欧の官民が開発競争している。そのブログの中で、トヨタ自動車は、無人運転には否定的で、機械が運転手を支援する「Teammate Driving」の概念を提唱していることを紹介した。しかし、その後今ではトヨタ無人運転にのめり込んでいる。

 2020年に我が家が運転しているか、(高価な)自動運転車を購入する余裕があるかは問題だが、次の車は、現在の我が家の車の機能(自動ブレーキ、ACC、後方カメラ)にプラスして、次の機能がある車を運転したい。リーズナブルな価格であることが前提だが、機能としては何れも既に実装している車が販売されているようだ。

  • 車線逸脱警報ないし防止、車線中央キープ機能
  • 前後だけでなく、左右方向への衝突回避機能
  • 自動車庫入れ
  • 前方カメラ(西日、濃霧等でも視認可能)
  • 側方カメラ(並走車両の警告)*4
  • ドライバーモニター(運転手居眠り運転への警告)
  • 誤発進、急発進防止

*1:更に、細い電信柱でも停まるか、低い障壁(10数cmなど)だとどうか、人体を認識するかなど確かめたいことは幾つかあった。ディーラーは細かいことは知らないようで、取扱説明書にも書いてない。どれくらいの速度なら何mで停まるかなども問題だが、この速度について自分で確かめるのは流石に怖い。

*2:速度により自動的に設定されているようだ

*3:実は3年ほど前に、私は居眠り運転をしていて危ないことがあった。それ以来家人から私には運転禁止令が出ている。しかし、何故か長距離ドライブの時だけ、私に運転の依頼が来る。

*4:前方カメラ、後方カメラと併せて、ミラーレスの車が可能

2017/03/02 (木)

[] 映画3本

 今週、映画を3本観た。通常は1月に1本観るか観ないかの私としては珍しい。

a) 観た日は2/27(月)於新宿武蔵野館 「スプリング、ハズ、カム」(封切は2月18日) 

http://springhascome.xyz/ 

b) 観た日3/1(水)於テアトル新宿 バンコクナイツ(封切2月25日) 

http://www.bangkok-nites.asia/ 

c) 観た日3/2(木)於二子玉川109シネマ 「ラ・ラ・ランド」(封切2月24日)

http://gaga.ne.jp/lalaland/ 

 何れも新聞、週刊誌の映画評などで高い評価を得ていたものだ。以下、若干の感想。

a)の「スプリング、ハズ、カム」は、私の広域散歩圏内にある小田急線祖師ヶ谷大蔵駅の周囲が舞台だというので、先ず関心を持った。広島に住むシングルファーザー父親と娘が主役で、娘が東京の大学に合格した。父娘が2月末にアパートの下見に上京して祖師ヶ谷大蔵駅周辺の商店街等を廻る1日が舞台だ。父娘間の思いやりをベースに、ほのぼの感漂う感じで、観たくなった。

 観た感想は、やはり、事件らしい出来事は全く起らず、ほんわか感が残るだけだが、満足した。ただ、観客数が2割ぐらいで少なく、終了後に監督(吉野竜平)が舞台で挨拶していたが、少々寂しかった。

 当初の封切館は、東京では新宿の「武蔵野館」だけだったが、1週間後の2/25に、「渋谷ユーロスペース」という映画館でも上映を始めた。「映画.com」で上映館を見ると、東京のこの2館以外は、千葉ニュータウン四国今治市だけだ(2月末にアクセス)。

b)の「バンコクナイツは、日経新聞の映画評で星5つ(今年有数の傑作)の最高級の評価で、評者は次のように絶賛している。ちなみに、舞台は殆どタイ(バンコクラオスとの国境に近いノーンカーイ)で、女性主人公もタイ人(多分)だが、日本映画だ。

2017/2/24付 日本経済新聞 夕刊

 本年初頭を飾る日本映画の傑作。いや、日本という枠を易々と越えるスケールの大きさがすばらしい。しかも、フットワークは信じられないほど軽快だ。映画をDVD化しない創作集団・空族(くぞく)の作品なので、ぜひ映画館で、お見逃しなく。

(以下略)

 「映画.com」で上映館を検索すると、(全国ベースで)「テアトル新宿」と横浜市の無名の(私には)映画館しかない(http://eiga.com/movie/82941/theater/ 2月末にアクセス。上映館は今後増えるだろう)。3時間2分と上映時間は長い。そのためか、通常1100円のシニア料金(60歳以上)でも1500円と高い(新宿の場合)。

 映画館に入ると、平日の午後(3時50分スタート)というのにほぼ満席だ。ちなみにロビーでは、「12時20分開始の回は、立見席しかありません」という貼り紙が残っていた。大変な人気で、本年初頭を飾る傑作への期待が高まる。

 しかし、見終った感想は、ピンと来なかった*1。私には理解できない映画で、また正直言って面白くなかった。若い人達にとって本年有数の傑作であっても、私にはそれを受ける感受性が無くなってきたのではないかということで、年齢を感じた。聞き取れないセリフもあったし。

 理解できなかったことで1ついうと、最後から10分ほど前に、男性主人公が拳銃をヤミの店で買う場面が2-3分ぐらい続いた。しかし、その拳銃を実際に使うのか、使ったのか判らず、とにかく意味が判らない。また、タイに詳しい人には懐かしい映画かも知れない。バンコクだけでなく、田舎の風景もたっぷりだ。

 とにかく3時間は長く、甚だしく疲れた。家人を連れて行かなくてよかった。終生グチられることとなったろう。

c)の「ラ・ラ・ランド」は、アカデミー賞各部門を独占するかとの前評判だったが、2/26の発表では、メインの作品賞が別の「ムーンライト」に決った。これはトランプ大統領の移民政策へのハリウッドの抵抗を示したものとのことだ*2。しかし、6部門で受賞したとのことだ。ちなみにa)とb)は、上映館が少なかったが、ラ・ラ・ランドはもっと多い。

 「スプリング…」はほのぼの感だけ、「バンコク…」は理解できずということで、口直しならぬ、眼直し、耳直しの面で、このミュージカルには期待した。女優を目指すヒロイン(エマ・ストーン)とジャズ・クラブの経営を目指す男主人公(ライアン・ゴズリング)という夢を追う2人のラブ・ストーリーとの触れ込みだ。単純そうなストーリーだし、久しぶりに良質のミュージカルを観たくなった。家人が、アカデミー賞の受賞が決まった後では予約しにくくなるかも知れないと言い出し、早めに予約。1週間に3回も映画館に行くことになった次第だ。

 感想としては、ハリウッド映画はやはり安心して楽しめる。ストーリーに深みはないが、ジャズ演奏と踊りが楽しい。ただ、結末は予想外だった。

*1:余談だが、遠い独身時代に、あるコラムで読んだ処世訓がある。上司等気を遣う人からの紹介で「見合い」をした後、断りたいときは、余計なことを言わず、「いい人でしたが、ピンと来ませんでした」ぐらいがいいという。この場合間違っても「ピンと来る所が無かった」とは言ってはいけない。後者は、相手にいい所が無いという意味になるが、前者だと、相手は素晴らしい人だが、それが判らない自分の方に問題があるという意味になるからだという。本当かなと思っていた。

*2:昨年までのアカデミー賞には、「白すぎオスカー」(受賞者が白人ばかり)との批判があったことを踏まえ、今回はトランプ大統領の政策への批判を込めたとの説。詳細略

2017/02/16 (木)

[] 新聞の変更

 日本経済新聞を購読して、40数年経過した。少し気分を変えたいと思い、替えることにした。大した話ではないが、この機会に新聞に関し、幾つか感想を述べる。

1) 視野

 日経だけだと視野が狭くなってくる。複数の新聞を取ればいいのだろうが、金もかかるし、家のゴミも多くなる。40年前の勤務先の上司で、若干変ったところがあるが尊敬もしていた人がいて、「家で日経を取っていては駄目。世の中が見えなくなる」と言っていた。私などは、多くの凡人と同じように、一般紙では産業界の動きが判らないと考えていた。引退後の今では、産業界の動きを追う必要もなくなってきた。

2) 奇数段組

 日経の難点は、紙面の段数(1頁内)が15段という奇数であること。紙面を半分に折りたたむと真ん中の8段目が折り目にかかり、読みづらい。この伝統的な15段を固持しているのは今では日経ぐらいで、他の朝日、読売などは2008年から12段に移行している*1 *2 *3。もっともこの他紙の移行の目的は、折りやすさよりも、高齢者等の読み易さのための文字の拡大を意図しているようだ。私は偶数段であればよいのだが、何故か14段というのは見かけない。12段だと、もう1回折りたたんでも折り目にかからず読み易いという声があるのかも知れない。

3) どの新聞に替えるか

 いざ替えるとなるといろいろ迷う。朝日新聞は進歩的、読売新聞は保守的で、実は私はどちらも好きではない。しかし、毎日新聞東京新聞産経新聞はページ数が少ない(その分値段も安いが)。

http://commyclass.hatenablog.com/entry/2014/10/07/103218 

 結局朝日にしたが、理由は、今の日経と同じ販売店であって、最近少し恩義があることだ。話せば少し長くなるが、数か月前から夕刊の配達ルートが変ったらしく、従来5時頃に配達されていたのが、5時半にならないと来なくなった。通勤せずに夕刊配達を待っている身としては寂しい。販売店に言うのも大げさかと迷っていたが、半月ほど前、たまたま配達員が家の郵便ボックスに夕刊を入れているのに出会った。少し早く配達してくれないかと頼んだら、少し考えて承諾してくれた。5時15分には入れてくれるようになって感謝している。というのが恩義の内容だ。この販売店を全く解約するのは悪いなと思う。

4) いつから替えるか(連載小説)

 替える時期として気になったのは連載小説だ。朝刊、夕刊の連載小説は、この40数年間ほぼ欠かさず読んできた。現在の連載小説は、朝刊が伊集院静琥珀の夢−小説、鳥居信治郎と末裔」、夕刊が川上弘美「森へ行きましょう」だ。何れも面白いが、朝刊の鳥居信治郎伝は内容がある程度想像できる。読むのを止めても惜しくはない。

 一方、夕刊の「森へ行きましょう」は理解しにくい小説で、結末が気になる。主人公は「留津」と「ルツ」という女性で、同じ女性が異世界で別の人生を送るという設定だ。2‐3日ごとに入れ替わり、女生徒から今では50代くらいに大きくなっている。元来どういう関係かよく判らない話が交互に進んできて、結末はどうなるのかと気に懸っていた。1月前ぐらいから、それぞれの話が一層判らなくなり、更に突然殺人事件まで起きたようだ。ネットで調べても事情がよく判らないが、驚いたことに、主人公は「留津」と「ルツ」の2人だけではなく、もっといるらしい。よく調べている読者がいて、ツイッターで次のように紹介している。

留津 ←おなじみ、 ルツ ←おなじみ、 琉都 ←誰だっけ、 るつ ←俊郎と不倫関係だったはず、 流津 ←留津の鏡の向こう、 瑠通バラバラ殺人鬼、 る津 ←初登場で死んでる。

https://twitter.com/hashtag/%E6%A3%AE%E3%81%B8%E8%A1%8C%E3%81%8D%E3%81%BE%E3%81%97%E3%82%87%E3%81%86 

 私は、漢字の留津とカナのルツしか区別していなかったから、本当に驚いた。だからといって連載小説のこれまでの分を読み返すという元気はない。日経の取止めはこれが終るまで待つこととした。そうこうするうちに先週、次回の連載小説の予告が出た。2月20日(月)から新連載が始まる。今の小説は2月18日(土)の夕刊で終了ということだ。

 ということで、18日付けで日経購読を止めることとし、販売店に連絡した。

 この18日の最終回を読んでからだと、コメントしないのは失礼だし、コメントするとネタバレになる(?)と思う。あえて2日前の今日にこのブログをアップした次第。

5) 電子版

 新聞の電子版が始まったのは日経が早かったと記憶している。次のURLによれば、2010年に最初にスタートしたとのことだが、私もその頃早々と申し込んでいた。記事検索、保管、設定したキーワードの記事のメール案内、ニュースメールなど便利だ。

「新聞の電子版・スマホサービス、全国紙5紙の特徴は?」

https://thepage.jp/detail/20161011-00000006-wordleaf

 この紹介ページによれば、電子版は今でも日経が機能的に最高で、朝日がそれに次ぎ、読売の評価は低い。

6) 家庭欄、文化欄等

 日経の家庭欄等は、以下述べるようになかなかいいと思う。

(家庭欄)

 3-40年前の日経の夕刊の家庭欄は評価が高かった。他の新聞は、もっぱら主婦のための家庭欄で、通常のサラリーマン(当時は主として男性)の関心のある記事は殆ど無かった。具体的な例を思い出せないのが申し訳ないが、日経だけは、男性の視点からの家庭欄と言われ、面白かった(今は他紙も似ているかも知れない)。

(夕刊)

 家庭欄の他、囲碁・将棋欄が夕刊にあり、帰宅後の息抜きとしてよかった。数年前だったか、囲碁・将棋欄が他紙と同じく朝刊に移ったのが非常に残念だ。朝忙しい時間に囲碁欄を読む余裕はなく、私の棋力の落ちた原因の1つかと思っている。その他の夕刊の文化欄も楽しい(他紙との比較はできないが)。

(文化欄)

 文化欄が割に面白かった。他の一般紙の最終面はテレビ欄だが、日経は朝夕刊とも最終面は文化欄だ(最終面の他にも立派な文化欄がある)。開き易く、中味も何となくサラリーマン向け。具体例がなく印象論だけで申し訳ないが、朝日などの文化欄は、大学の文学部の先生のマニアックな講義のようだ。一方日経の文化欄は、何となく、素人向けのイントロダクトリーな部分がある。

 読書欄も割に読んでいた。1週間に各1−2回、朝刊と夕刊に書評欄がある。ランキングがついていて参考になる(映画にもある)。この書評ランキングを見て、地元の図書館で予約するのがここ数か月の習慣だ。ただ、ランキングにはがっかりすることがあり、あまり信用してはいけない。特に小説は、人の好みは随分異なる(評者と自分)と思う。

(読者投稿欄)

 日経には読者投稿欄が無いのがかねて気に入っていた。読者投稿は、大半が面白くないし、内容もその新聞の主張に沿ったもので白ける場合が多い。

 ほしいのは、記事、新聞社へのコメント投稿システムだ。掲載記事についての間違い指摘その他の新聞社宛てのコメントをしたくても、受付欄ないしメールアドレスが無い。かつて新聞社にコメントをしたくて探したが、日経には見つからなかった。