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踰矩ブログ(耳不順を改め) RSSフィード

 2016年の新年に当り、弊ブログのタイトルを変えることとした。論語の「70にして心の欲する所に従い矩を踰えず(のりをこえず)」をもじり、矩を踰える趣旨で「踰矩」ブログに変える。音読みで「ゆく」、訓読みで「のりこえ」と読んでほしい。今までの「耳不順ブログ」にもそれなりに愛着があり、また、継承関係を示す意味で、「踰矩ブログ(耳不順を改め)」とかっこを付けた。  趣旨の詳細は、2016年1月1日付けの記事で説明してあるが、要するに、長いサラリーマン生活を終え、60歳、70歳になって気ままに過したいということだ。
 本ブログは、2006年頃から非公開で書き溜めていたものを2010年に公開し、その後諸事に関する私の雑感を綴ってきた。タイトルの「耳不順」、「踰矩」に従い、偏った視点でと思ってきたが、そのことより、長い、くどい、話題が固いと評判が悪い。
 本ブログにコメントが寄せられても、有難いことだが、かねての方針通り、原則として耳を傾けない(順わず)こととします。マナー違反にご容赦のほどを。(2016年1月記)
 似顔絵の経緯は、2011年12月11日のブログを参照。 [累計アクセス数統計については、2017年8月7日以降、はてなダイアリーのカウンターサービスが廃止となった。]

2011/06/29 (水)

[]TIME誌と東日本大震災

 6月25日(土)に配達された米国TIME誌の7月4日号に、日本の東日本大震災関係の記事が出ていた。内容は後述する。私の関心は、大震災直後の報道の後、毎号のTIME誌の目次だけを見ていたが、この大震災についてほとんど採り上げられていなかったことだ。久しぶりに登場ということで、今まで本当に記事が無かったかを調べた。

 雑誌を全てチェックするのは面倒なので、ウェブ版で調べた。TIME誌のウェブ版は、米国版、欧州版、アジア版、南太平洋版の4つがあって記事構成が相当に違う。*1

 大震災後の記事のチェックは、ウェブアジア版の各号の目次で見ることにした。震災直後の3月28日号にはカバーストーリの特集、4月4日号にはその続編の震災報道記事があり、私もざっと眺めた記憶がある。前述のようにその後は無いかと思っていたが、4月11日号と5月9日号に短めの記事があった。私の見落しだが、それにしてもやや少ないと思う*2

 本稿では、この4月以降(4月4日号は3月に発行されているから除く)の東日本大震災関係のTIMEの記事の概要を紹介し、最後に、若干の感想を述べる。

1) 4月11日号 「A Time for Renewal in Japan」(日本の一新の時)

http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,2062424,00.html

 短いエッセイで、今後の日本の再生の可能性を述べているが、興味深いのはアムステルダム大学のカレル・ファン・ウォルフレン教授の「日本の問題はリーダーではなく、株式持合い的な社会の権力構造にあった」との説を紹介している点だ*3。日本にとって今必要なのは、指導者(菅首相等)を交代させることではなく、社会構造を全面的に改革することであり、今回がそのいい機会だとしている。実際に可能かと悲観的になる。

2) 5月9日号「Visiting Chernobyl, 25 Years Later」(25年後のチェルノブイリ)

http://www.time.com/time/health/article/0,8599,2067562,00.html

 記事は、1986年4月26日のチェルノブイリ事故の満25年の記念式典が、ウクライナキエフで開催されたのに出席した際の報告と感想で、記事のリードに「日本への教訓」とあるので、日本にも触れていることが判った。

 内容は悲観的だ。チェルノブイリの汚染地域の対策は今後何十年も続くとの予測に加え、大きな問題は、補償金により補償金依存症の住民が多く生じており、地域の停滞が止まらないことだと言う。福島でもこの恐れを認識して対応すべきだという。しかし、考えてみると大きなお世話だ。補償金依存症が生ずる可能性があるからと言って、補償金を減額することはできないだろう。それにしても今後、原発地域と津波被災地域との住民への補償金に大きな差が生ずることによる混乱も予想され、暗澹たる気持になる。

3) 今回の7月4日号「Rebuilding Japan」(日本の再建)

http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,2079476,00.html

 タイトルは、表紙では「日本の国家と精神を再建するには」、目次では「衝撃の後」、記事のページでは「日本の再建」、ウェブ版の目次では「津波後の日本はいかにして前進できるか」だ(何れも拙訳)*4。内容は、コンサルタント会社のマッキンゼーがまとめた震災後の日本の再建のあり方に関する有識者のエッセイをまとめた本からの抜粋である。船橋洋一、カルロス・ゴーン、イェスパー・コール(JPモルガン日本)、ピコ・アイヤー(日本在住の作家とのこと)の4人のエッセイが紹介されている。

 ざっと目を通したが、失礼ながら特に面白いとは思えない。例えば、船橋洋一氏のエッセイは、やや感傷的に大震災時の国民の対応を讃えている。また、3月16日の天皇のメッセージや皇居内の自発的な節電について、1945年昭和天皇の「耐え難きを耐え」の終戦の詔書にも匹敵する感銘を国民に与えたと評価しているが、それほどのものだったかと思う。ゴーン氏は、企業のトップが明確な方針を出して繰り返し説明すれば、日本人は変革が可能と言う。残りの2人も含め*5、総じて変化と復興への道を語っているが、要するに日本人よがんばれというメッセージ集でやや鬱陶しい(失礼)。

 元の本は、記事の中の小さな写真で示されている「Reimagining Japan」という本らしい。アマゾンで調べると、マッキンゼー社からこの7月12日に出版される予定で予約受付中だ。大震災後の日本の行く末について世界の80人以上の著名人からコメントを集めたものとのこと。TIMEの記事は、マッキンゼー社の本の広告だった。

http://www.amazon.co.jp/REIMAGINING-JAPAN-Quest-Future-Works/dp/142154086X

(感想)

 大震災直後は、TIME誌も大きな特集を組んだが、4月になって以降は、上記のとおり3本の記事しかないのは少ない。しかも短いエッセイ(4月11日号)、チェルノブイリ25周年の報告中の補足(5月9日号)、他社の本の広告(7月4日号)と、本格的な記事とは思えない。

 米国のTIME誌、あるいは同誌に代表される米国の世論は、日本のこの大震災にそれほど関心が無いのだろうかと思う。又は、(日本から)情報が十分出ていない現時点では評価しにくいと考えて慎重になり、本格的な評論を避けているのかも知れない。そうでなければ、マッキンゼーの本の抜書きを他人事のように掲載することはしないのではないか。

*1:ちなみに、7月4日号では、この日本の大震災の話は、アジア版、欧州版、南太平洋版では出ているが、米国版には出ていない。やはり、独立記念日の7月4日ということで、米国版ではカバーストーリーの「合衆国憲法の今日的意義」に注力しているのかと思ったが、他の3版について表紙もカバーストーリーも同じ合衆国憲法である。版の記事構成の違いに興味をそそられ、同日号のアジア版と米国版を比較したら、同じ記事と思われるのは2つしかなかった(別の号に出しているかも知れないが)。それからアジア版についても、手許の雑誌とウェブ版では目次のタイトルやセクション名が異なるので甚だ判り難かったが、大半が同じ記事のようだった。

*2:もちろん、目次には無いようなごく短い記事は他にあるかも知れない。

*3:ウォルフレン教授は、日本の権力構造の研究者などとして有名。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%B3

*4:それにしても、このようにタイトルが違うと、記事の同定が面倒だ。検索や引用の時に不便で、統一してほしいと思う。

*5:アイヤー氏のエッセイは、正直言ってよく理解できなかった。

2011/06/26 (日)

[][]利用者から見た携帯電話の変遷

 最近ある機関誌(日本工業大学の「工業技術博物館ニュース」の6月号)に書いた標記の原稿を別添のWordファイルとしてアップする。

 2000年以降私が購入した携帯電話10機種について、写真を撮るとともに、利用者としてその歴史を述べたものだ。私としては力作の17枚もの。

 著作権が私にあることは、先方にも確認済み。元々Wordで執筆して投稿したものだ。機関誌に掲載されたものから見て、今回アップしたものは次の点が違う。

  1. 写真が黒白からカラー。ただし、私の素人撮りで、出来映えはどうしてもよくなく、恥かしい限りだ。プロの写真家は違うと改めて感心した。(ついでに素人写真を撮った際の配慮を述べると、スケールに注意されたい。写真写りがいいようなものを探して買った)
  2. 脚注の場所が、雑誌では巻末だったが、各ページの下になった。(読みやすいはず)
  3. 目次を付けた。ctrlキーを押しつつクリックするとその場所に直ぐ飛べる。また、Wordの「表示」メニューの「見出しマップ」をクリックして、「見出しマップ」を左側に表示しておくと、途中からでも任意の見出しの場所にジャンプできる。
  4. 本文中の各機種の見出しに、その機種を紹介するURLへのハイパーリンクを付けた。クリック(場合によってはctrlキーを押しつつ)すると、その機種の詳細がよりよく判る。従って、インターネットに接続した状態で読まれることをお薦めする。(もっとも、古い機種の詳細を調べたいというマニアックな人はあまりいないとは思うが)
  5. 少し表現等の面で微修正したところがある。

 その他のコメントは、写真4のW-ZERO3キャプションに、「(現物を)失くしたようでウェブページから転写したものを貼りつけた」と書いた。しかし、その後別の部屋から出てきた。従って、10機種全ての現物を保管していたことになる。別に誇らしいことではなく、そんなものをよく捨てなかったとむしろ呆れられることと自覚している。改めてスケール付きの素人写真を撮ろうかと考えたが、それほど頑張ることでもないと思ってやっていない。

携帯電話利用の変遷写真埋込.doc 直

2011/06/19 (日)

[][]ボディタッチの男女差

 先月になるが、「所さんの目がテン!」というテレビ番組を見て、妻と大笑いしたことがあった。セクハラをテーマにしたものだが、その中のサブテーマ「女性が嫌がるボディータッチ、男性はなぜしがちなの?」で、実際の実験により男女の感覚の差を実証していた。本稿では、1)そのテレビでの実験の概要と、2)それに類似した個人的体験をを紹介するとともに、更に3)ボディタッチやセクハラの国際比較について若干調べたことを述べる。

1) ボディタッチに対する男女差の実験

 標記のテレビ番組の内容は、ウェブに掲載されている。本記事の最後に該当部分を抜粋して添付したが、概要は次の通り。

 実験は女性を被験者としたもの(A)と男性を被験者としたもの(B)と2つある。実験A)では、女性から見た第1印象の好感度最高位の男性でも、女性にボディタッチを何度か行うと、好感度が最低ランクに落ちることが示された。実験B)では、逆に男性から見た第1印象の好感度が最低位の女性でも、その後男性にボディタッチを何度か行うと、(男性からの)好感度が大幅にアップする。しかも、男性はボディタッチされると全員嬉しそうだったとのこと。

 我が家ではボディタッチに対する男女の感じ方がこれほど違うのかと感心し、改めてお互いを見て、それぞれに過去何十年かの歴史を回顧した。妻からは、電車の中で間違っても女性に接触しないよう改めて注意された(私は痴漢とされたことは誓って無い)。

2) 喫茶店等でのお釣りの渡し方

 1か月ぐらい経って、妻と喫茶店に入った。レジの店員(女性)が私にコインで釣り銭を渡す際に、多分落さないようにと気を遣ってか、左手で私の右手を下から支え、手のひらに上からコインを乗せてくれた。感じがよくて感心した。妻に、この喫茶店では、あのテレビ番組のように男性心理を考えた釣り銭の返し方を教育しているのかなと言ったら、叱られた。手を触られたぐらいでニコニコする男は許せないとのことだ。

 その後、妻は自分もスーパーのレジで手に触られながらお釣りをもらったことがあったが、あまり気分がよくなかったとのこと。我が家でも男女の溝は埋らない。ちなみに、私が愛用している電子マネーではお釣りが出ないので、このような触合いの機会は無い。

3) 外国でのボディタッチ

 私が男だから感じるのかも知れないが、1)の実験のようなボディタッチへの嫌悪感は、日本人(女性)に特有ではないだろうか。外国人と接する際に特に気になるのは、ボディタッチの中でもハグ(軽い抱擁)であろう。欧米や韓国、その他多くの世界の国(国別の詳細はよく知らないが)では、親戚や親しい友人とのハグ、更にハグアンドキスは、普通の挨拶としてよく見られる。異性間に限らず同性間でも普通で、政治家などは友好を誇示するためか、カメラの前でハグすることが普通に見られる。夫婦や恋人以外の親しい人との挨拶としてハグを認めない日本の文化は、恐らく世界で少数派だと思う*1

 異文化の壁を越えてグローバルな活動をする日本人は増えているが、多分最も苦手にするものの1つがこのハグであろうと思う。男性はまだしも、国際的に活躍する日本人女性にとって、この外国人(特に男性)からのハグ(アンドキス)攻勢に対してどう対応するかが大きな問題でないだろうか。例えば、エッセイスト遙洋子の2年前の日経ビジネスウェブでのコラム「セクハラと「文化」の微妙な関係」

*2では、オーストラリアに行った時に、知人の友人の男性からのハグ・キス攻勢にあって感じた嫌悪感が書かれている。私は、このようにかねて明解な議論をしている人でも異文化を乗り越えることは難しいのかと感心した。

 また、高校生、大学生の女子(男子も)を外国のホームステイに出す仲介をする機関でも、現地で予想されるハグ等への対処方法をどういう風に伝えるかに悩んでいると聞く。

4) セクハラの国際比較

 日本で、恋人以外からハグをされれば如何に相手と親しくても、セクハラである。外国では、親しくない相手であればもちろんセクハラとして拒否できる。しかし、友人関係や職場の人間関係で親しくなった時にどうすればよいかは悩ましい。職場等の関係のパーティにおいて、米国人達が再会や別れの挨拶等でハグをして盛り上がっている時に、割り切ってハグの仲間入りをするか、自分の嫌悪感に従って離れるか。たまたま見つけた次のウェブページでは、いろいろな人がそれぞれに悩んでいる様子が読み取れる。

http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2007/0410/126161.htm?o=0&p=3

 米国企業に勤務していて、ハグの仲間入りをしなければ、本当に心を許した仕事仲間とは認めてもらえないかも知れない。しかしそこで嫌悪感を我慢しては、かつて日本企業の男系社会で生きるために不当な差別に屈したのと変りはない。だからと言って、日本の文化を押し通すことで、今後より多くの外国人とうまくやって行けるのだろうか。国際的でない私はハグの経験も無いし、アドバイスできることは無い。

 話題は少し変るが、昨年の8月に、ロイターが世界各国のセクハラ経験率の調査をした*3。それによれば、調査対象22国の中で、日本の会社員のセクハラ経験率は6%で、低い方から8番目だ(ただし、同じ6%の国が計4か国あるので、同率8位又は同率11位とも言える)。これを見ると、米国は日本より高い8%だが、欧州は日本より低く、フランス3%、英国4%である。よく判らないが、欧州では米国や日本よりセクハラが少ないというより、セクハラへの許容度が高いという面があるとも言えそうだ*4

 話は冒頭の所ジョージのテレビ番組に戻ると、同じボディタッチの実験を外国人の男女についても行ってほしいと思う。日本人の感覚との差がどうなるか、興味は尽きない。

「上司がセクハラする訳」(「所さんの目がテン!」第1082回 2011/5/14日本テレビ) http://www.ntv.co.jp/megaten/ から。

女性が嫌がるボディータッチ、男性はなぜしがちなの?

 セクハラは男も女も被害にあうものですが、なぜ世の中で男性が加害者になりやすいんでしょうか?セクハラの中でも、男女で意識の違いが大きいものを探ってみると…「肩をもむ」などのボディータッチは、女性の皆さんはかなり嫌なようです。そこで、どれだけ嫌なのか実験!20代の男性の前に、アイマスクをした4人の女性が登場。まず、女性にはアイマスクを外した時の第一印象だけで男性4人の好感度ランキングをつけてもらいます。そして、男女でペアになり、大相撲八百長問題についてトークしてもらい、きっちり5分後に席替え。全員と会話をしてもらいます。ただし、第一印象一番人気だった男性には、会話中「膝を当てる」、「肩を触る」、「髪を触る」という3回のボディータッチをするように指令を出してあります。彼の評価がどう変わるのかを見る…というのが実験の狙いなんです!さて、一番人気の男性は指令通りに全員にボディータッチを行い、実験終了。男性が退室し、女性たちに再び好感度ランキングをつけてもらうと…なんと全員が一番人気の男性を最下位に下げたのです!女性たちに理由を聞くと、やはり触られたことが印象をグッと悪くしたそうです。女性は、よほど好意を抱く相手や、親しい相手でない限りボディータッチは許せないようです。

 では、逆に女性が男性に対して行うボディータッチはどうなのでしょう?そこでさらに実験!別の男女8名に、今度は男性に第一印象で女性の好感度を順位付けしてもらいます。そして、最下位だった女性に、会話中、先ほどの男性と同じ、3つのボディータッチのミッションを行ってもらいます。女性は指令通り、全員にボディータッチ!すると、男性は全員嬉しそうです。そして、実験終了後、男性に再び女性のランキングをつけてもらうと…全員この女性のランクを上げ、中には4位から1位にした人も。男性たちに理由を聞いてみると、やはりボディータッチが好感度を大きく上げたようです。髪に触る女性「あっ ちょっと ごめんなさい」金子先生によると、女性は「よほど好意を抱く相手以外のボディータッチ許せない」のに対し、男性は、「よほど嫌いでなければ女性からのボディータッチOK」なので、自分が許すのと同じように女性も許してくれると勘違いして、思わずボディータッチしてしまうようです。この男女のコミュニケーションギャップにより、上司や年配の男性サラリーマンは、気を付けていても、セクハラ加害者になりがちなので注意しましょう!

*1:私の生家は地方でやや古いからかも知れないが、私はもの心ついて以来、両親や兄姉とハグしたことが無い。

*2http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20090114/182684/?ST=manage_200901&rt=nocnt

*3:「職場のセクハラ経験率は日本6%、インドがワースト1位=調査」 2010/8/12 http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPJAPAN-16751820100812?pageNumber=1&virtualBrandChannel=0

*4フランス人ストロスカーンIMF専務理事セクハラ事件(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%9F%E3%83%8B%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%B3)やサルコジ大統領のスキャンダルもかつてあった。

2011/06/14 (火)

[]機械工学・発想の転換

 一般社団法人日本機械学会機関誌日本機械学会誌」2011年6月号の特集「発想の転換」が楽しい。機械工学の分野での発想の転換の事例が約20掲載されている。

 以下、1)そのうち幾つかの事例を紹介し、次いで関連して、2)若者の理工学系離れに関する私見を述べる。

1) 発想転換の幾つかの事例

 掲載されている事例のリストは、同誌の目次のURLにある。http://www.jsme.or.jp/mechalife/jp/index.html

 私は、機械学会の会員でもないし機械工学に詳しくもないので、理解できないものもあるが、その中から3つほど紹介する。

a) センターレス機構を持つ車いす

 車椅子の大きな両輪には、車軸とリム(外周)とを放射状につなぐ沢山のスポークがあるものと疑わなかったが、そのスポークを無くした車椅子だ。スポークの重要な機能は、車軸を回転させる動力源(モーター)の力をリムの回転に繋げることだ。モーターが無い手動の車椅子の場合、スポークは無くてもいい筈と言われればなるほどと思う。スポークに加え、車軸も無くなった新しいリムは、椅子本体とは3点の溝付きのベアリング*1で支えられる。

 スポークと車軸の無くなった車椅子は、その部分の空間を自由に使え、デザイン的にも収納スペースの面でも革新的である。

b) リンゴ皮むき工法 ―重力を味方に― f:id:oginos:20110614124636j:image:w360:right

 大きな球形タンクを解体する場合、従来は、上部から切断した後、順次クレーンで地上に下ろしていた。これは、表紙の左側の写真にあるように、上の中心部から、りんごの皮むきのように、帯状の切れ端をスパイラル状に切断していく方法だ。これならクレーンを使わなくても、自重でタンクの中に落ちていき、かつ散らばらずにくるまって溜まっていくとのことだ。すばらしい。

c) ジャッキダウンによる高層ビル解体工法

 高層ビルの解体の場合、普通は、最上階から解体して解体残渣をクレーンで下に降ろす。解体に応じて順次重機やクレーンを下の階に移動するなどが必要で厄介だ。この方法は、下の階から解体する。そのためにはどうするかというと、一番下の階の幾つかの支柱をジャッキで支える。壁や各支柱を切断し残渣を排出した後、ジャッキを下げる、ということを順次繰り返して行くのだそうだ。高所作業が無く、クレーンの設置の手間や高層階から重量物(建物残渣)を降ろす際の危険も無い。雨でも建物の内装物が濡れないのでリサイクルにも有利とのこと。漫画みたいな話で本当にできるのかと思うが、実際に開始され、世界初とのこと。

2) 若者の理工学離れ

 昨今、小中学生の理科離れ、大学生の理工学離れが言われ、日本の製造業の競争力維持のために問題だとされている。これの対策として、若者に理工学への夢を持たせることが重要と言われる。宇宙、生命科学等により実現する将来の夢を語ることに異論は無いが、上記の例は、実世界にも「夢」とは別の意味で、発見と創造の愉悦があることを教えてくれる。このような身近な話を沢山することも、若い人の理工学への関心を高めることに大きく寄与すると思う。

 話は少しずれるが、東京大学工学部(3年生以上)の学科の選択は、学生本人の希望と2年生までの教養学部の成績とが考慮されて決まる。これを進学振分けと言うが、学科の定員と学生の志望には当然ながらミスマッチがあり、この志望状況が各学科の人気度を示すバロメータとも見られている。

 数年前に電気・電子関係学科で、志望者の定員割れが生じて新聞でも話題になった。ハイテクと言われ、永く花形だったエレクトロニクスへの学生の人気が落ちたのはどうしてかということだ。その頃、今から3年前だが電子工学科の先生とたまたま雑談をすることがあり、理由を聞いた。先生は、何か月か後に工学部長に就任された人で、明快に解説頂いた。今でも覚えていることを述べる。

a) 電子だけでなく、一般的な学生の理工系離れが問題であると認識している。

b) 電子工学関係で言うと、学生は、エレクトロニクス企業の生産拠点が中国アジアに移っていて国内での活躍の場が無くなっていることを敏感に感じている。卒業後の進路としての国内企業の先行きへの懸念とも言える。

c) 電子系学科の教授陣の側にも油断があって、ハイテクの代名詞であるエレクトロニクスの先端性に疑いを持たず、優秀な学生は必ず志望するはずと信じていて、何も対策を講じていなかった。

 この点について、機械工学系の学科ではかねて危機感を抱いて、学生の関心を高めるためにいろいろ努力をしていた。例えば、学問の先端性や魅力を高めるために、情報、環境、ロボット、バイオメカニクス等、新しい分野を自分たちの領域に取り込んできたし、学生へのアピールにも努力してきた。

d) これからは、電子工学の分野だけでなく、理工系離れを食い止めるための全般的な各種努力とあいまっての対策が必要で、電子系学科の先生達も目覚めて努力している。

 具体的な対策については、3年前に聞いた話で覚えていない。ただ、機械工学ではずっと魅力を高めることに熱心だった、問題意識では先輩だったという電子工学の先生達の反省の言が印象に残っている。機械学会誌の今回の「発想の転換」特集も学生へのアピール度が高いと思われ、かねての努力の表れと思った次第だ。

*1:「軸受け」とは言えないから、「輪受け」とでも呼ぶか(筆者注)。

2011/06/10 (金)

[][][]原発危機・事故はなぜ深刻化したのか

 6月5日(日)の夜に、NHKの次の番組を見た。

○ シリーズ「原発危機」第1回「事故はなぜ深刻化したのか」(2011年6月5日(日)午後9時00分〜9時58分 NHK総合テレビ)

 3月11日福島第1原発の事故の後数日間の首相官邸東京電力の動きを何百人もの証言で構成したとのことで面白かった。私が今まで知らなかったこともあり、大いに参考になった。以下、私が特に興味を引かれた、1)ベントの遅れ、2)斑目(まだらめ)春樹原子力安全委員長の繰り言、3)官邸主導に係る私見に加え、番組とは直接関係無いが、4)原発事故に関する当面の感想を述べる。先ずは問題の発端から。

1) 問題の発端(電源喪失)

 11日午後2時46分の地震の後到来した津波により、午後3時42分福島第1原発の電源が非常電源を含め全て消滅した。当初東電官邸も電源車の配備により電源が復旧すれば何とかなると考えていてその手配に夢中だった。午後9時から50台以上が現地に集まったが、ケーブルを繋いでも電気系統のトラブルで電源が復旧せず、冷却水循環ができないことが判った。これで関係者が大きな衝撃を受けたことが問題の発端だ。

2) ベントの遅れ

 私が今まで報道で聞いていたところでは、12日午前1時半頃に総理がベントを指示、6時50分に経産省法律に基づく命令を発したが、12日の昼頃までベントが実行されず、東電のベントが遅れた原因が判らないとされていた(具体的な時刻は今回確認)。

 今回の番組では、12日の午前0時頃から既に、福島の現地ではベントが必要と決断し、東電本社を通じて官邸にその意向が伝えられていた。ベントが遅れた原因は、a)ベントに係るマニュアルの記載が全て電動バルブの操作だったが、電源喪失のため役に立たず、設計図を何枚も取り出して作業員が(暗闇で)操作する箇所の特定と段取りを検討するのに時間が掛かったこと、b)ベントの際に市町村から付近住民に避難指示を出すよう要請したが、実際に避難したかの確認に手間取ったことだった。その間事情が判らない(らしい)官邸経産省は、いらだって命令まで出したということだ。しかし、番組を見る限り、命令が出たから東電がベントをした、できたという問題ではなく、本来的に時間の掛かることだったようだ。もっとも官邸が憂慮していたようにベントは緊急に必要だったようで、少しは東電側のためらいがあったかも知れない気もした。また、官邸には現地の技術的問題点にも通じた専門家がいれば意思疎通がより円滑化していたかも知れない。

 ちなみに、ベントを実施しなければいけないということで、東電本社内の社員は事態はそこまで悪いのかと衝撃を受けたとのことだが、そうだろう。私もかねて、通常の高圧ガス施設の安全弁による排気とは異なり、大量の放射性物質の飛散に繋がるのに、官邸がその問題に殆ど触れずにベント、ベントと言っていたことが不可解だった。

 斑目原子力安全委員長は、この間ベントの必要性を力説しており、それとともに、菅総理からベントが遅れた場合の爆発の可能性を聞かれた時に、「水素が圧力容器から格納容器内に漏れても窒素ガスで満たされているから爆発しない」と言ったとインタビューで答えている。実は、煙突からの白煙によりベントが確認された12日午後2時半頃から僅か1時間後の午後3時36分に1号機の建屋は水素爆発した。同氏は、水素が格納容器から建屋内に漏れていることを想定できなかった訳だ。インタビューで斑目委員長は、そのことでの自分の能力不足を認めつつも、当時建屋の爆発を予想できた人はいなかったろうと述べている。

3) 斑目原子力安全委員長の繰り言

 最初は、おかしな人と思っていた。例えば、今回の番組では紹介されなかったが、1号機建屋が爆発した12日の夕方7時頃から開始された海水注水が一時中断された(実は本社の指示に反して現場で続行)際の官邸内の議論が、斑目委員長が海水注入による再臨界の恐れを指摘したことを受けてのものだった*1と伝えられていた。私は、議論を混乱させる余計なことを言う人だと思っていた。

 番組の最後のインタビューで、「3月11日以降が全部取り消せるものならいい、全部無しにしてほしい。それに尽きる」と意味不明のことをつぶやいていて、何と女々しい人かと思った。彼の総理へのアドバイスがことごとく裏切られたことからだろう。かねてからのしゃべり方や態度にも威厳に欠けるところがある。

 しかし、改めて考えてみると、彼は、専門家として意見は求められるが、炉の実際の状況は判らないまま(実は誰も判っていない)、推測ででも何か言わなければならないという状況と立場にいたのだ。11日夜から官邸危機管理センターの小部屋で限定メンバーによる会議がしばしば持たれたらしい。メンバーは、総理官房長官、経産大臣、福山官房副長官、寺田総理佐官原子力安全・保安院長(文系の役人)、斑目委員長及び東電の8人で、東電以外の専門家は同氏だけだった。

 専門家として判らないとは言えず、その時点で得られている情報と自分の知識から確率の高いと思われることを言い、結果その責任を問われるというのは確かに厳しい。私は何の専門家でもないが、仮にそのような場に置かれたら、多分もにょもにょしてよく判りませんと言い、その結果役立たずと烙印を押され、その後仕事は来なくなるだろうと思う。

4) 官邸主導とは

 菅総理の大学時代の友人ということで震災内閣参与に登用された日比野靖氏(北陸先端大副学長)もインタビューに登場。日比野参与の証言では、総理は、東電原子力安全・保安院原子力安全委員会の誰もがこれから先どうなるかについて教えてくれないので不安を抱いていたとのことだ。

 しかし、誰もが十分な情報(炉内、建屋内の計器も当てにならない)を持たず、確定的なことが判らない状況だ。可能性だけで推測を言うと確かかと問われ、結果が違うと責任を問われる。そんな中では、他の人が言ったことを伝える伝言ゲームしかできない。遊びの伝言ゲームは、伝え間違いのおかしさを楽しむゲームだが、この伝言ゲームは、発言せねばならぬ立場の人が、自分の発言の責任は問われないようにしつつ、他の人の発言を引いて多くの情報を人に先立って提供できる能力を競うゲームだ。

 やはり、総理官邸は、もたらされる情報にいちいち確証を求めず、怒らず、情報は入りやすいようにしつつ、暫くは各人、各機関が動きやすいように動かし、判断が必要なときに判断するとの姿勢が必要だったのではないか。官邸は上も下も、自分が何をするか、何を発言するかの実績作りばかりを気にしていて、どの主体がどう判断してどう行動すれば事態がどう進むかを把握しようとすることへの関心は薄かったようだ。暫くは各機関にその業務を主体的に遂行させ、その間高度な専門家のアドバイスも得て情報を取捨整理しつつ問題の本質を理解して、トップが判断すべきことを思索するとの待ちの姿勢も必要だったかと思う。

5) 原発の事故の評価

 まだ結論が出ていない中で不謹慎だが、原発事故後3か月を経過した現時点で私が秘かに感じていることは、原発事故の被害は本当は私がかねて恐れていたような悲惨なものではないのかも知れないということだ。というのは、事故のレベルが最高の7であり、また最悪の事態と言われていたメルトダウンが各原子炉で起きていたのに、今のところ、放射能での死者はいないし、発病した人もいないようだ。メルトダウンとは、再臨界につながり、果てはチャイナシンドロームという制御不能な大災害にまで発展する恐れのあるものではなかったのか。

 少し古いが、日経ビジネスの4月25日号に、英国放射能の危険性は本当かと論争になっていることが紹介されている。

放射能の危険性は本当?英国で議論呼ぶ異説」(日経ビジネス2011年4月25日号)概要

福島原発の事故をきっかけに、英メディアで論争が起きている。

きっかけは、3月21日のガーディアン紙が、著名環境ジャーナリストのモンビオ氏のコラムを掲載。同氏は、原発に中立的だったが、福島ではまだ一人も致命的な被曝をしていないとして、これを契機に原発指示へ転向したと告白。

その後、各メディアで論争が生じている。問題の1つは、低線量被爆についてデータが不十分なこと等から、学者間でその評価が一致していないことにあるようだ。

 現時点で致命的な被曝者がいないにしても、将来に向っては、放射性物質の堆積による外部被曝の持続や内部被曝の長期的な影響が懸念されることは、私も心配だ。これに関して、震災後本屋で次の本を見つけて買った。

高田純 「世界の放射線被曝地調査−自ら測定した渾身のレポート」(講談社ブルーバックス、2002年1月第1刷発行)

 著者は、放射線防護等が専門で、現在札幌医科大教授。世界の放射能被爆地(ビキニ等の原爆実験地跡、核爆発事故地跡、チェルノブイリ、JCO事故の東海村他)合計6か所を訪問し(1995年から2001年)、持参した測定器で、土地に残存する放射線量と協力を得られた住民の内部被曝線量を測定した結果をまとめた本だ。*2

 何れの場所も核事故当時は相当の放射性物質拡散し、人的被害も大きかった。しかし、事故後10年以上経っての調査結果を見ると、放射線量は思ったよりは少ないとの印象だ。多くのデータがあって専門家でない私には読みにくいが、例えばチェルノブイリの場合は次のとおり。事故後10年目の計測値で、爆心からの半径30キロメートル・ゾーンの内部で、高い所で10-20マイクロシーベルト/時程度、中心から離れると1マイクロシーベルト/時以下の所が結構多い(ちなみに、新聞に毎日出ている福島市は1.6程度)。チェルノブイリは、調査した中では線量が高い方で、他の所はもっと年数が経っていることもあるせいか、もっと線量が低い。住民の内部被曝量も、健康な人だけが応じてくれたのかも知れないが、割に低いとの評価だ。

 この本により、大規模な核被曝地だからといって、必ずしも高い放射能が広範かつ長期に残る訳では無いとの印象を持った。もちろん、調査した場所以外の被曝地もあるし、福島原発事故の今後がどうなるかは判らないから監視を続けることは絶対に必要である。しかし、被曝の影響が長期かつ高度に残る筈と思い込むことはないのではないか。

 福島原発の事故調査・検証委員会(畑村洋太郎委員長)が、昨6月9日に初会合を開いた。通常なら調査対象の事故とは、メルトダウン、爆発、放射性物質拡散であろう。私が検証してほしいと思うことは、それらの事故の発生原因の分析に加え、今回、従来では最悪の事態と思われていたメルトダウンまでしたのに、死者等の致命的被曝者が出ていないのは何故かと言うことだ。幸運だったのか、それとも対策がよかったのか、関係者の献身的な努力のお陰だったのか。幸運だったという評価にしても、本来は人的にも大被害が起きる筈だが、確率の小さな偶然が幸運にも積み重なったせいなのか、それとも人的な大被害は確率的に5分5分程度のことなのかなどを分析してほしいと思う。それを今後の事故対策(事前も含む)に活かしてもらいたい。

 またメルトダウンについて言えば、原発にとっては廃炉につながり得る大事故で事業者の損害は大きいことは確かだが、地域住民の人的被害の面では確率的にどのようなことが予測されるものなのかも教えてもらいたい。

以上

*1:実は、総理から再臨界の可能性を聞かれて、可能性はゼロではないとしか言っていないとなった。

*2:本自体としてはあまり面白いとは言えないが、世界の各地(旧ソ連が多い)に行ってひたすら計測しているのはすごい。ある意味で奇書。

2011/06/09 (木)

[][][]携帯電話電磁波の脳への影響

 TIMEの2011年6月13日号(アジア版)に、気になる記事があった。

「新しい調査報告により、携帯電話腫瘍に関する論争が再燃」*1

 私は、たまたま昨年11月に次の本を買っていて、この問題には関心があった。

○矢部武「携帯電磁波の人体影響」(集英社新書2010年11月)

 同書では、携帯電話電磁波の人体への影響の有無は何れとも証明されていないが、取りあえず注意したらということだった*2。それに従い、2人の息子に注意するようメールを打っていた(そのメールは最後に添付)。

 このTIMEの記事を最初見た時は、すわ新しい証拠が発見されたかと思ったが、以下に述べるように大した話ではなかった*3。TIMEの記事のポイントは次のとおり。

 TIME誌のコメント(執筆者 Bryan Walsh)は、割に冷やかだ。a)IARCが根拠にする疫学調査とは、がん患者と健常者の2グループに対し、携帯電話を使う頻度を聞いただけの程度である、b)電磁波からがんに至る生物学的機構の説明が示されていないと批判的だ。何よりも、携帯電話がこの20年間で富裕者層の持ち物から30億人にまで拡大したのに、脳腫瘍患者の率が顕著に増えた訳ではないとしている。

 何れにしろ、今後携帯悪者論者は活気づき論争が再燃するとの予測だ。この記事で感心したのは、最後に、「この論争には明解な解決は出てこないだろう、何故ならがんの機構は未だ秘密に包まれているからだ」と妙に達観していることだ。

2010/11/23付けの私から息子宛てのメール(1人には幼稚園児他がいて、もう1人は27歳独身)

 昨日、携帯電磁波の人体影響に関する本を読んで、ちょっと心配になったので、連絡します。

 同書の結論は、今の状態では、悪影響があることも無いことも証明されていないから、取りあえず注意した方がいいということです。日本では現在問題にされていないが、2年ほど前から欧州では問題になっているとのことで、欧州議会は、携帯の電磁波に注意しろとの勧告議決をしているそうです(ただ、各国の議会はまだ具体的に実施はしていない)。米国議会公聴会を開いたが、政府はまだ対応を取っていないらしい。

 想定されている障害は、脳腫瘍等脳への障害と精子への影響とされています。脳への障害は、送受器を押し当てる耳の側に脳腫瘍が発生することです。問題は電磁波への暴露時間の累計で、10年以上経たないと影響が出ないとも言われます。

私も読んだ限りではよく判りません。1日2-3時間以上だと心配ですが、普通の使用頻度では多分問題にならないと思います。ただ、子供と20代とは、注意した方がいいと思うので、以下、お願いしたい注意を言います。

1) 子供は、頭蓋骨などが薄いとか組織が弱いためか、脳への影響が特に心配されています。例えば、英国政府は、「16歳以下の子供の緊急事態以外の携帯電話使用を控え、8歳以下の子供の携帯電話使用を禁止するように」との勧告を出したとのことです。周りの友達との関係がありますが、できるだけ携帯電話を与えないでください。

2) ○○君(次男)は、ポケットに電話を長く入れないようにしてください。2.5cm以上がいいらしい。それから今後の人生が長いから、次の一般的注意にも配慮してください。

3) その他注意した方がいいことは、a)夜の充電は頭の傍でしない方がいい、b)理想的には(有線の)イヤフォーンを使った方がいい、c)長電話を避ける、d)右と左を時々変えたらいい、などです。イヤフォーンを使う場合でも、本体をポケットに入れておくと、精子への影響があります。

 ちなみに私の場合、通話は殆んどしない(もっぱらメールとウェブ)ので、脳腫瘍の点は大丈夫。ポケットには入れているが、歳を考えると影響は無いだろう。

(6月9日朝の追記)

 以上は、6日(月)に自宅に配達されたTIMEを読んで8日夜に書き上げ、翌朝にアップしようとしていたものだ。ところが、9日朝の出勤途上で買った週刊新潮(6月16日号)を読んでびっくりした。「WHO警告の携帯電波で発がんは本当か」と題する記事が掲載され、執筆者は、上述した書の著者の矢部武氏。「電話中は、(電子レンジのように)脳の中を料理中」などと、危険性(の可能性)を煽っている。同じIARCの発表を読んでも、TIMEとは取り上げ方が全く異なる。私はTIME派だ。

以上

*1:TIMEの記事のタイトルの多くは、書かれているページでのタイトル、目次のタイトル、表紙のタイトル、ウェブ上のタイトルが違っていて当惑させられる。なお、この日本語訳も意訳なので原題と異なる。

*2:もっと厳しい読み方をする人もいるかも知れない。

*3:もっと厳しい読み方をする人もいるかも知れない。