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踰矩ブログ(耳不順を改め) RSSフィード

 2016年の新年に当り、弊ブログのタイトルを変えることとした。論語の「70にして心の欲する所に従い矩を踰えず(のりをこえず)」をもじり、矩を踰える趣旨で「踰矩」ブログに変える。音読みで「ゆく」、訓読みで「のりこえ」と読んでほしい。今までの「耳不順ブログ」にもそれなりに愛着があり、また、継承関係を示す意味で、「踰矩ブログ(耳不順を改め)」とかっこを付けた。  趣旨の詳細は、2016年1月1日付けの記事で説明してあるが、要するに、長いサラリーマン生活を終え、60歳、70歳になって気ままに過したいということだ。
 本ブログは、2006年頃から非公開で書き溜めていたものを2010年に公開し、その後諸事に関する私の雑感を綴ってきた。タイトルの「耳不順」、「踰矩」に従い、偏った視点でと思ってきたが、そのことより、長い、くどい、話題が固いと評判が悪い。
 本ブログにコメントが寄せられても、有難いことだが、かねての方針通り、原則として耳を傾けない(順わず)こととします。マナー違反にご容赦のほどを。(2016年1月記)
 似顔絵の経緯は、2011年12月11日のブログを参照。 [累計アクセス数統計については、2017年8月7日以降、はてなダイアリーのカウンターサービスが廃止となった。]

2011/11/20 (日)

[]中国語学習

 今年の5月から縁があって中国語の勉強を始めた。毎週1回1時間のクラスに出ている。全くの初心者段階から始めたが、半年ほど経って少し慣れてきた。それで、昔の受験勉強に未だに毒されているせいか、会話文を覚えるだけでは不安で文法もチェックしたくなる。それで、7年前に買って、20ページも読まずに放り出した本を引っぱり出した。

相原茂「謎解き中国語文法」(講談社現代新書1997年第1刷、2004年第9刷)

 新しく次の本も買った。手軽で(144ページ)、なかなか面白い。

〇池田巧「中国語のしくみ」(白水社、2007年第1刷、2011年第5刷)

 これらを踏まえ、中国語について一般の読者にも興味を持って思えるかという話題を紹介する。一般の読者とは、高校時代までに、英語と日本語の文法、更に漢文も学んだことがあるという程度の読者である。

 以下、1)動詞と目的語との関係、2)日本語と同じ言い方(「は」と「が」)、3)形容詞の英中日の比較、4)漢文との比較、5)感想(中国語の学びやすさ)について紹介する。中国語全般の紹介ではなく、私の理解した範囲内の話を断片的に示す。

1) 動詞と目的語との関係

 中国語の特徴の1つは、欧米語と比較した場合は単語変化(活用)が無いこと、日本語と比較した場合はテニヲハ(助詞、助動詞)を使わないことであろう。実はテニヲハが全く無いわけではなく、介詞(前置詞)や補語(説明は略)などがあって、これらを使う場合も多い。しかし、文の基本は、介詞を使わず、動詞と目的語を直接並べる。目的語の定義と範囲については、中国国内でもかつていろいろ議論(主語賓語(目的語)論争)があったらしいが、現在は、動詞の後に来る単語を目的語とするとの「形式派」の主張が一般的になっているらしい。

 従って、中国語の目的語には、英語での動作の対象を示す目的語(日本語で言うと、助詞「を」が付くもの)の他、場所、時間、原因、目的、手段等を示す単語も前置詞無しで現われる。もちろん複雑な場合等には介詞(前置詞)が現われて意味が明瞭になるが、普通の場合、その関係を意味論的に推測しなければならない。

 幾つか例を挙げる。以下の例で、日本語の漢字の後に「*」が付いているのは、日本語の漢字に相当する中国語簡体字*1を示している。日本語に相当する漢字が無い場合は、発音の第1音をカタカナで記し、その後に「*」を付した。私と読者のパソコン上のフォントの制約を避けるためと、日本語の漢字の方が親しみやすいと思うからである。それから簡体字と日本語の漢字とが似ている場合は、「*」の頻発による見苦しさを避けるために、「*」を省略した(以上は私独自の工夫)。

北京  「去」は「行く」で、これで「北京に行く」の意。日本語では「に」、英語ではtoが使われ、単語の文法的役割が明らかになるが、中国語はそのまま単語を並べる。英語で場所を示す単語が前置詞無しで用いられるのは「leave (Tokyo)」などであまり多くないであろう。「去」の場合、動詞の意味も明確(ただし、日本語の「去る」ではないことに注意)なのでそんなものかと思うが、次の例はどうだろう(相原著p.136)。

養*病  これは「病を養う」ことでなく、「病気になって養生する」との意味だ。「病」は「養*」の原因を示している。

盛大碗  「どんぶりに盛る」ことで道具を示している。

存定期  「存」はいろいろ意味があるが、この場合ややマージナルな「預金する」との意味。この文は「定期預金で預ける」の意で、[定期」は方式を示している。

打手機*  これは会話のテキストに出ていたもの。「打」は本来の「打つ」も含めいろいろ意味があるがここでは電話を掛けること。「打電*話」とよく使われる。「手機*」とは携帯電話で、この「打手機*」は、普通に考えると自分の携帯電話を使うように思うが、相手の携帯電話にかけるとの意味で使われていた。自分の携帯なら自分の手で打つことができようが、相手の携帯を打つことはできない。意味が相当発展している例だ。

 動詞と目的語との関係を見て、想像力を働かせることが必要と、解説書にはある。相原著「謎解き…」には次の例が出ていた(p.161)。「写」は「書く」の意で、いろいろな目的語を取る。

写標*語 (スローガンを書く。「スローガン」は書かれた結果)

写人物 (人物を描写する。「人物」は書かれる対象)

写黒板 (黒板に書く。「黒板」は動作の行われる場所)

写草子 (草書体で書く。「草子(草書)」は方式)

 その他、動詞、目的語に限らず、単語が広い意味で使われていてびっくりする。次は、会話のテキストに出ていた所有格の「の」を示す「的」の用法の例。

ニ*的電*話 「ニ*」はニーハオのニーで2人称。直訳は「貴方の電話」だ。しかし、これは電話を取りいだ時に、「貴方への電話です」という意味で使われている。

 少し話が発展するが、受動態も面白い。普通は介詞「被」の後に動作主が来て受動態を示す(英語のbyに相当)。ところが、「被」など全く使わなくて受け身の意味の場合がある。会話のテキストから例を示す。

我的菜做好了マ*?  「我的菜」は「私の(頼んだ)料理」、「做」は作るの意で、「做好了」は説明は省略するが「作り終った」の意、「マ*」は日本語の漢字には無い簡体字の疑問の助詞と理解してほしい。この文の意味は「(レストランで)私の料理はできましたか?」で、英語だと完全に受動態になる内容だが、受動態を示す語は何も入っていない。その意味では、日本語の表現も受け身かどうか若干曖昧な所もあるので、同じ東洋の言葉との感じがする。

2) 日本語と同じ言い方(「は」と「が」)

 「彼は背が高い」というような、日本語と同じ言い回しができているのが嬉しい。というのは、高校の文法で、「は」は強調の係助詞、「が」は主語を示す格助詞と、英文法から見ると理解できない説明があって、日本語の構造ないし日本語文法への疑念を抱いていたからだ。

 お隣の朝鮮語は、日本語と同じように助詞を使う言語だが、そこで日本語の「は」と「が」に相当する助詞があって日本語とほぼ同じように使い分けられている。このことをかつて知って感激した。英語文法では説明しにくいこの概念を言い分けている言語が他にもあると知って安心したからだ。

 それで中国語文法だが、前述のとおり助詞は無いので、「は」と「が」の概念は別の方法で示される。中国語の文の構成は、主語、述語の順で、更に述語部は普通、動詞、目的語等と、英語と同じ順序で並ぶと初心者向けには説明してある。しかし、この「主語」が曲者で、実は主題とでも言うべきもので必ずしも英語の主語のように動作の主体に限られるものでない。また、述語部はいろいろな形があり、その中に狭義の主語述語が含まれる場合もある。

 例として、日本語で「彼は人がいい」を上げよう。

他人很好  「他」は彼、「很」は本来「非常に」の意だが、ここでは訳さない(説明は省略)。「好」は「いい」で、文は「彼は人がいい」の意味だ。「他」は主題を示し、「人很好」は述部で、その中で「人」が主語という構成。

 日、中、韓と東洋の言語に同じ概念があるのは、欧米コンプレックス気味の身として、本当に嬉しい。

3) 形容詞の英中日の比較

 相原著で余談として、形容詞について英中日を比較していたのが面白かった(p.116)。紹介する。

 英語の「fat/thin」に対応して、中国語では「胖/痩」という形容詞があるが、日本語には単一の形容詞としてはない。「太っている」、「痩せている」という風に動詞を使って言わざるを得ない。「old/young」も中国語は「老/少」が対応する。しかし日本語では「若い」はあるが、その反意語は形容詞としては無い(年取っている、老いている、と動詞を使う)。また、「貧しい」と対になる形容詞も日本語には無い。

 中国語では、「同じ」は「同」だが、「違う」に相当する言葉が無く「不同」と言わざるを得ない。このように各言語は所々抜けている所があると言うのが面白い。

4) 漢文との違い

 現代中国語は、高校時代に習った漢文のイメージと相当違うので、思い出す意味で、本屋に行って漢文参考書(高校用)を買ってきた。この参考書を見ると、反語表現、対句など懐かしい言葉が並んでいる。しかし、現代中国語では、「いずくんぞ(安)・・・ん」、「あに(豈)・・・ならんや」などは、文法書にも出ていない(念のため図書館でも文法書を見たが、「反語」という見出しは無かった)。

 要するに、漢文と現代中国語とは相当違う所があるということ。学生時代に漢文がよくできた人でも、直ぐに中国語が読み書きできるということではなさそうだ。

 漢文中国語との比較に触れてあるウェブページについては、例えば次が短くていい。 http://okwave.jp/qa/q2364671.html

 今回調べていて、学生時代に感じていたある疑問が解決できた。「朋(とも)有り、遠方より来る、また楽しからずや」(論語)という漢文を習ったが、原文の冒頭部分は「有朋」として、返り点が付いている。中国語文法は、英語のように主語、動詞、目的語の順に並ぶ筈なのに、これでは動詞→主語と逆ではないかとの疑問だ。

 これについては、現代中国文でも存在文と呼ばれる表現があり、動詞「有」等の場合、後に主語が来るということらしい。漢文の「有朋」は現代でも引き継がれているということだ。

 ところで、前述のわざわざ買った漢文参考書はひどい本だった。何冊か見比べて、別の本は、練習問題(しかも穴埋めで面倒そう)が多いので敬遠して、こちらを買ったのだが失敗だった。各課目の最初に1-2行程度の問題文が出ている。受験問題をそのまま例題として引いているようで、数語から10語程度に横線が付いていて、その部分の意味とか読下し文を書くのが課題だ。ひどいのは、その横線部の答や解説しか載っていない。問題文全体の解釈が出ていないのだ。

 意味が判らなくても受験問題を解けるというのがこの参考書のセールスポイントのようだ*2。 文章全体の意味を説明しないのでは、引用された孔子が泣くのではないか。

5) 中国語の学びやすさ

 私は、今までいろいろな外国語をかじってきたが、1つとしてものになったものは無いと断言できるし、今回の中国語もものにできるとは思えない。ただし、学んでいて確実に感じることは、日本人にとって学びやすい言語だということだ。漢字は違うし、意味も相当違う。発音も極めて難しい。しかし、発音の難しさはいかんともし難いが、漢字、意味の何れも我々にとって馴染みの無いものではない。文法も漢文の知識と英文法を考えれば初めてではない。近年は、駅でも、デパート等でも中国語の表示に触れることが多い。街の環境も中国語学習に味方してくれている*3

 文の意味も本当は難しいが、推測が必要ということは頭の体操になる。この齢になって始めるのには最適の言語だろうと、改めて感じている次第だ。

 学習用の道具も便利なものが出ている。テキストや学習本にはCDが付いているので、これをICレコーダーに入れておけば、通勤等の途上で手軽に学習できる。電子辞書も便利だ。発音が判ればピンインのアルファベットで引けるが、漢字しか判らない場合は、手書き入力が極めて便利。私の金釘流の手書きでも大体一発で出てくる。発音もしゃべってくれる。

 私の買った中国語学習向けの電子辞書中国語関係の辞書が13も付いている。中日辞書以外はほとんど使わず、宝の持ち腐れだが、「中国なぞなぞ」という興味深いのもある。将来上達してこのなぞなぞ辞典も楽しめるようになりたいというのが私の夢だ。ちなみに、中国語の「夢*」は、日本語のようなプラスの意味はなく、「絶対実現できない、妄想」というネガティブなニュアンスであるらしい。中国人にこの私の夢を話せば、そうだ、そうだ、無理だよ、と納得してくれるだろう。

以上

*1:「相当する」とは、簡体字の元字と日本語の漢字の元字が同じものの場合であって、必ずしも現在の意味が同じと言うことではない。

*2:例えば、反語の訳は「反語未んや」で覚える。すなわち「動詞未然形」プラス「んや」で訳せ、など。

*3NHK教育テレビ中国語講座は、毎週月曜の夜11時から25分間だが、女優の藤原紀香がゲストで毎週出ているのも楽しい。

2011/11/13 (日)

[]3号被保険者

 被用者年金の加入者の配偶者のうちいわゆる専業主婦は、国民年金の「3号被保険者」として扱われ、保険料を自分で払わなくても国民年金の加入期間に算入される。私の妻は永年専業主婦で3号被保険者の筈であったが、今回年金事務所から、約11年間そうではない期間があるとの連絡があり、トラブルになった。これから65歳になる人の配偶者に同種のトラブルが発生する恐れもあるので、参考のためにその事情を説明する。以下、1)3号被保険者に係る基礎知識、2)年金事務所からの連絡内容、3)届出の訂正手続き、4)感想の順で説明する。

1) 3号被保険者に係る基礎知識

a) 被用者年金(主に、厚生年金共済年金)の加入者に扶養されている配偶者は、国民年金の3号被保険者として、その期間が国民年金の加入期間に参入される。国民年金の額(基礎年金)は、40年間(20歳から60歳まで)加入した場合に満額となり、加入期間(3号以外の期間も含めて)がそれに満たない場合は加入期間に比例した金額が年金額となる。

b) 65歳になった人(夫も妻も)は基礎年金を受け取る資格ができるが、被用者として報酬を得ている場合は、引き続き被用者保険に加入し保険料を支払わなければならない(その間受け取る年金額は減額される−在職者老齢年金)。

c) 65歳以上の被用者保険の加入者の配偶者(専業主婦)は、それまでのように3号被保険者になることはできない。それで国民保険の保険料を支払う場合(20歳から60歳までは支払うことが義務*1 )は、国民年金の1号被保険者になって別に保険料(現在、月15,020円)を支払うことが必要*2

d) なお、この3号被保険者制度は、1986年(昭和61年)の年金制度の大改正(これ以前は旧制度、これ以降は新制度と言われる)の際に導入されたもの。それまでは、被用者の扶養者には独立の年金は無く、希望すれば国民年金の任意加入者となり個別に保険料を納付することができた。

2) 年金事務所からの連絡とその理由

 私は、本年の7月に65歳になり、妻は60歳未満だったので、その1号被保険者になる手続き(前項のc)をしている中で、1996年8月から2007年6月までの11年間、3号被保険者の届けがされていなかったとの連絡を受けた。

 ここで、私と妻の年金履歴を述べると、私は社会に出てから1996年7月までは公務員共済年金、1996年8月以降現在まで厚生年金だが2007年7月に勤務先がAからBに変わった。妻は、3号被保険者制度が始まった1986年4月から共済年金の3号被保険者*3 *4、1996年8月以降現在まで厚生年金の3号被保険者*5との理解であった(後述の年表を参照)。

 そう理解していた根拠は2つあって、第1は、近年届けられている妻の年金定期便には、1986年以前は国民年金の任意加入、1986年から現在までは3号被保険者と明記されていること。第2は、2006年頃、新宿年金センターに、夫婦の年金支給見込額を2人で聞きに行ったとき、コンピュータの中の記録に基づき、その期間は3号被保険者として計算されていたことだ。

 誠に不可解なことだったが、いろいろ調べて判ったことは、1986年に3号被保険者制度が導入された時は、夫の勤務先が変った時の3号被保険者の届け出は、本人(専業主婦)が自分で市町村(東京都の場合区役所)にしなければいけないとされていた。それが2002年からは、夫の勤務先からその手続きができるように改定された。2007年7月以降3号保険者として登録されているのは、私の新しい勤務先が本人に替って届け出をしてくれたからだ。

 それでは、年金定期便に今まで書かれていた1996年から2007年の3号被保険者としての記載は何だったのかと年金事務所に聞くと、1996年に本人から届け出がされなかったため、それ以前の共済年金の3号被保険者が継続していると間違って記録されていたためだと言う。今回1号被保険者への変更の手続きの中で、夫の年金履歴と照合した結果、届出がないことが判ったので、訂正しなければいけないとのことだ。

 若干ややこしいので、年表を作った。後で説明する内容も盛り込んである。

年金制度
1986/4以前 公務員共済国民年金に任意加入
1986/43号被保険者制度の導入 3号被保険者(共済年金)
1996/8 厚生年金(A法人)3号被保険者(厚生年金)
2002/43号被保険者の届出が事業所から可能に  
2005/43号被保険者届出の2年時効が実質的に廃止  
2007/7 厚生年金(B法人)3号被保険者(厚生年金)
2011/7 65歳1号被保険者へ(手続き中)

3) 届出の訂正の手続き

 それで、訂正の手続きは、申請書(国民年金第3号被保険者該当申立書他)に加え、添付書類として申立て期間(1996年から2007年)の各年の課税・非課税証明書(区役所が発行)が必要とある。これは、その間妻に収入が無く夫の被扶養者だったことを証明するためだとのこと(従って必要なのは非課税証明書)。しかし、妻が区役所で聞くと、2007年から2004年までぐらいしか発行できず、それ以前の古いのは記録が無いと言われた。それで私の旧勤務先Aに、妻が被扶養者であったことを証明できるものはないかと聞いたら、所得税源泉徴収票健康保険の被扶養者の届出などの写しを探し出して用意してくれた。ただ、1997年など古い年1-2年分は無いとのこと。

 これで何とかならないかと、日本年金機構世田谷年金事務所(以前の社会保険事務所)に電話した。すると、先に添付書類が必要と連絡してきた当の担当者は、先方にある健康保険の被扶養者の記録で確認できたから、課税・非課税証明書等は不要で、申請書だけ出してくれればいいと言う。拍子抜けしたが、それならそうともっと先に言ってほしかった。妻は既に区役所から課税・非課税証明書の交付を受け、1000円以上の手数料を払っていたので、実害が生じていた。

4) 感想

 結果として比較的簡便な手続きで済んだ*6からよかったようなものだが、感想はいろいろある。

a) 1986年の3号被保険者制度導入以来2002年までの間、夫の勤務先が変わった場合、本人(妻)が市町村に3号被保険者の届出をしなければならなかったということを私は知らなかったが、それは私だけだったのだろうか。(ちなみに、こういうことに詳しそうな先輩に雑談ついでに聞いてみたが、奥さんが自分で手続きされたとの確信は持てなかった) 。また、この手続きを教えてくれなかった当時の勤務先にも問題があろう。 

 なお、年金事務所の担当官の妻への対応も悪く、1996年時点に自分で手続をすることを知っているべきだったなどと電話で罵倒されたようで、妻もショックを受け憤慨していた。

b) 次に、問題の期間を3号被保険者と堂々と記載してきた年金定期便は何をチェックしていたのだろう。それから、事前相談を行った年金センターの権威も疑われる。

c) 2005年に改定があったがそれまでは、3号被保険者の届出の訂正が可能なのは2年前までの期間であった。この時効2年制度は非常に厳しかったようで、当時も届け出をしなかった人が多くて、1995年4月から97年3月までの2年間が特例の届出期間として設定され、時効2年を越えて処理されたことがあった。2005年の改訂により、この届出の時効は実質的に無くなったらしい。

 これが改定されていたお陰で、今回15年前まで修正できた。もし時効2年と言われていたら、私の妻の場合11年間が無効になり、加入期間が35年程度(1986年以前の任意加入の期間も含む)だから、年金額が35分の11も減ることになっていた。その意味で、何が契機だったか知らないが、2005年の改定は有難かったことになる。

 多分、2004年4月に、小泉総理国会で、社会保険庁年金行政の信頼回復のため、社会保険庁の事業の運営と組織のあり方を見直すと述べ、同年10月に初の民間出身の社会保険庁長官が就任した(村瀬清司氏)ことなどの改革の一環であろう。その後、例えば年金記録問題(消えた年金記録)は、2007年で、舛添要一大臣が大活躍したが、これは関係無さそうだ。

d) 国民年金の登録等は市町村の業務、厚生年金社会保険庁(2010年1月からは日本年金機構)の業務と分れている*7ことも混乱の原因であろう。例えば、次のURLは、国民年金の窓口が市町村で、厚生年金の窓口が社会保険事務所であることによる落し穴で生じた悲劇を述べている。2号から3号に移る手続きを市町村で行おうとしても、市町村の記録では、3号のままだから手続きが不要と言われたとの話だ。http://allabout.co.jp/gm/gc/13365/3/

e) 読者へのアドバイスとしては、1986年から2002年の間に勤務先が変った時に、専業主婦の人が自分で手続きをしていた記憶が無い場合、同種の連絡が来る可能性がある。また、妻が65歳になって国民年金の支給が始まった時に、減額されている可能性もある。その場合、届出での訂正のためと称して、課税・非課税証明書の添付が求められても、今回の私の妻の例を引いて、健康保険の被扶養者の記録がそちらで判るはずだと粘り強く交渉すればいいと思う。区役所からの課税・非課税証明書の交付の手数料(1枚につき300円程度)も年数が多くなれば馬鹿にならない。

以上

*1:60歳以降は任意で払うことが可能。これは、加入期間が40年間に満たない人の場合、更に保険料を支払うことで受け取れる年金額を増やすことを可能にするため。

*2:ちなみに、被用者保険(厚生年金共済年金等)の加入者は、国民年金の「2号被保険者」と呼ばれる。

*3:正確に言うと、「共済年金の加入者に扶養されている、国民年金の3号被保険者」

*4:ちなみに、1986年以前は国民年金に任意加入していた。

*5:正確に言うと、「厚生年金の加入者に扶養されている、国民年金の3号被保険者」

*6:正確に言うと、書類を送った段階なので、未だ手続き中。

*7:いろいろ複雑で、例えば2002年に国民年金業務のうち保険料徴収が市町村から社会保険庁に移管されている。

2011/11/05 (土)

[]家電量販店

 原則的に書かないとしてきた身辺雑記的な話だが、11月3日の文化の日に、我が家から徒歩2-3分の所に、家電量販店(コジマ)がオープンした。たまたま連日通っている。4日は、早めにオフィスから帰り、夕食を食べてから行った。夜9時まで開いている。秋だから夕涼みとは言わないが、夕食を食べてから下駄履き感覚で家電量販店に行けるのは楽しい。夜は空いていて、ゆっくり見回ることができる。テレビ番組の詰らない夜は家電店だ。いい環境になったものだ。

 この新店舗は、その8日前にオープンしたスーパー(1階、売場面積 2,450平米)の2階にあって、売場面積2,838平米だ。この2階建ての新築ビルはミニショッピングセンターで、ファミレスなどもある。残念ながら、映画館や書店は無い。それでも、駐車場は230台、駐輪場は305台だから、私としては感激ものの大きさだ。スーパーも広くて嬉しい。

 オープンの3日朝7時半頃、犬の散歩のついでに行ってびっくりした。400人ぐらいが既に行列を作っている。ガードマンに聞くと、8時から始まる、チラシ広告の目玉商品(数量限定)の整理券の配布を待つ行列だそうだ(開店は9時)。目玉商品はテレビなど13商品、それぞれ30台程度限定だ。

 開店した9時過ぎに、別の開店特価品を買おうとまた行ったら、びっくりしたことに開店から10分過ぎているのに、店の周りを行列が取り巻いていてなかなか動かない。ガードマンは1300人ぐらいの行列だという。

 昼ごろ行ったら、さすがに入場の行列は無くなっていたが中は混雑している。2,800屬箸いΔ里蓮∋笋隆恭个任倭蠹広い。しかし、ワンフロアしかないので、品揃えが偏っているとの印象だ。テレビ、携帯電話白物家電が多いが、例えばソフトは殆ど無いようだし、それに携帯ストラップのようなマージナルなものも無い。女子家電コーナーなど立派な体裁だが、私は余り関心が無い。それから店内のレイアウトや陳列がゆったりしている。これは良し悪しで、例えば新宿西口ヨドバシカメラとか、ジャンルは違うがドンキホーテのような雑然としたレイアウトの店に入る時のようなわくわく感に乏しい。

 家人からは、あまり頻繁に行くと、店員に顔を覚えられ、暇なおじさんが何も買わないのにまた来てる、と言われるよと忠告された。それもそうだ、1週間に1-2度ぐらいにしようか。