Hatena::ブログ(Diary)

踰矩ブログ(耳不順を改め) RSSフィード

 2016年の新年に当り、弊ブログのタイトルを変えることとした。論語の「70にして心の欲する所に従い矩を踰えず(のりをこえず)」をもじり、矩を踰える趣旨で「踰矩」ブログに変える。音読みで「ゆく」、訓読みで「のりこえ」と読んでほしい。今までの「耳不順ブログ」にもそれなりに愛着があり、また、継承関係を示す意味で、「踰矩ブログ(耳不順を改め)」とかっこを付けた。  趣旨の詳細は、2016年1月1日付けの記事で説明してあるが、要するに、長いサラリーマン生活を終え、60歳、70歳になって気ままに過したいということだ。
 本ブログは、2006年頃から非公開で書き溜めていたものを2010年に公開し、その後諸事に関する私の雑感を綴ってきた。タイトルの「耳不順」、「踰矩」に従い、偏った視点でと思ってきたが、そのことより、長い、くどい、話題が固いと評判が悪い。
 本ブログにコメントが寄せられても、有難いことだが、かねての方針通り、原則として耳を傾けない(順わず)こととします。マナー違反にご容赦のほどを。(2016年1月記)
 似顔絵の経緯は、2011年12月11日のブログを参照。 [累計アクセス数統計については、2017年8月7日以降、はてなダイアリーのカウンターサービスが廃止となった。]

2012/07/30 (月)

[]政府事故調報告書

 先週7月23日に政府事故調の最終報告書が発表された。これで、民間事故調国会事故調、東京電力の各事故調査報告書と合せて、4種の報告書が出揃った。4つの報告書の比較が7月29日の日経新聞に2ページに渡って掲載されていた。

http://www.nikkei.com/paper/article/?ng=DGKDZO44276830Y2A720C1M10400 (ただし、日経電子版会員以外が読めるかは不明)

 それぞれ微妙に異なっており、例えば、事故の原因が津波だけか、それとも地震の影響もあるかについて、国会事故調は地震説の可能性を指摘した。しかし政府事故調は徹底的に議論した末として、地震説を否定した。「真なるもの甚だ多し」*1とまた皮肉を言いたくなる。今後もこの日経記事のような訓詁学ないし注釈書(比較研究)が増えるし、必要だと思う。訓詁注釈のための研究材料は豊富だ。大部な報告書に加え、委員会会合の詳細な議事録、記者会見の記録、更にこれらの膨大な映像記録がウェブ上にある。

 私は、東京電力の報告書は読んでいないが、その他の3つの報告書はタブレットダウンロードして、ごく部分的に読み散らしている。このブログでも一部紹介した(「福島原発民間事故調id:oginos:20120326、「国会事故調報告書」id:oginos:20120709 )。訓故注釈とはとても言えないが、本稿では断片的なコメントを述べる。1)政府事故調への失望を1つ、2)国会事故調の役割についての疑念、3)その他のコメント。

1) 政府事故調は何が目的であったか

 政府事故調の設置目的は、同委員会ウェブ・ページでは次のように書かれている。

(政府事故調の目的) http://icanps.go.jp/

 東電福島原発事故調査・検証委員会は、東京電力福島第一・第二原子力発電所における事故の原因及び当該事故による被害の原因を究明するための調査・検証を行い、当該事故による被害の拡大防止及び同種事故の再発防止等に関する政策提言を行うことを目的として発足しました。

 これは、昨2011年5月24日の閣議決定東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会の開催について」に基づいている。私ががっかりしたのは、「同種事故の再発防止等に関する政策提言」が不十分だからだ。すなわち、福島事故の原因究明、被害拡大防止もさることながら、最近の政府の最大の懸案は、他の原発の稼働の可否の判断であった筈だ。例えば、7月に入って再稼働した福井県大飯原発の再稼働の是非である。

 まだ福島原子炉の中が開けないから事故の具体的状況が判らないとか、再現実験をやりたかったができなかったとか、事故調査が不十分であったことの弁解がされている。しかし、現時点で具体的な原発の再稼働の是非を判断しなければならない政府のことを考えれば、判断基準の提供等何らかの支援をすることが政府事故調の役割ではなかったのかと思う。事故調査が不十分だからという前提を付けての暫定的な基準でもよかったし、ノーという結論でもよかった。

 多分、途中段階で政府側から調査委員会にそのような要請があったのではないかと思う。しかし、委員会の方で、荷が重い、当初の約束には無い、閣議決定には明記されてないから必須ではない、とか言って断ったのだろうと想像する。

 このような実社会のニーズに応えられないから、日本のアカデミーは信頼されないのだと言うのは容易だが、実は学者の方も大変だと同情する。具体的な再稼働の基準については、委員会の中でもまとまるかどうか判らない*2。仮に、委員会の中でまとまったとしても、世の中に出せばどんな基準でも、特に再稼働を容認するような基準だったら世論の反発を買う。また世の多くの学者からは、神学論争的な批判が出てくる。ということで火中の栗は拾わないことにしたのだろう。

2) 国会事故調の役割

 上述の政府事故調の目的に対して、国会事故調の目的は、次の法律に書かれている。

東京電力福島原子力発電所事故調査委員会 第1条

 平成二十三年三月十一日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故の直接又は間接の原因及び当該事故に伴い発生した被害の直接又は間接の原因並びに関係行政機関その他関係者が当該事故に対し講じた措置及び当該被害の軽減のために講じた措置の内容、当該措置が講じられるまでの経緯並びに当該措置の効果を究明し、又は検証するための調査並びにこれまでの原子力に関する政策の決定又は了解及びその経緯その他の事項についての調査を適確に行うとともに、これらの調査の結果に基づき、原子力に関する基本的な政策及び当該政策に関する事項を所掌する行政組織の在り方の見直しを含む原子力発電所の事故の防止及び原子力発電所の事故に伴い発生する被害の軽減のため講ずべき施策又は措置について提言を行い、もって国会による原子力に関する立法及び行政の監視に関する機能の充実強化に資するため、国会に、東京電力福島原子力発電所事故調査委員会を置く。

 長いが、最後に近い所にある「もって国会による原子力に関する立法及び行政の監視に関する機能の充実強化に資する」ことが、基本的な目的であろう。この「国会の機能の充実強化」が意味のあることかというのが私の疑問だ。

 この目的のため、提言(7つある)の中に、今後の原子力法規制に対し国会の関与を高めるとの内容が、次のように3項目盛り込まれている。

a) 規制当局を監視する目的で、国会原子力に係る問題に関する常設の委員会等を設置し、専門家からなる諮問委員会を付置する。(提言1)

b) 電気事業者の監督に関し、政府での監督に加え、立ち入り調査権を伴う監査体制を国会主導で構築する。(提言4のうち)

c) 国会に、原子力事業者及び行政機関から独立した、民間中心の専門家からなる第三者機関として(原子力臨時調査委員会〈仮称〉)を設置する。(提言7)

 私の疑念は、現在の日本の国会の現状を見る限り、このような屋上屋の管理体制を設けても機能するだろうかということだ。

 私の理解では、従来の日本の国会委員会での調査活動の特徴は次の2つだ。a)個々の委員(国会議員)が他の人(政府側の大臣、役人の他、証人、参考人として招く民間人)に質問し、回答を引き出すだけで、委員同士で議論しない。b)調査内容を評価分析した報告書を作成しないし、委員会としての結論が無い(質疑の議事録が残るだけ)。

 例えば、厚生年金基金資産消失事件に絡んで、本2012年3月から4月にかけて、AIJ投資顧問浅川和彦社長らが衆議院財務金融委員会等で参考人招致、次いで証人喚問された。この時もその委員会議員からの質疑が行われただけだ。国会として告発するなどの結論はされなかったと記憶している。これとは独立に(のように見える)、6月になって警視庁が詐欺容疑で逮捕した。

 事故調の提言に基づいて、このような国会に設置される委員会は何をするのであろうか。2案あって、第1は、国会議員が主導権をもって進めて評価分析する(米国での多くの例)、第2は第三者に運営を任せるということだろう。第1案は、そういう委員会が日本には無かったということから機能しないのではないか。従来どおり政府や外部の参考人に質疑をするだけで終るのではないだろうか。第2案については、第3者がまとめた報告、提言を国会が受けた後何の対応をするのだろうか。今回の国会事故調の報告書も黒川委員長から両院議長に提出するとのセレモニーは行われたが、それを受けて国会が何かしようとの動きは、1か月近く経ったが見えてこない。

 これに対し、米国議会による特別調査は日本とは異なる。第三者に委員長を委嘱するにせよ、議員が新委員会委員長になるにせよ、既存の委員会で調査するにせよ(こちらの方も多いとの感じがする)、自ら分析評価と結論を含む報告書をまとめているようだ。

 提言に盛られた各委員会等は実際に何をやるのだろうか。政府又は企業から報告を求めるだけで、直ぐにそのような報告は形式に流れ、屋上屋の繁文縟礼の世界に入るのではなかろうか。

3) その他コメント

 以下、散発的なコメントを3つ。

a) 官邸の活動の評価

 どの報告書も、官邸原子力安全・保安院原子力安全委員会東京電力の悪口ばかりだ。特に官邸については、3月12日朝の菅首相福島原発視察、3月15日朝の菅首相東電本社での叱責(全面撤退あり得ず)などの評判が悪い。私の疑問は、保安院、安全委員会東京電力が、批判されているような最低な組織であったとすると、官邸が何もせず、これらの機関に任せていればうまく行ったのだろうかということだ。

 仮定の話だから想像でしかないが、保安院、安全委員会は、各報告書が指摘しているように実質的能力が無いから、原発を抱える東電のベースに引きずられるだろう。ここで東電が考慮すべきことは、(順不同で)作業員被曝放射能の放出、住民の被曝原子炉メルトダウン、施設の爆発、官庁への報告、等色々ある。その中で多分、作業員被曝への恐れが、東電幹部の中では相当の地位を占めていたのではないかと思う(幹部によって軽重の差はあろうが)。1999年の東海村JCO臨界事故における犠牲者は現場の作業員だった。

 3月14日から15日早朝にかけて東電が検討した全員撤退ないし一部退避は、原子炉対策としては相当の戦力ダウンであるはずだ。これを清水社長から電話で打診された、海江田経済産業大臣枝野官房長官も、人命に関係することであるとして判断できず菅総理に上げたとされている*3

 国会事故調の報告では、東電が検討していたのは、官邸が誤解したような全面撤退ではなく、最小限の要員(この意味がずっと不明)を残した一部退避であったとする。しかし、要員の減少が事故対応能力の劣化を意味するのは間違いない。菅総理ないし官邸が主導していなかったら、最小限の要員を残した一部退避ないし全面撤退となり、結果として原発が制御不能となっていた可能性があったのではなかろうか。作業員被曝よりも原子炉対策が優先との菅総理の信念(盲信?)が、結果オーライとなったと私は感じている。

b) 菅総理の現地視察

 私は菅総理の言動を全て支持している訳でないが、政府事故調の報告書の中で違和感があることを1つコメントする。

 3月12日朝の菅総理福島原発視察について、報告書は「代理派遣など問題の少ない方法を取るべきだった」と批判している。総理が行くか行かないかは議論が分かれるが、あの時点での代理派遣は最悪の選択だと私は思う。すなわち代理に派遣された者は、総理のいろいろな疑問への答を用意して帰らなければいけないという任務がある。従って現場の所長にいろいろな質問をして自分でも理解しなければならず、それこそ現場の作業の大変な邪魔になったはずだ。

 行くなら、実際に行われたように、総理本人が行き、本人が気に懸っていることだけ質問し、現場の空気に触れ、最小限の時間で帰京するとの方法しかなかったと思う。それから副次的効果もあった。総理が現場に行ったということで、総指揮官としての総理自身の認識振りが、国民一般と現場作業員に伝わった。更に現地の放射能がその時点では安全であることが示されたということで、私は悪くない行動だったと思う。

c) 外国への発信

 国会事故調の活動のキーワードは、黒川委員長の「はじめに」によれば、国民、未来、世界であり、その3番目の「世界の中の日本という視点(日本の世界への責任)」から、世界への発信を積極的に行ったとされる。すなわち、委員会のヒヤリング等は公開され、英語の同時通訳も付けられた。記者会見も同時通訳付きだ。これらの映像はウェブ上に全て保存されている。これは大変なことだが、気に懸るのは、ヒヤリングされた関係者(菅総理以下)の発言に、日本人的なあいまいな論理、判り難さがあった場合(十分あったと推測)、同時通訳ではどのように訳されたのだろうかということだ。

 また報告書の要約版(相当長い)が英語化されており、本編も英訳準備中だ(http://naiic.go.jp/en/)。この英語版で、原発事故の原因が日本文化のせいであると書かれており、それが海外から批判されているそうだ*4。確かに、犯罪者の罪を責めずに、犯罪の原因を、育った家庭環境や社会の貧困に求めているような気配を私も感じていたので同感だ。

 また、英語版が日本語版と違っていること自体が、日本の島国根性ではないかと指摘している人もいる*5。この記事は痛快で面白かった。国会事故調の「世界」的視点も、外国から見れば判り難い日本人の論理なのだろうと思う。

*12011年4月の弊ブログ「真なるものは甚だ少なく」id:oginos:20110410 参照

*2:冒頭の事故原因の地震説の否定については、政府事故調の中でよくまとまったと思う。国会事故調との共同審議でもあったらどうなっていただろう。

*3: (政府事故調報告書p.203)清水社長の前記申し入れを拒否することは福島第一原発作業員を死の危険にさらすことを求めるという重い問題であり、最終判断者の菅総理の判断を仰ぐ必要があると考え、・・・・・・ 菅総理は、・・・即座に撤退は認められない旨述べた。

*4朝日新聞2012年7月12日、「原発事故、文化のせい? 国会報告書に海外から批判」http://www.asahi.com/national/update/0711/TKY201207110806.html

*5gooニュース、2012/7/12「英語版と日本語版の内容が違う、それこそ”島国根性”では」http://news.goo.ne.jp/article/newsengw/world/newsengw-20120711-01.html

2012/07/23 (月)

[][]TIME誌表紙になでしこの澤選手

f:id:oginos:20120724000458j:image:w360:right 7月21日(土)に配達された米国TIME誌(2012年7月30日/8月6日号)の表紙は、日本の女子サッカーなでしこジャパン澤穂希(さわほまれ)選手の雄姿*1なので驚いた。中のカバーストーリーは、ロンドンオリンピックの開会を27日に控えてのオリンピック特集だ。その1つに澤選手の記事もある。

 TIME誌で日本が取り上げられることはここ1-2年極めて少なく、ジャパン・パッシングの1つかと嘆いていたので、表紙にまでなったのには本当にびっくり。以下は、これを頭にしてのとりとめのない話。

 1)澤選手はTIME誌の他の版でも表紙になっているか。2)他の版でも澤選手の記事は掲載されているか。3)澤選手のチーム名「なでしこ」の意味が英語のpinkであることが説明されていないが何故だろうか。4)なでしこチームが今回のオリンピックに参加するために乗った飛行機がエコノミー・クラスだった。5)全く別の話だが、TIME誌の記事がウェブで読めなくなった。

1) TIME誌の他の版の表紙

 TIME誌は世界で地域別に4版あって、同じ記事が多いが、違う記事もあり、記事の扱いが微妙に違う場合もある。米国版、欧州中東アフリカ版、アジア版、南太平洋版だ。これはTIMEのウェブ版TIME.comのmagazineタグをクリックすると一覧が出てくる。

http://www.time.com/time/magazine

 私の購読しているのはアジア版で毎週シンガポールから送られてくる。このウェブ・ページを見れば判るように、表紙が澤選手なのはアジア版だけだ。他の版の表紙は何れもオリンピック選手だがそれぞれ異なっている。ただ米国版は、何故か複数枚が出てくる。

2) 他の版での澤選手の記事

 澤選手の記事は、「Swift Kick」と題して、日本では全くマイナースポーツだった女子サッカーを率いて、昨2011年ワールドカップで優勝にまで導いた功績が語られている。特に、昨7月17日の米国との決勝戦で、延長戦の終了間際に澤がゴールして同点に追いつきPK合戦で勝ったことを印象的に記している。

 それで、他の3つの版ではどうかというと、上記のTIME.comのmagazineタグで、各版の表紙をクリックするとその版の目次が出てくる。幸いどの版にもこの記事は掲載されている。

 「注目のライバル対決」という別の記事に、全部で7組のライバルが出ているが、女子サッカーの日本対米国もリストアップされている。この記事も他の各版に掲載されている。

 ということで、澤選手のことは実にグローバルな話題だ。ただ、米国人にとって昨年のワールドカップ決勝戦での敗北がよほど口惜しかったための、米国誌だからの扱いかも知れない。

3) なでしこの英語名

 昨年12月の弊ブログなでしこ」(id:oginos:20111225) で、「なでしこ」を英語ではpinkということを紹介した。pinkの原義は色ではなく、花のナデシコということだった。それで、このTIME誌の記事を読んでいて、日本のチーム名がNadeshikoと書かれているが、その意味がpinkであることに一言も触れていないことに違和感を覚えた。執筆者はKrista Mahr氏だが、Lucy Birmingham and Chie Kobayashi / Kobeの報告に基づいて書かれたとあり、何人も関与しているから、知らないわけではない。Nadeshikoの説明はあえて記事から外したのだろうと思う。

 私は、このような外国語固有名詞には、原則として原語の意味を付けておくべきだと思っている。それを外した理由は、pinkの語感があまりよくないからかも知れないし、逆にナデシコの可憐なイメージが澤チームのイメージと合わないからかも知れない。前者の根拠としては、昨年の用例で、「Nadeshiko or "beautiful flower"」として、あえてpinkに触れていないものがあるからだ。

http://www.time.com/time/world/article/0,8599,2083703,00.html

4) なでしこチームの欧州への飛行機の席

 TIME誌の記事では、日本のサッカー界の男子優先主義に対する澤選手の長年の苦労も紹介されている。女子サッカー試合での手当が少ないため、今でも別の仕事を抱えている選手が多いこと、色んな待遇面では依然として男子との差があることなどだ。

 これに関連して、TIME誌の記事ではないが、今回のヨーロッパへの飛行機に関しての男女格差が話題になっている。ロンドンに行く前に、日本のサッカー代表は、フランスとの練習試合などをするため、7月17日にフランスに向け出発したが、その飛行機の席がなでしこジャパンはエコノミーだった。これに対し、男子のサッカーチームはたまたま同じ便で、ビジネスクラスだったということが問題になっている。

http://www.afpbb.com/article/london2012/london2012-soccer/2889918/9260670

 これによると、日本オリンピック委員会による選手派遣旅費の基準はエコノミー席だが、男子サッカー代表は、プロでもあり、日本サッカー協会の援助があってビジネスクラスにグレードアップされた。女子代表はメダルへの期待があって、基準のエコノミーではなく、「プレミアム」エコノミー席へのグレードアップという配慮(日本オリンピック委員会からか)は一応されたが、男子との格差は依然としてあるということだ。男子サッカーはいわゆるU-23で、3人のオーバーエイジ組を除き基本的に23歳以下で、澤などより年下ということも、この話のおかしさを増している。

 この話は、国内では2チャンネルやブログでの格好の話題になっているが、英国のデイリー・メール紙やガーディアン紙なども採り上げているらしい。

http://spokonmatome.blog.fc2.com/blog-entry-2246.html

5) TIME誌オンライン等のクローズド化、有料化

 今回、2-3か月振りぐらいにTIME.com のウェブ・ページにアクセスした。そのページの中で前述したようにMAGAZINEタグをクリックすればTIME誌の各版の記事が読めるはずだったが、今では出てくるのは表紙と目次だけで、記事はTIME誌の購読者でないと読めなくなっている(雑誌以外のTIME.comの膨大な記事は読める)。

 私のTIME誌購読歴の始まりは2-30年前で古いが、あまり読まないのでその後は中断が多い。現在の購読は、2年ほど前に、あるキャンペーンで何年間かの契約で1冊(各週)当り200円というのに飛びついたものだ(書店で買うと1冊840円)。

 購読していても、TIME.comのウェブで雑誌の記事が読めるのは便利だ。理由は、a)記事の検索が容易、b)ブログで引用する時にウェブURLを示せばいいので、長文を引用する手間がなくていいし、読者にも好都合、ということだ。今回は、従って、記事のURLを表示できなかった。

 最近、パブリック理念に反し(弊ブログパブリックプライバシーid:oginos:20120422 参照)、報道関係でクローズド化するものが多くなっている。例えば、2008年から2012年2月まで続いた「あらたにす」(朝日、読売日経の新聞記事の読み比べサイト)は本当に便利だった。

http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20111110_489930.html

 もっとも、当初の「あらたにす」は各紙の記事の相当部分が全文読めたが、終期に近づくと、それぞれの新聞のウェブ会員でないと開けなくなり便利度が相当落ちてきた。今では、この3紙のそれぞれのウェブ・サイトを開いても、会員登録(有料)しないと全文は読めない記事が大半だ。これに対し、毎日新聞産経新聞ウェブページは無料で読める(毎日.jp、MSN産経ニュース)。これに関連して、最近よくアクセスしているのは、Androidタブレットで使っている「社説リーダー」だ。全国紙を含む30紙余りの新聞の社説とコラムが無料で読める(iPhoneでも可能なよう)。

https://play.google.com/store/apps/details?id=jp.amz.android.editorial

 もちろん著作権は新聞社にあり、無料で読めないからとクレームをつけるのは筋違いなことは承知している。しかし、かつての便利さが薄れていくのは残念だ。利用あっての著作物という観点も考慮してほしいと思う。

(提案)

 私見だが、安価(数円/ページないし数十円、コピーやダウンロード無しの閲覧30秒以下無料、など)かつ簡易に(ワンクリックで)、記事を読めるシステムが用意されれば、有料のシステムも支持できる。今流行のHTML5で、このようなシステムの構築は容易だろうか。

*1:女性だから「雄」はまずいか。では、勇姿、英姿。

2012/07/22 (日)

[]ハーバード白熱日本史教室

北川智子ハーバード白熱日本史教室」(新潮新書、2012年5月発行)

f:id:oginos:20120721073338j:image:w360:right

 「ハーバード」、「白熱」とくれば、サンデル教授を連想する。弊ブログでも2回登場した(2010/09/27「ハーバード大学白熱教室@東京大学id:oginos:20100927、2011/0917「サンデル教授の災害補償のあり方」id:oginos:20110917)。

 本の帯紙のキャッチコピー、「若き日本人女性の斬新な講義にハーバード大学が熱狂した!」に惹かれて買った。新聞の書評も概して好評だ。1980年生れの若い日本人女性がカナダの大学に進学し、その後ハーバード大学の教師の職を得て、3年目の今2012年春学期には251人もの履修生を抱える人気講義になっているとの話で、面白いし、感心した。しかし本稿では、最初に1)講義内容(日本史)への疑問を述べ、次に、2)著者の人生、講義方法を絶賛し、3)日本人女性の活躍への感想を述べる。

1) 日本史理論としてどうか

 著者のハーバード大学での人気の講義は、「Lady Samurai」、「KYOTO」の2つで、前者は日本史での女性の役割の再評価、後者は「京都」を定点とした16-17世紀の歴史分析だ。以下前者を中心に説明する。

 著者の講義の前にハーバードで行われていた講義が「The Samurai」で、著者も何年か前にサマースクールで受講していた。その講義では、サムライ文化を賞賛し日本歴史の全てであるかのように説明していることと、歴史の中で女性が無視されていることへの著者の抵抗感から、新しい講義の着想が得られた。すなわち、大名の本妻(例えば、豊臣秀吉の北の政所)などは、Pair Ruler(共同統治者)として日本社会では相当の発言力があったことを紹介し、日本史における女性の役割を再評価しようとするものである(このような女性達がLady Samuraiとして紹介される)。

 外国人にとって日本社会=サムライとなったのは、1900年新渡戸稲造が「武士道」(原本は英語、Bushido: The Soul of Japan)を世界に向けて発信し、日本社会の理解に多大の影響を与えたからだとする。北米の教育での日本史は、先ずサムライがいなかった時代とサムライが出現した鎌倉時代以降とに分けることから始まるらしい。日本史サムライ中心の「大きな物語」としている訳で、確かにこの見方はおかしいと私も思う。

 外国人がそのように誤解するのは、2次大戦以降、日本史には「大きな物語」が無かったためだとする。日本としては日本のイデオロギー(大きな物語)を作り、世界に提示することが重要だ。これが日本史には求められており、著者の講義はその一環だと言う。

 しかし、私はこの考え方には大きく2つの点で違和感がある。

 第1は、著者の今回の試みは、男性オンリーのサムライ観から、女性が果してきた役割も評価するという視点の導入だけのように見える。日本に関心を持つ外国人に対して、従来の日本観を修正するような興味深い視点を提供していることの目新しさはあっても、私にはとても日本史全体を再構成するような「大きな物語」とは思えない。

 第2は、「大きな物語」とは、マルクス主義宗教のような歴史を動かすイデオロギーを言うのであって、ポストモダン論では、そのような「大きな物語」、「イデオロギー」が終焉したのが現代社会であると言われている。著者が今の時代に、大きな物語イデオロギーの提示を主張するからには、一般的なポストモダン論との関係をちゃんと説明しなければいけないと思う。

 もっともこの本は、ハーバード大学の人気講義を一般読者向けに紹介しているものであるので、著者の言う「大きな物語」としての日本史は、著者の別の論文又は今後の研究成果に待たなければいけないのであろう。また著者は「印象派歴史学」という概念を紹介しているが、その醍醐味は、この短い本の中ではよく判らなかった。

2) 著者の人生、講義方法

 前項で少し悪口を書いたが、著者の人生は誠に素晴らしく、全てに全力投入する姿勢には圧倒される。福岡県の高校を出てからカナダのブリティッシュ・コロンビア州立大学入学し、そこで数学生命科学を専攻した。その間に日本語ができるという理由から、たまたま日本史の教授の手伝いのアルバイトをした。その時に講義内容への疑問ないしコメントを口にしたところ、日本史をやったらと勧められ、大学院では日本史を専攻。その後ハーバード大学のサマースクールを受けた後プリンストン大学の博士課程に入学した。博士課程の修了後、ハーバード大学のカレッジフェローという教職にパスし、同大学の教壇に立つことになったとのことだ。

 それから3年目で250人もの聴講生を抱えるようになるというサクセスストーリーで、その間の講義方法の工夫等は感動的だ。更に驚いたのは、趣味が多彩で、ピアノは毎日2時間以上練習、絵もよく描き、スケートも西海岸ではアイスホッケー部、東海岸では1人でやれるフィギュアスケートをするとのことだ。スーパー・ウーマンならぬ現代のレディ・サムライかと思う。まだ32歳の女性として仕事に趣味に大きなパワーを発揮している人で本当に感銘を受けた。

3) 女性の活躍

 大活躍している女性は多いが、先月の6月の日経新聞の「私の履歴書」(毎月1日から末日まで連載される)は、物理学者の「米沢富美子」氏だった。この人の公私の生活への全力投入ぶりには本当にびっくりした。3人の娘を抱えての研究への奮闘ぶりは感動的だ(海外の学会での発表の際に連れて行ったこともある)。日本物理学会の会長に選出された時の次の話が面白い(日経新聞2012/6/25)。

 私が(物理学会の)会長になったことは外国でも有名になった。どの国でも女性会長はまだ珍しい。米国で開かれたある国際学会で、米国人の男性物理屋さんと日本人の男性物理屋さんの間で交わされた会話が語りぐさになっている。

 米国人が「日本物理学会は女性が会長になったんだって? すごいな」と称賛すると、日本人は「女? 誰?」と応じ、しばらく考えて「そういえば、米沢は女だなあ」と自分でも驚いた様子で言う。「えーっ、これまで米沢のことを何だと思っていたんだ」と聞くと「科学者だと思っていた」と答えた。

 圧倒された。北川氏より40歳余り年長だが、この人もレディ・サムライだ。米沢の「私の履歴書」と北川の「ハーバート白熱日本史教室」は、2人の人生讃歌という気がする。

2012/07/15 (日)

[]ロンドンオリンピックラマダン

 来週の金曜日7月27日からロンドンオリンピックが始まる(8月12日まで)。たまたま昨日(14日)に配達された米国TIME誌(7月23日号)に、「アラーの選手たち」と題する記事があった。ラマダンと期間が重なるということで、私は知らなかったことだが、面白いので少し紹介する。

ウェブでは次のページだが、登録していないと全文は読めないようだ(以前はそうでなかったはず)。

http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,2119374,00.html

 また、このことは既に有名な話のようで、池上彰氏もこの1月にテレビで紹介していたらしい。

 ロンドンオリンピックには推定3,500人のイスラム教の選手が参加する*1。しかしオリンピック期間のうち17日間がイスラム教ラマダン(2012年は7月20日から8月18日まで)と重なる。ラマダン期間中は、日没から日の出までの間、飲食はできない。ということで、イスラム選手は、空腹のまま水も飲めずに試合をしなければならず、大いに不利だ。

 この記事では触れていないが、2006年に日程が決定した時に、イスラム団体から不満が出されていたらしい。しかし、TIME誌は楽観的で、オリンピック精神と宗教心は、自己犠牲と自己制御の下に完全を達成するという本質を共有しているので、何とか調和が図られるだろうとしている(この部分は、私の誤読かも知れない)。

 この問題に関しては、世界では相当話題になっているが、このような日程に決めた経緯についてはウェブを見ていてもよく判らない。ロンドン組織委員会の会長Sebastian Coe卿が次のように答えている記事を見つけた。

Muslim News 2012/6/29

http://www.muslimnews.co.uk/paper/index.php?article=5856

最後の質問

(問) ラマダンと重なる期間にオリンピックを設定したのは何故か。

(答) IOC(国際オリンピック委員会)が開催都市を募集した時に設定した期間は、2012年7月15日から8月30日までの間だった。他の立候補都市の提案も全てラマダンと重なっていた。

こうなるとIOCの責任ということになるが、次はIOCの担当者へのインタビューだ。これによれば、多くの国際スポーツ大会もラマダンをそれほど考慮している訳ではなく、とにかく身体に気をつけてということだ。

Radio Free Europe 2012/7/15

“Interview: IOC Expert Discusses Ramadan And London Olympics”

http://www.rferl.org/content/ioc-expert-discusses-ramadan-and-london-olympic-games/24610594.html

 TIME誌の記事に戻ると、オリンピックイスラム教などの政治に翻弄された例をいろいろ紹介している。1972年ミュンヘンオリンピックでのイスラエル選手の暗殺事件や各種ボイコット事件だ。また、イスラム教の女性への禁忌に関しては、ヒジャーブ(顔を隠すベール)を着けての参加や、陸上選手が他人の面前で半裸で走ったとして国内の僧侶から批難されたとの話も紹介されている。しかし、今年は、サウジアラビアカタールブルネイが女性選手の参加を初めて認めることとしたらしい。まだ選手登録はされていないが、もしこれらの国がこのとおり登録すれば、オリンピック史上初めて、全てのチーム参加国(every country with a team)に女性代表が含まれることになるとのことだ。

 ロンドンは、市内のイスラム教徒の住民が100万人を越えており、今までのオリンピック開催都市の中では最もイスラム的で、準備も周到だ。オリンピック選手村では、礼拝室を備え、食堂は24時間開業で日の出前の食事が可能、かつ日没直後の特別食も用意されている。

 今まで主要なイスラム都市ではオリンピックは開催されていないが、2020年オリンピック開催都市の候補としてトルコイスタンブールが挙げられている(他に、東京マドリード)。トルコは5回目の立候補という。東京も立候補しているが、このイスラム国の進出の中では、中々大変かと思った。

*1:全体の参加選手数はまだ不明だが、4年前の北京オリンピックでは10,942人だから、選手の約3割がイスラムだ。http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3982.html

2012/07/13 (金)

[]介護保険料の年度内変動の怪

 年金などの計算方法を調べていると、いろいろ面倒くさい。6月15日の弊ブログ退職日と年金支給額」でもその事例を紹介した。本稿では、介護保険料の支払額が毎期変動する不思議について紹介する。65歳未満の人にとっては実感の無い話。以下、1)本稿に必要な介護保険料の知識、2)区からの介護保険料決定通知書の怪、3)区の説明、4)コメントを述べる。

1) 介護保険料の納付の概要

 介護保険制度は2000年から開始された。本稿では、制度が対象とする介護サービスについての説明は省略し、もっぱら保険料のみが話題だ。本制度における「保険者」(保険契約において、保険金を支払う義務と保険料を受け取る権利を有する者)は市町村であり、私の場合東京都世田谷区だ(市町村によって保険料は相当異なるらしい)。

 保険料を納付する者は、40歳以上の国民で、第2号被保険者(40歳から65歳未満)と 第1号被保険者(65歳以上)とに分けられる。大ざっぱにいうと、2号被保険者は各種健康保険料と併せて徴収され、1号被保険者は、各種健康保険料とは別に、原則として年金から差し引かれる(特別徴収)。65歳になったばかりの時は、事務的な問題のためか年金からの天引きはできないようで、しかし健康保険と併せた徴収はできないので、個別に区からの通知書に基づき納付する(普通徴収)*1

 私の場合、65歳になった昨2011年の7月から毎月7,400円を世田谷区に納付し始め(実際には口座振替)、今年2012年4月から、めでたく年金からの天引き(2か月毎)となった。

2) 区からの2012年度介護保険料決定通知書の怪

 6月19日付けの標記通知書では、年度を2か月ごとに6期(年金の支払時と一致)に分け、次のように天引されるとあった。

2012年度1期2期3期4期5期6期
徴収月4月6月8月10月12月2月
保険料14,90014,90024,90024,60024,60024,600年度計128,500円

 更に、2013年度の当初3期分の予定も記載してある。

2013年度1期2期3期
徴収月2013年4月6月8月
保険料24,60024,60024,600

 介護保険料額は、前年の所得金額をベースにして、世田谷区の場合15段階に分れている。私の場合、この3月に確定申告した2011年所得により第12段階、介護保険料年額128,500円とされた訳だ。4月、6月に徴収された前年度ベースを継続した1期、2期分の額*2を年額128,500円から差し引き、残りを4期で分割した額が3期以降の24,600円(3期だけは100円単位への調整のため300円違う)だ。

 疑問点は大きく2つあり、近くの区役所出張所に聞きに行った。*3

a) 自分の2011年の年収は前2010年より減少しているが、何故保険料の年額がアップするのか。各期支払額(2か月分)が1期、2期の14,900円から4期以降は24,600円と65%もの大幅アップだ。

b) 自分は本年の4月から基本的に年金生活に入って更に所得が減少するのに、来年度の1期、2期、3期の保険料額もアップしたままというのは理解しがたい。

3) 区役所の回答と問題点

 区役所出張所(一部本庁との電話も踏まえ)の回答は次のとおり(枠で囲んである)だが、私としては不満が多い。

a) 介護保険料の大幅アップ

 介護保険料は3年毎に見直すこととされており、今回2012-14年度分として改訂された。世田谷区では、介護サービスの今後の需要を見込んで改訂。アップしたのはその結果。

 保険料は、前年の所得に基づいて決まるので、2013年度は下るはず。

 介護保険財政の苦しさは何となく理解できるところがあるが、それにしても私の場合で65%アップは大きい(収入の多い人はアップ率も大きい)。しかも不意打ちだ。ちなみに、前述の保険料決定通知書に同封されていた、区の「介護保険料のお知らせ」には、保険料率の改訂の説明はあるが、増額との言葉は一切無い。世田谷区HPを見ても増額の言葉は無い。ペテンではないか。

b) 収入が減るのに2013年度の予定徴収額が高い

 2013年度の本来の保険料は、同年3月の確定申告等により6月頃に定まる2012年の所得に基づいて決まる。1期(4月)、2期(6月)の時点ではまだその所得が判らないので仮の徴収額である。3期(8月)以降は新しい金額に減額修正され*4、年額としては適正になる。この1期、2期の仮徴収額は前年度の最終6期の額と同額としているが、これは、介護保険法140条に基づいている。

 これは理解に苦しむ徴収方法だと思う。仮に2013年度以降も同じ第12段階で保険料年額が128,500円だとしよう(私の場合は、多分下がるが)。各期の徴収額は次のように変動する。

2013年度1期2期3期4期5期6期
徴収月4月6月8月10月12月2月
徴収額24,60024,60019,82519,82519,82519,825年度計128,500円
2014年1期2期3期4期5期6期
徴収月4月6月8月10月12月2月
徴収額19,82519,82521,20921,20921,20921,209年度計128,500円

(注、実際の期別徴収額は100円単位となるよう端数調整される)

 この年金からの天引という「特別徴収」の場合だけ、このようなうねりが生ずることも注意しておきたい。すなわち、直接市町村に振り込む「普通徴収」の場合、保険料額が確定した後、7月から翌年3月の9か月間(毎月払い)で納付する。国民健康保険料の普通徴収も同じ仕組だし、住民税も6月以降確定額の徴収が始まる。何れも各月の徴収額は同じだ(端数調整はある)。

4) コメント

(介護保険料の大幅アップについて)

 各保険者(市町村)の2012年度の介護保険料改定状況については、2012年3月30日の厚生労働省のプレス発表「第5期計画期間(2012-14年度)における介護保険の第1号保険料について」 http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000026sdd.html で発表されている。これによれば、全国平均で4,972円/月で、前2009-11年度の4,160円から19.5%のアップだ。世田谷区のアップ率(私の場合65%アップ)は、全国レベルより高そうだ。

 余談的だが、現世田谷区長は、社会民主党の前衆議院議員保坂展人氏だ。年金生活者の負担のこのような増額は本意ではなかろう。「国民の生活が第一」の新党を保坂区長が支持しているかどうかは不明だが、「年金生活者の生活」の観点からは、消費税のアップの方が現実的だと思っているのではなかろうか。

(保険料の期毎の変動について)

 年金から天引きの場合のこの問題は、1期、2期の仮徴収額を前年度最終6期の徴収額としているからだ。それを前年度年額の6分の1、すなわち128,500÷6の21,417円(100円単位への端数調整はある)とすれば不必要なうねりは無くなる。年金生活者にとって、期毎徴収額の無意味な変動は、通常の給与所得者より影響が大きい。検討してもらえないかと思う。ちなみに、区の人が根拠として言っていた介護保険法140条は、次のような条文だ。

介護保険法 第百四十条  市町村は、前年度の初日の属する年の十月一日から翌年の三月三十一日までの間における特別徴収対象年金給付の支払の際第百三十六条第一項に規定する支払回数割保険料額を徴収されていた第一号被保険者について、当該年度の初日からその日の属する年の五月三十一日までの間において当該支払回数割保険料額の徴収に係る老齢等年金給付が支払われるときは、その支払に係る保険料額として、当該支払回数割保険料額に相当する額を、厚生労働省令で定めるところにより、特別徴収の方法によって徴収するものとする。

2  市町村は、前項に規定する第一号被保険者について、当該年度の初日の属する年の六月一日から九月三十日までの間において同項に規定する老齢等年金給付が支払われるときは、それぞれの支払に係る保険料額として、当該第一号被保険者に係る同項に規定する支払回数割保険料額に相当する額(当該額によることが適当でないと認められる特別な事情がある場合においては、所得の状況その他の事情を勘案して市町村が定める額とする。)を、厚生労働省令で定めるところにより、特別徴収の方法によって徴収するものとする。

3  第百三十六条から前条まで(第百三十六条第二項を除く。)の規定は、前二項の規定による特別徴収について準用する。この場合において、これらの規定に関し必要な技術的読替えは、政令で定める。

4  第一項の規定による特別徴収については、前項において準用する第百三十六条の規定による通知があったものとみなし、第二項の規定による特別徴収については、前項において準用する同条の規定による通知が期日までに行われないときは、第一項に規定する老齢等年金給付のそれぞれの支払に係る保険料額として、第二項に規定する支払回数割保険料額に相当する額を特別徴収の方法によって徴収する旨の同条の規定による通知があったものとみなす。

 読み通そうという気がしない条文だが、厚生労働省令等に委任しているとの規定もあるから、柔軟な運用は若干でも可能ではなかろうか。

 更に抜本的な改善策は、保険料の年額と徴収期の年度区分とを完全には一致させなくていいとすることだ。前例は、住民税給与支払者による特別徴収で*5、これは前年の所得に基づく住民税を6月から翌年度の5月にかけて毎月同額を給与から天引きされる。すなわち市町村に対し年度をまたがった収入を認めている。

 今の制度は、判り難く、徴収額が変動することにより年金受給者に余計な混乱を招いているとしか思えない。

*1:もちろん、給与を受け取っている場合の健康保険料等の天引きはその分少なくなる。

*2:細かなことを言うと、3月までは7,400円/月だったが、7,450円/月に増額するとの勝手な通知が2月にあった。

*3:元来、出張所は、介護保険については介護サービスの提供に関する事務だけで、保険料の徴収は区役所本庁の事務らしい。あらかじめ電話した時にその旨の注意はあったが、出張所でもある程度は教えてくれるだろうとのことなので行った。出張所では、適宜区の本庁に電話して対応してくれた。

*4所得額の確定が遅れる等の場合には、3期もこの仮徴収額が徴収されることがある。

*5住民税の特別徴収には、もう1つ、年金所得年金からの天引き(2009年度からスタート)があり、これは介護保険料と同じく、年度内で変動する。

2012/07/09 (月)

[]国会事故調報告書−特に全面撤退問題

 7月5日に、国会の「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」(以下「国会事故調」の最終報告書が発表された。これで、福島原発事故については、政府事故調中間報告(2011年12月2日)、民間事故調(2012年2月27日)、東京電力(6月20日)に次いで4つの報告書が出された。ただ、政府事故調については、今月末に最終報告が出されることになっている。この4つの報告書の比較については、例えば日経新聞(7月6日)に出ている。

http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20120706&c=DM1&ng=DGKDZO43436630W2A700C1M10600

 これを見ると「真なるもの甚だ多き」という既視感に襲われ、当惑する(弊ブログ「真なるもの甚だ少なく」id:oginos:20110410 参照)。民間事故調の報告書については、弊ブログ(id:oginos:20120326)でも若干のコメントを紹介した。

(国会事故調)

 今回の国会事故調は、日本の憲政史上初めて政府からも事業者からも独立したものとして、衆参両院において全会一致で議決されて作られた。この国会主導での事故調査委員会の設置の必要性は、後に委員長となる黒川清氏が昨2011年に提議していたものが実現したという。黒川委員長は、米国でのスリーマイル島原発事故、2001年の米国多発テロ事件等において、米国議会が外部専門家による調査委員会を設置したことを踏まえ、日本でも政府から独立して議会が調査した結果を示さないと、世界は日本のガバナビリティを信頼しないという観点だ。

 また私は知らなかったが、黒川委員長は、今までユニークな立場で意見を言ってきた人だということをあるコラムで読み、内心この報告書を期待していた。

 今回の国会事故調の報告書については、報告書をウェブからダウンロードして一部をざっと読んだ。また、黒川清委員長の日本記者クラブでの7月6日の記者会見(7月5日の委員会後の記者会見とは別)をYoutube(http://www.youtube.com/watch?v=X8igI20rl0s)で見た。

 報道では、今回事故を人災と断じたことや、「規制の虜(とりこ)」との語も有名になった。読んで見ると、官邸東電との間、東電本社と原発サイトとの間の詳細な遣り取りも面白かった。しかし、やや情緒的な表現や極めつけなども見られ、少し違和感を感じた。

 特に違和感を感じた「全面撤退」問題について感想を述べる。

(「全面撤退」問題)

 「全面撤退」問題とは、3月14日深夜から15日未明にかけて、東電清水社長から、海江田経産大臣や枝野官房長官に電話があり、発電所から職員を全面撤退させたいとの要望が出されたとの件についての東電官邸との食い違いである。官邸は、深夜の社長からの電話であることもあり、全面撤退との明示的な言葉は無かったが全面撤退だと理解したとし、東電側は、全面撤退は社内では考えていなかったし、清水社長もそうは言っていなかったとの主張の食違いだ。

 国会事故調報告書は、全面撤退は官邸の誤解と決めつけ、一方誤解の原因は清水社長の曖昧な態度だったとしている。

国会事故調報告書「要約版」p.33

1)発電所の現場は全面退避を一切考えていなかったこと、

2)東電本店においても退避基準の検討は進められていたが、全面退避が決定された形跡はなく、清水社長が官邸に呼ばれる前に確定した退避計画もまた緊急対応メンバーを残して退避するといった内容であったこと、

3)当時、清水社長から連絡を受けた保安院長は全面退避の相談とは受け止めなかったこと、

4)テレビ会議システムで繋がっていたオフサイトセンターにおいても全面退避が議論されているという認識がなかったこと

等から判断して、全面撤退は官邸の誤解であり、総理によって東電の全員撤退が阻止されたと理解することはできない。

しかしながら、官邸に誤解が生じた根本原因は、民間企業経営者でありながら、自律性と責任感に乏しい上記のような特異な経営を続けてきた清水社長が、極めて重大な局面ですら、官邸意向を探るかのような曖昧な連絡に終始した点に求められる。

(全面撤退を判断するのは誰か)

 私は、この官邸の誤解という極めつけはやや官邸には酷だと思う。引用にもある通り、発電所の現場が全面撤退を一切考えていなかったことを第1の理由にしているが、この考え方が基本的におかしい。全面撤退を決定するのは現場ではなく本社すなわちトップであるべきだと思うからだ。

 例えば、企業の海外支店や海外の事業現場で、その国の暴動災害などの問題が生じて、その国からの撤退を検討しなければならなくなったとする。その場合、社員の撤退は現場判断ではなく本社が決定すべきだと言われていて、私は全くその通りだと思う。理由は大きく2つあって、第1は、現場より本社の方がより広い情報が入り総合的な判断がしやすい(現地の情報が全く入らない場合は違うかも知れない)。第2は、現場の人は駐在国との人的しがらみに捕われやすく、また興奮状態にあることが多く冷静な判断がしにくい状況にある。それに本社からの指令であると言えば、人的しがらみを越えて脱出しやすくなる場合もあろう。

 今回の東電の場合、14日の夜は2号機のベントがうまく行かず、圧力容器破損が危惧され、本社も現場も(官邸も)半ば絶望的な状況にあった(報告書にも詳細に触れてある。本編pp.271-276)。その中で、理由の2)にもあるように本社で退避基準の検討が進められていた(一部退避としても、残す人数は相当少ないこともあり得るとされていた)*1。本社ないし社長の問題意識は、十分可能性があった2号機爆発による社員の犠牲の可能性と爆発回避対策の継続について、どう対応すべきかであったろう。現場の状況は、本社と現場とを結ぶテレビ会議設備により、本社、社長には十分理解できていたはずだ。全面撤退をするとすれば、それは、本社が、社会(ないしそれを代表する官邸)への影響も含め総合的に考えて決定すべきことだったと思う。繰り返すが、現場が全面撤退を一切考えていないという事実は、全面撤退の可能性を否定するものではない。

(深夜の社長の電話の意味)

 本社の社長が深夜に官邸に電話してくるということは、東電として全面撤退ないしそれに準ずる撤退を考えているということで、その時点では誤解しようのない話だ。問題は、それを聞いた官邸がどう対応するかということだ。海江田大臣、枝野官房長官からの報告を聞いた菅首相が、撤退をあり得ないことと考え、それを阻止するため、朝4時頃に清水社長を官邸に呼び、5時半に東電本社に乗り込んだことは、1つの立派な判断だと思う。清水社長が官邸に呼ばれる前に決めた退避計画が全面撤退でなかったこと(理由の2)に上げられている)をもって、「総理によって東電の全員撤退が阻止されたと理解できない」と断言することはできないと思う。

 私は、菅首相の言動を全て支持している訳ではない。3月11日の発災の日の緊急事態宣言の発出の要請を海江田大臣から受けた際に細かい質問をして別の会議に行き、1時間以上宣言を遅らせたことを始めとして、適切でないことも多かったと思う。

(現場は常に正しかったか)

 国会事故調の報告書は、一般に東電官邸原子力安全・保安院原子力安全委員会等に厳しく、それは当然な面があるが、現場(福島原発サイト)には割と優しい。官邸等から直接問合せが来たり、本社が官邸等の言いなりでの指示を流したり、私も極めて同情すべきとは思う。しかし、もう少し余裕があって配慮ができていたら違った面があったかも知れないと思う。

 例えば、東電官邸との不信感の始まりは、3月11日から12日朝にかけてのベントの実施の遅れの理由が官邸に伝わっていなかったことにあると、報告書でも分析している。遅れの原因がベント弁の電源の喪失、設計図からの手順の作成等にあって作業として手間取っていることを本社に判りやすく(素人にも言える形で)伝えていたら、それが官邸にも伝わり、その後の展開はもう少し違っていた可能性があるのではないかと思う。

*1:7月6日の日本記者クラブでの記者会見の際に、ある記者から、「東電から提供された現場−本社間のビデオ会議の記録には、全面撤退関係の記録が除かれていたようだが、その内容は確認したか」との趣旨の興味深い質問があった。これに対し国会事故調事務局の宇田左近氏は、ビデオには一部音声が無かったことを認め、しかし電話記録などで確認したと答えたが十分な回答とは言えない。

2012/07/04 (水)

[][] ヒッグス粒子とDelivery

 ヒッグス粒子とみられる新粒子が発見されたという衝撃的なニュースが7月4日の夕方テレビで流れた。

日経新聞電子版 2012/7/4夕方http://www.nikkei.com/article/DGXNASGG0401N_U2A700C1000000/

 欧州合同原子核研究機関(CERN)は4日、質量の起源で「神の粒子」とも呼ばれる素粒子ヒッグス粒子」とみられる新粒子を発見したと発表した。2つの国際チームが2010年から実験を重ねてきた結果。半世紀近く前に英国人博士(ヒッグス)によって予言され、唯一未確認だった素粒子の存在が、ほぼ確実になった。

 私は、ヒッグス粒子などは全く判らないが言葉だけは聞いたことがある。テレビでは、ヒッグス博士が出てきたので、まだ生きている人なのかと少し驚いた。また、ちょうど前日の3日に読んだ小説に次のように書いてあったばかりなのでびっくりした。

「昔はヒッグス粒子なるものが物に質量を与える粒子として考えられていた。

・・・・・・標準理論で導き出された粒子の中で唯一未発見だったのが、ヒッグス粒子だった。

・・・・・・ところが、発見できなかった。それらしきものが見つかったことはあったが、のちに違うとわかってな。」

○ 八杉将司「Delivery」(早川書店、ハヤカワSFシリーズJコレクション、2012年5月発行)

 このSFは2週間前の日経新聞の「目利きが選ぶ今週の3冊」で紹介されていたものだ。

http://www.nikkei.com/article/DGXDZO42810720Q2A620C1NNK001/

 このURLは会員専用で読者に見えないかも知れない。タイトル、評者等を述べると、「Delivery 八杉将司著 人工生命論から宇宙論まで」、評者は「ファンタジー評論家 小谷真理」、日経新聞2012/6/20夕刊だ。ミソは、この評者が星5つの評価をしていること。一般に星5つ(これを読まなくては損をする)は非常に珍しい、ということで書店で見つけ衝動買いをしてしまった。

 どういう本かというと、私は、子供が小さい時に読んだ本や映画の話をする時には、先ず何時、何処での話かを言えと言ってきた(この2つで相当のことが判る)。その伝で言うと、多分2-300年後の地球と月が舞台だ。2-300年後というのは、「月に人間が定住したのが200年前」と述べたところがあったからだ。書名は英語だが、中は日本語。SFの好きな人には面白いかと思う。

 ヒッグス粒子については、2008年のノーベル物理学賞を日本人3名(南部陽一郎小林誠益川敏英)が同時受賞した時に、刺激されて素人向けの解説書を何冊か読んだが、さっぱり判らなかった*1。私の願いは、今回のヒッグス粒子が、この6月初めに撤回された「光速より早いニュートリノ*2のようにならないことだ。

*1:例えば、京極一樹「こんなにわかってきた素粒子の世界」(技術評論社、2008年10月)では、こんなにも判らないものだと自信を無くした。

*2:例えば、「ニュートリノ、「超光速」撤回」http://sankei.jp.msn.com/science/news/120608/scn12060810170000-n1.htm

2012/07/01 (日)

[]ファーストサーバのデータ消失障害事故

 6月20日に発生した、レンタル・サーバー業界の大手「ファーストサーバ」社での大規模なデータ消失障害事故は、私にとって大きな衝撃だった。私が運営にタッチしていた2つの法人で、数年前までファーストサーバを利用してきていて馴染みがあったからだ(後述)。その後偶々の理由で別の社のサーバーに替えていて何れも実害が無かったのは幸いだった。以下、1)レンタル・サーバーについての若干の説明、2)ファーストサーバの事故の概要、3)若干の感想を述べる。技術者の想定していた前提条件がことごとく裏切られるミスによる事故という点で、大げさに言えば、インターネット社会での福島原発事故に相当するものとの印象だ*1

1) レンタル・サーバーとは

 レンタル・サーバーとは、サーバー(コンピュータネットワーク上でサービスを提供するコンピュータ)を自社内に置かず、月額等のレンタルで提供される外部のものを利用することをいう。利用するサービスは各種あるが、小規模法人のメールやホームページは、殆どレンタル・サーバーを利用したものといっていいと思われる*2。他に、ウェブ上で顧客サービス、会員サービスなどを行う場合もあるが、現在ではレンタル・サーバー、もっと大規模、複雑のものについてはクラウド・サービスという、何れも社外のシステムを利用するのが普通になってきている。

 ここで、レンタル・サーバーホスティング・サービス、クラウド・コンピューティングとの違いが気になり、改めて調べて見た。私は、ホスティングとは提供するサービスの内容を示す概念で、レンタルとは契約形態を指すのかと思っていたが、現在では両者は同義らしい。英語ではhostingだから、レンタル・サーバー和製英語らしい。

 クラウドとの違いは、人それぞれの思い入れがあり、市場での差別戦略もあって悩ましい。両者とも他社が提供するサーバーをネットを介して利用するものだ、と言ってしまえば身も蓋もないがそういう面もある。クラウドは、発展途上で未来があり、現時点では具体的に定義しづらいが、レンタル・サーバーよりも進歩した高級なものだ。そこにはサーバー利用分野と技術面で大きな飛躍がある。クラウドは今後ますます発展していくと私は思っている。

 冒頭に述べた私の関係していた2法人でのレンタル・サーバーの利用事例を簡単に述べる。

 第1の事例は、その前はNTT系のホスティングでメールとホームページを運営していた。このきっかけは、10数年前に通信回線をNTTADSLにし、インターネットプロバイダーNTT系(確か「ぷらら」)とし、その流れでNTT系のホスティングを使ったのだと思う。その後経費節減策の一環として、廉価だったファーストサーバのレンタル・サーバーを導入したものだ。ホームページでは、セミナーの申込等やウェブ・アンケートの実施等も行っており、使い勝手はまあまあだったと思う。

 第2の事例は、その前は社内サーバーでメールとホームページを運営していた。ある程度ネットに詳しい職員がいたので社内サーバーの運営が可能だったが、数年前に経費節減策としてレンタル・サーバーに替えた。レンタル・サーバー数社を比較してもらって、ファーストサーバとした。ただ、社内のファイルサーバーの方は、社外へのサービスは無かったので、ネットにはつながず、社内だけのLAN(ローカル・エリア・ネットワーク)としてそのまま使うことにした(これは第1の事例でも同じ)。この社内サーバーについては、後でまた触れる。社外のレンタル・サーバーの利用は安全の面で心配だという意見もあったが、社内のサーバーを職員で運営することにもリスクがあるということで説得した。

 何れも経費節減効果は大きかったが、それぞれ別の事情があって2-3年前にファーストサーバから別の社に切り替えた。例えば第1の事例の場合の切替は、私が関係無くなってからだが、メールの添付ファイルの容量制限が10MBと割に小さく、職員から大きくしてほしいとの声があった等の理由により、システム見直しの際に替えたとのことだ。

2) ファーストサーバの障害事故と原因

 6月26日付け日経記事によれば、6月20日の障害により、データの消失があった顧客数は5698件で、そのうち大半の共有サーバーのデータは、データの復旧が不可能だという。実に甚大な被害だ。同記事によれば、被害企業として、小林製薬109シネマズ長野電鉄カルディコーヒーファーム、海遊館、兵庫ひまわり信用組合、薬事日報、日本新聞協会東京都卓球連盟、静岡産業大学大津市市民活動センター、太陽光発電協会、ロボット学会LOFT PROJECT(ライブハウス経営)などがある。同記事が伝えているユーザーの被害の具体的内容は甚大だ。

 ファーストサーバの障害事故の原因は次のようなことらしい(6月25日のファーストサーバ社の発表(http://support2.fsv.jp/urgent/report.html)に基づく日経記事による)。

6月26日付け日経記事 http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2600L_W2A620C1000000/

 ファーストサーバによると今回、脆弱性対策のために更新プログラムを作り、いつものようにプログラムを走らせた。ところが、その更新プログラム自体に大きなバグ(不具合)があった。すなわち「ファイル削除コマンド」を停止させる記述漏れと、メンテナンスの対象となるサーバー群を指定する記述漏れがあったというのだ。

 ファーストサーバにおけるセキュリティ対策では、3つのHDDに同じファイルをコピーしていた。1つは「本番系」。もう1つは本番系のHDDやシステムに不具合が生じた時、即座に切り替え、正常稼働を続けるための「待機系」。もう1つが、毎朝6時に本番系のデータを丸ごとコピーしておく「バックアップ系」だ。この3つが、すべて同じサーバー内に同居していた。

 バグに気づかないまま、本番環境のサーバーで更新プログラムを起動。だが更新プログラムは、対象外のサーバーでファイル削除コマンドを実行し、次々とデータを消去していった。・・・(すなわち)更新プログラムバグは、本番系、待機系に加え、同じサーバー内にあるバックアップ系のHDDまでをも消去するという代物だった。

 これを踏まえ、世の中の批判の多くは、3つのファイルを全て同じHDDに置いていたことが問題で、それではバックアップにならないということだった。それもそうだが、次のブログが、バックアップに関するファーストサーバの誤解の可能性を論じていて参考になった。

新井俊一 「ファーストサーバの事故から考えること」http://shunichi-arai.blogspot.jp/2012/06/blog-post_25.html

 致命的ミスと言えるのは、待機系(スタンバイ)サーバーと、バックアップを混同してしまっていたことだと考えられます。

 待機系サーバーというのは、あるサーバーが故障で動かなくなったさいに代わりに立ち上げるサーバーであり、そのデータは常に本番環境と同じデータを保持している必要があります。そのため、本番環境で行われたオペミスなどは待機系サーバーにも波及してしまいます。それに対し、バックアップというのは、基本的には「ある時点のデータ」を保存して、オペミスを含むデータ損失事故を防ぐというものです。

 これはIT技術者にとって基本的知識だと思われますが、その点の配慮が無かったことが最大の敗因でしょう。

 実は私も、待機系とバックアップについて理解していなかったことを白状する。前述の社内に残すファイル・サーバーを検討する際に、RAID1とか5とかの説明を受けていた。RAID(Redundant Arrays of Inexpensive Disks)とは、ハードディスクの信頼性、可用性を高めるために、複数台のハードディスクを組み合わせる技術だ。RAID1は、2台のハードディスクを用い、全く同じファイルを同時に作成する(ミラーリング(鏡のこと)ともいう)。RAID5は、3台のハードディスクを用いる。私は、(経営者の立場で、本当にそんなことが必要かと思いつつ)担当者の熱心な主張に従い、RAID5にした。その後、職員が定期的にカセットテープにバックアップを取っているのを見て、RAID5にしたのにバックアップが必要なのかと嫌味を言った記憶があるが、今では恥かしい。*3

 新井俊一氏の分析によれば、ファーストサーバ技術者は、私と同じ誤解をしていたのだろうか。少なくとも基本的理念は忘れていたのだろう。待機系サーバーというのはRAIDの概念であろう。改めてwikipediaで調べると、「RAIDバックアップ代替にならず、バックアップRAID代替にはならない」と書いてある。

3) 若干の感想

 私は、かねてレンタル・サーバーないしクラウド・コンピューティングの流れの熱心なファンだった。安全面の問題を指摘する人も多かったが、利便性とコストのメリットがそれを上回り、安全面の懸念も技術開発等で解決していくであろうと考えていた。今回の事故により、そのような楽観に冷や水を浴びせられたようだ。

 しかし、事故の原因を見ると、基本を忘れた技術者のミスのようである。福島原発事故についても、その原因の1つに、非常用電源を同じ敷地に置くという、(私の見るところ)設計ミスがあり、その遠因は安全に関する基本を忘れたことにあると思う。事故の影響についても、被害者が多い点、一般利用者ないし一般国民の新技術への信頼を基本的に損なったという点で似通っている。大げさに言って、ファーストサーバの事故がインターネット社会での福島原発事故だと言う所以だ。

 この事故の経験を関係者間で共有化し、更に技術開発を進めれば再発は防げるとも思える。一方、人間のミスは常に起こり得るし、他のリスクもあるとの考えもある。何れにしろ、安全の追及は不断の努力の積み重ねにあるのであろう。

 以下、個人的なクラウド利用への反省を述べる。企業のクラウド利用の主たる理由がコスト面にあるとすれば、個人のクラウド利用の理由は利便性にある。今、私は個人的に、Googleドライブ*4、カレンダー、はてなEvernoteを利用し、相当のデータをクラウドに置いている。これらのクラウド大手以外にも、個人的家計簿他でクラウドのソフトを使っている。データの入力と結果が、パソコンとスマートフォンタブレットの何れでも切れ目なく行え、甚だ便利だ。

 しかし、今回の事故を見ると、これらは大丈夫だろうかと当然ながら心配になる。全部ローカルにバックアップしておかなければならないとすると相当面倒だ。ローカルと同期しているもの(GoogleDrive内のストレージされたファイルなど)はいいのだろう。はてなブログのように公開しているものについては、Google検索のキャッシュ(cache)を使えばデータファイルをある程度は復元できるようで、覚えておいていいノウハウと思う*5

 だが、考えてみると、大したデータでもなく、消えたら消えたでしょうがないと思えばいい訳で、クラウドを信頼することにした。面倒なことをこの年になってわざわざしようというのは億劫だ。

*1福島原発事故の原因をミスというには異論があろうが、原因の1つである非常用電源を離れた高い所に設置しなかったのは、設計上のミスと思う。

*2:レンタル・サーバーで利用されるサービスとしては、メール・サービスのメール・サーバーホームページウェブサーバー、その他ファイル・サーバー等がある。

*3:もっとも、実際に障害が起きて、バックアップRAIDが機能したことは無かった筈だ。

*4Googleドライブとは、本年2012年4月にGoogleが発表したストレージ・サービスで、従来のGoogle Document(これはウェブ上)を含めて拡張したものだ。ローカルのソフト(ワード、エクセル等)で作ったファイルもサーバー上に保存し、サーバーとローカルとを同期してくれる。もちろん、スマートフォンタブレットでも編集することができる。

*5:「ファーストサーバのデータ消失事故の教訓」参照http://pepalife.blog33.fc2.com/blog-entry-522.html 万が一の時は、Googleキャッシュが書き換えられるまでが勝負で、その間に保存しまくる。ちなみにGoogleに保存されているキャッシュは、「cache:http://webka.jp/special/rep/no_201206101p1.html」のようにURLの前に「cache:」を付けると検索できる。