Hatena::ブログ(Diary)

踰矩ブログ(耳不順を改め) RSSフィード

 2016年の新年に当り、弊ブログのタイトルを変えることとした。論語の「70にして心の欲する所に従い矩を踰えず(のりをこえず)」をもじり、矩を踰える趣旨で「踰矩」ブログに変える。音読みで「ゆく」、訓読みで「のりこえ」と読んでほしい。今までの「耳不順ブログ」にもそれなりに愛着があり、また、継承関係を示す意味で、「踰矩ブログ(耳不順を改め)」とかっこを付けた。  趣旨の詳細は、2016年1月1日付けの記事で説明してあるが、要するに、長いサラリーマン生活を終え、60歳、70歳になって気ままに過したいということだ。
 本ブログは、2006年頃から非公開で書き溜めていたものを2010年に公開し、その後諸事に関する私の雑感を綴ってきた。タイトルの「耳不順」、「踰矩」に従い、偏った視点でと思ってきたが、そのことより、長い、くどい、話題が固いと評判が悪い。
 本ブログにコメントが寄せられても、有難いことだが、かねての方針通り、原則として耳を傾けない(順わず)こととします。マナー違反にご容赦のほどを。(2016年1月記)
 似顔絵の経緯は、2011年12月11日のブログを参照。 [累計アクセス数統計については、2017年8月7日以降、はてなダイアリーのカウンターサービスが廃止となった。]

2012/11/29 (木)

[][]政党の英語名

 11月16日に衆議院が解散され、12月4日総選挙公示、同16日投票と選挙ムードが一杯だ。今回は、民主党自民公明党に次いでの第三極を目指して多数の政党が登場している。その中で「日本維新の会」の英語名がJapan Restoration Party とされているので、これでは「復古党」ではないかと言われている。

 それで選挙の本質とは関係ないが、他の諸政党の英語名を調べて見た。以下、1)英語名のクイズ、2)とりとめのないコメント、4)クイズの回答と並べるが、その間に3)として、11月27日に嘉田滋賀県知事が「日本未来の党」の結党を発表したことについて一言だけ感想を述べる。

1) 政党の英語名のクイズ

 日本の政党の英語名(有名なのは略号の場合もある)を並べるので、日本語の政党名を考えて頂きたい。大半が容易に推測できるものだが一部当惑するのもある。英語名は、原則として、The Japan Timesのオンライン版の記事から採集した。「*」印は11月以降合流などのために消えたもの。以下、アルファベット順。

a) DPJ  b) Green Wind  c) Greens Japan

d) Happiness Realization Party  e) Japan Future Party

f) Japan Restoration Party  g) Japanese Communist Party

h) LDP  i) New Komeito  j) New Party Daichi-Shinminshu

k) New Party Nippon  l) New Renaissance Party

m)* People's Life First  n) People's New Party  o) SDP

p)* Sunrise Party  q)* Sunrise Party of Japan

r)* Tax Cut Japan  s) Your Party

2) コメント

 正解の一覧は4)にあるが、ここでは、一部についてとりとめのないコメントを述べる(アルファベット順)。

  • c) Greens Japanは、b) Green Windと異なり、複数形になっている。これは、オーストリアから始まり世界的な組織となった「緑の党」の英語名がGreens(Green Partyとの呼び方もあるようだが)であることから来ている。2012年の7月に設立されたが、今度の総選挙では結党後間もないということで候補者を立てないようだ。見習うべき政党もありそうだ。
  • f) Japan restoration Party(維新の会)は冒頭にも述べたが、本当におかしい。外国人には間違いなく誤解される。明治維新訳語Meiji Restorationから来たのだろう。明治維新は1867年の大政奉還から始まっているので、Restoration(王政復古)と訳したのだろうが、誰がそう訳したのか、ウェブをいろいろ見たが判らなかった。
  • i) New Komeitoになぜnewが付いているかというと、Wikiによれば、1994年に旧公明党が「公明新党」などに分裂して解散し、新進党との合流などを経て、1998年に公明党が再結成されたことによるとされている。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E6%98%8E%E5%85%9A#.E6.B2.BF.E9.9D.A9
  •  そういうことがあったなと微かに思い出されるが、日本語名では忘れているその経緯を、英語名ではしつこく残しているということがよく理解できない。Komeitoと日本語そのままであることも、外国人に説明する際は面倒だろう。
  • p) Sunrise Party(太陽の党)とq) Sunrise Party of Japan(立ち上がれ日本)が両者とも「Sunrise」を使っているのも興味深い。「立ち上がれ」が「stand-up」では外国人に理解されないだろうという配慮はなかなかのセンスだった。「太陽の党」は石原慎太郎のかつての名作「太陽の季節」(英語名: Season of the Sun)をもじったものだろうとの説があったが、英語名から見ると、前身の「立ち上がれ日本」を受け継いだものということが判る。
  • s) Your Partyは「みんなの党」だ。「みんな」の訳語に「You」を充てたのはびっくりするが、米国のTime誌の毎年末恒例の「パーソンオブザイヤー」の2006年が「You」だったのを思い出す。 http://en.wikipedia.org/wiki/File:Time_youcover01.jpg この号の表紙は特殊な印刷で出来た鏡で、自分の顔が写り、パーソンオブザイヤーは「貴方」ないし「みんな」だということを主張していた。すなわち、多くの無名の人達がウイキペディアやYouTubeフェースブックなど、ウェブのコンテンツを作成し情報発信をしている状況を示して、インターネットの世界は「みんな」で作られるようになったことを示したものだ。
  •  確かに、英語の「you」には、話し相手を含めて一般の人を指すという用法があって「みんな」の意味になるので、「everyone」などと訳すよりもしゃれている。しかし、政党名という固有名詞に使うのはどうか。例えば、「みんなの党を支持する/に入党する」と言う意味で、I support/enter Your Party. と言っても、話し相手が「みんなの党」の支持者でなかったらややこしい。

3) 日本未来の党

 11月27日の午後、嘉田由紀子滋賀県知事が大津市で「日本未来の党」の結党を発表した。「卒原発」を旗印にし、本人は滋賀県知事に留まり、総選挙には出馬しないとのことだ。その日の夕方には、東京で、「国民の生活が第一」(小沢一郎代表)が解党して「未来の党」に合流すると発表した。「脱原発」と「みどりの風」も合流の方向だ。

 12月4日の公示日まで日が無いからだろうが、「国民の生活・・・」などが、結党直後の党とちゃんと政策や党幹部等についての協議や合意も無しに、一方的にすり寄って合流するというのは異様だ。「国民の生活・・・」の党員は、今まで小沢一郎が党首、代表に相応しいと思って活動してきたのであろう。それがろくな議論もせずに合流後の党首を、国政での実績の無い他人にするというのだ。それまでの党首では戦えないから新しいシャッポを探していたことを白状したに等しい。このような政党がもっともらしく国政を議論していることが不愉快でならない。

4) 政党の英語名一覧(1のクイズの答え)

(2012年11月に存在した主な政党について調べた。11月27日までに合流等で無くなったものには「*」を付けてある)

a) DPJ (民主党。正式名称はDemocratic Party of Japan)

b)* Green Wind (みどりの風。現議員は、e)未来の党に合流して出馬するが、当選後はみどりの風に復帰すると意味不明のことを言っている。)

c) Greens Japan (緑の党)

d) Happiness Realization Party (幸福実現党。「幸福の科学」はHappiness Science religious corporation)

e) Japan Future Party (日本未来の党)

f) Japan Restoration Party (日本維新の会。「Nippn Ishin」ともよく報道されるが、やはりrestoration(復古)は嫌なのであろう。)

g) Japanese Communist Party (日本共産党)

h) LDP (自由民主党。正式名称はLiberal Democratic Party)

i) New Komeito (公明党)

j) New Party Daichi-Shinminshu (新党大地・真民主。29日の新聞では「新党大地」への変更を総務省に届けたとあったが、詳細は判らない。)

k) New Party Nippon (新党日本HPURLはwww.nippon-dream.comと凝っている。)

l) New Renaissance Party (新党改革)

m)* People's Life First (国民の生活が第一。e)未来の党に合流)

n) People's New Party (国民新党)

o) SDP (社会民主党。正式名称はSocial Democratic Party)

p)* Sunrise Party (太陽の党。f)維新の会に合流)

q)* Sunrise Party of Japan (立ち上がれ日本。p)太陽の党、次いでf)維新の会に合流)

r)* Tax Cut Japan (減税日本。t)脱原発、次いでe)未来の党に合流)

s) Your Party (みんなの党)

t)* (英語名は見当らない) 減税日本・反TPP・脱原発を実現する党(「脱原発」と略称。e)未来の党に合流)

u)* (英語名は見当らない)反TPP・脱原発・消費増税凍結を実現する党(上のt)脱原発、次いでe)未来の党に合流)

v) "third-force" camp (第三極。党名ではない)

2012/11/20 (火)

[][]貼り合せ葉書

 かねてこの11月に相当数の挨拶状を出す予定だった。迷っていたのは葉書で出すか封書にするかだったが、封書だと切手代が80円と割高なのでできれば避けたい。問題は挨拶状の文面が葉書に印刷できる量に収まるかどうかで、文案を作ってみると1000数百字になりそうだ。自分の所によく来るびっしり書き込んだ葉書の文字数を数えると800字程度しかない。しかも文字のポイントが極めて小さく、かつ行替えも節約のせいか少ないので、相当読みづらい。では封書かと妥協しそうになったが、ダイレクトメール(DM)で使われている貼り合せ葉書が個人でも使えるかと調べて見た。

 結論は貼り合せ葉書を使って発送したが、以下、1)貼り合せ葉書について説明し、関連するトピックとして、2)シール型切手、3)プリンターのトラブルについて述べる。

1) 貼り合せ葉書

 例によってウェブで調べると、やはり大半が企業向けのサービス(印刷も含めて)だが、個人向けに用紙を売っているのもある。「圧着葉書」と名付けているのもある。

 結局、アマゾンで1組25円で買えるので次を選んだ。「サンワサプライ」の「インクジェット用シークレットはがき」という。葉書の切手代50円に加えて75円。もし封書なら、切手代80円に封筒、便せん代がプラスされるので、これは割安だ*1

http://www.sanwa.co.jp/product/syohin.asp?code=JP-HKSEC13&cate=1&keyword=JP-HKSEC13

f:id:oginos:20121119221802j:image:w360:right

 貼り合せのイメージは、往復はがきサイズの用紙と貼り合せ用シールが1組で、用紙に印刷ないし手書きした後、貼り合せ用シールを内側に貼って折りたためば50円切手で送れるというものだ。文面を書く所は、普通の葉書の1面に対し3面ある(両者とも宛名面の一部も使える)。説明を読むと、商品名にもあるように、シークレットや個人情報保護をウリにしているが、書ける情報量の多さで採用する人(殆どが企業か)も多いのではなかろうか。コストの安さを余り謳わないのは、日本郵政に遠慮してのことかと推測する。この2面折りの他に、3面折りというかZ折りというのもあるが、一般個人向けではなさそう。

 書ける量の多さと郵送料の低減という意味では、郵便局に「ミニレター(郵便書簡)」というのがある。 http://okepi.net/help/miniletter.html 葉書の3倍の量が書け、用紙も含めて郵便料60円というのは魅力だが、用紙の形が特殊で、とてもプリンターで印刷できるとは思えない。手書き用だ。

 私の挨拶状は、結局約1,200字を10ポイントの活字とし、段落間の0.5行のスペースも入れた2面で、割にゆったりした仕上りとなった(私の欲目だが)。もう1つの面(宛名面の横、折りたたむと裏側になる)を使ってもっと長く書くこともできたが、冗漫になりそうなので止めた。代りにゴミ箱に捨てられないように「DMではありません」との注書きを入れた。紙面があるので、写真などを入れることもできたが、時間が無いので断念。

2) シール型切手

 今回の案内状では、切手にも少し凝った(私の好みで「料金別納」というスタンプは使いたくない)。デザイン面ではなく機能面だ。

 郵便局で売っている切手には、裏面に糊を付けたシートにミシン目を入れて売っている切手の外に、数年前から目立ち始めたと思うが、「シール型切手」がある*2。「切手型シール」という紛らわしいものがあるが、これは切手ではなく、郵便物には使えない。

 シール型切手の利点は、a)水ないし舌(つば)を使わなくていいので清潔で手が汚れない、b)形が矩形以外にフリーに決められるということだ(人形の形とか自由自在)。ただ使用後の台紙がゴミになるので、地球には優しくない。あまり種類が無く、季節でどんどんデザインが変っていく。私にとっての問題は、子供向けのデザインばかりで、成年男子が使えるようなものが殆ど無いことだ。普通は、キティディズニーとか言ったデザインだ。それでも時々は何とか許せるデザインが出るので、妥協して買っている。今回は「秋のグリーティング」というテーマの10種類1組のシール(50円×10枚)で、まあギリギリ許せるものだ。

 郵便局のお姉さんに、「シール型切手はいいけれど、男でも使えるデザインが無くて困る」とクレームを言った。すると、デザインについてのコメントは無かったが、シール型は好きで、自分が使う時は全てシール型だと、私に同感してくれた。日本郵政ももっと一般的なデザインを売ればいいのにと思う。

3) プリンターのトラブル(非純正インクの問題)

 上述の貼り合せ葉書の印刷を始めた所、数十枚目の辺りでインクが薄くなり、遂には出なくなった。いろいろチェックすると、カラーは出るのに黒色だけ駄目だ(今回の印刷はモノクロ)。取扱説明書を見ると、プリントヘッドのノズルの詰りの可能性があるので「クリーニング」をしろとある。駄目ならもう1度クリーニング、更に駄目なら「強力クリーニング」というツールを使え、それでも駄目なら電源を切って24時間待ち、再度「強力クリーニング」だ。24時間は待たなかったが、1夜寝て10時間待ち、再度の「強力・・・」までしたが、黒インクだけ出ない。これはいよいよ故障だと観念し、保証書を取り出した。

 このプリンターキャノンPIXUSシリーズの「MG6130」(インクジェット方式)で、ちょうど2年前の11月に新宿ヨドバシカメラで買ったものだ。メーカーの保証は1年間だが、たまたまヨドバシの5年間延長保証サービスに入っていた*3ヨドバシに電話したら、この商品の場合、店に持ち込んでとのこと。9.8kgもの重いものを持っていくのも憂鬱と思いつつ、保証書等を読んでいたら、キャノン製以外の消耗品を使っていたことによる故障は、保証の対象外だと書いてある。実はインクは、1年以上キャノンの純正品ではなく、別会社製の非純正品(互換品)を使っている。これが原因だろうか。

 新宿に10kgのプリンターを運び込む前に、ダメモトと思い、(下駄履き感覚で行ける距離にある)コジマ電気に純正インクを買いに行った。黒の純正インク1本だけを買って帰り取り替えたら、全く問題なく動き、残りの印刷は全て順調に終った。取り替えた非純正インクは、残量が半分以上残っているのが見え、もったいない。

 純正インクと非純正インクとの違いは何かをウェブで調べたら、メーカー側の説明は、純正の方がきれいに印刷でき、故障が無いとある。ヤフーなどの質問コーナーでも多く掲載されている。非純正インクは純正に比して粒子が粗く目詰りの可能性があると書いている人が多いが、それでは今回の私のように、純正インクに替えたら途端に動き出したことへの説明がつかない。純正インクにはICチップが付いていて残量を管理しているが、非純正にはそれが無く、従ってプリンターは残量があっても感知できずノズルを止めてしまうと書いたのがあったが、私の経験から言うとこれがもっともらしい。

 付いているICチップの目的は、非純正品を認識し、それを除外するためと思われてもしょうがないのではないか。今のキャノンプリンターのインクは6個セットだが、コジマ電気の店頭で見ると、純正品の6個パックは5,280円で相当の価格だ。純正品の消耗品で稼ぐというビジネスモデルだろう。互換品(非純正品)は3,680円と3割も安い。庶民の味方だ。

 残りの5色の非純正インクが出なくなるのも時間の問題か。純正インクに順次切り替えて行かなければならない。それとも、別の非純正品メーカーのもので、キャノンのICチップのチェックを逃れられるものがあるのだろうか*4

 このプリンターは、2年前に前のプリンターが故障したので買い替えたものだが、前のプリンターは今と同じキャノンPIXUSシリーズで、2004年に買った。無線LAN対応なこと、居間に置いてごつくはない直方体のデザインであることから選んだものだ。何年か経って非純正のインクがあることを知ってからは、当初おずおずと、次第に当然のごとく非純正に切り替えていた。6年経って動かなくなった態様を具体的には覚えていないが、今思うと非純正インクが原因だったのだろうか。そうだとすれば、純正インクにすればまた動き出したのだろうか。今となっては何とも判らない。

*1:私の愛用している2窓付きの窓開き封筒「マドパック2」は、文房具屋さんで買うと1枚30円以上する。

*2:シール型切手は、日本では1989年から始まったそうだ。 http://yushu.or.jp/museum/mame/2004.htm

*3:確か10%ぐらいのヨドバシの購入ポイントのうち5%分のポイントを使用して、メーカーの保証期間を延長して保証するもの。5年間で1回しか使えない。当時、店員の甘言に釣られて使ったが、その後は、何となく無駄な気がして殆ど使わない。

*4:今の互換性インクは、(株)オーム電機製の、型番:OHM-C326+325-6P、品番:01-3150。キャノンの純正インク BCI-326+325の互換用と明記してある。

2012/11/11 (日)

[][]戦後史の正体

 新刊というには少し日にちが経ったが、本屋で山積みになっていたので、買った。たまたま戦後思想史について別の本を少し読んでいて*1、戦後史に関心があったからだ。

孫崎享戦後史の正体 1945-2012」 (創元社、2012年8月10日1版1刷、10月1日7刷発行)

 本稿では、1)同書の概要(自主派と対米追随派)、2)同書を巡る謀略史観、3)啓発されたところを紹介し、次いで、同書に関連する雑談として4)1951年日米安保条約署名場所に関する私の調査、5)私が昔戦艦ミズーリ号を見学した時に書いた雑文を添付する。約8,000字(旧拙稿の引用分1,300字を含む)と少し長いので予めご了解を。

1) 概要−自主派と対米追随派

 同書は、1945年9月の米国戦艦ミズーリ号上での降伏文書の署名式から始まり、最近の民主党政権までの日米関係を振り返り、それが米国意向に沿う形で進められてきたことを説明する。

 戦後の日本の政治家、知識人は、自主派、米国追随派に分けられるとして、戦後の首相をこの2派プラス一部抵抗派に分類している。主だった人をピックアップすると次のとおり。(就任順、小泉以降は全掲)

自主派(積極的に現状を変えようと米国に働きかけた)は、重光葵岸信介鳩山一郎佐藤栄作田中角栄細川護熙鳩山由紀夫ら計11名

対米追随派(米国に従い、その信頼を得ることで国益を最大化しようとした)は、吉田茂三木武夫中曽根康弘小泉純一郎安倍晋三麻生太郎菅直人、野田義彦ら計12名

一部抵抗派(特定の問題について米国からの圧力に抵抗した)は、竹下登、橋下龍太郎、福田康夫ら4名

(注、その他大平正芳等7名の首相については、何故か分類されていない)

 岸信介が自主派、吉田茂が対米追随派に区分されていることについては、かねての通念とは違っていてびっくりし、異論を唱える識者もいる。

 占領時代から始まり、日米安保条約はもちろん、ロッキード事件、最近のTPPに至るまで全て米国の謀略だったとしている。また、近年、政治家政府マスコミの世界で益々自主派が(米国意向で排除されて)少なくなり、対米追随派が多くなって、米国意向に沿うようになってきていると著者は憂えている。

2) 謀略史観

 歴史が特定の組織の謀略で動かされているというのを「謀略史観」というが、この本は、その謀略史観で書かれているということで、その当否が話題になっている。代表例は、朝日新聞に掲載された書評が後日一部削除された件だ。http://gohoo.org/corrections/asahi121021/

 これによれば、9月30日の同紙上での書評(佐々木俊尚氏筆)の一部10行を削除する旨が、10月21日付けの同紙に掲載された。削除されたのは次の箇所。

 ロッキード事件から郵政民営化TPPまで、すべては米国陰謀だったという本。米が気に入らなかった指導者はすべて検察によって摘発され、失脚してきたのだという。著者の元外務省国際情報局長という立派な肩書も後押ししているのか、たいへん売れている。しかし本書は典型的な謀略史観でしかない。

 この朝日新聞書評に対しては、先ず著者が、自身のツイッターで激しく非難した(9月30日付けのツイッター)。http://twilog.org/magosaki_ukeru/date-120930/asc

 具体的な事実誤認として指摘している箇所は、「すべて検察によって摘発され」の部分だ。確かに同書で挙げられている政治家追落しの手法は「検察起訴」の他に5つあって、事実誤認であることは間違いない。それ以外にも朝日新聞を手厳しく非難している。

「”謀略史観”と批判している人の最大の欠点は、論じられている個々の案件について全く論ずることなく(多くの場合能力がない)、全体を”謀略史観”として批判する。」

朝日新聞、売れている本を単に貶めようとする書評しか掲載できないなら、書評欄なんてやめてしまえ。・・・・・・私の本を読み、この書評を読めば、改めて朝日新聞のレベルの低さが判る。」

 朝日新聞が訂正記事を出した理由は、このツイッターに触発された人が多くクレームを出してきたからのようだ。同氏の10月21日付のツイッター(http://twilog.org/magosaki_ukeru/date-121021/asc)では、「朝日新聞のこの削除がなされた背景には、本twitterの読者が朝日新聞社ないし関係者に問題点を指摘されたことによる所極めて多大です。ご支援を心より感謝いたします。」とある。ちなみに、この孫崎氏のツイッターの量は凄い。毎月200から300件つぶやいている。橋下徹大阪市長なみだ。

 、

 発売後2-3か月程度で20万部以上も売れているとのことだが、メジャーな新聞などのマスコミでは、この本の評価は殆どされていないようだ。私がウェブ会員になっている日経新聞の記事検索サービスをチェックしたが、同紙では取り上げていない。同書の紹介や書評(特に批判的なもの)はウェブで調べても少ないことは確かだ。*2

 これは、まさに同書に言う「不都合な事実には反論しない。あたかもそれが何の意味も持たないように黙殺する。それが戦後の日本のメディアの典型的な対応である」(同書p.88)ということかも知れない。

 又は、本当に謀略史観に立っていたずらに危険を煽るものであり、大新聞、大マスコミにとっては論評に値しない書物なのかも知れない。

 私としては、知らないことが多くあって勉強になったが、この本は基本的にまがい物のように思える。ただし、上述の同氏の「・・・論じられている個々の案件について全く論ずることなく(多くの場合能力がない)、全体を謀略史観として批判する」にまさに該当し、具体的な個々の批評はし難い。世界は多分いろいろな要因で動いているのであって、1つの観点だけで単純に仕分けるのは不適切だとの直観に基づく感想だ。

3) 啓発されたところ

 前項で、まがい物と失礼なことを書いたが、本書は勉強になった。その中で、同書の趣旨に沿う意味で気になった(啓発された)ことを2つ述べる。

a) 北方領土問題

 北方領土については、サンフランシスコ講和条約において「千島列島・・・を放棄する」と書かれているのに、どうして国後択捉両島について我が国固有の領土だと主張できるのかと、かねて素朴な疑問を抱いていた。このことは、弊ブログ竹島尖閣問題(その2)‐国際司法裁判所」(id:oginos:20120825)で紹介した、金子利喜男「世界の領土・境界紛争と国際裁判(第2版)」でも指摘されている。すなわち、国際領土裁判では、第1に関係諸国間に条約又はこれに代る合意のあるものが優先され、これがある場合には先占や実効的な統治があっても考慮されない。サンフランシスコ講和条約にはソ連は参加していず、その後の日ソ交渉でも合意されていないが、日本が多国間条約で世界に向け一旦放棄するとしたものに、どうして権利を主張できるのか不思議だった(南千島千島列島に含まれないとの外務省の主張はまともとは思えない)。

 孫崎著で紹介されているのは、鳩山一郎政権により1956年から開始された日ソ交渉での話だ。歯舞色丹の返還は死守するが、国後択捉の放棄は止むを得ないとしていた重光葵外相に対し、ダレス国務長官が「もし国後択捉をソ連に渡したら、沖縄アメリカの領土とする」と猛烈な圧力をかけたとある(同書p.170−)。それは日本とソ連との間に解決不能な紛争のタネを埋め込むためであったとする。

 私としては、信じられないことだし、このダレス国務長官の恐喝的発言の出所が明記されていないことも気に懸る。しかし、日本の北方領土の主張の背景として他に有力な説明を聞いたことがないことから、同書中の米国の謀略とされている数ある事例の中では、相当もっともらしいものと感じられた。もしこれが本当なら、沖縄問題が絡む訳で、政権としてどう対処したらいいか悩ましいであろう。

b) 天皇メッセージ

 孫崎著によれば、1979年に進藤栄一筑波大学助教授(当時)が、米国公文書館から発見した文書に基づき、雑誌「世界」同年4月号に「分割された領土」という論文を発表した。その中に、終戦後、昭和天皇の側近となった元外交官の寺崎秀成が、GHQに接触して伝えた極秘メッセージが掲載されている。

マッカーサー元帥のための覚書」(1947年9月20日)  マッカーサー司令部政治顧問シーベルト

 天皇の顧問、寺崎秀成氏が、訪ねてきて、・・・米国沖縄その他の琉球諸島軍事占領を継続するよう天皇が希望していると、言明した。(略) さらに天皇は、沖縄に対する米国軍事占領は、日本に主権を残したままでの長期租借・・・の擬制(フィクション)に基づいてなされるべきだと考えている。

 著者も驚いたとしているが、私も驚いた。その後進藤栄一教授に著者が聞いたところ「日本の新聞や学界は全くの黙殺だった」とのことだが、これにもびっくりする。

 昭和天皇戦争責任論(対外及び対国民)については、脚注1で紹介している小熊英二著では、戦後の複数の時点で繰り返し、保守革新双方で議論されたとある。1951年講和条約締結時には、天皇は退位すべきとの論が木戸幸一(昭和天皇の側近)、中曽根康弘辺りからも出されたというが、結局、戦争責任論は、天皇も国もあいまいになった。

 このような戦前戦中だけでなく、戦後においても天皇は単なる国の象徴以上の役割を果たしたとする見方が多い。天皇マッカーサー元帥との直接会談は11回に及んだとのことだ。その内容が日本の国民のためのものだけでなく、天皇制の存続のためのものも含まれていたとの見方もある。私は、戦中の戦争責任だけでなく、戦後の昭和天皇の活動の評価も必要なのではないかと秘かに思っている。それをあいまいにしたままの、近年の女性天皇論、女性宮家論、それらへの反対論その他の天皇制に関する立論は適正なのかという疑いを抱いている。

4) 1951年日米安保条約の調印場所について

 1951年9月8日に、サンフランシスコ講和条約(日本対48か国)と日米安保条約が調印されたのは有名だ。講和条約は同市内のオペラハウスで賑々しく行われたのは私も知っていたが、日米安保条約の方は同日の後刻、同市郊外の米国陸軍基地内の下士官クラブハウスだったことは知らなかった。署名者は米国側がアリソン国務長官以下4名であるのに対し、日本側は吉田茂首相1名だけだ。孫崎は、この調印式が、占領軍の(本国の)基地の中、しかも下士官クラブであったこと(士官と下士官では月とすっぽんの違い)がおかしいという。寺崎太郎(1946年に外務次官)の「下士官クラブで安保条約の調印式をあげたことは、吉田首相一行と日本国民に"敗戦国"としての身のほどを知らせるにはうってつけだったと考えたら思い過しだろうか」との言を引いて、米国の何らかの陰謀を匂わせている。

 私も下士官クラブというのは不思議だと思って調べて見た。結論は著者の言うほどおかしなことではないということで、理由を3つ述べる。理由の前に、米軍基地の場所について、サンフランシスコ市郊外と書いてあるが、正しくは、市内のゴールデンゲート公園内の「プレシディオ*3という名の広い軍用地だ。その中の陸軍クラブハウスで調印された。オペラハウスからプレシディオまでは、直線距離で3km余りで、一行は車で移動した。郊外の基地に連れ去られたというイメージではない。

a) 日米安保条約の調印の1週間前の同年9月1日に、オーストラリアニュージーランド米国間の安全保障条約(ANZUS条約)が、同じ場所で調印された。別に日本だけが格下の扱いを受けた訳ではない。http://en.wikipedia.org/wiki/Presidio_of_San_Francisco#Chronology http://en.wikipedia.org/wiki/ANZUS_Treaty

b) 安保条約署名の風景を撮った当時の写真を見ると、多くの参列者がいる立派な会場であり、こそこそと行われた訳ではない。ウェブをいろいろ見ていると、下士官クラブの1室に吉田首相だけを連れて行って署名させたとの表現があるが、ひどい。

 写真は、次の昭和毎日のウェブにあり、右側3枚の中段の写真。http://showa.mainichi.jp/news/1951/09/post-2bea.html

c) さて、その下士官クラブだが、次のように書いてある文献を見つけた。

1949年プレシディオ内に大きな第1級のサービス・クラブがオープンした。しかし、下士官(noncommissioned officers)の数が兵(privates)の数より多くなってきたので、その後そのクラブを下士官用の会食室(open mess)として使うこととなった。そのサービス・クラブでは1951年9月1日にANZUS条約、1週間後に日米安保条約が調印された。

(http://archive.org/stream/presidioofsanfra00deparich/presidioofsanfra00deparich_djvu.txt のp.127の関係部分の概要)

 下士官クラブとはいえ、新しくて広く高級な建物だったようだ。

 プレシディオの場所を選定した理由は不明だが、以上のことから、日本を貶めるためだったと自虐的に考えなくてもよいのではないか。*4

5) 戦艦ミズーリ

 第1章で説明されている1945年降伏文書が署名された戦艦ミズーリ号は、同書の表紙カバーにも使われ、重要な舞台だ。同艦には私は個人的な想い出がある。今からちょうど四半世紀前の1987年に、機会あって乗船し、降伏文書が署名された場所を見学したことがあるからだ。以下、その時に書いた雑文を紹介する。雑文中の脚注は、今の時点で付したもの。興味を持って頂ける人もいると思う。展示されていた降伏文書と署名風景のパネルを私が撮った写真を、不鮮明で恐縮だが添付する。拙文の後に、少しミズーリ号について補足を述べる。

戦艦ミズーリ  (在サンフランシスコ 荻布真十郎)

 「ミズーリ号がサンフランシスコ港へ……」 通勤中のカーラジオのニュースがこういうことを言ったようだ。ミズーリ号、はて、どこかで聞いたような。耳をそばだてる。「歴史的……、戦艦……、日本……、7月4、5日に一般公開……」 思い出した。太平洋戦争降伏文書の署名は、東京湾に停泊したミズーリ号の甲板で行われた。傲然と立っている米軍司令官の前で重光葵外相が1人机に座らせられて署名している有名な写真が想い出される。

 あれは42年前の9月2日(後日の調べ)。その戦艦がまだ動いているとは。胸が騒ぐ。7月4日(独立記念日で休日)に見に行くことを決心。ついでに新聞記事を調べて見る。

 同艦の今回のサンフランシスコへの寄港に伴うトピックが2つある。第1は、米艦スターク号がイラクから撃沈されたことが端緒となったレーガン(大統領)のペルシャ湾防衛構想が本決りとなれば、ミズーリ号が7月中にもペルシャ湾派遣されるとのことで注目を集めている。

 第2は、ミズーリ号の母港を2年後にもサンフランシスコ港に移す計画があり、賛否両論がかまびすしい。賛成論は雇用創出(6,814人との試算)等の経済効果ミズーリ艦隊は、計11隻からなり、乗員は計5,863名と巨大なもの。

 反対論は、住宅不足、交通渋滞等環境悪化への反対から軍備拡張反対などが普通のもの。変った反対論は、海軍ゲイを「恐喝に屈しやすい」としてミズーリ号母港関連業務から排除する方針を明らかにしたことに始まる。次期市長選に立候補を予定している主要な5人のうち2人が、ゲイへの差別に反対との立場から母港問題に反対だ。

 さて当日、賢明にも混雑を予見した妻が子供を連れて行くのに反対したので1人で出発。駐車場を見つけて長い行列に並び始めるまでに30分。待つ人の中には相当の年配の人もいることがミズーリ号の歴史を語っている。並び始めてから3時間で艦上へ。大きい。資料によれば、排水量58,000トン、長さ266メートル、速さ30ノット以上。

 問題の降伏文書の署名が行われた甲板の床には銘板が埋め込まれ、横の壁には降伏文書と調印式(署名式)の写真が掲示されている*5。その前には見学の米国人が滞留していて行列が進まない。昨今の日米貿易摩擦への苛立ちから、再び日本が降伏する夢を見ている米国人がいるのでは。

 米国人の関心とは違うであろう感慨で私も降伏文書(Instrument of Surrender)を一読した。主文は「ポツダム宣言を受諾する」で、これが降伏のことかと改めて納得。日本側の署名者は重光葵外相梅津美治郎参謀総長。英文文書に漢字で署名。持ち慣れないペンで横書きのためか、緊張のためか、船の揺れのためか多少金釘流に見える。連合国側が9か国も署名していることも初めて知った(米、中、英、ソ、豪、仏、加、蘭、NZ) *6。このため、全員が座れる大きな机が艦上に無く、署名者が順に机に座って署名したものと思い至った。重光外相が皆の前で屈辱的に1人机に座らせられて署名したという、私の昔からのイメージは誤解だったようだ。

 ミズーリ号訪問は、私の小さな戦後に一区切りをつけてくれた。米国人の関心も高いため、複雑な気持ながらも、米国人と共有している歴史があるという実感を初めて味わうことができた。  [通産ジャーナル 1987年11月号]

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(ミズーリ号についての補足)

 ミズーリ号は、1944年に米国最後の戦艦として就役。太平洋作戦で活躍し、上述のとおり、東京湾降伏調印式の舞台となった。東京湾以降は、大西洋海域で就役していたが、1950年朝鮮戦争勃発後、その作戦に従事し、横須賀佐世保にも寄港したとのこと。1955年に退役し、シアトル近郊の軍港でいわゆるモスボール保管*7により保存されていた。その後米国海軍の方針変更により、1986年に再就役した。私が見学したのはこの翌年だ。

 以下は、Wikipediaの「ミズーリ(戦艦)」からの引用。再就役以降はペルシャ湾の作戦等に参加した。1992年に退役し、1992年からハワイ真珠湾で、アリゾナ記念館(真珠湾攻撃で撃沈、水没した戦艦アリゾナの真上にある記念館)の後方で記念館として公開された。

 拙文で紹介した再就役後の母港問題は、再就役直後のロングビーチのままのようだから、母港の変更はサンフランシスコの反対のため実現しなかったのだろう。米国海軍もその後ゲイに寛容になったとのことだから(例えば、http://www.milkjapan.com/1998kn07.html)、もう何年か遅ければサンフランシスコが母港になった可能性はある。

 母港問題はともかく、ミズーリ号は米国人に人気があり、「マイティモー」の愛称で親しまれている*8。また、1992年の米国映画(日本公開は翌年)「沈黙の戦艦」(主演スティーブン・セガール)の舞台はもっぱら航行中のミズーリ号艦上だ。ただ航行中の遠景は本物のミズーリ号だが、艦上や艦内の撮影は別の戦艦アラバマだそうだ。

*1小熊英二 「<民主>と<愛国> −戦後日本のナショナリズム公共性」(新曜社、2002年10月初版発行) 絶賛している人がいたので図書館で借りた。章別に拾い読みをして、半分ほど読んだところで借出し期限も過ぎたので返却。フルに読んだ訳ではない。

*2:例外的に、「サンデー毎日」11月11日号に佐高信氏が批判を書いているとのことで、部分の孫引きだが紹介する。http://d.hatena.ne.jp/vanacoral/20121030

*3:1988年の米国映画「プレシディオの男たち」の舞台。主演 ショーン・コネリー、メグ・ライアン他

*4:余談だが、私がサンフランシスコ駐在していた頃(次項で述べるミズーリ号を見学した時)、頼まれてある若手代議士の案内をしたことがあり、その代議士講和条約オペラハウスの見学を希望された。その後、安保条約の調印場所は別の所と聞いているがと言われ、そのことを私は知らないと答えてしまった。今思い出したが、全く恥かしい。

*5:実際の署名はオープンな甲板上だったが、銘板の場所は艦内に移動されていた。

*6:補足だが、連合国署名国の1番から4番は、米、中、英、ソ連で、これは1945年7月26日のポツダム宣言の参加国だ(ソ連は、日ソ中立条約を8月8日に破棄後、参加)。このうち、中国ソ連1951年サンフランシスコ講和条約には参加していない。

*7:mothballは防虫剤のことだが、軍艦等を錆付けを防ぐ処置をし、再使用に備えて保管すること。米国人に聞いた所によれば、歯車など可動部分をを油漬けにするのだという。サンフランシスコから北東方向に100キロほど行くと道路沿いの湾に何隻もモスボールされた艦船を見ることができた。

*8:Mighty MO。新聞の見出しにも使われていて最初理解できなかったが、「MO」はミズーリ州郵便番号用の略称(カリフォルニア州CAの類)ということに思い至った。

2012/11/03 (土)

[]ゴーイングマイホーム

 10月から始まったテレビドラマの中で1つ、楽しんで見ているものがある。ところが今週の週刊誌に、そのドラマの人気が無く早めに打切りの話もあるとの記事が出た。それでテレビ局に打ち切らないでとのメールを出した。返事は期待していないが、以下、そのドラマの内容を紹介する。

(ドラマの概要)

ゴーイングマイホームTBSテレビ(首都圏では6チャンネル)、毎週火曜日夜10時から1時間、2012年10月16日スタート

http://www.ktv.jp/goingmyhome/index.html

(主要出演者) 阿部寛山口智子宮崎あおい西田敏行吉行和子蒔田彩珠(まきた あじゅ)

(ストーリー) 主人公(阿部寛)は職場で仕事がややうまく行かない。その妻(山口智子)は著名なフード・スタイリストで忙しい。小学4年生の1人娘(蒔田彩珠)は冷めた感じで、学校でも友人や先生を小ばかにしており、家でも親にやや冷やか。阿部寛の父(夏八木勲)が長野の実家で倒れて意識不明になり、その妻(吉行和子)にも頼まれて看病に行く。その長野で森に棲むとの言い伝えがある「クーム」という小人を追いかけるというのがストーリーの枠組だ。

 もう少し噛みくだくと、フード・スタイリスト(CMや時々映画にも使われるための料理を作るという不思議なプロフェッショナル)の山口智子は、毎朝娘の蒔田彩珠に弁当を作っている。学校で友人が羨ましがるので、娘はその弁当をおかず単位に分け有料で売った。それが学校で問題になり、1週間の自宅謹慎になる。たまたま山口智子が映画撮影で1週間出張、阿部寛も会社から暫く休んでいいと言われ、それで、その父と娘が2人で長野の祖父の所に看病に行く(流れで、クームを探しに行く)というのが、第2回から第3回(10月30日放送)にかけての展開だ。

 山口智子が1996年のロングバケーション以来16年ぶりの連続ドラマに出演、監督の是枝裕和は今回初めての連続ドラマ挑戦で、かつ監督・脚本を手がけるというのが話題だ。キャストも豪華だ。

 私はたまたま第1回を見たが、たちまち引き込まれた。主な理由は2つある。

a) 小4の娘 萌江(もえ)(蒔田彩珠)のキャラクターがたまらなくいい。若干冷めた所があって、学校でトラブルを起こし、家でも冷素っ気ない言葉で親を煙に巻いている。しかし、実は両親や祖父母への細やかな思いやりも持っていて可愛い。煙に巻いた言葉の例を上げると、上述の弁当を学校で友人に売った理由を、心配した母親と父親に(別々に)問い詰められたが、素っ気なく「流れで」(その場の成行きでとの趣旨だろう)としか答えない。その素振りが最高で、見ていて微笑む(第2回)。第3回では、可愛さが前面に出る場面が多くて冷めた場面が少なく、少し物足りなかったが、それでもいい。とにかく、萌江ちゃんを降板させないでほしいというのが、TBSへのメールの内容の1つだ。

b) 憎まれ役がいないというドラマ設定がいい。阿部寛の会社の上司や取引先の社長など、憎まれ役がいない訳ではないが、それはあくまで後景だ。やや複雑で深刻そうな親族関係で、かつみんな少し口が悪い所があって、当初は心配になったが、実はみんな思いやりにあふれたいい人達で素晴らしい。例えば、主人公の母(吉行和子)が孫(蒔田彩珠)から、学校で謹慎になったという話をこっそり聞いて、「小学生で謹慎というのはかっこいいね。・・・何したの?・・・それでいくら貰ったの?」などと誉めていたが、最高のお祖母ちゃんだ(第3回)。

(週刊誌の記事)

 10月31日発売の週刊新潮11月8日号の新聞広告を見てびっくりし、早速買いに行った。タイトルは、「ひょっとしたら打切りもある視聴率8%で「山口智子」絶体絶命」だ。

 プライムタイムに放送されるドラマの視聴率が1桁台に落ちることを「シングル・ベルが鳴る」というらしい。16年ぶりの山口智子のこのドラマで早くも不吉な音が鳴り始めた。共演陣も豪華だから標準は15%だが、初回は13%、2回目が8.9%で振るわず、フジテレビ局内では不安が出ているとのことだ。

 打ち切られると、萌江ちゃんが見られなくなって淋しいので、TBSの番組のHPの意見欄からメールを打った次第だ。前述のa)とb)の2つを理由に上げて、丁寧に番組の存続をお願いした。このブログの読者の一部の人でも見てくれて、視聴率が上がればいいなと願っている。

 ただ、誰にでも面白いドラマだと自信をもって勧められるか、第4回目以降も面白いかと問われると、少し揺らぐ。私に勧められて第2回を見た妻は、子役は可愛いが、話は面白くないと、あまり評価してくれない。ただ、番組のHPにあるキャッチフレーズは、「クスっと笑えてちょっと不思議な、あったか面白イイ話」で、私は激しく同感している。

(難読名)

 番組の内容とは関係ないコメントだが、最近の子供の名前は極めて読みにくいものが多い。上記の役名の萌江(もえ)も難しいが、俳優名の彩珠(あじゅ)はどうしても読めない、ウェブで探し出すのも大変だった。子役で言うと芦田愛菜(あしだ まな)も難読名に数えられる。

 明治生命保険が毎年子供の名前ランキングを発表している。2011年生れは次だ。http://www.meijiyasuda.co.jp/profile/etc/ranking/

 これによれば、2011年の女子の名前のベスト10は、次のとおり。

(1位)陽菜、結愛、(3位)結衣、(4位)杏、(5位)莉子、美羽、結菜、心愛、愛菜、(10位)美咲

 「杏」は別として、何れも読み方は難しく、かつ定まっていない。読み方は同じHPの「名前ベスト10の読み方」http://www.meijiyasuda.co.jp/profile/etc/ranking/read_best10/ に出ている。同率1位の2つについて言うと次のとおりだ。

陽菜 ヒナ、ハルナ、ヒナタ

結愛 ユア、ユウア、ユイナ、ユメ

 同率5位のうちの1つの「愛菜」は前年の64位からの大躍進で、芦田愛菜に因んだものだろう。ただ、読み方は、マナ、アイナ、イトナ、ラナと多彩だ。「彩珠」は、2011年生れのベスト100には出ていない。

 同じHPには、大正時代以来のベスト10の変遷も掲載されている。上記のような難読名が多く登場してきたのは、21世紀日本の最大の特徴の1つだと思う。それがここ数年ますます加速されている。親子といっても名前を見ると、漢字文化圏であることが共通なだけで、異なる民族のようだ。しかも難読なので、振り仮名が必須で、アイデンティフィケーションも面倒だ。日本語の乱れ、ないし多様化というものがあるとすれば、これもその1つだと思う。