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踰矩ブログ(耳不順を改め) RSSフィード

 2016年の新年に当り、弊ブログのタイトルを変えることとした。論語の「70にして心の欲する所に従い矩を踰えず(のりをこえず)」をもじり、矩を踰える趣旨で「踰矩」ブログに変える。音読みで「ゆく」、訓読みで「のりこえ」と読んでほしい。今までの「耳不順ブログ」にもそれなりに愛着があり、また、継承関係を示す意味で、「踰矩ブログ(耳不順を改め)」とかっこを付けた。  趣旨の詳細は、2016年1月1日付けの記事で説明してあるが、要するに、長いサラリーマン生活を終え、60歳、70歳になって気ままに過したいということだ。
 本ブログは、2006年頃から非公開で書き溜めていたものを2010年に公開し、その後諸事に関する私の雑感を綴ってきた。タイトルの「耳不順」、「踰矩」に従い、偏った視点でと思ってきたが、そのことより、長い、くどい、話題が固いと評判が悪い。
 本ブログにコメントが寄せられても、有難いことだが、かねての方針通り、原則として耳を傾けない(順わず)こととします。マナー違反にご容赦のほどを。(2016年1月記)
 似顔絵の経緯は、2011年12月11日のブログを参照。 [累計アクセス数統計については、2017年8月7日以降、はてなダイアリーのカウンターサービスが廃止となった。]

2013/10/21 (月)

[]インドの数の数え方

 12月に予定しているインド旅行に備え、若干インド漬けの日々だ。あまり面白い話は無いが、その中で、インドの数の数え方の複雑さに驚いたので、それを紹介する。以下、1)インド数学へのかねての印象、2)記数法の複雑さ、3)インドの百進法、4)数え方の複雑さランキング、他について述べる。約5,000字で少々長いがご容赦を。

1) インド数学へのかねての印象

 インド数学については、中味を知らないながらも、かねて敬意を払っていた。歴史的には、ゼロを発見した民族であること、最近ではインドのITの競争力だ。インドの小学校での算数の教え方もいろいろ紹介されている。

(零の発見)

 次の本は、有名なロングセラーだ。

○ 吉田洋一 「零の発見」 (岩波新書1939年1刷、56年22刷改版、79年52刷改版、1998年90刷)

 数の表記の位取り法としての零の使用(例えば「百八」に対して「108」とする)と、数としての零(加減乗除計算の対象として、他の数と同格に零を扱う)の発見をしたのはインド人*1。6世紀までにインドで使われ始め、8世紀にアラビアに伝えられ、その後ヨーロッパに伝えられた。ヨーロッパで本格的に使用されたのは、例えばイタリアでは13世紀頃らしい。このゼロの使用に関しての世界への貢献は計り知れない。

 また、この本とは別に、インドの算数教育について近年評価が高い。2桁の掛け算を暗算でする方法とか、19×19までの九九を小学校で覚えさせるとかが、日本でも紹介されている。

2) インドの記数法の複雑さ

 ヒンディー語の0から99までの数の表を見ていて当惑した。この表は、0の台、10の台、20の台、・・・とあり、左から右、上から下の順で、0から99までが並べられている。( http://www.sf.airnet.ne.jp/ts/language/number/hindij.html の2番目の表に相当。このウェブの表は、末位9の列が左端の「マイナス1」の列に移されているなど、少し変形されている)。表として判りやすいので、何か規則があるのではないかと探してみたが、よく判らない。

 2桁の数、m10+n (10、11、12を除く)を、逆に「n’とm'」と表しているようである(次のa)参照)。ここでn'はnの、m'はmの変形の意。この1の台の数と10の台の数を逆転させる方式はドイツ語でもあるので、それほど驚かない。表をじっくり見ていると次のような不審点がある。

a) 1台(1桁)、10台は別にして、20台以降の1の位(縦の列)は、第1音が全て同じで、大半は1台の数字(第1行の数字)と同じ、ないし関連がありそうな音(2の列は、dとbと違う)だ。しかし、第2音以下の変化の規則が判らない。

 9の列が無く、第1列は「マイナス1」のタイトルだが、これは例えば69の場合、何とかsuth(61から68の例)ではなく、unahuttur (マイナス1と70)と表記していることに因る。引き算を使うのはローマ数字の4(IV) や9(IX)でお馴染みだが、複雑だ。

b) 10の倍数(0の列。20、30、40等、m×10)の表記は、30、40、50については、1の行のmと相応したm'に変形していて、20、70、80、90についても関連しているような感じはする。しかし、60(saath) については、6(chhuh)ではなく7(saat)の音であって、何故こうなるのか理解に苦しむ。その他にも、mからm'への変形については簡単な規則が無さそうで当惑する。

 ある評者が、ヒンディー語の数字は100進法の世界だと言っていて、その意味は2つあるが(もう1つは後述)、このように、99までは簡単な規則が無く、全て覚えなければいけないことに由来する。

3) 大きな数の百進法

 100はソウ、1000はハザールで、99,999までは英語と同じ要領で表記できる。例えば34,567は、「34」ハザール「5」ソウ「67」の類だ(かぎかっこの付いた1桁ないし2桁の数は上記の99までの表に基づいて表記する)。しかし、10万になると、英語のhundred thousandの要領だとソウ・ハザールだが、そうは言わず新しくラークという数詞が登場する。100万の数詞は無く、次は1000万のクローレ、10億のアラブで、100倍ごとに新しい数詞が登場する。*2

 すなわち、1000以降は100進法になる訳だ。例えば、12,345,678,912は、「12」アラブ「34」クローレ「56」ラーク「78」ハザール「9」ソウ「12」だ。「インド英語」でもこれらの単位はよく使われていて、アラビア数字表記でも、例えば123,456,789は、12,34,56,789とコンマで区切られるそうだ(旅行中に確かめたい)。

 欧米語の千進法や日本、中国の万進法に馴染んだ身からすると、この千進法(千台まで)と百進法とが混在した命数法は、非常に奇異な感じがする。

 ただ、最初は戸惑った私も、よく考えると捨てがたい魅力を感じてきた。すなわち、昔英語を習い始めた時もその後も感じていた、英語の命数法への違和感を思い出したからだ。英語の千台、万台、十万台の命数法を考えると、例えば2千台のtwo thousand・・・、2万2千台のtwenty two thousand・・・から、22万2千台になると、two hundred twenty two thousandと、急に2音節(hundredの分)も増える。長くて発音しづらい。hundredが1音節ならばそんなに感じなかったかも知れない。すなわち、3桁の数字が長くて一息に発音しづらいということだ。

 ところが、インド式だと、2桁の数字と百進法の数詞をまとめれば、区切れよく一息で発声できる。聞く方も意味上のまとまりに沿っているので、理解しやすいのではないか。ただ、百進法の場合、千進法に比して多くの数詞を用意しなければいけないという問題はある。

(記数法のshort scaleとlong scale)

 余談だが、欧米語の命数法では、百万進法があり、今でも千進法と併存している。昔、学校時代の英語で、10億は米国でbillion、英国でthousand millionであり、英国でのbillionは1兆を指すと習った。その後英国でも米国式が普通になったと聞いたりして*3、百万進法の方は忘れていた。

 しかし、西欧(世界でも)では、千進法(short scaleと言うらしい)と百万進法(long scale)を採用する国(言語)が、今でも併存しているとのことだ。一部の国では混在しており、誠に紛らわしいと想像する。

(wiki「西洋の命数法」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E6%B4%8B%E3%81%AE%E5%91%BD%E6%95%B0%E6%B3%95#long_scale.E3.81.A8short_scale.E3.81.AE.E6.AF.94.E8.BC.83 )

4) 数え方の複雑さランキング

 前述のヒンディー語の数字表記が出ているウェブページの親ページは、「世界の言語の数体系」(高杉親知氏)で、非常に興味深い。http://www.sf.airnet.ne.jp/ts/language/numberj.html

 著者が集めた世界の言語の数体系が69言語にわたって掲載されている。感心し、注目したのは、著者が判断した複雑度の順位だ。ヒンディー語は、複雑度から見て69言語中4位に位置付けられている。しかし、1-3位の言語は、ニューギニアアフリカチャドの国のしかも方言で、話者数もわずかだ。ヒンディー語の話者数は、このページでは1億8200万人とされているが、2-3億人と言われている。実質、ヒンジー語(インドの各言語もそうだと思う)は世界で最も複雑な数体系ということだ。

 上述の、1の位と10の位の数が逆転するドイツ語は28位、20進法の混在等の複雑さで悪名高いフランス語(石原氏の暴言は後述)は19位だ。これらより複雑な言語が世界にあるということで感心する。

(中国語の簡明さ)

 この表の中で、日本語は中国語に次いで、66位と複雑度が圧倒的に低いのは嬉しい。この日中語の順位の根拠は不明だが、私は実は、中国語の方が日本語より複雑度が低く、理論的だと思う。

 理由は2つあって、第1は、100、1000などは、日本語では百、千と1を省略するが、中国語では、必ず1百、1千と1を入れる(日本語でも1万、1億等の1は省略しない)。10についても2桁の10台の数は1を省略するが、3桁以上の数に出てくる10については1を省略しない。この十の僅かな例外を除いて、実に理論的だ。子供からの質問に戸惑うこともなくていい。

 第2は、冒頭に述べた位取りのゼロに関係するが、途中に現れるゼロはリン(零)とちゃんと発音する。こんなことはゼロの発祥地インドでも無い。ただ問題があって、ゼロが1個でも何個続いてもリンは1個だけなことで、ちゃんとした位取りではない。

 中国語の命数法でも問題が無い訳ではない。最後にゼロが続く場合、その1つ前の(ゼロでない)数に付く数詞を省略することができる。従って、10.100も10,010も10,001も、百や十が省略されて、イー(1)・ワン(万)・リン(零)・イーと呼ばれ、区別できないケースがあり得る*4。流石にビジネスの場などでは適宜数詞を入れて区別するなどの工夫がなされていると思う。

5) その他

 インドに何回も行って、そのついでに小学校も訪問し、大学生などにアンケートしている人の本がある。

矢野道雄 「インド数学の発想−IT大国の源流をたどる」 (NHK出版新書、2011年5月1刷)

 冒頭に述べた、19×19の九九については、小学校の算数の教科書を何冊か見たが、フルに表にしているものは無かったとのことだ。20×10までのものが最大だったらしい。それからインド工科大学ボンベイ(ムンバイ)校の学生、院生へのアンケートの中に、九九の習得状況も入れたとのことで、結果が紹介されている。

暗記した九九の段数回答者数
10×1015
12×124
19×195
16×161
20×202
覚えていない等11

 著者は、「インド人が19×19まで暗記しているとの話は根拠が無い」とコメントしているが、私は暗記している人も多いのだと感心した。

(感想)

 私は、インドの命数法(ヒンディー語以外もこれに準じているようだ)の複雑さは尋常ではないと思う。昔(2005年)、石原慎太郎都知事(当時)が「フランス語は数を勘定できない言葉だから国際語として失格している」との暴言を吐いていた。http://ja.wikinews.org/wiki/%E3%80%8C%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E8%AA%9E%E3%81%AF%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E8%AA%9E%E5%A4%B1%E6%A0%BC%E3%80%8D%E7%99%BA%E8%A8%80%E3%81%A7%E7%9F%B3%E5%8E%9F%E9%83%BD%E7%9F%A5%E4%BA%8B%E3%82%92%E6%8F%90%E8%A8%B4

 1国の文化レベルや科学レベルと言語の命数法の簡明さとは関係が無いことは、インド数学レベルの歴史的な高さからも理解できることだ。石原氏の言葉は傲岸だと思う。

 しかし、上述の「世界の言語の数体系」(高杉親知氏)のウェブページでは、出所は明示されていないが、次のような記述がある。

同じ教育環境では、中国語を話す子供は英語を話す子供より数の能力が高いことが分かっている。両方話せる子供は、中国語で考えるほうが数の能力が高い。不規則な数体系は子供の数の能力に悪影響がある。

 算数教育のためにインドの学校で払われている苦労は、並大抵のものではなかろうと想像する。

*1:ただ、位取り法としてのゼロの使用は、メソポタメア、マヤの方が早いとも言われている。

*2wikiインドの命数法」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%81%AE%E5%91%BD%E6%95%B0%E6%B3%95

*3:1974年に英国のウィルソン首相が発表したとのこと。本文中のwiki「西洋の命数法」を参照

*4:11,000の場合は、イー・ワン・イーで、途中のリン(零)が入らないため誤解されない。

2013/10/08 (火)

[][][]インド旅行準備

 この1か月間ほどはもっぱらインド関係の本等を読んでいる。理由は、12月初旬に6日間インド旅行に行くことになったからだ。これは先月に中学の友人に会った際、話のついでにインド旅行に誘われたことに始まる。彼は商社を退職後、欧州企業の在日代理人をしており、その仕事でよくインドに行くとのことだ。

 インドはかねて機会があれば行きたいと思っていた国であり、家人の了解も得られた(家人は老犬の世話で留守役)ので、彼に改めてお願いしたら快諾してくれた。私の分はもちろん自前で、飛行機もエコノミーだ。

 かねて新しい国に出張する際には、金と時間の可能な範囲で勉強することとしている。今回は、金は無いが、時間は十分ある。a) 観光案内、b) 歴史、社会、文化、c) 言語、d)その他(小説等)、勉強したい分野は多い。

 実は今世紀になってから海外出張をしていない。前世紀における事前勉強の資料の形態はもっぱら書籍で、入手先は書店か図書館だった。今回気が付くと資料の形態と入手方法が随分多様化している。先ずウェブで膨大な情報が入手可能になっている。本稿では、取りあえず、事前勉強の方法について述べる。

(ツアーガイド)

 ウェブでの情報量は多いし、便利だが、紙の本の方が読みやすいので、基本は書籍で勉強したい。どんな書籍があるかはウェブで検索できる。しかし、例えば、書籍の購入に便利なAmazonで、「インド」で検索すると8,420件も出てくる。これなら書店の書棚に並べられている限られた数の書籍から、財布と時間と相談しつつ選ぶのも意味が無い訳ではない。

 先ず予備調査として観光案内(ツアーガイド)を借りようと思って、区立図書館に行った。驚いたことに、他の国は沢山あるのにインドのは無い。世田谷区の区立図書館データベースで見ると、インドロンリープラネット社のツアーガイド・シリーズしかなく、たまたま貸出中だった。

 余談だが、ロンリープラネット社のツアーガイドは懐かしい。1996年にブラジルに出張した際、ブラジルのツアーガイドを探して書店を5-6店回ったが、ブラジルを単独巻としたものは無かった。ふと思いついて洋書売り場に行ったら、ロンリープラネット社のツアーガイド・シリーズのブラジル巻があって買った。700ページもあって大部だったが、面白く、有益な情報が多かった。ロンリープラネットの日本語版が出ているのかと嬉しくなった。Amazonで調べると、2003年頃から逐次日本語版が出ていて、現在では3-40か国ほど出版されているようだ。

 しかし、ロンリープラネットインド編(日本語版)は、1,060ページもある、2007年出版でやや古い、貸出中*1ということで、結局書店で、地球の歩き方シリーズのインド(2013-14年版)を買った。700ページもあるが、この駅前書店(一応、三省堂)には、他のツアーガイドは無かった。

(グーグル・アラート)

 ウェブも活用している。グーグルに、グーグルアラートという無料サービスがあり、語句を登録すると、その語についてのニュース、新しいウェブページを毎日メールで通知してくれる。早速「インド」を登録した。毎日、ニュースを中心に10件ほど通知が来る。経済関係ニュースが多く、殆ど読んでいない。

(テレビ番組)

 前世紀の事前勉強法から見て画期的に変ったのは、テレビ番組の活用だ。電子番組ガイドで、今後1週間の各チャンネルの番組が掲載されている。検索機能があるので、「インド」で探し、録画予約すればいい。1週間ごとに新たに検索している。タイトル内の語句だけでなく、ある程度内容に渡っても検索してくれる。

 ただ、この検索機能は貧弱で、問題が2つある。1つはテレビの画面の50音表から1音ずつカーソルを動かして選択していかなければいけなくて(漢字カタカナへの変換機能はある)、入力に相当根気を要する。2つ目は、「インド」で検索すると「インドネシア」、「ウインドウズ」なども引っかかる*2。従って、多くの番組が検索され(10倍近いと思われる場合もある)、その番組を1つ1つチェックして録画するものを決めていかなければならない。

 放送済みの番組についてもある程度見ることは可能だ。8日以内ならば、我が家のタイムシフト機能(弊ブログタイムシフト・テレビ」 id:oginos:20130401 )にも貧弱ながら検索機能があり、探し出せる。また、地デジBSCATVの番組の一部が「オンデマンド」に登録され、有料で視聴できる。オンデマンドは、我が家の場合CATV(J:COM社)のサービスだが、テレビでの検索機能は無い。それで、J:COMNHKオンデマンドHPに行って検索しなければならないが、その検索機能も例の貧弱版だ。グーグル並みになると有難い。

 もう1つクレームを言うと、視聴可能期間が短い。特にNHKオンデマンドは、有料なのにわずか3日間だ。改善してくれると嬉しい。

(インド映画)

 あと話題のインド映画が見たい。インドの映画は有名で、例えば、10月5日の日経新聞の記事「中国の映画市場、20年に世界一、興行収入で米抜く、ユネスコ見通し」の中に、「興行収入」と並んで、「述べ来場者数」と「製作本数」のランキングが出ている。来場者数では、インドが29.4億人で2位が米国の12.8億人、製作本数では、インドが1255本で2位が米国の819本(何れも2011年)と、インドが断トツだ。ただ興行収入では上位3位に入っていない。

 上記のCATVオンデマンドでは映画もレンタルビデオ並みに登録されているが、その本数が少ない(1-2本視聴する予定)。ビデオレンタル店に行きたいが、2-3年前に近くのレンタル店がクローズしたので、現在、我が家の半径1.2km内にはレンタル店が無い(グーグルマップでの検索結果)。これが現在悩みだ。時間があればとの気持だ。

(その他)

 冒頭で述べた、歴史、社会、文化、言語等についても、逐次、本を買ったり、借りたりしている。私の認識能力が低下し、やや消化不良気味で、夜など読んでいると眠くなる。また、現時点の資料探索段階での感想だが、インド関係の資料は日本では思ったほど多くないとの印象だ。

*1:後日借りた。

*2グーグルAmazonの検索技術が優れていることに改めて感心。「インドネシア」などは出てこない。単語単位にインデックス化しているからとのこと。

2013/10/04 (金)

[]みずほ銀行暴力団融資

 みずほ銀行暴力団融資していたことが明らかになって、問題になっている。10月4日には同行が初めて記者会見し、副頭取が事実を認めたとして、大きく報道されている。例えば、http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131004-00000121-jij-bus_all

 銀行が暴力団融資することについては、損をしなければいいのではないか、損をすれば責任者の行内処分でいいのではないかとの説もあるが、暴力団対策のためにわざわざ立法措置(1991年暴力団対策法、1999年の組織犯罪処罰法)まで講じて、暴力団への資金提供を防ぐ措置を社会全体で実施してきたのだから、それに違反したみずほ銀行の罪は大きい。私は、それとは別に、消費者ローン契約上のある条項との関係について、個人的な経験を含めコメントを述べたい。

 銀行が消費者とローン契約等を締結する時には、いわゆる暴力団排除条項が盛り込まれる。その概要は、借主(保証人を含む)が、a)暴力団やこれに準ずる者とは関係ないことと、b)暴力的な要求行為その他を行わない(第3者にも行わせない)ことを確約させるものだ。これに違反した場合や虚偽の申告をした場合のペナルティは、借主が「期限の利益を失う」ことだ(要するに、即時全額償還しなければならない)。

 この条項は、政府が2007年に、「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」(犯罪対策閣僚会議、2007年6月19日)を定めて以来、金融関係や公共事業関係を中心とした業界に、契約上のモデル条項を作成するよう指導してきた成果だ。その後、犯罪対策閣僚会議は、2010年12月9日の「企業活動からの暴力団排除の取組について」においても、このような契約条項を盛り込むことを推奨した。http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hanzai/kettei/101209/honbun.pdf

 ここで、3年ほど前の個人的な経験を述べると、私が保証人とならなければならないローン契約があり、その中に「反社会的勢力の排除」の見出しで、前述の条項があった。貸主は今回のみずほ銀行とは別の大都市銀行だったが、みずほ銀行でも同じような条項を設けているであろう。私は保証人として、事前に渡された契約条項をチェックしておいて、幾つか質問した。そのうちの1つがこの暴力団排除条項だった。

 私の主張は、この規定が借主の義務だけを述べている片務契約なのはおかしい、貸主の銀行についても同じことを規定する双務的な契約にしてほしいということだ。先方の銀行員が変な顔をするので、貸主が借主に対し暴力的な行動に出てくる可能性などを排除したいからだと述べると、銀行員は苦笑した。(法律上?)銀行はそのようなことをしてはいけないことになっているから大丈夫だと言った。余り論理的な説明ではなく納得しづらかったが、既に印刷された契約文書であって、1行員が修正するのは大変だろうと思ったし、保証人の分際で折角のローン話をぶち壊すのも本意ではなかったので、それで引き下がった。

 今回のみずほ銀行のケースで言うと、(泣く泣く片務契約条項を飲まされた?)多くのローン契約の借主を裏切ったと思う。暴力団との関係を一方的に借主に禁ずるなら、暴力団と関係していた貸主にもペナルティを課さなければ不公平ではないか。ローンの返済を免除してくれれば有難いが、それは貸借契約としてはあり得ない。例えば利子の免除ぐらいはペナルティとしては適当だろう。みずほ銀行のローンの借主が一緒に訴訟を起せば、法廷で争えないかと思う。そのようなペナルティでも課さなければ、一部の銀行と暴力団との関係は断ち切れないのではなかろうか。せめて、モデル条項を双務的なものにできないだろうか。