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踰矩ブログ(耳不順を改め) RSSフィード

 2016年の新年に当り、弊ブログのタイトルを変えることとした。論語の「70にして心の欲する所に従い矩を踰えず(のりをこえず)」をもじり、矩を踰える趣旨で「踰矩」ブログに変える。音読みで「ゆく」、訓読みで「のりこえ」と読んでほしい。今までの「耳不順ブログ」にもそれなりに愛着があり、また、継承関係を示す意味で、「踰矩ブログ(耳不順を改め)」とかっこを付けた。  趣旨の詳細は、2016年1月1日付けの記事で説明してあるが、要するに、長いサラリーマン生活を終え、60歳、70歳になって気ままに過したいということだ。
 本ブログは、2006年頃から非公開で書き溜めていたものを2010年に公開し、その後諸事に関する私の雑感を綴ってきた。タイトルの「耳不順」、「踰矩」に従い、偏った視点でと思ってきたが、そのことより、長い、くどい、話題が固いと評判が悪い。
 本ブログにコメントが寄せられても、有難いことだが、かねての方針通り、原則として耳を傾けない(順わず)こととします。マナー違反にご容赦のほどを。(2016年1月記)
 似顔絵の経緯は、2011年12月11日のブログを参照。 [累計アクセス数統計については、2017年8月7日以降、はてなダイアリーのカウンターサービスが廃止となった。]

2013/12/31 (火)

インド雑記(7) 無線LANの不思議

 出発前の弊ブログ携帯電話の海外での利用」(id:oginos:20131129)で述べたことは、海外でのa)通信料金とb)通話料金の節約を図るものだった。その結果を報告する。

(出発前の計画)

 弊ブログで述べた方法は次のとおり。

a) データ通信(eメール、ウェブ閲覧、ファイルの送受信)について

 私のauの「海外ダブル定額」では、1日当り最高2,980円だが、直ぐ最高額に張りつきそうだ。教えてもらった方法は、通常はスマホのデータ通信機能をオフにしてメールの着信を拒否しておいて、ホテルに帰ったらホテルの無線LANを活用して、その間のメールを受信し、ウェブの閲覧もすることだ。

b) 通話について

 auでは、インド−日本間の国際通話は1分当り180円で高い。考えた方法は、ホテルの無線LANが通じている状態の時にIP電話である「050plus」を使って、3分8.4円(対固定電話)、1分16.8円(対携帯電話)の安価な国際通話をすることだ。

 ホテルの外にいる間で必要な時は、スマホのデータ通信や高価な通常通話をすることができる。何れにしろ、ホテルで無線LANが無料ないし安価に使用できることが前提だ。なお、海外出張にしばしば出かける同行U氏も、ソフトバンクiPhone4を武器に、無線LANと050plusの愛用者だと、出発の成田空港で聞いて、安心した。

(現地で)

 1-2泊目のデリーのホテルは無線LANが有料だった*1ので、夜に到着した後取りあえず30分だけ使うこととした。スマホを繋ぐと早速、翌日の私向けのツアーの出迎えうんぬんというメールが入っていて焦った。ガイドが手配企業に対し、出迎え時間などが判らないと言っているので、これは困ると、10時のはずだとメールした。翌日は、これ関係の連絡が来るかも知れないし、外出先での連絡があるかも知れないので、スマホのデータ通信をオンにした。これは結局正解で、その後もメール連絡が来た。

 頼りのU氏にccは行っていないようだし、本人は朝から会議だし、不安が募る。その後、ガイドと運転手のアレンジ状況に不具合などのトラブルもあって出発が遅れたが、何とか出発できたのは幸い。

 3泊目のムンバイのホテルは、無線LANが無料*2ということで、大いに期待した。しかし、10分ぐらい繋がり、その間にメールは読めて有難かったが、10分経つと直ぐ圏外になった(ちなみに、2泊目のデリーも不調だった)。友人のiPhone4は、デリーの1泊目から快適に〓がったという。

 パソコンを持ってきていた。デリーの部屋には有線LANケーブルがあったが何故か〓がらなかった。ムンバイにも有線LANケーブルがあったのでそれで繋ごうと思ったが、その前にパソコンも無線LANでトライしたら〓がった。しかし、前述のようにスマホには〓がらない。これが第1の不思議だ。U氏のiPhoneが羨ましくなった。

 ところが、4泊目のプネ、5泊目のデリー(1-2泊目と同じホテル)は快適に〓がった。私の方は安心して家に050plusで電話した。思い立って、LINEでも電話したら〓がった。LINEは無料だから更に安いが、音質は050plusより悪いように思えた。その時の無線の調子もあるかも知れない。

 不思議なことに、あとで聞いたが4-5泊目は、友人のiPhone4は今までとは逆に〓がらなかったそうだ。これが第2の不思議だ。

(テザリングは不調)

 データ通信を使う場合、日本国内ではスマホテザリング機能があり、パソコンのLAN環境が無くても、スマホ経由でウェブに〓がる。インドでは1日上限2980円のデータ通信をオンにした日に、ついでにテザリングも使おうと思ったらできなかった。このスマホの国際的なデータ通信は、ローミングという方法で、日本の電話通信会社とインドの電話通信会社とが提携して通信を行っている(通話も)。テザリングはデータ通信量が大きくなるから、国際ローミングでは認めていないのかと推測する。

(帰国後)

 050plusにはお世話になった。しかし、12月を過ぎると基本料(月315円)の無料サービス期間(2か月)が終って有料になる。冒頭の弊ブログでも書いたように、私は殆ど通話をしない人なので、帰国後遺憾ながら解約した。どうも有難う。

(次回以降の予告)

 今までのインド雑記集を読んでいると、悠久5000年の歴史を誇るインドに行ったのに、天気予報とか、トラックの後の標示の観察とか、数の数え方とか、無用のことしか見て来なかったのかと思われるかも知れない。そうではなくて、大名旅行と言ったとおり、ちゃんと歴史的な名所旧跡を観てきた。しかし、長い歴史的建物なので、説明に時間が掛かるし、一般的に面白いと思われる話も多くない。

 名所旧跡に多く行った証拠として、写真を多く撮ったので、次回以降はそれを順次都市別に紹介する。それぞれの写真、動画に適宜簡単な説明を付けていくこととする。「インド雑記(1)始めに」で書く予定とした「各宗教の寺院」は、この中でささやかながら触れていきたい。

*1:30分間152.95ルピー(1.7円/ルピー換算で約160円から24時間734.16ルピー(同約1,250円)

*2:U氏の尽力の結果。プネも同様に無料となった。

2013/12/27 (金)

[][]インド雑記(6) ヒンディー語

 新しい国に行くことになると、その国の言葉を少しでも勉強したくなる。ところが、インドについてはそれが少しややこしい。インドの言語は主なものだけでも30程度あると言われ、州単位の公用語もあり、今回訪問したデリーはヒンディー語ムンバイとプネ(マハーラーシュトラ州)はマラーティー語だという。とても複数の言語に挑戦する意欲は無く、取りあえず雰囲気だけ味わってみようということで、ヒンディー語に挑戦することとした。当然ながらマスターすることはできなかったが、本稿ではその過程で得たつたない知識も踏まえ、1)インドの多言語の状況、2)ヒンディー語の特徴、3)ヒンディー語の使用経験、を紹介する。

1) インドの多言語の状況

 インドの公的言語について、先ずインド憲法(1950年施行)第343条で、連邦政府の公的共通語としてヒンディー語と英語を定めている(英語は将来のヒンディー語への全面移管までの間の準公用語との位置付け)。更に同憲法の第8付則において22の言語が規定されている(このリストに、ヒンディー語はあるが、英語は無い。従って憲法では23の言語が規定されている。) *1

 多くの州では、各州の公用語を定めており、その中には憲法第8付則に規定されていない言語もあるらしい。ヒンディー語公用語としての普及は各州の反対もあり、進んでいないようだ。その他にも多くの言語があり、総数260に上るとも言われている*2。方言は2000に上ると言われる。

(紙幣の言語)

 言語の多様性を反映して、インドの紙幣には17の言語が印刷されている。インド公用語の数が17とよく書かれているが、これに基づいているのであろう。私の持っている10ルピー紙幣の表裏の写真と裏面の15言語が書かれている部分を拡大したものを載せる。

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 この紙幣の各部分の解説が、100ルピー紙幣の写真を基に次のページに掲載されている。

http://www2m.biglobe.ne.jp/~ZenTech/money/banknote/p07_india_zoomin.htm

 表は、ヒンディー語と英語だが、裏面には更に15の言語で金額が書かれている。驚くべきは文字の種類も多くあることで10種類もある。アラビア文字は右から左に向かって読む。

(道路標識)

 デリーを案内してくれたガイドが、道路標識が4つの言語で書かれていると教えてくれた。写真を撮り損なったが、ヒンディー語、英語、パンジャーブ語、ウルドウ語(アラビア文字)で書かれているそうだ。後者の2つは、デリーに近い州の公用語とのこと。

(インド人同士のコミュニケーション)

 ムンバイからプネへの飛行機で隣に乗り合わせたインド人が話しかけてくるので英語で雑談していた。彼は仕事の関係で4つの州にしばしば行くが、そのうち2つの州の言語が判らない。すなわち、住んでいるバナーラス市(ガンジス河岸の沐浴で有名)はヒンディー語、プネのマラーティー語は何とかなるが、南のタミルナードゥ州のタミル語、西のグジャラート州のグジャラート語は判らないという。どうするのかと聞いたら、インド人同士、英語で仕事をするという。英語は70%の人が話すからだというが、大変なことだと思った。

2) ヒンディー語の特徴

 上述のとおり、9月中旬からヒンディー語の勉強を始めた。旅行用会話集*3を買ったが、言葉の仕組がよく判らないので、もう少し文法などを説明している薄い語学書を買った。*4 *5 以下は、2か月余り勉強した範囲での私のヒンディー語の印象だ。

a) 語順

 語順が日本語とほぼ似ているのに感心した。例えば、「アグラ(地名)までの切符」は「アグラ・タク(まで)・カー(の)・チカト(切符)」となる。ここで「タク(まで)」、「カー(の)」は、英語などの前置詞にほぼ似た機能だが、後に置かれる単語なので「後置詞」という。日本語なら「助詞」だ。ちなみに前置詞は無い。動詞が文の最後に置かれるのも嬉しい。

b) 動詞活用の男女の別

 男性、女性の別が、名詞(形容詞冠詞を含む)の活用だけでなく、動詞の活用にもあることにびっくり。ヨーロッパの言語ではあまり聞かないのではなかろうか。代名詞には男性、女性の別はないが、動詞の活用で区別できる。ごく簡単に説明すると、主語が男性(人の場合)や男性名詞の場合、多くの動詞の語尾は「アー」、女性(人の場合)や女性名詞の場合、多くの動詞の語尾は「イー」である(以上は単数の場合。複数の時はそれぞれ、「エー」と「イーン」)。

 1人称で話す場合、男と女で動詞の語尾が違うというのは、日本語の男言葉、女言葉の別を連想させて面白い。ただし、事実上の主語と文法上の主語が違う場合(理解しにくいだろうが、他動詞の完了形の場合)があって話は単純ではない。3人称代名詞も近称、遠称の別はあって、英語のhe、sheのような男女の別はないが、動詞の語尾で区別できる場合が多い。私は読んだことがないが、小説のラブシーンなどの場合、どちらがしゃべったか、どちらがしたか、など地の文で説明しなくてよくて便利かも知れない。

 名詞の活用語尾も、主格・単数の場合、普通の男性名詞が「アー」、普通の女性名詞が「イー」だ(普通の活用をしない名詞も多いが)。これにはやや違和感を抱く。ヨーロッパの言語では、aの語尾は女性名詞というのが普通で、男性名詞の語尾も定形化されている場合は o だろう(例、イタリー語、エスペラント語)。この違和感については次で説明。

c) ヒンディー語は本当に印欧語族

 ヒンディー語は、インド・ヨーロピアン語族(印欧語族)に属し、従って、英語、フランス語ロシア語ペルシャ語(アラビア語は別の語族)などと親類とされている。しかし、上記のa)の語順、b)の男性・女性名詞の語尾の違いなどを見ると、ヒンディー語は本当に印欧語族かと私はいぶかしく感じた。

 言語の親族関係は、単語の類似関係で分析すると理論的に説明されているが、現実の単語を幾つか見ていっても欧州語と類似関係にあると思われるものが殆んど感じられない。もちろん、19世紀の英国占領以降の英語からの借用語と見られるものは多いが、基礎的な名詞には欧州語を連想させるものはあまり感じられなかった。

3) ヒンディー語の使用経験

(レストランの予約)

 私の外国語の勉強の目的には、習熟しようという意図は全く無い。取りあえず文字の読み方を知り、その国の地名や標識などが読めると観光などの場合に親しみが湧くだろうとの期待だ。勉強の時間に余裕があると、レストランの予約をすることを次の目標にする。日時と人数を言えればいいから比較的容易で、予約できた場合には割に達成感がある。

 こんにちは、ありがとう、など片言の挨拶だけでも現地の言葉で言えば、現地の人と心の交流ができて楽しいと会話本に書いてあるが、私はそうは思わない。内容が無いし、話が続かない。それに、インドでは「ダンニャワード(ありがとう)」と言っても、相手の反応が今一つのような気がした。それで、「インドでは大したことでないことにありがとうと言うと、こんな詰らないことでお礼を言うのかとバカにされる」とある本に書いてあったのを思い出した。*6インド雑記(1)天気予報が無い」にも書いたように、毎日の天気も季節内は変らない。昨日と同じ天気で、「いい天気ですね」と言うと何を言っているのかと言われそうだ。異文化間の心の交流も難しい。

 閑話休題、ということで、デリーで友人と行く郊外のレストランを決め、電話で何とか夕食を予約した。仕事が終った友人から人数が増えたと言われたので、人数の変更のためまた電話した。ところが、これが通じない。もう既に2人で予約できているとがんばる。私もヒンディー語でがんばっていたが、遂に先方が業を煮やして英語のうまそうな人に代った。代った人は一言、”How many people?” 私も一言、”six.” これで話は終ったが、「変更」が通じなかったことで私は傷ついた。その後、6人がホテルのロビーに集まり、タクシーの手配が遅れたため、レストランに時間の遅れを連絡することになった。私は再度電話する元気が出ず、みんながホテルのコンシェルジェに変更の電話を頼もうと言ったので、異議なく賛成した。

(バーラトは難しい)

 失敗談をもう1つ。前述の飛行機で隣に乗り合わせたインド人との雑談の中で、ヒンディー語の勉強の話になった。*7 それで「私は日本人、貴方はインド人」などと詰らないことを言ってみた。インドヒンディー語では「バーラト」、インド人は「バーラティーヤ」と言うはずだが通じない。何度か試みているうちに、先方は私の間違いにやっと気が付いてくれた。すなわち、ヒンディー語の「b」には無気音と有気音とがあり(アルファベットでは、bとbhとに書き分けられる)、それが違っていたのだ(インドはbhaarat)。私は全く聞き分けられないし、発音の区別もできないので、いい加減に覚えていたのだが、baaratと発音し、先方にはそれが全く別の単語に聞こえていたのだ。

 この無気音と有気音との別は、k-kh、g-gh、c-ch(チャと発音)、j-jh(ジャと発音)、p-ph、b-bh(前述)と多い。t系、d系には、更に、歯破裂音に加えそり舌破裂音(舌を口蓋の中央部に付けて発声。ここでは便宜的にイタリックで表記)がある。すなわち、tにはt-th-t-thの4種、dにはd-dh-d-dhの4種があり、私には全く区別できない。先ほどのバーラトが通じなかったことで、これら全てを区別しなければならないかと思い、私としては、ヒンディー語をこれ以上学ぶ気力を全く無くしてしまった。

 語学の勉強というのは、コストパフォーマンスが最悪だとつくづく思う。多大の時間を費やしても初歩的な実用のレベルにも達しない。勉強を中断すると、自転車の練習と違い、直ぐに忘れてしまう。観光旅行で行った場合だと、帰ると接する機会が無く、あっという間に元の木阿弥だ。

*1http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%81%AE%E5%85%AC%E7%94%A8%E8%AA%9E%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7

*2:辛島昇 監修 「(読んで旅する 世界の歴史と文化) インド」 (新潮社 1992年11月)

*3黒澤明夫 「(一人歩きの会話集)ヒンディー語」 (JTBパブリッシング、2009年10月初版)

*4町田和彦 「ニューエクスプレス ヒンディー語」 (白水社、2008年9月1刷、2013年1月5刷) この本は薄いが説明はいい。これ以外のヒンディー語の語学書(例えば大学書林の「基礎ヒンディー語」は6500円)は、厚くて高価なものになって、私には手が出ない。

*5:余談だが、新宿の大きな書店ブックファーストに行って探した。「アジアの言語」コーナーに無いので驚いた。ヒンディー語は「その他の地域」コーナーにあった。

*6:ありがとうに関しての日米比較との対照も面白い。米国人は、日本人がありがとうと言う場面が少ないことと、同じことに何度もありがとうと言うことが気に懸るそうだ。米国人は、例えば店員からお釣りをもらっても、ドアーを開けてもらってもサンキューと言うが日本人は言わない人が多い。日本人は、例えば1度ご馳走になると、その後いつ会ってもあの時はありがとうと言うが、米国人は礼は済んでいるはずなのに何のことかと訝しむ。米国人でも2度礼を言う場合があるが、その時は Thank you again とはっきりさせる…そうだ。

*7:私は元来飛行機の中でも列車の中でも、用事がある場合は別として殆ど隣人と話をしない。特に外国で相手が外国人の場合は苦手だ。逆に日本で外国人から下手な日本語で話しかけられても、話題が詰らないし、時間がもったいないと思う気質だ。従って、自分の外国語の練習になると思う場合でも、相手は迷惑だろうと考え、そこそこに切り上げるのが常だ。そばに日本人がいると、なおさら恥かしくて(語学の勉強などしていて暇だと思われる)話せない。今回は相手のインド人が話し好きだった。

2013/12/24 (火)

[][]インド雑記(5) インドの数2題

 10月に弊ブログで「インドの数の数え方」(id:oginos:20131021)を紹介した。そのうちの2つをインドで確認してきた。1つは、指での数え方、2つは1,000以上の数の2桁ごとのカンマ区切り(百進法)だ。

(指での数え方)

 冒頭の弊ブログへの友人のコメント(http://d.hatena.ne.jp/oginos/20131021/p1#c)で、インドの指での数の数え方がユニークだという指摘があり、その数え方を示すウェブページが紹介されていた。http://www.sepia.dti.ne.jp/shu/goodidea/indiacount.html

 このページは、片手で12まで数えられるインド人の方法を図示している(以下このやり方を「U」という)。面白そうなので、インドに行って計3人のインド人に確認してみた。全員ほぼ同じ数え方を見せてくれたが、「U」とは少し違っている。特に、Uでは、人差指、中指、薬指、小指の各3つの節に親指を当てて、3×4の12まで数える。私の会ったインド人は更に親指の3つの節に人差指の先を当てて、併せて片手で15まで数えてくれた。両手で30まで数えられると誇らしげな人もいた。ただ1人だけ親指が心なしかずんぐりした人がいて、14までしか数えてくれなかった。そのうち1人に協力をお願いして、動画で撮影させてもらった。*1

http://d.hatena.ne.jp/oginos/files/Countingbyfingers.MOV?d=.mov

 聞いた人3人がすべて同じ数え方をしてくれたので、インドでは一般的な数え方なのだろう。冒頭の友人のコメントでは、この数え方の存在は東大の須藤靖教授の雑文で知ったが、具体的な図(U方式)はウェブで探したものとある。従って、須藤教授の紹介した方法は「U」とは違うものなのかも知れない。

 帰国後、ふと気が付いて片手で24まで数えられる方法を自分で思いついた。上記のインド人の13から15は、人差指の先で親指の3節をポイントする。次いで、中指の先で親指の3節をポイントし、更に薬指、小指の先を用いて親指の3節をポイントすればいい。片手で24、両手で48まで可能だ。自分で動画を撮影したので紹介する。ややぎこちない動きがあるが、慣れていないからなので、そのうちスムーズになるだろう。インド人に見せたら評価してくれるだろうか。

片手で24.3gp 直

(百進法の実際)

 冒頭の弊ブログでは、「大きな数の百進法」と題し、ヒンディー語では、1000のハザールまでは英語などと同じ3桁でカンマだが、その上は、10万がラーク、1000万がクローレ、10億がアラブという風に100倍ごとに新しい数詞が登場し、数字も2桁ごとのカンマ区切りになると紹介した。しかもインド英語でも同じ2桁区切りで表記されると書いてある。

 毎朝ホテルの部屋に配達される英字新聞で確かめた。本文にはなかなか大きな数字が出てないが、何かの銀行の公告で見つけた(全文英文の公告)。

Rs 2,05,84,148/- ( Rs Two Crore Five Lakh Eighty four Thousand one Hundred Forty Eight Rupees) [Rsはルピー(当時1ルピー=1.7円)。2058万4148ルピーの意。Lakhはlacとも。]

 しかし、中にはbillionなどを使っている記事もある。小さな記事だが、日本の安倍首相の写真入りで、日本が、$182 billion ないし18.6 trillion yenの経済対策を発表したと報じている。ヒンディー語の百進法方式と英語の千進法方式が新聞の中で混在している訳だ。

 同じ表記の中で混在している例としては、車の窓から見つけて撮った数字の看板の写真を紹介する。

f:id:oginos:20131207174314j:image:w360:right

「Rs 12,500 Crores」 (最初の記号はルピーを示す通貨記号)とある。ガイドにどう発音するのかと聞いたら、twelve thousand five hundred crore と言っていた。1250億ルピーだから大きな額だが、百進、千進混在で書き、発音しているのが面白い。看板によればインド最大の保険会社の95周年のようだ。

 この表現の混在が混乱を産んでいる事例にも遭遇した。プネ市を案内してくれた同市のビジネスマンが、プネの人口(広域)はsixty million (6000万人) と言ったので、友人と2人でのけぞった。本当かと聞き返したら、少し考えてsix million (600万人)と訂正した。私は、彼の間違いの理由が想像できたので、後で、sixty lakh の積りで間違ったのだろうと聞いたら、苦笑して認めていた。

*1:実は3人すべての動画を撮ろうとしたのだが、3人目はカメラのバッテリーが切れていて駄目だった。

2013/12/23 (月)

[][]インド雑記(4) 3時間半の時差

 インドと日本の時差は3時間半ということは、かねて、世界の標準時地図を眺めて知ってはいた。1時間単位の標準時の国が圧倒的に多い中で、変った国があるなとは思っていたが、実際に行ってみると、改めて不便なことを実感する。以下、端数の標準時について雑学を。

 世界の標準時は、1884年の国際子午線会議において、英国グリニッジ天文台を基点とするグリニッジ子午線が本初子午線に採用されて以来、これとの差で各地の標準時(タイムゾーン)が整備されてきた。通常は、グリニッジ標準時(GMT。最近は、「協定世界時 UTC(Universal Time, Coordinated)」という)との時差が1時間単位、すなわち経度としては15度単位で各地の標準時が設定されてきた。

(インドの標準時)

 インドの経度は東経68度から97度(バングラデシュの東側の「北東インド」地域を含む)*1まで、約30度分ある。北東インドを除く本土だけでも約20度分(コルカタ近傍のバングラデシュとの国境は東経89度)あるから、UTCとの時差が1時間単位となる子午線(東経75度と90度)は2本もある。

 昔はボンベイ(現ムンバイ、東経約73度)標準時とカルカッタ(現コルコタ、東経約88度)標準時とがあったという。この2つの標準時が1つのインド標準時(ISTUTCとの差は5時間30分、UTC+5:30)になったのは、1905年だ。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E6%A8%99%E6%BA%96%E6%99%82

 30分の端数の時差の標準時が設定された経緯は、これで推察できる。インド全国を1の標準時としたい場合、カルカッタボンベイかの争いを調停できなかったのであろう。1911年英国は英領インド首都カルカッタからデリー(東経約77度)に移したが、それでもカルカッタ派を説得できなかった。選択肢は、従来通りの2つの標準時か、1つとすれば現行の30分端数の標準時だったろうと推測できる。

 なお、ボンベイでは1955年まで、ISTより39分遅れの独自の地方時を使用していたという(UTC+4:51)。これには、標準時が導入される以前の状況を記した次の記事が参考になる。

Wikipedia「標準時」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%99%E6%BA%96%E6%99%82

 標準時が導入される以前は、各々の自治体ごとに(もしその町の時計があれば)その町での太陽の位置に合わせて時計を合わせていた。すなわち都市や観測地点ごとに定めた平均太陽時であった。移動者は移動の度に時計を合わせ直す必要があった。

 鉄道が敷設される以前はこれで十分に間に合っていたが、鉄道によって人々がそれまでよりも格段に速く広範囲を移動できるようになると、頻繁に時計を合わせ直す必要が生じた。この問題を解決するために、ある地域内で鉄道運行に関わる全ての時計に共通の時刻を用いるという「鉄道時間 (railway time)」、後に「標準時」、の仕組みがイギリスで生まれた。

 また、インドではかねて占星術が盛んで、今でもそれが生活で使われているとのことだ*2。私の見る所、暦や占い(詳細は私にはさっぱり判らない)のためには、その地点ごとの太陽時がポイントになろう。ボンベイのかつての地方時(UTC+4:51)はそういう意味だろうと思う。

(珍説)

 世の中にはいろんなことを思いつく人がいて感心する。インドの30分の時差は、かつての宗主国イギリスの考えだという。腕時計でインド時間で表示して、相手が反対方向から見るとそのままイギリス時間(グリニッジ時)になる。30分の時差が見事に活かされている。短針の位置の正確さには問題があり、長針の場所によっては慣れが必要だが、1日内の全ての時刻で適用される(冬時間のみだが)。

http://ma2fune.blog.so-net.ne.jp/2008-05-24

(端数の標準時)

 世界でUTCとの時差が1時間単位でない所は幾つかある。次のウェブページは、時間帯別に整理されているので見やすい。

http://www.time-j.net/uc/

 主な国、地域で、30分の端数があるのは、ベネズエラ(UTC-4:30)、カナダ(ニューファンドランド州、UTC-3:30)、 イラン(UTC+3:30)、アフガニスタン(UTC+4:30)、インド(UTC+5:30)、ミャンマー(UTC+6:30)、オーストラリア(ノーザンテリトリー南オーストラリア州UTC+9:30)、オーストラリア(ロード・ハウ島UTC+10:30)だ。

 15分単位の端数の地域もある。ネパール(UTC+5:45)、オーストラリア(ユークラ、UTC+8:45)、ニュージーランド(チャタム島、UTC+12:45)だ。

 インドの隣国のネパールの領域は東経80度から88度に渡るが、UTC+5:45は東経86.25度に相当する。ミャンマー(東経92度から101度)のUTC+6:30は、東経97.5度に相当する。何れも領土内に標準時の子午線が通っている。

 不思議なのは、オーストラリアノーザンテリトリー(領域は東経129度から138度)と南オーストラリア州(東経129度から141度)だ。UTC+9:00に相当する東経135度線が領域の真ん中を通っているのにそれを採用せず、採用しているUTC+9:30に相当する東経142.5度線は領域の東側の外にある。多分、シドニーメルボルン(UTC+10:00)との時差をできるだけ小さくしたいとの考えだっただろうが、世界にはいろいろな考え方があると思う。

(韓国の標準時変更論争)

 端数の時差といえば、本年11月に韓国で日本との時差を30分(正確に言えばUTC+8:30)にしようとの法案が議員から国会に提案されて話題になった。

http://www.huffingtonpost.jp/2013/11/22/kst_n_4321478.html

 この議員によれば、現在の韓国標準時たるUTC+9:00の子午線(東経135度)は韓国領を通っていない。この標準時は日本と同じで、日本統治時の名残だ、国家のアイデンティティを確立するために変更する必要があるとする。しかし、独立後1957年に一度このような標準時にしたが、1961年に元に戻したという経緯がある。また、日本標準時を避けて1時間の差(UTC+8:00)にすると、中国の標準時と同じになるから*3、それは採れないだろう。

 Wikiの「韓国標準時」の項*4を見ると、多分中立的と思われる内容で詳細に経緯が記されている。これによれば、さる11月の議員提案だけでなく、韓国内では20年程前から何回か議論されているようだ。しかし、30分の端数の標準時はやはり不便だろうと思う。多分採用されないのではないか。

 日本は、東経135度の子午線が国内のほぼ真ん中(明石市)にあるため、韓国インドのような議論が出てこなかったのは誠に幸いだ。

*1バングラデシュの東側にも、バングラデシュの北側の細い回廊状の領域を通って、インド本土と繋がっている、「北東インド」と呼ばれるインドの領土がある。アッサム州他6州からなる。

*2:矢野道雄「占星術師たちのインド−暦と占いの文化」 (中公新書、1992年7月発行)

*3中国はあの広い国土が1つの時間帯だ。

*4:「韓国標準時」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%93%E5%9B%BD%E6%A8%99%E6%BA%96%E6%99%82

2013/12/19 (木)

[]インド雑記(3) 料理と浄・不浄

 インド料理について日本の本で紹介されていることは普通次のようなことだ。

a) インドカレー料理だが、インドカレーとはスパイスの入った汁物を言い、日本のカレーとは異なり、多彩だ。

b) 牛はヒンドウー教の聖獣、豚はイスラム教で不浄とされるので、宗教を問わずインドでは牛肉、豚肉は食べない。肉で出てくるのはチキンとマトン(羊肉)のみ。

c) 宗教上の理由で菜食主義者が多く、レストランでもVEGI(Vegetarian菜食)とNON-VEGI(Non-vegetarian非菜食、肉食)と両者のメニューが用意されている所が多い。

 何れも正しいが、本記事では、c)の宗教的背景を述べる。私はインドではもっぱらベジ(菜食)のメニューから選んだ。同席していた、インドに何度も出張している日本人が、ベジと言っても油が多いなど必ずしもヘルシーではないと教えてくれた。私はヘルシーの観点ではなく、美味しいと思われるからと答えたが、その理由も説明する。

(ヒンドウー教の浄不浄感)

 ヒンドウー教とインドカースト制度は密接に関連している。簡単にインドの歴史を説明すると、世界4大古代文明の1つであるインダス文明紀元前2300年頃が最盛期と言われる。高校の世界史で学んだインダス川モヘンジョダロハラッパーの遺跡は現在のパキスタン領内にある。このインダス文明を担った民族は、1500年頃に西方から移住してきたアーリア人に追われ、その末裔の行方は知れない(南インドにいるドラヴィダ民族との説もある)。またインダス文明には文書の記録が無く(少しはあるが解読されていない)、その意味でもその後のインドの歴史とは隔絶されている。

 インダス文明人を駆逐したアーリア人(現在の欧州民族と語学的には同根と言われる)は、バラモン教(ヒンドウー教の前身)を普及させたが、その中の枢要な概念がカースト制だった。すなわち、バラモン(祭司)を最上位とし、クシャトリア(王族・武人)、ヴァイシャ(平民)、シュードラ(隷民)の序列からなる4姓を固定した。インド原住民(被支配層)を最下位のシュードラとする階級制は、現在にまで至っている。カースト制は、正確に言うと、「ヴァルナ」と呼ばれるこの4姓の他、一説には2000以上の「ジャーティ」と呼ばれる職業に結びついた身分があり、人は生れにより、職業が決定、世襲される。カースト制は、この意味でヴァルナ・ジャーティ制とも呼ばれる。更に4姓のヴァルナの枠外として最下層に、「不可触賎民」と呼ばれる階級がある。

 ヴァルナ、ジャーティの職業は、ヒンドウー教の基本概念である「浄と不浄」に結びついている。例えば、農業、製造等の生産に携わる職業は不浄とされ、最下位のシュードラしか従事せず、ヴァイシャは商業に携わる。清掃、死体処理等の職業は一層不浄とされ、カーストの枠外の不可触賎民しか行わない。特に動物の殺生に関することは「不浄」とされる。 この「浄と不浄」は、食物にまで適用され、上位カーストは不浄の食物は食べないことにより自分の「浄」を維持する。「浄」は菜食で、これにより上位カーストベジタリアンである。

(浄不浄の序列)

 食物の「浄と不浄」には驚くべきことにランクがある。山下博司「ヒンドウー教」*1から抜粋すると次のとおりだ。

菜食度の高(浄)→低(不浄)

  • 穀物葉菜類*2
  • 果物、
  • 熟果、根菜類
  • 卵(無精卵)
  • 卵(有精卵)
  • 海魚
  • 川魚
  • マトン
  • チキン
  • ポーク
  • ビーフ

 以下、適宜説明していく。

(ジャイナ教徒のメニュー)

 インド菜食主義者にも程度があり、一部には無精卵まで何とか認める人もいるとのことだが、厳しい人は信じがたく厳しい。ジャイナ教という、紀元前5世紀(4世紀との説もある)に上記のバラモン教へのアンチテーゼとして、仏教と並んでインドで創始された宗教がある*3。2001年の国勢調査によれば、現在でも0.4%の信者がいる。そのジャイナ教徒の中には、タマネギ、ニンニクトマト、イモなどを一切取らない人がいるという。不殺生(アヒンサー。マハトマ・ガンジーが唱えた「非暴力主義」もアヒンサー)を徹底するジャイナ教徒は、土の中の生き物を傷付けてしまうかも知れない土の掘返しで収穫する食物(ニンニク、イモ等)を避けるからだ。

 デリーのホテルのレストランでメニューを見ていたら、「Jain」の見出しがあった。英語でジャイナ教徒の意味だと知っていたから、ウェイターにどんな料理かと聞いたら、やはりタマネギやニンニクが無いという。早速一皿注文した。他と比較して、心なしか上品な味がした。

(エグタリアン等)

 前述の食物のランクで、卵を食べるという菜食主義者もいるが、人により無精卵と有精卵を区別する。有精卵の方が生命にリンクしていてより不浄ということだという。卵を食べるベジタリアンをエグタリアンとも言う。魚を食べる菜食主義者もいるらしいが、海魚と川魚は感じが違うらしい。川は動物の死骸(時に人間も)が流され、魚がそれを食べているからより不浄だと言う。

 ポークとビーフは理由が異なっていて、豚は、イスラム教コーランで、穢れているゆえ食してはいけないと書かれている。ヒンドウー教でも一般に肉食を禁じているので豚は食べられない。牛は、ヒンドウー教だけの問題のようで聖なるがゆえに食せないということだ。日本の牛は穢れているからインドの聖なる牛とは異なり、食べられると言う在日インド人もいるとの話が何かに出ていた。

 この「浄と不浄」の概念は、ヒンドウー教に限らず、インド人の土着の観念に浸透しているものと言われる。従って、外来のイスラム教キリスト教は別として、インド発祥の仏教ジャイナ教シーク教等にも表れている。

(サンスクリット化の動き)

 カースト制は、独立後の1950年インド憲法で禁止されているが、インド人生活の中で生きている。特筆すべきなのは、カースト間序列競争が現在でも続いている(現在だからなお顕著なのかも知れない)ことである*4。2000以上に及ぶ各ジャーティ(職業の世襲による身分制)は、「浄と不浄」の概念に基づいて、バラモンを頂点とした序列が付けられている。序列をアップするためには、経済力だけでは不十分で、最上級のバラモン模倣して生活を浄化していかなければいけない。例えば、より頻繁に祭式をバラモン執行してもらうこと、肉食を止めて菜食にすることなどである。しかも、1個人、1家族だけでなく、その地域のそのジャーティに属する全家族の生活を浄化していく必要がある。

 このような形での序列上昇を目指す動きを「サンスクリット化」(ヒンドウー教の教典が書かれていた言語である「サンスクリット」の語を用いていることがまた象徴的な面があると思う)という。*5

 ということで、近年菜食主義の動きが下位カーストにまで広がっているとのことだ。

(ベジの味)

 冒頭に述べた、私が積極的にベジのメニューを選んでいた理由は、健康のためではなく、上位カーストが好み、近年下位カーストにまで広がっている菜食メニューの方が美味に違いないであろうとの推測からであった。ホテルの朝食はバイキングだったのでいろいろトライできたし、夕食を複数人で食べる時も1皿をシェアできたので、いろいろ試食できた。

 残念ながらメニューの名前は覚えてないし、味音痴の私には、味の評価や表現もできない。ベジの方が上品な辛い味付けだったという印象ぐらいしか言えない(本当か自信が無い)。ノンベジの方はチキンとマトンだが、概して大味と思った。ただ、タンドリーチキンヨーグルトと香辛料に漬け込まれており、チキンの中では美味しいと思った。

(浄度の高い菜食)

 旅行ガイドを見ていて、プネ市で変ったレストランを見つけた(地球の歩き方インド」)。「ナチュロパシー(Naturopathy 自然療法)国立研究所」に付属する「ダイエット・センター」だ(http://punenin.org/facility.htm)。「地球の歩き方」には半ページ程度のコラムで紹介されている。

 近代において欧州で発想された「自然療法」の概念をインドに導入したのは建国の父マハトマ・ガンジーで、自らも実践するとともに、施設を作り、政府(厚生省)もバックアップした。ガンジーとプネ市は関係が若干深く、プネ市のこの研究所は、全国3か所のうちの1つ。ガンジーの写真が飾られている。ナチュロパシーは、インド古来のヨガやアーユルベーダ(インド医学)に通ずるところもあり、薬は一切使わずに、断食、泥パック、マッサージ、食事、ヨガを通じて治療するのだそうだ。

 付属するダイエット・センターの昼食を食してみた。非常にシャビーな施設で、若干ためらったが1人で入った。セットメニューでセルフサービス。タリー(大皿、定食)と呼ばれる大皿の中に、暖かい汁(豆、野菜カレー)2皿、生サラダ1皿、米の調理品1皿、パン、ジュースが乗っている。これで50ルピー(85円)だから、今回の旅行では一番安い。残念ながらカメラを車の中に忘れてきて、写真を撮れなかった。ついでに水のペットボトルも忘れてきて、水を1口だけ恐る恐る飲んだ。生サラダは怖いので手を付けず。

 味は、全く美味しくなかった。スパイスなど入っている気配は無い。ちょうどその日の朝からお腹を壊していたので、体には優しかったろう。ガンジーも推奨する浄度の高い菜食なのだろうが、他人にはあまり薦められない。

*1:山下博司「ヒンドゥー教インドという謎」(講談社選書メチエ、2004年5月1刷、2012年6月6刷)

*2:これより菜食度が更に高いものとして、葉食、水食、風食、絶食があり、究極は餓死だ。ガンジーを始め聖人がしばしば絶食するのは、このような宗教的な「浄と不浄」概念に基づいている。

*3仏教ジャイナ教が出た後にバラモン教が変質していったものがヒンドウー教と言われる。

*4:辛島昇 監修 「(読んで旅する 世界の歴史と文化) インド」 (新潮社 1992年11月) p.182-

*5:上述の辛島昇監修「インド」に、「バラモンの慣習であった「結婚の際の(花嫁側からの多額の)持参財」の慣習がさまざまなジャーティへ拡大していることも、サンスクリット化現象の一面を持つ」と書いてあった。本日(12/18)たまたま読んだウォールストリートジャーナルの報道記事「インドの女性苦しめる家庭の伝統―重圧に押しつぶされた女性警官」( http://jp.wsj.com/article/SB10001424052702303674004579263433214927814.html )は、結婚した女性警官が、夫とその家族から持参金として車を持ってこないと何度も責められて、その結果自殺したという話だ。単に古い伝統というだけでなく、その背後に序列上昇を目指すジャーティ全体の悲願があるとしたらと思うと陰鬱な気持になる。

2013/12/15 (日)

[]インド雑記(2) 警笛を鳴らせ

(2013/12/16 末尾に短い2項を補足追加)

 インドの都市の交通渋滞はひどくて、うるさい。車道には、車に加え、バイク、リクシャー*1、更に人までが繰り出し、危険なこと極まりない。車、バイクなどは譲るという精神など全く持ち合わせていず、クラクションを鳴らしながら、隙あらば赤信号でも先を急ぐ。街はそのクラクションの音で非常にうるさい。以下、車の話として、クラクションを奨励する車とサイドミラーの無い車を紹介する。

(Horn Please)

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 ある日本人の出張者(U氏の仕事関係者)と雑談していたら、トラックの後ろ部分に「Horn Please(警笛を鳴らせ)」と書いてあるのがあって不思議だという。その後私も車に乗っていると見かける。「Blow Horn」という勇ましそうなのもある。私の撮った下手な写真を載せる。「Blow Horn」の方の写真は、見づらいが私の乗った車の後部座席から運転席を通して撮ったものだ。観察していると、トラック以外には付いていないようだ。トラックの中にも付けていないのも多い。

 インド人に聞くといろいろの見方を紹介してくれた。1つは、トラックは遅く他の車に道を譲らないといけないが、運転席にいると後ろの車の状態が判らないから、クラクションを鳴らしてもらうことによって、道を譲るのだという。それならば、何時も左側の車線(インドは、英国占領時代の名残で日本と同じ左側通行)にいればよいが、中央寄りの(日本で言う)追越し車線を走っているのもいる。前掲の私が車の中から撮ったBlow Hornの写真の車も中央車線をずっと走っていた。クラクションを鳴らされても車線を譲る気配は無く、私の車は左側から追い抜いて行った。

 別のインド人は、後進表示灯(白色)やブレーキランプが壊れている場合、後ろに車がいるのに後進や急ブレーキをかけないよう、(後ろの車から)トラックの運転手に警告するためのものだとする。何となく変だ。後進灯やブレーキランプが壊れたら(そのような車は多い)、それを直すのが先決で、「クラクションをどうぞ」とペンキでわざわざ描くのは変だ。意見を聞いたインド人は、ガイドとインド人経営者だが、相当でたらめとの印象を持った。f:id:oginos:20131210115650j:image:w360:right

 帰国してから、ウェブで調べるとインドのこの話は有名のようだ。Wikipediaでは、「Horn OK Please」の見出しで紹介されている(http://en.wikipedia.org/wiki/Horn_OK_Please)。後ろの車が追い越しする時には、クラクションを鳴らして教えてくれという意味だそうだ。他にパキスタンでも同種の表示が使われているらしい。英国BBCの「インドで知られていない10のこと」の中の4番目にも紹介されている。http://www.bbc.co.uk/news/magazine-22772391

 

(サイドミラーが無い)

 これはU氏が教えてくれたのだが、インドには時々左のサイドミラーが無い車がいるが、最近は小型車の新車で、コスト削減のため最初から左のサイドミラーを付けていないものがあるという。前述のとおり左側通行なので、左側ミラーは運転手の反対側だ。車で移動中に観察すると、そんなに多くはないが確かに小型車で無いのがある。最初から無かったようなのもあるが、壊れたような形跡のものも多い。中には右のサイドミラーも壊れて無いものもある。ムンバイの小型タクシーは、殆ど左サイドミラーが無い。私の撮った写真は珍しく中型の大きめの車だが、大半は小型の車だ。

 インド人に聞いてみたら、いろんな意見があった。サイドミラーの設置はcompulsory(強制)だが、壊れた場合に費用を惜しんで付けない運転手がいる。また法令違反で警察に捕まるとペナルティを払わなければいけないが、払えない運転手からはサイドミラーを没収する(信じられないので、同席した日本人と後で聞取り内容を確認したが、やはりこういうようなことを言っていたようだ)。f:id:oginos:20131210101949j:image:w360:right

 サイドミラーが無いのは運転手から後方確認がしにくいので危ないことこの上ない。しかも運転手側(右側)が無いのであれば何とか首をひねって後方確認ができるが、運転手の反対側が無いので基本的に困難だ。ただ、道路が混み合っているので、サイドミラーが無い方が他の車や人との接触が少ないという利点があるかも知れない。上記の「Horn Please」の表示はトラックに見られるもので、このサイドミラーが無い小型車には付いてない。

 実はこの左サイドミラーの無いことが許されている(小型車の新車も販売されているよう)状況の理由や背景は、これ以上調査できていない。ご存知の方がいれば教えて頂きたい。

(道路の混雑状況)

 以上のような状況での道路の混雑状況は動画で見るのが判りやすい。今回宿泊した都市では1番人口が少ないプネ(それでも600万)の繁華街の状況を動画で撮った。雰囲気が伝わると思う。もし、そのまま再生できなければダウンロード(21MB)すれば再生できると思う。

http://d.hatena.ne.jp/oginos/files/PuneTraffic.MOV?d=.mov


(2013/12/16)補足追加

(左サイドミラーの無い小型新車)

 本文中に述べた友人U氏が、左サイドミラーの無い新車のモデル名を教えてくれた。インド最大のコンツェルン、タタ・グループが、10万ルピー車との触込みで2008年に発売した「ナノ」だ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%BF%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%83%8E

 同ページの「3.性能・整備」項にあるように、コスト削減のため、左サイドミラーの無いことのほか、4ドア車なのに後部トランクを後ろから開けるドアが無い、などの工夫が凝らされている。

 「タタ・ナノ」は、その後販売不振が続いていると報道されている。例えば、http://kinbricksnow.com/archives/51853433.html

(女性ドライバーがいない)

 今までの記事とは脈絡なく想い出したが、女性が運転しているのを見かけなかった。一般に、女性の社会進出はなお未だしということなのだろう。

*1:日本の昔の人力車が元になっていて、小型オート三輪の後ろをホロがけの2人ないしそれ以上の乗客を乗せるようにしたもの。前が人力の自転車のものとオートバイのもの(オートリクシャー)がある。

2013/12/12 (木)

[][]インド雑記(1) 始めに・天気予報が無い

(始めに)

 今まで旅行準備をしていることを述べてきたように(「インド旅行準備」 id:oginos:20131008)、インドに旅行した。今後その感想を、タイトルを付して順次紹介していくが、今回は第1回として、始めに、旅行のフレーム等を説明し、次に初回の話題として、「インドの天気予報」の不思議について述べる。

  • 旅行期間 2013年12月5日(木)夜インド着、12月10日(火)夜インド発。従って活動日数は5日間。
  • 訪問都市 デリー2泊、ムンバイ1泊、プネ1泊、再度デリー1泊。 ムンバイはかつてのボンベイインド最大の都市。プネはボンベイの南東方向170キロのインド8番目の都市(wikiによれば人口490万人、現地の人によれば600万人)。その他訪問した都市は、デリーから日帰りしたタージマハールのあるアグラ(人口200万人)。
  • 旅行のきっかけ 9月初めに同窓会関係の会合で中学の同級生(以下「U氏」)と会い、その時に、仕事の関係で12月にインドに出張するが一緒に来ないかと誘われた。妻の了解を得て、1人で参加。
  • 活動の大枠 宿泊は全て高級ホテル(8000ルピー前後((1ルピー1.7円のレートで13-4千円程度)、観光は、原則として現地のガイドと一緒に車を使った。従って、インド式のトイレや沐浴や屋台でのグルメ探訪などの凄まじい話は無い。いわば大名旅行だが、自分の年齢を考え、とにかく身体を壊さないことが方針。活動5日間のうち、U氏と一緒に案内してもらったのが2日間、私の単独(もちろんガイド付き)が3日間。

 初回以降の話題として取りあえず考えているのは、「(車の)警笛を鳴らせ」、「無線LANの怪」、「時差が3時間半」、「各宗教の寺院」、「インドの言語事情雑感」、「インド料理と浄不浄感」、「インドの数字雑感」などであるが、実際どのような展開になるか判らない。インターバルも不定期になると思う。

(天気予報が無い)

 出発前はインドの天候が気になった。インターネットでは、世界の主な都市について、10日先の予報まで出ていて至極便利だ。今回の訪問先のデリー、ムンバイに限らず、普通は(私には)知られていないプネまで、出ているのは感激もの。しかも予報が出ているサイトは数種類以上ある。例えば「デリーの天気」で検索すると予報サイトが沢山出てくる。

 問題は、それらのサイトの予報内容が違うことだ。デリーについてみると、Aサイトでは最高気温が26-8度、Bサイトでは22-3度、Cサイドでは、間を取ってか23-4度だ。何れも10日先の予報まであり、甚だしきは半月先、1月先まである。最低気温は、B、Cサイトは12-4度ぐらいだが、Aサイトは9-10度とやや低い。

 都市によっても当然違い、南のムンバイでは30度を超す日もある。暑い場合でもホテルの冷房が効いている場合があるということで、夏の薄着に加え、防寒対策にも目配りが必要と注意されている。行ってみて判ったが、これは割に重要。

 さて、現地に着いて、今日、明日の気温はどうなのだろうと思ってテレビを見ても、あまり見当らない(真面目に見続けていた訳ではないが)。部屋に毎朝サービスされている新聞を眺めても天気予報欄が見当らない。意地になって最初のページから全部チェックしたが無い。2日目の新聞も同じで、都市が変った3日目のムンバイのホテルも同様だ。

 2人のインド人に理由を聞いてみた。

 1人目は、ムンバイ→プネの飛行機でたまたま横に座って、話しかけてきたインド人。雑談になり、私から天気予報が新聞にもテレビにも出てない理由を聞いた。彼曰く、インドの天候は、季節によって変る(雨季と乾季など)が、同一季節内では変化が少ないから、みんなの関心が無いのだろうということだ。

 もう1人は、ホテルで夕食の機会があったので、話題の1つとして聞いた(他にもインド人はいて同意見)。彼は、予報が出ている新聞もあるはずだと言う。ホテルのフロントから新聞を取り寄せてきてチェックを始めたが、それには出ていなかった。テレビでもごく限られた時刻には予報しているが、日本や欧米のように大々的でないことを認めた。理由は、やはり季節内の変化が少ないからということだ。

 こうなると、日本の各サイトで、インドの諸都市の予報が違う理由が推測できる。それぞれのサイトの予報の出所は、インドのそれぞれの調査機関であろう。それらの調査機関は、インド国民の関心の低さを反映し、競争もないので、予報技術の高度化を図ることなく、それぞれ勝手な予報を出しているのではなかろうか。こうなると他の外国の諸都市の予報も信頼できなくなる。と思ったが、そんなに神経質に天気を気にする我々の方がおかしいのかも知れない。

 朝、運転手やガイドと会って、今日はいい天気だねと言っても反応が鈍い。毎日晴天だから、それがどうしたと思っているのだろうか。気軽に挨拶もしにくい。

 4日目の朝刊(9日プネ)に、天候に関する大きな記事が出た。前日のプネ市の気温が今年最低だったという。しかし、その日の天気予報は無かった。