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巨椋修(おぐらおさむ)の結果オーライ

2016-05-31

食の安全 危険な食べ物の認識が一般人と専門家の違いが明らかに

| 15:18 | 食の安全 危険な食べ物の認識が一般人と専門家の違いが明らかにを含むブックマーク 食の安全 危険な食べ物の認識が一般人と専門家の違いが明らかにのブックマークコメント

 

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(引用:食品リスクの認識  専門家とずいぶん違う?


 ちょっと上記のグラフを見て頂きたいのです。15年5月に内閣府が発表した食品等に対して一般人3600名と食品安全の専門家161名の安全・危険についての認識を調査したものです。


 一般人の人が危険だと思っていたり不安だと感じているものと、専門家との認識には驚くほど多くの違いがあることがわかります。


 上記の図だとちょっとわかりにくいところもありますので、もう少しわかりやすいグラフもありましたので同時に載せておきます。


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 この調査は、健康への影響について気を付けるべきと考える項目や、ガンの原因になると考える項目などについてのアンケートなのですが、一般人が食品添加物農薬遺伝子組み換え食品に危険や不安を感じているのに対し、専門家はひょとんど危険も不安も感じていないようです。


 ではなぜこういうことが起こっているのかというと、危険や不安を煽るという方法はお金になるのですよ。


 不安や危険を煽ると、テレビの視聴率は上がり雑誌は売れます。つまり、不安や危険を感じている人は、メディア等のお金儲けに利用され踊らされていると言えるかもしれません。


 そういったネガティブ情報を発信するメディアの人たちも専門家ではありませんから、自分たち自身もそう思っているということかもしれませんね。


 このグラフをみれば、専門家よりも圧倒的に一般人のほうが不安を抱えていることがわかります。これがメディアリテラシーというものでしょうか?


 もっとも「そんなの専門家なんて信用できない!」とおっしゃる人もいると思います。「専門家なんてどうせ大企業政治家御用学者だろ!」とか。


 そう思うのは、人それぞれでいいと思います。でも不安ってストレスの原因で、ストレスは万病の元だと思うんですよ。


 きっとあまり「食の安全」について考えすぎていると、かえってそれがストレスになり不安が不安を呼んで病気を呼び込んでしまうかも知れません。


 私なら「食の安全」については専門家にお任せして、なんでも美味しくありがたく食べたほうがいいんじゃないかなあと思うばかりです。



巨椋修(おぐらおさむ)




【脱力系TV! 生きぞこない なう!】のお知らせ。

毎月第2水曜日、午後9時放送。

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↓コチラのマッハTVよりご覧いただけます。

http://ch.nicovideo.jp/machtv



スタジオ観覧のご希望(観覧料1000円)、番組で取り上げて欲しいテーマ等は

machnumberproduction@gmail.com

件名『生きぞこないなう!宛て』までお願いします。

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巨椋修(おぐらおさむ)は陽明門護身拳法という護身術総合格闘技の師範をやっています。

陽明門護身拳法のHPはコチラ。門下生募集中!

http://members3.jcom.home.ne.jp/yohmeimon/


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2016-05-11

第21回生きぞこないなう!『自己評価をあげるとすべてが良くなる』だ〜!

| 07:23 | 第21回生きぞこないなう!『自己評価をあげるとすべてが良くなる』だ〜!を含むブックマーク 第21回生きぞこないなう!『自己評価をあげるとすべてが良くなる』だ〜!のブックマークコメント



さて本日2016年5月11日(第二水曜日)21:00〜21:45の『生きぞこないなう!』は、『自己評価をあげるとすべてが良くなる』をテーマにお送りいたします。


自己評価っていうのは「自分でする自分の評価」です。


例えば、あなたの評価を他人は10点と評価するかも知れません。この10点は他人の評価であって自己評価ではありません。


本来なら他人の評価など10点であろうと5点であろうとあなたの自己評価とは関係ないんです。


でも、他者評価を上げるためには“本当の自己評価”を上げればいいんです。


今回はそんな話をしようと思います。



第21回生きぞこないなう!『自己評価をあげるとすべてが良くなる』


2016年5月11日(第二水曜日)21:00〜21:45

提供:?MACH 中野スタジオ


●司会 巨椋修(おぐらおさむ・作家)

真里谷りょう(まりやりょう・タレント)


一部 21:00〜21:15『自己評価の大切さ』

・あなたが思っている自己評価は他人からの刷り込み

・世界に大切じゃない人間など1人もいない! なぜなら・・・

・ありのままの自分でいいの?

・自己評価の低い人は「ダメな自分」の方が居心地がいい


二部:21:15〜21:30『自己評価が低いと損』

・自己評価が低いというのはすべてのおいて損である

・自己評価が低い人は他人に嫉妬し差別軽蔑する

ナルシストは自己評価が低い

・自己評価の低い人は低くて攻撃的な人に利用される


三部:21:30〜21:45『自己評価の上げ方』

・人と比べると自己評価が歪むし無駄

・プライドと被害者意識、加害者意識をなるべく捨てる

・自己評価が高い人と付き合うようにする

・イメージ力を利用する

告知


『生きぞこないなう!』はこちらから観られます。

  ↓

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FHN放送局

巨椋修(おぐらおさむ)


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2016-05-04 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

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2016-04-25

農耕が差別・格差・戦争、そして文明を作った

| 21:31 | 農耕が差別・格差・戦争、そして文明を作ったを含むブックマーク 農耕が差別・格差・戦争、そして文明を作ったのブックマークコメント



●なぜ人類は19万年も農業をやらなかったのか?


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(『はじめ人間ギャートルズ』より)


 ホモ・サピエンスが誕生して約20万年だといいます。


 20万年前人類は、現代の我々と同じ大きさの脳をもっていました。つまりは現代人と同じ知能を持っていたというわけです。


 しかしヒトが農耕をはじめたのは1万年前。それまでの19万年は狩猟採集生活、つまり原始人の生活をしていたのです。


 なぜだと思います?


 それは“狩猟採集生活のほうが農耕より楽”だからです。


 現在アフリかに住む狩猟採集民は、どういう生活をしているかというと、女性が担当した果実やイモなどの採集は、1日1〜3時間程度も行えば、食べ物が足り、男は狩りに行くのですが、1週間狩りをすれば2〜3週間

遊んで暮らすといいます。


 これは1万年以上前の石器時代も同じ。日本の縄文人などもそう。農耕を始める前のヒトはとても豊かだったといいます。


 人類は生れて19万年も農耕をやらなかったのかは、狩猟採集生活のほうが楽で豊かであったからです。



●農耕を始めたのは氷河期と人口問題

 ではなぜヒトは楽で豊かな狩猟採集生活をやめて農耕をはじめたかというと、まず氷期がきたということ。


 いまから7万4千年前、人類はまだアフリカ大陸にしか住んでいなかった。そんなときアフリカから7000キロメートル以上離れたインドネシアの火山が爆発。地球史上まれに見る大爆発で、火山灰が地球を覆い地球の気温が12度も下がったといいます。


 そのため食料不足で、人類のほとんどが亡くなってしまいました。そのとき生き残ったのが数千人〜1万人程度。まさに絶滅寸前までいったのです。


 そこで人類は生まれ故郷であるアフリカを離れる人たちが出てきます。そしてさらに氷期がきます。人々は食べ物を求め、旅を続けます たった5万年で南極大陸以外のすべての大陸にまで人類は住み家を広げたのです。


 氷期が終わりだしたとき、世界的に人口が増えだします。その数およそ400万人から700万人。いまの70億人からくらべるととても少ない世界人口ですが、狩猟採集生活で豊かに暮らすにはこの人口が限界だったようです。


 このとき生きていくために“仕方なく”ヒトは農耕をはじめたらしいのです。


 農耕がはじまったのは中東あたり。いまとちがって大変肥沃な土地でした。



●農耕が戦争・格差・文明を生んだ

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 狩猟採集生活では定住せず、食料を求めて定住はしませんでした。農耕や牧畜がはじまると、畑があるため当然定住生活になります。(牧畜もほぼ同時期にはじまったといわれている)


 せっかく植えた食べ物を、どこかから誰かがフラリと現れて食べられたらたまったものではありません。


 またヒトは群れで行動します。農耕で定住した場所が村となり、隣り村とは土地争い、水争いがはじまります。狩猟採集時代は、食べ物を求めての移動生活でしたから、どこかで知らない部族と出会うことも少なく、出会ってもスル―したり、ちょっとした物々交換で争いになることは少なかったのですが、農業をはじめるようになってから、殺人や村と村との争い、一種の戦争も頻繁に起こるようになりました。


 農業はほぼ毎日働かないと、作物を得ることが難しいため、みんな額に汗して働くようになりました。そして働けない者、畑をあまり持っていない者は食料を得る量が減り、貧富の格差が出てきました。


 狩猟採集のときは働けない者や狩りに行かない者でも平等に食料が分けられていたのに、農業を始めたために戦争や格差が生まれたのです。


 なぜ狩猟採集生活だと食料が平等に分けられるかというと、前述したように狩猟採集生活は豊かでしたが、ときに災害があったりして食べ物が取れない時もあります。そんなときのためにすべての人に、平等に食料を分け与えるのです。


 最初の農作物となったのはムギと言われています。ムギはお金の代わりになりました


 そして村はやがて国家になり、国家間の戦争が起こるようになります。国家となると税として、最初の農耕植物であるムギを集めるようになります。やがて自らは働かないでムギを独占する王など支配者が生まれ、数多くの農業以外の職業が生まれ、商業が起り文明が生まれるようになります。


 ヒトが農耕を知って1万年。文明ができてわずか5000年。産業革命から250年。人類はいまも繁殖し続けています。人類はこのつぎどこへ行くんでしょうか?


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 おそらく地球という星が人を食べさせてくれる量も、限界に来ているように思えます。私たちはもしかしたら狩猟採集生活のまま、農業や商業を知らずに過ごしていたほうが幸せだったのかも知れませんね。





巨椋修(おぐらおさむ)拝

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2016-04-14

「心」とは「魂」のことなのだ

| 16:16 | 「心」とは「魂」のことなのだを含むブックマーク 「心」とは「魂」のことなのだのブックマークコメント

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●心はどこにある?


 皆さんには「心」がありますか? おそらく皆さんは「当たり前だろ」というに違いないと思います。


 では「心」なるものはどこにあるのでしょうか? 「脳」という人が多いかも知れません。しかし近年では「腸は第二の脳」と言われ、腸には1億個もの脳細胞があるという人もいます。あるいは「心臓」というように心臓も心の一部分かも知れません。


「心」が脳や腸、心臓にあるとしても、それを取り出して目で見ることはできません。


 仮に心が脳や腸にあるとしても、それは体内に走っている電流に過ぎないという人もいます。



心とは意識であり記憶であり個人的情報である

「心」はどうも記憶から成り立っているようです。記憶とはその人個人の情報であり、また「心」は常に体内や対外からの情報によって揺れ動いているようです。


「心」とは意識のことですが、意識には「顕在意識」と「潜在意識(無意識)」に分けられ、一説によると顕在意識は5%程度であり、潜在意識が95%もあるといいます。


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(イラスト:「うつ病からの克服」より引用)


 私たちの行動の多くは、この潜在意識によって決定されているともいいます。


 意識つまり「心」は自分と外界との関係性で成り立っているといえます。


 私たちは物質的な外界と、内的な「心」で成り立っているわけで、物質的なあるモノ、例えば茶碗とコップがあるとして「これは茶碗であり、これはコップである」と、意識することで二つの物質的なモノを区別しています。


 茶碗とコップの区別がない文化では「これは茶碗であり、これはコップである」と区別はできないことでしょう。


 これはどういうことかというと、私たちは「心」や「意識」というものを通して、すべての物事や外の世界を理解しているということです。


 すべての物事や外の世界はその人の「心」を通して判断するわけですから、70億人の人がいれば70億通りの「心」という色眼鏡を通してすべての物事や外の世界を判断しているわけです。


 70億人がいれば、70億通りの世界があり、宇宙があるということです。


 もっと言ってしまえばこの世界や宇宙でさえ、あなたの「心」がなければ、あなたには世界も宇宙もないということです。


 もし死ぬことで「心」が消失するとしたら、あなたには世界も宇宙も消失するということでもあります。



●心とは魂である 

 もし死んでも「心」や「意識」があるとしたら・・・ それが「霊」とか「魂」のことでありましょう。


 私の理解が正しければ、「霊」とか「魂」に肉体は必要ではないはずですから。


 逆の意味でいえば「心」を失ってしまったゾンビは、「霊」や「魂」が抜けてしまったものなのでありましょう。


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 私は以前から霊を視える人が、なぜ着物を来た人の霊を視るのかが不思議でした。だって霊は服いらないはずでしょ(笑)。


 でも私たちは「心」を通して世界を見ているとしたら、それは理解できます。人は「心」で霊に服を着せているのですから。


 私たちは「心」を通して外の世界を見ているわけですから、同じ物を見ても全員がその物を同じ解釈をしてみているわけではありません。「心」の解釈により、おそらく別の物を見ているのです。「心」って面白いですね。



巨椋修(おぐらおさむ)拝

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2016-04-11

高度な科学はみんな宇宙人から教わったというのは・・・

| 23:24 | 高度な科学はみんな宇宙人から教わったというのは・・・を含むブックマーク 高度な科学はみんな宇宙人から教わったというのは・・・のブックマークコメント



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●高度な科学技術は全部宇宙人から教わった説は・・・

 ども『地球外知的生命体フォーラム』会長の巨椋修(おぐらおさむ)です。


 宇宙人を語る人に、ときどき「人類の高度な科学技術は宇宙人から教わったもの」とかいう人がいるんですよ。真偽は知らないけど、ぼくの場合それではあまりに単純すぎてかえって夢がないんじゃないかって思うんですよ。


 例えば「オリンピック重量挙げ金メダルをとる選手は、みんな宇宙人から授かった特殊な薬を飲んだからなんですよ」とかいわれても、なんかそんなにロマンを感じないでしょ。文明や科学も同じだと思うんです。


 別に宇宙人とかUFOを否定しているわけではないですよ、私自身長く格闘技をやっていて格闘技のトップアスリートも知り合いにいるから、その人たちがどれだけの汗を流し、精神的にも悩んで悩んで強くなっていったことを知っているから、素人が「空手の達人は宇宙人から特別な力を授けられて・・・」っていうのに賛同しかねるのと一緒。


 これはきっと現代文明や科学の世界でも一緒だと思っているだけなんです。つまり古代から空を飛びたいって願っていた想いが、ライト兄弟っていう人たちがやっと大地から12秒離れることができて、それから「え? 人間だって飛べるじゃん!」ってなって、それが希望になって、それからたった70年くらいで月まで行ったと。私はそっちのほうにロマンを感じているだけなの。


 まずさ、ライト兄弟1903年12月17日に初めて12秒、約36.5メートルの飛行に成功した。これは宇宙人から飛び方を教わって飛べるようになったというと、たぶん多くの人が「え〜」って思うんじゃないでしょうか。


 トーマス・エジソンは何度も失敗を繰り返して蓄音機、電球などを発明して、現代科学に限りない貢献をしたが、これが宇宙人から教わったて作ったとしたら「なあ〜んだ」と感じません?


 すると宇宙人好きには、こういう人がいるかも知れません。「ライト兄弟とかエジソンのような初期科学ではなく、最先端ステルス兵器とか、電子機器とかをアメリカ政府が教わっていて、CIAがそれを隠蔽しているんですよ」といういう人もいるんです。


 これね、21世紀に生きている私たちにとって、ライト兄弟の初めて飛ばした飛行機や、初めてエジソンが作った白熱電球とかって、現在からみると『誰にでも出来る』と勘違いするもので、だから『大したことない』って思っちゃうんです。

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 でもそれが、どうやって飛んでいるのかわからない最先端ステルス兵器とか電子機器とかだったら、もうどうやって動いているのかよくわからない。わからないから『宇宙人が教えてくれたに違いない』ってなるんじゃないかなあ。


 だから逆に古代文明とかになると、必ず「宇宙人が〜」って言う人が出てくる。だっていまより科学がはるかに劣っているはずの古代に、いろいろな文明やピラミッドみたいな巨大建造物が作れるわけがないと思っているから、「宇宙人が〜」っていう発想になるんじゃないでしょうかねえ。


 ま、宇宙人が教えてくれていても、それはそれでいいんですけど、それじゃあ人類のこれまでの、知的努力の積み重ねとかを無視するカタチにさえなりかねないんじゃないかなあって思うんですよ。


 で・・・ でも古代文明世界でUFOとかが飛び交っていたら・・・ って想像するのは凄く楽しいけど(笑)。

 そして宇宙人から何等かの知恵を授かっていてら・・・ って想像するのも凄く楽しいけどね(笑)。



ニュートン力学は最初イカサマ呼ばわりされた

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JAXA小惑星探査機「はやぶさ」物語より

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(※アイザック・ニュートン(1643年1月4日 - 1727年) 物理学者数学者、自然哲学者)


 ライト兄弟エジソンの発明は、そんなにナメたものじゃないのですぞ。発明十年後には軍用機となり、20数年後には大西洋無着陸横断飛行に成功、やがて旅客機になりと急速に発展していきます。


 それがやがてマッハを超えるスピードを出し、空中でホバリング、つまり空中停止できる飛行機まで現実にできるようになり、宇宙にまで人類は飛び出してる。


 これって凄いと思わない? ロマンだなあって思うんですよね。この知的努力をすべて「宇宙人が〜」っていうのは、なんかロマンとかないんじゃないかなあって思ったのよ。


 もちろん、宇宙人とかUFOっていうのはともてもロマンがあるけどさ。人類の叡智ってのもロマンがあると思うのね。


「いやいや〜、ジェット機くらいまでは地球人の知恵でできるけど、それ以上はきっと宇宙人が・・・」という宇宙人ファンがいるのは目に見えるようですけど、いまでは当たり前のニュートンの『万有引力』は当時の科学者から「フェイクだ」「イカサマだ」といわれたくらい常識を超えたものだったの。ちなみにこれは17世紀に発見ささたもの『力学』です。


 ニュートン力学が生まれることで、数百年後にアインシュタインの『相対性理論』が生まれ、そこから最先端ステルス兵器とか、電子機器が誕生することになります。


 これらはすべて、科学者の努力の継承と積み重なった『知の集合』であり、宇宙人がフラリとやってきて教えてくれたとすると、地球科学者たちの努力を軽く見すぎているように思えるのですよ。


 そしてアインシュタインの『相対性理論』から物理学はさらに急速に進歩し、いまや『相対性理論』すら覆されそうな勢いだといいます。



●個人の意見と人格は別物なんだよ

 UFOファンの人は、なんでも宇宙人の介入や陰謀論で決めつけたがるんだけど、それはいささか短絡的すぎるのでは?  と、私などは思ってしまうのね。もちろん陰謀がないなんていいません。陰謀はあって当たり前だと思ってます。


 ただねえ、私が「高度な科学はみんな宇宙人から教わったというのはロマンがない」なんていうと、UFOファンの中には【巨椋(私のコト)は我々UFOファンを馬鹿にしている!」って激高する人がいたりします。

(いえね、かつて何度か「ぼくはこう思うんだけど・・・」っていったら本気で怒り出したり、傷ついたりする人が出てきて、「ああ、日本人は自分の意見と違う意見を言われると、自分の人格を否定されたと思って怒ったり傷ついたりするっていうのは本当なんだな」と思った次第。


 でも、意見と人格とは別物だし、個人的意見とは仮説の一つに過ぎず、いろいろな意見があってもいいと思っているのですが、【自分の意見=自分の人格】と信じている人が多いみたいで、私個人の意見を述べただけで、私の人格を否定する人が出てくるかもしれませんなあ(笑)。


 もう一度いうよ。「高度な科学はみんな宇宙人から教わった」というのも一つ意見(仮説)。


 私が「高度な科学はみんな宇宙人から教わったというのはロマンがないなあ」というのも一つの意見(仮説)。


 仮説だから意見が違う人同士が話し合って落としドロコを見つけたり、どちらが正しいかを【人格攻撃をするのではなく、意見を出し合って証明しようとする】というのが、より良いと思うのだけど、なぜか議論とか討論や落としドコロを探すのではなく、お互いの人格攻撃になってしまうのは残念無念。


 何度もいうけど私自身は宇宙人やUFOの話しは全然嫌いじゃないの。そのうち本とか書こうかと思っているくらいね。


巨椋修(おぐらおさむ)

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2016-03-22

日本人の宗教観

| 19:03 | 日本人の宗教観を含むブックマーク 日本人の宗教観のブックマークコメント



多くの日本人は「自分は無宗教である」と思っている人が多いかと思う。例えどこかの寺の檀家であったとしても、どこかの神社氏子であったとしても「自分は無宗教である」と言うのだ。


そのくせちゃんとお墓参りや初詣をする。


日本人にはお墓参りや初詣宗教儀式である自覚がないという異様さに気が付いていないのだ。


「まあ、墓参りや初詣にはいきますけどね、別に普段から神仏を信じているわけじゃないし、やっぱり私は無宗教ですよ」


と、なんとなく思っている。これが日本独特の宗教観といっていい。


もともと日本人は、ものすごく祟りを気にする民族であった。それは現在でも変わらない。このこともほとんどの日本人は気づいていない。


日本では神も人も祟るのだ。


ごく身近な家族でさえ祟る。


日本にはお盆という風習がある。これは先祖供養の風習なのであるが、先祖であるにもかかわらず迎え火を焚かないと先祖の霊、その家に住んでいたおじいちゃんやおばあちゃんの霊が迷い祖先に祟るというのだ。


水子の霊というのもいて、水子、つまり「水子」とは、流産死産、人工妊娠中絶などによって、この世に生まれてくることのできなかった子どもや親や兄弟に祟るという。


実は日本人の深層心理に「死者の祟り」「死者の呪い」を畏れるというものがある。例えば出雲大社大国主(おおくにぬし)という神様をお祀りしたものだが、大国主国津神(クニツガミ)の代表格。


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(※因幡の白ウサギを救ったのは、若き日の大国主であったのでした)


日本の神話では神様には大きく分けて2種類いて、それが高天原(たかまがはら)という天国のようなところに住む天津神。有名どころとしては天照大神アマテラスオオミカミ)。


もう一つは、高天原と黄泉の国(死者の国)の間にある中津国(なかつくに)に住む神様。中津国というと難しいけど、天国と地獄の中間であるこの地上ってこと。


この地上を収めていたのが国津神大国主


日本書紀によると、そこに天照大神が「中津国をよこせ」と攻め込んでぶんどったのというのが古事記の国譲りの物語。


天照側もぶんどったのだから、先住の国津神なんぞ祀る必要などないはずなのに、出雲大社というどでかい神社を作って大国主を祀った。


おそらくこれは、天照側が大国主の祟りや呪いを畏れて作ったと考えられるのだ。


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Wikipediaより:出雲大社


平安時代でも、九州大宰府に左遷された菅原道真の祟りを畏れて太宰府天満宮にお祀りされているのは有名な話し。


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菅原道真は死後怨霊となり雷などで都を襲ったため、神に祭り上げられた)


日本では動物園でも動物たちの霊を慰めるために、慰霊碑が立っているところが過半数以上あり慰霊祭なども行う動物園が多い。

おそらく動物園で動物の霊を慰める祭りを行っているのは日本だけではないだろうか?


そして動物たちに「安らかにお眠りください」と手を合わせる人も多いはずだ。なぜ「安らかに・・・」なのだろうか? おそらく「安らかじゃない」というのは怨霊として迷ったり、成仏できないということを防ぐためであろう。


このように日本人は、新しいご先祖であるおじいちゃんやおばあちゃんが亡くなったときも「迷わずに、安らかに眠ってください」と合掌する。「安らかじゃない」ときは自分たちに災厄を招くからだと思っているからだ。


日本人は「私は無宗教です」と公言する人が多い。しかし潜在意識の中で家族やペットですら死者を畏れているのである。


それが日本人の潜在的宗教観であると私は考えている。

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2016-03-04

2月日記

| 21:21 | 2月日記を含むブックマーク 2月日記のブックマークコメント

なかなか刺激的な2月でした。ちょっとブログに残しておこうと思います。


2月10日:『生きぞこないなう!』ゲストは声優村瀬克輝さんとジャーナリストの堂上昌幸さんでした。村瀬さんの「遠慮はできるけど配慮ができない人が多い」という言葉。村瀬さんの先輩の声優さんの言葉らしいけど感じるところがありましたね。

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2月11日:『風色学園』の司会をやらせていただきました。一緒に司会をした小野さゆりさんありがとうございました。

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2月12日:某週刊誌さんから宇宙人について小路谷監督と一緒に取材を受けました。一緒に写っているのは取材立会人の美棒さんです。

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2月13日:加藤純平監督から映画のアクション指導を頼まれたので、俳優さんたちに指導をしてまいりました。本当に俳優さんたちは努力してくれて頭が下がります。

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2月19〜23日:映画の撮影日でした。私も出演させていただきました。画像はアイドルの平原久真子さんやみんな。としてアクション指導のときに画いた絵コンテです。

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2月20日:「大人映画部」映画のお勉強会。妹分たちや池島ゆたか監督にきていただきました。

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2月26日:『巨椋&明橋の楽しい飲み会』開催。有名精神科医やモデルの天正彩さん、新聞記者さんなど楽しいメンバーで楽しい飲み会をしました。

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2月27日:『地球外知的生命体フォーラム』開催。UFO研究家の竹本良先生はじめ、工学博士や実に多彩な方々にきていただきました。参加者の多くがギョーカイ人だったりする不思議な会です。一般の方にももっと来ていただきたいなあ。

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以上、一部なんですけど、ずいぶんおもしろい月であったので記載しておきます。



巨椋修(おぐらおさむ)拝

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2016-02-26

大東亜戦争は本当に軍部やマスコミ“だけ”の責任か?

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本日、2016年2月26日は、2・26事件から80周年となります。


2・26事件とは、1936年(昭和11年)2月26日早朝、陸軍青年将校たちに率いられた約1500人の反乱部隊が首相官邸などを襲撃し、高橋是清蔵相、斎藤実内大臣ら9人が殺害されたクーデター事件でありテロと言ってもいい事件です。


大変な事件であるにもかかわらず、事件当時から国民は同情的に見ていて減刑嘆願なども多くあったといいます。

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その後日本は太平洋戦争に突入しますが、それには2・26事件の影響が多分にあったといいます。


大東亜戦争敗戦後、日本の国民は「あの戦争は軍部が暴走で国民に責任はない」といってきました。


あるいは「軍部におもねり国民を煽ったマスコミにある」という人もいます。


私はちょっと違うのではないかと思っています。


もちろん、政府にも軍部にもマスコミにも責任はあるでしょう。


でも同時に国民にもあると思うのです。


例えば、マスコミです。いま何かと言われている朝日新聞ですが、元々朝日新聞は戦争に反対の立場であったといいます。


下の画像はフジテレビの『池上彰緊急スペシャル!! なぜ世界から戦争がなくならないのか』からの引用です。

1931年8月8日の大阪朝日新聞満州進出しようとする軍部批判して次のような記事を書いています。


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「少なくとも国民が納得するような戦争の脅威がどこからも迫っているわけではないのに、軍部はいまにも戦争がはじまるかのような必要を越えた宣伝に努めている。」


ところが・・・、そのような記事を書いていると「朝日は反日的な売国的な新聞だ!」と国民から言われるようになり、不買運動が起きたりしてどんどんと新聞が売れなくなっていったといいます。


そして2か月後・・・


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「満蒙の独立成功せば極東平和の新保障 満州に独立国の生れいずることについて歓迎こそすれ反対すべき理由はない」


と、正反対の意見に編集方針や論調が一変します。理由はもちろん売り上げが落ちたから。つまり国民が戦争に反対する新聞や求めなかったということです。


もっといえば国民が軍部を、戦争を後押ししていたということでしょう。


そういった意味で、私は日本国民にも戦争を起こした責任があると考えています。


そして二度と戦争を起こさないためには、どのような方法があるのかを、いま一度真剣に考えなければならないと思っています。



巨椋修(おぐらおさむ)

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2016-02-15

やがて世界は本当に滅んでしまうのかも知れない

| 17:35 | やがて世界は本当に滅んでしまうのかも知れないを含むブックマーク やがて世界は本当に滅んでしまうのかも知れないのブックマークコメント


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(世界の核弾頭)


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(世界にある原子力発電所


いま世界には1500発以上の核弾頭があり、原子力発電所は欧米、日本、インドなどに400基以上ある。

風の谷のナウシカ』に出てきたセリフを思い出す。


「あんたは火を使う

そりゃわしらも 少しは使うがの

多すぎる火は 何も生みやせん

火は森を一日で灰にする

水と風は百年かけて森を育てるんじゃ

わしらは水と風の方が ええ」


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核兵器はそのあまりの威力のため世界戦争の抑止力になってきたのは事実である。


しかし核兵器ができてから、朝鮮戦争キューバ危機インドパキスタン紛争と、過去20回も実際に核のボタンを押そうとしたことがあったという。


核兵器が一度発射されたら必ず報復の核攻撃があるとされ、アメリカアイゼンハワー大統領はこう言った。

核戦争は、敵を倒すことと、自殺することが一組になった戦争」と語った。


問題は核兵器だけではない。福島原発の例にあるごとく、津波程度で破壊される核施設核兵器の爆発に耐えられるとはとうてい思えない。被害は際限もなく拡大してしまうことであろう。


そして人間は、他の動物と違い実に自殺しやすい動物であり、毎年100万人もの人が自殺している。


その中には、他者を巻き込んだ自殺も数多くあり、自爆テロや「一人一殺」の思想のように憎い敵を倒すためなら、自分は死んでもいいと考える人も少なくない。


核兵器を持っている限り、いつか必ず核戦争は起きる! 残念ながらこれはおそらく間違いないことであろう。


かといってこの世の中から核兵器がなくなるほど、人間は人間を信用していない。


オカルトなどではなく、本当の意味でいま世界は破滅への道を着々と歩んでいるのだ。


国民を守るためには核兵器が必要という人がいる。


ぼう大なエネルギーを消費する現代文明を謳歌するためには、つまり幸せで豊かな生活をするためには原子力発電所が不可欠だという人がいる。


それは一面の事実ではあろう。


しかしこれこそ「地獄への道は善意で舗装されている!」という言葉そのものではないだろうか?

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さて、国連では核兵器を持っていいのは、国連常任理事国のみというルールがある。


アメリカロシアイギリスフランス中国の5カ国である。


これらはすべて第二次世界大戦戦勝国であり、そして世界大戦後も、積極的に戦争をやってきた国でもあるのだ。


一方、国連の許可なく核を持っているとされる国がある。インドパキスタン北朝鮮であり、おそらくイスラエルもまた持っているのではないか? と、考えられている国なのだ。

これらの国も、いつ戦争になってもおかしくない国ばかりである。


いま、いつ核兵器が発射されるかはわからない。明日かもしれないし10年後かもしれない。


しかしそう怖れることはない。私たちにはいつ核兵器が発射されるかを予想することは不可能だ。


予想できたとしても、一市民ではできることなどたかだか知れている。


どうしようもないことに怯える必要はない。せいぜい核反対とか原子力反対を訴えるくらいでいい。


後は、自分たちのいまを、自分たちの幸せを信じて、今日一日を充実させるだけだ。


未来のことは誰にもわからないのだから、いまを楽しめ!


後のことは、神様の思し召しと考えるしかないのだから。






巨椋修(おぐらおさむ)拝