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2011-11-12

「強い禁則」は主流か?——『日本語組版処理の要件』へのフィードバック(追記あり)

概要

『日本語組版処理の要件』(以下、『要件』と略)では、3.1.7 行頭禁則において、その対象として小書きの仮名と長音記号を含めている。しかし、ある公立図書館に架蔵する近代小説を抽出調査したところ、そうした強い禁則を採用した書籍はごく少数に止まることが分かった。『要件』のこの部分は日本語組版の実態に即しておらず、改めた方がよいと考える。


『日本語組版処理の要件』における行頭禁則の規定

公的な性格が強い『要件』

『要件』は日本語組版の概説文書である。ウェブの標準化団体W3Cの技術ノートとして公開されており、英語のものが正式版で日本語版は単なる翻訳という位置づけだ(ただし、筆者の英語能力ゆえに本稿では日本語版を対象とさせていただく)。

日本には以前から組版規格としてJIS X 4051:2004『日本語文書の組版方法』があったが、これは総ページが200をこえる膨大な文書であり、日本語を話さない人にはとても理解できるものではない。そこで2008年に、欧文組版と違う部分や、日本語組版の重要な部分に限定してまとられたのが『要件』である。

現在CSS3やEPUB3といった重要な規格において、縦書きや禁則処理、ルビ等を実現する改訂が進められている。これら改訂はこれからの日本文化に大きな影響を与えるものと考えられるが、それもこの文書がなければ到底できなかったと思われる。すなわち、『要件』は海外の開発者をはじめ、多くの人々に影響力を持つ、公的な性格の強い文書といえる。したがって、そこでは個人的な主観などではなく、正確な日本語組版の実態にもとづいた規定がされるべきだろう。

行頭禁則の規定内容

さて、『要件』の3.1.7 行頭禁則では、以下のように規定している。

終わり括弧類ハイフン類区切り約物中点類句点類読点類繰返し記号長音記号小書きの仮名及び割注終わり括弧類を行頭に配置してはならない(行頭禁則).これは体裁がよくないからである.

この行頭禁則の範囲*1は、はたして妥当なものであろうか。一般に禁則の対象で小書きの仮名と長音記号を含めるものを「強い禁則」、含めないものを「弱い禁則」と呼び分けるが、前者を選択することは、まだ異論があるのが現状である。

前述のように、公的な性格が強い『要件』は実際の日本語組版の姿を反映していることが求められる。では、世の中の書籍は「強い禁則」が主流なのか、それとも「弱い禁則」なのか、実際に調査してみることにした。なお、ここではいずれかの優劣を論じる意図はなく、定量的な説明の試みにすぎないことをお断わりする。


調査の方法

調査の考え方

かつて活版時代の書籍は、本文が長い場合は複数の植字工が手分けして組版することがおこなわれていた。したがって(好ましいことではないが)植字工によって組版結果が変わることもあり得た。しかし活版の後継である電算写植、あるいはさらにその後継であるDTPでは、あらかじめ設定されたルールに基づきコンピュータが一冊を通して制御するため、まずそのようなことはおこらない。

これが何を意味するかというと、少なくとも電算写植が主流を占める1990年代以降の書籍では、本文中に小書きの仮名等を行頭禁則文字にしている箇所に行き当たれば、本文全体が概ねそうしたルールで組まれていると判断できるということである。とくに多数出現する拗促音表記の場合、オペレーターが一つ一つ違う設定で組版することは、まず考えられない。一般に組版は効率の技芸でもある。

また、組版ルールは版元ごとに同じルールを、ジョブごとに手直ししながら運用されるのが一般的だ(もちろん例外もある)。ということは、同じ版元の書籍が5冊6冊と同じような組み方がされている場合、それはその版元のハウスルールである可能性が高い。つまり、サンプル数が少なくとも恣意性さえうまく排除できれば、版元ごとに禁則は強弱いずれを採用しているかが推測できるだろう。

具体的な調査方法

書籍の冒頭から行頭に小書きの仮名および長音記号が存在する箇所を探していき、見つかったらそのページ数を記録する。両方とも見つかったら調査を終了、次の書籍に移ることとする。

調査対象の書籍は、近所にある逗子市立図書館蔵書数、約20万冊)の「近代文学」に架蔵している、「う」音をもつ著者のものとした。図書館を調査場所としたのは、ある程度の刊年の幅が確保でき、同時に恣意性の低い、偏らない内容を期待できるからである。う音に絞ったのは、調査時間との兼ね合いである。

書誌情報はスマートフォンのアプリを利用、バーコードをスキャンすることで、調査した本を「ほしい物リスト」に入れていくことで記録することとした。その結果を下に示す。

小書きの仮名について

調査に先立って下調べした限り、『要件』が規定する小書きの仮名は、用途と頻度によって次のように概括できそうに思えた。

  1. おもに拗音に使われる小書きの仮名……ゃゅょャュョ
  2. 促音に使われる小書きの仮名……っッ
  3. その他の小書きの仮名……ぁぃぅぇぉゕゖァィゥェォヵヶㇰㇱㇲㇳㇴㇵㇶㇷㇸㇹㇷ゚ㇺㇻㇼㇽㇾㇿ

調査では上記の分類に従い記録することにした。じつのところ、こうした区別は調査の目的にあまり関係はしないのだが、まあ、ちょっとした個人的興味である。ただし両仮名の区別までは記録しない。


調査結果一覧

ID書名著者名版元名発売日商品の寸法ISBN-13小書きの仮名長音記号備考
1門島〈上〉内田康夫文藝春秋2003/0319x13.2x2.8978-4163214306促14166
2斎王の葬列内田康夫角川書店1993/0321x14.3x3.5978-4048727433促7176※1
3皇女の霊柩内田康夫新潮社1997/0619.4x13.6x3978-4104182015促1780
4「須磨明石」殺人事件内田康夫徳間書店1998/0219.2x13.6x2978-4198608071促518
5幸福の手紙内田康夫実業之日本社1994/0819.8x14.1x2.6978-4408532332促566
6棄霊島〈上〉内田康夫文藝春秋2006/0418.8x13.8x3.2978-4163248103促1727
7イタリア幻想曲貴賓室の怪人2内田康夫角川書店2004/03/2919x13x2.8978-4048735285促2028
8天河伝説殺人事件内田康夫角川書店2005/1219x13x2.8978-4048735285促856※2
9朝日殺人事件〈新装版〉内田康夫実業之日本社2005/09/1717x10.6x2978-4408504544促714※3
10佐用姫伝説殺人事件〈新装版〉内田康夫実業之日本社2006/01/1417.2x10.6x1.6978-4408504636促767※3
11化生の海内田康夫新潮社2003/11/1918.8x13.8x3.8978-4104182039促722
12十三の冥府内田康夫実業之日本社2004/0119.2x13.4x2.8978-4408534510促1614
13箸墓幻想内田康夫毎日新聞社2001/0818.8x13.4x3.2978-4620106489促31101
14はちまん〈上〉内田康夫角川書店1999/0219.2x13x3978-4048730938促750
15貴賓室の怪人「飛鳥」編内田康夫角川書店2000/0919x13.6x2.8978-4048732420促725
16地の日天の海〈上〉内田康夫角川グループパブリッシング2008/07/0119x13.8x3978-4048738644促8274
17黄金の石橋内田康夫実業之日本社1999/0619.2x13.6x2.8978-4408533605促2230
18神苦楽島〈上〉内田康夫文藝春秋2010/0319x12.8x3.4978-4163290508促39113
19記憶の中の殺人内田康夫講談社1995/10/0319x13.2x2.6978-4062078726拗1964
20風の盆幻想内田康夫幻冬舎2005/09/2119x13.4x3978-4344010383促3046
21藍色回廊殺人事件内田康夫講談社1998/1119.4x13.2x2.2978-4062094047促1313
22イーハトーブの幽霊内田康夫中央公論社1995/0720.1x14x2.4978-4120024566促713
23札幌殺人事件内田康夫光文社2004/04/2118.8x13.2x3.8978-4334924300促68
24華の下にて内田康夫幻冬舎1995/1219x13.6x3.2978-4877280819促14180
25中央構造帯内田康夫講談社2002/1019.2x13.8x3.2978-4062114424促942
26妖しい詩韻内田康夫角川春樹事務所2007/1019x13.6x2.2978-4758410885促929
27横浜殺人事件内田康夫光文社2003/12/15n/a978-4334924164促948
28天城峠殺人事件内田康夫光文社1993/03n/a978-4334922207拗2130
29死線上のアリア内田康夫飛天出版1992/11n/a978-4938742010促538
30義務と演技内館牧子幻冬舎1995/1119.6x13.8x2.4978-4877280826促119
31必要のない人内館牧子角川書店1998/0619x13.2x2.2978-4048730754促745
32転がしお銀内館牧子文藝春秋2003/1118.8x13.4x2.4978-4163221809促7191
33想い出にかわるまで内館牧子TIS1990/0119.5x13.8x2.5978-4847011092促759
34子どもたちの叫び内野真、他NTT出版2007/0318.6x13x2.4978-4757141537××※4
35左遷鴎外内村幹子新人物往来社2002/0319.2x13.6x3978-4404029584促18×※5
36時宗立つ内村幹子新人物往来社2001/0419.2x13.6x2.6978-4404029133促8×※5
37武蔵彷徨内村幹子新人物往来社2003/0319x14x2.4978-4404031150促55×※5
38海は哀し内村幹子新人物往来社2005/0319x14x3978-4404032416促24×※5
39機体消失内田モトキ原書房2000/0119x13.4x2.4978-4562032792促1527
40ドッグレース内山安雄講談社2001/0719.2x14.4x2.4978-4062108102促59
41霧の中の頼子内山安雄(角川春樹事務所2003/1019.6x13.5x4.1978-4758410199促1010
42黎明に叛くもの宇月原晴明中央公論新社2003/1119x14.4x4.6978-4120034756促50×※5
43信長宇月原晴明新潮社1999/1220x14.2x3.2978-4104336012促399
44聚楽—太閤の錬金窟宇月原晴明新潮社2002/0120.4x14.6x3.4978-4104336029促23154
45安徳天皇漂海記宇月原晴明中央公論新社2006/0219.4x13.2x2.8978-4120037054促14189
46廃帝綺譚宇月原晴明中央公論新社2007/0519.2x13.4x2.6978-4120038327促5555※5
47四か月間の女うつみ宮土理中央公論社1995/06n/a978-4120024542促1027
48人びとの坂道内海隆一郎彌生書房1995/1119x13.4x2978-4841507065××※6
49地の螢内海隆一郎徳間書店2007/1219x13.4x2.2978-4198624569促1834
50描かれた風景への旅内海隆一郎講談社1998/0719.2x13.6x2.2978-4062088152促68
51魚の声内海隆一郎集英社2001/11/2619x13.4x2.2978-4087745566促3678
52郷愁内海隆一郎光文社2004/07/2119x13x2.4978-4334924409拗57132
53懐かしい場所内海隆一郎実業之日本社1994/09n/a978-4408532370促24×※5
54鰻のたたき内海隆一郎光文社1993/1120.3x13.6x2.3978-4334922290促23×※5
55懐かしい人びと内海隆一郎PHP研究所1997/0919.4x13.2x2.2978-4569558318促829
56義兄弟エレジー内海隆一郎実業之日本社1999/0719.6x14x2.4978-4408533599促1148
57狐の嫁入り—御仕出し立花屋内海隆一郎PHP研究所1997/03n/a978-4569555294促29×※5
58遅咲きの梅内海隆一郎筑摩書房1998/12n/a978-4480803467促1027
59島の少年内海隆一郎河出書房新社1997/0919.4x13.8x2.2978-4309011653促1754
60だれもが子供だったころ内海隆一郎毎日新聞1994/0519.2x13.2x2978-4620105024促10×※5
61北の駅内海隆一郎徳間書店1995/09n/a978-4198603502××※7
62朝の音内海隆一郎朝日新聞社2001/1218.8x13.2x2.6978-4022576897拗3248※5
63大人の絵本宇野千代東郷青児角川春樹事務所1997/0819x13.6x1.8978-4894560369促14×※5
64不思議な事があるものだ宇野千代中央公論社1996/07n/a978-4120026072××※8
65宇野千代聞書集宇野千代平凡社2002/0316.6x11.4x1.6978-4582764260促17113
66色ざんげ宇野千代中央公論社1984/1219.6x14.8x1.8978-4120013584促445
67額田姫王生方たつゑ読売新聞社197619.6x13.8x2n/a促9×※5
68子盗り海月ルイ文藝春秋2002/0519x13.6x2.4978-4163209609拗66
69烏女海月ルイ双葉社2003/12n/a978-4575234879促326
70ローザの微笑海月ルイ文藝春秋2007/0619x13.4x2.2978-4163260907拗1134
71プルミン海月ルイ文藝春秋2003/0519.6x13x2.2978-4163218106促547
72十四番目の月海月ルイ文藝春秋2005/0318.8x13x2.2978-4163237800促4147
73京都祇園迷宮事件海月ルイ徳間書店2006/0817.2x10.6x2978-4198507107促828※9
74真夜中のフーガ海野碧光文社2008/10/2219x13x3978-4334926359拗1114
75迷宮のファンダンゴ海野碧光文社2007/10/2019.2x13.6x3.2978-4334925772促86
76水上のパッサカリア海野碧光文社2007/03/2019x13.6x3.2978-4334925413促731
77カムナビ〈上〉梅原克文角川書店1999/1019.2x13.6x3.2978-4048731843促11222
78もののかたり梅原猛淡交社1995/0719.2x13.6x2.8978-4473014054促24×※5
79潮呼びの群火梅原稜子新潮社2004/09/2919.4x13.8x2.6978-4103526032拗836
80透明人間—UBIQUITY浦賀和宏講談社2003/1017.2x10.8x2.6978-4061823365拗1456※10
81さよなら純菜そして、不死の怪物浦賀和宏講談社2006/11/0817.2x10.8x2.4978-4061825048拗22×※11
82火事と密室と、雨男のものがたり浦賀和宏講談社2005/07/0717.5x11x2978-4061824379促1128※10
83彼女は存在しない浦賀和宏幻冬舎2001/0819x13.2x2.8978-4344001091拗814
84ファントムの夜明け浦賀和宏幻冬舎2002/1118.8x13x2.6978-4344002616拗10189
85江戸妖かし草子海野弘河出書房新社2002/0619x13.2x2.4978-4309014661促17×※5
86江戸の夕映海野弘河出書房新社2005/07/1619x13.2x2.2978-4309017235促13×※5
87江戸ふしぎ草子海野弘河出書房新社1995/0819x13.2x2978-4309010045促12×※5
88江戸よ語れ海野弘河出書房新社1999/1219x12.8x2.4978-4309013220促20×※5
89ワーホリ任侠伝ヴァシィ章絵講談社2006/10/2019x14x2.2978-4062136822促2932
凡例

書誌データはAmazonから取得したものである。「小書きの仮名」欄のうち、「拗」は拗音に使われる小書きの仮名が、「促」は促音に使われる小書きの仮名が最初に出現したことを表わし、数字はそのページ数を表わす(なお、その他の小書きの仮名は初出としては出現しなかった)。「長音記号」欄の数字は、それが最初に出現したページ数。そして両欄とも「×」は一度も出現しなかったことを表わす。その場合は、考えられる理由や禁則処理の内容や箇所を備考欄に記した。その他、注意すべき点があれば同様に備考欄に記した。

※1……p.113-114で二倍ダーシが泣き別れ、※2……カドカワ・エンタテインメント二段組、※3……ジョイ・ノベルス二段組、※4……追込み(9頁11行68頁16行)と追出し(69頁7行)で調整、※5……長音が行頭にないのは調整でなく偶然、※6……追出し(97頁15行157頁11行)で調整。印刷は内外文字印刷。同社は活版専門の印刷会社としてよく知られている。※7……追込み(215頁10行231頁17行)と追出し(31頁11行47頁6行)で調整、※8……旧かな遣いにつき、小書きの仮名は不使用。長音が行頭にないのは調整でなく偶然、※9……トクマ・ノベルズ、二段組、※10……講談社ノベルス、二段組、※11……講談社ノベルス、二段組。長音記号のみ行頭禁則(25頁下11行50頁下5行198頁上5行


調査結果の考察

「小書きの仮名」の調査結果について

結果としては89冊のうち4冊を除き、残りはすべて小書きの仮名を行頭禁則の対象にしていないことが分かった。ただし、4冊のうち『不思議な事があるものだ』は旧仮名なので小書きの仮名自体が存在しない。したがって小書きの仮名を行頭禁則文字にしているのは3冊である。

ところで、促音に使われる小書きの仮名にせよ拗音に使われる小書きの仮名にせよ、比較的早いページで出現しているものが多い。これはそれだけ書籍において、拗促音が多く表記されていることを示している。実際に手近な本を見ると分かるが、小書きの仮名を禁則処理していない本はごく簡単に見つけられる。これはそうした本自体が多いこともあるが、そもそも拗促音表記の頻度が高いからだ。そうした拗促音を行頭禁則文字にすれば、字間が割れる箇所が頻出することになる。

拗促音は現代かなづかい(1946年告示訓令)以降、小書きの仮名で表記する。これを行頭禁則文字にしないのは、組版ルールが仮名遣いに順応した結果と言えないか。そのような仮説をもった。

「長音記号」の調査結果について

一方で「長音記号」欄は「×」が多い、つまり行頭に長音記号が見つからなかった書籍が多かった。結果として、行頭の長音記号が見つからない書籍は89冊のうち21冊であり、これは全体のほぼ4分の1を占める計算になる。

ただし、行頭に長音記号がないからといって、長音記号を行頭禁則の対象にしているとまで言えない。長音記号は頻度が落ちるカタカナでよく使われる。ひらがなで使われる場合も、オノマトペで使われる場合が多い。つまり、語彙に依存する性質を持つ。この結果、たとえば歴史物の場合、長音記号はあまり使われることがない。36〜38、42、57、67、85〜88は、この理由で行頭に長音記号がなかったと考えられる。

また、行頭禁則は段落2行目以降の折り返し行頭でだけ発生するという性質を持つ。逆に言えば1段落が2行以上にならなかったり、短い会話が連続した場合、行頭禁則そのものが発生しないことになる。こうした場合でも頻度の高い拗促音は、なおも行頭に出現するのだが、より低い長音記号はあまり出現することがない。前述の歴史物以外(35の明治ものを含む)を複数回調べたが、やはり見つけることはできなかった。同様に見た限りでは調整の跡も見つけられなかった。

すなわち、これらは調整でなく、たまたま長音記号が行頭になかったのだ。考えてみれば組版はまた、偶然による支配から逃れられないとも言える*2

ただし、1冊だけ例外があった。それが81『さよなら純菜 そして、不死の怪物 (講談社ノベルス)』である。この書籍は拗促音は行頭禁則文字にしないのに、長音記号はしていた(25頁下11行50頁下5行198頁上5行)。多数を占める拗促音は無視し、少数の長音記号だけを行頭禁則文字にしても、読みやすさにはつながらないだろう。私には不合理と思われるが、何か理由があるのかもしれない。講談社のハウスルールに従い、この本もぶら下げをせず、本文全体に追出し調整が多く見られる。このことと関係するのかどうか、今の私には答が見つけられない(この項、後記参照)。

「強い禁則」をしている書籍

こうした調査の結果、小書きの仮名と長音記号の両方を行頭禁則文字にしている書籍は、以下の3冊*3に限られることが分かった。


結論

このようにして、『要件』が規定するような「強い禁則」は圧倒的に少数であり、大勢は「弱い禁則」が占めることが判明した。『要件』の改定に当たっては、こうした実態に基づき、小書きの仮名と長音記号を行頭禁則の対象から外すべきではないか。

他に、強弱の禁則から一方を選べるよう、複数の禁則処理のモードを規定する方法も考えられるが、その場合はデフォルトを「弱い禁則」とすべきだろう。


後記(2011年11月15日)

このエントリを公開後、幾人かの組版者や編集者と話す機会があった。そこで、とくに編集者からよく聞かれたのが「長音記号は行頭禁則文字にします」という声だった。つまり、彼等は弱い禁則で出校されたゲラのうち、行頭の長音記号だけを行頭に来ないよう指示していたのだ。また一部の組版者は、そうした編集者の「好み」を忖度して、赤字を減らすために、あらかじめ長音記号を行頭禁則の対象にふくめて組むことがあると話してくれた。

そう言われてみると、ほかでもない自分自身だって編集者時代にそんな赤字を入れていた記憶がある。すこし大袈裟に描写すると、縦組みで長音記号が行頭に来た場合、まるで天辺の縦棒が版面を突き破るような印象をあたえるのだ。他方で、小書きの仮名はそうした強い印象を与えることはない。また、長音記号は頻度が低いので、(安易ではあるが)比較的修正指示がしやすいという面も考えられる。

そうした目で見てみると、調査でも同じ著者、同じ版元の書籍で、揃って長音記号だけを禁則文字にしている例が複数ある(35〜38、85〜88)。これらこそが、前述のような編集者の意識を裏付けるものであるように思える。

本文では、これらで長音記号が行頭に見つけられなかった理由を、歴史物だからだと簡単に説明したが、もう少し丁寧に見ていれば調整の跡を見つけられたかも知れない。

同じく本文で、唯一長音記号だけを禁則文字にしている例として挙げた81について、私はその理由が分からないと書いたけれど、今ならよく分かる。

ただし、繰り返しになるが(そして誰より過去の自分に言いたいのだが)、頻度の高い小書きの仮名は無視する一方で、頻度の低い長音記号だけを禁則文字にすることが本全体の読みやすさにつながるか、自分としては疑問に感じる。

最後に、本文の「結論」では小書きの仮名と長音記号を行頭禁則の対象から外すべきと書いたが、こうした実態を考慮して、小書きの仮名だけを外す(つまり、長音記号は禁則対象に残す)モードの新設を考慮するべきかもしれない。効果について疑問符がつくので迷うが、実態がある以上は仕方がないとも言える。

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*1:『要件』では長音記号と小書きの仮名について、注1で〈行頭禁則としない方法もあり,この方法を採用している書籍も多い〉と書いてはいるが、注記以上のものではない。

*2:この中には「「長音記号」の調査結果について」で前述した64「不思議な事があるものだ」も含まれる。この本は一覧表だけ見れば×が2つ並んで強い禁則をしている書籍のように見える。しかしよく見れば長音記号がこないのは調整ではなく,偶然の結果とわかる。

*3:『子どもたちの叫び』の本文書体は游築五号、『人びとの坂道』は内外文字印刷による岩田明朝、『北の駅』はMM-NKLであり、ここから分かるとおり、それぞれDTP活版印刷、電算写植による組版。まったく偶然ながら、ここで新旧3つの技術による「強い禁則」が揃うことになった。

問題の考え方問題の考え方 2012/02/25 11:39 【頻度の高い小書きの仮名は 無視する一方で、頻度の低い長音記号だけを禁則文 字にすることが本全体の読みやすさにつながるか、 自分としては疑問に感じる。】とのことですが,こういうことは考えられませんか。読みの独立の度合いの階層性。つまり,小書き仮名は弱い読みがあるが,長音は直前の文字に完全に従属し,読みの独立性がさらに弱い(ない),と。近代読者の音読から黙読への歴史をも勘案する必要があるのではないか,ということです。

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