食の安全情報blog

2010-03-01

代替医療のトリックに対する代替医療従事者の反応 (リンクの追加あり)

代替医療のトリック」という本が話題になっています。

代替医療のトリック

代替医療のトリック


参考:この本への書評



この本の特徴は各種の代替医療に対して、効果の有無に着目して検討しています。そのため、代替医療側が用いる『現代の科学や医療では仕組みは解明できない』という主張は本書では論じられません。

※お父さんの[そらまめ式]自閉症療育: 代替医療のトリック(ブックレビュー)より

※とても大切なポイント

たぶん議論のポイントはここにしかないので、最初に指摘しておきます。

EBM(根拠に基づいた医療)で検証されるのは、「ある治療法の理論や効くメカニズム」ではなく、シンプルに「その治療法に効果はあるか、副作用はないか」です。

ある代替医療がどんなに科学的に検証できない・否定されるような理論を前提にしていても、EBMではそこにはあえて注目しません。

EBMで検証されるのは、「科学的に説明できなくても、実際に効くんだ」という代替医療の主張の、まさに「実際に効く」かどうか、そちらの側面です。

ですから、「理論はおかしい(または不明だ)が、効果は確認できた」という療法があった場合、EBMでは「有効性が実証された」という評価になります。

逆に、ある代替医療がEBMによって否定されたという事実があった場合、それは「効くメカニズム非科学的だ」という否定ではなく、「効かないからお金のムダ」ということが実証されてしまった、ということなのです。

代替医療側の人の反論がほぼすべて「科学で解明できないこともある、でも現実に効く人がいるんだ」になっていますが、EBMで否定されるということは「理論やメカニズムは知らないけど、とにかく実際にやっても効かないことが実証されちゃったよ」ということですから、それでは反論にならないわけですね。

EBMに対して反論したいならば、統制実験や疫学的研究といった、EBMの「効くかどうかの検証方法」を論破しなければならないのです。


私は、この本を読みながらあることが気になりました。それは、「代替医療に関係している人たちがこの本をどのようにとらえているのか?」ということでした。それを確かめるために、まずmixiのホメオパシーに関するコミュニティをいくつか覗いてみましたが、観測した範囲内では話題にしているものは皆無でした。次に代替医療従事者のブログでこの本を取上げているものを探したところ、いくつかのブログが見つかりました。


そこで、今回はそうやって見つけた代替医療者による「代替医療のトリック」の書評・感想をご紹介したいと思います。なお、今回は紹介のみにとどめます。各ブログを読んでどのように感じるかは読者の皆様にお任せします。


















手技療法家手技療法家 2010/08/24 20:28 「代替医療のトリック」という本は、結局あんまり話題にならなかったようですね。

>EBMに対して反論したいならば、統制実験や疫学的研究といった、EBMの「効くかどうかの検証方法」を論破しなければならないのです。

と言うことですが、EBMなんてものは明日にも変わってしまう性質のものでしょう。

「効くかどうかの検証方法」を論破するまでもなく、EBM自体が自分で自分を論破してしまうのではないでしょうか。


>また、100件のエビデンスのうち23件が2年以内に覆され、そのうち7件は出版された時点で既に覆されていた[5]との報告を待つまでもなく、臨床研究による知見は常に覆されうる(科学的な結論は常に暫定的である:反証可能性も参照)ものであることを念頭に、最新の情報を当たることも重要である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/根拠に基づいた医療#EBM.E3.81.AB.E3.81.BE.E3.81.A4.E3.82.8F.E3.82.8B.E8.AA.A4.E8.A7.A3


現代医療も代替医療も患者を治すために頑張ればいいと思います。

EBMは所詮個別の患者に対しては何も言えないのですから。

手技療法家手技療法家 2010/09/05 05:49 ohira-yさま



>少なくとも代替医療の業界にはそれなりのインパクトを与えているように思えます。

一般社会に認知されなければ、ほとんど意味がないと考えても問題ないでしょう。
なにしろ、そのための一般書籍でしょうから。



>検証の方法も精度も年々向上し、エビデンスも詰み上がってきています。その結果、ある手法への評価も当然変わりうるものです。まさに、そのために代替医療に疑義が生じてきているのではないでしょうか?

疑義が生じるということは代替医療自体が無視できない存在になっているということでしょう。
しかし、その疑義は科学の名の下に、常に暫定的なものでしかありませんね。
代替医療が果たして何を対象として治療を行っているのかという点が、大きく誤解されているように思われます。
現代医学の検証方法だけで十全に人体を検証できるのであれば、現代医学は原理的に人体を完全に把握していることになりますが、身心二元論が科学の根本にあるとすれば、現代医療は患者の精神的な部分を大きく取り落としてきていると言わざるを得ません。
つまり、心というものをきちんと定義してそれを数値化できない以上、定量的な根拠、あるいは確率的な根拠を提示する形のエビデンスなどまったくの片手落ちというしかありません。
現代科学及び現代医療は、まず、心というものを科学的に解明する必要がありますね。
そこがクリアされていないのであれば、代替医療の効果の判定については大きな要素を取り落としていると言わざるを得ません。



>すでに、瀉血は限定的な利用法を除き、医療の現場で使われることはありません。逆に湿潤療法用などは新しく登場した医療技術でしょう。

一方で現在でも多くの医原病を人類にもたらしているのは現代医療であり、アメリカでは死因の第一位が現代医療によるものだと言う報告すらありましたね。
さらに、湿潤療法に関しては、それをきちんと理解しているドクターは今だそう多くはないように思われます。
湿潤療法の権威である夏井先生がおっしゃっていることには、地動説が天動説に取って代わったのは、天動説を信じる人間が皆死に絶えてからだと言うことでした。



>価値のある代替医療については是非、エビデンスを積み上げ、標準医療に取り入れられることを目指して欲しいです。また、エビデンスの得られないものについてはその事実を真摯に受け止めて欲しいと思います。

エビデンスは代替医療にとって、あくまで一面しか捉えられないものであると思います。
エビデンスだけを盲信するということは、非常に危険なことです。
なにしろ、翌日にもひっくり返されてしまうかもしれないものですから。
やはり、重視すべきことはプラグマティズムに見られるような実用性でしょう。
例えば、プラセボはこと鎮痛に関しては非常に強い効果を示し、麻薬拮抗剤などでプラセボ自体の効果が遮断される事実は、既に立証されております。

我々は直線的な因果関係でも物事を把握することになれていますが、量子論的な原因から結果が生まれると同時に、結果が原因を作るというような循環的な因果関係でものを考えることは極めて不得意です。

科学は何ら十全ではなく、明日間違いを指摘されるかもしれないという性質を持つエビデンスを得られたと言うことが、対して大きな意味を持たないと言うことを真摯に受け止めて欲しいと思います。
そして、過去何千年にも及ぶ、人類の遺産を科学というなの浅知恵で葬り去ることのないようにしてもらいたいものです。
なにしろ、人類はそう言う過ちを過去に何度も繰り返していますから。

手技療法家手技療法家 2010/09/07 06:49
ohira-yさま

レス、有り難うございます。

>心を科学的に解明しないと医療の効果は計ることができないのでしょうか?

手技療法は多く痛みに対して治療致します。

国際疼痛学会が1986年に出した痛みの定義は下記でございます。

An unpleasant sensory and emotional experience associated with actual or potential tissue damage, or described in terms of such damage.
不快な感覚性・情動性の体験であり、それには組織損傷を伴うものと、そのような損傷があるように表現されるものがある。  (教授 熊澤孝朗)

このように定義自体に二面性があり、情動としての痛み・感覚としての痛みが同列に示されております。
端的に言えば、心がなくては痛みがなく、心によって痛みは変わると言うことになります。



>また、現代医療のエビデンスの測定方法が完全ではないとして、代替医療の効果の判定はどのように行われているのでしょうか?

代替医療の効果の判定は、個人の経験により把握され、時間の経過によって社会的な淘汰を受けるものであると思います。
過去1000年においても、多様な代替医療が生まれてきたと思われますが、効果のないものは淘汰されていったと考えます。
つまり、その代替医療が少なくとも100年程度の歴史を持つ場合、明日にも間違いが指摘される可能性のあるEBMによる測定よりもはるかに厳密な効果判定がされていると考えます。



>エビデンスがひっくり返された例というのは具体的にはどのようなものでしょうか?
>現代医療が成立する過程においてはそういうことも多々あったと思われますが、そういった大きな穴は徐々に塞がれているように思えます。(多分ゼロというわけでは無いと思いますが)効果のある治療法が、より効果の有る治療法に取って代わるというのはひっくり返されるという例にあたるのでしょうか?

下記をご参照ください。

根拠に基づいた医療 - Wikipedia
EBMにまつわる誤解
http://ja.wikipedia.org/wiki/根拠に基づいた医療#EBM.E3.81.AB.E3.81.BE.E3.81.A4.E3.82.8F.E3.82.8B.E8.AA.A4.E8.A7.A3

科学的な判定において、「効果のある治療法が、より効果の有る治療法に取って代わる」と言うのは、科学原理主義のようなもので、科学を盲信的に無批判に信じていることとなんら変わりがないと思われます。

多くの場合、「検証を重ねれば、より確実な真理に近づく」と考えるのは、科学原理主義の最たるものであり、一般にはいくら検証を重ねてその命題の確からしさをあげたところで、たった一つの反証例でその命題は棄却されてしまいます。
また、EBMはその治療法の信頼性に対する確からしさ=確率判定ですので、その判定の仕方で確率は変わってきてしまいますよね。
そのため、異なる判定方法では簡単にひっくり返されてしまうことがあると言うことでしょう。
また、どの判定方法をとるかは、その時の科学的知見を基礎とするでしょうから、心の科学的解明は非常に重要なことになります。




>また、手技療法家さまがどのような療法にたずさわっておいでかわかりませんが、主張の内容は代替医療全般に等しく言えることなのでしょうか?

心的な部分に介入するすべての代替医療全般に言えると思われます。



>少なくとも瀉血については現代医療のなかで積極的に選択する意味はないと思われます。一方でハーブ療法などは現在の薬学の中に多くが取り込まれたはずです。代替医療とひと括りに考えることが正しいとは思えないのですが、その点についてはどうお考えでしょうか?

瀉血をすべての医療場面で治療法として否定することは、暴論であると思います。
特定のものには有効であると言う歴史的認知があれば、それを多様な角度から再考する必要があるでしょう。

ハーブ療法は、現代医学の薬物を作る基礎ですので、これもいろいろな角度から追試する必要があるでしょう。



>なお、歴史の長さについてもホメオパシーは何千年どころか200年程度の歴史です。カイロプラクティックも19世紀末に生まれたようです。これらの歴史が新しい代替医療についてはどうお考えでしょうか?

前述しましたが、100年の耐用期間があれば十分に淘汰圧がかかっていると思われます。

実際に、現代医療で100年続いているものは、現代医療の基礎をなしているはずです。



>現代医療の不備を指摘することは代替医療の正しさを保証するものではなく、ある代替医療に効果があることが別の代替医療に効果があることにもなりません。

それは当然でしょう。
そして、それは逆も言えるのではないですか?

「代替医療の不備を指摘することは現代医療の正しさを保証するものではなく、ある現代医療のBMに正当性があることが別の現代医療EBMに正当性があることにもなりません。」


如何でしょう?

手技療法家手技療法家 2010/09/09 12:05 ohira-yさま

>瀉血の効果が限定されたものを除いて否定されるまで、瀉血は長い歴史を経ていました。たとえ100年続いたとしても、そのこと自体がその療法に効果があることにはならないことの一例と思いますがいかがでしょうか。同様に、他の代替療法にも効果がない、もしくはより限定された効果しかない可能性もありますが、その点についてはどのようにお考えですか?

瀉血は現代医療においても、外科では非常に頻繁に行われている手技であると思いますが?
瀉血が否定されて行われなくなっているとお考えであれば、認識が間違っているとしか言えないと思います。
排膿切開や血腫除去(頭蓋内なども含め)などもそうであると考えますが、さらに狭義の瀉血のみと言うことであれば、現代医療においても根拠のアリ値露手段となっていますね。
東洋医学ではさらに現代も行われている一般的な治療法でしょう。これから考えれば、単に西洋医学の治療概念が杜撰であったとしか思えません。
この点は『外科の夜明け』(トールワルド,講談社文庫)などに詳しいかと存じます。
実際、アメリカにおいて、カイロプラクティックやオステパシー、ナチュロパシーという治療法が生まれたのは、瀉血や浣腸ばかりする西洋医学に対する批判からですね。




>また、エビデンスがひっくり返された「具体例」について、ご提示いただいておりません。

リンク先はご参照頂けませんでしたでしょうか?
では、コピペ致します。

>根拠に基づいた医療 - Wikipedia
>EBMにまつわる誤解
>100件のエビデンスのうち23件が2年以内に覆され、そのうち7件は出版された時点で既に覆されていた[5]との報告を待つまでもなく、臨床研究による知見は常に覆されうる(科学的な結論は常に暫定的である:反証可能性も参照)ものであることを念頭に、最新の情報を当たることも重要である。
[5]^ Shojania KG, Sampson M, Ansari MT, Ji J, Doucette S, Moher D. "How Quickly Do Systematic Reviews Go Out of Date? A Survival Analysis." Ann Intern Med. 2007 Jul 16 PMID 17638714
http://ja.wikipedia.org/wiki/根拠に基づいた医療#EBM.E3.81.AB.E3.81.BE.E3.81.A4.E3.82.8F.E3.82.8B.E8.AA.A4.E8.A7.A3から引用



>私は手技療法家さまがおっしゃるところの、「EBMなんてものは明日にも変わってしまう性質のもの」とは検証を経て治療法として確立したものが否定されることだと理解していました。それは、よりよい治療法に取って代わられるとか、有効な事例が絞り込まれると言ったことではなく、完全に誤りであったという場合だとおもっていたのですが。

ある検証を経て治療法として確立したものが否定されることだとした場合、それを否定するEBMもまた「検証を経て証明法として確立したものが否定されること」があると言うことは同じ科学の上に成り立っていれば、当然のことであるのはご理解頂けますでしょうか?
この点を棚上げにすれば「科学原理主義」と言われるのは当たり前であると思います。
要するに、EBMが現状の治療法を「完全に誤りであった」などと確定できると考える時点で、「極めて原理主義」であると言わざるを得ません。
EBMが統計的手法を使う以上、それは現在の科学的知見の水準から、その治療法の有効性の確からしさを推測することしかできず、しかも特定個人における有効性の確認はできないものです。
端的に言えば、ある疾患における治療法Aによる治癒の可能性が90%だとしても、患者Bが治療法Aによって治癒する可能性が90%であるわけではないと言うことはご理解頂けますでしょうか?




>の、心的な部分に介入する代替医療とは具体的にはどのような療法でしょうか?医療であるならまったく心的な部分と無関係なものは無いと思いますが、それでも影響の程度に違いはあると思います。

「医療であるならまったく心的な部分と無関係なものは無い」と仮定すれば、おそらくすべての「代替医療」と考えてよろしいかと存じます。
そして、心的部分に対する影響度は「代替医療のみが有しているのではなく、患者個人にも依存している」と言う点をご勘案下さい。
また、心的部分からの影響度は、現代医療より代替医療の方がはるかに高いと言うことも言えるかと存じます。
換言すれば、心的部分に対する影響を制御できる代替医療家が腕の良い代替医療家であるとも言えるのでないでしょうか。


>瀉血について、より広い分野で活用されるべきとお考えなのでしょうか?また、瀉血に限らず多様な角度から再考した場合、必ずしも効果を示す結果が得られるとは限らないと思います。その場合、その結果をどう判断するのでしょうか?

瀉血にも種類がございますので、「個々の事例に則して判断されるべきもの」であると存じます。
また、瀉血の定義がはっきりしておりませんが、私は「過去のヨーロッパや現代でも行われる積極的に血管を切開して出血させる瀉血法」のみを瀉血と考えておりません。
実際に現代医療でも「瀉血」は疾患によっては有効な対症療法として行われいると存じます。

ご指摘の「多様な角度から再考した場合、必ずしも効果を示す結果が得られるとは限らないと思います。その場合、その結果をどう判断するのか?」と言う点におきましては、その判定はあくまで暫定的なものですので、個別の事例において危険性と有効性を専門家の立場で判断するための一助にすることと思います。




>最後に、
>>「代替医療の不備を指摘することは現代医療の正しさを保証するものではなく、ある現代医療のBMに正当性があることが別の現代医療EBMに正当性があることにもなりません。」
>
>おっしゃる通りです。現代医療というのは一つの医療体系ではなく、効果があると見なされたものの集まりです。ですから、効果があると見なされれば新しく加わりますし、効果がなければほかの療法に取って代わられます。


ここの問題点は、患者が昨日まで正しいと言われていた治療法が、今日は間違いであるとなってしまう点ですね。
ここに医原病の源泉があると考えております。
要するに現代医療は、そう言う侵襲性の高い、致命的な疾患などを相手に治療するものであり、その点は仕方がないと言わざるを得ません。

同様に代替医療は、そこまで危険な状態を相手にすることはなく、よりよい身体の常態に復することを目的としている場合が多いと考えます。
そのため、効果と言う点では、やはり人それぞれとなる部分が多いかと存じますので、現代医療的なEBMでの否定にはなじまない部分が多いのではないでしょうか。



>代替療法についても私はすべての代替医療法に効果がないとは思っていません。しかし、効果がない、もしくは広く効果をうたいすぎている代替療法も少なからずあると思っています。手技療法家さまは現在生き残っている代替療法がすべて主張する通りの効果を備えているとお考えですか?


私の個人的見解では、代替療法は保険適用などせず、また、最低でも3回の治療で何からの変化が見られない場合(本来は1回で十分だと思っておりますが)その治療法は治療の選択から外すべきだと考えます。

「現在生き残っている代替療法がすべて主張する通りの効果を備えているか?」と言うご指摘に関してましては、「特定の患者が治ったからと言って、すべての患者が治るわけではない」という当たり前の事実をもっとはっきりうたうべきであると考えますが、患者様の方としてもそう言う考えがまったく無いと言うことは行政や国家における教育の問題であろうかと存じます。

特定の不心得者のために代替医療全体が否定されるのは本末転倒だと考えますが、如何でしょうか?

nori2nori2nori2nori2 2011/02/24 13:43 難しくてよく分かりませんが、いいことなのでしょうか?

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