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2008-04-21

ラッセンとは何の恥部だったのか

※追記あります。


拙書を読んで下さった人から面白いメールをもらった。「ところでラッセンって何だったの?」という話(本の内容とは直接関係ない)。

‥‥ラッセンか。そう言えばいたなそんな人が。


ハワイの海やイルカの絵を描いているあのラッセンです。御存知ないですか。別に知らなくてもいいのですが。日本向けのホームページに絵の画像がたくさんある。「あー、あのサーフィンショップとかに飾ってありそうなイラストか」と思い当たる人はいるだろう。もっともイラストじゃなくてアート、絵画として売られている。

こちらを見ると、絵以外のところでかなり評判が悪い。エコロジストのサーファー画家ということで売っているラッセンだが、ほとんど不良外人の扱いだ。


しかし、なぜラッセンの絵がそんなに人気があるのか。

日本人ってそんなに海とイルカが好きだったのですか。

以下、その方の承諾を得てメールから抜粋(ちょっと長いです)。途中に入っているのは私の返信。


昨日あたり、ふと思い出したのですが、そういえばラッセン。

まだ生きてますよね、ラッセン。

あの人は何だったんでしょうか。

今でこそ、「ああ、ラッセンね」みたいに「ああ、アムウェイね」と同じところにオチてますが、オチが付くまでには結構売れたと思うんですよ。

それも、安田生命ゴッホをすんげー値段で買っちゃったバブルのノリじゃなくて、割ともっとアートは関係ないところで。

[中略]

今でこそ、「ああ、ラッセンね」のオチがついたので、そうそう強引な客引きも見ませんが、

当時(15年くらい前?)は、23時以降の繁華街の客引き並の何か法律にひっかからないのか?

というくらい強引な若いおねーちゃんの客引きがあり、

店舗(自称画廊)も表通りにガツーンと面して建っていました。

その頃は、ブログはまだなくて、さるさる日記とかがメインだったと思うのですが

文章から絶対あんた寂しい10代過ごしたよねと思われる男子が

急に若くてキレイ目なおねーちゃんに積極的に迫られる話があれば

ヲチってる人間が皆「ああ、浄水器かイルカの絵ね」という目で生暖かく見ていたものです。

今では「何でか、宝石とか浄水器とかイルカの絵とか買っちゃって」その後

女と連絡が取れなくなるという、暗い笑いの定番として落ち着いたラッセン。

ラッセンは村上隆のように、「売れれば天下取ったも同然なんだよ」と思っていたのでしょうか。

何か、そこまですらいってないんじゃないかって気がします。

むしろ、その点、村上隆のほうが良心的な気すらしてきます。

余所様の国で、詐欺の代名詞になっちゃったっていうのはどういう感じなのかしら

と想像すると、一体、あの人は何だったのか?ともやっとします。

売り絵画家という中傷さえ的外れになるラッセン。

あれは、どういう現象だったのかよくわかりません。

いましたねー、ラッセン。今どうなっているのでしょう。

一時期、女優の藤谷美和子とつきあっていたという芸能情報の記憶があります。

ネットで見ると、「激安価格」で出ているようですが、

まだ買う人がいるのでしょうか。

ラッセンと言うと、似たポジションで、ヒロ・ヤマガタを思い出します。

どちらも現代アートの方では一顧だにされていませんでしたが、

莫大な金を稼いでいたことは確かですね。

バブルの頃に出てきた俄画商が、ナイーブな人を騙して売っていたイメージ。

[中略]

しかしラッセンとは何だったのか。何の恥部だったのか。

これは考察に値します。

ヒロヤマガタのシルクスクリーンパステル画も馬鹿みたいに売ってましたね。

時期はかぶっているのですが、ラッセンが特設会場的な、ラッセンしか扱っていない派手な会場で茶髪ピンヒールのおねーちゃんに対して

ヒロヤマガタは大阪では茶屋町という「Loft」界隈の画廊通りで扱われていました。

Loftっていうのが「なるほど」って感じです。

15年前は、画廊通りだったそこは、10年前には驚くほどのゴーストタウンと化し

ベニヤを張った空き店舗と空き地になりました。

(微妙に首都圏とはずれている不況の波の伝動)

[中略]

そんな風に(前フリ長くてすみません)、曲りなりにも画廊が扱っていたヒロヤマガタ。

対する、最初から「困ったときには売ればいいから」のダイヤモンド(実際は売れない) 的対象のラッセン。

ヒロヤマガタを扱っている画廊の人も「私は画商で、これはアート」というオーラむんむんでした。

ラッセンは、今でいうと携帯ショップのバイトのおねーちゃんと一緒の雰囲気でした。

しかし、売り文句は「アート」。

あの、ラッセンは商品だけど、ヒロヤマガタはアートという空気は大阪独特だったのでしょうか、それとも、全国区で、ヤマガタが同じ日本人だからなのでしょうか。

[中略]

>しかしラッセンとは何だったのか。何の恥部だったのか。


そう、何か恥部だとは思うのですが、「何の?」なんですよ。

あの色彩を「いい」と思う時代が日本にあったとも思えない。

アートって癒しだよね、とか見ていいと思えばアートだよねにも逃げられない。

湖の上に虹が出て♪というヒロヤマガタのわかりやすさに比べて

何ひとつ、郷愁や昔話に共通する「きゅんとクる♪」部分もなかろうにと思うのです。

ハワイ人じゃないから。

私が、あの絵で思い出すのは、宗教の勧誘訪問の人が持ってるチラシの

極彩色で「人間も動物も争わず、共存して」みたいな、ライオンと人間とシマウマが

仲良く草原にみたいなアレです。


にも関わらず、「浄水器か高級絵画かいつか結婚する時のためのダイヤモンド」か

っていう詐欺の代名詞になるほど、一般的に広く「被害」として流通したラッセン。

あれは何だったのか。何の現象だったのか。

ただの美人局的商法ではない、「何か」があるとは思うのですが、もやっとして

気持ち悪いまま出ません。



現代アート方面ではヒロ・ヤマガタと並んで「アレをいいと言うと恥ずかしいタイプの絵」というか話題にすらされてなかったが、なぜかむちゃくちゃ売れていた(印象がある)。検索するとネットでもずいぶん販売している。

日本を格好の商売の場としているようで、先の日本版HPによれば、現在来日中であちこちで展示会をしている。年に最低一回は来ている模様。去年新宿で開催された販売会も盛況だったらしく、巷ではラッセンの人気は不動。


「アレに夢中になったのはちょっと恥ずかしかったのでもう忘れよう」ということになっているかと思っていたら‥‥そういうわけでもなかったのだ。

「ラッセンとは何の恥部だったのか」を考察する予定だったが、ここまで堂々と晒されているのは、もはや「恥部」とは言えない。

その理由として考えられるのは一つだけ。環境保護活動のキャンペーンとして使われていることだ(収益金の一部をそうした寄付に充てているらしい)。そういう大義名分のある絵画に「アートとしての評価」はあまり関係ない。「エコロジー」は世界共通、水戸黄門の印籠である。


しかしそれだけで、ケバいおねーちゃんにローン組まされて何十万かの絵を買ってしまった過去は、相殺されるのだろうか。もっと深いところで、なんか別の要因が働いていたはずだ。

それは、ラッセンの絵が売り方も内容も含めて、「日本人のヤンキー心に訴えた」ということではないかと思う。


ラッセンが日本で突然持て囃されたのは、バブル期の最後の方だった(終わっていたかもしれない)。

折からの絵画ブームで、ブランドものを買い漁るのも飽きた人々がアートに目を付け始めていた。『ブルータス』のインテリア特集とか見ると、ミッドセンチュリーな家具とウォーホルの版画といった組み合わせがよくあった。美術館がやたら高い海外の作家の作品を買っていたのもこの頃だ。

そういう雰囲気に乗せられて、何となくそっち方面に手を出した人々が引きつけられたのは、アートそのものというより「アートを買う」という行為。金を出せば何でも買える。だからアートも買ったのだ。


しかしラッセンの"凄さ"は、そうしたアートコレクターになってみたい欲望にすらひっかからないところにあった。ラッセンを買った人がウォーホルも評価するとは思えないし、現代アートのギャラリーに通うようになるとも思えない。ウォーホルの版画を買った人の何割かはコレクターになるかもしれないが、ラッセンを買った人はいつまでたっても単に「ラッセンを買った人」。

怪しい壺を売るのと同じ手口の派手なおねーちゃんに言い寄られ、あれこれ能書きをまくしたてられ、「きっと凄いものなんだ」と信じ込んで(あるいは半信半疑で)大枚はたいたのである。大枚はたいて何か「凄いもの」買った気分、得した気分になった。

「上品ぶってたって売れんわい」という売り手スタンスも、購買スタイルも、ヤンキーのものだ。


「きっと凄いものなんだ」を逆説的に支えてくれるのが、ラッセンの絵の"わかりやすさ"である。水族館の看板くらいわかりやすい。妙にケバケバしい配色やファンタジックな絵ヅラは、ヤンキーの車のペインティングとよく似ている。そっくりの図柄をペイントしているシャコタンを見たこともある。

新興宗教臭さを感じさせる「極彩色で「人間も動物も争わず、共存して」みたいな、ライオンと人間とシマウマが仲良く草原にみたいな」"スピリチュアル"な雰囲気も、安いヒューマニズムにコロリとやられがちなナイーブなヤンキー心を捉えそうだ。

ラッセンの絵は日本的な癒しや郷愁とはかけ離れているかもしれないが、日本人に一番多い((c)ナンシー関)とされるヤンキーの趣味には意外にも合致。むしろヤンキーにとっての癒しがラッセンに凝縮されている、と言ってもいいくらいの感じだ。


アート業界周辺は、もともとヤンキー濃度が低い。若い層もどっちかというとオタクサブカル系が多く、ヤンキー的なものとはソリが合わない。だが、ヤンキー・メンタリティは日本人の中に薄く広く浸透している。それがボリュームゾーンなのである。

誰も自分がそこに属しているとは思っていない。だって、ヤンキー的なものは洗練されてなくてダサいし、ヤンキーな奴は横着で頭悪いということになっているから。やるとしたら確信犯であって、素でヤンキーはちょっと恥ずかしい。日常の裾野のあちこちで晒されてはいるが、自慢できる顔ではない。ましてアートというヤンキー・メンタリティを忌み嫌うジャンルでは、恥部に等しい‥‥。

そのことを、ラッセン現象は明るみにしたのだと思う。

ラッセンが売れちゃったりするのは何か嫌だ、何か許せないという心性は、日本人の(そして自分の中の)ヤンキー気質を見たくないという思いと重なっているかもしれない。



●追記

「ヤンキー」について若干説明不足だったようなので改めて。

ここで言っている「ヤンキー」とは記事でちょっと触れましたように、ナンシー関の文脈に依っています。「日本人で一番多いのはヤンキーとファンシーである」(「日本人の血からヤンキーとファンシーは消えない」だったかも。どこで言っていたのかは思い出せません)。

いわゆる暴走族系の人やキンパツの人だけではなく、「どんなに頑張っても今いち垢抜けず安っぽい趣味に染まりやすい田舎者」を指しています。ヤンキーとファンシーは結構近いものだと思います。

ラッセンは、そういう人々に(特に)アピールしたのではないかという主旨です。


ヤンキーについてはヤンキーに対峙する文化受容を確立したいけど難しいなあ…実際 - 淀川トゥナイトショーが非常に納得いきました。

ちょっとダサくてどこか貧乏臭いんだけれども、なんかどうしようもない刹那的なリアリティが漂っているヤンキー的なものが、日本の文化の底にあるのではないか。ワビサビなんかより、ヤンキーなのではないか、本質は(そこまでは言ってませんでしたが)。都築響一大竹伸朗の仕事は私も尊敬しております。

かくいう私も、ラッセンを部屋に飾りたいとは思わないのですが、ヤンキー趣味や気質には正直妙に惹かれる部分があります(昔はファッションに豹柄とか光り物とかヤンキー臭いアイテムをよく取り入れてました。今それをやると大阪のおばちゃんになってしまうのでやりませんが)。

ヤンキーとは、私にとっては愛憎半ばするものです。


ヒロ・ヤマガタ的なものの受容の背景については、誰がラッセンを求めていたか - おまえにハートブレイク☆オーバードライブが、よく分析されていて興味深かったです。

ブコメにも書いたのですが、こういう「陰影(文字どおり、初期の作品では人物に影がなかった)というか奥行きというか、そういうものをまるっきり欠い」た、極めて湿度の低い滑らかな表層だけの「アーバンなセンス」(「」内は記事より引用)と言われるものの元祖は、デヴィッド・ホックニーだったのではないかと思います。

ホックニーの版画は、70年代末から80年代に非常に人気があり、ポスターなども売れまくってました。西海岸の乾燥した空気、書き割りのような風景と室内、人気のないプール、シャワーを浴びる男達‥‥。実はホモセクシュアルな香りも漂っていたのですが、一般にはオシャレなものとして受け入れられていた気がします。

ホックニーのプールのあっけらかんとしたブルーは、ラッセンやヒロ・ヤマガタの色彩に通じるものがあったかもしれません。

ようこようこ 2008/04/21 11:04 ラッセン。現役なんですか、ラッセンw
しかも一匹のオスに大勢のメスがたかる状態ですか。完全に宗教化したのですね。
今となっては、自分の意志でコロニーを形成しているっぽいですが、一番最初に
日本にラッセンが入るきっかけは何だったんでしょうね。
広い世界から、あの色彩と線のラッセンを選んで大量詐欺行為に利用しようとした人。
画廊関係じゃなくて「儲かるところに顔を出す」系の人だったんでしょうか。
イメージ的には、抽象画みたいなセーターを着て金の太いネックレスをしてセカンドポーチを手に持ったおじさん。
だとすると、やっと「あ、正しく投機だったんだ」と落ちてスッキリします。
取り急ぎ、第一印象まで。

megmamamegmama 2008/04/21 11:12 ラッセンは何の恥部か、興味深く拝読いたしました。私は何の恥部かは分らないですが、アールビバンが恥部にしたのではないか・・と思っております。もともとラッセンのインパクトってエアブラシのそれと重なるんじゃないかなぁと、サブカル系のヤンキーだった(笑)私は思うのです。
画風云々は置いといて、当時の恥部としてのラッセンは、今は天野喜考が受け継いでいる気がするのですが、いかかでしょうか?

ohnosakikoohnosakiko 2008/04/21 16:49 >ようこさん

ラッセン、日本では女性関係の素行が悪いという評判ですね(笑

>一番最初に日本にラッセンが入るきっかけは何だったんでしょうね。

ARTVIVANTが目をつけたからじゃないかなぁと思うのですが、そのあたり詳しくは私も知りません。83年に国連の『クリーンオーシャン・キャンペーン』のイメージイラストを描いて箔をつけて、世界的に有名になったらしいですが、日本に入ってきたのがもっと後でしたね。

絵の売り方は裾野もてっぺんも基本的には同じで、下品か下品でないように見せてるかの違いくらいだと思いますが、アートならアート方面からいろいろ批評が出てくるはずなのに、全然ないというのがヒロ・ヤマガタと共通してます。
そういえばだいぶ前、アート雑誌で椹木野衣という批評家が、ヒロ・ヤマガタが売れるような民度を嘆いてましたが、ラッセンも同じ扱いかと思われます。
でもああいうのって、アートかどうかの枠を外したら、どこでも一定の需要があるんでしょうね。


>megmamaさん、はじめまして。

やっぱりARTVIVANTですね。もともとアート系の洋書専門店だったのが突然ガラリと変わった時は驚きました。
エアブラシは70年代にPARCOの広告の山口はるみも既に使っていたし、イラスト方面では普通だったと思うんですよね。技法的にはグレージングというのを使っているらしいです。
http://www.artcreation.co.jp/lassen.htm

>当時の恥部としてのラッセンは、今は天野喜考が受け継いでいる気がするのですが、いかかでしょうか?

ブックマークコメントでも天野喜考の名前が出てましたが、天野氏は挿絵やイラストのジャンル、つまり完全にサブカル方面から出てきた人で、背景や立ち位置がちょっと違うと思います。
私、天野喜考の絵はそんな嫌いじゃないんですよね。初期の「タイムボカン」のデザインとか、SFっぽい挿絵とかも物語性があってそれなりに楽しめるし、器用な職人だなあという感じでギーガー(エイリアンのデザインをした人)と同種の人と見ています。アーティスト扱いされるのは最近は何でもそうなので仕方ないでしょう。
ラッセンはバリエーションがものすごく単調だし、売られ方もアレだし、メッセージもただエコロジーというところが何か不気味です。

ヒロ山形ってヒロ山形って 2008/04/21 16:53 あまり関係ないのですが、
http://www.ddart.co.jp/yamagatasell.html
このヒロ山形と
http://www.hiroyamagata.com/exhibition/
このhiro yamagataって同一人物なんですよね。
同姓同名がいるかのごとく、同じ人物に思えません。
これが、ヒロ山形をアーティストにとどめた理由なのかも。

ohnosakikoohnosakiko 2008/04/21 17:42 「ヒロ山形って」さん
レーザーインスタレーションは、絵で儲けた後90年代の終わり頃から、億の金をかけて大々的にやってるらしいです。
アートで時々あるスケールと最新技術でびっくりさせる系のものかなあという気もしますが、ラッセンよりは頭使ってそうですね。

ohnosakikoohnosakiko 2008/04/21 19:10 >megmamaさん

読み直したらなんか的外れなコメントをしてましたので、再度。

>画風云々は置いといて、当時の恥部としてのラッセンは、今は天野喜考が受け継いでいる

「画風云々」について書いてしまってました、失礼しました。
天野喜考がラッセンから受け継いでいる恥部とは、ヤンキー性のことでしょうか。
売られ方については、アールビバン(今は片仮名表記なんですね)だからある意味しょうがないのですが、ヤンキー・メンタリティはラッセンの側ではなくそれを好む受け手の側にあるという仮説ですので、天野喜考のファンもヤンキーに親和性のある人が多いということでしょうか‥‥あれはむしろオタクですよね。どちらかと言えば。オタクってもいろいろですけど。
ただラッセンも天野喜考もファンタジー性と描写の細かさというところでは似ているので、これがヤンキーとオタク(の一部?)を繋ぐビジュアル趣味の共通点なのかな、などと思っています。

ようこようこ 2008/04/21 19:33 考えましたよ。ラッセンとセックスしたくない非信者35歳日本人としての一日の許容量を超えたと思います。
ヤンキーが鍵だったのか!は目から鱗です。
ラッセンが売れているふうなのに買った人を見たことないですが、私の想像では↓こういう人
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2008/0417/179138.htm?g=04
が買っているのだと思っていました。
ヤンキーの特徴である、ファッションや社会への反抗や青い性などから遠く離れたところにいるタイプ。
現場を見たことはないのですが、想像では、ド・トールあたりで
「今はさ、アートを飾る心とか?生活とか?それに絶対これから値段は上がるし」
とか、ケバめのおねーちゃんに言われてローン組んじゃうの。
もちろんアムウェイと一緒で“あなたのためになる話をしているの”スタンスだから、「あなたみたいな人に、こういうのを買って欲しいなと思って」とか言ったりして、このきれいな(派手な)子はひょっとして本当に俺を見込んで言ってるんじゃなかろうかとか思わせたり。
例えるなら、先生に言いつけられて資料室の整理をしているところに、「●△中の××さんといえば、このへんで知らない人はいない」ヤンキー大御所であるところの××さんのオンナとされている、ズベ公がやってきて、今2人きり。突然そいつは「…アタイと、いいことしない」と言ったみたいな。ええ!俺が?俺ですか?いやー、それはヤバいんじゃないですかね。いやでも、今なら誰も見てないしな状況ですよね。
そりゃ買うわ。
しかし、ヤンキーに憧れても成り上がれなかった地味め君を(いや、男子に限る必要はないんだけど、何となくイメージ)ヤンキー上がりのおねーちゃんがチューチュー吸い取るというヤンキー一人勝ち。なんか気の毒。
アールビバンという会社があるのですね。サイトを開くと「ラッセン来日展」が出てきてウケました。
なるほど、ここの会社の人たちが商品として扱っているわけですね。
天野喜孝さんは、私が高校生の頃は「挿絵画家」とか「イラストレーター」として人気でしたが、今はアーティストなのですね。20年前はイラストレーターよりアーティストが上ってこともなかったですがwもちろん、そちら系女子のカリスマでした。

ようこようこ 2008/04/21 19:47 全くの余談ですが。
消費されちゃう系アーティストの製造方法に、「道端→キディランド→AERA→ニュースステーション(ゲスト出演)」という道もあったなと思い出しました。
326ですが。
これも、ヤンキー心に響きそうな言葉を使っていますよね。そういえば。

ohnosakikoohnosakiko 2008/04/21 20:23 ようこさん、記事より面白い文章書かないで下さい(笑

ヤンキーってのはもちろん見るからにヤンキー臭い人というより、ダサい人、田舎者ということです、大雑把に言って(ナンシー関の文脈では確かそうでした)。で、田舎者なりに見栄を張って頑張ろうとするが、センスがないのでことごとく安っぽいものを掴んでしまう。未だに家具を通販のブラックで統一してたりとか(そんな家具もうないか)。根は意外とマジメなので騙されやすいのです。

>突然そいつは「…アタイと、いいことしない」と言ったみたいな。ええ!俺が?俺ですか?いやー、それはヤバいんじゃないですかね。いやでも、今なら誰も見てないしな状況ですよね。
そりゃ買うわ。

そ、そうなのか?w つまりは性欲の問題であったと。
確かに若いおにいさんがひっかかっていたというイメージは強いですね。
でもあの手の絵って図鑑に載ってそうだから、案外子供は好きなんじゃないかと思います。
展覧会のスナップ↓ 子供もちらほらいます。
http://www.dinos.co.jp/art/hp_info/07_08.html
海にイルカ、陸地に恐竜、空に宇宙船とUFOなんか描いたらもっと喜ばれるんじゃないかな。

アールビバンはあこぎな商売していてそれに乗せられている作家もアレかもしれないけど、天野喜考はラッセンよりかなりマシな気はします、もちろんイラストレーターとして。

そうそう326、そういう順序だったですね。
>ヤンキー心に響きそうな言葉

うん、大嫌いです。あの字も。

nobodynobody 2008/04/21 20:27 たぶんロンドンブーツのTV番組だったと思うのですが、昨年ごろ、青田典子(元CCガールズ)がラッセン大好きで、ラッセンに会いに行き肖像画を描いてもらって大感激……っていうのをやってました。ラッセンが好き、と言い切る芸能人がいることに驚きました。

ohnosakikoohnosakiko 2008/04/21 21:47 nobodyさん、はじめまして。
それ、私はWikipediaで知りました。ヘアヌードだったとか。
青田典子ならラッセン好きでもさもありなんという感じはします。

ようこようこ 2008/04/21 23:15 うぅむ、また私は言葉足らずで(むしろ多過ぎ)
私も日本人の8割はヤンキー気質だと思います。
本当に、ヤンキーファッションで地べたに座り込むかどうかは個々の差ですが。
それができなかった内的ヤンキーを秘めた抑圧されたヤンキーであるところの地味め君=田舎者=家具は通販のブラックで統一=予備校ブギ=切なさが止まらない、という捉え方です。
あ、ちょっと待って。
そうすると、あの塔はすぐさまぶっ壊されたから油断してたけど、8割がヤンキーってことはフミヤートとか工藤静香とかは私が思っていたよりずっと支持されているってことでは…うそーん☆

sho_tasho_ta 2008/04/21 23:24 >ヤンキーってのはもちろん見るからにヤンキー臭い人というより、ダサい人、田舎者ということです

エントリ本文を読んでもいまいち腑に落ちなかったんですが(私がヤンキー文化に詳しくないからかもしれません)、上記コメントを読んでエントリ内の「ヤンキー」をすべて「田舎者」に置き換えたらいきなり腑に落ちまくりました。

junta1999junta1999 2008/04/22 01:36 2年前ハワイの画廊で日本人女性3人をはべらかせてましたよ。(笑)
店に入れる空気じゃなかった。

なまえなまえ 2008/04/22 04:55 西武系の洋書専門店だったアール・ヴィヴァンと、展示即売で悪評のアールビバン。

紛らわしいですが、両社に関係はないです。>アート系の洋書専門店だったのが突然ガラリと変わった時は驚きました。

ohnosakikoohnosakiko 2008/04/22 08:19 >ようこさん
>内的ヤンキーを秘めた抑圧されたヤンキーであるところの地味め君=田舎者=家具は通販のブラックで統一=予備校ブギ=切なさが止まらない

イメージとしてはそれです。

>sho_taさん
納得頂けたようでよかったです。

>junta1999さん
日本人女性が好きみたいですね、ラッセンは。

>なまえさん
おお、そうでしたか。てっきり同じ系列かとずっと勘違いしてました。
ご指摘ありがとうございます。

uetamuetam 2008/04/22 15:36 ラッセンの絵の不味さっていうのは、画面全体に一点も「抜け」が無いということでしょうね。「抜け」が無いから、動きが止まってしまい画面が死んでる。つまり、素人作品なのです。素人が作品の完成度を追い求め、ディテールを極めたら、あんな駄作になってしまったのだと思います。
そりゃあ、美術関係者は手を出しませんよね。「見る目がない」と公言するようなものですから。

しかし、バブル絶頂の当時、絵画は絶好の投機対象。日本の企業によって数十億円単位の絵画が落札される中、ディーラーは一般人向けに“安価な”絵画商品の販売を目論見ました。たったの数十万円(〜数百万円)で、“海外の超人気作家”作品が手に入る。でも、安価って言っても、数十億円の名画に比べて安価であって、機械的に4色分解したシルクスクリーンの複製画(しかも1000枚以上刷っている)にそんな高値がつくのは不当ですよね。

当時、私の周辺にもラッセンに入れ込んでるアホがいて、購入に悩んでいると言うので、「ラッセン? ああ、あの買った瞬簡に価値が半減するやつね。買えば?」と諭したことがあります。
ただ、これが詐欺とか悪徳商法だったかというと微妙。いくら相場に比べて高いといっても、最終判断は購入者にあったわけだし、「将来価値が上がる」という勘違いも自己責任でしょう。そもそも美術品を投機対象しようという考えを持った人間には、良い薬だったかもしれません。

もっとも、ラッセンを好きで買った人は否定できません。つたない絵であっても、その人が気に入っているならそれは名画といえます。
一生の宝物にしてあげてもらいたい。亡くなった後で相続税かからないから、家族も安心。

よその家にお邪魔して、部屋に飾ってあったら、ちょっと笑っちゃいますけどw。

lisa_julialisa_julia 2008/04/22 16:45 はじめまして。
10年程前、ラッセンを本気で好きだといってはばからない人に会ったことがあります。
仕事がらみの人に誘われて行った、IT系のクラブイベント(この時点でかなりうさんくさい)でのことでしたが。その会は、IT系の代理店や制作会社の若い人たちがほとんどで、みんな絵に描いたような月9ノリといいましょうか。ルックスはそこそこよくて適当にコぎれいで、キャップ被ってたり黒いTシャツ着てシルバーの指輪をしてたり、ミネラルウォーター飲んでたりと、まさに家具は全部黒で揃えてそうな人たちでしたね。本当の業界人はもっとヨレてるものなので、業界人にすら成りきれていないというか。それまでは普通にOLやサラリーマンやってたような人たちが(あるいはマジメな大学生?)、デビューした感がプンプンしてました。アートに免疫がない人に、アートや環境問題といった名目で文化的なことを投げかけると、コロリといってしまうといういい例でしょうね。ラッセンは。

tadashitadashi 2008/04/22 19:58 たまたま飛んできたのですが、余りいい気はしませんね。
最近はこういう気取ったBlogばかりで気がめいります。
僕はラッセンってよく知らないけど、
人の好みなんて人それぞれ違うから良いのでは?
と思いますが。

>>ohnosakiko
>>sho_taさん
田舎者?あなた方は都会人気取りですか?
あなた方がどこの人かは知りませんが、
他の場所の人(日本人に限らず)から見たらあなた方も田舎者と思われてますよ。
しかも田舎者=ダサいって失礼だと思いますね。
そんな知性と価値観、偏見しか持ち合わせていない人が
他人をダサいと評価する程イケているのでしょうか?

>>uetamさん
人の趣味を笑う(笑いそうになる)って行為は
人を見下していい気になってると言う事ですよね?
趣味の会わない人間から見たらあなたも笑われてると思いますよ。
個性や感性、価値観が違うのに人の質まで評価するのは驕りだと思いますが。

>>皆さん
ゴッホ作品だから芸術、ピカソ作品だから芸術、
ラッセンは芸術では無い、とかおかしくないですか?
芸術等の価値は集団や鑑定士、アーティストが評価するものではなく、
個人が評価して、それが良いと思える物だったらその人にとって価値のある物です。
集団の評価に囚われて個人の価値観を批評する権利は世界中の誰にもないと思います。
あなたたちのやってる事は一昔前に流行ったピーコのファッションチェックと同じ。
自分の感性、価値観を基準だと勘違いしているか、
もしくは集団心理に囚われて個人の感性、価値観を失っているだけだと思います。

ようこようこ 2008/04/22 21:10 >>tadashiさん
「アーティスト症候群」読みましたか?
えーと、ゴッホが芸術でラッセンは違うと「断定」はしてないんですよ、今は。
とりあえず、300年くらい後で美術史年表を作ったら、ピカソは載ってるだろうけど、ラッセンはないよねぐらいです、まだ。
「アートって何ぞね」というところでそれぞれが考察しているので、とりあえず、tadashiさんの「アートとは」が「芸術等の価値は集団や鑑定士、アーティストが評価するものではなく、個人が評価して、それが良いと思える物だったらその人にとって価値のある物」ってのはわかりました。賛成はしないけど、わかりました。
私も「田舎者」という表現は使いましたが、この場合の「田舎者」は「田舎と呼ばれる地域に住んでいる人」ではなくて、「田舎性」とか「心の田舎までの距離」というバブル時代のファッションとか見てモジモジしちゃう感覚のようなものなのです、私にとっては。
本当に、田舎を田舎って言いだすとそれこそ「誰がジャッジした田舎なんだ」ってことになって、田舎なんてどこにもなくなるし、もしくは全部が田舎になっちゃって差異がないならやっぱりもう田舎なんてないになっちゃうのです。ややこしいですね。
あと「人の好みなんて人それぞれ違うから良いのでは?」はちょっと反則かなと思いました。
人それぞれで、それでいいじゃんと言っちゃうと全ての会話はそこでフリーズするしかなくなるじゃないですか。
それぞれなのはわかっているし、くだらないことを言ってるのもわかってるけど、話し合う行為に意味があるんだから、全員発言しろってことなんじゃないでしょうか、参加するってことは。
tadashiさんは「ラッセンってよく知らない」が言いたかったのですね。了解しました。
私は「ラッセンの絵は極彩色で気持ち悪い」上に何かセックスコロニーができているのも気持ち悪いです。
人それぞれに違う意見があるって面白いですね。こういうやりとりができるところがBlogのいいところですよね。

ohnosakikoohnosakiko 2008/04/22 21:41 >uetamさん、はじめまして。

ラッセンの絵に「抜け」を作ったら良くなるかというと、そういうものでもない気はします。現代アートでもわざと「抜け」のない、のっぺりとした俗悪さを狙った作品というのはあり、それはそれで評価されています。
ただそういう絵画としての狙いとか企みはラッセンからは感じられないので、専門家から見ると食指は動かないのだろうと思います。

>もっとも、ラッセンを好きで買った人は否定できません。つたない絵であっても、その人が気に入っているならそれは名画といえます。

それはそうですね。


>lisa_juliaさん、はじめまして。

やはり「アートに免疫のない人」の方に好まれるようですか(というか、その中途半端な一昔前のIT系のパーティのノリ(行ったことないけど)とラッセンとの結びつきが興味深いです)。
免疫があるのとないのと、どちらが「幸せ」かというと、難しい問題になりますねー。


>tadashiさん、はじめまして。

>人の好みなんて人それぞれ違うから良いのでは?

もっともですが、それで終わってしまうと、あらゆる批評は無意味ですし、作品についての意見を言い合うこともできなくなりますね。

>田舎者?あなた方は都会人気取りですか?

ナンシー関言うところの「ヤンキー」を簡単に翻訳しただけです。これについては追記をどうぞ。
私も田舎者を嫌っている田舎者の一人だと思います。

>ゴッホ作品だから芸術、ピカソ作品だから芸術、
ラッセンは芸術では無い、とかおかしくないですか?

私は単に、ラッセンは芸術業界(少なくとも現代アート業界)では評価されていないという「事実」を言っているのですが。

>芸術等の価値は集団や鑑定士、アーティストが評価するものではなく、
個人が評価して、それが良いと思える物だったらその人にとって価値のある物です。

芸術的な価値は最終的には「権威」が決めます。もちろん「権威」って一枚岩じゃないですけどね。
しかしそれとは別に、個人の価値観があってもちろんいいと思っています。

>集団の評価に囚われて個人の価値観を批評する権利は世界中の誰にもないと思います。

批評するのは自由です。お互いに批評し合えばいいんじゃないですか。

>あなたたちのやってる事は一昔前に流行ったピーコのファッションチェックと同じ。
自分の感性、価値観を基準だと勘違いしているか、
もしくは集団心理に囚われて個人の感性、価値観を失っているだけだと思います。

私個人について言えば、「権威」が評価しているものでも自分は評価できないものはあります。
ラッセンについては、他人の評価がどうであろうと(たとえ著名な批評家が評価したとしても、巷で大人気でも)、私の見方は変わらないだろうと思います。
ラッセンに芸術的な価値があるという人は、その理由を主張すればいいのではないでしょうか。


>ようこさん
>とりあえず、300年くらい後で美術史年表を作ったら、ピカソは載ってるだろうけど、ラッセンはないよねぐらいです、まだ。

いやそれは怪しいよ(笑)。だってどこかでガラガラッと芸術の概念が変わっちゃうかもしれないじゃないですか。絶対ないとは言えないです。まあその頃は「芸術」という言葉もなくなってればいいなあとか思ったりするけれども。

ようこようこ 2008/04/22 21:53 そうか!
年金問題と一緒で、なんとなく「芸術って長く続いていて、それなりに根拠あるんじゃないの?」って思い込んでました。
そうですよねー。ピカソも怪しいですよね。
まだ100年安心の芸術なんてないですもんね。
何だかだいって、芸術って言葉(概念?)が近代のものなので、たかが近代ってことはまたなくなったり変更したり…だから、アートって何ぞね?芸術って言わなくなったらその先はどうなるね?
そうやって私を無限ループに蹴り落とすのねw

sho_tasho_ta 2008/04/22 23:33 >tadashiさん

たまたま飛んできたのですが、余りいい気はしませんね。
最近はこういう気取ったコメントばかりで気がめいります。
僕はtadashiさんって全然知らないけど、
人の好みなんて人それぞれ違うから良いのでは?
と思いますが。

つーか、次からは投稿ボタン押す前に一瞬でもいいから、自分の書いたものが自爆ブーメランになっていないかどうか確認することをお薦めします。

raijinraijin 2008/04/23 00:25 こんばんは、横からすみません。
>tadashiさんは購入者(被害者)か関係者なんですかね。一般の人にしては反応の仕方が変ですが。まあ、どちらにせよ、良く言って純真、悪く言えば、言葉を額面どおりに受け取って言葉の裏にある意味を租借できない厨房って感じですが。

raijinraijin 2008/04/23 00:33 誤記訂正致します
違)租借→(正)咀嚼
失礼しました。

個人的にはラッセンの絵を買うくらいなら、岩崎ちひろのポスターを買います。

スノッバースノッバー 2008/04/23 03:20 tadashiさんの抱いた感情もわかります。なーんか意地悪な感じ。「自分はまぁたいていの局面でバランスのとれた考察ができている」と思っている人にありがちなエントリーで、盆暗は悲しいかな嘲りの対象です。
とはいえ、あの年代に興味がある者にとっては良エントリーです。納得。

tadtad 2008/04/23 04:01 はじめまして。
ラッセンやヒロ・ヤマガタの絵がこちらのブログの読者さんを始め一部の人から嫌われているのは、第1に「その販売を画廊が手掛けた事もあり、アートである事を前提に語られる事が多いから」、第2に「無闇と売れてしまったから」というのも大きいと思います。

あの無機質な絵を見せられてアートと言われると、筆のタッチも生々しいような作品を美術の授業に嫌というほどに見せ付けられ洗脳されてしまった頭には違和感が残ってしまいますが(意外と探せば同類の人もいるものですが)、イラストの分野ではフラットで潔癖な画風の人はそれこそ80年代頃は沢山いて、中でも日本人では鈴木英人、長岡秀星、永井博etc.と一時代を築いた人も少なくありません。
なのに、ラッセンやヒロ・ヤマガタにばかり批判意見が出るのかと言うと、雑誌の表紙やCDのジャケット等といった何かの商品に匿名で使われる商業イラストではなく、彼らの名前を前面に出して個人客相手に露骨にアートっぽくそこそこの大金で売ってしまったからなのではないでしょうか。
(コメント欄では「ラッセンの絵は抜けがなく動きが感じられないから素人」との意見もありますが、動きの無い画風の作家など探せば幾らでもいますし、これは流石に生理的に嫌いなのが高じて勢い余った見当違いの突っ込みという感じですね。)
ラッセンやヒロ・ヤマガタの(日本で爆発的に売れて以降紹介されている物に限って見られる)作風の狭さも、前出の鈴木英人も似た様なものですし、一般に広く受け入れられる要素としては特別おかしなものではありませんが、多くの人にとって素性の判らない作家が突然強引な展開で手広く売りまくられると、結果として余りいい気をしない人を多数生んでしまうのも仕方ないかもしれません。

それ以外の話は、『誰がラッセンを求めていたか - おまえにハートブレイク☆オーバードライブ』でほぼ語り尽くされていますので、この辺りにて失礼します。

まぁ、売れて一時代は築いたけれどマニアには殆ど評価をされず、同時にアンチ勢を量産したという点では、音楽業界における小室サウンドといった立ち位置に少し近い気もしますね。
(当然、相違点もありますが。)

seederseeder 2008/04/23 07:21 唐突ですみませんが、この線で「みつを」の謎にも迫っていただけないでしょうか。
駅前でみつを風のナニカを売っている純粋そうな人たちを見かけるたびに疑問に思っています。

controcontrocontrocontro 2008/04/23 08:08 完全にとおりすがりで文脈をおさえない(海外在住のため御本も拝読しておりません)コメントになると思います。
前提としてメディアを含めた現象として語っておられるというのは分かっているつもりでが、ラッセンについてはいろんな文脈がごっちゃになっている印象があります。とりあえず「芸術」の文脈と「消費」の文脈が中心だと思いましたが、敢えて「恥部」というならば、前者の文脈でいえばデュシャン(あるいはマネでもクールベでも)以来、後者の文脈で言えばウォーホル以来何かの「恥部」でない「芸術」は可能なんでしょうかね。
あと売り方でいえば、小山登美夫ギャラリーなどの売り方は世界に通用する(笑)意味でのヤンキー価値観に訴えるやり方ですね。「奈良美智は何の恥部だったのか」、というのはおそらくマジメに問う人も現れないとは思いますが。
コメントでも言及がありますが、いずれにせよ本人を絡めて印象を語るのはなんだかフェアな感じがしませんね。
「私はヘンタイが嫌いだがアート(とアーティスト)について語ってみたい」というのはなんだか微妙。
まあそれがblogのよいところ(笑)らしいですが、文筆家とお見受けするのでもう少し懐メロ批評以上の分析もあり得るのではないか、と思った次第です。amazonのレビューで御本がblog以上のものではない、というものがありますがそういうスタイルで書いておられるならばまったく筋違いの感想で申し訳ないです。

megmamamegmama 2008/04/23 10:44  あれってグレージング技法って言うのですね!知らなかった(爆)美術を勉強してないもので、上手く伝えられなくてスミマセン。あの頃シルクスクリーンとか流行ったけど、自分では当然描けないし、PCでレイヤーを駆使したお絵かきソフトなんぞなかったし、でもエアブラシなら頑張れば買えたんですよ。だから必死でエアブラシであんな画風を真似する人が私の周囲には多かったのです。美術史としてのエアブラシではなく経済史の中でのエアブラシの変遷とラッセンが、私の中で重なってるんですよねぇ(遠い目)。
 実は私、お小遣いで暮らしていた頃ラッセン好きだったんですよ。でも初期の作品はあんな変な格好したイルカと変な色した風景を重ねたセル画みたいな絵じゃなかった気がするんですよね。それにほとんどがポストカードでしか見なかった。ポストカードサイズだと結構美しかったんですよ、だから頑張って集めてました。何年かして一般大衆向け展示販売会があるってんで喜び勇んでアールビバンに見に行って撃沈しましたが。これラッセン?って思いましたマジで。初恋の王子様を久しぶりに街で見かけたらメタボハゲだった!!以上にショックでしたよ。ぁぁ私の王子様ぁぁみたいな。だからアールビバンを恨みぃぃまーすぅぅ。
 でも、そのまま恋は盲目的にハマッた人はハマッタし、あの売り方の手法は本当にヤンキーがハマる。こないだ(旦那に無理矢理連れて行かれた)天野の展示会で、土禁のマークXに木刀積んでますみたいな兄ヤンが、ふんぞり返って100万のイラストをオネエチャン販売員をはべらかせて眺めてました。「この位離して見ると天野の良さが解りますよね♪」なんてちょwおまwww20畳間以上のリビングに住んでるんか・・と噴きそうになった。まんま、あの頃と同じ臭いが・・・バブル青田が泣くほど好きなラッセンは今でも確かにココにあるって思いました。
 黒の家具をニッセンで買ったことがある元ヤンの回顧録としてお聞きいただければ幸いです(笑)。

ohnosakikoohnosakiko 2008/04/23 19:44 皆様、またまとめてお返事で失礼します。

>raijinさん、はじめまして。
>岩崎ちひろ

日本的な癒しや郷愁ですね。岩崎ちひろ文化圏というのも、なんとなくありそうだなあと思いました。


>スノッパーさん、はじめまして。
んー、貶されてるんだか褒められてるんだかよくわかりませんでした(笑


>tadさん、はじめまして。
>ラッセンやヒロ・ヤマガタにばかり批判意見が出るのかと言うと、雑誌の表紙やCDのジャケット等といった何かの商品に匿名で使われる商業イラストではなく、彼らの名前を前面に出して個人客相手に露骨にアートっぽくそこそこの大金で売ってしまったからなのではないでしょうか。

同意です。どこからアートでどこからイラストか、作品だけで判断するのは難しい場合もありますし。知人に「村上隆や奈良って人、イラストレーターでしょ?」と真顔で言われてたことがありました。特別アートに興味がなければ、そう見える局面もあるのだなと。


>seederさん、はじめまして。
みつをですか。ああしたものを有り難がる人を叩くだけなら簡単な気はしますけど、それは書かなくてもわかってるようなことで、今回の「ヤンキー」と同じく「我らの内なる『みつを』」まで掘り下げないといけないでしょうね。なんでしょう、「一杯のかけそば」かな(いや違う)。
なんか面白い観点が見つけられればいずれ‥‥ということで。


>controcontroさん、はじめまして。
>とりあえず「芸術」の文脈と「消費」の文脈が中心だと思いましたが、敢えて「恥部」というならば、前者の文脈でいえばデュシャン(あるいはマネでもクールベでも)以来、後者の文脈で言えばウォーホル以来何かの「恥部」でない「芸術」は可能なんでしょうかね。

非常に重要なご指摘、ありがとうございます。
一言で言って、「可能ではない」と思っています。デュシャン以後の芸術は、デユシャンを奉りながら忘却することで「芸術」として続いていると思いますし、ウォーホル以後の芸術はウォーホルが体現してみせた「消費」であることを半ば隠蔽しながら続いてきた面があると思います。
その意味では、ラッセンやヒロ・ヤマガタだけをことさらあげつらうという気持ちはありません。もし現代アートの価値観からラッセンを低俗なものとして嗤っているだけの記事と捉えられたら、それは私の書き方の拙さであろうと思います。

>あと売り方でいえば、小山登美夫ギャラリーなどの売り方は世界に通用する(笑)意味でのヤンキー価値観に訴えるやり方ですね。「奈良美智は何の恥部だったのか」、というのはおそらくマジメに問う人も現れないとは思いますが。

興味深い観点です。小山登美夫についてはまさしくそうだと思いますし、上の方のコメントでも売り方は基本的にそう変わらない(ラッセンでも現代アートでも)と書きました。奈良美智の受容についてもいろいろ思うところはあります。たぶん今回の本に書ききれなかったことをいずれ別の本に書くと思いますので、そこでマジメに問うてみたいです。

>コメントでも言及がありますが、いずれにせよ本人を絡めて印象を語るのはなんだかフェアな感じがしませんね。

ここは微妙なところかと思います。普通は作品のみが論じられる対象ですが、本人がメディアに登場し振る舞いが注目されれば、それも込みで語られることはあると思います。得に今回は「現象」としてのラッセンについてですので。

>「私はヘンタイが嫌いだがアート(とアーティスト)について語ってみたい」というのはなんだか微妙。

ええと‥‥そのようなことは書いてはいないと思いますが。ヤンキーは嫌いだがそれはラッセンを通じて自らの中のヤンキー性について考えさせられるからではないか、というところで締めたつもりです。

>amazonのレビューで御本がblog以上のものではない、というものがありますがそういうスタイルで書いておられるならばまったく筋違いの感想で申し訳ないです。

amazonのレビューで批判されている部分は、おそらく本の中の「芸能人アーティスト」についての章が中心であろうと推測しています(ネットの他の感想もそこが賛否両論でした)が、そこは今回の記事と比較的似たスタンスで書いています。「アーティスト」なるものについて考察する各論の一部で、本論はcontrocontroさんが冒頭で言われた「芸術」と「消費」の問題にあります。私がアーティストをやめた理由もそれと絡めて書いてますので、もし入手できることがありましたら是非読んで頂ければと思っています。
ブログではこちらに簡単な文章があります。
http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20030620/1196002956


>megmamaさん
私も、グレージング技法、ラッセンについて調べるまで知りませんでした。エアブラシ、昔は流行りましたね。

>でも初期の作品はあんな変な格好したイルカと変な色した風景を重ねたセル画みたいな絵じゃなかった気がするんですよね。それにほとんどがポストカードでしか見なかった。ポストカードサイズだと結構美しかったんですよ

初期の作品は知りませんが、ポストカードサイズだとそれなりにいいというのはわかる気がします。額縁に入れられて絵画然としてしまうと、なんだか妙なものが発散される。あれは何でしょうね。

>「この位離して見ると天野の良さが解りますよね♪」なんてちょwおまwww20畳間以上のリビングに住んでるんか・・と噴きそうになった。

「部屋20畳もなくて飾っても良さがわからないので、いらないです」って話じゃないんですね(笑
しかしイラストが100万か‥‥。ってイラストだといけなくて絵画だったらいいのかという話でもないですが、すごいですよねぇ値段のつけ方が。金持ちしか相手にしないと決めているならそれはそれ、ですけれども。

tadashitadashi 2008/04/24 10:40 >>ohnosakikoさん
>芸術的な価値は最終的には「権威」が決めます。もちろん「権威」って一枚岩じゃないですけどね。
権威が決める?権威も結局は人です。しかも世界の人口の一握り。
権威の選択したものが正しいという証拠も何も無いから、個々の感性を信じればいい。
それを「ちょっと笑っちゃう」って人を嘲笑するuetamさんに対し感情的になってしまいました。
荒らすとかそう言う気はありませんので、、すいません。

>>sho_taさん
>自分の書いたものが自爆ブーメランになっていないかどうか確認することをお薦めします。
あなたたちが気を悪くするのは解ってます。
そして、あなたたちから見たらここでは私の方が「悪人」と思われるのも。
でも、あなたたちは芸術作品を自身の感性で評価するのに留まらず、
その作品を好きな人達を批評していませんか?
何で売れたんだろう?好きな人、欲しい人がいるから売れたんですよ。
例にも挙げましたが、ピーコのファッションチェック、
あんた趣味悪いわね。と言われていい気のする人なんていませんよね?
ファッションも芸術も結局は自己満足でしょ?
人が何を好きだろうが、誰にも迷惑かけてないんであればそれに口を挟むなと。
センスがあると気取って他人のセンスにケチを付けないで。
芸術なんて境界の無いものであり、落書きでも人によってはそれが芸術と感じる。
それを、芸術を知り尽くした顔で人のセンスを貶める。
そういった行為は気持ちの良いものではないと思いますから。

>>raijinさん
>tadashiさんは購入者(被害者)か関係者なんですかね。
最初にも言いましたが、ラッセンと言った人物の名前は初耳です。
僕は俗に言う一般的な芸術と呼ばれる分野にも詳しくありませんし。
ただ、自分の価値観という物差しだけで、
人の趣味を嘲笑う人間に虫唾が走るだけです。
他人を笑える位に、あなた達は立派なんですかと。
>個人的にはラッセンの絵を買うくらいなら、岩崎ちひろのポスターを買います。
あなたは、「岩崎ちひろ??、おまえセンス悪いな〜」ってニタニタ笑う奴許せますかね?
誰だって自分の趣味は他人に批評はされて欲しくないものだと思いますが。
趣味が車やバイク、釣り、芸術などどんなものであろうとね。
>言葉を額面どおりに受け取って言葉の裏にある意味を租借できない厨房って感じですが
私は別にラッセンの芸術性の話はしてませんよ?
ただ、個々の感性が違うから、ラッセンを芸術と思う人がいても良い。
こういった発言行為は買った人に失礼じゃないですか?と言う話
言葉の裏にある?人を嘲笑うのに裏があるんでしょうか?
何で売れたのだろう?とか笑っちゃう、
人の趣味を笑って自己満足する人は失礼だと思います。

あなたの発言は、いかにも読みが深い、と匂わす発言をしようとしているだけに見えます。
もしくは、深読みしすぎて現実からそれているのでは?
あなたこそ、見当違いだと思いますよ。
厨房?幼稚と言う事ですよね?
人を簡単にそういう括りにして終わらせてしまうのは思慮に欠けませんか?
そう言う人こそ、「厨房」と呼ばれる括りになるのではないでしょうか?
最後にこれだけ言わせてもらいますが、購入した人は満足しているかも知れないのに、
(被害者)と言った扱いする人、私から見たらあなたは最低だと思います。

sho_tasho_ta 2008/04/24 14:05 >tadashiさん

>あなたたちが気を悪くするのは解ってます。

私も、そしておそらく元エントリを書いた当初の大野さんも、誰かの「気を悪くする」のは、わかって書いています。
で。
「誰かの気分を害する可能性がある」ということで批評やコメントやエントリを書くべきではない、と主張されるのであれば、まずご自身から初めてください。私は別の主張があるので書き続けますが、tadashiさんは「気分を害することは書くべきではない」と思ってるんですよね? ならまずご自分から実践してみせてくださいな。

megmamamegmama 2008/04/24 14:17 tadashiさん
>>ピーコのファッションチェック、あんた趣味悪いわね。と言われていい気のする人なんていませんよね?
 あれって出演の了承を得ていますよ。だからある意味「趣味悪いと言われて良い気分」なのです。大阪のオバチャンをあなどってはいけません。

 私はここでのコメントのやりとりは、当時のラッセン現象についてアレコレ考察しているだけで、誰をも蔑んだり嘲笑している訳ではないと思いますよ。基本「私とラッセン」な話題なのでラッセン自体を知らないと話が見えてこないと思いますね。
 目くそ鼻くそを笑う的に生暖かく見守りましょう。「目くそ鼻くそを笑うな」と正義の耳クソが言ってもしらけるだけです。

ohnosakikoohnosakiko 2008/04/24 16:42 >tadashiさん
お返事長くなりますので、今日中に新たにエントリ立てます。
sho_taさんとmegmamaさんのご意見に大体同意なのですが、、、それ以外の観点でもちょっと書きたいことがあるので。

tadashitadashi 2008/04/24 20:27 >>sho_taさん
別に気分を害すな、と言う事では無いです。
人間関係を築く上では気分は害するでしょう。
考え方が全く同じ人間なんていませんから、、
だから謝ってもらおうなんて気はさらさらありません。
ただ、人の趣味、価値感を潰す様な書き方が見受けれたので。
人を見下して優越感を感じている雰囲気がね。
買った人を、uetamさんの「ちょっと笑っちゃう」、
raijinさんの(被害者)扱いetc...
これは良識に欠けるのでは、と思ってしまい
見過ごせなかったのでレスさせて頂いたのですが、

>>megmamaさん
私はラッセンは知りませんが、
知っている人、好きな人がこのブログ見たら
自分の趣味を否定されている気分になると思いますよ。
という話です。私の話は別にラッセンに拘っていません。
それに、「私とラッセン」を通り越しているいると思います。
>郷愁や昔話に共通する「きゅんとクる♪」部分もなかろうにと思うのです。
>ハワイ人じゃないから。
ハワイ人じゃないから、ハワイの景色には感動する要素が無い。
と主と友人の会話にあります。
(私は「きゅんとクる♪」=感動と解釈してます。)
それはラッセンが好きな人と視野が違うor狭いだけだと思います。
郷愁を感じなければ感動出来ませんか?それでは
今の日本に感動出来るものは少ないのでは?
郷愁を感じる景観なんて僅かしか残ってません。
新しいもの(海外のものetc.)を受け入れ、それに感動を持てる人の方が
郷愁に拘る人より視野が広いだけだと思います。
なのに、自分の視野に入らないからと蔑視するのはおかしくないですか?
ラッセンとは何の恥部...恥扱いですからね。
上のラッセンを自分の好きな物に置き換えて考えて見て下さい。
趣味、好きなものを「恥」扱いされて良い気分にはならないと思います。
自分の主観だけで判断して排他していると感じるので、
「私とラッセン」相応しいと思えませんが。

あくまでピーコのファッションチェックは例えです。
大阪のオバチャンを侮る事もしているつもりもありません。
それに本人に了解を取っているかもしれませんが、
本人以外でも傷つく可能性はあると思いますが。
受け側がどう取る、が問題では無くそういった行為をする人がどうか、です。
ああいった類いの他人を見下す、馬鹿にする行為自体良いとは思えません。

ohnosakikoohnosakiko 2008/04/24 22:20 >tadashiさん
横レスですが。

>>郷愁や昔話に共通する「きゅんとクる♪」部分もなかろうにと思うのです。
>>ハワイ人じゃないから。
>ハワイ人じゃないから、ハワイの景色には感動する要素が無い。
と主と友人の会話にあります。

メールを下さったのはここの読者で拙書を読まれた方で、「友人」ではありません。
メールも初めて頂戴しましたし、お会いしたことのない人ですので一応おことわりしておきます。

>(私は「きゅんとクる♪」=感動と解釈してます。)
それはラッセンが好きな人と視野が違うor狭いだけだと思います。
郷愁を感じなければ感動出来ませんか?それでは
今の日本に感動出来るものは少ないのでは?
郷愁を感じる景観なんて僅かしか残ってません。

引用部の前には
>>湖の上に虹が出て♪というヒロヤマガタのわかりやすさに比べて

とあります。そういう比較対象の上の話であると共に、「きゅんとクる♪」といった「郷愁」も、絵を見る時の感動のうちに含まれるだろうというだけのことであって、「郷愁を感じなければ感動出来ない」とは書いてありません。変な読み方をなさってます。

>新しいもの(海外のものetc.)を受け入れ、それに感動を持てる人の方が
郷愁に拘る人より視野が広いだけだと思います。
なのに、自分の視野に入らないからと蔑視するのはおかしくないですか?

別にここでメールの方は「郷愁に拘」っているわけではないし、ラッセンが視野に入っていたから話題にしたのだと思いますが。
それ以外については新エントリに書きましたのでどうぞよろしく。

ようこようこ 2008/04/24 22:37 >私は「きゅんとクる♪」=感動と解釈してます。

あ…えと、「きゅんとクる」ってのは、例えば、「西の空はすっかり日が沈んでしまったけれど、東の空には遠く夕映えが残り、菜の花畑が広がる地面と空の間に漂う春のもんやりとした空気を胸に吸い込むと、東の空からゆっくりと月が昇ってきた」みたいな気持ちです。
それか、「暑くうだる夏の日の午後、一瞬の風が吹き、振り向くと青々と稲穂の波が揺れ、見上げると白く目に痛いほど眩しい入道雲の空をシオカラトンボがついっと飛んでいった」みたいな気分です。
兎追いしかの山です。
水芭蕉の花が咲いてる水のほとりです。
私はこれを「大多数(多数であり、全員とは言わない)の平均値を取る日本人」なら「きゅんとクる」と思いますが、日本以外の国の方がどう感じるかは知りません。日本人以外の国の人になったことがないから。予想としては、「全く違うふうに感じる」かもしくは「何も感じない」ではないかと。
アボリジニの伝統的絵画展とかやってますけど、結局、アボリジニとして育ってない人には限界があるってことで、その点、「わからないから素晴らしくない」という拒絶はいけないという謙虚さはいつも持って行こうゼ!ってことなのです。
短く言えば、ハワイ人として育っていれば、ラッセンの絵は違って見えるかも?ということです。
景色には感動するんじゃないですか。
割と多くの人が(多くの、であって全てとは言わない)、日の出や日の入りや木漏れ日や滝や波や動物を見るとそれなりに感動はあると思います。ハワイだろうが日本だろうがジンバブエだろうが。
このへん、言語は所詮概念なので、残念ながら、私とtadashiさんは同じ言葉に対して全然違う解釈をしているという交わらない関係だと思います。
とりあえず、ネットを使える環境にいらっしゃるのですから、ラッセンをググりまくってはどうでしょう?

>私はラッセンは知りませんが

って言っちゃうのは、「俺、劇団四季は商業主義で芸術だとは認めないね。一度も劇団四季の舞台は見たことないけど」って言っているのと同じで、すごい不思議な人になってます。ヤバいです。

はっきりした間違いは、私、大野さんとはまだ友人じゃないです。
ただの閲覧者で、先日、『アーティスト症候群』を読んで感想を送ったら、お返事を頂いたことで数回メールをやりとりしただけの関係です。
そういうのって、ネットをしていればよくある通りすがりの関係で、私の人付き合い基準では友人って言わないです。

ようこようこ 2008/04/24 22:39 わぁ。長々と書いている間に大野さんが。
なんか、被ってすみませんすみませんっ。

raijinraijin 2008/04/26 00:05 >tadashiさん
なんでそんなに必死なんですか?
世の中ブラックジョークであふれているのに、それをあなたは一々指摘して回るのですか。そんなのあなたの自己満足でしかなく、お約束って分かってる人には迷惑このうえないんですよ。善意の押し売りはやめて下さいな。そんなの自分の箱庭だけでやってください。あなたの善意などここでは求められていないんですよ。その程度の雰囲気も読めず、自分の思い込みだけで暴走するから厨房なんですよ。

raijinraijin 2008/04/26 00:12 でも皆様優しいですね。きちんと対応してらっしゃる。本論に関係なく、脊髄反射の半分言いがかりのような非難コメントなんだから、無視するか、帰ってくださいと言っても許される状況だったと思います。そういう意味では私もまだまだ青いと自覚しました。

raijinraijin 2008/04/26 00:13 ohnosakikoさん。コメント欄を汚してしまい、申し訳ありませんでした。

あいあい 2009/01/19 16:38 ラッセンが設立したシービジョン財団ってどんな活動をしているのでしょうか?ネットで調べても出てこなくて・・・。

匿名匿名 2009/02/03 15:21 嘗ての悠久成るジョットの画でも見れば宗教の柵を越えた藝術の儚さと金儲けの凡人
には理解できない世界が在ることをまだ大勢の者が知らない故のラッセン画が売れる
世界の人々に何を言っても聞かない。

aaaa 2009/05/16 14:06 クリアな海はすごくいい。繊細な光は温かい。その上で、自分(人)としてはどうなのってことじゃない?

右代宮右代宮 2009/06/14 18:21 絵に罪はない・・・

青函ホタテ青函ホタテ 2009/07/18 19:02 「ラッセンが好きだ」と言う人たちには「変わった趣味してんな」っていうしかない。
明日はみなさんラッセン見に行くのかな?

nakatakenakatake 2009/08/12 11:20 あの絵を何十万とかで買う人に、「ラッセンの他に好きな画家は?」というアンケートを是非とってみたい。
面白い名前が出てきそうな気がします(笑)

通りすがり通りすがり 2009/09/07 23:50 僕もラッセンは好きじゃないので批評内容そのものは同意しますが、
例えばuetam氏の「ちょっと笑っちゃう」みたいな人を見下すような書き方は不快ですね。

rourou 2009/10/27 03:50 「抜け」がなくて死んでるってのは言い得て妙ですな。

この人の絵が流行ってたとき、小生はまだ小学生だったんですが、年の離れた従兄弟が買ってましたね〜。今となってはタンスの肥やしでしょうが。それとも手放したのかな。

イルカが泳いでいるワンシーンを絵に描いたというよりも、時の止まった世界を描いているのかと思いました。それが狙いで描いたのであれば確かな表現力でしょうが、いくつか見た絵がすべて同じ雰囲気なので、正直、不気味です。そういう意味では評価されてもいいんじゃないでしょうかね。水中の世界じゃなくて、人間がいっぱいいる街なんかをこいつが描いたら相当不気味な現代アートになりますよ。

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